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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
九章 魔法省十日目以降(新職)
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9-2 棒が完成

「棒だねぇ」

「棒ですね」

 リンディとナユカ、それぞれによる見も蓋もない感想のとおり、完成した結界破り棒は、やはり、ただの棒だった。ただし、色は全体が白。無属性の魔法伝達物質の色だ。事前に聞かされていたとはいえ、真っ白で真っ直ぐな棒というのは、相応に目を惹くものはある。

「いやいや、これでもちゃんと設計してあるのよ。持ってみて」その設計者であるターシャは、ナユカに棒を渡そうとして、先日のことを思い出した。「……あ、気をつけてね」

「はい」受け取った筋肉スレンダーは、開口一番。「軽いですね」

 彼女が力持ちだということもあるが、遠くへ届かせるというのがこの棒の主な用途ゆえに、実際に軽量だ。それでも、いちおう護身用でもあるので、武器としての頑丈さは備わっており、きちんと設計されただけのことはあるといえるだろう。

 その得物を振り回してみたそうな雰囲気を所持者から感じ、リンディはあわてて声をかける。

「あ、待って」

 制止にうなずいたナユカが静止しているうちに、他二名はそそくさと後退。十分な距離を取ってから、リンディと目配せを交わしたターシャが、武器所有者にゴーサイン。

「どうぞ」

 許可を得て、ナユカが棒を振り回し始める。こういうところは大胆だ。そして、こういうときには棒が手からすっぽ抜けるのがお約束……。つい、それをイメージしてしまった設計者は、声を限りに叫ぶ。

「ストップ! ユーカ!」

「えっ?」

 これがやぶへびというやつだ。突然制止をかけられた持ち主の手から、スポーンと棒が飛んでゆく。慣性が摩擦を凌駕した瞬間である。そして、その行く先は、振り向いた方向。すなわち、制止をかけた人のほう。

「!」

 声も出せずに静止したままのターシャをかすめるように、棒は体の横を通り過ぎてゆく……。後方では、機材に当たって、カラーンという音。

「ご……ごめんなさい」

 慌てて駆け寄るナユカの眼前で、主任研究員がへなへなとしゃがみ込む。

「……ふぇ」

「当たってないでしょ?」

 ゆっくり近づいてきたリンディに聞かれ、ターシャはこくこくとうなずく。

「……びっくりしただけ」

「ごめんなさい、本当に」

 しょげているナユカを、声をかけた張本人がなだめる。

「いや、悪いのはあたしだから……。突然叫んで、ごめん」

「そうそう、悪いのはこの人。急には止まらないよね」

 リンディが語るは、慣性。魔法が使える世界でも、あるものはある。そして、設計者が語るは、摩擦。

「滑り止め、つけてないからね」

 それらの素材には魔法伝達物質を付着させることができないため、滑り止めの類があると、その部分によって、結界から所持者への魔法の伝達が阻害され、この棒本来の用途――結界の破壊――を果たさなくなる。代わりに、手が滑りにくいよう、棒の形は円形ではなく六角形に形成されている。それは、軽いながらも護身用になる要素でもある。

「ま、そんなわけだから、気にしないでいいよ。怪我もないし」

 リンディは念のため、ターシャを上から下まで見る……負傷はない。見られたほうは、ナユカを観察。

「ユーカちゃんには、怪我ないよね?」

「はい……」

 まだ気に病んでいる異世界人をちらっと見て、魔導士がこぼす。

「怪我させてたら、フィリスから大目玉だよ……」想像するとぞっとする。「それよりも、あのとき、とっさに魔法を撃てなかったのが……残念」

 昨日の「事件」でも、サンドラからの指示がなかったとはいえ、最初の機会を逸した……。咄嗟の判断は自分でするよう、心理的な準備をしていなかった。

「ま、まさか……あたしに麻痺をかけて亡き者に……」

 しゃがんだまま身を退く標的を、リンディが見下ろす。

「……そうしとけばよかった」

「え? そ……そんな……本気なの?」

 さらに体を退いたターシャは、ずいぶん地面と背中が近くなっている。素人女優は、自慢の演技力を披露中。

「残念ながら、助けようとしたんだけどね……判断に迷った。高速詠唱なら間に合ったはずなのに……」ここで、リンディは視線を上げ、ナユカを見る。「て、わけだから……もう一回やって」

「もう一回?」

 なんのことかと聞き返した棒のオーナーに、魔導士はにっこりと微笑む。

「だから、棒をターシャに投げつけて、あたしが当たるのを阻止する。おもしろいでしょ?」

「な……なんてことを……この鬼ぃ……」ひどい提案に劇団女優はうつむきつつ、ゆっくり立ち上がる。「でも、そんなあなたが……」

 振り返って高速で抱きつきにかかるターシャをリンディは、咄嗟にかわし……損ねた。

「冗談のつもりだったけど、本当にやろうか? ……魔法だけでも」

「いいわよぉ、このまま、バインドでもパラライズでも」

 抱きしめた体に両腕をしっかり回したまま、喜ぶセクハラ研究員。セデイターからは不敵な笑みが……。

「ドレインがいいかな……血の気、多そうだから」

 ドレインするのは魔力だが、それでも少しは落ち着く。

「あら、残念」

 抱擁をやめ、さっと離れるターシャ。解放されたリンディは、すぐさま、ナユカに声をかける。

「じゃ、帰ろっか」

 先に反応するのは、研究主任。

「あら。帰っちゃうの?」

「もう、用ないし」

 棒はもう結界破壊士が受け取ったので、付き添いの任務は完了。

「そう? なら、ユーカちゃんは置いていってね」

「なんで?」

「補足説明と試用」

「……ならいるよ、もう少し」

 やはり、ナユカをこの変態科学者とふたりっきりにしておくわけにはいかない……自分が防波堤にならなければ――という思いをリンディは強くした。ただ、その防波堤ならターシャの波はいくらでも寄せてくるだろう……。


 それから、何度か寄せてきた波を返した防波堤は、すべての用件を終えても、なんだかんだで引きとめようとする最後の波を振り切り、ナユカと共にようやく魔法研を抜け出した。結果的に魔法研には思ったよりも長居してしまったが、このあと午後まで予定があるわけではなく、いったん九課へ戻ることにした。




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