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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
八章 魔法省九日目(事件)
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8-4 情報提示

 昼休みが終わって全員が九課に集まると、もう待ちきれない課長が話を即切り出す。

「で、重要な情報って?」

「あれ、そっちの話からじゃないの?」リンディが白々しく返すと、サンドラがため息用の空気を吸い込んだのが見て取れ、にやっと笑う。「わかってるよ、これから例の確認でしょ? こっちから話すよ」

 吸い込んでいた息を吐く課長。

「ありがと」

「代わりに、どんなお弁当だったか教えて」

 リンディから不意打ちを受け、旦那持ちは柄にもなく動揺。

「い……いいでしょ、そんなの」

「冗談だよ」実はちょっと興味があるが、食道楽にも慈悲はあり、このくらいにして本題に入る。「実は、先日『ロッコ』に行ったときに……」

 話し出すと、フィリスが眉間にしわを寄せる。……あまり耳にしたくない固有名詞が聞こえた。

「それって……」

「『ロッコ』って例の怪しい店だね」

 先に確認したサンドラに、リンディがうなずく。

「そう」

「『ロッコ』っていうんだ、あの店……」

 思わせぶりなナユカが、話し手には少々気になる。なにか引っかかるのだろうか? 

「そうなんだよ。店長の呼び名と同じ……らしい。あたしは呼んだことないけど」

「……あまり口にしたくはないですね、その名前」

 フィリスは、耳にしただけでもげんなりしている。それほどではなくても、同行したふたりも似たようなもの。

「だから、いつも『怪しい店』って呼んでるけど……」ナユカに視線を向けるリンディ。「なんか気になる?」

「いえ、なんでも……」

 大学周辺にある喫茶店の名前と同じなだけ。たびたび利用していたので、ホームシックとまではいかないまでも、少し懐かしさを感じる。そんな異邦人に、課長が視線を向ける。

「引っかかることがあるのなら、手がかりになるかもよ」

「あ、いえ……ほんとに、まったく関係ないので」

 話の腰を折っただけだった……。よって、説明はしない。

「そう?」少しだけ気にかかるものの、本人の言にのっとり、リンディは話を先に進める。「……で、あの店長が口を滑らせた地名があったでしょ。覚えてる?」

「地名?」

 聞かれたナユカが、記憶をたどる。そして、リンディはようやく核心へ。

「ユーカの出身について、向こうが聞いてきたとき……」

「ああ、確か……」脳内キャッシュメモリーのどこかを探る異世界人。「シャ……バリ……とかでしたっけ」

「そう、それ。それが『シャル=バリィヤ』だって、わかった」

 ようやくご開帳できた。発見者の頭の中では、ファンファーレが鳴る。

「シャル……バリ……ヤ?」

 おぼつかなげに復唱したナユカに、リンディが繰り返す。

「シャル=バリィヤね」

「あの、それはどうやってわかったんですか?」

 その点が、フィリスには気になる。まさか、もう一度、あの店長に会って何らかの取引を……だとしたら、見返りは……怖すぎる。しかし、その答えは、恐怖とは無関係のもの。

「例の『神話』にあった」

「ああ、なんだ」

 フィリスのこの反応に、発見者は少しむくれる。

「『なんだ』って……。けっこう手間かかったんだよ」

「あ、すみません。店長にまた会いに行ったのかと思って」

「行かないよ、面倒だし。それに、どうせ聞いても、またはぐらかされるだけ」

 一度はぐらかしたものを次に話し始めるとは、リンディには思えない。

「そうですよね……不気味ですし……」

 不気味さは関係ないのに、あの店長の最初の姿ばかりをフィリスは思い出してしまう……。そこに囚われると頭が働かない。そんな彼女は置いておいて、課長は話の進行を促す。

「で、その『シャル=バリィヤ』? が、あったわけね。それで?」

「うん、それがね、見つけた場所が……もう言ったけど、例の神話」

 最初に口にしたときの薄い反応が発見者には不満だったからといって、二回目でそれが取り返せるものでもない。案の定、サンドラは、単に確認するのみ。

「『例の神話』って、あの断片だよね?」

「そのとおり。すごいでしょ」

 腰に手を置いて胸を張るリンディ。こうなったらもう、自分で持ち上げる。

「あの神話には、魔法の無効化や異世界に関する記述があったよね……」サンドラは、核心部分を口に出して再確認。「てことは、単なる偶然じゃないか……」

「魔法の無効化はともかく、異世界は神話にはありがちですが……もう少し調べてみる価値はありそうですね」

 店長のイメージを追いやったフィリスがやっと参加したところ、サンドラがその店長をまた俎上に上げる。

「リンディ、確認だけど……店長から聞いた発音は正しい?」

「あたしが聞いた限りではそうだよ。さっき、ユーカも似たような発音だったでしょ。それに……」発見者は、記憶を呼び起こす。「あのとき、どっかで聞いたことあると思ったんだよ。それはたぶん、あの資料で読んだから」

「ああ、確か……リンディさん、思い出そうとしてましたね」

 ナユカも彼女がそんなことを言っていたのを覚えている。

「あのときは思い出せなかったけど、ずっと気にはなってたんだ」

 見つけたからこそ言える。そうでなければ、早く言えとか突っ込まれただろう。

「そう。よく見つけたね、リンディ。お手柄」サンドラがねぎらう。「頭撫でよっか?」

 セレンディアでは、両手で頭に軽く触れるスタイル。されるほうは……子供以外は、ふつう照れる。

「い、いいよ。そんなの」

「それは残念」

 サンドラは拒否した相手に手を伸ばしたりはしないが……。

「……ターシャ化してる」

 そう指摘したリンディ絡みで、近頃、かの魔法研主任研究員と話すことが多いため、サンドラ自身、多少は影響を受けているのかもしれないとも思う。とはいえ、度を越さなければ、それも特に悪いことではない。ただ、決定的に違うのは……。

「ターシャだったら、聞く前に手が出てるでしょ」

「……まぁ、確かに。おかげで反射神経が鍛えられたよ」

 最近はさっとかわせるようになったなと、セデイターが口に出さすに自画自賛していると……。

「そう。それじゃ」

 すっと身を乗り出したサンドラは、リンディの頭に両手で軽く触れる。

「なにやってんのさ」

 頭に載った手の主をまじまじと見つめる。

「せっかくだから反射神経を鍛えてあげようと思ったんだけど……全然駄目だね」

「皮肉を真に受ける?」

 ふたりの姿を見たナユカが、フィリスに耳打ち。

「サンドラさんなら避けないんだね……頭撫でられても」

 耳ざとく聞いたリンディが反応。

「ち、違うよ。今のは不意打ちだから……。そもそも、予告すれば別に……」

 嫌じゃないと? それならばと、フィリスが鎌をかけてみる。

「では、わたしが撫でてもいいんですか」

「べ……別に構わないけどぉ」

 ということなので、ナユカもそれに乗ってみる。

「それじゃ、わたしは?」

「問題ないよ、別に……」

 ナユカも許可を得たので、フィリスが先にリンディの横につけ、断りを入れる。

「それでは、失礼して」

 リンディの頭には二人目の両手。そして、ナユカは逆サイドに横付け。

「あ、じゃあ、わたしも」

 三人目の両手が乗り、都合、六つの手のひらが一つの頭に乗せられた。

「ちょっと、なんなのさ。この状態は」

 三人に囲まれ、頭をいじられているリンディは、身動きが取れない。なんだか妙な宗教儀式のよう……。そして、教祖のサンドラから一言。

「みんなで、ほめてあげてる」

「……もういいよ、わかったから。終わりにして」

 さほど手を動かさしていないものの、すでにリンディの髪はくちゃくちゃ。

「そう? じゃ、終わりましょう……はい」

 教祖の掛け声で、三人一斉に撫で終えた。

「ふぅ」頭を解放されたリンディの顔は上気している。「いったい何がしたいのさ……まったくもう」

 赤い顔で、髪に手櫛を通す……。

「ミレットもやって欲しい?」

 課長の視線は、はたで「儀式」をじっと見ていた秘書へ。

「いえ、今回はご遠慮いたします」

「じゃ、次の機会にね」にやっと笑って、婉曲表現へまっすぐ返したサンドラ。「さて。それじゃ、その神話と地名の書いてある部分を見てみようか」

 核心部分を検証すべく、端末のある席へ。


 全員で集まり、端末に表示されたいくつかの該当箇所を読んでみたものの、結局のところ、聖地のようなものということが推察できるくらいで、具体的にそれがどこか、ということはまったくわからない。使われている固有名詞から、言語的にはセレンディー語のようにも思えるが、少し違うようにも感じられ、いまひとつはっきりしない。そもそも、これが本当に神話なのか、それとも単なる後世の創作物かも断定できないため、現状では雲をつかむような話だ。しかしながら、店長から聞いた地名がこの「神話」と何らかの関連性を持つ可能性は、低くはない。……それがナユカの出身地と関係するかは別として。

 ともあれ、今すぐに何かが解明されるものでもなく、この神話については継続してリサーチする方針で、この場はまとまった。そして、件の店長から具体的なことを聞くのがもっとも手っ取り早いということから、折を見て例の店へと再び訪れることとする。

 とはいえ、一同の認識では、あの店長は外見に反して……いや、外見どおりなのか? ……どちらかわからない……まぁ、そこはどちらでもいいとして……とにもかくにも手強そうなので……どうにかして落とすべく、取引材料でも保持していないと厳しいだろう。何か効果的なものがあればいいのだが……。




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