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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
八章 魔法省九日目(事件)
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8-1 棒術訓練

 前日までの、新旧魔法部長関連によるごたごたもまだ続いてはいるものの、本日からは各部署ともにまともに業務が遂行できる状態には、いちおうなっている。しかしながら、各部署ともまだ常態からは遠く、人員と配置の変更もあってまだ落ち着かない九課へも、課本来の存立趣旨である「特殊な」業務の依頼はありそうもないので、セデイト関連業務のみで待機状態の予定だ。とはいえ、ここのところは、それがこの課の通常となってはいるが。

 一方、昨晩もナユカとフィリスの部屋に泊まったリンディは、今朝もふたりと一緒に九課の始業時間へ向かう……。これが公務員の部屋に泊まるデメリットだろうか――フリーランスのセデイターがこんな時間にこの課まで来る用は、そうはない。前日の夜や当日早朝にセデイト完了した場合くらいだ。それでも、さすがにひとりだけで他人の部屋で眠っているわけにもいかず、部屋のあるじたちに同行した。


「ふぉふぁよう」

 連れ立っていたつもりが、ふたりのかなり後方からふわふわと漂ってきたリンディは、典型的なあくび交じりの朝の挨拶とともに、九課にずるずると入ってゆく……。

「おはよう、リンディ。よく起きてきたねえ、えらいえらい」

 ……なぜかほめる声が聞こえてきた。なんとなく危険を察知して、はっとその声の主に焦点を合わせると、目の前には一枚の紙切れが下りてきた。

「……ふぁ?」

「というわけで、今日は事務やってね。手当て出るから」サンドラは、つかんでいる書類を指差す。「ここにサインね」

 ペンとともにさっと差し出されたため、言葉を発する前に、リンディは反射的に受け取ってしまう。

「……な?」

「それは本日分の契約書。ごく普通のやつ」セデイターが書類を見たところへ、課長が畳み掛ける。「まだセデイトに出ないでしょ?」

「まぁ……」

 リンディが答える前に、サンドラは話を先に進める。

「ユーカに棒術の基礎を教えたいんだけどさ、フィリスにも来てもらうと、ここで事務できる人がミレットだけになっちゃって」

 先行したふたりにはもう話が通っているようだ。このままでは、いつの間にか、何をさせられるか決められてしまう……。はっきりしない頭の、現在の全力を振り絞って、リンディが抗弁する。

「……別に、いいじゃん……どうせ、あんまり……人、来ないし……」ここで、フリーランスが重要なことを思い出す。「今日、半休日じゃん」

 今日は半休日。すなわち、窓口業務は午後のみで、午前中は開いていないはず。それには、九課のセデイト業務ももちろん含まれる。なんで、ここにいるんだ……みんな。自分も含めて……。その疑問に対し、ミレットが説明を加える。

「本日は半休日ですが、魔法省は午前中も窓口業務を行います。ここ二日、窓口業務が停滞したため、対外的な補填ということです」

 リンディは聞かされていなかったが、同室の公務員二名は知っていたらしく、まんまと付き合わされてしまった……。

「やられた……」

 実際は、自分から勝手にやっちまっただけ。

「信頼回復のためのポーズってとこね」実務上の意義もあるのだが、九課課長は見も蓋もない。「ここはあんまり関係ないけど……まあ、念のためのバックアップってことで頼むわ」


 実は、一時的にせよ、先日のリンディのように魔法省職員以外の者に事務作業をさせるのは避けるべきと、それに気づいていた秘書からサンドラは進言を受けていた。先日は前魔法部長逮捕のごたごたがあった最中さなかゆえに外部へは露見しなかったが、法務省出身の新魔法部長のもとではそうはいかないだろうというミレットの見解には、課長も同意せざるを得ない。

 とはいえ、本日事務要員が不足するのは事実であり、他の部署から人を借りてくるような状況にもない。そこで、またリンディの出番となる。そのプランを課長から聞かされた時、当然、秘書はいい顔をしなかったが、ここの常連セデイター以外に適切な人材が見当たらないことから、断腸の思いで承服した。


「バックアップねぇ……」リンディは、契約書にざっと目を通す。「ま、いいか、ただよりは……。でも、プラス夕食一回分ね」

 昨日なんか、実質サンドラへのご奉仕のようなもの。それに比べれば、今回はもう少し額が多いものの、一食分のほうが高くなるかもしれない……いや、おごらせるからには、食道楽はそうするつもりだ。

「しょうがないな……。じゃ、サインして」

 課長に促され、フリーランスは契約書にサイン。

「はい、これ」

「はい、どーも」受け取ったサンドラは、書類を傍らのミレットにさっと手渡し、リンディに向き直る。「それじゃ、これからユーカと一緒に棒術の練習に行くから、あなたはここにいるように」

「いつまで?」

「戻ってくるまで。お昼前には戻ってくるよ」

「ふぁー……ぃ」

 臨時事務員の返事はあくび。

「じゃ、練習行こうか」

 早速、その棒術訓練に向かおうというサンドラに、練習好きでやる気に満ちたナユカがうなずく。

「はい」

 この両者は、体型は違えど、体力勝負という点で似た波長を感じさせる。いつか筋肉スレンダーが筋肉姉さんのようになる「悪夢」を、リンディはつい想像してしまう。

「まさかね……」

「では、先に薬草などの準備を……」

 自分が出張る前に練習を始められてはまずいと思ったフィリスが、先回りすべく動き出そうとしたので、サンドラも始動する。

「そっち回ってからね。じゃ、行こうか」

 薬の保管庫までついてくるようなので、そう慌てる必要もないと思った医師は、ノーマルスピードにペースダウン。しかし、勢いづいた体力課長はそうはならない。暴走馬車よろしく、先にナユカを引き連れて出口へ。体力志向ではないフィリスが懸命にそのペースに合わせた結果、やたらに早足となった一行は、廊下をハイスピードで突っ切りつつ、保管庫経由で棒術の練習へと向かう。


 ところで、魔法省内には、九課を含む魔法部がある本体の「総合魔法局」、魔法研究所のある「研究開発局」のほかに、魔法省付属病院の所属する「魔法厚生局」がある。そのうち魔法厚生局には、魔法に関する健康、安全、厚生関連の実働部隊も所属しており、魔法強化物質である魔法触媒の違法流通の摘発や、伝染性の魔法病への対処や強制隔離など、ちょっとした荒事に関わることも少なくない。そのためか、あるいは総合魔法局の業務肥大化を防ぐ理由か、「魔法訓練場」とそこに併設されている「武器訓練場」は魔法厚生局の統括になっており、敷地の割り振りの都合もあって、魔法省付属病院に隣接している。病院の隣にそんなもん、という意見もあるものの、訓練で怪我したらすぐさま病院で治療できる点では、都合がよいといえるだろう。もちろん、両訓練場にはそれぞれ医務室があり、軽い怪我や不調ならそこで治療をするが、それでも病院がすぐ近くにあるのは安心だ。

 本日、訓練に付き添うフィリスも、サンドラとナユカを引き連れて――というより、這う這うの体で二人を追いかけて――病院内にある薬の保管庫にいったん立ち寄ってから、訓練場へ来た。その点でもやはり、近いのは利便性が高い。ただ、体力女子たちのスピードのせいで、着いたときには息も絶え絶えになったが。


 訓練着に着替えた本日の弟子と師匠が、医師と共に訓練場に入ってくると、早速、サンドラの知り合いが声をかけてきた。なお、フィリスは当初医療用着に着替えようとしていたが、訓練場でその格好はいかにも怪我するのを予測しているようで、周囲から白い目で見られると課長から忠告を受けたため、着替えずに元の服装のまま。

「や、サンドラじゃないか。久しぶりだな」

 笑顔を見せて近づいてきたマッチョな男の腹筋を、サンドラが拳で軽く突く。

「ああ、イェイン。久しぶり。相変わらず暑苦しいね」

「がっはっは。いつもどおりだ」イェインと呼ばれた男は、腰に手を当てたまま上を向いて豪快に笑う。「最近来ないが、腕がなまったんじゃないか?」

「かもね。あんたにはすぐ負けそう」

 筋肉姉さんは、肩をすくめる。もちろん冗談だとマッチョマンもわかっている。

「ほお。自信たっぷりだな。後ほど手合わせ願えるか」

「時間あったらね。今日はこの娘の用事で」

 ナユカを指すサンドラ。

「おお、こちらのお嬢さんが」ナユカをまっすぐ視野に納めたイェインは、傍らに立てかけた棒を視界に挟む。「棒術かな」

「ちょっと扱いを教えるだけ」

「ちょっとか」サンドラの使用した語を繰り返すと、マッチョマンはナユカに声をかける。「お嬢さん」

 呼ばれて、スキンヘッドのごつい男を見上げる。

「はい」

「この人の『ちょっと』は覚悟したほうがいいぞ、がっはっは」

 イェインは、また上を向いて豪快に笑っている。威圧感はあっても、マッサージ店の店主チェ=グーに似た雰囲気なので、ナユカには別に怖い感じはしない。それよりも発言の意味が気になる。

「え?」

「まあ、がんばってくれ。がっはっは」詳細は語らず、またも豪快に笑うだけ。「では、また」

 図体のわりには機敏に踵を返すと、自らの訓練へと去っていく。


「あの……」

 若干の不安に駆られたナユカが、サンドラに尋ねかけたところへ、先にフィリスが割り込む。見るからに間違いなくマッチョで、かつ、あれはあれなりに紳士的であっても、フィリス的にはイケメンではないので、彼女の業務に影響を及ぼさないのは、皆にとって喜ばしい。

「そんなに激しいんですか、その『ちょっと』は」

「大丈夫だよ。今日の『ちょっと』は、ほんとにちょっとだから」

 サンドラはそう答えたものの、医師としては、やはり釘を刺さねばなるまい。先ほどのマッチョを遠目に見るにつけ、この人たちの基準は少し違うような気がする。

「あまり激しいのは困ります」

「わかってるって。初心者相手の『ちょっと』と、ああいうの……」イェインが向かった先を、課長はあごで指す。「相手の『ちょっと』は全然違うよ」

「それならいいですが」

 上司からはっきりそう言われてしまっては、健康管理者でも反駁しにくい――まだ訓練は始まる前だ。ただ、開始したら、しっかり監視する必要はある。一方、その対象は、改めて弟子を安心させようとする。

「からかっただけよ、あいつ。あなたが、かわいいから」

「かわいい? そうですかぁ?」照れているナユカは、すでに前向きに。「じゃ、やりましょう」

 例の一言で不安が解消するスポーツ女子……やはり図太い。


 さて、いざ教えてみると、運動神経のいいナユカは覚えが早く、サンドラはご満悦。

「筋がいいね、ユーカ」

「ありがとうございます」

 微笑む弟子を見て、師匠は、ついつい初心者相手の「ちょっと」以上のことを始めたくなる。

「ね、ちょっと手合わせやってみない?」

「手合わせですか?」

「もちろん、手加減するから。こっちは防御だけ」

「やってみます」

 リンディより「武器ならなんでも」と聞かされたサンドラからの褒め言葉を受け、ナユカは少し自信を得ている。「初心者相手のちょっと」以上のことをやってみたい……。これが「練習」から「訓練」へレベルアップする第一歩――スポーツ女子の瞳がきらめく。

「それはちょっと……」

 フィリスが止めようとしたところ、サンドラはもう始める体勢になっていた。こうなったら、もう止められない。

「どこからでも打ってきて」

「……では、いきます」

 躊躇なく構え、早速、打ち込みにかかったナユカの攻撃は、サンドラに軽く受け流される。

「遠慮はいらないよ」

 師匠から更なる攻撃を促されて気合が入った弟子は、がんがん攻撃していく。とはいえ、何分なにぶんにも初心者の攻撃ゆえに、達人には、当然ながら軽くあしらわれてしまう……。ところが、一手、予想外の鋭い攻撃が放たれ、それに反射的に本気で対応した師匠は、向かってきた棒を強烈にはたく。そして、弟子の手からは、棒が弾け飛んでいく。

「あっ」

「あ、ごめん」

 はっとする達人。……ついついやってしまった。

「やっぱりすごいですね、サンドラさん」弟子は笑顔で棒を拾おうとして、声を漏らす。「いたた……」

「!」

 フィリスが脱兎のごとくすっ飛んできて、ナユカの手を診る。両手のひらは少しばかり皮が擦りむけ、少々血が滲んでいる。

「あらら」

 ところが、本人はあまり動じていない。実際、このくらいは、たいした怪我ではない。陸上競技中に転んで擦ったときになる程度。それでも、フィリスは眉をひそめる。

「他に痛いところある?」

「ちょっと手が痺れてるけど」

 そんなのはすぐに治るものというのが、ナユカの認識。しかし、医師は違うようだ。上司をきっとにらむ。

「医務室へ行きます」

「わかった」

 素直にうなずくサンドラ。彼女にとっても「魔法の効かない異世界人」の怪我は未知だ。いつものような対応で済ますわけにはいかない。フィリスは薬草などを入れた医療用のかばんをすでに携えており、応急処置のため、三人はそのまま医務室へ直行する。


 医務室には常駐のヒーラーとして救急救命士(医療資格BB。Bである上級看護師の一段上でBBBである准医師の一段下)がいたが、フィリスは自分は上級医師(医療資格AA)であり、ちょっと特殊な治療をすると言って下がらせる。サンドラは、少し外れているようにと、常駐ヒーラーを医療用カーテンの外へ追い出し、一時的に医務室から退出するように指示。非魔法系治療をしているのを見られると、余計な詮索をされるかもしれないし、とりわけ、治療に関してあちらの世界の話をする必要もあるだろうから、それを聞かれては困る。よって、少々強引でも、出ていてもらうのが一番だ。医務室のヒーラーは、自分の管理場所から追い出されるのは不服そうではあったものの、上級医師と九課課長の合わさった権限には勝てず、しぶしぶそれに従った。


 フィリスによるナユカへの治療は、患部を洗浄した後、薬草から作られた塗り薬を塗布して、清潔な布を巻くという、あちらの世界でよくある治療パターンに近いもの。異世界人にとっては、ごく普通の治療だ。しかし、こちらの世界では、治癒魔法または魔法薬によって短時間で完全治癒させるのが当たり前であり、現場での魔力切れや魔法薬切れなどのやむを得ないケースを除けば、医師がこのような治療法を採用するのは例外的である。それでも、回復魔法の過剰使用によって魔法耐性が強くなりすぎてしまうことで回復ができにくくなるのを避けるため、あるいは、すでにそうなってしまった場合に耐性を下げるために、こういった措置をすることはある。ただし、あくまでも、傷ともいえないような程度の患部に対してのみだ。

 ナユカ自身による怪我への印象にもかかわらず、フィリスの当初の反応が深刻だったため、本人も何事かと思って不安になっていたが、結局は、ただの軽傷らしい。ちょっと手のひらを擦りむいただけ――どうってことはない。


 処置が終わると、医師は申し訳なさそうな表情をする。

「処置はしたけど、すぐには治らないんだ……ごめんね」

「ありがとう。大丈夫だよ、たいしたことないし」

 ナユカは別に気を遣っているのではなく――事実、そのとおり、という認識。

「でも、痛むでしょ」

「まぁ、少しは」

 怪我だから当然。でも、これはかすり傷の範囲内。

「魔法ならすぐ治るんだけど」

「あ、そっか。便利だよねぇ」

 異世界人は、フィリスがリンディの大怪我に治癒魔法をかけていたシーンを思い出す。

「わたしには、こういう処置の経験ってほとんどないから」

 この医師にも、先に出した例のようなケースで、多少はある。そして、かつて経験した、あまり思い出したくない現場でも……。

「そう? 向こうでもこんな感じだよ」

 基本、似たようなもの。さすがに、塗り薬は化学薬品だが。

「でも、すぐ治るでしょう……そっちでは」

「すぐって……一週間くらいかなぁ、これなら」

 それを聞いて、フィリスが驚く。

「そんなにかかるの?」

 今度は、ナユカが逆に驚く。確かに、擦り傷はわりと治りにくいけど……。

「え? 完全に治るまでって意味だけど。四、五日ってとこで、だいたい治るかな」

「すぐ治らないじゃない」

「それは、魔法じゃないんだから……って、こっちでは魔法なんだっけ」

 なんて便利な……。そして、自分に効かないとはなんて不便なんだろう。でも、それなら、自分にとっては向こうと同じようなものと、異世界人は思う。しかし、実際は、こちらの非魔法系医療が向こうほど発達していない以上、同じにはならない。フィリスは、少し考えてから口を開く。

「……非魔法系医療が進んでるなら、すぐ治るって思ってた」

「それはいくらなんでも無理でしょ。それに、この程度だったら、自然に治るのが基本というか……」

 異世界人の言葉に、こちらの医師が眉をひそめる。

「自然に……ってそんな無茶な。ずっと痛いじゃない」

 そんな言われ方をすると、自分がなんとなく未開人扱いされているような気がしないでもない。

「ずっとってことはないよ。これなら、今日明日くらいかな」

「ほら、二日も痛い」

 鬼の首でも取ったかのようなフィリスの言い回し。ただ、顔をしかめていることからナユカが推測するに、もしかしたら、こっちの人は痛みの持続には耐性がないのかもしれない……。自分にとっては、先日の戦闘中にリンディが負ったひどい怪我に比べれば、こんなのはかすり傷と呼ぶのもおこがましいのだが。

「ちょっと痛むだけだし、どうってことないよ」

「そう……」

 かすかに相槌を打ち、ヒーラーが押し黙る……。あの時も同じことを言われた……あの怪我で、そんなことはないはずなのに……なにもできなかった……。あんなところで、魔力切れして……。他の治療法に詳しかったら、もう少し何とか……。フラッシュバックする場面の中、フィリスの瞳が潤んでゆく。

「ど、どうしたの……」

 ナユカが心配そうに自分を見つめているのに気づき、フィリスはぱちぱちと数度瞬きをする。

「ご、ごめん。なんでもないの……」

「そ、そう……」

 なにか、訳ありなのだろう……。気になっても、そこで聞けるような太い神経は、ナユカにはない。彼女の神経の太さは、そういう太さではない。

「……なんだか、いろいろと勘違いしていたみたい」

 一間ひとま置いて立て直したフィリスは笑顔を向けるが、ナユカはリアクションに困る。大丈夫なのだろうか?

「そう……なの?」

「あとで、そっちの医療について詳しく教えてね」

 逆に心配された医師の声は、ほんの少しだけ上ずっているものの、面持ちはいつもどおりに戻っている。

「うん、わかった」

 変な気遣いをするのも逆効果なので、ナユカもいつものように返事をした。

「そろそろ、戻ろうか。今日の練習は終わりで」治療の間、ふたりのやり取りを口を挟まずに聞いていたサンドラが久々に口を開いたところ、フィリスからじっと視線を向けられ、柄にもなくたじろぐ。「あのさ……反省してるんだから、そんなににらまないでくれる?」

「わたしは大丈夫ですから、気にしないでください」ナユカがサンドラを気遣うと、フィリスからの視線を受けた。「え……と……以後、気をつけます」

 ふうと一息つく上級医師。

「……わたしも、そうします」少し間を置いて、小声で付け加える。「もっと勉強しないと……」




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