6-10 新たなオファー
しばらくすると、現在、魔法部長のオフィスに陣取っているサンドラ「魔法部長臨時代行」から連絡が入り、すでに再起動しているミレット課長代理が出る。サンドラが急用で九課に戻ってくるので、その間、九課課長代理が向こうで魔法部長臨時代行の代理をするとのこと。「代理が代行の代理?」というリンディの突っ込みをもっともだと思いつつも、急用というのならやむを得ず、ミレットは九課を後にする。そして、間もなく、魔法部長臨時代行……というよりも、九課課長が本来の居場所へ戻ってきた。
「実験はどうだった?」
入ってくるなり尋ねられ、リンディが答える。
「面倒だったよ」
サンドラが聞きたいのは、そっちではない。
「あなたのは、練習だから。ユーカのほうは?」
「うまくできました」
まるでこっちが練習だったかのような言い回しでナユカが答えたため、聞いたほうはどこか拍子抜け。代わりに、フィリスが端的に結果を報告する。
「魔法無効化を媒介する素材が見つかりました」
すでにターシャから報告は受けており、一時的な「前」九課課長も概要は周知している。
「そのようね。いちおう結果は見たけど、一瞬で無効化した?」
「ええ、触ったらすぐに」
ナユカのこの答えは有効だったようで、サンドラはすぐに用件に入る。
「そう。で、いきなりで悪いんだけど……魔法省としては、あなたを正式に結界破りのスペシャリストとして雇いたいんだよね」
「へ?」
異世界人が呆気にとられるのも当たり前。リンディがその気持ちを代弁する。
「ほんと、いきなりだな」
すると、魔法部長臨時代行がさらに上乗せする。
「今日中に決めて。もう、終業も近いから、二十分以内に」
「ええっ?」
ここでの一分は向こうでの倍……などということはなく、時を表す単語は違っても、あちらでの一分とほぼ同じだ。つまり……ナユカの驚きは、リンディが解説。
「……いきなりにもほどがある」
現在、九課終業三十分前。他の部署はすでに対外的には終業している。サンドラも無茶は百も承知。まさに「急用」だ。
「わたしが魔法部長のうちに、手続きしちゃいたいの。わかるでしょ?」
「またドサクサ紛れか」
フリーランスによるその表現はまだおとなしいほうで、もはや職権濫用に近い。しかし、本日中は確かに権限があるため、そうとも言い切れず、やはり「ドサクサ紛れ」が妥当か。
「そういうこと。だから至急」
いくらサンドラからでも、そうせかされては、当人も困惑するのみ。
「えーと、でも……わたし……よくわからないんですが……」
「そうね。詳しいことはともかく、今の『研究対象』みたいな危うい立場ではなく、しっかりした職務になります。正直、今のような『立場』からは、早めに抜け出したほうがいい」
まだその「立場」を知っているのはごく小数でも、いずれは広く知られてしまうだろう。サンドラの見方に、フィリスは同意する。
「確かに、あまり好ましくはないですからね……今のままでは」
「それから、フィリスもそれに伴って職種を少し変更してほしいんだ」
「……ああ、ユーカが『研究対象』ではなくなるから」
フィリスは察しがよく、魔法部長臨時代行も話が進めやすい。
「ええ。ということで、正式な医療スタッフとしてオファーしたいわけ」
一瞬、瞠目してから、ヒーラーは少し声を落とす。
「そうですか……」
フィリスが考えている……。ナユカと違って資格も経験値もあるプロフェッショナルに対して、さすがに唐突過ぎたかと思ったドサクサ姉さんは、オファーの内容を補足する。
「もちろん、あなたの医療資格と経験に基づいた待遇で」
考えにふけっていた上級医師は、反応に少し間が空く。
「……え? ああ、はい」
「あ、ごめんなさい。あなたの都合もあるものね。……もしかして、付属病院のほうがいいかな?」
「いえ、その……病院は……」ヒーラーが言葉を切る。「まず、ユーカが先に決めてからでないと……」
それはそうだ。しかし、その当人は、依然として戸惑いを隠せない。なんといっても、異世界の異質な仕事だ。
「わたしは……その……正直、どうしたらいいのか……。結界破りの仕事ってよくわからないし……」
停滞を割って、リンディが実務に即した説明をする。
「言葉通りだよ。頼まれたら、さっきやったような結界破りをすればいいだけ。ちゃんとした結界なら、ふつうは何時間も、下手すれば何日もかかるんだけど、ユーカなら一瞬でしょ?」
「そうなんでしょうか……」
実験と同じように、実地でもあんなふうにできるのか……ナユカには想像がつかない。その一方で、本人以外――実験に立ち会った者たちに加えて、その場にはいなかったサンドラも、その能力を確信している。
「すべてが一瞬で終わるかはともかく、データを見る限り、ものすごく速いというのは疑いようがない。通常、絶対ありえないほどに」
「つまり、ユーカにとっては楽な仕事ってこと。ぼろい商売っていってもいい」
自分のセデイター稼業とは大違いだと、ちらっと思う。
「はあ……。そんなもんですか?」
まだ半信半疑とはいえ、だいぶ説得されてきた特殊能力者。……ぼろい商売かはともかく。
「……てことは、フリーランスのほうがおいしいかな? 魔法省なんかに雇われるよりも」
リンディには、そこが気になるのか……流れで、説得の方向が変わってしまいそう。そのため、魔法省が雇うことが今は肝要と考えるサンドラが、すぐに修正に入る。
「それはそうだけど、資格取らなきゃならないでしょ。それには一定の経験が必要」
それはごもっとも。異世界人をいきなりフリーランスで放り出してどうする。それに対して、現フリーランスのしょーもない対案は……。
「もぐりで大金取るとか」
時間がないときの与太話に、時間切れ間近の魔法部長臨時代行はいらつく。
「ユーカにそんなことさせるつもり? あなたならともかく」
「あたしならって、どういうことよ」突っ込みつつも、リンディはサンドラが冗談を受け流せないほど焦っていることがわかったので、さっさと進める。「……それはともかく、ここで経験積むのがいいね。そうしよう、それで決まり」
「え? 決まりなんですか?」
決められてしまったナユカに、決めた奴が聞く。
「いや?」
「いえ、その……」
嫌ではなく、ためらっているだけのようなので、ここはリンディが背中をもう一押し。
「不安なのも、よくわからないってのもわかるよ。でも、これに関しては天才なんだから、その才能を使わない手はないよ」
説得への協力を感じて、サンドラがそれに乗る。
「そういうこと。それから、さっきも言ったように、今の立場はあまりよくないしね」
「いやなら、後でやめればいいんだからさ」
「今がチャンスなんだ。だましてるわけじゃないから信じて」
我ながら、ふたりして押し売りしているようにも感じてしまうドサクサ姉さんだが、この際、多少強引なのは仕方がない。
「そ、そうですね。では……そうします」
ふたりから熱い瞳で見つめられたナユカは、ついに受諾。半ば押し切られた感もあるとはいえ、今の立場が不安定なのはわかるし、「天才」と言われたらやるしかない。
「ありがとう。書類はできてるから、ここにサインをしてね」
サンドラは、持ってきていた書類を早業で出し、契約内容を速攻で説明。早口であることに加えて、専門用語が入っていることもあって、異邦人にはいまいちわからないものの、信頼するサンドラの勧めであることに加えて、当人がかなり急いでいるようなので、そのままサインをする。ちなみに、ナユカにはセレンディー語の文字はまだあやふやのため、書くのは向こうの文字である。こういうのは、本人の筆跡が確認できることが重要なので、それで問題はない。むしろ、真似されにくい分、かえって好都合ともいえよう。ともあれ、こういったあわただしい契約は、どこの世界でも望ましいやり方ではない。ゆえに、慎重な彼女としては、できれば避けたいところだが、今回は特殊なケースとして、納得することにする。異世界限定かつ期間限定ということで。
契約者本人のサインを得て、本日限りの魔法部長サンドラが書類に承認のサインをし、手続きはあわただしく終了。
「よし、OK」あとは時間内に提出するのみだ。「次はフィリスだけど……そういえば、あなたは別の仕事の最中なんだっけ?」
早口のサンドラに対し、フィリスは無理にスピードを合わせようとはしない。
「終わってはいます。ニーナの監視と、彼女の暴走を止めるというのがわたしの役目だったので」
「そう。それじゃ、戻るの?」
「いえ、彼女を置いてはいけません」
話の展開に焦れる……。もう時間がない。
「て、ことはまだここにいるんだよね。なら、無理にとは言わないけど、是非契約してほしいな」
「はい。そうします。ただし、病院以外で」
フィリスはあっさりと受諾したものの、なぜか病院は拒否。サンドラにとってはかえって好都合だが、少々意外だったため、急いでいるにもかかわらず聞き返す。
「こっちは、それでいいけど……いいの?」
「ええ。病院からは距離を取っていたほうが……」少しだけ考える間が空く。「やりやすいので。それに、みなさんと行動するほうが楽しいですから」
上級医師にはなにか事情がありそうだが、その存在自体を隠すつもりはないようだ。それなら、公的な問題ではなく個人的なことだと、サンドラは判断する。
「じゃ、決まりね」
「はい」
うなずくフィリス。
「ありがとう。これが契約書だけど……ちょっと待って」若干の書き足しをしてから、部長代行は契約相手に渡す。「納得したらサインをお願い」
「急いで読みます」
速読を始めた上級医師は、当然ながら公的機関との契約を交わした経験があり、書類は定式に基づいたものなので、理解が早い。一部の内容について、簡潔にサンドラと確認した後、納得してめでたくサイン。書類を受け取ったタイムリミット寸前の魔法部長臨時代行は、その書類に再び自分のサインを書く。
「よし間に合った提出してくる待ってて」
息継ぎなしに言い切り、脱兎のごとく九課から駆け出した。
「あわただしい人だなー」
開け放たれたドアから、サンドラの疾走をリンディが見送る。その後ろからナユカが顔を出す。
「間に合うんでしょうか」
「まだ五分あるから大丈夫でしょ、事故らない限りは」
リンディが振り向くと、フィリスも後方から、かの人の走りを見ていた。
「暴走してますね」
間違っても、脱兎のごとき、かわいいものではない。
「イノシシ……いや、暴れ牛かな」
室内に戻ろうとするリンディ。すでにサンドラの姿は見えない。
ドア先から課内へと戻った三人には、もうすることはなく、その辺で適当にくつろぐことにした。入省を制限しているので、外から誰かが来ることもなし。あとは、暴れ牛の帰還を待つのみだ。とりあえずソファに腰を下ろしたリンディは、どうしようかと課内を見回しているフィリスに声をかける。
「ずいぶん、あわてて決めちゃったよね?」
「……そうですね」
ソファへと近づいてくる。
「ユーカはともかく、よかったの? それで」
すでにリンディの対面に腰掛けつつあるナユカが、珍しく突っ込みを入れる。
「わたしは『ともかく』なんだ」
「だって、今までの身分って要するに『実験台』だよ。ひどくない?」
「まぁ、そう言われれば……」眼前からの指摘に同意しかけたところ、自分の隣に座ろうとしている健康管理責任者の存在を気にかけ、特殊能力者は言い直す。「いえ、そこまでひどくはないですけど」
訂正など気にせず、続けるリンディ。
「それが、これからは専門家なんだから……資格はまだないけど。でも、ユーカの能力なら、いずれ『先生』と呼ばれてもおかしくはないよ」
「いえ……そんな、まさか……」
謙遜というよりも、異世界人には、やはり能力の実感がわかない。ましてや、仮に「先生」などと呼ばれても、何も教えようがない。何も教えないどっかの「先生」たちのようなものだ。
「というわけで、ユーカはともかく、フィリスなんだけど……どうなの?」
いちおう「ともかく」のほうへのフォローを終えたので、話を再度、ヒーラーへ。
「わたしは、納得していますよ」
「そうなの? 迷ってたように見えたけど?」
「あ、それは……今の依頼主との契約の問題とかが頭をよぎっただけで……。わたし自身にはとてもありがたいオファーです」
「契約かぁ」
いちおう魔法省とは「公認セデイター」という形で契約しているとはいえ、基本、捕まえて賞金をもらうという、フリーランスのバウンティハンターであるリンディには、よくわからない部分だ。
「その件は、方が付くと思います。問題ありません」
「そっか。ならよかった」フィリス本人がそう言うなら、部外者がこれ以上踏み込むことでもない。「……あとは、サンディが事故らないことを祈るだけだね」
くつろいでいる間に九課の終業時間がとっくに過ぎたにもかかわらず、サンドラもミレットも、一向に戻ってこない。
「まさか、本当に事故った? あの暴れ牛」
リンディの悪口混じりの心配とともにやきもきしている中、上司と部下が一緒に歩いて戻ってきた。
「お待たせ」
ゆっくり帰還したサンドラは、涼しい顔だ。
「遅いじゃないの」
リンディは早く結果を知りたい――間に合ったかどうか。……まぁ、通行人を弾き飛ばしてでも間に合わせたとは思うけど。
「ごめんごめん、向こうで捕まっちゃってね」
魔法部長臨時代行の業務で、である。にこやかな表情に対し、ナユカは真顔だ。
「……ほんとに、事故っちゃったんですか?」
事故で逮捕とか? 頓珍漢にも思えるが、ここは異世界だ。なにが起きてどんなことで罰せられるかわからない。異文化の中にいる異邦人が、初期にこういった的外れな質問をするのは、よくあること。
「ん? 事故った?」
怪訝そうなサンドラの質問を、「暴れ牛」呼ばわりしたリンディが打ち消す。
「あー、なんでもないから。……で、書類は?」
「提出したよ。いちおう人事部の承認が必要だけど、魔法部長の承認があるから問題なし」
「『魔法部長』って自分じゃないの」
もうすぐ期限切れだが。
「あっちは、どうせこっちのことは理解してないんで、手続きが正当で予算内なら通過する」
今期の人事関連の予算はまだ十分残っている。魔法研が開発して販売する物品などから利益を得ていることもあって、魔法省は富裕な省庁だ。
「魔法部長って、かなり権限があるんですね」
確かにフィリスの感想どおりだが、実行できるのも予算あってのこと。あるがゆえに、今回のような「前」による汚職に発展するともいえる。
「そう。わたしがなったら、やりたい放題だね」
その張本人発のユーカとフィリスに関する人事は、臨時代行ながら「魔法部長」として、すでに人事部と交渉を終えている。これは、魔法省の一時的混乱に乗じた、ドサクサ紛れのごり押しであり、間違いなくやりたい放題の範疇に入るだろう。それを考慮すれば、もしも正式な魔法部長になった場合のやりようは、リンディにも容易に想像できる。
「もうやってるもんね」
「……」
表情を崩さぬまま黙っているミレットの背筋には、悪寒が走る……。その状況を、想像……したくもない。とはいえ、そんな彼女にも、救いはある。
「だから、お堅い役人タイプがいいわけ。わたしじゃなくてね」
サンドラ本人がそう自覚しているのはありがたい。堅実な秘書は、黙したまま無意識にうなずく。
「でも、前のやつはお役人タイプだったよねぇ……。結局、堅くなかったけど」
汚職をするほどに。そんなのは、堅くも何ともないとリンディは思う――ミレットに比べれば。いや、比べるのもおこがましい。
「……次は、ちょっと違うかも」さらっと口走ったサンドラは、それに対する質問を避けるように、リンディからナユカとフィリスへと視線を移す。「ま、そんなわけで……明日の午前中には辞令が下るから、よろしく」
「はい」返事はしたものの、ナユカには勝手がわからない。「……で、どうすればいいんでしょうか」
「職務が変わっても、ふたりとも九課直属だから、まずはここに来て」
「あ、そうなんですか。ならいいんですが……」
それならなんとかしてもらえそうだ……。異世界人は安心する。もとより、九課課長もそのつもりだ。
「あなたを突然どっかへ放り出すようなことはしないよ、ユーカ。フィリスは慣れてるから大丈夫だけど」
「いえ、ここはまだ……これからです」
基本的に完全主義の傾向にあるフィリスにとっては、完璧に把握していない以上、「これから」となる。そんな姿勢にかこつけて、サンドラはリンディをちらっと見る。
「謙虚だねぇ、誰かと違って」
「自分のこと言ってる」
即、返ってきた反撃は、スルー。
「実は、フィリスには別の役職も兼任してもらおうと思ってるんだけど」
「役職……ですか?」
聞き返しつつも、どういった類のものかは、上級医師にはなんとなく想像がつく。そして、ほぼそのとおりのものを、期限切れ直前の魔法部長臨時代行が提示する。
「医療部門のコンサルタント」
「へえ。さすが」
感心するリンディへ、サンドラは当たり前という顔。
「上級医師だからね」
「それは……その……」
しかし、本人は戸惑い気味。それに対し、彼女が何を避けようとしているのか……これまでの反応から、サンドラはなんとなく気づいている。
「コンサルタントといっても、『医長』というよりは、アドバイザーだね。病院勤めじゃないから」
「ということは……」
「基本的には九課直属で活動してもらって……」九課課長は、ここで間を空ける。「必要なときに向こうでということ」
「……そうですか……それなら」
病院に常勤ではないなら、フィリスに拒否する理由はない。なぜそれを避けたがるのかは、サンドラにもわからないものの、とりあえず思惑通り。
「せっかく上級医師として契約するんだから、それに見合ったことをやってもらわなきゃ」
予算的にもそれが理に適っているし、それを人事部との交渉材料にも使った……。つまり、すでにほぼ決定事項だ。そんな管理職に、リンディが突っ込む。
「これもゴリ押し」
「わたしにも、いちおう承認した責任ってものがあってね」
「先に言ってないなら詐欺でしょ」
リンディの言い分も間違ってはいないが、フィリスは受け入れているようだ。彼女にとっては、結果的に都合のいいオファーである。
「あ、いいんです。待遇が上級医師なんですから、当然の職務です」
「ふーん。それで納得?」フリーランスは、やりたい放題の魔法部長臨時代行を見る。「立場が逆なら暴れるでしょ」
「暴れはしないよ。ただちょっと……」言葉を切って、続けるサンドラ。「イラっとはするかも」
その先に何が待っている……?
「フィリスが人間できててよかったねぇ」
「……わかったよ」部外者の皮肉を不貞腐れつつも受け入れた上役は、上級医師に向き直る。「もちろん、いやなら断っていいよ。こいつの言うとおり、先に話さなかったわたしが悪いんだから」
フィリスは即答。
「いえ、そんなことはないです。喜んでお受けします」
「あら、決めちゃった。しかも積極的」
リンディの指摘どおり、当人は乗り気だ。
「……そのほうが、何かと都合よさそうですし」
「そうなの?」
フリーランスにフィリスが率直に答える。
「権限がありますからね」
「……けっこう腹黒いな」
リンディが斜に見る。
「はい」
真っ直ぐに肯定されたので……挑発してみる。
「もしかして……悪女?」
「かもしれません」
一向に動じないフィリスを指差して、リンディはサンドラに視線を送る。
「怖いんだけど、この人」
「あなたの負け」
判定負けを出され、ナユカに逃げる。
「あたしの癒しは、ユーカだけだよ」
「……」
反応に困っている異世界人の顔を見て、リンディはふと思い出した。
「あ、そういえば……」
サンドラに近づいて耳打ち。
「ああ、その件ね……」つぶやいた課長は、会話に配慮して少し距離を取っていた秘書に声をかける。「ミレット、悪いけど少し席を外してくれない? あなたが聞きたくないことだから。ほら、例の……」
「あ、わかりました」すぐに何のことか察して、秘書は即答。それ以上は単語一つですら聞きたくない……。「では、しばらく……その、十分ほど外に出てまいります」
そして、そそくさと九課の外へ。




