6-9 ミレットは教えない
ようやく九課へ戻ってきた三人を、魔法研に行く前から一人で留守番をしているミレットが出迎える。
「お疲れ様です」
「どうだった、こっちは? 暇してた? ご飯食べた?」
質問の多いリンディに、秘書――今は課長代理――の答えは、まず一つだけ。
「食事は……しました」
人はほとんど来なかったものの、連絡事項が多く、ここの主みたいに寝るほど暇ではなかった。食事は売店で事前に買っておいたものを、ここで軽く食べただけ。
「ふーん、何食べたの? こっちは魔法研の食堂で食べちゃったよ。これが、意外に悪くなくてね。やっぱ偏見はよくないよねー」
こちらはそれなりに元気だ。先ほどの滋養強壮剤は、リンディが思ったよりも効いているらしい。ということは、やはり、もう一本は余分だったのだろう。
「そうですか……魔法研で……」
眉をぴくっと動かしたミレットは、料理などの詳細を話し始める前に端末に向かい、三人が戻ったことをサンドラへ連絡する。
スピーカーオフにつき、他の者たちには内容がわからない。この情勢なら、隠す話があるのだろう。それならばと、全員が耳をそばだてる……というのは、通常の行為だ。しかし、通話はすぐに終わり、ミレットが話し始める前にリンディが口を開く。
「悪だくみ?」
「いえ……念のためで、今回はなにも……」では、前回はあったのだろう。現在、課長代理を兼ねている秘書はそれ以上は続けず、軽く咳払い。「そろそろ、サンドラ課長……いえ、魔法部長臨時代行……が、一旦戻ってくると思います。新しい魔法部長が決まったとのことで」
ミレットの「魔法部長臨時代行」という単語は、若干トーンが下がって早口になっていた。あまり口にしたくというのが、それとなくわかる。
「そう。で、誰に?」
いち早く尋ねたのはリンディ。しかし、ミレットは堅牢だ。
「それは、明日の発表をお待ちください」
「なに? 教えてくれないの? ケチ」
「まだ辞令が出ていないので」
いい訳っぽい……ので、追求する。
「それでもいいから」
「申し訳ありません。まだ省内秘ですので」
こっちが本当。追及者は、戦術的すねたふり。
「あ、そういうこと。……どうせあたしは部外者ですよ、だ」
もちろん、それで落ちるミレットではない。
「残念ながら」
「わたしは部外者ではないですよ」
フィリスが入ってきた。先日より、魔法省に正式に雇用されており、省内秘の対象ではないだろう。
「まだ辞令が出ていないので、明日の発表をお待ちください」
お堅い人が反復すると、お手上げだ。それならばと、リンディは声を落として核心を突く。
「……まさか……サンディじゃないよね」
「違います」
ミレットは、かぶせ気味にきっぱりと否定。この秘書らしからぬ反応だ……ここは、付け入るチャンス。
「そんなにいやなんだ」
「そうではありません。ただ単に……向いてないと思っているだけです」
意外にも、その人物の秘書は躊躇なく断言した。これはリンディの思惑とは違う。
「あれ?」
「まぁ、確かに……」
フィリスが傍らでミレットの意見に同意し、ナユカも賛同する。
「……そうかも」
「全員一致か」
当然、リンディも。さらに、ミレットが付け加える。
「ご本人も含めて」
それなら、立場にもかかわらず言い切ったわけが、リンディにもわかる。
「なら、はっきりしてるね」
「はい」
お堅い秘書の肯定がいつになく力強く聞こえるのは気のせいか……。付け入るところがないなら、この件でこれ以上の情報を引き出すのは難しそう。……ともかく、サンドラではないことがわかった――それ以外の名前を聞いても、秘書以外の三人には、おそらくわからないだろう……。この件の追及を、リンディは打ち切る。
「まぁ、新部長の件はいいや。ところで……」間を置く。「代わりにさっきの『噂』っての聞かせて」
「え?」
聞き返したものの、何のことかわかっているミレットの表情がこわばる。
「あの『気持ち悪い』とかいうやつ。もう大丈夫でしょ?」
「それは……わかりました」新魔法部長の件をうやむやにしたこともあり、渋々承諾する。「実は、前魔法部長の……あい……」
話しかけたところで、潔癖な秘書はいったん停止。続けさせるべく、聞き手が耳を傾ける。
「あい?」
「ごめんなさい、やっぱり……」
うつむいたミレットの顔から色が消えていくのを見て、フィリスが傍らへ。
「大丈夫ですか?」
「さっきも……この話、聞こうとしたらこうなったんだよね……」
ばつが悪そうなリンディ。
「精神安定の魔法をかけますね」
医師が詠唱すると、患者は直ちに回復。
「……ありがとうございます。すみません、ご迷惑かけて」
「いえ。それより、あちらで少し休まれたほうが」
ソファを指差したフィリスの魔法の効き目は抜群で、例の話をしようとした前よりも、ミレットの気分はすっきりしている。
「いえ、もう大丈夫です」
「いいから休んでなよ。留守番は終わったんだから」
リンディも少し責任を感じている。
「……では、お言葉に甘えて」応じないと、逆に気を遣わせそうだと判断。「課長……『魔法部長臨時代行』から連絡があるまで、よろしくお願いします」
ゆっくりソファへ向かったミレットを見て、ナユカは席を立つ。
「それじゃ、わたしはお茶を入れてきます」




