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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
六章 魔法省七日目(汚職、素材)
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6-8 実験、また練習

 食事を終えた一行はラボに戻り、まずはターシャとフィリスが簡単な打ち合わせをしてから準備を始めると、暇そうに待っているリンディが早速文句を言う。

「今度はあたしかぁ。めんどくさいなぁ」

 すると、作業をしている実験責任者が、無意識に相槌を打つ。

「そうねぇ……」

「ちょっと、なにそれ」

「え? あ、その……」手を止めるターシャ。「あなたが、めんどくさいんじゃないかなっ……てこと」

 ついつい出てしまった本音を誤魔化そうとしたものの、言われたほうもそこまで甘くはない。

「ほんとは自分がでしょ。いいよ、わかってるから」

 言い放って、ターシャにくるっと背を向ける。

「確かに面倒だけど……」あっさり認めた実験責任者。「でもね、あなたと実験できるのは楽しいのよ」

 柄にもなくしおらしいセリフと同時に、後ろから抱きつきにかかる……そんな行動パターンを読んで気配を察したリンディは、横にずれてかわす。

「あら?」

 バランスを崩しながらも、ターシャはどうにか踏みとどまった。

「じゃ、帰るね」

 出口へすたすたと歩いていくリンディ。

「あ、待って……」ターシャは床に崩れ落ち、片手を前にさし伸ばして叫ぶ。「リンディ、リンディーーぃぃっ」

 後ろから聞こえるその叫びに、ぴたっと脚を止めて振り返った当人は、踵を返して奇行の制止に向かう。

「なんなんだよ、もう」

「あ、戻ってきた」

 今は特にやることがないナユカが二人の掛け合いを見物している中、足早に自分の元へと帰ってきた待ち人を、研究主任がつつましげにお出迎え。

「おかえりなさい、あ・な・た」

「なんの芝居だよ、それは」

 あきれるリンディに、ターシャが素に戻って答える。

「こないだ見た舞台。『愛は永遠の果てに』って、知らない?」

「知らないよ。なんか、ありがちなタイトルだな」

「けっこうよかったよ。愛に飢えてる乙女には」

 長めのショートヘアーをぱさっと振って、自分をアピールした「乙女」を、イラついた突っ込みが迎える。

「誰が乙女だ」

「今度、一緒に見に行こうよ」

「遠慮しとく」

 素気無く却下され、しみじみと語りかけるターシャ。

「あなたには、ああいうのが必要だと思うんだけどな……」

 リンディの恋愛音痴を危惧しているナユカは、脇で黙ってうなずいている。

「もういいから、実験やるならさっさとやろうよ」

 いい加減、このやりとりが面倒になった今回の実験対象が、とりあえず本分のほうに逃げ道を求めた……。責任者はこの機を逃さない。

「そーね」

 短く返事をしてフィリスに合流し、任せっぱなしだった準備を再開する。その間、放置されていたほうも、そのやり取りを手を止めて見ていたのだが。


「ターシャさんって、お芝居うまいですね」

 にこやかに近づいてきたナユカに、リンディが答える。

「うまいかはともかく、たまに舞台やるんだよ」

「え? てことは、役者さんとか?」

「素人劇団のね」

「へえ、そうなんだ。すごいなぁ」

 ……科学者であり、女優というのは。

「それに、いつも芝居してるようなもんじゃない」

 そう言われて、ナユカはターシャのほうへ視線を向ける。……そう言われればそうかもしれない。

「まぁ、確かに……どれが本音かわからない感じもしますけど」

「そうでしょ」

「でも、いい人だし、わたしは信用してますよ」

「……まぁ……ね」少し間を置いたものの、リンディも否定はしない。「……でも、ま……気をつけて」

「でも、今度はリンディさんの番ですよ」

「は? あたし?」

 セクハラに会うと? 

「わたしの実験は終わったので」

「……ああ、そっち」

 実験のことね……。ここで、準備が完了した実験責任者からお呼びがかかり、ふたりは例の結界発生装置へと向かう。


 次の実験は、無駄ではない要素をターシャが加えてはいるものの、実験としては新味のあるものではなく、実質的にリンディの魔法出力調節の練習である。したがって、もはや着替えもしない。ターシャとフィリスは、科学者らしくそれなりのものを羽織りはしたが。

 さて、この「練習」では、ナユカのやることがなくなってしまい、傍らで見ているだけという、さきほどのリンディと同じような立場になる。手持ち無沙汰ゆえ、何か手伝いたいとは思っているのだが、魔法関連の機器が扱えるわけでもない――というより、この異世界人では、ほとんどの専門機器は動かない。

 どことなく心苦しそうに見えるナユカに目を留めたフィリスは、さっき活躍したから気にせず休んでていいとなだめたものの、それでもいまひとつ気が休まらない様子。ターシャからも、「控え室でお菓子でも食べてれば」などと勧められたが、食事をしたばかりだし、リンディのような食い意地も持ち合わせてはおらず、控え室でひとりお菓子を食べるというのは……想像するに、どうにも虚しい。

 そんなナユカに、実験責任者は、万が一にも機器が暴走したときは、魔法を無効化してほしいという要請を出す。そんな事態は可能性がゼロではないとはいえ、それこそ万が一にも起きないことであって、端的には気を遣われたわけだが、そうかもしれないとは思っても、特殊能力者は少しは役に立っている気になり、とりあえず気休めにはなった。


 こうして、リンディの実験――というか、「練習」は、粛々と……ではなく、のんびりと……というより、だらだらと進む……いや、むしろ、進まない。まあ、別にあわててやる必要もなく、疲れるのも無駄ということで、こんな状況でやるこんな実験としては、そんなやり方が理に適っているともいえるだろう。無駄に頑張ってもしかたがない――練習の当人以外は。

 途中、ターシャが前魔法部長の改ざんしたデータ関連のことで、確認の連絡を二度ほど受けたが、それらは魔法研とは無関係のもので、それ以上は何も起きない。すでにターシャの聴取は、リンディたちがここに来る前に簡潔に終わっており、当局が疑いを持つ部分は何ら存在せず。データ改ざんに関しては、魔法研側の誰かが関わった形跡はなく、そもそも、魔法研のデータはどこも改ざんされていない。魔法研データベースへの不正なアクセスを試みた痕跡はあったものの、それだけである。ちょっとやってみたけど、できなかったということだろうか……。所詮、魔法研のデータなど専門家でなければ理解できないもので、前魔法部長が目にしたところでどう改ざんしてどう活用するかなど、誰か別の専門家が加担していない限り、考え付くこともなかろう。捜査では、そのような人物の関与は認められておらず、どうやらその線での取調べは終了しているらしい。

 このように、早々にほぼシロ認定されている魔法研は、まだ捜査進行中の他の部署からは切り離されて、現在、ふつうに稼動しており、いつもどおり、研究員はそれぞれの研究に勤しんでいるようだ。とはいえ、やはり、気分的には落ち着かず、集中できないのか、さきほど食堂の雰囲気に感じられたように、普段よりはどことなくだらっとしている。その点、緊張感でぴりぴりしている他の部署とは対照的である。


「あー、もうやだ。もうしばらくはやりたくない。……ったく、なんであたしがこんなこと……」

 実験もどきの「練習」が終わるとすでに夕方で、リンディの疲れは愚痴となって現れていた。放っておくとまだまだ続きそうなので、ターシャが口を挟む。

「練習になったじゃない」

「はいはい、なった、なった、すごくなった」

「コツはつかんだでしょ」

「つかんだ、つかんだ、思いっきりつかんだ」

 もう嫌になった魔導士は、完全に投げやりだ。

「じゃ、忘れないうちにもう一度」

 ターシャのその言葉で、リンディの表情が凍結する。

「……マジ?」

 逃げよっか……。

「冗談よ。お疲れ様」ねぎらった研修主任は、何かを思い出したようだ。「あ、そうだ。あそこにあれがあったんだ。ちょっと待ってて」

 ひとり控え室へ向かったターシャを目で追いながら、本当に終わったのかという懸念がリンディの頭をよぎる。まさか、また妙な実験アイテムを取りにいったんじゃないよね……。すると、データを見ながら、フィリスが近づいてくる。

「ほんとにコツをつかみましたね、リンディさん」

「そうでしょ」

 胸を張る魔導士。

「ええ、後半から出力がきれいなカーブになってます」

 科学者はデータを見せようとするが、当人は遠慮する。

「いいよ、どうせ数字だけじゃわかんないから」

 専門データってのはそんなもの。情報開示はわかりやすくまとめてないと意味がない。フィリスもその辺りは心得ている。

「後でグラフにしますよ」

「それは、ご丁寧なことで」研究熱心を皮肉りながらも感心しつつ、リンディはナユカに目をやる。「……それにしても……よく寝てるなぁ」

 名目的かつ一時的な緊急対応役は、いすにかけたまま居眠り中。

「魔法の無効化って疲れるんでしょうか?」

 医者にそう聞かれても、魔導士にはわからない。

「さあ……? そういうデータって取ってないの?」

「取りたいのはやまやまなんですけど……ユーカの場合はちょっと……」

「あ、そうか。取れないんだ」

 魔法無効化のせいで、魔法機器ではデータがまともに取れないというのは、厄介なものだ。


 ほどなくして戻ってきたターシャが手に提げた保存容器内には、二種類のビン。

「はい、これ」片方を、リンディに差し出す。「新開発の滋養強壮剤」

「新開発? 大丈夫なの?」

 なんとなく受け取ったものの、警戒気味。

「飲んでみて」主任研究員は、にこやかに勧める。「……試しに」

「……」

 小声で付け足された言葉を聞き逃さなかったリンディは、無言でビンを返そうとする。

「大丈夫よ、安全性は検証済み」

「……でも、遠慮しとく」

 ぐっと腕を伸ばして、ビンをターシャの手元へ。

「そう? あたしが作ったんじゃないから、信用できないのかな?」

 受け取ろうとした主任研究員の指先をかわして、食道楽は腕を引き戻す。

「それを先に言いなよ。で……誰が作ったの?」

「ここの食料部門」

「あのレストランの?」

「そんなとこ」

 微妙に違うけど……まぁ、近いからいいや。

「……なら大丈夫かな」

「事故率はゼロ……に近い」

「やっぱやめた」

 躊躇なくビンを突き返すリンディ。仕方なく受け取ったターシャは、代わりにもう一種類のほうを渡そうとする。

「しょうがないなぁ……じゃ、こっち……」腕を伸ばしても、警戒してそれを受け取ろうとしないので、ラベルを見せる。「こっちは、すでに市販されてるやつよ」

「ああ、それね。それなら……」飲んだこともあり、リンディは納得して受領。「先にそっち出せばいいじゃん」

「面白くないじゃない。それだって、事故率は『ゼロに近い』んだよ。何だって過剰摂取すれば事故が起きるんだから」

「そういう問題?」

「怖がりだなぁ」最初のドリンクをリンディに飲ませるのはあきらめたターシャは、再度それを手に取ると、矛先を変える。「……あ、フィリスちゃん、飲む?」

 差し出された手とシンクロするかのように、フィリスは一歩後退する。完全拒否というやつ。

「いえ、わたしは……また今度ということで」

「駄目? それなら……」次の標的としてナユカにロックオンすべくサーチをかけたターシャは、少し離れた椅子でターゲットが居眠りしているのに気づく。「あら、ユーカちゃん、かわいい」

 近づこうとする研究員の前に、護衛役であるリンディが立ちはだかる。

「セクハラ禁止」

「怖いなぁ。大丈夫よ、あたしだって分別くらいあるんだから」眼前の護衛役をひらりとすり抜けたターシャは、眠り姫のほっぺたを軽く指でつつく。「あ、ほんと。眠ってるわ」

 リンディがそれ以上のちょっかいは断固阻止すべく、ターシャに横付け。フィリスはゆっくりとその逆サイドに立ち、警戒対象はふたりに挟み込まれることになる。

「……そんなに警戒する?」

 リンディはともかく、フィリスにまでこういう扱いを受けるとは……。不本意感がにじみ出る研究主任だが、どうやら、医師は単に話すために横付けしたようだ。

「ユーカの身体データって計測できないんでしょうか。魔法の無効化が身体に負担をかけているかどうか……調べようがなくて……」

 魔法無効化実験のときにデータを取ろうとしたものの、すべて計測不能となっているナユカのカルテを、フィリスは改めてターシャの目の前に出す。内容はすでに知っているし、どうせ見ても仕方がないものなので、研究主任はそれを一瞥しただけで、特殊能力者のほうへ視線を移す。

「そうねぇ……見たところ、負担がかかってるようには見えないけど……」

「ええ……ただ、控えたほうがいいような気もして」

 あくまでも慎重な医師をちらっと見つつ、リンディは市販品の滋養強壮剤を黙って飲んでいる……。すると、少し考えてから、実験責任者が答える。

「……魔法を無効化してしまうわけだから、魔法が影響するとは思えないのよね。無効化の際に、危険物質が排出されたとか、そういうこともないし。だから、身体には影響ないんじゃないかな」

 危険物質とは、瘴気などのこと。逆属性魔法のカウンターによる無効化の場合、魔法を使用しているのだから、魔法残留物が出る。ナユカの無効化はこれとはまったく別のメカニズムによるというのが、ターシャやフィリスの現在の仮説だ。

「排出されないというのが問題ともいえます。体の内部では何が起きてるか……」

 医師が懸念するのは、体内に瘴気が蓄積されているかもしれないということ。仮にそうならば、セデイターの出番――のようにも思えるが、ナユカにはセデイト魔法も効かないのだから、対処不能だ。一方、研究主任は、瘴気が蓄積するのなら、その前にその瘴気が作られなければならないにもかかわらず、そういった痕跡がないことから、それは杞憂だと考えている。

「体の中が調べられないのは厄介よね。ま、あなたが外から気をつけてくれているから、大丈夫だと思うけど」

「もちろん、そうしますが……」


 フィリスが議論を継続しようとしたところで、ナユカが目を覚ます。

「あ……寝てた……」自分を囲んでいる三人を見回し、恐縮する。「すみません」

「疲れたの?」

 心配する医師に、寝起きは照れ笑い。

「えーと、そうじゃなくて……ひまだったんで……つい……」

「どこか、調子悪いところとかある?」

「調子悪い? ないけど……ふぁぁ……」あくび。「あ、ごめん」

 眠いだけ。セデイトの必要性からは程遠い。

「……ふぁぁ……問題ないじゃん。あたしも眠い」セデイターもつられてあくびをすると、手に持っているすでに飲み終わったビンに目を留めて、少し上に持ち上げる。「そうそう、ユーカにはこういうのないの? あんまり効かないけど」

「知ってると思うけど、その薬は弱いの。こっちにすればよかったのに」

 最初に出した滋養強壮剤を、主任研究員が手元のケースから再度取り出す。

「じゃ、やっぱそれ飲もうかな」

 空のビンを持つ逆の手でリンディがそれを受け取ろうとすると、フィリスは間にいるターシャの前にかぶさりながら、ぐっと腕を伸ばす。

「駄目です。それ飲んだでしょう」

 さえぎろうとして遠方から出現した腕に、文句を言うリンディ。

「だって効かないんだもん」

「そういうのは、一度に一本だけ」

「え? 二本くらいふつうだよねぇ?」

 リンディから同意を求められたターシャは、フィリスの視線を気にしてあいまいに答える。

「ま、まぁ……そうね」

 主任研究員による中途半端な返答を耳にしたことで、医師の視線が鋭くなり、リンディへの説明&説教が始まる。

「その中の成分には……(中略)……ですから、一度に二本飲んではいけません。わかりましたか?」

 二分後、説教相手は圧倒されていた。

「……以後、気をつけます」

「ターシャさんもです」

 説明はともかく、説教はこの科学者へも向けられていた。

「あたしは……」言い訳は……やめておくことにした。「はい」

 満足したフィリスは、ナユカには優しく話しかける。

「それで、ユーカの分だけど……ユーカには魔法薬は効かないから、後で調合するね」

「……う、うん……ありがとう」

 説教されたわけではなく、内容も専門的過ぎて理解していないが、異世界人も何だかぎこちない……。

「あ。それ、あたしももらえる?」

 めげずに、リンディが食いついた。

「はぁ? わたしの言ったこと、聞いてましたよね?」

 イラっとするフィリスに、食い下がる。

「魔法薬じゃないんでしょ? ならいいじゃん」

「あれも、魔法成分は微量なんです。だから、あまり効かないわけで……」

 回復系の魔法成分だ。多く入れると回復魔法への耐性が上がってしまうリスクがある。

「やっぱり効かないんだ」

 効かないんなら二本飲ませろというリンディに、ターシャがまだ持っている瓶をちらつかせる。

「あたしのは、魔法成分たっぷり」

 医者が白い目を向ける。

「……だから危険なんですよ」

「それなら、安全なフィリスのちょーだい。後で飲むんだから、いいでしょ?」

 後で調合するのだから、少しは間が空く。

「いや、ですから……」

 慎重な医師の逆手を取る研究者。

「ユーカに飲ませる前に、先にリンディで試したら? 問題あっても、魔法で回復できるし」

「あぁ? あたしは実験台か?」

 抗議する本人だが、フィリスは意外にも……。

「……そうしましょう」

「えっ?」

 驚くリンディ。

「そのほうが安全ですしね」

 医師が意味するのは、ナユカにとって。自分の安全は……と言いたげな人の肩を、ターシャがポンと叩く。

「よかったねぇ、もう一本飲めて。それに、今度は有意義な実験になるよ」


 そんなこんなで、本日、魔法研にてすべきことは、すべてこなした。

「じゃ、今日はこれで解散。みなさん、お疲れ様でした」

 研究主任の意外なほどあっさりしたお開き宣言にて、この日の実験と「練習」は終了――どうやら、少々予定がずれ込んだらしい。ひとり疲れたリンディ、全然疲れてないナユカ、疲れよりも空腹を感じるフィリスの三人は、帰り際にターシャからあまり絡まれることなく、九課へと戻っていった。




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