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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
一章 魔法省初日(宿泊)
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1-4 入浴後

 ボディーチェックらしきもののを兼ねていた入浴のあと、ふたりがくつろいでいると、向かい部屋のフィリスが、約束どおりこちらの部屋へやってきた。

「入浴はされました?」

 聞かれたナユカは、リラックスムードでにこやかに返事する。

「はい」

「バスタブ……大きかったですねぇ……」

 大きいのは悪くないはずだが、フィリスのテンションが妙に低い。

「ええ、ふたりで入っても余裕でした」

「ふたり……そうですか……わたしはひとりでした……」アンニュイなムードで、ため息をつく。「大きすぎると……がらんとしちゃって……」

「あ、でも……」ここはポジティブに……。「落ち着けたでしょう? こっちはちょっと……いろいろあって。ねぇ、リンディさん」

 助け舟を求めるナユカからいきなり話を振られて、やらかした張本人は答えに詰まる。

「え? あー……それは……」

「静かでした……こっちは……とっても……」フィリスの雰囲気が、どよんとする。「まるで世界には……」

 その先、何事か陰鬱なことを言い出す前に、食前のリラックスムードを壊されたくない食道楽が、声を上げてそれをさえぎる。

「食事は!」

「はい?」

 フィリスとナユカが、はっとしてリンディに注目。思惑通り、妙に不安定なヒーラーの嘆きは停止……したのはいいが、なにを話すか考えてなかった……。

「えーと……」適当につなごう。とりあえず、食事は……。「たぶん……ミレットが運んでくるよ。いろいろやるよねー、秘書なのに……で……明日の予定は、そのときにわかるんじゃないかなー」

 ぎこちない話題転換に、ナユカが遅延気味に反応する。

「……あ、そうですか」

「ま、やることはわかってるけどね。わかる? フィリス」

 クイズ形式でネガティブな気を散らそうというリンディは、当然、その相手を指名。

「……セデイト時の状況確認でしょうか?」

 どうやら、フィリスは問題なさそうだ。冷静に頭が回っている。

「そう。正解」

「映像を見るとか……。さっき渡しましたから」

「そう、それ。映像ね……え?」ほっとしたのもつかの間、はっとするリンディ。「さっき渡した……って?」

「はい。わたしのレコードクリスタルを、サンドラさんに」

 あの戦闘がすべて記録されたクリスタルだ。

「げ」

 なんてことを……。

「是非見せてほしいとお願いされまして。九課で……リンディさんが先に課を出た後です」

「……ああっ」

 セデイターは頭を抱える。やられた……。

「いけなかったでしょうか?」

 いけなかったです。しかし、そうとは言えない当人は、にっこりと引きつった笑いを作って、首を横に振る。

「ううん。ぜんぜーん」

 お小言は覚悟。やはり、サンドラから逃げることはできない。リンディは認識を新たにし、明日への絶望に立ち向かうことにした。


 ほどなくして、お世話担当のミレットが、デリバリーされた食事をカートで運んできた。業者をここまで平然と入れるほど無用心な魔法省ではない。ここの宿泊室は、関係者を安全に保護する目的も兼ねている。

「お待たせしました」

 入室したミレットは、手際よく料理をテーブルに並べていく。宿泊設備には決まった担当者というのは存在しておらず、そのつど関連する部署の者が割り当てられる。よって、九課絡みのリンディたちは、必然的に九課秘書のミレットが担当している。セデイト関連でこの宿泊室が利用されるのは比較的多いことから、彼女の出番もまた多く、いまや手馴れたもの。慣れていない課の職員だと、こうてきぱきとはいかないだろう。

 配膳が終わると、秘書は明朝の予定について簡潔に述べる。内容はリンディの「クイズ」に対するフィリスの答えに同じ。集合時間は他の課よりも一時間遅い九課の始業時間よりもさらに一時間遅れまでならよいとのこと。……わりとルーズだ。このあたり、決め事につき、いつもと変わらない。ミレットはナユカとフィリスに明日の協力を頼み、用があったら宿直室にいる自分を呼ぶように再度申し置いてから、部屋を退去する。

「では、ごゆっくりどうぞ。また明朝に」


 そして、ようやく食事の時間。思えば、リンディがセデイト前にとった遅い昼食は、対象を監視しながらであり、あまりリラックスできるものではなかった。それはよくあることなので、やむを得ないこととして……心残りは、あの店の「珍味」メニュー。思い起こすにつけ、まだ口にしたことのないあれや、滅多に見ることすらないあれなんかを食べられなかったことが悔やまれてならない。まぁ……もう過ぎてしまったこと……また別の機会もあるはず……。そう自分を納得させて、頭の中にある、あれやあれなどのイメージを振り払い、目の前の食事に集中する。

 料理はいつもながらの食べ慣れたもので、味がよいののは間違いないものの、リンディには珍しくないことこの上ない。その点、うらやましいのはナユカだ。こちらの世界で、もう幾度か食事を取ったとはいえ、いまだ彼女にとってはほとんどが初めて口にするもの。そのリアクションが見て取れ、食道楽のリンディには新鮮だ。そんな異邦人を見ていると、自分が珍味的なものに拘泥しているのがなんとなくばかばかしく思えてくる……。そう、奇抜さではない、日常のものにも新しさを感じることができるのだ……と、ある種、警句的な反省をし、集中して目の前の料理を口に運ぶ。そんな、妙に気合が入っている食道楽を目にして、フィリスが不審がる。

「どうかされました?」

「あ、うん……なんでもない」ちょっと気が入りすぎたか……。リンディは少し肩の力を抜く。「……わりとおいしいよね、ここの」

 でも、気の持ちようを変えたら前よりもおいしく感じているのは確か。

「ええ。さすが、本部の契約店ですね」

 省内へは限られた業者だけが出入りできる。ただし、設備のメンテナンス関係などの例外を除き、ここまでは入って来られない。

「魔法省本部は初めて?」

「来たことはあります。主に病院のほうですが」

 病院とは、魔法省付属病院のこと。別棟であり、セデイト完了した対象者を治療、収容する場所でもある。ヒーラーで医療資格を持つ者なら、そこでの用事がありそうだ。

「そっか。医者なんだよねぇ……」どこか含みのあるリンディ。……少々いやなことを思い出し、表情が硬くなる。そこで話題を元に戻す。「あ、そうそう……」


 戻し先は料理の話。それから、適当に他愛のない話に終始し、食事の時間はリラックスして終えた。そして、しばらくくつろいで過ごした後、お互いに今日は疲れたから早く休もうということになった。それにフィリスは反対しなかったものの、実は、ナユカに対して質問したいことがある……。

 それは、この異邦人が戦闘時にとった行動と自分がとった行動のもたらした結果に関する、ある事象について。その点を本人に問いただしたかったのだが、食事開始前より、「食事中と食後すぐは、込み入った話はなしね」とリンディから宣言されたため、聞くことができなかった。医師としては、消化吸収の点から、食通のポリシーにも賛同できるので……。

 ともあれ、どうしても込み入った内容になるのが予測されるような話を、今日のようにハードな一日の終わりに、疲れた者同士でこれから始めるのは、好ましくはないだろう。明日、映像を見るときに触れる機会もあることだし、そのときにでも切り出せばいいか……。

 今夜は好奇心をぐっと押さえ、フィリスは自分の部屋へと戻っていった。やがて、自室のリンディとナユカも床に就き、それぞれにとっての長い一日がようやく終わった。




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