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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
六章 魔法省七日目(汚職、素材)
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6-7 魔法研の食堂

 有用な結果が得られたナユカの実験を終え、次には、リンディの実験をやらねばならない。とはいえ、この実験は擬装用なので、ターシャはそれほど乗り気ではなく、まさに「ねばならない」という表現が似つかわしい気分だ。

「それじゃ、ユーカの実験は終わったから、リンディの……ふわぁぁあ」すでにナユカの実験で集中力を使い切った科学者は、あくび混じりに話す。「移りましょうか……ふあぁ」

「なに、そのやる気のなさ」

 リンディがむっとするので、実験責任者はあくびを飲み込む。

「ごめんごめん、ちょっと疲れちゃってさ。お腹も空いたしね」

「あたしは、あんまり空いてない。お菓子食べ過ぎた」

 食事前に菓子を食いすぎるというのは、子供のやることだ。そこでターシャは、不機嫌な子供を、多少のわざとらしさを含みつつ、優しく諭す。

「そっかぁ。でもね、みんなお腹空いてると思うんだよね。だから……」一間置くターシャ。「悪いけど、ちょっと休憩ということで」

「……わかったよ」

 子供であってもガキではないリンディが不機嫌ながらも承服したので、研究主任は全員に声をかける。

「それじゃ、みんな。食事にしましょう」

 それ自体に異論はなし。まずは実験用着を着替えるため、更衣室へ。ただし、問題がある。それは……。

「ちょっと待った」リンディはターシャを見る。「着替えるの?」

「もちろん、着替えるよ。このまま食べには出られないでしょ?」

 実験室外で実験用着のまま出歩いてはいけない規定になっており、研究主任もそれに反旗を翻すつもりはない。

「どこで着替える?」

 リンディの妙な質問に、ターシャはふつうに答える。

「更衣室でしょ、ふつう」

「……ならよかった」質問者は回答者を見たまま。「普通じゃない人は来ないでね」

「普通じゃない人って……」

 ターシャからちらっと見られたのは、ナユカ。

「え?」

「違うよ。普通じゃないのは……」

 異世界人の護衛役が指差すのは、研究主任。

「は? 確かにあたしの頭脳は普通じゃないけど」

「そうだよねぇ」リンディ的には別の意味で。「だから、更衣室には来ないでね」

「いやいや……それじゃ、どこで着替えろと?」

「いいじゃん、その辺で」

 適当に辺りを見回すリンディ。

「その辺って……トレスもいるんだけど」

「あー……じゃ、助手には我慢してもらおうかな」

「なんで、我慢してこのボディを……」片手を頭の後ろにつけ、ターシャはセクシーポーズ。「助手に披露するわけ?」

「……なら、我慢しなくてもいいや」

「露出狂じゃないよ、あたしは……たぶん」

 左右の手を入れ替えてポーズを取り直すターシャを、冷ややかに見る護衛役。

「……そもそも、我慢するのは助手なんだけど」

「さすがに、それはよくないですよ、リンディさん」たしなめながらも、フィリスはターシャを視界に入れる。「警戒するのはわかりますが……」

「わかるの?」

 警戒対象からの視線を受け、対応に窮するフィリス。

「いや、その……なんというか……」

「大丈夫よ、なにもしないから。そんなに怖がらなくても」

 芝居がかった恐怖のポーズをとるターシャを、リンディがまっすぐ見る。

「別に、怖がってないけど」

 そこへ、なにをもめているのかいまいちわからないナユカが、誰ともなく尋ねる。

「あの……わたし、更衣室に行ってもいいんですよね?」

「あ、うん。もちろん」答えたフィリスが、ナユカを誘う。「行こ」

「うん」

 ふたりは更衣室へ歩き出す。

「それじゃ、わたしも脱ぎに行こ」

 スキップ気味で、研究員は後に続く。

「あ、ちょっと」護衛役は止めようとして、断念。「……まぁ、向こうで対処するか」


 更衣室にて着替えながら、リンディがこぼす。

「はあ……お菓子食べ過ぎなきゃよかったなぁ……」

 その完璧なプロポーションに、ターシャが目をやる。

「やっぱり、あなたでも気になるの? 食べ過ぎ」

「そりゃ、気になるよ。食事前だし」

 そんな完璧ボディの発言に、科学者は納得。……やっぱり節制してるんだな……いくら食べてもどこにも歪みが出ないとか、サンドラから聞かされてたけど……大げさな。

「確かに、そういう間食はね……」

 無駄なカロリー摂取に……などとつなげようとしたところ……。

「食欲が落ちると料理の味がね……」

 食道楽の懸案はそれだ。

「ん?」

「お腹空いてるほうがおいしいでしょ? それに、たくさん食べられる」

「は? そっち?」

 カロリーの問題じゃないの? 肩透かしを食らったターシャ。

「リンディさんは、いつもそっちですよ」フィリスは、投げやりに。「どーせ、食べても太らないそうで……ついでにユーカも」

「わたしは、リンディさんほど食べないけど?」

 この同居人が大食ではなくても健啖だということを、ここ数日でフィリスは知った。

「でも、結構食べるでしょ。そうじゃなきゃ筋肉つかないよね? それで、脂肪はどこに消えるんだか……無効化でもしてるの?」

「それってどうやるの?」

 魔法を無効化する天然スレンダーボディを、医師が見つめる。

「それは、わたしが聞きたい」

「新しい研究テーマにでもする?」

 おどける魔法研主任研究員に、フィリスがうなずく。

「是非そうしてください」

「……で、どこで食べる?」

 すでに着替え終えたリンディの懸案は、やはりそれ。現在、まだ「ドサクサ紛れ中」であるがゆえに、建物を出入りするのは、人目を避けたい点から好ましくない。ならば、研究主任の結論は一つ。

「ここの食堂かな」

「やっぱそうなる……。なら、たくさん食べなくてもいいや……」

 食い意地の食欲は、珍しく低下傾向……。

「大丈夫よ、ふつうのものもあるから」

 この魔法研主任研究員の言葉が示唆しているのは……フィリスにもその心当たりがある。

「ということは、やっぱり……」

 それ以上、口に出さない……。それならなおさら、ひとり知らない異世界人は、その先を聞かないわけにはいかない。

「……何かあるんですか? ここの食堂」

「大丈夫、大丈夫。安全だから」

 またも、裏目に読めるターシャのお言葉。

「『安全』? それって、いったい……」

 案の定なリアクションをするナユカに、リンディが視線を向ける。

「……ここではねぇ……変なもんが出るんだよ」

「変なものって……」

 不安げなナユカを目にして、魔法研の住人がリンディに抗弁。

「別に変じゃないよ。見たところ普通でしょ? それに、味も」

「そうかぁ? まぁ、変わった味だよね。他ではないから」

 味のほうが気になる食道楽に対し、異世界人は「見たところ普通」というのが非常に気になる。

「あの……具体的には?」

「ここで作ったものとか、使うものとかね」

 主任研究員のわりに、答えが具体的でない。せっかく覚えたセレンディー語の「具体的」という単語をここで使ったのに……。もう一度、使おう。

「それって、具体的にどういうことですか?」

「ここは魔法研でしょ。だから……わかるよね」

 つまりは、察しろというリンディ。こんな風に、全員が「具体的に」言わないことには意味がある。食べる前に具体的に言及すると、食欲が減退する可能性が高いからだ。

「魔法研……」

 すなわち、研究所……。異世界人がすぐに思いつくのは、向こうでいうバイオ的なもの。確かに遺伝子組み換え食品などの安全性は議論の分かれるところだが……ここ魔法研の場合はどうなのだろう……? 品種改良なのか、遺伝子操作なのか……そこへ魔法がどう関わるのか……。そもそも、ここのテクノロジーの根幹がわからないので、判断のしようがない。何はともあれ、人が食べるものならばとりあえずは口にすることができるナユカにとって、懸案は安全性である。「見たところ普通」でも安全じゃない食品は、ゲテモノよりもたちが悪い……。

 異世界人が答えずにいるので、食通が「具体的」寸前の一言を放つ。

「ゲテモノ。それ以上は……やめとく」

「『ゲテモノ』? ……というのは?」

 ナユカはセレンディー語のこの単語を知らない。しかし、奇しくも直前に自分が比較対象として挙げていたものだ。

「あー、それは……」ゲテモノ自体を悪くは言いたくない食通。「珍しい食べ物……かな?」

 それなら、ナユカには思い当たる節がある。

「……もしかして、前に食べたがってた……ほら、あの店で……」フィリスを見る。「初めて会ったあの店」

「え?」

 聞かれたほうはわからず、リンディに視線を向ける……が、ピンと来ていない。そのときの同行者は、その先を続ける。

「えーと……ニーナさんをセデイトする前に……」

「あ」思い当たったセデイター。「違う違う。あれは『ゲテモノ』じゃなくて『珍味』。つまり、珍しい食べ物」

「……同じなのでは?」

 確かに、異邦人の指摘どおり、この食通の説明では同一だ。

「そういえばそうだよねー、あはは」

 ターシャが笑う。実際、「珍味」と「ゲテモノ」など紙一重のことが多い。要は、食べる者がそれらにどういう印象を持っているかの違い――つまりは、ラベリングの違いだ。それならばと、リンディは、もうはっきり形容することにする。

「要するに、魔法研の食堂で出される食材は、本当に何だかわからないものってことだよ。いろんなもんをくっつけてたりするでしょ? たとえば……」

「やめてください」

 フィリスが冷たく制止した。食事前に具体化するのはやめろということだ。

「……まぁ、その辺の……具体的な内容はさて置き、ここの食品は安全だよ。一般の食材よりも、厳格に検査してあるからね」とりあえず安全性を保証したターシャは、ここで食事したことのある食通に尋ねる。「味も悪くなかったでしょ?」

「悪くは……なかったかなぁ……よくもなかったけど」

 リンディが食べたのはかなり前――まだ、食べ物に今ほどはこだわらなかった頃。当時、ここの食堂の真相は知らなかった。

「前よりもかなりよくなったと思うよ……内装もね」ターシャは、ナユカとフィリスに声をかける。「まぁ……ものは試しってことで、いいでしょ、ふたりとも」

 顔を見合わせる二人。ナユカは安全性のことを聞いたことで、さほど抵抗感はなさそうだが、フィリスは知っているのが仇となっているよう。

「あ、わたしは……」

「あまり時間もないから、行きましょう」それ以上言わせることなく、研究主任が決定を下す。全員、とっくに着替え終わったのにもかかわらず、更衣室なんぞでうだうだしていても無駄だ。動き出す前に、リンディに一声かける。「あまりお腹空いてないのなら、控え室で待っててもいいよ」

「行くよ……ここにいてもしょうがないし」

 そんな「お菓子腹」の食道楽は、当初より渋っていたにもかかわらず、行くことにした。またお菓子と同居するのは、あまりに冴えない。

「あの……助手の方は?」

「ああ、トレスは先に食べちゃってるから大丈夫」気を回したナユカを、ターシャがすかさずハグ。「ありがとね、気を遣ってくれて」

 更衣室でのこういう行為は、たとえ好意に基づこうとも、高位の者が実行すれば、好印象が損なわれるかもしれないという危惧はターシャにもあり、さすがにこれまでは控えていた……ものの、ついついやってしまった……。しかし、幸いにも、ナユカに嫌がっている様子はなし。

「ちょっと、そこ。急ぐんでしょ」

 リンディに注意されたターシャは渋々ナユカを解放し、全員を先導して魔法研食堂へ向かう。


 食堂は、入ってみれば研究所のそれらしからぬ洗練された趣で、落ち着いたレストランというべきものだった。出されるものが「あれ」なだけに、箱までもが「あれ」だとさすがに人が寄り付かないという配慮に基づいて改装されたのだろう――リンディが以前利用したときに感じた、そこはかとないマニアックさは、今は影もない。扱っているものが「あれ」だけにセルフサービスではなく、少数ながら魔法生物学専攻の学生がウエイターやウエイトレスを勤めているので、多少のぎこちなさはあるものの、親しみを得られるという点では、むしろベターなのかもしれない。

 このような佇まいと雰囲気は、リンディの悪印象とナユカの警戒心を和らげるのに効果的で、その表情は次第にリラックスしてゆく。フィリスだけは、なかなか悪いイメージが解けることはないようだが、意外そうに辺りを見回していることから、それなりに効果はあったと見受けられる。この日は例の件により、研究所外に出にくいという事情もあってか、適度に人が入っていることからも、魔法研職員には抵抗のない場所らしい。


 外部のレストランと違って、通常、給仕による案内は特にないので、一行が適当な席についた後、メニューを開いたリンディが目を留める。

「……なんかさぁ……存在しちゃいけないものがあるんだけど?」

「……」

 フィリスは手にしているメニューを黙って閉じた……。

「これなんだけど?」

 食通が指差した先を、ターシャが見る。

「ああ、それはそう名付けてるだけで、本物じゃないよ」

「復活させたんじゃないの?」

 魔法研ならやりそうだと、リンディならずとも思う。

「フッカツ?」

 単語がわからないナユカはともかく。

「いやいや……まったく違うもので……」魔法研の研究員が、それを指差す。「よく見てみなよ。スペルが一字違うでしょ」

 読み直す食道楽。

「……あ、ほんとだ」

「でしょ?」

 にこっと笑うターシャに、リンディが冷たい視線。

「……詐欺だ」

「違うって。一字違うんだから」

 そんな魔法研主任研究員には、異世界人からも批判が……。

「そういうのって……詐欺です」

 ブランドコピー品を想起させる……。

「だよね、どこの世界でも」

 うなずくリンディ。二名の非難を受け、弁明するターシャ。

「いや……大昔に絶滅してるって常識だし、みんな知ってるでしょ」

「そりゃそうだけど」

 セレンディアでは、子供でも知っている。

「……そうなんですか?」

 ナユカにとっては、まるで恐竜の話のよう。確かに、あちらで「ティラナ《・》サウルスのステーキ」とか書かれていても、本物の「ティラノ《・》サウルス」だとは思わないだろう。

「だから、まぁ……オマージュとして……ていうか、リスペクトみたいな……そんなイメージで……研究員がシェフとコラボして名づけた……と」

 ターシャの説明終了。

「……」

 意味がさっぱりわからず、無言の異世界人。

「……なんだかよくわからん」

 というセレンディア人に、言った本人も同意。

「あたしもよくわからない。これ作った奴、変人だし」

「……自分でしょ?」

 魔法省の変人といえば、リンディが思いつくのは、即ターシャ。

「あたしじゃなくって、生物学の変人」

「ふーん……まぁ、いいや」魔法研にはそういう研究者が多そうだし……。「とりあえず、それ頼んでみるかな」

「えっ」食道楽の決定に、驚くフィリス。よくわからないものを注文するという神経が、まったくわからない。「本気ですか?」

 まじまじと見つめてきたので、まじめに聞き返す。

「何か問題あるの?」

「もちろん、問題なし。味もいいよ。おすすめ」

 魔法研の研究者から、食通は担保を得た。

「じゃあ、まずはそれにしよう。来たらフィリスにも分け……」

「結構です!」

 即座に拒否された。

「そ、そう……。えーと、それから……」メニューを見るリンディ。「あ、これ」

「なに?」

 反応したターシャに向け、またもメニューを指差す。

「こんなのあり?」

「あー、それも同じ。本物じゃない」

 さきほどと同様の答え。

「それも『ゼツメツ』?」

 絶滅の意味は、さっき、推測でわかった異邦人。

「あ、それは幻獣だから」意味がわからないと思うので、研究者として、いちおう噛み砕く。「つまり、空想上の生き物」

「だから、いるわけないよね。やっぱ詐欺だ」

 リンディから見下ろすような視線を向けられる、魔法研主任研究員。

「それも、ちゃんと読んでみなって」

「あー……」一文字ずつ目で追うセレンディア人。「アホか」

 やはり、一字違う。異邦人も察した。

「スペル?」

「そう。これもまぁ……オマージュとして」どうせ言うことは同じだ。「……以下略」

 同様に「フェニックスのから揚げ」じゃなくて、「フェニッコス」だったりするようなものだろう……というのが、ナユカの理解。

「……ここの食堂が怪しいっていう意味が、わかってきました」

「そういう意味じゃなかったと思うんだけど……」

 食道楽の認識では、食材そのもののことだったはず……。

「みんな変人研究者のせいだね」

 自分ではないとターシャは念押し。

「まぁ、いいや。これも注文しよっと」

「はぁっ?」軽く決めたリンディをにらみつけるフィリス。「幻獣ですよっ。わかってます?」

「だから、本物じゃないって。オマージュ……だよね?」うなずいた魔法研の研究者に、いちおう聞いてみる、食の探求者。「食べたことある?」

「いちおうあるよ。スパイシーでおいしい」

 御墨付きを得た。

「じゃ、それも。来たらフィリ……」

「結構ですっ!」

 断固拒否。……分け前を振ったほうも、予想はしていた。

「……だよね。……えーと、それから……」再び、メニューに目を移したリンディ。「あ、これならどう?」

「今度はなんですか? 『ドラゴンとマンドラゴラの炒め物発酵マメ崩しワーム和え』とかですか?」

 冷笑するフィリスに、ターシャが応じる。

「……さすがに、そんなものはないと思うけど?」

「いや、ふつうの料理もあるから……」

 今、薦めたのはそれ。

「ふつうの?」

 異世界人にとっては、なにがふつうなのかは、まだはっきりしない。そこで、魔法研主任研究員は、今度はふつうに説明する。

「ここだって、大半はふつうの料理だよ。使ってる調味料がちょっと変わってたり、調理法に最新技術を使ってたりで」

「……フィリスは、そういうのにすればいいんじゃないかなと」

 取り成す食通に対し、にべもない。

「わたしはいいです。一食抜きますから」

「体によくないなぁ」

 ナユカは筋骨優先。

「まぁ、無理強いはしないけど……そこまで嫌うものでもないと思うよ」

 当初に比べると、リンディの認識がずいぶん変わったと、ターシャは思う。

「野菜や果物には、市場にも限定的に出回ってる高級食材もあるよ」

「え? どれ?」

「えーとね……」食通が食いついたので、魔法研の研究員はメニューをめくり、料理を指差す。「これとか……これ」

「え。こんな安いの?」

 食べ物にこだわっていても、高いので手が出にくいのに……。

「そりゃ、ここで作ってるから」芝居っぽく胸を張るターシャ。「ただし、数量限定」

「よし、それ行く」

 限定と聞き、リンディは急いで手近なウエイターを呼ぶ。すると、やって来たのは……。

「はっ」

 フィリスの反応からわかるように、イケメン。

「あ、この……」

 食道楽がウエイターにまずは数量限定品の注文をしている間、イケメン好きの表情がどんどん柔らかくなっていく……。

「ふにゅーぅ」

 などという声を漏らしそうな雰囲気だ。もしかしたら、かすかに漏れていたかもしれない……。

「とりあえず、それを。残りはあとで……」

 先にリンディが最初の注文を終え、ウエイターは去っていく……。その姿に気を取られたままのフィリスは、抑揚なくつぶやく。

「わたし、やっぱり食べることにします」

「え? あ、そう?」

 この色気より食い気の人はともかく、ナユカには理由が丸わかり――つまり、色気による食い気だ。呆れて、棒読みで応じる。

「ふーん、そうなんだー」

「じゃ、これ……」

 リンディがメニューを渡そうとするも、フィリスは受け取らない。

「あ、リンディさん、選んでもらえます? わたしは……わからないので……」

「あたしが?」

「適当でいいです。ただし、可能な限りふつうのものから」

 通常、食に関するこの手のいい加減なリクエストを、この食道楽は好まないのだが、今回は状況を鑑みて承諾。

「……じゃあ……わかった」

「あたしも選んであげるよ」

「えっ」ターシャの申し出にちらっと眉をひそめたフィリス。このふたりが協力するとかえってよくない結果を招きそうな気がする……。「ああ、まぁ……それは……そうですね……」

 逡巡がはっきり……。しかし、コラボ対象には伝わらない。

「まぁ、任せて」

「あの……できれば、わたしの分も……」

 異邦人のナユカに関しては、最初からリンディもそのつもり。

「うん、わかってる」


 少ない品数でいったんオーダーを終え、さほど待たせずに届いた料理の味のほうは、もとの素材の味を緩和するためだろうか、濃い目のものが多い傾向にある――とはいえ、リンディの予想よりもはるかに好ましい。これならもう少し冒険してもいいだろう……。食道楽は追加注文をすべく、再びメニューを手に取る……。

 ここに入る前はあまりお腹がすいていないと言っていた食道楽も、「さっきのはお菓子だから別腹」という、時系列が逆転したような言い訳をして、きっちり料理を堪能。食への探究心からもう一品、次の一品と注文し、しまいには、なかなかの「ゲテモノ」にまで手を出し、満足げにそれなりの量を完食した。

 こちらの食材についてあまり知らない異世界人も、料理の良し悪しは基本的に味としているので、問題なく料理を平らげた。形のほうにはさしてこだわらないのが、神経の太いところ。もっとも、通常の食材であっても、たとえば海産物などは形状的にグロいものが多いことを思えば、彼女にはさほど気にならないことなのかもしれない。

 そして、ここの料理に慣れている魔法研主任研究員にとっては、いつもどおりの食事だ。もとより、食べられるように調理してあるものは口にできるという、ナユカに近い感性の持ち主でもある。科学者らしいともいえるだろう。

 ひとりフィリスだけは、リンディから無難なものを選んでもらったにもかかわらず、どうしても食が進まず、少食に留まる。曰く、「いくらおいしくても、よくわからないものにすぐ食いつく神経がわからない」とのこと。そのご意見を拝聴したナユカは、「いくらイケメンでも、よくわからないものにすぐ食いつく神経がわからない」と返したいところだったが、食卓の平和のためにこらえた。傍らで、食事の安寧を尊重する食道楽が、それを楽しんでいたことだし……。それでも、全員が最後に食べた「外では高級」フルーツのデザートはフィリスにとっても極上で、今回の食事そのもののストレスから、心身を癒したようだった。




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