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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
六章 魔法省七日目(汚職、素材)
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6-4 臨時代行

 取調べ待ちのため身動きが取れないサンドラとその無聊に付き合うリンディが、お茶を飲みながら雑談をしていると、再びミレットが戻ってきた。

「重要な情報です。今日中に新任の魔法部長を決めるのは無理なので、一時的に、魔法部長の代行を誰にするかが問題になっていますが、それが九課課長に回ってくる可能性が高まりました」

 入室した課長秘書が、柄にもなくあたふたともたらした情報を受け、当人が眉をひそめる。

「わたしが? 部長補佐がいるじゃないの」

「前部長に近すぎる方は好ましくないとのことで、どちらかというと距離を取っていて、かつ、現在、暇な部署の人がいいということです」

「暇ね……」

 今は、どの部署も業務が滞り気味で、暇のはずとサンドラは思う。もっとも、正常な状態に戻れば、停滞していた間に溜まった案件の処理で、より忙しくはなるだろう。その点では、九課は確かに暇ではある。

「まぁ、暇だよね……。実際、寝て……はないけど、眠くなるくらい」

 余計なことを口走りそうになったリンディに、ミレットが感情のこもらない相槌を打つ。

「……そのようですね」

「比喩的表現だよ」

 いらないフォローを付け加えた元居留守番に、またも秘書が抑揚ない同意を示す。

「もちろんです」

 すでに、サンドラが寝ていたことは、なんとなくミレットに気付かれていたようだったが、これでもう完全にばれただろう……この秘書は聡明だ。口を滑らした誰かをチラッと見て咳払いをしてから、課長は話を戻す。

「……で、わたしなわけね」

「はい。まだ決定ではないですが、そうなる公算がかなり高いようです」

 表情を変えない秘書の心中は……おそらく……。代弁するのはフリーランス。

「血迷ったね……魔法省」

 それには反応を見せず、秘書は詳細を続ける。

「明日には新しい魔法部長が決まるので、一両日程度だとは思いますが」

「やっぱ、そうだよねー。正気なら」

 うなずいているリンディを、ミレットがちらっと見る。

「それに、本日は業務が滞っているので、緊急の対応のみかと。その点で、課長は有能ですので」

「要するに、あまりやることはないってことだ。なら、よかった」

 リンディからの茶々群が、なんだか、お堅い課長秘書の心中を表しているように聞こえてくる……。黙って聞いていた当の臨時魔法部長候補者は、独り言のように口を開く。

「そう思ってるわけか……なるほどね……」

 主語が省かれていたため、誰のことかわからない……。罠に感づいたミレットは危うく口にしそうになった釈明を飲み込み、伝えるべき情報のみを極力平静に口にする。

「……その関係で、おそらく課長への取調べが前倒しになりますので、そろそろ呼び出しが来ると思われます」

「そう。取調べがさっさと終わるのは歓迎」

 もう仮眠は取ったし、いつまでもこの状態なのは、サンドラにはストレスになるだけ。

「それで……受けられます? 『魔法部長臨時代行』という役職となりますが」

 おそらく、取調べの前後にその話が出るだろう。意向を伺う秘書に、九課課長は皮肉めかして答える。

「別にかまわないけど? どうせ一日かそこらだけだし、『暇』だし」

「……承知しました」皮肉に配慮し、少し間を空けたミレット。「その際、九課の業務はどうなさいますか? 一時的に管理者不在となりますが」

 一時的にでも、同一セクションで違うクラスの管理職を兼任することは名目上できない制度となっている。そのことは、サンドラも理解している。

「ああ、そうだった。それなら、ミレットが『課長臨時代行』ってことで」

「いえ、それは……」

 指名したミレットのためらいを感じて、サンドラが諭す。

「いつもの課長代理の感覚でいいから」

「……では、セデイト関連業務の取次ぎだけで、よろしいでしょうか?」

 実際のところ、セデイト関連業務以外の、九課にたまに入ってくる「特殊業務」は、サンドラでなければ処理不能だ。したがって……。

「たぶん、それしか来ないと思う」

「それでは、そのようにいたします」

 パワーハングリーではない堅実なミレットは、これを機会として、実績を積むべく能力外のことで危険を冒そう、などとは思わない。

「いちおう、連絡用の人員を置いておいたほうがいいんじゃないかな。フィリスとユーカを呼び戻して……あとは、そこの暇人」

 課長に指差されたセデイターは、げんなり。

「また、あたし?」

 さすがに人に――それも専門家に――ものを頼むやり方ではなかったと、サンドラは反省――リンディはそもそも部下ですらない。態度を改める。

「有能な専門家がいないと困るから……頼んでもいいかな?」

「……まぁ、いいよ。やるよ」セデイターとして頼まれたのなら……。「手当て出るよね?」

「出ます。公式ですから」

 わざわざ「公式」と答えたミレットは、先ほどの「非公式」めいた業務に気づいていることをほのめかしている……のだろうか? あれもいちおう書類上「公式」になっているはず……。

「あ、ところで……」それが引っかかった元居留守番は、矛先をかわすため、冗談で聞いてみる。「まさか、次の魔法部長にサンディがなる……なんてことないよね」

「そ、それは絶対ないです」

 秘書はギクッとして、即時完全否定。課長はここぞとばかりに追求してみる。

「『絶対』? なんで?」

「そ、それは……その……今回昇格はない……とのことで」

 彼女らしくない動揺を見せているミレット……を、おもしろがるサンドラ。

「そうなの? それは残念」

「『残念』……」お堅い秘書の表情が一瞬凍りつく。まさか……本気で魔法部長の座を? 「そ、そうですね。ほんと、残念です」

「安心して。その気はないから」

 本人の否定を受け、ミレットの顔には、ほっとした表情が薄く浮かぶ。緩んだところへ、リンディがその心情を言語化する。

「当然だよ。サンディが魔法部長じゃ魔法省がつぶれるよ」

「ええ……」当を得たともいうべき不意打ちを、一瞬肯定しそうになった課長秘書は、無理やり軌道修正。「え? そんなことはない……ですよ」

 イントネーションが不自然になり、本音が隠し切れない。サンドラは、にやにやしている。

「わたしも、つぶすつもりはないよ」

「そうです……もちろんです」

 あまり見せることのない誤魔化しの微笑みをしたところで、呼び鈴が鳴り、ミレットはそそくさとドアへ向かう。扉を開けると、捜査員のお出迎え。

「じゃ、行きますか……」大きく伸びをしてから立ち上がったサンドラは、手近なリンディに目配せして歩き出し、出口前ではドア横のミレットに目をやる。「留守、お願いね」

 課長代理となった秘書は、黙って視線を合わせてから会釈し、一時的に公務に就いたセデイターは、離れたところで軽く手を振る。


 九課課長サンドラが捜査員と共に別室での事情聴取へ向かったのを見送ると、ミレット課著代理は静かに一息ついて、自分がいつも使う席に着く。すると、リンディがその傍らに立ち、一言。

「サンドラ魔法部長かぁ……」

「!」

 声は出さずとも、喉を空気が通った……。そのミレットが、発言者に振り向く。

「……は、ないよね。あはは」

 笑ってそこを離れ、リンディはまたお茶を入れに行く。


 事情聴取へ向かってから半時ほどして、サンドラは九課に戻ってきた。

「お疲れ様です」

 連絡を受けていた秘書が出迎え、公的留守番は座ったまま声をかける。

「早いね」

「そう?」

 直行したソファへと沈み込む九課課長に、リンディが尋ねる。

「なんか疲れてるね。厳しい追求を受けたってやつ?」

「そういうんじゃなくてね……」

「嘘発見器にでもかけられた?」

 脳の反応を見る装置と、専用の魔法による手法。かけられた側は脳の反応を自力で制御することはできないので、極めて正確だ。巧みな質問と組み合わせることで、かなりの真実を引き出すことができる。

「いや、被疑者じゃないから」

 人権上と手間の点から、普通の聴取では使われない。

「じゃ、拷問された」

 もちろん、冗談。そんなものは、魔法技術のない昔の話。そもそも、拷問された側が真実を話す保証はない。偽情報をつかまされて多数の人員が時間を無駄にし、いらぬ混乱を招くのが関の山だ。とりわけ、時間が限られているような状況だと致命的となる。もとより、拷問は情報を引き出すためではなく、嘘の自白をさせて訴追するためにやるもの。それも、裁判で供述を翻されれば、公判は維持できない。ゆえに……。

「するか、そんなアホなこと」

 ……となる。やるのは、拷問自体が目的の異常者だ。この国セレンディアは、「拷問は犯罪」というまともな神経を持っている国である。

「……結局、なんなのさ」

 ようやくリンディの追求がストレートになったので、サンドラは自白を始める。

「知りたくもないことを、とうとうはっきり聞かされた」

「何それ? やばいこと? 教えてよ」

 こうなると、好奇心の出番。

「そうだね……やばいというか、なんというか……あー、思い出したくない」サンドラは声を張り上げ、ミレットにオーダー。「お茶入れて、お茶」

「はい」

 短く返事した秘書は、すでに準備しておいた茶を入れ、課長に出す。

「ありがとう」

 一服して一息ついたサンドラに対し、待っていたリンディが口を開く前に、ミレットが恐る恐る尋ねる。

「魔法部長の件ですか?」

 正確に言うはずの秘書の口から、なぜか「臨時代行」の部分が抜け落ちている。

「その件はいちおう受けたんで、決まったらここに連絡が来るよ。もうすぐじゃない」

 もちろん、サンドラが受けたのは「臨時代行」の話。

「え? あ」一瞬「臨時代行」抜きのオファーかとミレットは思ったが、すぐにそうではないと気づいた。それなら、もしかして……。「すると、聞きたくないことというのは……」

 それとは別に、本決まりのオファーがあったとか? そんな、まさか……。秘書は戦々恐々。

「聞いてない? 噂。もう出回ってると思うけど……例の、気持ち悪いやつ」

 思い出して、サンドラはげんなり。

「気持ち悪い……?」なら、別の話だ。よかった……。内心ほっとしつつ、ミレットが脳内を手繰ると、嫌なことに思い当たる。「もしかして、あの……?」

「そう、それ。本当だった」

「う……」口を押さえ、普段はポーカーフェイスを貫く秘書の顔全体に、嫌悪感が浮かぶ。「ごめんなさい……」

 軽いめまいを起こしているミレットを、自分が座っているソファへとサンドラが迎える。

「ここにかけなよ」

「はい……失礼します……」

「ミレットは潔癖症だから……。お茶入れてあげる」

 秘書がソファに力なく腰を下ろすと、今度は課長が茶を入れ、ソファの前のテーブルに置く。

「すみません」

 か細い声で謝意を表してから、ミレットがゆっくり飲み始める。両者による滅多に見られないようなシーンをずっと見ていたリンディは、サンドラに近づいて耳元でささやく。

「……で、結局なんなの?」

「さっき言った噂。今はちょっとね……」課長は、ちらっと秘書を見る。「精神衛生に悪くて」

「……あたしの精神衛生はどうなるのさ」

 またもおあずけを食らいそうなリンディは、焦れてサンドラから離れる。

「まぁまぁ。後で教えるから」

「いいよ、ミレットに聞くから。ミレッ……」なだめる九課の長を振り切り、リンディは秘書に声をかけようとしたものの、その青ざめた顔を目にして仕方なく中断。「……後でいいや」

 さすがにミレットに聞くのは忍びない……ここはぐぐっと好奇心を抑えるしかない……。そんな配慮を見て取り、内心は本当に褒めながらも、サンドラはからかい半分に頭を撫でようと手を伸ばす。

「いい子だねぇ」

 その手をかわし、いい子は本題のほうへ話を戻す。そうでもしないと、気が紛れない。

「……で、取調べ自体はどうだったわけ?」

「別にどうってこともなく、形式的な質問だけ。こっちは関係ないからね」

 実は、先の話題である「噂」絡みで、まったく関係なくはないのだが、サンドラはその点は伏せた。今、それに触れると、またリンディの探究心を無用に刺激してしまう。

「まぁ、そうだろうね」その点は信用している。しかし、聞いた方は物足りない。「……なんか、搾られてたら面白かったのに」

「……面白いって何さ」

「『おまえがやったんだろ』とか、『吐いちまいな、楽になるぞ』とか追求されて縮こまるサンディ……。受けるぅ」

 勝手に面白がるリンディ。

「……そういうのは、学生時代だけで十分」

 過去への言及に、聞き手は目を輝かせる。なんかやったんだ……。

「縮こまってたの?」

「だったらよかったかもね……かわいくて」

 あまりにも堂々としていると、追求する側から反発を食らうか、思いっきり信用されるか、どちらか極端に振れる。サンドラの場合は、ほぼ後者。横柄でないにもかかわらず威圧感があると、追求する者たちは無意識にひるみ、それを認めたくないがために、意識上では信用できるという結論を下す……というところだろうか? 心理的メカニズムはともかく、サンドラが堂々と振舞っているのが予想され、リンディはがっかり。ふてぶてしい姿が目に浮かぶ。

「だろうね……。残念」

「わたしは無実だから……たいていは」

 最後の部分はボソッと聞こえてきた。どうやら、全部ではなさそうだ。

「たいていね……」

 リンディは納得。


 少しして、先だって自ら予告したように、魔法部長臨時代行がサンドラに決まったから来てほしい、という連絡が入った。今の状況でもたもたしていても仕方がないので、即決したのだろう。お役所のわりには手早かったのは、押し付けやすい相手だったせいかもしれない。

 ともあれ、臨時宿泊棟に待機するようにと事前に伝えておいたフィリスとナユカを九課へ呼び戻すべく、サンドラは端末にて連絡。そして、どうやら復調してきたミレットを活動に問題なしと判断し、両者が九課に戻ったら、自分の元へ秘書自らが報告に来るよう指示を出した。

「後は適当にお願い」

 最後に、セデイターにはざっくりとした指示を言い置いて、魔法部長臨時代行は魔法部長室へと向かった。




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