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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
五章 魔法省五日目(住居、実験)
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5-2 臨時宿泊棟

 本日、用のある二ヶ所は、どちらも三人が宿泊している魔法省の棟からすぐ近く。どちらも、魔法省コンプレックスとでもいうべき建物群に含まれている。中心に位置しているのは、今晩行く予定の魔法研究所で、その周りを広い庭が囲み、その周囲に魔法省二棟、臨時宿泊棟、病院がそれぞれ離れて位置している。今向かっている臨時宿泊棟を含め、それぞれの建物は、いうなれば魔法省の隣にはなるが、すべて十分な距離が空いている。これらは、正対しておらず、互いに肉眼で覗き見できるような近さでもないので、宿泊棟の住人が監視されているような圧迫感を感じることはない。その点は気を遣って設計してあるのだろう。魔法や双眼鏡でも使えば覗き見は可能だが、当然それは禁止行為である。

 その臨時宿泊棟は、「臨時」という名にしては部屋が必要以上に多く、ゆえに空き部屋もかなり多い。理由は、ここが旧官舎だからだ。当初、官舎として建造されたこの建物は、たとえ前記したように配置の配慮をしてあっても、あまりにも職場に近くて気が休まらないという点から長く住む者が少なかったため、後に、その不評を考慮して、新しい官舎が魔法省敷地外に建てられた。結果、こは官舎としてはお役御免となったが、新たに「臨時宿泊棟」という名の下に存続し、官舎空き待ちの職員や、臨時雇用者、セデイターなどフリーランスの関係者などが短期間宿泊する棟として機能している。現状、無駄といえばそのとおりのものかもしれず、その点、批判もないわけではない。しかし、使用されていないわけではなく、緊急時のためにも空き部屋が確保されているのは悪いことではないという理由で、そのまま活用されている。ただ、その方針もいつまで続くか定かではないので、その意味においても「臨時」といえるかもしれない。


「へえ、けっこういい部屋」これはナユカの第一印象。「もっと、なにもない部屋を予想してたんですけど」

 向こうの世界で自分が住んでいたような安い賃貸物件とは、違った趣がある。しかも、家具つき。

「シンプルだけどいい感じですね」

 フィリスも高評価を与えたようだが、異邦人の抱く印象とは差異がある。

「シンプル? ……そうか、こっちではこれがシンプルなんだ」

「あっちでは違うの?」

 リンディに聞かれて、異世界人は大学入学時に借りた自分のアパートを思い出す。

「私の部屋は、ほんとにまったく味気ないです」もちろん、住んでからは多少なんとかしたが……。「こんな感じの部屋って……高いです」

 賃料といえば……あの安い部屋は放置したままだ……。金銭面も含め、部屋がどうなっているのか、今まで何度か考えたが、この世界で気に病んでもどうにもならないので、すでに気にかけるのはやめている。見られてまずいものは……なくはないものの、それほどない……と、思う。

「ふーん」

 あっちの世界の部屋……と、その家は、どんな感じなのだろう……。リンディはナユカの部屋をちょっと想像してみる……が、思いつくのはこちらの異国風の家と、何もないただの四角い部屋くらい……。食べ物のように興味のあることでないと、想像力も発揮されないのが功を奏し、後者はほぼ当たりである。

「この部屋、ただなんですよね?」

 その間、ナユカはサンドラに確認中。

「そう。基本的には」

 課長のうれしい答えを受け、異世界人は高揚する。

「そうかぁ。なんかすごいラッキー」

「気に入ってくれたみたいでよかった」微笑むサンドラ。……こんなに喜ぶとは予想していなかった。「フィリスはどう?」

「わたしもいいと思いますよ、使いやすそうで。ユーカも喜んでるし」

 フィリスの同意を得たナユカは、上機嫌に冗談を放つ。

「こういう部屋って、なんかあったりするんですよねー」

 いわく付き物件というやつだ。ここは格安を越えて、ただである。向こうだったら絶対おかしい。

「なんか?」

 うまくいかない想像から戻ってきたリンディに聞かれ、ご機嫌のナユカが無邪気にさらっと言い放つ。

「たとえば、以前に自殺とか、殺人があったとかで……」

「なっ!」

 途端に、隣から声が上がった。絶句しているフィリスを置き去りにして、異邦人が上機嫌のまま先を続ける。

「幽霊が出るっていうのもありますよ。それで、寝てると……」セレンディー語の「金縛り」という単語がわからない。逆にそれが絶妙な間になる。「動けなくなるとか、あはは」

 楽しげなナユカの笑いの陰で、フィリスの顔面から血の気が退いてゆく……。すると、リンディがその耳元でささやく。

「幽霊だって」

「ひいっ」小さな悲鳴を上げた幽霊嫌いは、異世界人の両肩をがしっとつかむ。「な、な、な、何を言っているの、ユーカ。ど、どういうことよ……それ。ゆ、幽霊ってなに? 自殺? 殺人? 『動けない』って……金縛り? え? え? え? 何を言っているの?」

 パニクるフィリスに、上機嫌だったナユカは、しどろもどろ。

「え? あ、あの……あっちの世界の話で……」

「だから、それ、なんなの?」

 幽霊嫌いの両手に力が入る。

「ちょ、ちょっと痛……」

 顔をしかめるナユカを見て、サンドラが後ろからフィリスの腕をつかむ。

「はい、落ち着いて」

「……あ、ごめんなさい」

 はっとした幽霊嫌いは手の力を緩め、異世界人の肩から手を離す。

「いたた」

 自分の肩をもんでいるナユカへ、うつむきがちに再度謝るフィリス。

「ごめんなさい、ほんとに。でも……」顔を上げ、情報源をきっと見る。「さっきの話は……」

「あ、あれは……あっちでよくある噂……」言いかけた異世界人は、やばいと思って言い直す。「というか、冗談で……特に意味のあることじゃ……」

「噂? 冗談? どっち?」

 幽霊嫌いの詰問。確かに、そこには大きな違いがある。

「ごめんなさい、悪い冗談でした。調子乗っちゃって……」

 ナユカは冗談と言うが、フィリスはまだ納得していない。本当に冗談なのか? 沈黙の後、念のためサンドラに尋ねる。

「あるんですか? そういうの……ここ」

「さあ? 聞いたことないけど」

 これは「ない」という意味ではない。課長から「ない」という答えが聞きたかった幽霊嫌いが要請する――というよりも、哀願に近い。

「あ、あの……聞いていただけますか? その……管理人さんとかに」

「まぁ、聞いてもいいけどさ。でもね……」サンドラはフィリスを斜に見る。「そんなに気になる?」

 その視線を受けて、言葉に詰まる。

「それは……」

「宿とかでも、どこに泊まったって、そういう話はあるかもしれないし……。今まで気にしてきた?」

「いえ……そんなことは……ないです」

 まったくないわけではないものの、基本的にはない。その際、気にしたのは、現実的なセキュリティの面だ。

「でしょ?」

 サンドラの念押しを受け、代わってリンディが慎重に口を開く。彼女のささやきがパニックのトリガーになっていたのだが、矛先がナユカに向かっていたため、これまで身を潜めていた。……パニクったときのフィリスは厄介だし、時にちょっと怖い。

「やっぱり、昨日のダメージというか……『あれ』が、頭に残ってるんじゃない? つまり、あの店での……」

「実は……そうです、認めます」ゆっくりうなずく。「……いやな夢も見ました。うなされました」

 ヒーラーゆえに、その点は分析もでき、自覚もあるらしい。それにしてもどんな夢……やっぱり、あの姿の店長が出てきたんだろうな……。昨日、目の当たりにしたナユカも、あまり想像を広げたくない……そう思って再び謝罪。

「ごめんなさい。わたしが無神経でした」

「気にしないで。わたしが勝手にパニクっただけ。……たぶん、少し……疲れ……が、残ってるんだと思う」

 フィリスは「イメージ」という単語を使うことで、その内容を再起させてしまうのを避け、「疲れ」と言い換えた。専門家ならではの判断、というか、単純に嫌だったから。

「ここのところ、いろいろあったからね。ま、明日は完全にオフだから、今夜だけはちょっとがんばろう」

 切り替えようとするサンドラに、幽霊嫌いはすべてを振り払うべく、強くうなずく。

「はい」

「いちおう管理人に聞いてもいいけど」

「いえ、不要です」

 フィリスの判断力が戻ったようだ。

「そう?」

 課長の確認に、もう一度、力強くうなずく。

「はい」

「まぁ、知らないほうがいいことって……あるよねぇ」

 余計な発言をした懲りないリンディを、フィリスはちらっと見る。同時に、サンドラはじろっと見る。

「リンディ」

「はーい」

 視線の矢の先は、返事だけは返してそっぽを向く。ただ、その発言にも一理あるので、サンドラはもうこの件には触れないことにする。とはいえ、この幽霊嫌いの安心のために、後で、いちおう管理人に尋ねておくつもり。

「ふたりとも、部屋自体は気に入ったんだよね?」

「はい」

 フィリス、そしてナユカが順に肯定の返事。

「とても」

「じゃ、今はそれでよしとしましょう。決めるのは後で」

 課長がいったんまとめたところ、それとなくリンディが切り出す。

「ねえ……ここってもっと大きい部屋もあるよねぇ……」

 さりげなく聞こうとしているのはわかるけど、あまりさりげなくはないな、と思いつつ、サンドラが答える。

「あるよ。もと官舎だからね」

「……空いてる?」

 おそらく、確実に空いていると思う。でも、そうは言わない。

「たぶんね」

「ふーん……見てもいい?」

 こいつに演技力はないなと、改めてサンドラは認識する。

「ま、いいけど」

「じゃ、行ってみよう」

 そんなフリーランスに対し、あえて「ここに住むつもり?」などとは口に出さないまま、課長は管理人に連絡して、空いている四人部屋があるのを確認。時間に余裕もあるので、全員でそこを見に行くことにする。


 「四人部屋」といっても、名目上「四人」となっているだけで、つまりはファミリー向けの部屋であり、多少の増員、そして「三人」も想定してある。基本的な造りはさっきの二人部屋と同じだが、部屋が増えた上、リビングとダイニングを仕切りで区切ることができる。その分広く、こちら目線でも「シンプル」より少し上、ナユカ目線ではかなりいい部屋といえるだろう。しかし、まず最初にコメントしたのは、当事者を差し置いて、先に部屋に入ったリンディ。

「まぁ、悪くないかな」

「あら、そう」

 サンドラの相槌は素っ気ない。室内を見て、またも気分が高揚したナユカは、リンディを追い抜き、いち早くリビングに入る。

「いいなー、ここ。広くて」

 仕切りが空いているので、広い。フィリスが続く。

「確かに、広いね」

「さすがファミリー用。でも、二人じゃ駄目ですよね」

 異邦人が、後方の課長を振り返る。

「それは、そうかな」

「あーあ、残念」

 駄目出しされて本気で残念がるナユカを尻目に、それならばと、リンディは息を静めながらもひとりひとりに視線を送って、誰かが自分に言及するのを待つ……が、誰も触れてこない……焦れる。こちらから言い出すのも……あれだ。誰かが気を回すのを待つしかない。仕方なくそのまま黙っていたところ、結局、そろそろ部屋を出ようかということになり、後ろ髪を引かれつつ、三人の後から最後に出口へ……。退出する前に振り返って、室内をじっと見つめる。

「あれ? なにか忘れ物ですか」

 その姿に気づいたナユカが、ようやく話しかけてきた。内容は、期待外れ。

「べ……別になんでもないよ」

 そう言い残し、リンディは、今度はすたすたと先陣を切って廊下を歩いていってしまう。その早足を目で追いながら、ナユカが傍らのサンドラに尋ねる。

「どうしたんでしょうか?」

「くくくくく……」笑いをこらえる……。「あー、おかしい。まったく……」

 リンディは廊下の先のほうを先行中。その後姿とくすくす笑う隣のサンドラを、ナユカは交互に見る。

「……? 変なの」

 不思議そうな顔の陰で黙ったままのフィリスは、なんとなく気づいているらしく、表情には笑みが見え隠れ。

 先に行ってしまった一名は、少しぷりぷりしながら速攻で階段を下り、玄関前で三人を待つ。気を静めるために、少々、深呼吸などをしていると、リンディ的には「鈍感な」三人の姿が現れ、間もなく合流。とりあえず、今回は下見につき、部屋の決定は保留のまま、一行はひとまず臨時宿泊棟を後にした。




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