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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
四章 魔法省四日目(魔法研究所、怪しい店)
27/58

4-6 九課で打ち合わせ

「サンディ、いないんだ?」

 甘味処で一息ついてから報告のために戻った九課内を、リンディがぐるっと見回す。

「ただいま席を外しております」

 ミレットは、ここ数日、ひとりでの留守番が多くなっている。

「ま、いっか。ただの報告だし」

 さっさと出て行こうと引き返すリンディを見て、フィリスが慌てる。

「いつ頃、戻られます?」

「五時半くらいには戻ります。報告なら、わたしがお受けするように言い付かっております」

 課長代理も務めている秘書に、健康管理者が購入品と支払い明細を提示すると、それらは手早い確認を経てすべて承認され、返金処理は完了。

「いつもながら手際いいよねー」感心しつつも、リンディは少しからかってみる。「それにしても、そんなに簡単に承認しちゃっていいの?」

 ミレットが表情を変えずに切り返す。

「ご不満でしたら、精査いたしましょうか。昨日の分も含めて」

 やぶへびだ。今日はなにも購入していないが、昨日はかなりある……。あせるセデイター。

「あ、いいのいいの。全然問題ないから。……ただ、ほめただけ」

「それは、ありがとうございます」

 単なる謝辞が含みあり気に聞こえるのは、どこかやましさのある人。

「いえ、どういたしまして」

 リンディのぎくしゃくした対応に、斜め後ろのナユカが下を向いて笑っている。実のところ、ミレットは常に必要経費の申請を精査しており、リンディの申請に特段問題があったことはない。それを本人に教えれば安心するとわかってはいるものの、その点にはあえて特に触れない。彼女のことを基本的に信用していても、不正防止には安心させないことが肝要だ。よって、課長代理は、この場に必要な事項のみを伝える。

「さきほど申しましたように、課長は五時半くらいには戻りますので、そのときにはここにいらしてください。打ち合わせがあるとのことです」

「そ……そう。じゃ、行こうか」

 早くミレットから逃げようと、リンディは再び急いで出入り口へ向かう。その姿を追いかける前に、フィリスは秘書に早口で尋ねる。

「あの、それまでは?」

「ご自由にしていてかまいません」

 課長代理の返事を待つことなく歩いていたリンディは、すでに戸口の前。

「そういうこと」

 振り返らずに一声残し、九課の外へ。フィリスとナユカは、ミレットに一声かけてから、先行者の後を追う。


 余った時間を利用して、フィリスはセデイトされた友人である魔導士ニーナの様子を見に病院へ行ったが、特にやることのないリンディは、ちょっとした「実験」をしようとナユカを誘い、立ち寄った休憩コーナーにて材料を入手すると、宿泊中の部屋へ持ち帰る。

 材料は「ビナル」と「コティン」の粉末。すっぱい前者と甘すぎの後者は、適切な割合で混ぜて、「ビナコテ」というあまりにもコテコテの名前のものにすると、いい塩梅になるという。最初から粉末のまま適切にブレンドしてあるものもあるが、これらを自分で調整することで好みの味にすることができる。そして、それにはもっと楽しめる、別のやり方がある。通常の、これらの粉末を混ぜてから水に溶かして飲料にする方法ではなく、まず別々に溶かして液体にしてから混ぜると、泡がぶくぶくと発生してくるため、リンディによれば、それがおもしろいとのこと。

 ビナルは真っ青、コティンは真っ黒。やってみれば、この二つがかもし出す泡は、かなりの怪しさで、異世界人の目には「混ぜるな危険」なもののよう。とはいえ、いかにも「魔女の調合」をやっているような気がして楽しくなったナユカは、気付けば都合五回も「調合」し、結果、リンディの二回分と合わせた七杯をふたりで処理する羽目に……。幸い、本物の魔法使いには慈悲があったため、一杯分は引き受けてもらったが、にわか魔女は四杯分を体内に収めることとなった。


「よし、時間ぴったり。すごいでしょ」

 九課に慌てて入ってきたリンディ、そして、ナユカが、サンドラの目に入る。

「別に、すごくはないけど……」時計に目をやる――確かにぴったりだ。「まぁ、よかったね」

「……遅れなくてよかった」

 ほっとするナユカ。本来は余裕があるはずだったのだが、余剰な水分の総合的な処理には制御できない要素もあるので、途中、両者とも予定外の行動を取らざるを得なかった。

「時間ぴったりだと、幸運が訪れるっていいますよね」

 すでに中にいたフィリスが近寄ってくる。セレンディアでのジンクス……というより、時間を守らせるための方便だろう。

「まぁ……そういうことかな」

 いかにも意図したかのようなリンディがちらっと見たのは、原因となったナユカ。

「へぇ、そうなんだ……」

 それなら、過剰な水分摂取も、まったくの無駄にはならなかったのかもしれない。


「さて、みんな集まったから、早速本題に入るけど……」各々着席した一同を見回し、サンドラ課長は、少し間を空ける。「明日は休み……」

 その幸運が耳に届いたところで、リンディが即効で割って入る。

「よし」

 声の方向へは目もくれず、課長はそのまま続ける。

「……なんだけど、夜に用があります」

「なんの?」

 異世界人の護衛役は、がっくり。そもそも、役所の休日は決まっているので、幸運でもなんでもない。

「ちょっと魔法研にね」

 サンドラの答えは、ますます幸運ではない。リンディにとってはむしろ逆。

「なんでさ?」

「仕事で」

 遊びに行く場所ではない。

「休みなのに……」

 よりにもよって……。

「休みだから」

「どういうことよ」

「人がいないと都合がいいってこと」

 サンドラの顔をみつめるリンディ。

「……悪だくみだ」

「人聞きが悪いな」

「でも、そうでしょ」

「ちょっと静かに実験したいだけ」

「静かにねぇ……」

 リンディはなにか言いたげだが、あえてそれ以上はなにも言わず。課長は視線をナユカとフィリスに移動する。

「そういうわけで、明日の今頃に、魔法研に集合。午後六時までには魔法研内に入ってないと入れなくなるから。休日に悪いけど、休日じゃないと都合が悪くてね」

 そのふたりに代わって、セデイターが愚痴る。

「めんどくさいなぁ、休みなのに」

「あ、別にリンディは来なくてもいいよ。特に用ないから」サンドラはフリーランスの文句をを素気無くあしらって、ナユカとフィリス、それぞれを見る。「ふたりは来てね。手当ても出るし」

「はい」

「わかりました」

 両者は素直に承諾。

「で……いったん外で集まってから行きましょう。場所は……」

 九課課長が自分を置いてけぼりで話を進めるので、フリーランスは割り込もうとする。

「あ、あたし……」

「そうだなぁ……」

 割り込みは無視し、あごに手をやりながら、課長は集合場所を思案。

「ちょ、ちょっと! あたしも……」

 慌てて声のトーンを上げたリンディに、ようやくサンドラが目を向ける。

「なに?」

「そ、その……」

 わざわざ注意を引いた割には、切り出しにくそう。

「来ないんでしょ?」

 この課長はまた何か企んでいる……。そう思いつつも、フィリスは黙ったまま。そして、リンディは、またも罠にはまった。

「えーと……て、手当て出るんでしょ? なら、行くよ」

「出るけど、無理しなくていいよ。せっかくの休みなんだし。あなたにしてみればたいした額じゃないし」

 あくまでも意地悪なサンドラ。でも、いちおう手当ては出るらしい。外に出ないなら護衛じゃないし……名目はなんだかわからない。

「い、いいの。最近……なにかとお金がかかるんだから」

「あら、そう。じゃあ、来て。頼むわ」

 これ以上、追い込むのもなんなので、サンドラはさらっと頼んでおいた。実のところ、リンディにもふたりとは別の用がある。しかし、ばれると来ない可能性が高いため、誘導して言質を取ろうというわけ。いったん来ると宣言したからには、そう簡単には反故にしない性格と見ている――絶対ではないにしても。

「そ、そう? じゃ、わかった」置いてけぼりを免れたリンディは、クールに見せようとつつも、微妙に口角が上がる……。なんとなく周囲の視線が気になって、軽く咳払い。「で……その『用事』は、何時くらいまでかかるの?」

「そうだねぇ……遅くても明日中には終わるはず」

 サンドラの答えに、リンディの危機意識が発動。

「明日中! ってことは、真夜中までってこと? ご飯どうするのさ」

 結局、それか。

「あなたは第一がそれなんだね……。いちおう中にあるじゃないの」

「やめてよ、魔法研のなんて。外で食べよう」

 いいように思惑に乗せられても、それに関してはそうはいかない。

「出たら入れないよ」

 九課課長のプランでは、魔法研の終業前に入っておく。その後は、侵入防止用の結界が立ち上がり、いったん出たら入ることはできない。無理に入れば、警報が鳴る。

「だから、入る前に。早いけど」

 通常の夕食時間よりも、早めになる……が、このくらいの要望なら飲んでやるかというサンドラ。

「……まぁ、いいけどね、軽くなら。そっちのふたりはどう?」

「わたしはどちらでも。……魔法研の食事にも興味ありますけど」

 好奇を表す異世界人に反し、フィリスの表情はこわばる。

「そ、外にしましょう……外でお願いします、是非」

「そうそう。そうしよう」

 食道楽は、一も二もなく同意。

「ミレットさんはどうされるんですか」

 ナユカに尋ねられ、秘書はいつものように表情を変えることなく返答する。

「わたしは先に魔法研に入っていますので、お気遣いなく」

「そうですか……」

 少し残念そうなナユカは、基本的にミレットとは事務的な交流しかないため、この機会に一緒に食事でもと思ったのだが……。こういった公私を分ける対応は、この秘書の職場における基本スタンスと見受けられ、それを崩すのはなかなか難しいのかもしれない。結果的にミレットは謎めいた存在となっており、異邦人が興味を持つのも不思議ではない。九課にはよく訪れているリンディも、この秘書とは食事を共にしたことがないので、いちおう誘ってみる。

「たまには付き合ってみない? ミレット」

「そうですね……それはまた別の機会に。今回は先に入ってすることがありますから」

 これは口実なのかと、リンディはいぶかしげな視線を送る。

「そう?」

 いったいいつもどこで誰と食事をしているのだろう? こうなると、まるで、この秘書は食事をすることすらないような気がしてくる……。すると、そんなばかげた疑いを晴らすかのように、サンドラが割って入る。

「実際、そうなんだ。ちょっとやってもらうことがあってね」

「それは残念」

 今度、食事時にミレットをつけ回してやろうか……。リンディの頭に妙な計略がよぎる。でも、それだと自分が食べてる間がないな……。悪だくみにも、食欲が優先するのがこの人。

「というわけで、わたしたち四人はどこかのレストランにでもいったん集まって、それから魔法研へ向かうということでいいね」

 課長の計画内の「どこかのレストラン」というフレーズを、食道楽は聞き逃さない。

「あ、それなら……」

 ここは自分の出番だ。リンディが希望するレストランの名を挙げたところ、サンドラから一時停止を命じられる。

「ちょっと、そこの食い意地は待って。その前に話すことがあるから」ぶすっとした食い意地にはかまわず、課長は次の話にすぐ移行。「今泊まってる部屋を使えるのは七日間だけなんだけど……言ってなかったよね」

「あ、それはミレットさんから聞きました」

 答えたのはナユカ。セデイト関係者としての宿泊には期限がある。

「あ、そうなんだ」サンドラは、誤魔化し笑い。「……いやぁ、なんかやること多くて、言うのすっかり忘れてた。ごめんごめん」

「いい加減だなぁ」

 ここぞとばかりにリンディが放った矢は、すぐに射返される。

「そういう自分は、知ってた?」

「どうだったかなー」

 受け流そうとしたところ、サンドラからの一太刀。

「知ってたよね。知らないふりしても期間は延びないよ」

「……ケチ」

 ボソッとこぼしたセデイターを、秘書がばっさり。

「規則ですので」

「そんなわけで、部屋を移らなきゃならないんだけど」

「はい」課長に返事をしてから、フィリスはその意味に気づく。「あ……移れるんですね? よかった」

「すぐ近くに『臨時宿泊棟』ってのがあって、ふたりとも一時的雇用者として、そこに泊まれるよ。……簡素なところだけど」

「お二人とも魔法省の正規雇用者ですから、宿泊自体は無料です。また、必要十分な一定限度までの公共料金は無料となります」

 課長の説明と秘書の補足の内容をすべて理解したわけではないものの、「無料」という単語が、異世界人を感心させる。

「へえ。お得ですねぇ」

 公務員はどの世界でも優遇されるものなのだろうか。とはいえ、課長がいちおう釘を刺す。

「食事とかは自前ね」

「部屋は空いてるんですか」

 そこが肝心だ。聞いたフィリスへ、ミレットが答える。

「それは問題ありません。二人部屋は十分な空きがあります」

「二人部屋ってなんかいいな……。そうだ、リンディさんはどうするんですか?」

 ナユカが話を向けたところ、サンドラが代わりに応じる。

「ああ、こいつはいいの。帰るところがあるから」

「あ、そっか」

 異世界人と違い、リンディの活動拠点はここだ。ピンポイントするなら、この課長のいる九課。

「部屋借りてるんだ、近くに。全然帰んないけど」

 それに対し、セデイターはそっぽを向いて、ぼそっとつぶやく。

「いいじゃん、別に」

「七日間は居心地いいから」

 サンドラの指摘どおり、その間は例の豪華な部屋に泊っていられる。その点は、セデイターも否定しない。

「ま、そういうこと」

「帰るでしょ?」

「どうしようかな……」

 なぜかリンディはためらっている。行く当てでもあるのか、あるいは、すぐにセデイトに出るつもりか、それとも……。冗談交じりにサンドラは口にする。

「なに? もしかして一緒に住むとか?」

「……」

 無言のリンディ……。そこへ、ミレットが、気が利くのか利かないのか、説明を加える。

「ちなみに、リンディさんはフリーランスですので、臨時宿泊棟に泊まる場合は料金がかかります」

「……ふーん」

 思惑ありげな当人の返事。いちおう、秘書が念を押す。

「規則ですから」

「ま、あなたにしてみれば、大した額じゃないけどさ……って、本当に住むつもり?」サンドラは今度は本気で尋ねたが、本人はまたも答えない……。こういうときはいつも、しつこく問いたださないことにしている。どうするにせよ、六泊七日までなので、まだ猶予はある。「ともかく、ふたりは明日、部屋を下見に行きましょう」

 翌日の予定を提示されたナユカとフィリスは、ともに異議なし。

「はい」

「わかりました」

「あたしも付き合うよ……ひまだし」

 リンディが乗ってきた。もしかして、自分の下見をするつもり? とりあえず、サンドラはそこはさらっと受けておく。

「あ、そう?」間を空けずに予定を提示。「じゃ、午後にちょっと見に行って、それから軽く食事した後、魔法研に入る。……そういうプランでいいかな」

「それでOK」自分が明日の主役ではないはずにもかかわらず、リンディはいち早く承諾し、先ほどからサスペンドしている最重要課題へ移行。「それなら、食事は本部からあまり遠くないほうがいいよね……かといって近すぎるのもなんだし……てことは……」

 どこで食べるかなど、明日その場で決めてもいいようなものでも、食道楽には重要な課題だ。勧めた店に全員異論もなく、サンドラも苦笑いしつつその決定に従う。


 部屋の下見のための集合時間と場所も含め、明日の予定が定まったので、話が前後してしまったが、本日の収穫について課長が尋ねる。

「さて、こっちの話はこれで終わりだけど、そっちはどうだった?」

「ああ、それね……思い出した」リンディに、げんなりした表情が浮かぶ。「なんか無駄に疲れた……それなりに情報は得られたけど……」

 フィリスもげっそりした感じで、ため息をつく。

「有意義ではありました……薬も手に入りましたし……」

「まぁ……行ってよかったですね……」

 ナユカはそれほどでもないが、似た傾向ではある。サンドラは、妙な雰囲気の三人にいぶかしげ。

「なにか問題あり?」

「問題は……あんまり思い出したくないな……。特にフィリスはね」

 リンディから引き合いに出された当人は、力なく抗議する。

「やめてください。せっかく忘れたと思ったのに……また、あれが浮かんで……」

「今晩、うなされなきゃいいけど」

 ナユカの余計な付け足しに、再抗議。

「や、やめて。そんなこと……」

 ないとはいえず、どよーんと落ちるフィリス。

「な……ないよ、もちろん」

 あわてて否定したナユカの傍ら、リンディが低くおどろおどろしい声を出す。

「目を閉じれば、まぶたの裏にくっきりと……」

「やめてください」

 幽霊嫌いは、両耳を手で押さえる。

「リンディさん、またからかって……」

「あはは、ごめん」ナユカにたしなめられ、笑って謝罪。「でもねぇ……あの歩く悪夢は、笑い飛ばしたほうがよくない?」

「それは……そうかな……」

 神経の太い異世界人は納得。深刻な一名を含みながらも、じゃれているように見える三人に、課長が割って入る。

「結局、なに? なんとなくわかるけど」

「あ、すみません。実は……一言で言えば、店長の外見です」

 極めてシンプルなナユカの説明に、サンドラはため息を漏らす。

「やっぱりそれか……。でもそんなに?」

 会ったことはある……が、さっきのは見ていない。

「それが、ほんとにひどかった……輪をかけて。いつもの十倍くらい」

 リンディの出した数値には、サンドラは懐疑的だ。

「大げさだな。どんだけひどいのさ、それ」

「すごい格好でね、化け物のような……。ある意味、見ものだよ。見ないほうがいいけど」

 具体的な写実がほしいところだが、リンディとて詳しく思い出したいものではない。

「特に暗闇では……」

 現場のクリティカルな状況を端的に補足したナユカに、リンディがうなずく。

「記録しとけばよかったな。サンディにもあの恐怖を味わわせて……。まぁ、現場じゃないと気持ち悪いだけか」

「見たいような見たくないような……」サンドラは何気なく口にする。「食事中には思い出したくなさそうだね」

「う……」それを言うか……という食道楽。「やめて、そういうこというの。本当に思い出したらどうするのさ」

「食い意地が抑えられるよ」

「別に抑えなくてもいい」

「あー、そうですか」贅肉フリーの完璧ボディを一瞥してから、課長は話を本線へ戻す。「……それはそれとして、何か情報が得られたって?」

「え? あー」いきなり戻されたので、頭の切り替えに数秒。「……うん、まぁ……ちょっとした手がかりになりそうなことね。ユーカに関して」

「それを先に言いなよ、店長の見た目なんかじゃなく」

「インパクトの順だよ」

「とにかくそれを……」

 サンドラから「詳しく」と要求が来る前に、リンディが先手を打つ。

「今日は疲れたから手短に。もう終業でしょ」

 課長が時計を見ると、もう終業の六時に差し掛かるところ。

「もっと早く戻ってくればよかったな……」

「じゃあ、さっさと話して今日は終わり」

 そう宣言して、リンディは要点だけをさらっと報告。詳しいことはまだわからないし、どうせ明日も会うからそのときにということで、ナユカとフィリスを連れ立って早々に退散していった。


「ほんとに手短だったなぁ、あいつ。気になってしょうがない」

 残されたサンドラのぼやきに、ミレットがうなずく。

「そうですね。いったいどんな格好だったんでしょう」

「あ、そっち」

 課長が気になっているのは、店長の姿ではなく……。秘書が言い直す。

「ああ、情報のほうですか」

「確かに気になるね……」

 店長の服装も。

「明日、試しに飲んでみたらいかがですか」

 出て行く前に、リンディがさっと触れていったナユカ絡みの……。ミレットはサンドラに合わせたつもり。

「飲む? あ、薬ね」

「は? ああ、店長のことですか」

 会話が入れ違って、かみ合わない。この両者もお疲れのようだ。

「今日はもう帰りましょう。疲れたわ」

「はい」

 というわけで、今日は共に久々の定時終業とし、早々に帰途についた。


 一方、九課を後にしたリンディたち三人は、購入した例の薬を保管庫へ片付けてから、宿泊中の部屋へ向かう。こちらも、ここ数日いろいろあったことに加えて、あの店長が最後の一撃となり、疲れが倍加していた。この点については、リンディとナユカよりも、フィリスへのダメージが遥かに大きかったことは一目瞭然だ。部屋に戻るなり、ぐったりとソファへとへたり込んでいる……。彼女の場合、前日はイケメン、今日は化け物と、主に視覚面に起因する感情的な揺れが過大であり、それが、とりわけ精神的な疲労につながっているらしい。それでも、買ってきた薬の検査などは一通りやっておきたかったようで、少し休んでから再び保管庫へと戻ろうとしたが、心配するナユカに説得され、明日にすることにした。

 そんなグロッキー状態の約一名への配慮、加えて、あと三泊しか泊まれないこの部屋を十分堪能するためにも、食道楽は外食せずに食事を注文することに決定。ただ、デリバリーを頼む際には、トラブルに巻き込まれているかもしれない宿泊者のセキュリティ確保を理由に、事前に担当者から承諾を取ることになっているのだが、その一人であるミレットはすでに帰宅済み。そこで、勝手を知っているリンディ自らが魔法省の契約店に注文し、担当者たりうる適当な事務員を捕まえて、事後承諾させた。手順が違うため、事務員は当初困っていたものの、「自分の手間が減ったんだからいいでしょ」というリンディの言い分に、それもそうだということで承服。このことは当然ミレットには漏らさないという合意は、当然できている。彼女の堅さは、ここの誰もが知るところなのだから。


 ともあれ、今夜は、結果的に話題を盛り上げていたフィリスがお疲れなのが功を奏し、ここ数日では最も落ち着いた雰囲気で過ぎてゆく……。先に入浴を済ませたフィリスは、食後、早々に眠ってしまい、リンディとナユカも入浴後、時を待たずに就寝。こうして、なにかと濃密だったこの日は、早めに終わりを迎えることとなった。




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