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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
四章 魔法省四日目(魔法研究所、怪しい店)
26/58

4-5 店からの帰り

 買うべきものを買い終え、本日すべきことは、ほぼ終了。この付近に用もなく、あとは報告や明日の打ち合わせだけなので、ゆっくりと魔法省本部へ歩いてゆく。

「なんだかんだ言っても、わりとまともな人でしたね。外見はなんですが……」

 帰り道、ナユカが切り出したのは、もちろん、あの方のこと。

「まーね……外見はあれだけど」

 リンディが同意。そして、フィリスもほぼ同じような印象を持った。

「そうですね……外見はともかく。薬の管理もしっかりしてますし」

「ただ、それより気になるのは……」

 リンディの頭にあるのは……。

「やっぱり、衣装ですよね」

 ナユカの言うように、店長のルックスそのものよりも強烈なインパクトを残したのは、あの衣装。もちろん、中身あってのものだ。

「うん、あれはひどかった。……いや、そのことじゃなくて」

 むしろ、それは積極的に避けたいリンディが、話したいことは別にある。でも、そこから簡単には抜け出せない人もいる。歩きながら身をすくめているフィリスが、それ。

「怖かった……」

「あれ、あっちのお祭りの衣装にそっくり」

 異世界人が想起しているのは、リオのカーニバル。

「お祭り? っていうと……うわ……」

 リンディは、想像を始めてしまった。フィリスも、それを避けることができない。

「あの店長がたくさん……あんな衣装を着て……」

 三人ともども、あの衣装を着た店長が大挙して押し寄せ、騒いだり、踊ったりしている様を想像――リオのカーニバルのみならず、お祭りはたいていそういうものだ。結果、

血の気が引いた一行は、往来で一斉にぴたっと立ち止まる。そして、フィリスの叫び声。

「やめてください、そんなの!」

「どういう世界……? ユーカの世界って……」

 絞り出したリンディの声がかすれていく……。ナユカは、自分が今、抱いてしまったイメージを含め、激しく否定する。

「ち、違います……そんなひどいところじゃありません! 女性が着るんです、あれは。本物の女性が」

「そ、そうだよね。そりゃそうだ、はは」

 リンディは、引きつった笑いを浮かべ、フィリスは、己が両肩を抱きしめる。

「一瞬……気が遠くなりました……」

 ナユカも、ふうっと息を吐き、自分に言い聞かせる。

「変な想像はやめよう……」

 まぁ……女性に近い人が着ることもあるけど……。そんなことを思い出してしまった異世界人だが、この世界の平安のために、この場ではそれを口にしないでおくのをよしとする。

「と、とにかく……あの店長の外見のことは忘れよう」

 リンディの終息宣言。そして、ナユカの削除提案。

「そうそう。あの衣装はなかったことにしましょう」

 それらを連続で受けても、フィリスはいまだイメージの虜囚。あの映像は簡単にはなくなってくれない。

「そうできればいいんだけど……」


 一行は歩き始めるが、脳内に焼き付けられたイメージに囚われたままのフィリスは、調子が悪そう……。この窮地から救うには、上書きが効果的だと考えたリンディは、周りを見回すと、突然あらぬ方角を指差す。

「あ、イケメン」

「え! どこ?」

 即時、反射したフィリス。リンディは、適当に遠めの往来を指差す。

「あれ、あれ」

「……あ、もしかして、あの人?」

 指差しているのは、策だとは思わないナユカ。何らかの発見に、ペテン師は調子を合わせる。

「そう、それ」

「ああ、あれ……」フィリスは、指された方向を見つめる……。遠くても、さすが、イケメンファインダー。きっちり見つけている。「うーん、悪くはないけど、いまいちですね……」

「そう? ぱっと見、よさそうだったけど」

 という真の第一発見者。

「だよねー」

 もとより誰も見ていない策士。

「まだまだですね、ふたりとも」

 イケメン専門家の駄目出し。……ともあれ、フィリスの脳内イメージがイケメンのイデアで上書きされたらしく、表情に生気が戻った。リンディはこのタイミングを逃さず、店長の外見のせいで俎上に乗せ損なっていた話題を持ち出す。


「ところで、あの店長が言ってた地名だけど……フィリスは知ってる?」

「……あ、はい?」店長の外見からイケメンのほうへ移った意識は、そう簡単には切り替わらない。「なんですか?」

「店長がユーカに聞いたでしょ、関係者かって。そのとき、口にした地名」

「……あ、そうでしたね……なんでしたっけ……?」

 あの時、医師は薬のほうに意識が向かっていたため、聞こえてはいたものの、ほとんど頭に残っていない。

「覚えてないの? しょうがないなぁ」

「薬の名前は覚えてますけど……『カンポーヤ』だっけ?」

 医者が近似値で確認してきたので、異世界人は口調をゆっくりにして訂正する。

「『カンポウヤク』ね」

「そう、それ。それと関係あるんでしょうか」

 聞かれたところで、フィリスが知らないならリンディは知る由もない。

「さあ? あたしは専門じゃないから」

「すみません。わたしもあの薬は初めてで……」

 医療資格者でも、非魔法薬の専門家は少ない。たいていは必要以上の知識はない。

「そんだけ珍しい薬ってことだね。でも、ユーカには見慣れたもの……と」

「まぁ……見かけと味は……」異世界人の見立てでは、ありふれた漢方薬。ただ、この世界のものだから……同じではないだろう。「たまたまでしょうか?」

「偶然か、必然か。だから、さっきの地名を口にしたんだと思うけど……」一間置いて、リンディが付け加える。「あとは……ユーカについて、他に気になることがあるとか……ね」

「……わたし、なにかしました?」

 なにか、妙なことをしてしまったのだろうか……。気になるナユカ。異文化の中では、なにが適切でなにが不適切なのかわからなくなることはままある。ましてや、ここは異世界。発音とかなら仕方がないけど……。

「そういうことじゃなくて……あの店長、必要以上にはユーカと絡まなかったからさぁ……。なんか、こう……慎重に観察してた……みたいな」

「観察……ですか? ……よく見てるんですねぇ」

「そうだよね。抜け目ないよね、あいつ」

「いえ、リンディさんのことですよ」

 ロッコ店長をよく観察していたと、ナユカは見る。

「え? あたし?」

「はい」

「そんなに見られてた?」

 自分が店長から? そういう意識はリンディにはない。

「はい? いえ、リンディさんが……です」

「あたしは、そんなにユーカのこと見てないと思うけど……」

「いえ、店長さんを」

「あたしがあいつをってこと? ……そんなに見てないけど?」

 否定はされたが、ナユカの主旨は通じた。

「でも観察してましたよね?」

「え? だから、あいつがユーカをね」

「ええ。それを観察してたでしょう?」

「誰が?」

「リンディさんが」

 無駄にややこしくなっているふたりのやり取りの間、黙って考えていたフィリスが本題へ戻す。

「ユーカについて、とりあえず気になることといえば、言葉とか外見なんでしょうけど……」ナユカのセレンディー語はまだ語彙が少ないし、発音やイントネーションがどうしても少し違う。しかし、外見も含めて、この世界でも外国人なら特に不思議ではない。「それよりも……やはり、魔法が効かないことですよね……」

 それに初対面の人間がいきなり気づくだろうか? そう思いつつも、リンディはその点には同意する。

「……だよね」

 フィリスが探るように切り出す。

「……魔力検知能力の異常に高い人っていますよね?」

 医師としてはっきりとは口にしないが、つまりは「魔法元素過敏症」のこと。多くは先天的で、体質的に魔法元素に過敏な症状を示す。本人の魔法使用時、魔法元素に酩酊し、悪心を起こすなどして魔法イメージが形成できなくなることから、魔法元素使用量の少ない魔法――たいていは非常に弱い魔法――のみしか発動できないというのが典型的な症例だ。そして、特長として、近くの人が体内に取り込んでいる魔法元素の多寡がはっきりわかる――すなわち、魔力の大小が判断できる――という点がある。

「それなんだよね……」言わんとしていることはわかっている魔導士――セデイターも考えながら話す。「あの店長、二回しか来たことのないあたしのこと覚えてたのは、そのせいかなって」

 別に自慢しているわけではなく、実際、リンディの魔力は非常に高い――たとえ、その制御に問題があっても。それゆえ、いわゆる典型的な「魔導士」ではなく、セデイターとなることを選んだ。そんな彼女の魔力の高さには、戦闘や検査などを経て気づいているフィリスだが、このブロンド美女が店長の印象に残ったのは、必ずしも魔力のせいだけではないだろうとも思う。ただ、自分から言い出したことでもあり、憶測の否定はしない。

「もしも、ロッコ店長がそうだったら……魔力をまったく感じられないユーカを不審に思ってもおかしくはないですね……。まぁ、仮定の話ですが」

 検証できない以上、断定はできない。

「……あの店長、ただもんじゃないよね……外見からして」

 ついついリンディがこぼしてしまい、フィリスが眉をひそめる。

「……思い出させないでください」

「とにかく、今度行ったときにいろいろ聞き出してやろう」

 今度と聞いて、ナユカがぼそっとつぶやく。

「いつも、あんな格好じゃないですよね……」

 蒸し返した……。

「違う……はずだよ」

 リンディのつけた語尾は、フィリスを警戒させる。

「はず?」

「前は違ったから」実際、今日も調剤室では羽根つきではなかった……派手だったが。「さっきは特別……なんじゃない? 何があったかは、知らないけど」

 そこへ、ナユカの不吉な懸念が。

「まさか……これからも、基本はあれとか……」

「あ……」

 めまいに襲われるヒーラー。不安がリンディをよぎり、自分自身を説得するかのように、フィリスを取り成す。

「そ、それはないでしょ。だって……あれじゃ商売にならないよ。だれも近寄らないって、不気味すぎて」

 自ら口火を切っておきながら、ナユカもそれに追随する。

「そ、そうですよね。けっこう商売人っぽいから……次は……ふつうですよ、ね?」

 あの店長の「ふつう」というのは、どういったものなのか……。フィリスの警戒は解けない。

「ふつう?」

「あの店長に、ふつうはないんじゃない。ましならいいよ、ましなら。それなら大丈夫でしょ」

 リンディの発した「まし」を、どうにかフィリスが受け入れる。

「最初のあれじゃなければ……なんとか……」

 とはいえ、トラウマは簡単には抜けそうにない……。


「あ、そうだ。お茶しない? さっきの分で」

 それで、自分を含め、気分転換しようというリンディ。ここが、元凶の店長から受け取った値引き分の使いどころ。

「いいんですか? リンディさんがもらったのに」

 何かと出してもらってきたナユカも、今日からはきっちり自腹で払える。

「あれは、あたしが預かっただけだから……あ!」食道楽の指差した先には、わりとよく行くスイーツショップ。喫茶店営業もしている。「……あそこに入ろう」

「遠慮なく出してもらいましょう」フィリスが怪しく笑う。「……怖がらせていただきましたので」

 あの店で恐怖のどん底へ突き落とされた身だ。原因にたかっても罰は当たらない……。

「あー……」どんだけおごらせる気だ? これは確実に足が出る……ここでけん制を……。「あんまり食べると太……」

 そこへ、ナユカが声を張り上げる。

「わたしも遠慮しませんから!」

「……あ、うん」

 リンディは助けられたことを理解した……フィリスからの鋭い視線を側面に受け、背筋に冷たいものを感じながら……。そして、懐のほうは助からないことも、同時に悟っていた……。




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