表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
四章 魔法省四日目(魔法研究所、怪しい店)
24/58

4-3 怪しい店

 魔法研での検査、並びに、それを取り仕切った研究主任その人から頭をリセットすべく、ゆっくり昼食をとったリンディ、ナユカ、フィリスの三人は、件の「怪しい店」へとのんびり向かう。この店は開店するのが昼過ぎの適当な時間で、きっちりとは決まっておらず、店長の気分と都合次第なので、この時間に急いで行っても仕方がない。開いていなければ、慌てた分だけ無駄になる。

 店は、昨日行ったマッサージ店の方角とはほぼ逆方向に位置している。こちらも場末で、繁華街のほぼ逆の端といったロケーション。これより先に行くと、ちょっといかがわしい感じが漂ってくる。ナユカとフィリスは、その店がいったいどんな風に怪しいのかを案内のリンディに尋ねたものの、いろいろありすぎて説明するのが難しく、余計な情報を事前に与えないほうが公平な判断ができるという理由で説明はなし。単に面倒だというのもあるのだろうが、要は見てのお楽しみということだ。

 たどり着いてみると、店は黒かった……。外観のことだが、そのため、すでに怪しげ。この時点で客を選んでいるのかもしれない。そのわりに、昨日行った自然食品店ほどではないにしても、それなりの敷地面積があり、比較的大きめの店といえる。


「思ったよりも大きいお店ですね」

 まずは、外から建物を見回しているフィリス。

「そうだねぇ。これで狭っ苦しいと、なにかと……いやかも」

 案内人が、なにかをほのめかしている……。

「建物が黒塗りしてあるだけで、わりとふつうに見えますけど」

 さすが、神経の太いナユカだけあって、そんなことには動じない……と、リンディは思っただけで、今度はそれを口には出さない。

「……そう? ならいいけど。ま、開いてるみたいだから、とりあえず入ってみようか」

「ええ。入ってみないと始まらないですし」

 健康管理責任者であるフィリスが先頭を切り、異世界人とその護衛役のリンディはあとに続く。


 店内は、薄暗い……を通り越して真っ暗。晴れている外とのコントラストが強烈だ……。そのせいで中の見えないフィリスは、少し入ったところでためらい、店の奥に声をかける。

「あの、すみません」

 その肩越しに前方を見ようとして、後ろから来ているリンディが声を出す。

「なんで、こんな暗いの?」

「ひっ……」声の振動を首筋に感じて、びくっとするフィリス。「い……いつもはこんなじゃないんですか?」

「前来たときは……薄暗かったけど、これほどじゃなかったなぁ」

 外との対比だけでなく、本当に暗闇だ。

「ど……どうしましょう。やめましょうか……」

「ここまで来て、それはないでしょ」健康管理責任者をたしなめたリンディは、斜め後ろの、その管理対象である異世界人に同意を求める。「ねえ?」

「そうですよ。せっかくだから、入ってみましょう」

 ここで退くナユカではない。なんといっても、神経が……以下略。

「……だって。進も」

 リンディは、フィリスの背中を両手でゆっくり押し、前へ進むのを促す。

「わ……わかりました。行きましょう……その……ゆっくりと……」覚悟を決めてじりじりと前進を始めたその背中を、軽く押し続けるリンディに、フィリスが頼む。「あ、あの……すみません。押さないでもらえますか……自分で進みますから」

「そう? ごめん。じゃ、行って」

 頼まれた側が要望どおり背中から手を離すと、頼んだ側はふと立ち止まる。

「あ、あの……」

「ん?」

 背後のリンディへ、自分の肩越しに視線を送るフィリス。

「すみません、やっぱり触っててもらえます? その……肩とか……あ、でも押さないでくださいね」

「はーい」高めの声でやけに素直に返事したリンディは、フィリスの肩に軽く触れてから、次は、気合を入れるためか、低めの声を出す。「……行こっか」

「い、行きます」

 健康管理責任者は警戒しながら、責任者らしく先頭をじりじり進んでいく……。本当は、来店したことのある案内人に前を歩いて欲しいが……意に反してこんな順番になってしまった。暗がりで隊列を変更するのも危険なので、もうこのままで進むしかない……。意を決したフィリスの背後、リンディはなぜか楽しげで、その後ろのナユカはいつもながらのマイペース。こうして、縦列になった三人がじわじわと店内を進行していく……。


「……ガランギランって、けっこうおいしかったですね」

 後方のナユカから話しかけられたリンディは、昼食時、自分が注文したものを、味見させていた。

「でしょ? 六杯くらいいけそう?」

 絶対無理ではないが……体のためには、そんなに飲みたくはないスポーツ女子。

「……六口とかじゃ駄目なんですか?」

「それならさっき……あたしは、そのくらいで飲んだかも……」

 会話は先頭まで届く。

「ふたりとも……なんで、今そんな話をするんですかっ」

 声を潜めて怒るフィリスの肩越しから、リンディが前方を指差す。

「……あれ……なに?」

 ぼーっとした薄明かりの中……なにかの影が……。

「……っ」

 息を飲んで、ぴたっと立ち止まったフィリスに、リンディが軽くぶつかる。

「あた」

 浮き上がった影は、直立した人間とほぼ同じ大きさのようだが、形は人とは似ても似つかない。異様に頭が長く、肩の辺りから羽のようなものが生え、腰からも何か正体不明のものが四方に……。

「!」

 フィリスは硬直。その背後から、リンディが低い声を出す。

「もしかして……出た?」

「え? 幽霊?」

 後ろからでよく見えないナユカが口にした言葉は、先頭の幽霊嫌いまで届き、その腰がすとんと砕ける。

「い……いや……いや……いや……」しゃがみ込んだまま、ぶつぶつつぶやいた後、フィリスのたがが、ついに外れる。「いやあーーーっ!」

 すると、その叫び声を浴びて、前方のそれがくるっと振り返り、ずかずかとこちらに近づいてくる。

「げ、来る」

 護衛役は二歩下がって戦闘体勢。ナユカは――これまでのことから学習したのだろう――いつの間にか後方へときっちり退避している。そして、フィリスは動くに動けない。

「あっ、あっ、来ないで……」なんとか後ろに下がろうという意思はあっても、腰が抜けたままでは、うまくいかない。「ぎゃーーーっ!」

 悲鳴を上げることだけしかできないフィリスの前に、そのものは一気に距離を詰めて立ちはだかり、右手に持っているものを掲げる。


「ちょっと、大丈夫?」

 その声の手中にある灯りが照らし出すものを、口を半開き、涙目、こわばった顔面括約筋という、ちょっと乙女としてはお見せできないような表情で、声も出せずにフィリスが見上げる。

「……」

「なんだか、驚かせちゃったかしら……」そのものが、落ち着いた声を発する。「ごめんなさいね」

 すると、リンディが戦闘体勢を解き、それに声をかける。

「なんだ、店長じゃない。なに、その格好」

 店長とは、もちろん、この店のあるじ。紛うかたなき人類である。見るからに……いろいろ問題はあっても。

「あら、あなたは……何度か来たわよね。いらっしゃいませぇ」

 こんなしゃべり方でも、女性ではない……生物学的な意味で。

「よく覚えてるね」

「うふっ、かわいいはよく覚えてるのよ」

 その言とは裏腹、外見からして、女性に性的興味があるとは思えない。何か別の理由で覚えているのだろうか……。何にせよ、不気味なことには変わりがないので、リンディは少し身体を退く。

「……で、なんなの? その格好は」

「いいでしょ。最近、お気に入りなのよ、これ」

 右手を頭の後ろ、左手を腰に当て、店長がくるっと一回転。まだ十分な明かりがないのでよく見えないものの、いろいろな何かが、ひらひらとはためいているのがわかる。

「どういう趣味? ただ不気味なだけなんだけど……暗いし」

「あ、そうそう、ごめんなさいね。ちょっと灯りが切れちゃって。今、直そうとしてたところなのよ」

 退避位置から戻ってきたナユカが、護衛役の後ろから声を出す。

「だから暗いんだ」

「あら、後ろにもお嬢さんがいるのね。ちょっとお顔を……見えないわね」灯りを顔の高さまで持ち上げてかざし、ナユカの顔を照らす店長。「あらぁ、かわいいじゃない……って、あなた」

 視線を急にリンディへと移し、目と目が合う。

「ん?」

「あなた、どうしてライティング使わないの?」

 もっともな疑問だ。硬直しながらも、ここまでの会話を聞いていたフィリスが、はっとして、呪縛が解けたように後ろを振り返る。

「ああ、それは……」話そうとするリンディだが、笑いがどうしようもなく漏れてくる。「くくくくくく……それは……」笑いを押し殺すのが不可能となり、ついには爆笑。「あはははは……だって、あははは……」

 そんな姿をじっと見つめ、フィリスが声を絞り出す。

「リンディさん……」

「……気づかないんだもん……あはははは」

 笑い続けるリンディに視線を向け、座ったままでくるっと向き直ったフィリスは、ゆっくりと下を向く。その雰囲気に不穏なものを感じたナユカは、後ろから爆笑中の肩を軽く小突く。

「リンディさん……笑いすぎ」

「……そ、そうだよね……あははは」

 それでも、弾みのついた笑いはなかなか止まらないもの。

「……」

 恨めしげなフィリスは座って下を向いたまま、口の中でぼそっと詠唱し、ライティングを右手に灯す。リンディ、それを見てなおも笑い続ける。

「あはは……そう、それ。はは……それだよね、くくく……けほけほ」さすがに悪いと思ったか、笑いを止めようとして何度か咳払いし、どうにか笑いを鎮めると、笑い疲れで「はあ」と一息ついてから、一気に言い訳する。「いや、あたしもね、ライティング使おうかと思ったんだけど、なんか、フィリス、そのまま進む気になってたし、意気込みに水を差しても悪いかなって。……だって、こないだ幽霊嫌いを克服しなきゃって言ってたじゃない」最後に笑って付け加える。「出てきたのは別のものだったけどねー。あはは」

 本当はただ面白がっていただけという疑惑が濃厚なリンディへ、黙って見ていた店長からクレームが。

「あーら。別のものってなーに。あたしのこと?」

 事情のわからない他人事へは口は出さないが、自分のこととなれば別。

「だって、その格好はないでしょ。ただでさえ不気味なのに」

「ちょっと、失礼ねぇ。どういう意味かしらぁ」

 店長が顔をぐぐっと近づけてくる。暗がりでのそのあまりの不気味さに、まだリンディの表情に残っていた大笑いの余韻がみるみる退いてゆく。この店長の機嫌を損ねるのは、得策ではなさそうだ。

「……あ、その……暗がりでって意味。……でも、その格好はすごすぎ」

 事実、そのお衣装は鮮烈なものがある。頭にはとさかのような羽、肩と腰にも横へ飛び出す長い羽飾り、腕出し脚出しへそ出しでホットパンツ着用。まるでサンバカーニバルの衣装――その亜種だ。加えて、店長は見るからにトランスジェンダー。化粧もきつい……の上を行っている。つまりはドラッグクイーンである。

「まぁ、刺激的よね……この格好。うふ」

 言いつつ、店長は先ほどと同じように一回転。暗い店内にて、ライティングの灯りのみでそれを目の当たりにしたナユカは、口を押さえる。

「なんか、酔いそう……」

「あら、見る目あるわね。酔いしれなさーい」

 意味を誤解した店長が、華麗にもう一回転。見たくもないのに目が釘付けになってしまったセデイターは、自分も酔いそうな気がしてきた……まるで大量の瘴気を吸ったかのように……。


「も、もういい。十分見たから」店長から視線を切って軽くかがんだリンディは、ライティングを灯してしゃがんだまま、黙ってこちらを見つめているフィリスに話しかける。「というわけで……これは、この店の店長。れっきとした人間。ちょっと……かなり変わってるけど」

「どぉも、店長のヒロッコですぅ。『ロッコ』って呼んでねぇ」

 本名だか、どうだか……。苗字は隠しており、不明だ。

「わ、わたしは……フィ、フィリス=フィ……」ここでいったん深呼吸。「フィリスです。はじめまして」

 落ち着きが戻ってきたものの、ロッコ店長を見るにつけ、どうしても動揺が隠せず、自分の名前をフルネームで言うことができない。こういうときは、発音しにくい名前は不便なもの。たとえ自分の名前であっても。

「あたしは、リンディ。こっちは、ユーカ」

 自分とナユカを手振りで紹介。

「いらっしゃいませぇ。よろしくぅ」

 店長の会釈はくねりにしか見えないが、異邦人も今度は問題なさそう。

「こんにちは、ロッコさん」

「あらぁ、そう呼んでくれるのねぇ。うれしいわぁ、ユーカちゃん」

 横に一歩移動して、フィリスの脇からナユカに近づこうとする店長を、リンディはポジショニングでブロック。この店長のことはさほど知らず、まだ完全に信用してはいない。見かけだけで判断するのではないとはいえ、異世界人の護衛として、最初は警戒するべきと判断。

「リンディさん」

 そこへ、フィリスから声がかかった。

「なに?」

「手を……貸してください。なんか、力が入らなくって」

 精神は戻ってきても、体のほうにはまだダメージがあるらしい。リンディが手を差し伸べる。

「はいはい」その手をとって立ち上がろうとするフィリスの体重が、思いっきり腕にかかる。「うおっ」

 危うく「重っ」と口走りそうになりつつも、さすがにそれは禁句であると判断し、寸でのところで言葉を押し留める。

「あ」

 重そうにしているのに気づき、ナユカが急いで近寄ってきた。その助力を得て、どうにかフィリスを助け起こすのに成功。

「……ふう」

 しんどそうな護衛役に比べ、パワー系の筋肉スレンダーは事も無げ。

「大丈夫?」

 実はナユカも、幽霊嫌いの怖がりっぷりを最初はおもしろがっていたのだが、さすがにこれほどまでになると……ちょっと心配だ。

「うん。まぁ……」

 どうにかちゃんと立っていられそうなフィリス。

「よかったよかった。……で、店長……あれ?」いつの間にかいない。リンディは、辺りを見回す。「どこ行った?」

 ナユカも周囲をぐるっと見渡すが、姿がない。ライティングの灯りだけでは、近辺しかわからない。

「いないですねぇ」

「まったく、なんなの、あの化け物は……」

 いないのをいいことに、リンディは店長を化け物呼ばわり。

「いいんですか、そんなこと言って。そんなこと言ってると『だーれが化け物だってぇ』とか言って出てきますよ」

 警戒を促すナユカを、軽く受け流す中傷者。

「あはは、そうかもね。……あれは、もうすでにそのものだよ。化け物そのもの」

 ついに断定した。すると、その背後から……。

「だぁーれが化け物だってぇ?」

 低い声とともに、リンディの肩へすっと何者かの手が……。

「ひぃっ」

 かかった手を払い除け、ナユカの背後へ回り込む。その体を盾にして隠れたまま、前を見ると……正面に立っているフィリスが噴出す。

「ぷっ」

「う……」

 咄嗟に声と手の主を理解したリンディ。

「意外にだめですねぇ、リンディさんも」気恥ずかしげなその表情に向け、幽霊嫌いがわざと声を立てて笑う。「あははは」

「あ、あたしは……化け物じゃなくて、あの店長がちょっと苦手なだけだよ」

 おそらくその言い分どおりなのだろうと、フィリスもわかっていはいるものの、簡単に納得してしまっては意趣返しにはならない。にやにや笑いながら、なだめるような相槌を返す。

「あー、はいはい。ですよねー」

「いや、だから……そうなの」

 リンディが反駁し損ねているところ、ぼんやりと店内の灯りがついた。どうやら、所在不明になっていた店長が復旧させたようだ。

「つきましたね。でも、あんまり明るくないなぁ」

 ナユカは、天井から釣り下がっているぼんやりした照明に目をやる。それらは、一定間隔で取り付けられているランプで、それぞれが魔法のライティングのような光を発しており、集中制御されている。この世界では、店舗などの夜の灯りはそのように管理されていることが多いが、たいていはここよりも数段明るい。

「ここはこんなもんよ。前来たときもそう」

 この案内人に反撃したことが効を奏してか、気分が復活したフィリスには、専門的な興味をもつ余裕が生まれた。

「ということは、光に弱いものとかをたくさん扱ってるとか……?」

「んー、どうかなー」来たことはあっても、ここで物を調達したことのないセデイターには、よくわからない。それでも、少し考えの間をおいてから、何かを思い出す。「そういえば、噂では……ここが薄暗い本当の理由は……」

 話そうとしたところへ、ロッコ店長の大きな声。

「お・ま・た・せーぇ」

 カーニバル衣装をわさわさとはためかせながら、早足でこちらへ接近してくるその姿は、どうあっても不気味だ。

「!」

 護衛役は本能的な警戒を禁じ得ず、ナユカを護りつつ反射的に一歩後ろへ下がる。


「はあ。やっと復旧したわ。まいっちゃう、もう」

 なぜか無意味にしなを作る店長に、他三名がたじろぐ。たいていの者はその姿を進んで目にしようとは思わないだろう。それでも、暗闇で見るよりはまし……。やむを得ず、リンディは店長に目をやる。

「ま……まぁ、よかったじゃない……直って」

「聞いてよ、もう。暗くてやりにくいったらなかったわ、まったく。配線いじってたら羽が二本取れちゃったわよ」

「それはそれは……」

「お気に入りの衣装なのにぃ」

 店長が両手を鳥のように広げてしならせると、たくさんの羽がバサッと現れる。三人とも、少しくらい外れてもどうってことないと思ったが、口に出すとめんどくさそうなので、やめておく。ともあれ、これ以上、愚痴られるのを阻止すべく、急いで本題に入ろう……。

「あ、今日は彼女の用事で来たんだ」

 リンディに背中を押され、ロッコ店長に向かって軽く押し出されたフィリスは、先ほど驚かされた相手に正対。思わず小さな悲鳴が漏れる。

「ひっ」

「あら、こちらが? だーいじょうぶよ、とって食べたりしないから」

 なぜか唇をさっと舐める店長……。なぜだ。

「そうそう、これでもれっきとした人間だから」

 これはリンディのフォロー……なのだろうか? しかし、それを本人がぶち壊す。

「でも、ちょっと食べたくなっちゃうわね」

「っ!」

 絶句したフィリスの血の気がみるみる引いてゆく。そして、店長のその声が頭の中でこだまする……。

「冗談よ。で、何の用かしら?」

 笑えない冗談もあるものだ……。それでも、ヒーラーは、我に返って気と血を取り戻しつつ、用件を話す。

「……あ、あの……こちらは非魔法系の……薬などを……置いてあると……聞いてきたのですが」

「あるわよぉ、いろいろと。なにがお望み?」

「その……わたしはヒーラーなので……治療効果のあるものを、いろいろと……」

 まだフィリスにはたどたどしさが残る。

「ああ、そっち系ねぇ。真っ当なほう」

「あ……はい」

 うなずいた医者を、店長が案内し始める。どうやらこの店には「真っ当」じゃないものもあるようだ……やはり怪しい。

「真っ当じゃないのって、何ですか?」

 先行する専門家二名の後ろからついて行くナユカが、並行するリンディに小声で質問。

「……治療効果の逆ってこと。わかる?」

「つまり、それは……」しばし考えてから、声を上げる異世界人。「毒!」

「しっ」

 護衛役がナユカを制するも及ばず、店長が後ろをくるっと振り返る。

「あらぁ、うちはちゃんと許可取ってあるのよ」

「うぉっ」突然現れた顔に、驚いたリンディ。「……そうなんだ」

「真っ当に商売してるの」

 首を元に戻すロッコ店長。すると、ナユカがつい口を滑らす。

「真っ当に、真っ当じゃないものを売ってるんだ……」

「あら、からむわねぇ。そういうものも必要なのよぉ」

 店長が再びくるっと振り向く。

「うっ」また少し驚いたリンディが、補足する。「……害虫駆除とかね」

 両手を軽く打つナユカ。

「あ、そっか」

「納得してくれた? うちは厳重管理で、売るときは要記名。一見さんには売らないわ。あと、怪しい人にも」

 すでに首を前に戻して、後ろ向きのまま説明する店長に、護衛役は「あんたが一番怪しい」と突っ込みたいのをぐっとこらえる。ただ、異世界人は納得したようだ。

「そうなんですね。すみません、失礼なことを言って」

「いいのよ。疑問があったら、遠慮なく聞いてね」

 店長は、「いないいないばぁ」のごとく、またも振り返ってにっこり笑う。これが相応に不気味ではあるものの、見かけとは違ってまともな人だと認識したナユカは、素直に返事して笑みを返した。


 ところで、なにゆえ非魔法系の毒物があるかというと、「真っ当な」理由としては、たとえば、害虫などの中には、継続的に魔法毒にさらされた結果、ある程度の魔法耐性を得てしまうケースもあり、その際には、取り扱いの難しさから通常あまり使われない非魔法毒が効果的になる点が挙げられる。これは、非魔法毒が魔法毒よりも耐性ができにくいことを利用した、いわば緊急避難的措置だが、取り扱い時には、適切な使用量、使用者の危険防止、誤用時の解毒などが魔法毒よりも複雑なため、専門家による細心の監督が必要とされる。そして、それゆえに、真っ当でない理由として、他者に危害を加えるのに使われることもあり、この店のような厳重な管理が欠かせない。

 そんな解説をしながら、ロッコ店長は店内の案内をしてゆく。ここには他店に置いてないものを数多く取り揃えてはいるものの、効果に関しては確証が得られていないものも数知れず、したがって、まずは一般的に効果があるとされているものを使って、それでも駄目ならここのものを試すのがいいと、自身で助言する。わざわざそのようなことを自ら暴露してしまうのだから、やはり、見かけと違って良心的といえよう。よって、フィリスは、今回は買い込むのをやめている。アドバイスに基づき、少量を試してからのほうが間違いがないと判断した。


 そんな中、店長が、「ただし、ここの薬だけは別」とする一角があった。

「ここにある薬は、ほぼ確実な効果が見込めるわ。もちろん、的確に処方すれば、だけど。ま、うちの目玉ね」ロッコは、右腕を広げてその棚を指し示す。「いろいろな種類があって、症例ごとに細かく分類されてるの。ただ、処方が難しいのよね……。まずは、お見せしましょ」

 そのうちの一種類の保存用薬缶を取り出し、処方用の机へ移動してから、中の生薬を専用の紙の上へ少し出す。

「拝見します」その薬を観察するフィリス。「乾燥させた薬草ですね……。どのように使うんですか?」

「これを煎じて飲むのよ」相槌を打って聞いている医師に、店長は説明を続ける。「一種類じゃなくて、たくさんの種類の薬草がブレンドされてるの」

「それは、具体的には?」

「あたしにはわからないわ。ていうか、あたしの取引先の……」店長が一呼吸の間を置く。「人にしかわからないのよね」

 その人物の詳細をロッコ店長が隠したことがフィリスにはわかるが、そこは追求しない。

「秘伝ということですか?」

「そういうことになるのかしら。それぞれ、かなり厳格に配合が決まってるらしいわね。あたしも、偶然に出会った取引先だから、詳しくは聞いてないわ」

 本当に知らないのか、誤魔化しているのか……。店長の表情からは読めない。ここを突っ込んでも仕方がないので、医師は先に進める。

「処方が難しいってことですが……」

「そうなのよ。本当に正しく処方するのには、相応の知識が必要ってことね。あたしも少しは教わってきたけど、独特だから難しいわ」

「安全性はどうなんですか」

「魔法薬よりは、はるかに安全ね……効き目が穏やかだから。あたしが全部試してみたけど、問題なかったし」

 確かに、この店長ならなにを試飲しても大丈夫そうではある……見るからに……。でも、やはり……。

「そんな無謀な……」

 医療資格を持つ者としては、そう返さざるを得ない。

「人柱ってやつね。まぁ、入手元が信用できなきゃ、あたしだってこんなことはしないわ」「そうなんですか?」

 あえてスルーした取引先に、その先があると。それならば、やはりその点を聞いてみようとフィリスが思ったところ、脇から薬を見ているナユカが口を開く。

「なんか、『漢方薬』みたい」

 その言葉に店長が反応。

「え? なに?」

「あ……いえ、わたしのせか……その……わたしの故郷にある薬に、こんなのがあったな……と思って」

「あら、そう? あなた、もしかして……シャル=バリィヤの関係者?」

 あからさまではないにせよ、店長は微妙に驚いた雰囲気を醸し出している。

「え? いえ、違います。その……たぶん、もっと遠い……」

 異世界人をさえぎりつつ、リンディがすかさず追求する。

「シャル……バリ……? って、その薬と関係あるの?」

「あら、ちょっと勘違いね。うふっ」

 またも妙なを作るロッコに、護衛役は眉をひそめる。

「『うふっ』はいいから。……なんか気になるな」

「ちょっと、試してみる? これ」

 店長はテーブル上に出してある薬を指差し、はぐらかすかのようにフィリスに声をかけたところ、当人は「やった」とばかりに食いついてくる。

「いいんですか。お高いんでしょう」

「いいわよ。これは……軽い風邪に効く薬ね。身体を温める効果があるわ。……誰も風邪ひいてないみたいだけど……副作用はないから、飲んでも大丈夫。味見しても問題ないわ」

「薬の味見ねえ……」

 もっともな反応をしたリンディを、医者が制する。

「いいじゃないですか。お願いします」

 専門家的な研究心のスイッチが入ったフィリスは、こうなると突っ走る傾向がある。それで、取引先のことは、いったん保留。……店長としては、うまく誤魔化せたわけだ。

「じゃ、あっちで煎じてくるわ」

 ロッコが視線とあごで示した店の奥を、医者も遠目に見る。

「見学してもよろしいですか」

「いいわよ。でも、至って普通よ」

 この店長の「普通」というのは……? 多少の不安がよぎるフィリスだが、それも行ってみればわかる。好奇心の勝ち。

「はい。ありがとうございます」

 店長と医師は他二名をその場に残し、店の奥にある調合室へと向かった。


「あの薬、見たことあるの?」

 リンディは、薬のことそれ自体よりも、薬についてナユカが知っていることが気になっている。調合室へ同行してしまうと、店長の手前、密談ができないため、あえてこの場に留まった。

「似たものなら、うちで使ってましたけど……」

 見た目が漢方薬に似ている。もちろん、製剤された袋入りの顆粒ではなく、煎じるもののほう。ナユカの実家では、親代わりの住職がよく使っていた。

「うちって……ああ、あっちのね……」リンディには、セレンディー語の話せるナユカはもともとこちらの人間なのかもしれないという考えがあるが、確証もないので、ほのめかすだけ。「関係あるのかな……ユーカの……記憶と」

「なんか……えーと、シャル……バリ、みたいなのでしたっけ?」

 異世界人が自分から切り出してくれたので、リンディも話しやすい。

「そんな感じだったね。聞いたことあるような……ないような……」思い出そうとしても、特に引っかかる記憶はない。「あとで詳しく聞いてみないことには……」

「店長、はぐらかしましたよね?」

 ナユカもロッコ店長の態度が気になっている。

「かえって興味引くよね……ああいうの」

 むしろ、わざとかと、勘ぐりたくなるリンディ。

「そうですよねぇ……わたしと関係あるかはともかく……」

「なんかいい手はないかなぁ。意外に口堅そうだし……。たとえば、いい男あてがって……とか」

 冗談めかしたリンディは、伸びをする。

「……悪だくみですね」それも、ハニートラップ。ナユカはおもしろがって冗談に乗ってみる。「それなら……あの、リンディさんを口説いてた人はどうでしょう」

 昨日九課で会った、ちょっと気障なセデイター、セルージ=ルーヴェイのこと。……ふっと笑う同業者。

「……あれは、別によくないじゃない」

「え? だって、『イケメン』でしたよ」

 フィリスのおかげで、この単語ははっきり覚えた。

「そうかなぁ? ……イケメンっていうなら、ケイルとか」

「……あ。あのマッサージ店の。……フィリリンが泣きますよ」

 その点には、リンディも同調。泣くだけで済めばいいが……。出掛けの固め技が思い出される。

「……そうだね。そんなことしたら、フィリスに何されるか……」

 話していると、店内に匂いが漂ってきた。店長と医師の向かった先に、ナユカが目をやる。

「あ、薬……」

 ただ今、煎じ中。

「匂いは悪くないじゃない。飲んでみなきゃわかんないけど」

 効き目のみならず、味でも。

「この香り……」

 何かに気づいた表情をしている異世界人を、リンディが見つめる。

「……やっぱり知ってる?」

「まぁ……似たものなら……」

 それならば、早く確認したい……。リンディは匂いの発せられている方向、すなわち、調合室のある店の奥に視線を向ける。

「……ちょっと行ってみよっか」

「入ってもいいんでしょうか?」

「いいんじゃない、フィリスもいることだし」

 先に動き始めた護衛役に、ナユカがついてゆく。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ