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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
四章 魔法省四日目(魔法研究所、怪しい店)
23/58

4-2 報告と神経

「お疲れ。どうだった?」九課に戻った面々にサンドラが誰ともなく声をかけたところ、無言のリンディから、じっと見つめられる。「……ばれちゃったんだ。しょうがないな」

 察しがいい。

「いいんですか? ターシャさんとの約束が……」

 フィリスが耳元に手を当ててささやいてきたので、リンディがぶっきらぼうに答える。

「あたしは何も言ってないし」

「受けてきたんでしょ? 結果は?」

 尋ねた課長を横目で見て、セデイターはふてくされ気味に返答。

「正常」

「そう、よかったじゃない。ま、ついでがないと行かないから、あなたは」

「はいはい。どうせ、あたしは……」

「で、本題だけど……」ぶつぶつ文句を言いかけたリンディは放置して、サンドラはナユカに向き直る。「どうだった?」

「はい、えーと、なんかデータが取れないとかで……その……魔法耐性? が強くて……だから……」

 予想通り、当事者がうまく説明できないので、ミレットが申し出る。

「代わりに説明しましょうか?」

「はい。お願いします」

 全員にとって都合のよいナユカの丸投げを得て、秘書が報告を始める。そのために、彼女が同行したのであり、もとよりその予定であった。

「ユーカさんへの魔法耐性検査は二度行われました。一度目は検査における通常の魔法出力、二度目は魔力調整器で制御された最大出力で、その両方ともデータなしという結果になりました。機器の故障の可能性も考えられましたが、リンディさんに対する検査によって、機器が正常であることを確認。その結果、ユーカさんの魔法耐性が極めて強く、魔法無効化能力というべきものであることが立証されました。詳細は報告書にありますから、後ほどまとめておきます。以上です」

 二度目は、魔力調整器で安全なレベルに制御されていたとはいえ、その最大出力であったようだ。魔法についてはいまだ理解度が追いついていない異世界人を混乱させないため、その点は黙っていたのだろう。インフォームドコンセントの観点からは問題あるかもしれないが、最初のデータを見た後のターシャとフィリスには、ナユカの能力に確信があったものと思われる。

「ありがとう、ミレット」次に、サンドラはナユカをねぎらう。「ご苦労様。疲れたでしょう? いろいろと慣れないことが多くて」

「いえ、そうでもないです。わたしは座っていただけなので」

 本人に疲れは見られない。

「そう?」

「ええ。むしろ、いろいろと面白くて」

「なるほどね。でも、まぁ……そう感じてなくても疲れてるはずよ。いくら神経太くてもね」

 課長が配慮したところ、覇気があったナユカが、突然げんなりし始める。

「……はあ、そうですね……はあ」

 ため息をついたその様子に、一瞬サンドラは目を見開くが、それ以上は態度に出さずに淡々と話す。

「……というわけで、午後は検査はなし。好きにしてていいよ」

「はい、ありがとうございます……」

 態度がどうにも沈んでいる……。理由がわからないので、ここはひとまずそっとしておいたほうがいいかもしれない。ナユカを尻目に、サンドラは話題を変える。

「あ、そうそう、昨日、民間療法の店は全部回れなかったでしょ?」

「二軒は行きましたが……」

 話を向けられたフィリスは、二軒目を思い出して上気する。思い出したのは、もちろん、あのイケメンマッチョ紳士。そのときの追想に耽り始める当人はそのままに、リンディが付け足す。

「あの店はまだ」

 それは、昨日から話に上っている例の「怪しい店」のこと。

「じゃ、行ってきたら? 必要でしょ」

 サンドラの勧めに、気乗りがしないリンディ。……とりあえず、あっちの世界に行きかけているフィリスに、少し声を上げて確認する。

「必要?」

「え? あ、はい。それは、行ってみないと……」

 こっちの世界に留まったフィリス――声は耳に入っていた。

「なら、行ってきて。必要な買い物なら予算から出る。裁量はフィリスに任せます」

 課長がはっきりと指示。

「あ、そう?」

 代わってリンディが反応したのは、「予算から出る」という部分。

「昨日の分もね」

「なら行こう」

 現金なセデイターに、課長が釘を刺す。

「ちなみに、『ユーカにとって必要な』という意味ね。あなたの分は別枠」

「別枠……?」

 それはつまり……。別枠でもらえる?

「いつもどおり、原則自腹」

「……やっぱり」

 もらえないほうね……。セデイターはフリーランスである。

「それがお役所」

「はいはい」両手を広げてわざとらしく天を仰ぐと、リンディはサンドラに背を向け、フィリスとナユカに向き直る。「じゃ、行こっか。まず、お昼食べに行こう」


 同意したふたりは課長に挨拶し、リンディに続いて出口へ向かう。そして、フィリスが課外へ出ようとしたところ、後ろからサンドラの呼ぶ声がする。

「ちょっと、フィリス、来てくれる?」

「はい」Uターンして、医師は課長のもとへ。「なんでしょうか」

 ドアを開けたまま出口のところで待っているリンディとナユカをちらっと見てから、サンドラが声を落とし気味に口を開く。

「端末の使用許可が今日中に出ると思うから、後で登録してね」

「はい」

「ユーカに関しては、諸事情で申請を見合わせている状態」

「ええ、わかります」

 身元不明では無理。身元の件は、いずれなんとかする――すなわち、誤魔化す必要性が多方面で出てくるだろう。端末に関しては、おそらく、ナユカはそれを動作させることができないと思われる。なぜなら、このインターフェイスを作動させるには、ごくわずかではあるが、使用者の魔力を必要とするからだ。通常、意識せずとも出せるほどの微々たる魔力でも、それを活用するのは、魔法を無効化するナユカにはできない相談である。

「ところで……」サンドラは、ここでさらに小声になる。「ユーカのことだけど、何かあった? 神経太いって思ってたけど……違うのかな?」

「ああ、そのことですね……それはたぶん……」

 音量を合わせたフィリスが、ナユカのげんなりしていた理由を解説する。それは、もちろん、「神経太い」を連発されること。彼女は、本日何度もそれを食らった。

「ああ、そんなこと。あはは」さらっと笑ったサンドラは、もう一度声を落とす。「以後、気をつけるよ」

「わたしも気をつけないと。では、失礼します」

 フィリスは短く言い残して、そそくさとふたりを待たせている入り口へ向かい、合流して九課を退出していった。


「どうしたの?」

 廊下を先行していたリンディが、後方のフィリスににじり寄ってきた。

「いえ、まぁ……ちょっと」

 わざわざ伝えるべきことなのかを考えて言葉を濁したフィリスに対し、サンドラが笑っていたのが聞こえていたリンディは、なにか面白いことなのだろうと、興味津々。

「なになに?」

「あ、いえ……ユーカは女の子なんだな……という……」

 ここはほのめかしながら話そうとするが、リンディには通用しない。

「は? 男には見えないでしょ? ちゃんと確認したし」

 風呂で。

「いえ、そういう外見のことではなく……」

 と言いつつ……「確認した」ってなんだ? 

「内面? そりゃ確かに、神経太……うぐっ」

 いきなり後方から口を右手で押さえられると同時に、左腕で腰を捕らえられて、リンディはその場に停止。げんなり中の言及対象は、気づかずにそのまま前を歩いてゆく。固められた護衛役の耳元、捕まえたフィリスが、強い口調でささやく。

「その『神経太い』って控えてください。わかりましたね?」

 口を開けないリンディは、目を見開いて、こくこくとうなずく。

「あれ?」ふたりがいないことに気づいて立ち止まったナユカが、後ろを振り返る。「どうしたんですか?」

「あー……いえ、なんでもないの。今行く」

 完璧ボディを抱き止めた体勢のまま、フィリスは取り繕おうとするが、それは無理というもの。完全に向き直った状態のナユカが、じーっと両者を見つめる。

「……変なの」

 あらぬ方向に疑われてもなんなので、フィリスはブロンド美女をリリース。

「ぷはっ」呼吸器官を取り戻したリンディは、はあはあと息をする。「死ぬかと思った」

 というのは大げさなのか、本当にそうなのか……。医師は、やばっという顔。

「す、すみません」

「不意打ちはないでしょ」

 数日前にも、ナユカから不意打ちで口を塞がれたことを思い出すセデイター。戦闘職でもあるのに……。

「本当に、すみません」

 フィリスは平謝り。

「次は食らわないからね」

 目減りしたプライドを回復すべく気を引き締めたリンディは、前方からこちらを見つめて待っているナユカのもとへ、ゆっくりと向かう。


「なにしてたんですか?」

 不審がるナユカ。合流した三人は歩き出す。

「うん、まぁ……ちょっと……トレーニングを」

 というリンディの答えに、聞き手は納得しない。

「こんなところで? 今?」

「つまり……護身術を……ちょっと」

 というフィリスの答えも、TPOに関するナユカの疑問への回答にはならない。それに、「護身術」という単語を、彼女はまだ知らない。

「そうそう、それそれ」

 護衛役が相槌を打ち、技をかけた方が補足。

「不意打ちから身を守る練習で……」

「……ふーん」

 言わんとしていることはわかった異邦人。護身術の意味も。

「フィリスって強いよ、見かけによらず」リンディは当人を見る。「ねえ?」

「いえ、そんなことは……」

 謙遜にもかかわらず、フィリスには多少の心得がある。どのような状況であれ、戦いの場に遭遇することの多い在野のヒーラーには、多少は身を守る術が必須であるにもかかわらず、回復役一般の傾向として、魔法を発動するための魔法イメージ特性から、防御魔法は得意でも攻撃魔法は不得意だ。そのせいで、反撃できずに攻撃者に接近されてしまったときに必要なのが、接近戦用の武術であり、それを最低限満たすのは護身術である。

「あの早業……あの力。ただもんじゃないな」

 リンディがフィリスを褒めるので、ナユカはいかにもスポーツ系らしく、少々、対抗心を燃やす。

「へえー。実はわたしも少しできるんですよ、『護身術』」

 この単語は早々に覚えた。彼女に限らず、気になる単語はすぐ頭に入る。

「そうなの?」護衛役は、護衛対象の体を見てつぶやく。「まぁ、そうかも……」

「少しだけですが。えーと……変態……避け? その程度なら」

 つまり、痴漢避けのこと。そういう単語はここにあるのだろうか……? とりあえず、「変態」は、ターシャ絡みでリンディから何度も聞かされた。

「そうなんだ、できるんだ……。じゃ、あたしが一番か弱いのか……」

 リンディはうつむいて油断させつつ、ぱっと振り返って、ナユカの胸に手を伸ばす。

「なんですか?」

 さっとかわしたスレンダー娘は、平然としている。諸事情でつかまれにくいという点は、この際、スルー。

「避けたね……」

 攻撃者に悔しさが滲み出る。

「避けましたけど」

「そうか、少しはできるようだね……。それにしても、驚きもしないとは……」

「……だって、リンディさんですから」

 護衛対象から信用されているということなのだろう。護衛役として、舐められているとは思わないが……なんとなく不満だ……。少しはあわててくれてもいいんじゃない? 

「やっぱり、しんけ……」口を滑らせかけたところへフィリスの咳払いが届き、リンディは言葉を飲み込む。「な、なんでもないです」

 妙にかしこまって発言を中断したため、ナユカの顔に、はてなマークが浮かぶ。

「は?」

 再度フィリスに絞め技を決められてはたまらないリンディは、とりあえず誤魔化す。

「え……えーと、反射神経いいんだね」

「まぁ、それなりに自信あります」

 運動能力全般に自信があるスポーツ女子。

「そうかもしれないけど、気をつけたほうがいいよ。世の中変態多いし……あいつとか」

「あいつって?」

 さっきセクハラ発言をしまくった奴。リンディはその名を口にする。

「ターシャ」

「ターシャさんは、違うと思いますけど」

 ナユカは即座に否定。

「そうですよ、ちょっと強引ですが」

 加えてフィリスの同意も得られず。確かにそこまでひどいとは思ってはいないものの、名前を出したからには、リンディは引っ込みがつかない。

「……でも、あいつ……かわいい娘にはちょっかいかけるし」

 すると、ナユカが投げやりにぼそっとこぼす。

「リンディさん……かわいいですもんね」

「あたし? いや、あたしじゃなくて、ユーカのことだけど」

「え?」

「だって、かわいいじゃん、ユーカ」

 それを耳にした本人が、突然ぴたっと足を止めた。廊下を前から来た人とすれ違うため、後ろに回っていたフィリスは、スレンダーな背中にぶつかる。

「あた」

 背部への衝突を意に介さず、ナユカは数歩先へと進んでいる発言者を呼び止める。

「リンディさん」

「あれ?」声がすれども、隣にいないので、立ち止まって後ろを振り向く。「なに? どうしたの?」

 リンディが後方のふたりのところへ戻ると、停止中のナユカが小声で尋ねる。

「今、なんて言いました?」

「え?」

「もう一度、言ってもらえます?」

 なにか……地雷を踏んだ? リンディの表情が曇る。

「あ……その……なんか悪いこと言った?」

「今言ったこと、もう一度お願いします」

 声のトーンははっきりしてきたものの、うつむき気味のナユカに、リンディが恐る恐る尋ねる。

「今……言ったことっていうと……」

「わたしについて、言ったことです」

「え、えーと……」神経がらみは口にしていないはず……。心臓の鼓動を押し留めながらリンディはしばし考え、フィリスが二人を交互に観察して様子を見る中、声を抑えて答える。「反射神経がいい……とか?」

 スポーツ女子の視線が上がり、発言者を正面から見て、先を促す。

「その後です」

「その後?」

「はい」

「その後っていうと……」

 なんとか思い出そうとしているリンディに、フィリスが耳打ち。

「『かわいい』じゃないですか、たぶん」

「かわいい?」

 聞き返したリンディの言葉に、ナユカが素早く反応する。

「はい?」

 もしかして……。リンディは少しトーンを上げる。

「かわいい」

「もう一度お願いします」

 これは、どうやらそれらしい……。それにしても、意識して繰り返すのは、けっこう照れる……。

「え、えーと……かわいい」

 瞬間、ナユカの顔一杯に、ぱあっと笑みが広がる。

「うふふふふ」下を向いて恥らうように笑い始めたナユカは、驚いて一歩後ろに下がるリンディには気づかず、はにかみながらも満面の笑みを浮かべる。「やだなあ、リンディさんったら、もう」

「……そ……そう?」

「じゃ、行きましょうか」

 覇気の戻ったナユカは、先立って歩き出す。先行するその姿を唖然として指差すリンディ。

「なんなの、あれ?」

 傍らのフィリスは苦笑。

「喜んでますねぇ」

「そんなに『かわいい』ってのがいいの?」

「それは、たぶん……さっきから『神経が太い』って連発された反動なのでは?」

 医師のその分析に加えて、長身でスポーツ万能のナユカは、向こうの世界では同性から「かっこいい」と言われがちなことも影響している。ともあれ、勢い付いた異世界人が先に進んでいるので、フィリスは立ち止まったままの護衛役に進むように促し、ふたりは歩き出す。

「……ふーん、そうなんだ」

 リンディにはよくわからない。そもそも、かわいいとか言ってくるのは、ターシャのようにいじってくる奴だ……。あとはナンパ男。

「……だと思いますよ。まぁ、今日だけでしょうけど」

 というのが、カウンセリングもやる医者の見立て。

「意外に面倒だなぁ」

「それは……それなりに女の子だってことでしょうか……。とりあえず機嫌直ったようなので、よしとしましょうよ」

 ここで、先に行ったナユカが立ち止まり、振り返って手を後ろに組むと、上機嫌で二人を呼ぶ。

「なにしてるんですかぁ。先に行っちゃいますよぉ」

「うん、今行くー」

 声を上げて返事をしたフィリスは、歩みを速める。

「まぁ、確かにかわいいかな……」

 くすっと笑い、リンディも続いた。




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