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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
四章 魔法省四日目(魔法研究所、怪しい店)
22/58

4-1 魔法研究所

 朝から来るようにというサンドラ課長のお達しに従い、同室の三名は早々と九課へ。他よりも一時間遅い始業時間の、さらに半時遅れでいいとはいえ、「自主的に」ナユカの護衛役を請け負ったリンディにとっては、平常と違う早すぎる朝。そして、来ればそこには、今日もサンドラとミレットのふたりだけ……。いったいどうなっているのだろう、この課は。


 ナユカとフィリスには、顔を出すなり、一週間分の基本給が前払いされた。この世界で初めて自由にできるお金を得たことで、異世界人は少し腰が据わったような気がする――前払い万歳。とはいえ、ここでの金銭感覚がまだ備わっていないので、どう使うべきなのかぴんと来ない。念のため、今まで出してもらった分をどうするかリンディに尋ねたが、魔法省の経費として返ってくる分と自分がおごった分をいちいち計算するのが面倒だから、それは不要だと固辞された。彼女の性格がわかりかけてきたナユカは、形ばかりの遠慮などはせず、やはりここは素直に感謝して、いつか自分がおごると約束した。

 その後すぐ、三人はサンドラから魔法省敷地内にある魔法研究所へ行くよう、正式に指示を受けた。昨晩、ナユカとフィリスには知らされていた予定だが、課長直々のかん口令により、リンディだけは初耳だ。そこで異世界人の魔法耐性検査をするということで、ミレットのエスコートのもと、本部建物からは少し離れて位置する「魔法研」へと向かう。


「魔法研かぁ」

 足が重そうなリンディは、先ほどサンドラから指示されたときも、あからさまに嫌そうな顔をした。その際、課長はその表情に目を留めたものの、特に何も付け加えることなく送り出しただけ。

「魔法研って、どんなところなんですか?」

 近寄って尋ねてきたナユカに、ミレットは丁寧に答える。

「魔法研究所では、その名のとおり、魔法に関する様々な研究を行っています。内容は、魔法そのものや魔法の発動法についての研究、魔法の効果に関する実験、魔法技術の開発などです。これらはすべて、安全性を確保して行われているので、心配ないですよ。事故は、滅多に起きませんから」

「そう……滅多にね……」

 リンディの意味深なつぶやきを、フィリスが耳ざとく聞く。

「はい?」

「なんでもない」

 答えたくないのがありあり。護衛役のムードがどことなく護衛対象を不安にさせることを懸念して、上級医師は、すでにしておいた説明をもう一度繰り返す。

「これからユーカが受ける『魔法耐性検査』は、簡単で安全な検査だよ。痛みを感じることもないからね」

「うん。大丈夫だよ、別に怖がってないから」

 フィリスが相当信用されているのか、それとも心臓、いや、ここでの言い回しでは「へそ」に毛が生えているのか、異世界人は平静である。


 リンディはといえば、相変わらず足取りが重いまま、それでも脱落あるいは逃走することもなく、魔法研に到着。その建物はそれほど高くなく、安全や保安上の理由から他の建造物とのスペースを確保する目的もあって、周りを広めの芝生がぐるっと取り囲んでいるのが特徴だ。

「ここが魔法研究所です。ここでは、基本的に安全な研究だけを行っています。危険性がある実験などは、別の場所にある実験場などで実施することになっています」主に検査対象であるナユカに対して、念のため安全性を強調したミレットは、全員を先導して建物内へ。「では、行きましょう」

 受付での手続きの後、秘書は三人を指定された部屋へと連れて行く。「第二検査室」と表示されたその部屋は、中に入ると予想外に広く、各種検査機器が整然と設置されている。中心には診察台が三台、それぞれ離れて置かれており、それらの周りにも広めのスペースが空けてある。


 室内を少し進んだところ、研究員らしき白衣を着た人物が近寄ってきた。

「サンディの言ってた人たち?」

 サンドラ課長をそう呼ぶということは、親しいのだろう。

「はい。そうです」

 先導しているミレットが会釈する。

「ようこそ。主任研究員のタシナァ=ミンコースカよ。よろしくね」

 ミンコースカ研究員が、正対する秘書の横から顔を出して、背後の面々に手を振る。フレンドリーなのに加えて、自己紹介がやたらに簡潔である。ここにいることと、その着衣から、すぐわかるということだろう。

「こちらが、今回検査を受けるクスノキ=ナユカさん、そして、こちらが医療担当のフィリス=フィリファルディアさんです。それから……」

 課長秘書がリンディを引き合わせようとしてみれば、手近にいない。見回すと、なぜかまだドア付近にいて、視線を下げ気味にしている。

「あれ、もしかして……」目を留めた主任研究員は、そこへつかつかと近づいていく。「リンディ? リンディじゃない!」

「え、えーと……人違いです」

 背けた顔を覗き込む、白衣の研究員。

「おもしろい冗談を言うようになったねぇ」

「……だったらいいなと思っただけ」

 リンディはおもむろに視線を上げる。

「久しぶり。あれ以来じゃない。覚えててくれたんだ」

「……残念ながら、覚えてる」

 忘れたくても忘れられない……。「あれ」もこの人も

「一段ときれいになったねー。おねーさんはうれしいよ」

 両手で目の前の手を取る。

「それはどうも……」

「もう、たまには来てよね。あたしたちの仲じゃない」

「はあ? ちょっと、誤解を招くようなことを……」

 あたふたするリンディに、寄ってきた三人の視線が集まると、明るい研究員は屈託なく笑い出す。

「だから、爆発仲間でしょ。あはは」

「……」

 黙って視線を外すセデイター。……その点にはあまり触れたくない。そこへ、進行を急ぐミレットが、結果的に助け舟として入る。

「あの、すみませんが……」

「あ、ごめんなさい。リンディのことは知ってるから……」振り向いた研究員は、ナユカとフィリスのそれぞれに向き直って、それぞれの名前を唱える。「クスノキ=ナユカさんね。……で、こちらが、フィリス=フィリファルディアさん」

 聞きなれないフルネームとややこしいフルネームをきっちり把握している……。たとえ事前に知らされていたとしても間違えられやすい名前の両者は感心し、彼女とにこやかに挨拶を交わす。陽気な研究員の要望により、ファーストネームで呼び合うことし、ナユカはいつもどおり「ユーカ」、タシナァ=ミンコースカ研究員は「ターシャ」となる。

「じゃ、さっさと始めましょうか。説明は受けてる? ユーカさん」

 早速、本題に入ったターシャ。

「え? えーと、魔法……耐性……検査ってことは……聞いてます」

 異世界人の「魔法耐性検査」という発音は、少々たどたどしい。まだ、この手の専門用語には慣れていない。

「では、詳しく説明します。簡単に言うと、非常に微弱な魔法から始めて、各魔法への耐性を見る検査。わかった?」詳しくと言いつつ簡単に説明した主任研究員は、返事する間も空けず、被験者にとって肝心なことを補足する。「なお、安全性は確保しており、痛みなどもありません。失敗しなければ」

 さらっと加え垂れた最後の不吉な言葉に、検査対象は耳ざとく気づく。

「え?」

「だーいじょうぶ、大丈夫。失敗なんかしないから。安心してあたしにまかせて」

 気軽に明るい笑顔を返してくる……。この人に任せていいのだろうかという不安がナユカの脳裏をよぎり、どう返事すべきか迷っていると、フィリスがフォローに入る。

「さっき、わたしが言ったとおり、大丈夫だから」

「うん、わかった」

 今度は即答で了承したナユカ。

「あら、彼女の言うことなら信じるんだ。妬けるわね」

 一言投げかけて機器のほうへ向かい、ターシャはすぐに準備を始める。


 このやりとりの間、またも少し距離を取っていたリンディは、ミレットを手招き。寄ってくると、その耳元でささやく。

「なんであいつなの?」

 小声に音量を合わせることなく、秘書が答える。

「課長の指示です」

 ……そういうことではない。適当にあしらわれたような気もするが、相手はミレットだ。そんな意図ではないだろう。もう少し具体的な質問をしなければ。

「ターシャが担当する理由は?」

「ユーカさんに関する情報を管理するためです」

 つまりは、内密にするから。サンドラとターシャは近しい間柄なので、その点で融通が利く。キャラ的に近い部分が引き寄せ合っているのだろう……リンディをいじる、という点でも。

「……そう」

 納得はしても、どことなく不満げな表情を見て、ミレットが逆に質問する。

「何か問題でも?」

「別にないけど……」

 もとより、ただの愚痴だ。ただ、あのふたりが組んでいるからには、なにかを企んでいるかもしれないという疑念はある……。しかし、そこを追求したところで、口も堅い秘書が口を滑らすことはないだろう。

「そうですか」

 ミレットはナユカたちの方へ去り、リンディの愚痴は発展せずに終わった。


「あの、ターシャさん……」

 ナユカが、機器の準備をしている研究主任に近づいてゆく。彼女をあまり信用していないような素振りを見せたことで、気を悪くしただろうか……。

「いいのいいの。わたしとは初対面。だから、フィリスさんのほうを信用するのは当然。というか、そうあるべきね」完全に先読みしているターシャは、ナユカが口を開く前に一蹴し、ローブを取り出して差し出す。「これ着てくれる?」

「はい? これは……?」

 不意を突かれた検査対象がそれを受け取ると、研究主任は更衣室と思しきドアを指差す。

「検査用の服ね。着替えはあそこで」

「あ、はい」

 返事をしてうなずいたナユカに、ターシャがあらぬことを口走る。

「下は全裸でね」

「へ?」

「冗談よ。下着はつけてていいわ」

 妙な声を出した異世界人に満足げな笑みを見せ、機器の調整の続きに入る研究主任。

「はい……」

 ナユカは、困惑気味の返事をして更衣室へ。やりとりを見ていたフィリスも、医療用の作業着に着替えるので、その後に続く。


「下は全裸?」

 ターシャは、着替えて戻ってきた検査対象へ一声。

「いえ、その……下着はつけてますけど……」

「あら、残念」困惑するナユカはそのままに、研究員は医務室にあったものよりも少し大きめの診察台、あるいは実験台とでも呼ぶべきものを指差す。「それじゃ、その診察台にかけて」

「わたしがお手伝いします」

 なんだかよくわからないターシャの発言には深入りせず、フィリスが診察台へ近づいて、セッティングをする。研究主任は、モニターなどの機械と器具のセッティングをしてから、魔力調整器を持って診察台の前にあるいすに座り、ナユカに正対する。

「さて、これから魔力耐性検査をします。もう一度言うけど、この検査では、文字通り、それぞれの魔法に対する耐性を検査するわけです。OK?」

 その趣旨については理解しているナユカは、素直にうなずく。

「はい」

「で、やり方だけど……数種類の魔法を、この魔力調整器を使って……」研究員は、左手に持った魔力調整器を右手で指差す。「非常に弱い状態にしてあなたに放射し、その反応を検査します。あなたのケースでは、痛みはないし、副作用、後遺症などの問題もありません」言いきったかと思いきや、またもいやな付け足しが。「……たぶん」

「!」

 耳に入れば、どうしても気になるナユカが、ターシャの斜め後ろにいるフィリスに視線を送ると、無言のうなずきが返ってきた。それに気づいてか、研究員が補足する。

「何事も100%はないってことよ。規定によっていちおうリスクの説明が必要なだけ。面倒くさいからこれ以上は端折るわ、混乱するだけだし。とにかく、安全は保障するから」

「わかりました」

 そういうことならと納得した検査対象に、ターシャがおもむろに指示を出す。

「それじゃ、全部脱いで」

「え?」

 驚くナユカ。検査着の存在意義は……? すると、さっきからターシャの発言をミレットと一緒に少し離れて聞いていたリンディが声を上げる。

「ちょっと、いい加減に……」

 近づこうとした護衛役が移動し始める前に、ターシャが切り返す。

「冗談。そっちまで聞こえるわけね、なるほど」

「なんなのさ、もう」

 ぐっと制止してつんのめりかけたリンディはおかんむり。研究員はそれにはかまわず、はさみを取り出す。

「じゃ、始めるけど、肩を出すわね」

「切るんですか?」

 驚くフィリス。まさか、検査着を切る?

「だめ? そのほうがセクシーかなって」

「は?」

 ここまでの発言は流してきたフィリスでも、さすがにそろそろついていけなくなったか。離れたところからリンディの睨みが入るが、ターシャには届いていない模様。

「まじめな話、肩だけ出せる検査着が必要なんだけど、なくてね。いい機会だから、今作っちゃおうと思って」

 しれっとして答えた研究員に、上級医師が聞き返す。

「いいんですか?」

「脱ぐよりいいでしょ?」

「わたしからはなんとも……」

「ちょっと切るから、動かないでね」

 フィリスの答えを待つまでもなく、ナユカに注意を促したターシャは、服の肩部分をつまんで、もう切り始めている。

「あ」

 フィリスは唖然として停止し、ナユカは黙って指示通りの静止。わりと器用なターシャは、危なげなく、かつ手早く服の裁断完了。

「はい、できた。セクシー」

 そっちが目的かよ、という突っ込みを誘発したがっているかのように満足げなターシャは、リアクションに困る一同を置き去りにして、はさみを魔力調整器に持ち替える。

「……なんなのさ」

 呆れるリンディはそのままに、研究主任は作業を進め、ナユカの肩――ちょうど予防接種などをする辺り――を、軽く指で触れる。

「ここで検査するから」


 検査自体は仰々しいものではなく、出力調整のための魔力調整器を検査対象の肩に当て、それを通して各系統の魔法を一回ずつ詠唱し、即座にその部分に今度は検査器具を当ててデータを取るだけ。事前説明のとおり、何の痛みもなく、手間取ることもなしに簡単に終わった。

「データを見てくるからちょっと待ってて」

 データ解析をしに機器のほうへ向かうターシャを、フィリスが追う。

「わたしもいいですか?」

 科学者たちが去ったのを見て、今まで遠巻きにしていたリンディが、ナユカに近づく。

「大丈夫? なにも問題ない?」

「特にないです」

 別に痛かったりすることもまったくなかったし、異世界人には何の問題もない。

「なら、いいけど」

 言葉とは裏腹、リンディ的には問題ありありである。とはいえ、ナユカ本人が問題なしとするなら、なにも言えない。

「なんか、面白い人ですよね、ターシャさん」

 ナユカの屈託のない笑みを見るにつけ、さすがに、異を唱えずにはいられないリンディ。

「面白い? 変人だよ。いや、変態か」

「そんなことは……」

「だって、セクハラ爆発じゃない」

「は? どういう意味ですか?」

 言葉通り、単語の意味がわからない異邦人に、護衛役は自分の発言の意味を説明する。

「言ってることとか、服切ったりとか」

「ああ……そういう……」いずれにしろ、意味はおおよそわかった。「それは、わたしをリラックスさせようとしてたんでしょう? 服のほうは検査に必要なわけで……」

 むしろ、肩を出すために半脱ぎするよりはいい……。その答えに、護衛はため息をつく。

「ユーカは人が良過ぎ。変態はそういうのにつけ込むの。用心しないとだめ」

「そうなんでしょうか」

 そういうのはもっとねちっこいのでは? そう思うナユカには、ターシャはさっぱりしていて、悪意があるようには見えない。ただの冗談に過剰反応しているのではないだろうか。それでも、リンディは言い切る。

「そうなの。だから気をつけて」

「はあ」

 あまり納得していないナユカが生返事したところ、ターシャとフィリスが戻ってくるのが目に入る。すると、リンディは、また元の離れた場所へそそくさと帰ってゆく。


「お待たせ」ナユカに明るく声をかけてから、ターシャは小声で尋ねる。「リンディ、あたしの悪口言ってたでしょ」

「え……」

 図星ゆえに返答できないナユカ。

「なんか、避けられてるのよね。ま、しょうがない面もあるんだけどさ」早口でささやき終えたターシャは、声を普通に戻す。「じゃ、次、始めるね。あ、今度は右肩」

 はさみを取る。

「はい、どうぞ」

 ナユカは、うなずいて静止。研究員は検査着を手際よく切り、今度は右肩が出る。場所を変えるのは、片側に負担をかけないための手順なのだが、実のところ、先の検査結果を見る限り、負担の影もない。ともかく、これでバランスが取れたので、後で処理すれば、有用な検査着となる……のだろう。続いて、ターシャの説明。

「さっきの検査ではまったく反応が出なかったので、今度は少し魔力を強めてやってみます。いちおう言っておくけど、通常なら痛みを感じるレベル。ただ、あなたの場合はおそらくなにも感じないと思う。やってもいいかしら?」

「なにも感じない?」

「そう、なーんにも」聞き返したナユカに、ターシャは両腕で異世界人にはよくわからないジェスチャーをする。「通常ありえないレベルの魔法耐性ということね。データなしというのがさっきの検査のデータ」

 説明にフィリスが加わる。

「そうなんです。検査のやり方は間違ってないし、データを得たというログもあります。でも、データ数値そのものはない……というか、ゼロです。念のため、もう一度同じ魔法強度で検査してもいいんですが……」

「時間の無駄ね……」

 主任も同意。

「ええ。これまでの経緯を考えるとそうでしょう。実戦での魔法の無効化や、この前のちょっとした検査のこともあるので」

 その辺りの話も、すでにターシャに通っている。

「というわけで、魔力の強度を上げて検査したいんだけど……どう?」

 研究員の再確認に、医師として補足する。

「拒否してもいいですよ。無理強いはしません」

 ふたりの説明のすべてを理解したとはいえないものの、ナユカはほんの少し考えてから、きっぱりと決断。

「やります。やらなきゃはっきりしませんから」

「根性座ってるんだねぇ。感心、感心」

 ターシャが腕組みをしてうなずくと、フィリスもうなずく。

「神経が太いんですよね」

「いえ、そんなことは……」

 その自覚がない本人は、いまいち納得がいかない。「へそに毛が生えている」という同じ意味の慣用表現よりはましだが……。

「誰かさんとは……あっと」

 ターシャは口に手を当てて中断したものの、視線はリンディのほうへ。その向かった先は聞こえているようで、目をそらしてそれを避ける……。そんな両者を見て、つぶやくフィリス。

「なるほどね……」


 再検査の手順自体は先ほどと変わらず、単に魔力の強度が違うだけ。魔力の強度は、同じく魔力調整器を使うため、過度な高出力になることはない。この器具は、使用される魔法元素の量を制限するよう動作する出力リミッターであり、検査用につき、安全な範囲までしか出力を上げることはできない仕様となっている。

 検査の際、ナユカは、その都度ターシャから痛みなど違和感を感じるかを尋ねられたが、当初に聞かされたとおり、まったく感じることはない。一通り検査を終えると、データ解析のため、ターシャとフィリスは再び機器のほうへ。すると、リンディがまたナユカに近寄ってきた。

「ほんとに大丈夫なの? 無理してない?」

「ええ、全然。なにも感じません」

 検査対象は、痛くもかゆくもない。

「そうなんだ、ふーん」

「……変でしょうか?」

 それは間違いなく「変」なわけで、それゆえにこんな検査をしている。とはいえ、あからさまにそう答えるのは、リンディも気が引ける。

「さあ? あたしは専門じゃないから。でも、ま……ちゃんと配慮してやってるみたいだよね……」

「ターシャさんですか?」

「うん」

「結構、気を使ってくれてると思いますけど」

「……そうなのかなぁ」

 自分から言い出したはずだが……。すでにターシャを信頼しているナユカが、一押し。

「そうですよ」

 少し考えてから、口を開くリンディ。

「……でも、ユーカは神経がちょっと違うから」

「違う?」

「太いっていうか……」

「またですか、もう」

 膨れる異世界人。

「いや、だって……その……」取り繕おうとしたところ、都合よくターシャとフィリスが戻ってくるのが、リンディの目に入る。「あ、戻ってくるよ」

 指差した先に被験者が目をやると、隣にいた護衛役は、いつの間にか課長秘書の元へ向かっていた。


「お待たせ」

 戻ってきたターシャは、ナユカに声をかけてから、離れているリンディとミレットを手招きで呼び寄せる。行ったり来たり忙しい護衛役は、早足で向かいつつ尋ねる。

「なにかわかったの?」

 秘書も含めて全員集まったところで、研究責任者はナユカに検査結果について話す。

「結果は今回もデータなし。これの意味することは、あなたの魔法耐性が完全な魔法の無効化または限りなくそれに近いということ。あるいは……」

 一呼吸ためたターシャを、リンディが促す。

「あるいは?」

「機械がぶっ壊れてるってことね。それはないと思うけど……」研究責任者が目を合わせるのはセデイター。「なんなら、あなたで試してみる?」

「え」

 体を後ろに引くテスト候補者を、ターシャがじっと見つめる。

「優しくして、あ・げ・る」

「な……」

 後ずさるリンディ……。その姿を指差して、ターシャはナユカとフィリスに向き直る。

「かわいいでしょ」

 黙ってこくこくとうなずくふたり。からかわれた当人は少々不貞腐れ、ぶっきらぼうに研究主任に聞く。

「壊れてるの?」

「あたしって、壊れてる?」

 ターシャのボケに、そのとおりだと言いたいところだが、その先の反応が面倒になりそうなので、ふつうに突っ込む。

「機械だよ、き・か・い」

 この場の突っ込み担当と化したリンディに、まじめに答えるのはフィリス。

「壊れてないと思います。ただ、確認するには……他の人で同じ検査をする必要はありますね……」

 その言い様を勝手に深読みし、リンディは動揺。

「つ……つまり、あたしってこと?」

「いえ、別にそういうわけでは……」

 フィリスの視線が自分に向かってくる……。

「だって、あたしを見てるし……」

「え? リンディさんと話してるからですけど……」

 そういうこと。

「リンディで確認しましょう」

 割り込んだターシャが即断。

「えっ、えーと……あたしは……そ、その……」うろたえるリンディは、隣にいる課長秘書の背中を押すように両手で触れる。「ミ、ミ、ミレットでどう? 結構、丈夫だよ」

「この場合、健康でありさえすれば誰でもいいとは思いますが、わたしは課長への報告任務で来ているので、直接関わるのは避けるべきでしょう」

 健康な秘書は、合理的に拒否。

「じゃ、じゃあ、フィリスでいいじゃない……じょ、丈夫だし」

 リンディの言うように丈夫かどうかはともかく……。

「わたしでよけれ……」

「フィリスさんは健康管理担当だから、だめ」主任研究員は、あっさり承諾しようとする医師をさえぎり、改めて決定を下す。「リンディで確認します。いいわね?」

「やだ」

 本人が、即座に拒否。

「いいえ、あなたでやります」

「いや」

 駄々こね状態のリンディに冷たい視線を送り、ターシャはナユカに振る。

「ねえ、どう思う? この人」

「え……」

 すでに検査を終えた検査対象の視線は、次の検査候補者へ。

「う……」

 視線が痛い……。そのリンディをちらっと見たターシャは、ナユカに向けて肩をすくめてみせる。

「どっちがお姉さんかわからないわね……ほんと……」

「わ、わかった。やるよ、やればいいんでしょ!」

 ついに覚悟した検査候補者。「お姉さん」というワードが、最後の詰めだった。

「OK。早速始めましょう。ローブは今出すから、あっちで着替えね」

 決断のぐらつく間をリンディに与えず、ターシャは今までにはなかったクイックモーションで動き出す。検査着を取りに行って新たな検査対象――といっても、検査が必要なのは機器のほうだが――に渡し、そのまま更衣室へ連行。着替え終わったリンディを外へ連れ出し、ナユカのいた診察台へ連れ帰って座らせる。本人はずっと無言で、もはや、まな板の上の鯉。そして、先ほど同様、ターシャは手際よく安全に、検査着の肩部分を切る。今回は、気が変わる間もなく一気に終わらせることを旨としており、先の検査対象のときのような冗談はない。


「これから、魔法耐性検査をします。詳細はさきほどと同じ。質問がないなら、うなずいて」早口で言い終えた研究者に、無言のリンディは魂が抜けたかのようにうなずく。「では、始めます」

 宣言とともに同様の検査をてきぱきと進め、速攻でデータを取り終えると、今度は、フィリスをリンディの元へ残して、ターシャだけが解析機器のほうへ。

「終わりましたよ、リンディさん。お疲れ様です」声をかけたフィリスに、リンディは無言でうなずのみ。そこで、ヒーラーは検査対象の肩に手を置き、耳元で本人だけに聞こえるようにささやく。「もう大丈夫」

 それに続けて、そのまま小声で詠唱し、魔法耐性検査ゆえに検査前にはかけられなかった精神安定の魔法をかける。すると、ようやくリンディに生気が戻り、肩から力が抜けていく。

「……疲れた」

 やっと声を発した検査対象の肩に、医師が手を置いたままにしている傍ら、近寄ってきたミレットは、声を落としてリンディをねぎらう。

「お疲れ様でした」


 ほどなく、ターシャが検査結果を持って戻ってきた。

「お疲れ、リンディ。結果出たよ」ターシャは本人に検査結果を見せる。「すべて正常値ね。全般的に耐性は高め。特に精神操作系と神経系魔法への耐性はかなり高いわ。さすが敏腕セデイター」

「お世辞はいいよ」

 元のリンディに戻った。

「別にお世辞じゃなくて、事実。わかってると思うけど、注意点は、回復魔法への耐性が高くならないようにすることね。要するに、大怪我をしないように気をつけて」

 先ほどの精神安定魔法も、必要なければよかったのだが……。本人があの調子ではやむを得ない。

「はいはい」

「ま、検査できてよかったわ。サンディも気にかけてたし」

 一瞬、目を見開いたリンディは、斜に構えて細めた視線をターシャに向ける。

「……そっか、やっぱり奴の差し金」

 まるで悪人に対しての表現だ。

「ずっと検査してなかったでしょ。ま、あたしが話しちゃったことは、サンディには内緒ってことで」

「どうしよっかなー」

 などと調子に乗ったところで、どうせターシャに切り返される。

「あら、せっかく教えてあげたのに。あたしも、さっきのあなたの愚図り様をサンディに教えちゃおっかな?」

「わ、わかったよ。もう」声を上げると、リンディは周囲を見回し、上気した顔でもう一段、声を上げる。「み、みんなも……ここだけの話だからねっ」

「はい」

 ナユカとフィリスからは素直に返事が返ってきたが、ミレットからは聞かれず、リンディが強く催促する。

「ミレットもね!」

「そうですね……では、その部分は割愛して報告します」

 お堅い秘書にも、慈悲はあったようだ。


「ところで……」話を本題に戻すフィリス。「結局、機械は故障してなかったんですね」

「そういうこと。おかげさまで」ターシャはリンディにウインク。「で、結論として、ユーカさんの魔法耐性……というよりも、『魔法無効化能力』が極めて強力だということがはっきりしたわけ」

「強力、と言われても、わたしはなにもしていないので……。結局、どういうことなんでしょうか」

 ナユカは、検査されていただけ。

「そうね……。おそらく、通常の魔法耐性とはまったく違うメカニズムが働いているんだと思う。なにか……まだわからない、未知のもの」

「未知のもの……」

 フィリスが繰り返すと、研究者は目を閉じて上方を向き、感慨深げ。

「ロマンよね」

「ロマン……? ですか?」

 言葉の意味がわからない異邦人が尋ねると、そうとは受け取ってはいないターシャがナユカの両手を握って、盛り上がる。

「そう……わくわくしちゃう。そんなわけだから、また来てくれない? 今はまだわからないけど、絶対解き明かすから」

「はい、喜んで」

 自分としてももっと知りたいし、異世界人に拒む理由はない。しかし、リンディは、いまだナユカの手をとったまま浮き浮きしているターシャに対しては、あくまでも慎重姿勢を崩さない。

「だから、少しは警戒したほうが……」

「彼女は神経が違うのよ、誰かとは」

 ターシャがナユカの神経の話を持ち出した。となれば、結論は一つ。

「確かに太いけど……」

 リンディに続き、フィリスも……。

「太くても警戒は必要ですよね。でも、ここでは必要ないと思いますよ」

「もう、みんないい加減にしてください。わたしはそんなに太くありません」

 順番に「太い」呼ばわりされてぷりぷりするナユカを見て、リンディとフィリス、ターシャからは笑いが漏れ、ミレットはなぜか何かをメモしている。


 こうして、ターシャ以外の四人はここでやるべきことを終え、報告のため、いったん九課へ戻ることとなる。帰り際、扉のところで、主任研究員が手を振る。

「また来てねぇー」

 後ろからの声に、体を半身はんみにするリンディ。

「あたしはもう来ないから」

「またまた、リンディったら」

「もう用ないし」

 努めてぶっきらぼうに言い放ったところ、ターシャが投げキッスを送ってくる。

「かわいいわ、そういうとこ」

「そういうとこが、かわいくない」

 これが、精一杯の切り返し。

「じゃ、またね」

 また手を振るターシャを無視するかのように踵を返したリンディは、手を挙げて一振りし、先にすたすた歩いてゆく。ナユカとフィリスは、また来るのでよろしくと挨拶をしてから、その後を追う。ミレットは、ターシャの前で協力に感謝を表し、最後尾から三人に続いた。




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