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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
三章 魔法省三日目(情報、民間療法、仕事)
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3-4 自然食品店

 医務室を後にした九課課長のサンドラは、報告のため、魔法部長のオフィスへ向かう。一方、課長秘書のミレットは、現在、誰もいないまま放置してある九課へ早足で戻る。そして、リンディ、ナユカ、フィリスの三人は、いったん休憩所に立ち寄り、これから向かうべき民間療法の店の場所を、地図にて確認する。案内人であるリンディはそれぞれどこにあるか知っており、その必要はないのだが、フィリスはこれから何度も利用するかもしれないとのことで、地図上でも理解しておきたいという。自身で位置を確認したところ、例の「怪しい」店は他の二軒とは違う方角にあるので後回しにして、まずは真っ当な店から案内してもらうことにする。


 一軒目は、本部と繁華街の中間あたり、比較的落ち着いた場所にある二階建ての自然食品店。オイシャノ医師が公式によく使うと言っていたのはここ。二階は住居として使っているものの、一階の店舗に加えて、地下には調合室や貯蔵庫などもある、しっかりした店だ。薬草から作った各種非魔法薬(飲み薬、塗り薬、湿布薬など)、材料としてのハーブ類、ハーブ茶などが主な商品で、品揃えは豊富である。

 店長は優しそうなお姉さんで、中身も見かけに違わず、リンディのお気に入り。彼女が案内に乗り気だったのはそのためだ。職業柄、常連となっているとはいえ、やけに頻繁に来店していることから、主に店長に会いに来ている節も無きにしも非ず……というよりも、おおありだ。


「わりと大きなお店ですね」

 店内に入ったフィリスが感心して見回す。民間療法関連の魔法省特約店というのはまだないが、それに近い存在と聞いた。

「まぁ、たいていのものはあるから、ここさえ押さえておけば充分かな。それにここには……」店内を見回しているリンディが、やけににこにこして、手を振り始める。「あ、フローラさん」

「いらっしゃいませ。リンディさん」

 気づいた若い女性がにっこりと会釈をし、近づいてくる。

「こんにちはー」セデイターが、妙に高揚している。「久しぶりぃ」

「ふふ、そうですね」

 笑みを浮かべて合わせているが、せいぜい十日ぶり。

「今日は、新しいお客を連れてきたよ」リンディは先に「客」のほうを前に押し出し、互いに紹介する。「ヒーラーのフィリスね。こちらは店長のフローラさん」

「あ、はい。えーと……こんにちは」

 いつもと違うセデイターのテンションにヒーラーは戸惑い気味。店長のフローラは、それを気にすることなく微笑んだまま、会釈をする。

「こんにちは。いらっしゃいませ」

 首を横に傾け、スカートの裾を軽くつかんで膝をほんの少し折る……。そんな姿が、自然にかわいい。「優しげなお姉さんの醸し出す草原のように爽やかな癒しの萌え」といったところ――見つめるリンディの脳内によれば。

「このフィリスはね、上級医師なんだよー」どことなく幼児化した口調で、間を空けずに畳み掛ける。「非魔法系も得意なんだって。すごいでしょ!」

 新たな顧客を「自慢」して、フローラ店長に紹介する。

「それはすばらしいです、フィリスさん」

 店長は、常客の話し方に動じることなく、ヒーラーへにっこりと微笑みかける。応対がぶれないことから、リンディの変わりようは珍しくもないようだ。

「あ、いえ……その……少しだけです」

 医師本人は「得意」と言ったことはない。あくまでも経験があるだけ。中には、緊急時にやむを得ず……という、あまり思い出したくはない類のものもある。

「あの、そちらの方は?」

 眼前の表情にちらっと浮かんだ曇りを見て取ったフローラが、その点には触れず尋ねたのは、傍らに唖然として立ちすくんでいるもう一人のこと。やはり、なんとなく調子が狂わされているナユカが答える前に、その原因が代わりに紹介。

「あれはユーカ。彼女には……」リンディが何かを口走りそうな言い回しをしたため、危険を察知したフィリスがぴくっと動くが、本人が言い直す。「彼女は、あたしの友だち」

「こんにちは、ユーカさん」

 にっこりと微笑みつつ、先のような会釈をするフローラに、気持ちがふっと和んだナユカは、調子を取り戻して挨拶を返す。

「こんにちは、フローラさん」

「あの、こちらで扱われているのは、どのような種類のものでしょうか」

 店長の癒し効果はフィリスにまで波及し、その初期目的を思い出させた。

「ハーブ系の品々を、主に取り扱っております。よろしかったら、一通りご案内しましょうか?」

 癒し系でも店長であり、顧客確保はしっかりやる。もちろん、そんな打算のみではなく、親切心からだ。新規顧客は、うなずく。

「お願いできますか?」

「もちろんです。では、こちらから」

 フローラ店長がフィリスの案内を始めたところ……。

「じゃ、あたしも」

 ついてくる常連客に、ナユカのナチュラルな突っ込み。

「あれ、リンディさんはよく来るんじゃ?」

「え? ま……いいじゃない。復習ってことで」

 本当の理由はばればれなので、さらっと流す。

「そうですか」

 自分だけが残るのもなんなので、ナユカも案内についていく。かくして、四人が連なって、店内をぞろぞろと移動することとなった。


「これでいいかな……」

 説明と質問を店長と交わしつつ、必要なものを確保した後、もう一度ひとりで店内を巡ったフィリスが、今回購入する商品をそろえたところ、リンディが近寄ってきた。

「これで全部?」

「そうですね……。当面はこれで」

「じゃ、あたしが持つね」

 自分も買い物かごを持っているリンディが、フィリスのかごに手を伸ばす。

「え?」

「いいからいいから」

 半ば強引にかごを奪い取り、両手にかごを下げて意気揚々と会計へ向かう。

「あ、あの……」

 戸惑いつつ、あわてて追いかけるフィリス。すると、セデイターはふと立ち止まり、追いついたヒーラーに小声でささやく。

「支払いは魔法省だから、まかせて」

「え? ええ……では、まあ……お願いします」

 いいのだろうか……。まだ魔法省がこれらの代金を支払うような段取りにはなってないはずだ。ナユカに魔法全般が効かないことはまだ内密の段階である。いったいどういう名目によって魔法省に払わせるのか……。フィリスには疑問が残るものの、リンディがあまりにも上機嫌なので、冷静に駄目出しすることをためらってしまう。……まぁ、この場は立て替えてもらって、後で落ち着いたら清算すればいいだろう。

「そこで待っててね、ふふ」ご機嫌な荷物持ちは、いたずらっぽく笑ってそう言い残し、一路、店長が待つ会計台へ。そこに、かご二つを一緒に載せる。「じゃ、これお願い。領収書は別々で」

「いつもありがとうございます、リンディさん」

 にっこり微笑むフローラに、常客も満面の笑み。


 こちら、会計から離れたところに取り残されたままのフィリスに、ナユカが声をかける。

「元気だねぇ、リンディさん」

「そうだねぇ……」

 遠くからレジを見つめるヒーラーの傍ら、ナユカもそちらに目をやる。

「でも、ちょっと変」

「だよね……」明白に。フィリスの視線は、離れているリンディに釘付け。「店長さんに会ってから」

「なんだか、子供っぽいっていうか……」

 魔法にでもかかったかのよう……。不可解だと、異世界人はどうしてもそこを疑いたくなる。

「……そうなんだよね」

 医師の頭の中ではいったいどういうことなのか、分析が進行中。有能なヒーラーは、心理的ケアに関しても専門家である。ここで必要かは別にして、好奇心は抑えられない。すると、なんだか無邪気な声が。

「買ったよぉ」

 今まで聞いたことのないような声を出したリンディが、フローラ店長と話しながら戻ってくる。そこへ、別の店員から店長にお呼びがかかる。

「はぁーい」ふんわりと返事した店長は、一同へ例の癒しの会釈。「ちょっと、失礼いたします」

 店員のもとへ去ってゆくその姿を目で追う購入者に、恐る恐る声をかけるフィリス。

「あの、リンディさん」

「ん? なーに?」

 フローラから視線を切るのをためらうかのように、リンディはゆっくりと振り向く。

「もう一軒、行けませんか」

「もう一軒?」

 なんのこと? というニュアンス……。医師には、初期目的を思い出させる必要があるようだ。

「もう一軒は、マッサージ店ですよね? 無理にとはいいませんが……ちょっと必要なものがあるので」

「あ……ああ……うん。わかった」

 理解して決断するまでに少々の時間がかかったリンディは、店長のほうへ歩き出し、ナユカとフィリスはその後を追う。


「じゃ、行くね……」

 店員と話している店長に、リンディが横から小声で微笑みかけると、フローラは向き直って、微笑を返す。

「また来てくださいね。リンディさん」

「うん……」

 まるで、しばらく会えない恋人との別れ際のような返事だ。

「フィリスさんとナユカさんも、よろしかったら、またいらしてくださいね」

 リンディをさえぎってはいけないような気がしているふたりは、ほぼ同時に同じ簡潔な返事を返す。

「はい、また来ます」

「あたしが連れてくるよ。絶対来るから」軽く手を振る上得意。「じゃ、またね!」

 フローラ店長も一同に手を振り、何度となく披露された例の会釈をする。立ち去ろうとしている連れのふたりへ先に行くよう促しながら、常連客は名残惜しそうに店を後にする……。


 後ろ髪を引かれるようにフローラの店を去り、次の目的地へ向かい始めるとすぐ、リンディのため息が漏れ聞こえてくる。

「がんばって行きますか……」

 どうにか足を動かしている……。そこへ声をかけるのははばかられ、ナユカはフィリスに尋ねる。

「次って近いの?」

「地図ではそうだと思うけど……。ね、ねえ? リンディさん」

 自分もこの辺りには暗いので、沈んだ案内人に確認するしかない。

「うん……まぁ……わりと……」

 間延びした返答をしながら、重い足取りでふたりを追い越し……というよりも、ふたりのほうから追い越され、先導してもらう。

「荷物、私が持ちましょうか?」

 ナユカは、リンディがフローラの店で買った袋を指差す。もう一袋――現在フィリスが持っている袋――よりも小さい。医師は多種のものを少量ずつ買い込んでいたが、セデイターはいつも使っているものだけ。どちらもかさばりはするものの、重くはない。

「あ、ども」

 脱力したまま、リンディはナユカに渡す。フローラの店で買ったものだからといって、特にフェティッシュな感覚はないようだ……。それを見て、フィリスはほっとする。心中、心理分析の名目で様々な邪推をしていたことを申し訳なく思う。

「こっちのマッサージ店って、どんな感じ?」

 受け取った袋を持ち直しつつ、異世界人は、分析の暴走を反省中の医師に質問。

「あ。そっちにもあるの?」

「うん」

 店に行ったことはない。スポーツマッサージなら部活で教わったため、自分でそれなりにできる。

「そうなんだ。でも、魔法は抜きでしょ」

「そっか、こっちは魔法も使うんだ」

 改めて、ナユカはそのことを思い出す。そして、魔法世界の医師が説明を開始する。

「症状によって使う場合と使わない場合があって、医学的には使うほうが効果があるけど、そもそもマッサージ療法というのは、治癒魔法に過剰にさらされることを避けるために使われることから、魔法を使わないことを前提としているわけで、そうでなければわざわざそれをする意味がないから、使わないほうが多いかな」

 センテンスが長い……長すぎる。こういう難しい表現を聞かせられても、異邦人のセレンディ語の文法力では、混乱の一途をたどることになる。

「ふーん……」

 こういう反応を示すとき、ナユカのみならず、どの世界でも、たいていは途中から理解を放棄している。

「ま、行ってみればわかるよ」

 異世界人がわかっていないことがわかったリンディが、ようやく声を出した。店長との別れから気分が戻ってきたと見て、ナユカは少しほっとする。

「そうですね」

「でも、ユーカの場合はどうかなぁ?」

 同意を得た自説に自ら異議。こういうのは、言及先を不安にする。そこへ、フィリスが補足説明。

「ユーカには魔法が効くっていう感覚自体がないわけだから、見てもわからないかも……」

「わたしって、残念な存在なんですね、ここでは」

 この異世界人も言語表現がこなれてきたな……と思いながら、リンディがフォローする。

「まぁ、特殊なだけだよ。おかげで……なにかと助かったんだから」

「そうですね……」うなずいたフィリスが、ナユカを見る。「もしかしたら、何かすごいことができるかもね……」

「そうかなぁ……」

 懐疑的な異世界人に対し、医師はそうでもなさそう。

「そうですとも」

 確信があるのだろうか……。当てずっぽうなことを言うタイプではないので、ナユカの「体質」の活用法について、なにか専門家としての考えがあるのかもしれない。異世界人本人としても、なにか役に立てばと期待したくなる……。




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