3-3 医務室で情報交換
医務室には、ここの管理者であるオイシャノ医師と、その傍らには昨日と同じ看護師がいた。手が空いている様子の両者を引き離すべく、サンドラはそこへ近づかずに、ドクターのみを手招きする。
「今、患者はいる?」
「いえ、いません」
好都合だ。職員の健康に感謝。
「昨日の続きをするけど、準備はいい?」
「はい。では早速、個別診察室へいきましょう」
オイシャノ医師のトーンは、サンドラと同じ普通のトーン。わざとらしく声を潜めたりなどしないだけの、冷静な判断力は持ち合わせているようだ。看護師に昨日の続きをするからと、昨日同様、こちらに近づかないよう指示した医務室の担当医は、現れた五人全員を引き連れて診察室へ。
中にこもって、ドクターのかけたドアロックを確認してから、九課課長は早速、話を始める。患者が来れば中断を余儀なくされるので、あまりゆっくりしてもいられない。
「で、何かわかった?」
すでに話が通っており、聞かれた医師が即答する。
「はい、少しだけですが」
「進めて」
「はい。まず、医療データベースですが……」端末からアクセスを始めたところで、医務室の管理者がストップ。「あ、これは医師以外の方には、直接お見せできません。個人情報が含まれますので」
「堅いこといわないの」
リンディがわきに回って画面を見ようとしたところ、今回のお目付け役であるミレットがすっと立ちふさがる。
「いえ、それはだめです」
九課で留守番をせずに、わざわざ彼女がここまで出向いてきたのはこのためだ。実はサンドラも横から見ようとしていたのだが、リンディが静止されるのを見て知らんぷり。やはりミレット最強か。
「では、わたしに見せていただけますか?」
ここはやはり、「ダブルA」、すなわち、上級医師の資格を持つフィリスの出番である。この世界の医師たちにもあちらでの「ヒポクラテスの誓い」に似たものがあり、違いはあるものの、医療倫理の根幹部分では共通項が多く見られ、その中には患者のプライバシー保護も含まれている。ゆえに、医師が閲覧権限のある医師同士を超えて個人情報を漏らせば、処罰の対象になる。すなわち、この場でこのデータをそのまま見ることができるのは、オイシャノ医師以外には、フィリスだけ。ただし、管理者の許可なく勝手に閲覧することはできない。
「それは……ドクター・オイシャノが許可されるなら、その範囲内で可能です」
お目付け役を自任しているミレットでも、しぶしぶながら認めざるをえない。ここの管理者はオイシャノ医師である。
「フィリスさんには許可します」
ドクターはあっさり許可。もとよりそのつもりである。厳格に考えれば、許可するのは適切ではないが、すでに特殊な状況に巻き込まれている。そして、事前に九課課長からの「強い要請」があった。断ったら……やばい。
「『直接』が駄目なら、鏡でも持ってくればよかった」
それなら「間接」だろ、というリンディ。
「それでも、やはり『直接』に……」
まじめに反論しようとする管理医師を、課長が制する。
「あ、冗談だから無視して」
時間がもったいない。
「ありがとうございます。信用していただいて」
フィリスはオイシャノ医師に謝意を表して、データベースに向き合う。すると、管理医師が、上級医師にサングラスのようなものを渡す。現在、モニターはプライバシー保護モードに設定してあり、裸眼ではなにも読み取ることはできない。そのため、この一種の偏光グラスのようなものが必要で、これをかけることで表示された内容を閲覧することができる。
「結論から言えば、魔法がまったく効かないという症例はないのですが……ほとんど効かないというのは三パターンありまして……」オイシャノは端末の操作を再開し、データを検索し始める。「まずは、これです。これは、高齢で回復魔法がほとんど効かないというケースです」
「これですね?」
眼鏡をかけたフィリスが、画面を指差す。
「はい。個人名は非表示にしてあるので、ご了承ください」
偏光グラスをかけてもなお、それは表示されないということ。ここの端末の管理責任者であるオイシャノ医師が、魔法省所属ではない他の医師に見せられないのは当然だ。そして、個人名は必要な情報ではない。しかし、それ以外のデータを見せてもらえるのは、かなりの便宜を図ったといえるだろう。フィリスは、ずいぶん信用されているなと思いながら、表示されているデータを隅々まで見つめる。
「他の症例を見せていただけますか?」
「今、お出します」ドクターは、他五件の症例を出して注釈を加える。「最初にお見せしたケースと合わせて二件は、治療のために回復魔法を過度に使った結果、魔法耐性が極度に進行してしまったものの、ご高齢のため、元に戻らないケースだと思われます。このパターンは、他にもありますが、今は二件だけで」
まずは、オイシャノがクローズアップしたその二件を、フィリスが精査する。彼女には、魔法省における端末操作許可登録がされていないため、操作は管理医師にしてもらわなければならない。
「そうですね……かなりのご高齢ですから。わたしもそう思います」
魔法耐性というのは、魔法にさらされなければ次第に下がっていくものだ。しかし、高齢になると魔法耐性の戻りが悪くなってしまう――それが極端に出た例だ。基本的に、魔法に継続的にさらされて魔法耐性が上がれば、攻撃魔法を受けてもダメージを受け難くなるのだが、上がった耐性が回復系魔法へのものなら、同系の魔法や魔法薬も効き難くなる。すると、病気の治療時などには、使用する回復魔法や魔法薬の量が増え、それによってさらに魔法耐性が上がるという悪循環に陥る。その主たる原因は、初期段階での処方量の誤りである。
続いて、オイシャノは、別の二件を表示。
「残りのうち二件は、やはり極度に進行した回復魔法耐性が元に戻らないケースです。ご高齢ではありませんが、他の魔法への魔法耐性もかなり高いのが特徴です。病歴に重なる部分があるので、やはり、治療に関わることでしょう。ただ、すでに回復されています」
「病気の治療が終わってから、ほぼ五年で回復してますね……。他の魔法への魔法耐性が高かったことが、回復魔法への耐性に影響したのでしょうか……推測ですが」
実は、フィリスは上記二種類のような症例については、すでに知っている。とはいえ、専門的に関わったことはないので、詳細なデータを目にするのは初めてであり、それらは興味深いものではある。
「そうかもしれません。この件は症例が少ないのでなんともいえませんが……。それで、残りの二件ですが……」
「これは……少し違うようですね」
表示されたデータをさっと見て、オイシャノが言わんとしていることを理解したフィリス。
「何かおわかりになります?」
データを見ながら医師二名が沈黙していると、リンディが思いっきり伸びをして一言。
「ひま」
そのとおり。何も映っていないモニターをじっと見つめているのはバカみたいだ。これまでの医者同士だけのやり取りも、ただでさえ専門的な話なのに、表示なしではなにがなんだかさっぱりわからない。そこで、そろそろイラついてきているサンドラが、オイシャノ医師に注文をつける。
「個人を特定できる情報を非表示にしてくれる? それなら他のデータを見てもいいでしょ」
つまり、それらの情報を非表示にした後に、モニターにかけてあるマスキングを消すわけだ。これにより、偏光グラスなしでデータを見られるようになる。
お目付け役のミレットも、これには特に反対しない。さすがの彼女でも、こんなところにこもって無為に過ごしている状況は好ましくないと思っているのだろう。後方の課長へ振り返った管理医師は、すでにお堅いと認識している課長秘書が異論を唱えないのを見て、これはやばいと思ったか……。
「えーと、そうですねぇ……。少々お待ちください」向き直ったドクターが、データを注視しているフィリスに断りを入れる。要請された操作の間、待ってもらわなければならない。「あの……データを見たいとおっしゃってますが……」
「はい、わかりました。そうしてください」
こちらフィリスはあっさりそれに従う。自分としては見せてもらっている立場だ。それに、表示されたデータはもう頭に入った。
「そうですか。では……」少し待ってほしいと要望されることを予想していた管理者は、拍子抜けしつつも端末の操作を始め、個人名に加えて個人を特定できる画像並びに住所の仔細部分などを非表示にしてから、全体のマスキングを消去する。「それでは、ご覧くだ……」
「よしきた」
オイシャノ医師がセンテンスを終える前に、待ってましたとばかりにモニターに食い入るリンディ。現在モニターには、先ほど見られなかった三人のために、再度、最初のデータが表示されているが、医療データゆえに専門外の者にはよくわからず、すぐ醒める。
「ふーん」
なにがしかわかったかのように、うなずきながら見ているサンドラのほうはといえば、実のところ、何がわかっているわけでもない。わかるのは……
「ほんとに高齢だなぁ」
そう、それである。このリンディの感想に同じ。どちらも医療には疎く、しかたないので、専門的な部分以外を見るしかない。これでは、結局なんのためにごり押ししたんだか……。一方、専門家のフィリスが気にしているのは、表示されている件ではない。
「最後の二件ですが、データはあれだけですか?」
「あれだけです。残念ながら……」
もう一人の専門家も同様のようだ。
「そうですか。共通項は……負傷者で、怪我以外は健康体であり、最初から通常ありえないほどの高い魔法耐性がある……。魔法や魔法薬による治療が不可能だったため、非魔法系の治療法のみで、時間をかけて治癒させたと。あとは……強いてあげれば、女性であること。これだけではなんとも……」
データを見たときに気づいたことは、このくらい。何もないに等しい。
「ただ、年代がずいぶん離れてましたね……。極めてまれなケースなんでしょう」
いちおうこのオイシャノ医師も見るべき部分はしっかり見ている。専門家たちが思案している中、門外漢のリンディが興味を持つ。何にせよ、謎解きはおもしろそうだ。
「どれとどれ?」
「今、出しますね」律儀にも、素人のために、それらを改めて表示させる管理医師。「これとこれです」
すると、データを目にしたリンディが指摘する。
「……出身地が近いね」
「え? ああ……そうですね」
ふいを突かれたフィリス。それには気づかなかった……。専門的な医療記録の部分など大胆にスルーした素人だからこそ、すぐに気づいたのかも。
「関係あるの?」
質問したサンドラも、リンディと同時にそのデータを見始めたのだが、それを指摘するには至らなかった。彼女と違って、よくわからない医療記録部分にまで目を通したからだ。……役職という責任と体面に囚われたせいかもしれない……もっと無責任になるべきだったかも……などと、妙な反省が課長の心中をよぎる。
「えーと……どうなんでしょう。なんとも言えません。せめて、もう一件くらい同様の症例があればいいんですが」
フィリスの答えは心もとないもの。事実そのとおりなので、やむを得ない。
「残念ながら、ここにはないですね……」
語尾は緩やかでも、管理医師は確信している。するべきことはきっちりやっている……。すると、リンディが後ろを振り向く。そこに、同様の「症例」がいる。
「ね、ユーカ。自分が、どこで生まれたかわかる?」
「あ……。いえ……それは、まったく……」
まだ字の読めない異邦人は、これまでなにもすることがなく、せいぜい邪魔しないようにと最後尾で気配を消していたので、久しぶりに声を出した。モニターの表示内容を専門家二名だけしか見ることができなかったときはよかったが、全員がそれを閲覧できるようになってからは、ひとり内容のわからない異世界人は、いつの間にか自分だけが取り残された感覚に陥っていた……。今、やっと地上に戻ってきたような気分だ。
「なにか……手がかりとか……?」
最初は流れで質問したものの、今になってリンディは、子供の頃の記憶がないナユカにそれを尋ねることに気が引けてきた……。少し間が空いて、考えていた本人が答える。
「……それなら……少し気になることがあって」
「気になること?」
よかった、あって。……ほっとする質問者。何もなかったら、自分が無神経みたいに思える……。
「風景が……夢の中のことなので、現実かわからないんですが……もしかしたら記憶なのかな……って」
ナユカにとって、セレンディー語は夢の中の言葉だった……。それが実在する言語だったということは……すべてが現実に存在することもありうる……。リンディは質問を続ける。
「どんな所?」
「山があって……というか、山に囲まれていて……あとは……そうだ。広場に石の柱があります」
「塔みたいな?」
そういう大きなものなら、どこかわかるかも……。しかし、聞き手の期待はすぐに本人に否定される。
「塔っていうよりも、柱ですね……そこまで高くないので」さりとて、なにを支えているわけではなく、全体的に加工され、先端が細くなっているので塔のようでもある。「それが五本、広場の真ん中に丸く……」
「石柱が、丸く?」
サンドラのレーダーに、何か掛かったか? 質問者が交代。
「あ、つまり真ん中を囲むように立ってます」
「中心を囲んで……ね。他には?」
「他にですか……」
それほどはっきりとしたヴィジョンが、ナユカにあるわけではない。思い出そうにも、全体に靄がかかっている感じだ。
「その石柱の特徴は何かある?」
「そういえば……」具体的な質問をサンドラから受け、ナユカはなにかを思い出した。「赤いクリスタルを埋め込むところがありました」
「ふーん……」
何かに思い当たりそうな表情をしている質問者に、前の質問者が期待を込める。
「何かあるの?」
「そうだねぇ……」思わせぶりに引っ張ってから、サンドラはけろっと答える。「それがさっぱり」
残念すぎる落ちに、リンディはがっくり。なんだか、こういうのが多い気がする。
「あのねぇ」
「まあ、いいじゃない。わりと特徴的なものが出てきたんだから。あとで調べましょ」
「はいはい」
肩をすくめるリンディ。そこへ、オイシャノ医師が恐る恐る割り込む。
「あの……そろそろ時間のほうが……」
「そうね」サンドラは時計に目をやる。患者が来ない限り問題はないとはいえ、あまり長引くのもよくない。ナユカの話は後でもいいだろう。「これでデータは全部?」
「現状で出せるデータはこのくらいです」
「そう。ご苦労様」管理医師をねぎらって、課長は秘書を見る。「こっちで集めた情報をさっと話してあげて」
ミレットが先の神話のことを、ごく手短に説明。そして、オイシャノ医師の反応は……。
「うーん、私の専門外なので、なんとも……」
予想通り。長く話しても無駄なので、手短で正解だった。
「そ。ま、医療記録と接点はないかな」さらっと流して、サンドラはリンディに視線を向ける。「あなたは何か調べた?」
「えーと、あっははー」
ここに来るまで、なーんにもしてない当人は、笑って誤魔化すのみ。
「なしってことね」
「ま、そうなるかなー」
リンディは目をそらして、あさっての方向を見る。すると、フィリスが申し訳なさそうな声を出す。
「すみません。遊んでました」
「あ、いいのいいの。『独自のルート』なんて、都合よくあるもんじゃなし。あっても今の状況じゃ、聞くこともあまりないからね。無駄なことして足がつくよりも、何もしないほうがいい」
課長は「独自のルート」という言葉を口にしたことを覚えている……。ということは、何か思い当たるものがあったのだろうか? 実際、本人は「姉」という独自のルートを使って、有用な情報を入手している……。フィリスには、この人がまだ読めない。ただ、やり手というのは間違いないだろう。
「……リンディさんも、そうおっしゃってました」
「そう? さすがわたしの教え子」
サンドラの弟子になったことはない。リンディが抗議。
「誰が教え子?」
「あれ? 違った?」
「特に何も教わってないし」
「なんだよ、忘れっぽいな」
肩をすくめるサンドラ。
「覚えてるっつーの」この応答に、周囲の人間が心中で突っ込みを入れている中、リンディは話題を転換。「……そんなことより、これからどうするの」
そんな反応に満足げな課長が答える。
「とりあえず、『クスノキ=ナユカには記憶遡行魔法が効かない』と、上に報告します」
「報告するの?」本気か、という表情をしたが、すぐに気づくリンディ。「あ、記憶遡行魔法に限定するんだ」
「『特別な問題』として、九課が権限を得るには、それで十分」
もとより「特殊対策課」である。
「ふーん、そんなもん?」課長の言うような、お役所的な事の進め方は、フリーのセデイターにはよくわからない。そして、この九課は、違った意味でよくわからない。「で、報告はあの部長に?」
「そう。すぐ上の」
魔法部長のこと。サンドラからの伝聞で、リンディも少しだけ知っている。顔も見たことはある。
「典型的な役人なんでしょ。使えるの?」
「別に使わない。書類にサインさせるだけ。あとはこっちで勝手にやる」九課課長の意図は明白。「とにかく、うちらが権限を得られる最小限の情報だけを与える。ああいう役人は、余計なことを報告されるのは嫌がるから、向こうはそれで満足。特にイレギュラーなことは聞きたがらない」
「そんなもん?」
「そんなもんよ。考えるのが面倒なんじゃない?」
「……どこでもそうですねぇ」
上級医師が苦笑。病院勤めの頃に、少々思い当たる節がある。
「そのほうが都合のいい場合もあるんだけどね」サンドラはフィリスに目配せ。今の状況で上から細かい指示があると、邪魔なだけ。「あと、何かここで話すことある?」
全員を見回す。
「そうだ。これは確認しておかないと」フィリスが、オイシャノ医師に向き直る。「ここでは、非魔法系の医療はどの程度できますか?」
「それは……正直、あまり充実していないと言わざるを得ません」軽く首を振りつつ、率直に答えた管理医師。「非魔法薬をお出しする程度です」
「そうでしょうね。非魔法系は基本的に民間療法になりますし……」上級医師は居住まいを正し、ナユカに正対する。「身体には気をつけてください。特に怪我をしないように。お願いします」
切実な要求であるにもかかわらず、改まって言われると、少々、陳腐にものにも感じてしまう……。しかし、異世界人はその勢いに気圧される。
「は、はい」
「そんな怖がらせなくても……」
リンディのつぶやきを耳ざとく聞いたフィリスが、鋭い視線を送る。
「もちろん、少々のことなら何とかなります。いえ、何とかします。でも、大事になると……」その先は言いよどみ、ナユカに再度向き直ると、その手に軽く触れる。「だから、お願い、ユーカ」
「うん、わかった。気をつける」
真剣さを感じた異世界人は、大きくうなずく。ただ、その意味を本当に実感するのは難しい――治癒魔法の効かないという意味を。
「あの……非魔法系治療のご経験はどの程度まで?」
ふたりに割って入ることに気を使いつつ、オイシャノ医師がフィリスに質問。ここのような医療施設ではあまり使う機会のない非魔法系治療でも、医師の資格があるヒーラーなら、フィールドなどの現場での経験があるかもしれない。
「少しは……その……心得はあります」
あまり話したくないのか、低めのトーンでぼかし気味に答えた上級医師に対し、医務室の管理医師は、対照的なはっきりした口調で素直に感心する。
「すばらしい」
「ちょっと……必要なことがあったので……」ぼそっと口にした後、詳細を避けたいフィリスは、トーンを上げてすべき話題を持ち出す。「ところで、この近くに民間療法関連の店ってあります?」
「公式によく利用する店なら、一軒あります」
魔法省のドクターの答えを、リンディが上書き。
「あたしは二軒知ってる。あとで教えるね」
この少し無謀なセデイターは、使いすぎによって魔法薬の効き目が落ちるのを避けるために、非魔法薬の店をよく利用している。そして、そこへサンドラが上乗せしてくる。
「この辺りには三軒くらいあったんじゃない? 確か」
「もしかして、あそこも入れてる? あれは怪しすぎるでしょ……。行ったことあるの?」
あの店は、見るからに怪しい。入ったこともあるが、いろんな意味で怪しい。思い出しつつ、リンディは眉をひそめる。
「通りかかっただけ」近頃、外で戦闘などというものをめっきりしなくなっているサンドラには、利用する機会がない。「売ってるものはどう?」
尋ねながらも、必要なときは魔法薬を使えば事足りる自分が、戦闘三昧のセデイターに負けている気がしてなんとなく悔しい。
「やっぱ怪しい」使ったことないから、雰囲気だけど。「ま、フィリスが見ればわかるか」
「ええ、たぶん」
実際、フィリスは、民間療法は「怪しい」と見なされることが多いことを知っている。しかし、それらの中にも有用なものはたくさんあり、それらが軽視されるのは残念なことだとも思う。ただ、聞く限り、この店には思いもつかないような怪しさがありそう……。
「それじゃ、あたしが全部案内してあげる」
「お願いします」
店にはリンディが連れて行くということで決まり。なぜか、案内人は喜んでいる。そんなにその店に行きたいのだろうか……?
「他には何かある?」そろそろここでの密談を終えるべく、改めてサンドラが一同を見回す……どうやら、特に何もないようだ。「では、九課に戻りましょう」
「後のことは、よろしくお願いいたします」
ミレットがオイシャノ医師に一礼すると、九課課長が付け足す。
「今の意味、わかるよね」
医務室の管理者は、ごくりと息を飲んでうなずく。これはもう完全にまずいことに関わってしまったようだ。いや、まずい人というべきか……。これから、ちょっとした作業――すなわち、隠蔽作業――の必要な管理医師は、ドアを開けて、診察室から自分以外の全員を退出させると、ひとり、自身の判断が正しいことを己に言い聞かせる……。




