3-2 イケメンセデイター
少しだけ眠ってリフレッシュしたリンディは、「独自のルート」というのを考えてみた。そもそも、新たな情報を探索するにしても、省外の者が魔法省のデータベースにやたらに痕跡を残すのははばかれるので、その辺りはサンドラとミレットに任せるしかない。だからこその「独自のルート」なのだが、そんなものなど特になく、思いつくのはせいぜい知人に聞くことくらい。とはいえ、当面は内密にしている状況であって、そう大っぴらには動けないし、もとより、そんなに有用な情報源は残念ながら思いつかない。実のところ、彼女にとって最も有用な人脈は、当のサンドラだろう。
一方、フィリスの場合は、正規の医者ゆえに、本来なら医療用データベースを閲覧できるのだが、ここではアクセス権限がないため、他の医者を通すしかない。現状で都合のいいのは、すでにこちらのことにある程度関与しているオイシャノ医師だけ。とはいえ、後ほど行くことになっている医務室に入り浸って怪しまれるのも得策ではないし、現在、彼女は公的な役職についているわけではなく、残念ながら魔法省において、ここの医者ほど自由に動くことはできない。
そして、当の異世界人ができることについては、残念ながら言うに及ばず。というわけで、じたばたしても仕方がないので、リンディとナユカは、気晴らしに建物を出て近所を散策することにした。フィリスは、魔法省付属病院へ友人の魔導士ニーナの様子を見に行くため、ふたりとは昼食前に合流することにする。
ここでの土地勘がまったくない異邦人は、もっぱら休憩を決め込んでいる魔法省常連に連れられるまま、刻限まで、目的もなくその辺をぶらつく。適当に店に入ったり、公園に立ち寄ったり……。ただ、この世界での見聞を広めるという点では、有用な時間にはなっただろう。その後、ふたりはフィリスを加えて昼食をとり、約束の二時前に九課に入る。
課内には、サンドラとミレット、加えて男のセデイターがいた。少しばかり気取っている彼は、入室してきたブロンドのセデイターにすぐ気づいて、声をかける。
「やあ、リンディ君」続いて、その後方のふたりに視線を向ける。「そちらは?」
「ちょっとした関係者」
リンディはそっけない。
「Aランクをやったんだって? 相変わらずやり手だね」
誰から聞いたのだろう……? セデイターは課長と秘書を交互に見る……両者とも特に反応はなし。そこから聞いたわけではないようだ。……まぁ、特に隠している情報ではないので、データベースを見ればすぐわかることではある。ただ、こいつが早々にそれを知っていることが気に食わない……。その姿を上から下までざっと見ると、いつもどおり爽やかにきめているのが、否が応にも目につく。
「そっちは相変わらず……まぁいいや。……で、今日はなに?」
「ちょっと依頼を受けに。最近、閑古鳥で」
肩をすくめて苦笑するセデイターの男。
「そう?」
疑わしげなブロンドのセデイターに向け、男はさわやかに笑う。
「あはは。君ほど有能じゃないで」
「ご謙遜を」
「いやいや。ところで、今度……」
この男がろくでもないことを口走る前に……と、リンディが機先を制する。
「最近忙しくて」
「君はいつも忙しいねぇ」皮肉めいて聞こえる言い回しだが、この男が口にすると、嫌味には聞こえない。いちおう空気は読めるようで、今、この場には自分がお呼びでないというのはわかっているらしい。「えーと、それでは……失礼するかな。では、また」
「またね」
リンディのかぶせ気味の別れの言葉に追われるかのように、セデイターの男は課を後にする……名残惜しげに一回振り向いて。
「ちょっとかっこいい人ですねぇ」
去っていったセデイターへのフィリスの感想。
「あれが?」
まじかよ、という雰囲気のリンディ。
「そう見えますけど?」フィリスはナユカに同意を求める。「ねえ」
「うん。それなりに」
とりあえず、外見については異世界人は素直に同意。美意識の点で、フィリスと大きな齟齬はなさそう……。
「ふたりとも、視力検査したら?」
こちらの、フィリスと同世界人は趣味が違うらしい。それはさておき、この発言は、サンドラになにかを思い出させたようだ。
「そうそう、検査といえば……リンディ。あなた、耐魔力……」
「げほんげほん」検査嫌いのわざとらしい咳払い。とてもわかりやすい。「時間ないでしょ、ミレット」
「はい、時間の余裕はありません」
小言回避の言い逃れだと秘書にはわかっているが、実際、時間がない。だから、さきほど、結果的にリンディがあのセデイターを追っ払ってくれたことは、スケジュールを管理する秘書としては助かっている。そして、今、本人も助かった。
「……だってさ」
「じゃ、まぁ……まずは……」
仕方なくサンドラが始めようとすると、今度はそのリンディが待ったをかける。
「その前に、あいつなんで来たの」
例の「ちょっとかっこいい」セデイターのこと。課長が答える。
「本人が言ったとおり、依頼を受けに」
「それだけ?」
なら、いいのだけど。
「それと、あなたを口説きに」
「それはいいって」リンディの声が上がる。「あたしが聞いてるのは……」
そのことじゃない。まったく、あいつは懲りずにいつも……。
「こっちの件とは無関係」
「……ならいいよ」
リンディの納得を得て、サンドラは一気に説明進行。
「じゃ、段取りね。これから全員で医務室に行きます。そして、『ユーカさんが再度、記憶遡行魔法を受ける』という名目の下、個別診察室にしばらくこもります。その間にオイシャノ医師の協力で医療データベースを使い、情報を取得。終わったら、わたしが上に適当な報告をするので、指示があるまでミレット以外の三人は連絡の取れる場所で待機。詳細はむこうで。では、行きましょう」
というわけで、五人そろって医務室へ出向く。よって、九課はまたも無人となり、ドアに「準備中」の札がかけられる。本来誰かが残っているべきなのだが、ここ数日間の諸事情によって、やむを得ずそうなってしまう。具体的には、連絡の取れない職員たち――出てこない奴と出たっきりの奴がいる。もともと何をやっているのかわからない課という省内の評判なのに、これではますますその立場が悪くなりそうだ。セデイト関連を扱うようになって、ようやく多少の地歩を固めたにもかかわらず、「準備中」を連発していては元も子もない。とはいえ、今、行っているのがある種の隠密行動であることを鑑みれば、できるだけ少人数で秘密が保たれるのは都合のいい状況だともいえるのだが。
「九課って他の人も来るんですね」
医務室へ向かう途中の、ナユカの言いようだと、まるで九課が陸の孤島のよう。しかしながら、用がなければ省内からは人が来ないのは事実で、通常、あそこへ来るのはセデイターくらいのもの。ということは、さほど間違っていないのかもしれない。
「そりゃそうだよ。セデイターはあたしだけじゃないもの」
「そうですよね。初めて他のセデイターさんを見ました」
いまだ一般の認知度が低いセデイターに、それと知って会う者はまだ少なく、同業者やセデイト対象者に関係する者たちくらいだ。この世界に来たばかりで彼らに会ったナユカは、特殊な運の持ち主なのかもしれない。
「まぁ、数は少ないからね。だから、いつもあの課は閑散としてる」
セデイターの発言を受けて、課長がぼそっとこぼす。
「そう。あなたがいないとさみしくって」
「そ、そう?」
ちょっと照れたリンディへ向け、これ見よがしに口角を上げるサンドラ。
「やっぱり、からかう相手がいないと」
「……そういうやつなんだ、忘れてた」
眉間に手を当てるリンディの隣で、サンドラはくすっと微笑む。そこへ後方からミレットの声。
「課長は、リンディさんがいると楽しそうですね」
「ミレット……」
振り向いた課長は、背後から刺されたかのよう。
「すみません。余計なことでした」
言葉とは裏腹、勝った秘書は内心ほくそ笑んでいるのだろう……。ナユカは納得してうなずき、フィリスは声を抑えて笑っている。どうやら、ミレット最強が確定したところで、医務室に到着した。




