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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
三章 魔法省三日目(情報、民間療法、仕事)
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3-1 神話の断片

サンドラの姉に関して、数行の加筆訂正をしました。


 翌朝、始業の半時前、予告どおり、サンドラがミレットとともにリンディたちの部屋を訪れた。見れば、三人は朝の身支度をほぼ終えており、辛うじてリンディ自身もその中に含まれている……。出迎えたフィリスに聞いたところ、全員、魔法省の食堂にて朝食を済ませたらしい。あの食い意地が食事を抜いて機能するべくもないので、どうやら打ち合わせはできそうだ……と思って、本人を視界にとらえたとき、九課課長はその考えに疑念を抱いた。


「おはよう。目、覚めてる?」

 奥のソファでグデッとしているところへ、サンドラから声をかけられたリンディは、ぼーっとしながら声の主を見る。

「おふぁ……」大あくびで、朝の挨拶は言い切れず。「もう、ばっちり……」

 すでに挨拶を交わし終えている他二名とは、かなり違う状態。食べ始めたら目が覚め、食べ終わったら眠くなったということ。

「ま、いいでしょう。始めるね」

 サンドラはリンディに立つようにジェスチャーをし、ダイニングセットのほうへ向かう。

「なに、そっちなのぉ」

 面倒くさそうに立ち上がろうとしているセデイターに、課長は小脇に抱えた薄い石版状のクリスタルを見せる。

「これがあるから」

「……なんか、わくぁっ」あくびを抑える寝ぼすけ。「……たわけ?」

 ゆっくり立ち上がり、のろのろと移動開始。しんがりがやっとのことで席につき、全員そろってから、課長が切り出す。

「では、まず、昨日調べてわかったことから」

「……あるんだ」

 成果を期待して少し目が覚めたセデイターが、前へ乗り出す。テーブルの真ん中にはサンドラが持ってきたクリスタルの石版がすでに立てられている……ということはそこへ表示すべきなんらかの情報があるのだろう。

「いや、全然」

 サンドラの全否定に、リンディはがっくり。

「なにそれ」

 せっかく目が覚めたのに、どうしてくれる? 眠ってやろうか。

「異世界と魔法の無効化に関して……魔法省の記録には、なーんもない」

「しょーもない」

 前傾を解いたリンディは、背もたれに寄りかかる。……テーブルの上にあるそれは、オブジェかよ。

「で、しょうがないから、昨日は帰った」

「あのねぇ……。それじゃ、この早起きは無駄じゃないの」

 虚無感しかもたらさない報告に、ねぼすけはため息をつく。普段は遅い朝を迎える――いや、時としては迎えない――このセデイターにとっては、たいしたことない「早起き」でも苦行だ。

「あの、どこにもないんですか?」

 そこへ、フィリスが入ってきた。

「魔法省に、明白なものはないね」再度否定したサンドラが、意味ありげに、にやっと笑う。「……ということは?」

 質問を返されて、考える。

「……今回が初めてのケースか、あるいは記録が抹消ないしは隠蔽されているか、または、どこか他にある……ということでしょうか」

「それそれ」

 答えに満足げな課長に、フィリスがさらに尋ねる。

「抹消や隠蔽の痕跡はありましたか?」

「そういうわかりやすいものは見つからないね、さすがに。それで、帰りに図書館に寄ったわけ」

「図書館ですか?」

 なんでまた、と言いたげなフィリス。魔法省にない非公式な記録が、原則公開の図書館にあるものだろうか? 

「で、おもしろいものがあった」

 サンドラがミレットに目配せすると、秘書の唇からかすかなささやき声が漏れ、立てかけてある板状のクリスタルに文字が表示される。これは、秘書が会話の間にすでに接続しておいた小型の情報端末から出力されているもので、このクリスタル板はモニターとして機能している。情報端末への入力は、この世界では一般的に音声入力であり、声を登録してあれば、周囲の人に聞こえないような小さな声でも操作することができる。どこかの戦闘用ロボットのように絶叫して入力するようなものとは違って、周囲に迷惑はかからない。ただし、パスワードのような公にできないものには、読唇術対策として、念のため口元を隠す必要はある。

「なにこれ? お話?」

 ちらっと見たリンディは怪訝そう。

「これは神話。断片だけどね。ま、ざっと読んでみて」

 課長から促されたものの、気乗りしないセデイター。

「めんど」

「まぁ、そうだろうね。長いし、断片だし、こういうのは……」サンドラは言いかけてやめる。「ともかく、これには気になる言葉が出てくるわけさ」

 モニターに集中していないリンディの傍ら、フィリスはすでに黙って読み初めている。

「どんな言葉ですか」

 読めなくても、言葉には興味のあるナユカが尋ねてきた。

「それはここの……」サンドラはスクリーン上のその部分を指差そうとしてやめる。「あ。まだ読めないんだっけ」

「はい。これから覚えます」

「そっか。偉いね。読めても読まない人とは大違い」

「読んでるよっ」

 当てこすりに反応したリンディも、いちおう目を通しているようだ。

「あぁ、それは失礼」

 冗談めかしてわびたサンドラに、今度はフィリスからのリクエスト。

「あの、少しスクロールしていただいてもよろしいでしょうか」

「あー、はい」課長は、いちおうもう一人の読者にお伺いを立てる。「いい?」

「ちょっとだけなら」

「じゃ、少しね」フィリスに答えてから、課長は秘書に指示。「スクロールして、ミレット」

 その操作に、リンディから待ったがかかる。

「あ、行き過ぎ」

「ちょっと戻して、ミレット」

 サンドラは、せっかく読む気になっているセデイターの邪魔をしないようにと気を遣っている模様。

「あの、さっきの『言葉』というのは……?」

 そこへ、ナユカが先ほどサンドラが言いかけたことをことを聞いてきた。

「『言葉』? ああ、それそれ。それは……」

 話そうとしていると、リンディの声。

「ねえ、サンディ。お茶ー」

「ああ、はいはい。お茶ね。カップは……」手をリンディのカップに伸ばそうとして、サンドラは、はっとする。「ご自分でどうぞ」

「なんだ、入れてくれないんだ……残念。なんでもやってくれそうな雰囲気だったのに」

「やりません」きっぱり否定した課長は、ナユカの視線に気づく。「あ、その……絶対入れないとかそういうことじゃなくってね……」

 別に上司面しているわけではないとかいう言い訳を始めようとしている九課課長だが、異世界人にはなんのことかわからない。

「は?」

「これでもわたしは、お茶を入れるのは得意で……」

「いえ、あの……『言葉』の話は……?」

 ナユカの突っ込み、ではなく、継続中の質問に、サンドラはパンと手を叩く。

「そうそう、それそれ。それはね……」

「あの……スクロールを……」

 フィリスがすまなそうにリクエスト。ガクッとするサンドラ。

「はい、ミレット。スクロールね」

「あ、サンドラさん。わたしが直接ミレットさんにお願いしますから、話を進めてください」

 もとより、フィリスは秘書に頼んだつもりだったのだが、もっぱら混乱を深めている課長が代わりに反応してしまった……。結果的にではあるが、話の進行を促したフィリス自身も、実はサンドラが話そうとしている内容が気にかかっている。自分がここまでざっと読んできて気になっていることと重なっているか、確認したい……。

「そうしてくれる?」

 雑用の一つから解放された課長は、疲れたかのように、ふうと息を吐く。……これでやっと進行できる。すると……。

「サンディ、お茶まだーぁ」

 リンディの間延びした声。もちろん、冗談である。わかっていても、サンドラは脱力。

「あのな」

「課長、あまり時間がありませんが」

 ついに、ミレットから冷静に諭された。始業前にこの「密談」を片付けるために集まっているのに、これではまるで意味がない。

「はい。今すぐ話します……」九課課長は、一回深呼吸。これで、どうにか落ち着きを取り戻した。「さて、気になる言葉だけど……」

「『魔法が効かない』とか『異世界』ですね」

 フィリスが先回り。正直、焦れていた。また茶々が入ると困る。そして、打ち合わせ開始時に焦らしたサンドラは、結局、自分の口からそれらをご開帳できず。

「……そう、それね。もう読んだ?」

「それらが書いてある部分は、目を通しました」

 ざっと、だが。

「で、どう思う?」

「そうですね……。確かにユーカの状況と合致するところはありますが……」

「そうなの?」

 まだ文章が読めないので聞くしかない本人にうなずいてから、フィリスが問う。

「それにしても、これの出所はどこなんですか?」

「図書館」

 リンディが口を挟んできた。しかし、そういうことではない。質問者はそれをスルー。

「でも、断片ですから……神話研究書からの抜粋のような……」

 魔法のおかげで、この世界では物理的な資料をデータ化するのは難しくない。いちいちタイピングしたりはせず、読み上げるか、専用の光系魔法でページをスキャンしてゆく。特に後者は、高度な特殊魔法であり、使うことができるのは、それが必要な専門家くらい。図書館司書はそれに含まれる。

「専門の研究機関の研究資料なんだよね」

 課長から出所は明かされたものの、聞いた側には入手経路が気になる。

「そんなものがどうして?」

 それにはサンドラは、答えないまま。フィリスも、好奇心で聞いただけなので、あえてそれ以上の追求はしない。すると、リンディが代わりに答える。

「サンディのお姉さんだね」

「……まぁね」

 課長はぶっきらぼうに肯定。……別に隠しているわけではなく、積極的に言わないだけ。その姉は、ここ第二首都にある国立図書館の主任司書をしているので、表に出ないものも入手できる。

「道理で、あたしも知らないはずだよ」

 この神話をリンディは聞いたことがない。たいてい、魔導士は主だった神話なら多少なりともかじっている。それらは魔法使用時のインスピレーションになるからだ。頭に具体的に残っているかは別として。

「あ、そっか。あなたもいちおう魔導士だもんね」

 サンドラの言い回しがリンディには引っかかる。確かにセデイターも魔導士に入るが……。

「いちおうってなにさ?」

「失礼。それなりに、魔導士だから」

「どうせあたしは……」

 からかいに怒りそうなものだが、逆に静まるリンディ。

「いじけないの。十分魔導士だよ」

「……もういいよ」どうしても余計な冠を付けられる。「『いちおう』、『それなり』だから、神話なんか全然知らない」

「あらら。しょうがないな、すねちゃって」いまや時間がないことを自覚しているので、不貞腐れた魔導士をそのまま放っておいて、先に進めるサンドラ。ただ、短くフォローはしておく。「リンディが知らないのも当然で、この資料はお蔵入りになってたわけ」

「というと、隠蔽されていたと」

 両者のじれったいやり取りが終わるなり、フィリスが戻ってきた。

「それとも、ただ単に無視されていたとか……ばかばかしいってことでね。または、だれかのでっち上げ、あるいはただの創作物……。現時点ではなんともいえないね」

 情報を持ってきた本人も、この段階だ。

「じゃ、結局何もわからないじゃん?」

 セデイターは、まだ少しとげとげしい。

「そういうこと」

「なら、この時間はなにさ。無駄でしょ? 寝てればよかった」

 結局、リンディはそれ。

「そうでもない」

「なんでさ?」

「目が覚めたでしょ?」

 にやっと笑うサンドラ。すると、ミレットからタイムリミットが通告される。

「そろそろ九課の始業時間です」

「そういうわけ。引き続きこっちはこっちで情報を集めるから、あなたたちも独自のルートとかがあったら、当たってみて」課長は、この場をお開きにするべく、席を立つ。「そうそう、午後二時くらいに、ユーカが例の記憶遡行魔法を再度受けるっていう『設定』になっているから、その前に課に来てね」

「設定?」

 不審がるリンディ。

「実際にはやらないってこと。詳細は後で」

「はあ」

 よくわからないので、異世界人は生返事。フィリスは聞き返す。

「後で、ですか?」

「時間なくなったから……」なぜか時間がなくなった。なぜだろう。余裕あるはずだったのに……。その疑問は飲み込むサンドラ。「ま……あとのお楽しみってことで」

 小型端末とクリスタルのモニターを手早く片付け、課長と秘書は足早に出口へ向かう。


「サンドラさん、大忙しでしたね」

 ふたりを見送ったドアの内側で、ナユカが微笑む。

「そうだったねぇ……いつもと違って」

 踵を返してリビングへ向かおうとするリンディに、フィリスが質問。

「違うんですか?」

「いや、いつもは……なにやってるか、よくわからないんだよね」フリーランスのセデイターに、公務員の中間管理職の仕事はよくわからない。「多分、なんか悪事を……」

 冗談めかして悪口を続けようとしたところ、ドアにノックの音。後方のフィリスが返事して開けると、そこには……。

「ちょっと言い忘れたことがあってね」サンドラの視界には、フィリスとナユカの後ろであたふたするリンディが見える。「ん? どうしたの?」

「いや、なんでも……で、何?」

 落ち着かない一名に目をやりつつ、三人に課長が通達を出す。

「ああ、時間までは自由にしてていいってこと。別に建物を出てもいいよ。こもりっきりなのもなんだから」

「それだけ?」

 妙にせかすリンディが気になるが……。

「それだけ。じゃ、また後で」

 まさにそれだけ言い残して、サンドラは部屋を退出。リンディはドアに張り付いて聞き耳を立て、陰口の対象が部屋から離れたのをしっかり確認する。

「あー、びっくりした」胸を撫で下ろす。悪口を察知する能力でもあるのかよ……。「えーと……続きは、また今度ね」

 陰口に続きがあるのかは不明だが、リンディはそう言い残し、寝直すために今度は寝室のほうへと引っ込んでいった。




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