第6話
どれくらい時間がたったのか、それすらわからない程に二人で
何度も何度も剣と魔法を使ってフェンリルに攻撃していると、
突然、
『人間よ、それではいつまで経っても
我を倒すことはできないぞ』
「えっ?」
「フェンリルが喋った?」
「喋ったというか脳に直接語りかけてきてる感じだな」
『そうだ、人間の脳に直接語りかけてるのだ』
二人は剣や魔法を当てるのをやめて、
首だけだしているフェンリルをじっと見る
「どうなってるんだ?」
「なんか突然話しかけてこられて、どういうこと?」
二人がまだ混乱していると
『貴様らには手を出さないのは約束しよう。
とりあえず扉を開けてくれないか?剣や魔法は
気にならないが、首に扉が挟まってるのが気になってな』
「ほ、本当に私達には襲いかかってこない?」
フェンリルの目を見ながらティエラが恐る恐る問いかけると
『ああ、我を信用しろ。それに初めてこのダンジョンの
最深部まできた人間達に敬意を表して、我からも話しがある』
「レン、どうしよう…」
「話しができるってことは、もとよりフェンリルが
その気になったらいつでも俺たちを殺せたんだろう。
それが話しかけてきたってことはまぁ大丈夫なんじゃないか?」
自分を納得させる様に言うと、レンはレバーを上げる。扉
がゆっくり左右に開いてフェンリルが
首を左右にブルブルと振ってから二人を一瞥し、
『とりあえず奥の部屋に来い。話はそこでしよう』
言われるがままにフェンリルに続いて二人が
ボス部屋にはいると、背後で音を立てて扉が閉まった。
『さてと、まず我のことだが、貴様らが想像している通り、
このダンジョンの最深部にあるボス部屋の
ダンジョンのボスの神獣フェンリルである』
「「神獣?」」
初めて聞く言葉に二人顔を合わせ、
「その神獣フェンリルがなんで俺たちを殺さず、
しかも話し掛けてきたんだ?」
目の前にいるフェンリルに負けじと
下腹にグッと力を入れてレンがフェンリルの
目を見ながら言う。
『その前に、人間よ。この世界にあるダンジョンは
どういう目的で作られたのか知っておるか?』
「そんなこと、考えたこともなかったわ」
ティエラが代表して言うと、
『ダンジョンは神が作った試練の場なのじゃ』
「「試練の場?」」
神獣、試練の場と聞いたことがない言葉が続いて、
困惑している二人にフェンリルが話始めた。
『そうだ、知ってる通り、この世界は大きく2つに分かれておる。
魔王、魔人が支配する地域とそれ以外の世界、すなわち人やドワーフ、
エルフ、獣人らが住む世界。この2つに分かれておる。
今は人族中心の世界と言っておこうか。この世には魔族の世界と
人族の世界、この2つの世界があるってことじゃ。
そしてこの世を司っているのが天上界におる神々じゃ。
天上界の神にもいろいろおっての、地上の事には口を一切挟まないで
成り行きにまかせるべきだという神もおれば、
いやいや魔王と人族とのバランスが崩れるのであれば手を差し伸べる
べきだという考えの神もおって、天上界も一枚岩じゃないんじゃ。
それで手を出さない派と手を差し伸べる派の間の折衷案として、
間接的に手を差し伸べることで
とりあえずは決着したのじゃ、それがその試練の場じゃ。
人族が魔族に対抗できる様に強くなる鍛錬の場は提供しよう。
ただし、それを利用するかしないかは地上におる人族に任せるとな。
なので人族の世界の中にいくつもダンジョンを作っておるのじゃ』
レンとティエラはじっとフェンリルの言葉を聞いている。
『魔族は知性は人族より低いが、人族を倒すという目的意識が
非常に高く、魔族同士でのまとまりが強い。
それに比べて人族は知性は高いが体力面では魔族に劣る、
なおかつ同じ人族の世界のの中で争ってばかりで、魔族に対して
一致団結して立ち向かおうとする意思が見えない。
人族の国々の兵隊も魔獣を倒してはいるが、
あくまでも彼らの主目的は他国との戦争時、あるいは国を
守るのが主たる目的じゃ。決して魔族退治の為のものではない。
今から70年程前に勇者が魔王を倒してからは魔族と人族との
力関係は拮抗しておって、どちらからも本格的な侵略は
していない時代が続いておるが、その間に魔族は次の魔王登場に備えて
しっかり準備しておるにも関わらず人族どもは上っ面の平和に
満足して今や身内で憎しみあって醜い争いをしておるばかりじゃ。
そんな中で今は冒険者と呼ばれる職業の者達のみが、
魔族、魔獣に立ち向かっているに過ぎない。しかしそれとて
国からみればアウトローの集まりと見なされておる。
このままではいずれ力をつけた魔族が世界を席巻するだろう。
それでは困るということ人族、特に魔族や魔獣との戦闘に
意欲を燃やしている冒険者達の心や技術、身体能力を上げる
目的で各地にダンジョンを作ったのじゃ』
フェンリルが一気に話しするのを二人は聞いている。
「心や技術、身体能力?」
『そうじゃ。力とはただレベルを上げて強くなるだけではない。
強い身体、強い心があって初めて強い力を得ることができるんじゃ』
「つまり今の天上の神々は人族の中では冒険者に期待しているってこと?」
レンとティエラが疑問に思った点を交互に聞いていく。
『簡単に言うとそうなるの。今の所、冒険者以外の連中は
魔族よりも同じ人族同士の身内の闘争に明け暮れておる様だしの。』
「それで冒険者の為の試練の場をいくつも作ったって訳か」
何となく納得した表情のレン。
ボス部屋の奥の壁の前をゆっくりと左右に歩きながら、
こちらから目を離さずにフェンリルは話を続ける
ボス部屋は大きいが、フェンリルが歩き回ると
その部屋すら狭く感じるほど。
『このダンジョン、何層あるか知っておるかの?』
二人が同時に首を左右に振ると
『80層じゃ』
「は、80層?」
ティエラを見て頷いたフェンリルは続けて、
『ダンジョンで、強い敵と戦いながら、どうやって下層を
目指すか知恵を絞ることができる者、そしてこれも大事だが
運を身につけている者のみがダンジョンの最下層に
到達することができる、それがダンジョンじゃ。
だからダンジョンは試練の場なのじゃよ。その中でもここは
最も最近できた最も深く、そして最も難しいと言われているダンジョンじゃ。』
「ということは、この世界のダンジョンは全て俺たちを
支持している神が作ったってことか?」
『そういうことになるの』
「でも、ダンジョンの中にいる魔獣は地上にいる魔獣と同じだったわよ」
ティエラが問うと、
『お主らもおかしいと思わなかったか? 地上にいる魔獣は
倒してもその場で死体は残ったままだが、このダンジョンでは
魔獣を倒すと、しばらくすると光の粒になって消えていく。
なぜだろうとは思わなかったか?』
「確かに」
「言われてみれば」
2人が同時に言う
『地上と同じ魔獣にした方が鍛錬になるから、
神が同じ魔獣を作り出しているのじゃ。なので魔獣の強さも、
得意技も地上のとほぼ同じ様になっておる。強さはまぁ
ダンジョンの方が地上のよりもやや強めではあるがの。
そしてもちろん、ダンジョンの魔獣に倒されるとその場で
死んでしまうのも地上と同じじゃ。』
「…」
『同じ条件にして鍛錬させるという試練の場が
このダンジョンなのじゃ、わかったかの?』
「ということは、いろんなダンジョンを攻略して
ボス部屋に到達していくたびに俺たち冒険者は
成長できるってことか?」
フェンリルと話をして、慣れてきたのかレンが
落ち着いた声でフェンリルの目を見ながら言うと、
『そうなる。ダンジョンのボスは神獣と呼ばれ、
皆人間の話す言葉は理解できるし、こうやって
話かけることもできる。ただし、ボス部屋に来た冒険者が
知性が低い暴力的な人間や人格が卑しい人間や、性格が横暴だとか、
仲間を犠牲にしてやってきたとか。そんな場合は
ダンジョンボスは話かけずにいきなり戦闘にはいるんじゃ。
あと、ダンジョンにいるボスが必ず我の様な意志を持っている
神獣とは限らないぞ。普通の魔獣が待っているダンジョンもある。
ちゃんと神獣に巡り会えるのも運の一つじゃ。』
「ってことは、今回私たちは貴方に認められたってこと?」
ティエラが言うと、フェンリルはティエラを見て頷き、
『わしは、そなたが先にボス前の部屋に来た時から
ずっと見ておった。一人でどうするのかなと。
そしたら今度はまた男が一人で来て、二人で話しあって
作戦を決めてそして挑戦してきたのを見ていた。
二人とも不幸にして最下層のボス前に飛ばされたことを
嘆きもせず、愚痴も言わず、今ある状況で何ができるのか考え、
協力してとにかく我を食い止めることに成功した。
その行為は我が求める人間の基準をクリアしておる。
この80層に来るには1層ずつクリアしていく方法もあるが、
お主らの様に転移魔法陣で一気にくる方法もある。
もっとも転移魔法陣はランダムで飛ばすので必ずしも
最下層にこれるとは限らない、
むしろここに来られる確率の方が圧倒的に低い。
じゃが、二人ともその低い確率でここに飛んできたということは
運があるということなのじゃ。運も戦いにおいては極めて重要な
ポイントだということはわかるだろう?』
フェンリルは奥の壁の前で立ち止まってじっと二人を見ながら
話を続けていった。
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