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エピローグ



 ―――ある晴れた麗らかな春の日、王都から少し離れた小高い丘の上で、ヴィヴィアンは大きな敷布にこれでもか、というくらい沢山の御馳走を並べた。


 その中には、クロイツ家自慢のシェフの料理もあれば、ヴィヴィアン自身が腕を振るったのもある。


 今日のランチは大人数になるからと、手分けして用意したのだ。


 「お、このミートローフ美味しそうだな」


 と、伸ばした不心得者の手を、ヴィヴィアンはすかさずパチン、とはたいた。


 「こら、お行儀が悪いですよ、ゼノン様」


 そしてバツの悪そうにしている赤毛の男を、ヴィヴィアンは軽く睨み付けた。


 「子供達の教育に、良くありませんから」

 

 そう言って笑ったヴィヴィアンの背中に勢いよく抱き着く様に、二人の小さな影が飛び込んで来た。さらにその二つの影を追いかけるように、真っ白なモフモフの毛玉に覆われた犬がキャウン、と鳴きながら尻尾を振り、近づいて来る。


 「あー!陛下、また怒られてる!」

 「駄目ですよ、母上を怒らせちゃ!母上は一度機嫌を損ねると、あとで父上が苦労するんですから!」


 そう元気よく声を揃えたのは顔立ちが互いにそっくりな5歳くらいの男の子と女の子。


 男の子は銀髪に青い瞳、女の子は金髪に菫色の瞳をしている。


 二人の様子にヴィヴィアンの頬がぴく、となる。


 「……ルカ、あなたもお行儀が悪いわ。女の子なのだから、足を崩して座らないの。それとアゼル、お父様が苦労するは一言余計よ」


 ぴしゃり、と叱られてしょぼん、とする二人にまぁいいじゃない、と救いの手が差し伸べられる。


 「ヴィヴィアン、外出しているときくらい、大目に見てあげたら?さぁ、こっちいらっしゃい、おばあちゃんがとっておきのアップルパイをあげましょうね」


 祖母の言葉に双子がわっと歓喜の声を上げる。それに反応したように、また真っ白な犬もキャウン、と鳴き声を上げる。すぐに機嫌を直した子供達に、ヴィヴィアンも苦笑いだ。


 「こら、ちゃんと先に手を洗いなさい。それと、二人で食べちゃわないで、ちゃんとセレス様にも分けて差し上げるのよ?」


 ヴィヴィアンが声を掛けると、双子は元気よく「はーい!」と返事をして、ゼノンの後ろで恥ずかしそうに隠れている双子よりも小さな男の子においでおいでと手を振った。


 「子供達はすくすく育ってんなぁ……まったくこんなに天気のいい日に仕事なんてあいつは何やってんだか」


 目を細めながら子供達の様子を楽しそうに眺めているゼノンが、小さくぼやいた。


 そしてヴィヴィアンの注意が子供達に注がれているのをいいことに、さっき食べ損ねたミートローフに再度手を伸ばし―――突然落ちて来た本の角がその甲にクリーンヒットした。


 「いって!!」

 

 と、ゼノンが手の甲を押さえて飛び上がり、勢いよく振り返った。

 

 「何しやがる、クリストファー!!」

 「……おや、失礼。僕の愛妻の手料理を、僕よりも先に食べようとする不届き者がいたもので」


 そこには、今しがたわざと落とした図書とは別に、たくさんの本を携えたクリストファーが立っていた。あまりにも大量の本を読み続けたせいで、数年前からかけ始めた眼鏡がずれないよう中指で調整する。


 ゼノンに注がれているその眼鏡の奥の青い瞳はいささかも笑っていない。


 「あら、あなた、思ったより早く来れたわね」


 今日は閣議に参加しないといけないから遅れる、と聞いていた夫の予想よりも早い到着にヴィヴィアンは目を丸くした。


 「速攻で終わらせるように圧力かけたからね。と、いうか、そこで自分はサボっている国王陛下が僕に事務仕事を何でもかんでも押し付けなければ僕はもうちょっと家族の時間を持てるんだけどね?」


 愛する妻ににっこり笑いながら、クリストファーは長年の悪友の頬を思い切り抓り上げた。


 「いてて!相変わらず愛が痛いやつめ!だがな、クリストファー!俺の治世になったからには働くもの食うべからず!お前のことは存分にこき使わせてもらうから覚悟しておけ!」

 「お前ももうちょっと仕事しろ!国王のくせにしょっちゅう育休だとサボるんじゃない!僕だってもうちょっと子供達との時間が欲しいんだ!!」


 登場するなり、昔と変わらない低レベルなどつき漫才を繰り広げ始めた夫とその親友にヴィヴィアンは苦笑いする。


 「さて、あとは……ミランダが来るだけね。今日も経営会議が終わり次第参加するって言ってたけど……」


 実は、ヴィヴィアンは既にヴィオレット商会の経営に携わっていなかった。


 色々とクロイツ家にごたごたがあったおかげで、ヴィヴィアンとクリストファーは今後の成長に差し支えてはいけないとヴィオレット商会の経営から退き、後任のミランダに経営権を譲ったのだ。だから今はただのパトロンであり、特別顧問として名を残すのみだ。


 ミランダは経営を移譲されてからますますその実力を発揮し、女性で平民出身というハンデもものともせず、ブラン聖王国で名実ともにトップ企業家になっている。


 「せっかく手塩にかけて育てた会社をミランダに全部いいとこどりされて、面白くない?」

 

 元々ヴィヴィアンにミランダを紹介したエレノアが少し心配そうに尋ねた。


 「お義母様!」


 エレノアの問いかけにヴィヴィアンはびっくりしたように、目を丸くする。そして小さく首を振った。


 「……いいえ、今は子育てに私も忙しいですし……良かったと思いますわ」

 「それなら良かったわ」


 エレノアがホッとしたように微笑むと、ヴィヴィアンもつられて笑った。


 本当に、過去の自分では考えられなかったことだ。


 今は、何よりも家族の時間が大切で、愛おしい。


 愛する夫と、可愛い子供達がいる。


 それで十分だった。


 


 さて、主だったメンバーが揃ったところで人数分のお茶を淹れようと、ヴィヴィアンはティーポットにとっておきのローズティーの茶葉を入れた。


 少しずつ湯を注ぎ入れ、茶葉からじわりとお茶がしみ出して来るのを根気よく待つ。この時間がヴィヴィアンにとっては、この上なく幸せを噛みしめる時間だった。


 愛する人のために心を込めて、特別愛情たっぷりのお茶を淹れる。


 母がかつて言っていた幸せ。


 それをヴィヴィアンも身をもって知ることが出来た。


 それは、これから先もけっして揺るがない確かなものだと、ヴィヴィアンは疑いなく信じている。


 ヴィヴィアンの隣、敷布に腰を落ち着けた夫の肩にヴィヴィアンは甘えるように顔を寄せた。


 どうしたの?と不思議そうにクリストファーは首を傾げるけれど、ヴィヴィアンはそのまま黙って頭を預けた。


 ああ、なんて心地いいんだろう。


 クリストファーはくす、と笑って愛する妻の頬にそっと指で触れる。その瞳はこの上なく優しい。


 その時、ザアッと風が吹き抜けて、ヴィヴィアンの亜麻色の長い髪を流した。


 視線の先には、どこまでも澄み渡る大空。


 そして、ヴィヴィアンはこの場にはいない両親のことを想った。


 どうか、あの二人が、仲直り出来ていますように。母もまた、愛する人のためにローズティーを注いでいますように。



(完)

以上で完結となりました!途中はかなり暗く重たい話でしたが、最後は無事ハッピーエンドです!(言い切る)。これもひとえに、お読み下さった読者の方のおかげです!

ネタバレを含む個人的な語りを活動報告の方でアップさせて頂くので、そういうのが苦手でない方は、良ければ覗いてみて下さい。

最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました!!


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