あんたみたいないい子は忘れられないさ
本編最終回だぞ。
泣けよ( 雰囲気 は ぶち壊れた … )
4人は喫茶店の1席に座って「軽食会」を始めた。
「ところでハルヴィアさん、ここの喫茶店に名前はないのか?」
その言葉にハルヴィアは首を傾げた。
「そういや考えてないね。客からは好きに呼んでいいって言ったし…」
「もうちょい考えようぜ、ハル姐。」
「違いないねぇ。」
ハルヴィアは苦笑する。
『じゃあ、これを機に考えてみませんか? ハル姐さんの喫茶店の名前。』
「そりゃいい!」
こうしてハルヴィアの喫茶店の名前を考えることになった。
10分後。
「軽食会」の始まりから1分と経たずに空になった皿の前に4人は座っていた。
誰がサンドウィッチを空にしたのか、それは食い尽くした人のみぞ知るだ。
「じゃあ、まずは俺から。俺の考えた名前は『まほろば』だ。少しばかり聞いた話なんだが、『まほろば』って言うのは素晴らしい場所のことを指すらしい。それにここはやや入り組んだところにある。だから『幻の場所』と言う意味も込めて『まほろば』だ。」
「おぉ! なかなか洒落が効いてるじゃないか!」
魎華が感心した様に言う。
「そうなってくると店主である私はあまりいい名前を思いつかなかったのかもしれないねぇ。」
ハルヴィアはやや落ち込み気味に言う。
『どんな名前なんですか?』
「…『カムイの笑い処』だ。『カムイ』って言うのはある地方では神様の事を指すんだが神様も笑って過ごせる様な喫茶店にしたいなと思ってこの名前にしたんだが…」
ハルヴィアが少しばかり恥ずかしそうに言うと机に顔を突っ伏した。
「あ〜もう! 忘れてくれ!」
「『僕はいいんじゃないかと思いますよ。』だとさ。」
伏して周りが見えないハルヴィアの為にユイが玲の言葉を読み上げた。
「そう言う玲はどんなものにしたんだい?」
『よくぞ聞いてくれました!』
ハルヴィアの問いに玲は得意そうに胸を張る。
「ムーンダスト?」
魎華が不思議そうに読み上げた。
「『月の欠片』さね。」
ハルヴィアがサラッと翻訳する。
「『ヨーロッパ』って言われる地域にいたことがあってね。そこで少しばかり世話になったことがあったんだ。」
ハルヴィアは事もなげに言った。
「今度ハル姐がどこを旅してたのか聞いてみるか。」
「逃避行でよければ。」
「やめとこう。」
「で、なぜその名前にしたんだ?」
魎華が聞く。
『外の世界にはムーンダストと呼ばれる青いカーネションがあります。花言葉は永遠の幸福。なので来たお客さんが永遠の幸福を感じられる様な喫茶店にしてみたらどうだろうかと思いまして。』
「おぉ! いいじゃないか! これで決定だな!」
魎華が頷く。
その顔はどこか、焦っている様にも見えた。
しかし、ユイは笑顔で魎華の肩を叩く。
「お前さんのが残ってる。」
「いや…それは…私のは発表しなくて大丈夫だ! 特に理由もないし…」
「私にだけ恥をかかせるきかい?」
ハルヴィアも笑顔で迫る。
玲は何故か素知らぬ顔でノートに絵を描いていた。
「あまりいい名前じゃないぞ?」
「構いやせんよ。」
ハルヴィアが意地の悪い笑みをうかべる。
「私の考えたのは…『鳳凰の巣』だ。」
その途端魎華を除いた一同がきょとんとする。
「なんだ、全然いい名前だな。『鳳凰の巣』か…言えてる。」
「いいね! 素敵な名前じゃないか!」
玲は頷いている。
「『鳳凰の巣』がいいと思う方は挙手をお願いします!」
3人の手が上がった。
「満場一致とまではいかないが決定だな。」
ユイが満足そうに頷く。
「うんうん、気に入ったよ!」
『また来れたら来たいですね! 鳳凰の巣!』
予想以上の好感触に魎華の顔は赤くなった。
「看板でも作っておくかね。」
ハルヴィアはそういうとマグカップを傾けた。
こうして、4人は日が沈むまで語り合った。
日もすっかり落ちてきた頃に紫は現れた。
「あら、随分と楽しそうね。」
紫が声をかける。
「おう、お蔭さまでな。」
「でもそろそろ時間よ。」
「そうかい…」
少しばかりハルヴィアが寂しそうな表情を見せた。
「世話になったな。」
そういうと魎華は立ち上がると机の上に小銭を乗せた。
「玲、帰るぞ。」
しかし、玲は席を立とうとしない。
その目は潤んでいた。
「いつまでも引きずってると帰れなくなる。早く、帰るぞ。」
魎華の目にもうっすらと涙が光っていた。
「また機会があれば会えるさ。それまでの日を大切にしようや。」
ハルヴィアが優しく玲に話しかけた。
その言葉に玲はやっと立ち上がる。
ハルヴィアを見つめると駆け寄ってハルヴィアに抱きついた。
その目からは滝の様に涙が溢れている。
ハルヴィアはその頭をただ撫で続けた。
「よしよし。きっとまた会える。だから早く行きな。向こうでも大切な人が待ってるんだろ?」
玲は涙を拭くと、ノートを1ページ破ってハルヴィアに渡した。
『今度は忘れないでください。』
「忘れないさ。あんたみたいないい子は忘れられないさ。」
ハルヴィアの目からも涙が溢れた。
「あぁもう! これだからいつまでも引きずるのは嫌いなんだ!」
そう言うとハルヴィアは涙を拭う。
「行きな。また…会えるから。」
玲は涙を流したまま隙間に入っていった。
「また会おうぜ、魎華。」
ユイは涙こそ流していないもののその目は潤んでいた。
「…あぁ、また会おう。向こうであったら歓迎するさ。」
「もちろん、言われなくても歓迎されてやる。」
「ふふっ、それでこそだ。」
魎華も隙間へ入っていき紫もそこに続いた。
隙間が閉じられる。
ハルヴィアの手には2つの絵がしっかりと残っていた。
「忘れないといいな。」
「わすりゃあせんよ。」
ハルヴィアは涙に濡れた顔を笑顔にしてユイを見た。
<後日>
「おや、ハルヴィアちゃん。その絵はなんだい? 前回来た時は無かったじゃないか。」
常連客がマグカップを傾けながら壁に掛けられた額縁入りの玲の絵を見た。
「あぁ、少し…ね?」
「ひとつは素敵だけどもう一方は…なんなんだい? あの姿勢は?」
「凄腕の絵師でね。私は気に入ってるよ。」
「えぇ…」
「それ以上言うと出禁にするよ!」
「分かったって。悪かったよ。」
常連客は苦笑すると、コーヒーを飲み終え小銭を置いて出ていった。
それを確認するとハルヴィアは営業状態を知らせる看板を「close」にひっくり返した。
自分用のコーヒーを手早く淹れるとテーブル席に座り、玲の描いた絵を眺める。
「また会えるさ…か。全く、時ってのは残酷だね。もうあの悲しみを思い出そうとしても思い出せないじゃないか。」
そういうとハルヴィアは席を立ち、本棚から本を取り出した。
題名は「ロミオとジュリエット」。
ハルヴィアの午後がいつもの様に始まった。
次回は恒例にしたい「あれ」です。