3話 実力診断 中編
ビュンッ!
大きな枝が唸りをあげてこちらに向かってくる。しかしこちらに向かう途中で火の玉に当たり消滅する。ラファルドの魔法だ。
「ジェイクは防御に徹して!マルクとレーネは雑魚を近づかせないように!ユーナは牽制を頼む!」
ラファルドの指示が飛び交う。森の奥からは次から次へと魔物が湧き出し、視界を覆い尽くす。それを尻目にラファルドは詠唱を始める。こんな状況でも魔術師というものに見とれてしまう自分がいることに腹立たしく感じながら、俺に出来ることはないか探す。だが魔力は切れ、ろくに戦闘も出来ない俺では役に立たないことが分かる。自分の不甲斐なさを噛み締めつつ、戦況を見つめるのであった…
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森に入ってすぐはとても順調に進んでいた。何せ出てくる魔物はマッドラット(大きなネズミ)とかマッドキャット(大きなネコ)などという、攻撃力こそそこそこなものの、動きが鈍い魔物ばかりで、俺でも落ち着いて魔力を練って攻撃することが出来るからだ。
「落ち着いて戦えているようだね。」
ラファルドさんが褒めてくれた。でもそれ以上にジェイクの仕事の完璧さに驚かされた。4人+俺を守るように敵のヘイトを集め、時には大剣で一刀両断にするなど、ものすごい活躍をしている。その他のメンバーも基本攻撃は俺に任せつつもうち漏らしや死角からの魔物は冷静に倒している。このパーティーはこんな低ランクなダンジョンにいるべきではないと断言できる練度だった。
「ありがとうございます。このパーティーは強いですね」
「まあね。一応この街では一二を争うんじゃないかな?ジェイクが入ってから安定感が増したからね、もうすぐほかの街に行こうかとも考えているんだ。」
この国では王都に近いほど魔物が弱く、離れれば離れるほど強くなるという性質を持っているらしい。この街は王都に近いので低レベルではあるが、強力な魔物が出るダンジョンが出現しない訳では無いし、王都に近づくほど警備が大切になるので王都にいるパーティーが弱いとは限らない。そんな中でトップのパーティーにいるジェイクに少し嫉妬してしまう。
「さあ、もうすぐお昼になるね。交代で休憩をとろうか。」
ラファルドさんの指示で休憩をとることになった。少し開けた場所にスペースを作り、まず先に俺、ラファルドさん、レーネさんが休憩をとり、ほかの3人が、当たりを警戒している。
初級魔法しか使ってないのにもう魔力が無くなってきた俺は魔力回復ポーションを飲む。これの値段が馬鹿にできないのだが、飲まなければ戦えないので必要経費だと割り切っている。
すると、レーネさんが話しかけてきた。
「ねえ、ニック君。ジェイクからはろくに戦えないって聞いてたけどそんなことないと思うよ。もっと自信持ってこ!」
レーネさんは赤色のポニーテールが特徴の明るい人だ。このパーティーのムードメーカー的存在に見える。だけどアン以外の女の人とろくに喋ったことのない俺はついどもってしまって
「あ、はい、どうも」
みたいな返事しかできないのが凄い失礼に感じる。
それはさておき、戦えているというのは自分でも感じていた。今までのパーティーだと戦っている最中に味方が敵を通したりして危険を感じて魔法を中断してそれで魔力を無駄遣いしたりしていたのだが、このパーティーではそれが無いのが大きい。そうラファルドさんに言うと何も言わずに少し考えるような仕草をしていた。
交代して休憩を済ませたあと、ラファルドさんが僕に一つ課題を出した。それは俺の攻撃のみで昆虫型の魔物を倒す、というものだった。この森は中央付近から昆虫型の魔物も出始める。こいつらは王都近くのダンジョンではかなり高レベルな方で硬い殻で攻撃を通さないことが多いらしい。
「ただ、しっかりと弱点をつければ倒せるはずだ。冷静に、な。」
マルクさんにアドバイスをもらい、森の中央部へと足を踏み入れた。
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「いた…」
ユーナさんは射手らしく目がいいらしい。早々に昆虫型の魔物を見つけたようだ。
「じゃあ僕達は壁をしてるから君はちゃんと倒すように、いいね?」
「はい!」
頑張らないと!気合を入れ直すように杖を持ち直す。敵が近づくと流石に視認することが出来た。ブレードビートルというカブトムシを大きくしたような敵で、その角は先がカミソリのように切れるらしい。思わず後ろに下がろうとするが踏みとどまる。
…大丈夫、今日はちゃんと守ってくれる。この人たちは優秀だし、何よりジェイクがいる。きっと大丈夫だ。
「行きます。」
昆虫型魔物の弱点は総じて火属性だ。なので防御力を超えることを考えて俺の撃てる最高火力(と言っても中級魔法であるが)の〈フレイムボール〉を選択する。
上級者になると無詠唱で魔法を撃ったり、省略詠唱で済ませたりすることもあるが、詠唱は行うことによって魔力の制御を簡単にするだけでなく、消費魔力を抑える効果もある。だから俺にとって詠唱は生命線でもある。
すっと息を吸って詠唱を始める。
「偉大なる精霊よ。我に力を与えよ。我が望むは炎。集いて現界し、敵を打ち倒す力を与えよ!〈フレイムボール〉!」
魔力がグングン吸い出されるのが分かる。一応全魔力を使わなくても中級魔法なら撃てることが分かっているが、それでも急激な魔力の変化にくらくらすると同時に不安になる。魔法が発動し、一直線にブレードビートルの元へ飛んで行く。が、
「弾かれた!?」
込めた魔力が足りなかったのか、当たった場所が悪かったのか、何にせよ倒せなかったことは確かだ。ラファルドさんをちらりと見るが、特に何も言ってこない。このまま続行ということだろうか。
残った魔力ではあと一発が限界な気がする。なのでしっかりともう一度確認する。昆虫型の魔物は固い殻に覆われている。だからそれによって威力が殺されてるわけで、なら…
「ジェイク!そいつをひっくり返して!」
そう言ってもう一度詠唱を行う。
「ひっくり返すってお前、どうやるんだよ!」
詠唱に集中していた俺はそんなジェイクの言葉が全く耳に入っていなかった。そして詠唱が終わり前を見た時、ジェイクはブレードビートルの攻撃を受けているところだった。まずい、中級魔法のコントロールはまだ上手くできないのであまりホールドしておくことができないのに。
「ジェイク、どいて!」
魔法を抑えきれずに発動してしまう。ジェイクはギリギリのところで飛び退いたが魔法の余波には当たってしまったようで熱そうにしている。また、的のはずのブレードビートルには当たらずにどこか別のところに飛んでいってしまった。
「おい、ニック!危ないだろうが!」
ジェイクに詰め寄られる。だが魔力切れでフラフラなのに加え、自分の指示を行ってくれなかったジェイクに俺もイライラしてしまい、つい言い返してしまった。
「それを言うならお前だってひっくり返してくれなかったじゃないか。俺の魔力じゃ貫通出来ないんだからそれくらいしてくれないと」
「だからどうやってって言ったんだろうが!」
俺達が言い合っているのを見てラファルドさんが俺達に何かを言おうとした。その時
ガサガサッ バキッ!
草が、木が押しのけられる音がした。その瞬間俺以外のメンバーの人がハットしたような顔になった。特にラファルドさんは頭を抱えどうして…と呟いている。
「ラファルドさん、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないさ、主に目をつけられただけだよ。」
「主ですか!?なら逃げないと!」
「無理だよ無理。ダンジョンの主は一旦目をつけた人間を逃がさないんだ。」
そう言って遠い目をするラファルドさん。何か昔に悪い思い出でもあるのだろうか。そんなことを考えているうちに目の前の林が割れ、主が姿を現した。
主は大きな木の魔物で根を足のように動かしてこちらに近づいてきた。とにかくデカイ。10mぐらいはあるだろうか。周りの木より頭一つ抜けている。確かにこれなら普通は見つかる前に逃げられそうだ。そしてその体の下の方には焦げあとがあった。
「これもしかして俺のせいでこいつ呼び寄せたんじゃ…」
「もしかしなくてもそうだろうな」
ジェイクが怒ったようにそう言う。ほかの人たちも俺の事を責めているような気がする。
何でだよ!俺が全部悪いってのかよ!魔法を外すことだってあるだろう!そんなやるせない気持ちがグルグルする。
「とにかく今はこいつを倒すことを先に考えるんだ!」
今までとは違った強い口調でラファルドさんが気持ちを切り替えさせる。その言葉と同時に主─グレートトレント─は枝を全方向に伸ばし、それで一斉に襲いかかった。
森の主であるグレートトレントとの戦いは次回に続きます。