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見知らぬ空へ  作者: たじま
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5、黒薔薇の戦士

晴れ渡った青空に白い雲が一つ、ぷかりと浮かんでいた。

雲はゆっくりとその形を変えながら宛もなく流されて行く。

その雲の下、緩やかに起伏した大地の上に数本の木々が見て取れた。

木々は大きく枝を広げ、青々と繁った葉が陽光を遮り涼しげな木陰を作っている。

そこを心地よい風が時折吹き抜けて行く。

そんな昼寝をするにはもってこいの場所から今度は遥か彼方を見渡せば、どこまでも続く草原と、それを区切るように広がった森と川とが目に入る。

その森の一つから突然、鳥達が一斉に飛び立った。

まるで何かに追われるように……身に迫った危険から逃げ出すように……。

直後、その森の向こうから濃い青色の人工物がスーっと姿を現した。

全長200メートルにも達する四足の獣のようなフォルムと、その背中から生えた二枚の翼のような太陽光パネルが特徴的な巨大な物体。

それは陸地を走る為の船、ランドシップだ。

艦の名前は『アイリッシュ』。

その『アイリッシュ』で、突然けたたましい警報音が鳴り響いた。第一種戦闘配置の合図だ。




『三時の方角から接近するAS十一機を確認! 距離15000! 第三中隊緊急発進! 繰り返す。三時の方角から……」


スクランブルを聞いたアムがASハンガーに飛び込む。

少し遅れて同年代の少年少女達が次々と駆け込んで来た。


「みんな急いで!」


ハンガーで逸早くASを装着したアムは、一声掛けるとそのままASデッキに向かって駆け出した。

少年少女達も慌てて続く。


『敵編隊、高度を下げるも依然として進路変わらず、当艦に向けて侵攻中。第三中隊は直ちにこれを迎撃、殲滅せよ!』


艦内放送を聞きながらASデッキに駆け込んだアムが射出準備の完了しているカタパルトに飛び乗った。そして、


「チャームライト、碧瑠璃、行くわよ!」

『進路クリアー、碧瑠璃発進よし」


直後、碧瑠璃を載せたカタパルトが射出され、碧瑠璃を大空へと押し出した。




ブリッジではストップウォッチを片手にシャングが厳しい顔で窓の外を睨み付けていた。

そして左舷カタパルトから碧瑠璃が発進した瞬間ストップウォッチをチラリと確認する。

秒針は37秒を示していた。

ASデッキからは碧瑠璃に続いて第三中隊の機体が次々と発進して行く。


実は第三中隊と、今は乗船してないが第一中隊の面々は、いずれも獣化の出来ないワービーストの若者で編成された新たな部隊だった。

それがここ数ヵ月の訓練で一人前のAS隊員に成長を遂げていた。

よくぞ短期間でここまで成長したものだとシャングが感慨に浸っていると、管制官の怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい、後がつかえてるぞ。発進急げ!」

『分かっている。カーテレーゼだ。シュヴァルツ・ローゼ発進する。許可を』

「はぁ?……スバル……なんだって?」

『シュヴァルツ・ローゼ。私の愛機の名前だ』

「勝手に名前を付けるな!第四世代に固有名はない。ちゃんと機体番号を申告せんか」

『…………』

「……おい、機体番号だ!」

『……いやだ』

「なんだと?」

『……せっかく格好いい名前を付けたのだ。呼んでくれても良いだろう?減るもんじゃあるまいし……』

「なに訳の分からん事言ってんだ。だいたい、お前の機体は白だろうが。いいから、とっとと発進せんか!」

『名前で呼んでくれたら発進する』

「お前なぁ!」


カーテレーゼ・シーレンベック。

ASの模擬戦の腕は確かで、第三中隊隊長に抜擢されたアムが副官に任命した少女だった。

愛称はカレン。


〈……確かシンの第一中隊副隊長を務めてるアレンと双子だったな〉


そんな事をシャングが思っている間に管制官がどんどんヒートアップしていた。

どうもテンションがどうとか、モチベーションがどうとか、精神論になってるようだった。

それを聞いたシャングは溜め息を一つ吐くと艦長席の受話器を取り上げた。

そして大きく息を吸い込む。


「おい、カレン!!」

『ひゃいっ!?』


シャングがドスを効かせて名前を呼ぶと飛び上がるような返事が返ってきた。

受話器のこちらからでもカレンが怯えているのがはっきり分かる。

その様子を想像して思わずふっと笑ってしまったシャングは声のトーンを戻し、今度は一転して優しく話し掛けた。


「そう怯えるなカレン。それよりどうだ、一つ俺と賭けをしないか?」

『か……賭け?』

「そうだ。この模擬戦で敵のAS三機を単独で倒せ。そしたらお前の腕を認めて、俺の持ってる第三世代を呉れてやろう。色はお前の好きな黒だ」


『なにっ!?そ、それは本当か、シャング隊長!?』


「あぁ、本当だ。約束しよう。だが負けたら今まで通りそのF型だ。今後は規則通り機体番号で呼ぶんだぞ。いいな?」

『構わん。よし、その賭け乗ったぞ!!』

「なら今は我慢してとっとと発進しろ。でないとお前の獲物が居なくなるぞ?」

『それは困る!カーテレーゼだ。F38シュヴァルツ・ローゼ!発・進!!』


直後、カレンのASがカタパルトで射出される。

そしてそのままアムの碧瑠璃を追って全速力で飛び発って行った。



「まったく現金なヤツだ」


その一部始終を聞いていたラッセン艦長が、おかしそうにくくっと笑う。


「あんな約束をしてしまって、本当によろしかったのですかな、シャング殿?」

「別に構いませんよ。どうせハンガーで眠ってる機体です。それに元々、私の物ではありませんし……」

「ですが第三世代の方が第四世代よりも高性能だと聞きましたが?」

「まぁ……確かに特化装備の第四世代と違って、第三世代は登録してさえあれば、装備や武器を換装出来ます。そう言う意味では高性能ですね。そのレパートリーも多く、あらゆる状況にも対処可能な万能型です。それは魅力的なのですが、私は機動性重視の装備しか使いません。だから整備の手間と金の掛かる第三世代なんかより、第四世代の方が性に合ってるんですよ」

「ははは……シャング殿がそう仰るなら結構です。本人もたいへん喜んでましたしね」

「まぁ、三機倒せなければそれまでです。取り合えず、どう戦うか見学しましょう」


そう言ってシャングは艦長から視線を外すとブリッジ上部のモニターをじっと見入った。




もうすぐ敵部隊(と言っても、バッカスの第四中隊だが……)を視認する段になって、やっとカレンがアムに追いついて来た。


「もう、カレンったら……全部聞こえてたわよ?」

「聞いていたなら話が早い。アム、私に三機任せて欲しい。なんとしてもシャング隊長の第三世代を手に入れる」

「もう、勝手な事を……と言いたいとこだけど、まぁ正直、カレンが三機相手にしてくれるならこっちも助かるわ。いいわ、やって見なさい」

「よし。では先頭のスリーマンセルが私の獲物だ。絶対に手出ししないで。行くぞ!」

「あ、ちょっとカレン!先頭ってバッカス隊長じゃないの!」


アムの警告も何のその。

スラスターを全開にしたカレンのASは、単機で先頭集団に向かって突撃して行った。


「まったく……各機ツーマンセル編成へ。こちらが1チーム余る計算だから、手の空いたチームは敵の背後を取って攻撃。行くわよ!」


アムの指示の元、二機でペアになった編隊がカレンに続いて突撃して行った。



この模擬戦にはルールがある。

一つは各ASのシールドダメージがカウンターで表されており、それは着弾や斬撃、体当り等のダメージが入ると、そのダメージに応じた数値が増えていく。

そしてそれが300に達した時点で、その機体は撃墜扱いされる。と言う事だ。

当然、殲滅させられたチームは敗けになる。

もう一つはランドシップが撃沈されると、例え防衛側のASが全滅していなくても敗北すると言う事だ。

もちろん、本当に撃沈させる訳ではない。

ブリッジに括り付けられた風船を攻撃側が割るとランドシップが撃沈されたと判定されるのだ。

今回で言えば、アムの第三中隊がバッカスの第四中隊に防衛線を突破されランドシップに肉薄……そのままブリッジの風船を割られると、第三中隊側が敗退すると言う仕組みだ。

だから当然、攻撃側は……、


「各機散開。囲みを突破したチームは、そのままランドシップに向かえ!」

「「了解!」」


となる。

バッカスが命令すると、ツーマンセル編成の後続チームが一斉に散開した。

しかしそれらには一切目も呉れず、一機のASがまっしぐらにバッカスのチームへ向かって来た。カレンのASだ。

そのカレンのASに向かってバッカス始め、左右に控えた部下達が大口径のライフルを構え、そして引き金を引く。だが、


「シュヴァルツ・シルト!!」


ASのお陰で獣化並の視力に強化されたカレンには迫り来る銃弾がはっきり見える。

だから左手に呼び出したシールドでそれらを容易く防いでしまった。

物理シールドで全弾防いだのでシールドのカウンターに変化はない。

因みに、機体と同じく白いカラーリングのシールドだった。

続く狙撃を右に左にと機体を回転させる事で華麗にかわしながら瞬く間に距離を詰めて来るカレン。

それを見たバッカスが嬉しそうに吠えた。


「気合い入ってんなぁ!行くぞ!」


バッカスは右手の銃を大剣に持ち替えると、左手の楯を前に突き出して斬り掛かった。

それを楯を使って往なすカレン。

更に右足のスラスターを吹かせながらハイキックを入れた。

だがバッカスもここ数ヶ月、獣化を相手に模擬戦の訓練を重ねてその動きに慣れていた。

カレンの蹴りを楯で受け止めたバッカスは、その勢いを逆に利用し、そのまま後ろに下がって距離を取った。仕切り直すつもりなのだろう。

しかし、カレンの動きは止まらなかった。


「シュヴァルツ・ツヴァイク!!」


カレンは蹴り終わった瞬間、空いた右手を左から右にサッと振るった。

その右手の通過した空間に三本のクナイが現れる。

それを返す右手で掴み取ると、再び左から右に振るってバッカスの顔面に向けて撃ち込んだ。

呼び出してから一秒にも満たない早業だった。

顔面に一発喰らって怯むバッカス。

カレンはそれを尻目に、今度は向かって右側のASをジロリと睨んだ。

慌てて銃を剣に持ち替え、楯を構える相手にカレンが左手を翳す。


「シュヴァルツ・ドルン!!」


カレンが叫んだ瞬間、左手に装備されたワイヤー付きのハーケンが射出された。

しかし、目標を外れて相手の横を通過して行く。

そして、相手が外れたと思って視線を前に向けた瞬間、カレンは左手を折り曲げるように振るった。

途端に軌道を変えたワイヤーが相手の足に絡み付く。

それを力任せに引っ張り、相手が転ぶと今度は右手を上に翳した。


「シュヴァルツ・ランツェ!!」


空中に現れた槍を右手で掴んだカレンは、それを小脇に抱え、残る一人をジロリと睨み付ける。

そして相手が剣を構えるのを待ってから、左手の楯を前に突き出して突撃の体勢に入った。


「参る!!」


叫ぶと同時にカレンのASが飛び出す。

こうしてバッカスチームの三人は、カレン一人に完全に足を止められてしまうのだった。



「はは……やりますな彼女。このまま決まりますかな?」


『アイリッシュ』でモニターを見上げながらラッセン艦長が嬉しそうに呟いた。

なんだかんだでカレンの事が気に入ったようだった。


「どうでしょうね? 武器を呼び出す度に叫んだり、相手が構えるのを待ったりと、どうも無駄が多すぎます。バッカス達もランダース程では無いが腕を上げましたからね。ほら、言ってる側から対処し始めましたよ」


モニターでは三人に包囲されたカレンが、あわあわと回りを見回している。

早くも窮地に立たされたようだった。



カレンの斜め後ろに位置取った二機のASが視界の端を常にチラチラ動いて牽制する。

それに気を取られたカレンがチラリと視線を向けた瞬間、正面のバッカスが斬り掛かった。

慌てて構えるカレン。

だがバッカスは囮で、カレンが構えた瞬間に身を引くと、間髪入れずに後ろの二機が斬り掛かった。

カレンも気付いたがもう遅い。

シンやアムに散々叩き込まれた三位一体の陣形。

分かっていた筈だが、いざ実戦になると上手く対処出来ないものだった。

例えこのまま後ろを振り向き、なんとか二人の攻撃を防御出来たとしよう。

だが今度は無防備な背中にバッカスが斬り掛かる。

分かっているのだ。

自分自身も、アム達と何度も何度も練習をしたのだから。

だからカレンの決断は早かった。

多少のダメージを喰らってでも良い、とにかく一機倒そう……と。

カレンは背中が無防備になるのを覚悟で、スラスターを使い、その場で強引に回転しながら槍を振り回した。

捨て身の攻撃。

カレンの槍が右後方から斬り掛かろうとした相手の側頭にカウンター気味に決まった。

直後に相手のASからビーッ!とブザーが鳴り響く。

ダメージが300に達し、撃墜判定されたのだ。

だが同時に、カレンの右肩にも強い衝撃が襲い掛かった。


「ぴゃ!?」


あまりの痛みに思わず槍を手離し、その場にガクンと膝を付いてしまうカレン。

視界の端のダメージカウンターを見れば、一気に200以上削られていた。



アムは三対一のカレンが気掛かりで、戦闘中もチラチラとそちらを気に掛けていた。

にも関わらず、ちょっと目を離した隙に事態はクライマックスを迎えていた。

どうやら一機は倒したようだが、転倒してしまったのだろう。

四つん這いになったカレンがあわあわした顔で後ろを振り返っていた。


「もう……カレンたら油断し過ぎよ。格好付けて、さっさと止めを刺さないから……」


そんなアムの隙を逃さず、相手が上段から斬り掛かってきた。

だがそれは誘いの隙だった。

アムは左足を引くと同時に、右手に持った短刀で滑らせるようにして相手の剣を往なす。

そしてバランスを崩して隙のできた相手の脇をすり抜け様、右手の短刀を思いきり斬り上げた。

確かな手応えと共にブザーが鳴り、相手の機体が撃墜判定される。

アムはそのまま、撃墜した相手の影に隠れて大型のライフル銃を呼び出すと、味方が邪魔して攻撃出来ない相手に向かって続けざまに二発発砲した。

だが狙いが甘かったのか、アムの撃った弾丸は大きく外れてしまう。そして、


「あたぁ!?」

「ぶばっ!?」


カレンに斬り掛かろうと大剣を振りかぶった相手の後頭部と、バッカスの顔面に直撃した。


「ナイス、アム!!」


カレンは前のめりになった相手に足払いを掛けて転倒させると、即座に左手に小銃を呼び出し、起き上がりながら引き金を引く。


「痛い痛い痛い痛い!参った参った、参ったぁぁぁあああっ!」


大剣を放り捨てて頭を抱えた相手が堪らず悲鳴を上げる。

それを完全に無視してマガジンが空になるまで全弾撃ち尽くしたカレンが、愉悦の表情を浮かべながらポイっと小銃を放り捨てた。


「後はバッカス隊長だけ……」

「へっ、どうやらサシで勝負だな……」


互いにニヤリと笑って睨み合う二人。

そこにシャングの通信が割って入った。


『おい、ランダース。単独で三機だと言っただろう』

『あれ?そっち飛んでちゃっいました?あはは……二人とも、流れ弾には気を付けてね~!』


「グッジョブ!!(小声)」







「なんだ、それでカレンはあんなに気合い入ってたのか。道理で手強い訳だぜ」

「関心してる場合かバッカス。お前も隊長なら意地を見せろ。不甲斐ないぞ」

「いやぁ、確かに面目ないですけど……でも実際、あの時のカレン強かったですよ?シャング隊長」


『アイリッシュ』の通路を四人で歩きながらバッカスが苦笑いを浮かべて弁解していた。

結局アムの手助けの甲斐もあって、カレンはなんとかバッカスを倒す事に成功した。

シャングがモニターで見ていた限りではほぼ相討ちだったのだが、リプレイで確認するとバッカスの方がコンマ数秒早くダメージが300に達して撃墜判定されていた。

だが勝ちは勝ちだ。

シャングは約束通りカレンに第三世代を譲る為、カレン、アム、バッカスの三人を連れてASハンガーに向かっているところだった。


「ところでカレン。あんた、なんで接近されてるのに槍に拘るの?短刀の方が接近戦には有利でしょうに」

「シュヴァルツ・ランツェは既に私の身体の一部。他の選択肢などあり得ない……」

「……本音は?」


アムがじと目で問い詰めると、カレンは急に立ち止まり、くるりと後ろを振り向いて嬉しそうに両手を握った。


「槍は格好いい!格好いい武器で勝つのに意味がある!」

「そんな事だと思ったわ」

「まぁ、なんだかんだで槍にやられちまったからな。カレンの戦闘スタイルには合ってるのかもな?」


呆れるアムにバッカスが笑いながら答えた。

そうこう言ってるうちに一行はASハンガーに到着する。

ASハンガーの扉を開けると、中には照り柿を纏った猫々が、立ったままで目の前に浮かんだ光のキーボードを忙しそうに叩いていた。


「あ、猫々ちゃん。お疲れさま」

「あれぇ?アムさんにカレンちゃん、シャング隊長とバッカス隊長までぇ。いったいどうしたんですか~?」


猫々はアムが声を掛けると顔を上げ、そこで初めて一同が揃っている事に気付いたようだった。


「ちょっとハンガーに用事があってね。猫々ちゃんはドローンの調整?」

「はい~。もうすぐ夜の警戒に出る時間ですからねぇ。ドロちゃん達の割り振りしてました~」

「なんか毎日毎日、猫々ちゃんにだけ徹夜させちゃってごめんね。大変でしょ?本当は替わってあげれば良いんだけど……」

「昼間はずっと寝てるから大丈夫ですよぉ。それに、これが無いとドロちゃんの同時制御は出来ませんから~」


そう言って、くるりと背中を見せる猫々。

その照り柿の背中には、ドーム状のアンテナやセンサーが取り付けられていた。

本来ならASは戦闘用なのだが、各種センサーやドローンとの通信、制御用のアンテナを取り付けた結果、完全に後方支援特化の装備になっている。


「だからドロちゃんはぁ、わたしに任せて下さい~」


再び向き直った猫々の顔は、どこか誇らしげだった。


「ふふっ、そうね。じゃあ猫々ちゃん、今日もよろしくね」

「はいですぅ」


にこやかに手を振る猫々に見送られ、一行は予備のASが仕舞われた倉庫に足を踏み入れた。

懐からカードキーを取り出したシャングが壁に設置されたカードリーダーにスッと差し込む。

すると、ピッという音と共にロックが解除され、続けてバクンッと音を立ててハンガーの扉が開いた。


「おぉおおおーーーーーー!逢いたかったぞ、シュヴァルツ・ローゼェエエエーーーーーーッ!!」

「鉄黒だがな」


ハンガーに掛かった黒い機体を見た瞬間、カレンが嬉しそうに雄叫びを上げた。

それを見て苦笑いを浮かべたシャングが小声でツッコむが、カレンはそれを無視してシュヴァルツ・ローゼ(鉄黒)に駆け寄った。

そして感動のあまり、涙を流しながら両手を広げてヒシッと抱き付い……たかと思うと、直後には顔をしかめてスッと離れてしまった。


「どうしたの?」

いぶかしんだアムが尋ねる。


「……臭い」

「臭い?」

「……うむ。とても不快な男臭がする……」


それを聞いたアムとバッカスがシャングをチラリと無言で見る。


「待て二人とも!?俺じゃない!誤解だ!俺は鉄黒を一度も装着した覚えはない。本当なんだ!!」


二人の視線に気付いたシャングが慌てて弁解する横で、鼻をふんふんとさせながらシャングの臭いを嗅ぐカレン。


「……違う。シャング隊長ではない。シャング隊長は、もっとこう……鼻を擽る良い匂いがする」


そう言ってシャングから離れたカレンは、おもむろに懐から小瓶を取り出し、シュヴァルツ・ローゼに一吹きした。

薔薇の香りの香水だった。


「こっちはもっと不快だ。例えるなら、腐った塩辛に摺り下ろしたニンニクとごま油を会え、更に上から酸化して古くなったオリーブオイルとお酢をたっぷり掛けてシナモンスティックでかき混ぜたような、ツンと鼻につく不快な臭いだ……」


「凄い言われようね……」


「この臭いから察するに、余程高慢ちきでプライドが高く、自分の事を偉いと勘違いしている人間が使っていたようだな」

「へぇ……臭いを嗅いだだけで、そこまで分かるんだ?」

「うむ。……まぁ、ただの勘だけど。心当たりは?」


「ブルックハルトかな」

「ブルックハルトだな」

「ブルックハルトね」


シャング、バッカス、アムの三人が間髪入れずに即答した。


「ブルックハルトか。……まぁ、どうでも良いか。どうせこの機体は、今日から私色に染まるのだ」


そう言ってほくそ笑むカレン。


「しかし、第三世代か……。ポンポン武器を呼び出すカレンが使うとハマりそうだな」

「ふふ……さすがバッカス隊長。シュヴァルツ・ローゼを纏った私の攻撃力は30000アップ(カレン調べ)だ。手に負えなくなるぞ?」

「じゃあ、早速明日にでもリベンジだな」


そう言ってニヤリと笑いながら再び睨み合うカレンとバッカス。だが、


「いや、訓練は終わりだ。明日からは実戦だな」

「え? それじゃあ……」

「あぁ、さっきシンから連絡が入った。あっちも明日には開戦するようだ」

「相手の規模はどれくらいなんです?シャング隊長」

「3000人を越えるようだな。こっちは本城に500、付け城に200だ」


具体的な数を聞いたアムが「両方合わせても四倍強か……」と心配そうに呟いた。


「まぁ……城に籠ってるんだ、持ち堪えるだろう。問題は全体の数より獣化が何人いるかだな。それによっては辛い戦いになるのは確かだ」


シャングが沈痛な面持ちを浮かべると、バッカスとアムも心配そうに顔を見合わせた。


「……みんな……大丈夫かな……」

アムがポツリと呟く。


「問題ない。族長は強い。それに向こうにはシングレア隊長と兄様も付いてる。心配は無用。それより、こちらはこちらのやれる事だけを考えてればいい」


いつの間に取り出したのか、カレンは黒い扇子で自分を扇ぎながら涼しい顔で断言した。

その顔は微塵も心配しているようには見えない。

それを見てバッカスとアムがふっと笑った。


「だな。俺達の帰る場所が無くなっちゃこまるからな。気張ろうぜ」

「はい」


確かにこちらは少数とは言え、シンを始め精鋭揃いだ。むざむざとやられるような事は無いだろう。

それにカレンの言う通り、今更心配しても始まらないのも確かだ。既に作戦は始まっているのだから……。

だから俺達は与えられた任務を速やかに遂行する事だけを考えれていればいい。

シャングはそう思った。


「とは言え、戦いが長引けばどんな不測の事態が起こるとも限らん。そうさせない為にも、俺達の責任は重大だぞ」

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