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見知らぬ空へ  作者: たじま
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3、反撃

『アイリッシュ』のブリッジでは、ひめ子、サナ、チカの三人が忙しそうにコンソールと格闘していた。


「月白、碧瑠璃、帰投しました」

「良かった。無事だったようね」

「ひめちゃん、観測気球1号機、潜行モードで無事に敵ランドシップ上空まで到達です」

「ふふ……こっちが観測気球を使うなんて考えてもいないんでしょうね。でも念のため注意してね」

「了解です。マッピング開始しますです。観測ドローン3号機も、ランドシップ手前12キロ地点で観測続行中です。あ、上空からの映像来ますです」


チカが言うのと同時に、モニターには上空から見た映像と敵の配置図が表示された。


「敵はランドシップ前方に三個中隊を配置。一個中隊は艦内待機と思われます。ドローン第三、第四、第五小隊、敵ランドシップ手前10キロの位置に待機完了」


艦長席に座ったひめ子はサナの報告に頷くと座席に取り付けられた受話器を取り上げた。


「先生、大牙くんの方にちらほら怪我人が出始めました。そろそろ限界かと……」

『分かった。こちらの準備も直ぐに終わる。始めろ』

「了解しました」

『あぁ、それと……ひめ子』

「はい?」

『お前なら大丈夫だ。……気負わずに……いつも大牙をおちょくってる時みたいに気楽にやれ』


ひめ子は一瞬、なぜシンがそんな事を言ったのか分からずにキョトンとしたが、直ぐに思い当たって微笑んだ。


「ふふ、分かりました。では……」

『あぁ、頼むぞ』


シンはそう言って通信を切った。


〈やっぱり、緊張した声してたのかな?〉


ひめ子は頬っぺたを軽く摘まみながら微笑むと、大きく息を吸ってから今度は大牙との通信回線を開いた。


「大牙くん、そっちはどう?気になる美少年は見つかったかしら?」

『あん?そうさな、約一名……』

「あら、本当にいたの?」

『あぁ……さっきから、やたらとガンくれてくる赤猿が気になって気になってしょうがねぇ。あの野郎、ぶっ殺してやろうか』


よほど気になるのだろう、不機嫌そうに喋る大牙の怒りが受話器の向こうから沸々と伝わってきた。


「……あの、大牙くん?分かってると思うけど、砦から出てっちゃダメよ?」

『分かってるよ。それよりアムの方はどうなった?』

「無事に救出したわ。今、先生と一緒に出撃するって言って準備してる」

『はは、それでこそアムだな。じゃあそろそろ良いのか?』

「ええ、始めてちょうだい」

『おう、ド派手に逃げ回ってやるぜ!』

「恐らく退却を始めた所で介入してくるわ。合図があったら直ぐに坑道内に逃げ込んで」

『分かってる。ドローンの横槍、頼むぞ?』

「えぇ。じゃあ気をつけてね」

『お互いにな』


大牙との会話で良い意味で緊張が弛んだのだろう。先程までとは違いひめ子の表情には余裕のようなものが感じられた。


「チカちゃん、次狼くんが敵の観測気球を破壊したらドローン第一、第二小隊に攻撃命令。大牙くんの援護と悟られないように注意してね」

「了解です。大牙さんの囮部隊、退却を開始しました。ドローン第一、第二小隊、いつでも行けますです」

「アクちゃんより通信、あっちも全員配置に着いたそうです」

「あっ!?敵ランドシップ、ミサイルを発射です!」

「目標は?」

「現在、弾道計算中……来ました。間違いありません。偽装ポイントへの攻撃です」


小さく頷いたひめ子が受話器を取り上げる。


「次狼くん、お願い」

『任せろ』


ひめ子は通信を切ると、心配そうな面持ちでひめ子を見つめているサナとチカに気付いた。二人ともかなり緊張している。

そんな二人を安心させる為、ひめ子はにっこり微笑んだ。


「さぁ、本番よ。みんな、落ち着いていきましょう!」




大牙が籠る砦を……いや、はっきりと大牙を睨み付ける一人の男がいた。

燃えるような紅い髪をした男で、右手には2メートルを越える鋼鉄製の棒を地に付けている。

その男が不機嫌そうに呟いた。


「あの野郎、さっきからガンくれやがって……ホンと忌々しい奴だな。ここの指揮がなけりゃ、すっ飛んでってぶっ殺してやるところだぜ」


現在の戦況は猿族側に有利に進行していた。

相手は砦に籠っているといっても精々二百人程度。対して猿族側は四倍の八百人だった。

砦の方もこちらのロケット砲の攻撃で既に一部の壁は破壊されており、後は取り付きさえすれば一気に砦の中に雪崩れこんで形勢が決まる。

そんな矢先に、近くに控える部下の一人が砦を指さした。


「あっ、夏袁様!奴等、撤退を始めましたぜ!」

「ふん、ついに支えきれなくなったか。よし、追撃するぞ!一人も生きて帰すなよ!」


そう言って自ら先頭に立って駆け出そうとした時、急に右翼の部隊が騒ぎ出し、次いで浮き足立った。


「おい!いったい、なにやってんだ!」

「夏袁様、新手です!煉鳴の部隊が攻撃を受けてます」

「なんだと!?奴等の増援か!?」

「違います。成り損い共のドローンのようです」

「ドローンだと……? 成り損ないめ、こっちに介入しようってのか!?」


見れば山の中腹から撃ち降ろしで銃撃を加えているドローン数機が確認出来た。

数が少ないのでこちらの損害は皆無だが、追撃しようとした矢先に攻撃を受けたので勢いが削がれていた。


「……なんだ?あんな散発的な攻撃で、こっちがやられるとでも思ってんのか?構わねぇ、あんなの無視して砦を……」

「夏袁様ッ!?」

「うるせぇ、なんだ!」

「あ、あれを……」


部下が指さす先を見て夏袁が顔色を失う。

上空高くから尾を引いて接近するミサイル群があったのだ。

目標地点は間違いなくここ。


「まずい!退避だ!急げ!!」


あのドローンを使っての散発的な攻撃は、ミサイルが来るまでの間、自分達を戦場に足留めしておく事が目的だったのだ。

そう覚った夏袁は怒鳴りながら獣化し、手近にいた雑兵を両脇に抱えて素早く後方へと避難した。

しかし、追撃を始めたところでドローンの攻撃を受け、その場に足留めされていた煉鳴の部隊に多数の逃げ遅れが出た。

そこに多数のミサイルが雨のように降り注ぐ。

逃げ場もなく、身を隠すことも出来ない仲間達の四肢が、大量の土砂と一緒に宙に舞った。

それを目の当たりにし怒りで震える夏袁。

一方、その夏袁を嘲笑うようかのように、役目を終えたドローン部隊は山の向こうに向かって退却を始めた。


「くそったれが!おい、今すぐドローンを追撃だ!その先に奴等がいる。皆殺しにしろ!」

「しかし、夏袁様……あっちの方はどうします?」

「そんなのほっとけ!それより今は成り損ない共だ!」

「いいんですか?」

「かまわねぇよ。どのみち……あっちもただじゃ済まねぇだろ」


夏袁が言うように、爆煙が晴れてみれば大牙が籠っていた砦も、ミサイル攻撃で破壊され跡形も無くなっていた。




ワービーストの街に奇襲を掛ける為、AS四個中隊を率いて『インジェラ』を発進したシャングだったが、パンナボールからの指示で暫く待機するよう命じられていた。

詳しい事は知らされていないが、観測気球の映像から判断するに、どうやら奇襲を掛けようとした街が既に他のワービーストの襲撃を受けているようだった。

その観測気球からの映像が突然途絶えた。

それはそのまま、地形図や敵の配置を含んだ全てのバックアップが消失した事を意味する。


「どうだ?」

「ダメです隊長。観測気球からのバックアップ、依然として回復しません。これは……」

「恐らく破壊されたな。総員戦闘準備だ!周囲に警戒しつつ……」


シャングが指示を出そうとした矢先……ASのアラートがけたたましく鳴り響きミサイルの接近を知らせた。


「早速か!迎撃しろ!」


直後、数十発のミサイルが山なりに接近すると、一斉に爆発して周囲一帯を真っ白な煙で覆った。


「隊長、これでは視界が……おまけに電波攪乱まで……」

「赤外線は?」

「ダメです」

「やられたな。全員、手近な者と組め!ワービーストが来るぞ!近接戦闘準備!」

「ぐはっ!」

「なにッ!?」


ワービーストが接近する為のジャミングとスモークだと判断したシャングだったのだが、突然仲間の一人が後方に吹き飛んだ。


「狙撃だ!固まるな、組んだ者から散開しろ!」

「なんだ!?どうして分かるんだ!?まさか奴等にはこれでも見えてるってのか?」

「ひひ……そのまさかなんだな」

「ーーーッ!?」


シャングが気づいた時には、バッカスの背後を取ったワービーストの男が、振り向いたバッカスの顎目掛けてトンファーを突き上げたところだった。


「バッカスッ!?」


慌てて駆けつけようとしたシャングの足が止まる。

目の前に青み掛かった銀髪の女……アクミが立ち塞がったのだ。


「あんたの相手は私です」





「獣化隊、敵先遣隊と戦闘を開始!!」

「始めるわよ。サナちゃん、『アイリッシュ』エンジン始動。始動後、AS発進準備!」

「了解! 『アイリッシュ』エンジン始動!システムオールグリーン。艦、水平になります。オートバランサー動作正常!」

「チカちゃん。AS発進後、こちらもミサイル発射よ」

「了解です。スズメバチ装填開始しますです」



ASデッキの壁にもたれかかり、腕を組んで静かに待機していたシンが腕組みを解いた。

直後、艦が小刻みに揺れる。


『これより敵ランドシップへの攻撃を開始します。ハッチ開放。AS各機、発進準備』

「うわぁ、ドキドキしてきましたぁ」


緊張した面持ちで猫々が呟いた時、前面のハッチが上方に開き始めた。

それを見たシンの顔に思わず笑みが溢れる。


「ふっ、なんだか懐かしいな。……五年ぶりか」

「ふふ、ちゃんと覚えてる?シン」

「バカにするな」

『左舷デッキ、右に2度、仰角3度の傾き。9時方向より3メートルの横風、注意願います。リニアカタパルト射出準備完了。AS各機、順次カタパルトへ』


指示に従い、シンがスリッパのようなカタパルトに両足を乗せると、それが左右に広がった。

同時に、前方の床にはハンドルが競り上がる。

そのまま前傾姿勢になってハンドルを右手で掴み、発進体勢を整えたところでアムがサムズアップしてきた。

それにシンが笑顔で返す。


「シングレアだ。月白、発進するぞ!」

『進路クリアー、月白発進、どうぞ!』


直後、シンを載せたカタパルトが一気に加速して月白を空中に押し出した。


「ひゃう!?……お、思ったより早いですよぉ……」

「猫々ちゃん、艦の巻き上げる気流にも注意してね」


予想以上の加速を目の当たりにして怯える猫々。

それに一声掛けてからアムもカタパルトに跨がった。


『続けて碧瑠璃発進』

「チャームライト、碧瑠璃、行くわよ!」

『碧瑠璃発進、どうぞ!』


シンに続きアムも発進した事で、ASデッキには猫々だけがぽつんと残された。


「うぅ……わたしの番ですぅ。イヤですぅ。怖いですぅ……」

『続けて照柿発進! 猫々ちゃん、急いで!』

「分かってますよぉ……もう、他人事だと思ってぇ……」


そう言って今にも泣き出しそうな顔の猫々が渋々とカタパルトに跨がった。

そして「すーはぁー」と深呼吸して気を落ち着かせてからハンドルを掴む。


「……てて、照柿……は、発進しひゃうぅぅぅ!!!」


猫々が言い終わる前に突然カタパルトが加速し、悲鳴と共に照柿が射出された。

チンタラする猫々に痺れを切らせたサナが、勝手にカタパルトを射出した結果だった。




「AS全機、発進完了。照柿、十二秒の発進遅れ」

「構わないわ。チカちゃん、ミサイル発射!」

「発射!続けてミサイル第二波、装填を開始しますです」

直後、『アイリッシュ』の後部からミサイルが垂直に発射され艦を小刻みに揺すった。

「サナちゃん、今度は操縦をお願い」

「はい。自信はないけど、がんばります」


サナはそう言って立ち上がると、今度は『アイリッシュ』の操舵席に立った。

「ミサイル第二波、発射準備よしです」

「発射!続けて第三波、及び鳳仙花、射出準備!」

「了解です」





『インジェラ』のブリッジでは、例によってパンナボールが不機嫌そうな顔していた。

砦に向かってミサイルを発射し、これからワービースト共があたふたと逃げ回るショーを観戦しようとした矢先に、突然観測気球からの映像が途切れたのが原因だっだ。


「観測気球の映像はまだ回復せんのか?」

「そ、それが……」

「なんだ?」

「どうやら、破壊された模様です……」

「破壊だと?誰に?」

「そ、それは……」


パンナボールの質問に答えられず部下が言い淀んだ時、突然ブリッジの警戒警報がけたたましく鳴り響いた。


「ミ、ミサイル多数、急速接近!」

「対艦ミサイルだと!?なんで奴等がそんなの持ってる!?」

「前方に展開中のASに通達、迎撃させろ。各銃座、照準出来次第、順次迎撃!」

「はっ!」


この期に及んでも、誰にともなく的外れな質問をしているパンナボールに替わり、艦長が冷静に指示を出す。

直後、『インジェラ』からミサイルに向かって銃撃による迎撃が始まった。遅れて前方のAS隊も迎撃を始める。

だがこれも、シャングのAS隊同様撃ち落とさせるのを目的としたミサイルだった。

迎撃されたミサイルからは各種センサーを阻害するチャフと煙幕が溢れ出す。

それに対処する前に新に飛来したミサイルが爆発し更に視界を奪っていく。

気づけば付近一帯、広範囲に渡って真っ白になっていた。



 

前方に展開するAS隊では視界を奪われ、各種センサーも役に立たない状態で『インジェラ』との通信までが阻害されてしまい、全員が身動き出来ないでいた。

そのAS隊のど真ん中に、シンとアムの二人が躊躇なく突っ込んで行く。


「アム、足を止めるな。一気に突き抜けるぞ。俺のマーカーに付いて来い!」

「了解!」


ミサイル攻撃直前の観測気球からの映像を頼りに煙の中を突き進むシン。

その進路上に突然、二機のASが現れた。

その二機とすれ違い様、シンが両手に持った短刀を叩き込む。


「ぐあ!?」

「がっ!!」


更に倒れるASの脇を抜けながら、アムが両手に持った小銃を狙いも定めず乱射して相手を撹乱させた。

部下の悲鳴に続き、銃の発砲音を聞いた副隊長が周囲に怒鳴り散らす。


「おい、今のはなんだ!?誰が発砲した!?」

「ASです! ASが攻撃を……」

「AS……?そうか、報告のあった青い奴だな。相手は一機だ。全員落ちいて……」

「違います。し、白いASが……がはっ!」

「白!? おい、どうした? くそ、全然見えんぞ!」

「うわっ、青いのもいるぞ!?」

「何してる!?全員落ち着け!F型とD型がどうした!?」

「敵です!二機のASが味方を次々と……」

「ASが二機!?」

「ふ、副隊長!?あれを!?」


部下が指差す空を見て副隊長が青冷めた。

煙の合間を縫うようにして、大型のミサイルに似た物体が通過して行ったのだ。


「バカな、鳳仙花だとッ!? 102より本部、聞こえるか? 強襲ポットがそっちに向かったぞ!本部!!……くそっ!こんな時にブルックハルト隊長はどこでなにやってんだ!おい、部隊を後退させるぞ!通信はダメだ。誰か第二、第三中隊に出向いて……」

「新手だっ!」

「なに!?」


副隊長の指示でAS隊がランドシップの援護に向かおうとしたその時、今度は別動隊のミサイルと銃撃が背後から襲い掛かってきた。

突然の事に全員がパニックに陥る。


「うわっ!?」

「ミサイルだぞ!!」

「後方にいるぞ!撃て撃て!!」

「全員落ち着け!慌てず、その場に伏せて応戦しろ!!」


自らも地に伏せ、煙の向こうに銃撃を加えていた副隊長の横を大口径の銃弾が掠めた。


「くそったれ!いったい、どういう状況なんだ!」





観測気球からの映像を元にシンとアムの援護をドローン三個小隊に命じ、同時に新に降下したドローンへの指示をする等、猫々は大忙しだった。


「はいは~い。ドロちゃん三個小隊、敵ランドシップ後方に降下~。ドロちゃんとの接続を開始ぃと……はい、第六から第八小隊までの接続を確認っと。パスコード設定~……」


猫々はそう呟き、目の前に現れた空中ディスプレーを見ながら、同じように現れた光のキーボードを両手の指で軽やかに叩いていく。


「戦闘は集団戦~。基本戦術はぁ、遠方からの対艦砲撃~。対ASはぁ、ツーマンセルで銃撃戦~っと。囮なんで、拠点防衛を最優先して下さいね~」


ディスプレーには照柿と各ドローンとの接続状況、それにデータ送信状態が表示されている。だがそれも束の間、程なく全て完了した。


「良好良好~。じゃあドロちゃん、よろしくですぅ!」


猫々が命令した直後、新に降下したドローンの赤い目が一斉に光った。




「うはっ!……ほいっ!……にゃんとっ!」

「…………」


シャングの斬り込みは鋭く、振り下ろした直後には斬り上げ、その勢いのままASを一回転させ、今度は逆袈裟に斬り下ろすと、そのまま強引に突いて来た。

アクミはそれらの攻撃を身を捻って器用にかわす。

そしてシャングが突いて来る瞬間、左手に呼び出したピンの抜いてない手榴弾を下から上に放った。

一瞬、シャングの意識が手榴弾に移る。

その機を逃さず、アクミが懐に入り込む。

だがシャングの突きは止まらなかった。

一切の躊躇もなく、手榴弾は完全に無視してアクミの胸を狙ってきたのだ。


「ちょ!?」


逆に慌てるアクミ。

咄嗟に身を捻りながら、短刀で切り上げて突きの軌道を逸らす。

そのまま大きく後ろに跳んで距離を取った。

シャングも特に深追いはせず、そのまま油断なく構える。


〈むむ……この人やりますね。私が攻撃の切っ掛けすら掴めないとは……まるで先生と闘ってるみたいです〉


アクミは剣を下段に構えるシャングを攻めあぐねていた。まったく隙がないのだ。

そのシャングがゆっくりと動いた。下段の構えから両手上段の構えに変わったのだ。


〈……これは……無傷じゃ済まなそうですね。……なら〉


アクミが覚悟を決め腰を落とした瞬間、それは来た。

一足跳びに距離を詰め、アクミの袈裟目掛けて剣を振り下ろすシャング。


「…………」


その剣先をじっと見つめ、相討ち覚悟で短刀を突き出してやろうとしたその時……、

横から現れた影がアクミの前に立ち塞がりシャングの斬撃を受け止めた。


「獣兵衛さん!?」


獣兵衛は受け止めたシャングの剣を力任せに強引に跳ね上げると、そのまま横凪ぎに刀を一閃させる。


「くっ!」


慌てて後ろに飛び退くシャング。

もし退くのが一瞬でも遅れていたらシャングの胴は切り裂かれていただろう。


「……こいつは俺に任せろ。お前は他の奴等をやれ」


シャングの動きを牽制しながら、後ろのアクミに指示をする獣兵衛。

それに対し、アクミは一瞬不服そうな顔をしたが直ぐに思い直した。


「……分かりました。でも強いですよ。気を付けて下さい」

「ああ、分かってる」


立ち去るアクミに背中で答えると獣兵衛はニヤリと笑った。

それは相手を軽んじると言うより、これから始まる戦いの予感に……全力を出しても勝敗が分からない相手との出会いに……、思わず嬉しさが顔に滲み出てしまったかのようだった。




「おいっ!今のは何だ!?ミサイルなのか?何かが後方に飛んで行ったぞ!!」

「煙幕で視界が悪く、状況が全く掴めません」

「司令、取り合えず艦内待機のASを警戒の為に出撃させましょう」

「警戒?何から?前面にはAS三個中隊が展開して警戒に当たってるんだぞ」

「ですが、そのAS隊と連絡が取れません。それに戦闘と思われる光と音が観測されてます。ここは万一に備えて……」

「いったい、どうなっているんだ。相手はワービーストだぞ。なんで奴等にここまでの事が出来る?」

「逃走したASでは?」

「ふん、たった一機でなにが出来る」


その時、一陣の風が吹き抜けランドシップ周辺の煙が一時的に薄まった。そしてモニターを見ていたブリッジの全員が、まるで金縛りにあったようにして固まる。

何故なら、ロケット砲を肩に担いだドローン数機が、今まさにロケット砲を発射しようとしていたのだから。


「AS緊急発進だッ! 各砲、照準次第各個で攻撃!!」


逸早くその呪縛から脱した艦長が大声で怒鳴った。

そこで始めてパンナボール以下、乗組員達も正気に返る。


「こ、後方1キロに敵性ドローン12機を……敵機発砲!!」

「総員、耐ショック!!」


直後、着弾の衝撃が艦全体を激しく震わせた。


「うわっ!?」


呆然として立ち上がったままだったパンナボールが衝撃に耐えきれずにその場に尻餅をつく。

艦長はそれを視界の隅で見ていたが、わざわざ手を差し伸べるような事はしなかった。パンナボールを無視して次々と指示を出していく。


「被害状況報告!AS発進まだか?」

「今、出ます……あっ!?」

「……なんだ?」


その時、飛来した白と青の二機のASが、それぞれ左右のAS格納庫に飛び込んで行くのがブリッジから見えた。

直後に、再び艦内を激しい振動が襲う。




前面に展開中だったAS部隊に奇襲をかけたシンとアムは、後続のドローン部隊に残りを任せて一気にランドシップに肉薄していた。


シンが格納庫に飛び込んだ時、ちょうど一機のASがカタパルトで射出されるところだった。

そのASとすれ違い様、左手に持った剣で片足を引っ掛けてやると、バランスを崩されたASは成す術なく、揉んどり打って壁に激突した。

シンはそのまま止まらず、発進待機中で両足の固定されたままのASに急接近すると、驚く隊員の胸目掛けて下から突き上げるようなショルダーアタックをかまして吹き飛ばしてしまった。

瞬く間に二機のASを行動不能にされ呆気に取られる隊員達にシンが静かに短刀を突きつける。


「時間の無駄だ。大人しく降参しろ」


それを見たカタパルトデッキのクルー達がとばっちりを恐れて慌てて逃げ出す。

しかし残った隊員達は一斉に剣を引き抜くと、躊躇なく斬りかかってきた。

敵の一人がシンに斬り掛かる。

だがシンは冷静に、相手の斬撃をその場でくるっと回ってターンすると、勢いの付いた左足でもって回し蹴りのような鋭い足払いを掛けた。

それを右足に食らった相手は転びはしなかったものの、仰向けにバランスを崩してしまう。

そのちょうどいい高さに下がった相手の鼻柱目掛け、シンは左手に持った短刀の柄を思いきり振り下ろした。


「ぶばっ!?」


鼻血を撒き散らして気絶する隊員。

だが動きの止まったシンを狙い澄ましたかのように次の相手が斬り掛かってきた。

それを右腕に装備された弓状のブレードストッパーで受け止めると、そのままスラスターを全開にして突進し相手を壁に叩き付ける。

シンのASと後ろの壁との間に挟まれ、一瞬怯んでしまった相手の目に、左手を大きく振りかぶったシンの姿が映った。


ゴンッ!


大きく目を見開いた相手の顔面に容赦のないパンチが叩き込まれ、カタパルトデッキに後頭部を打ちつけた鈍い音が響き渡った。

一拍置いて意識を刈り取られた相手のASが光の粒子になって消えていく。

相手が崩れ落ち、行動不能になったのを確認すると、シンはゆっくりと振り向いて残った二人を睨み付けた。

その目に射竦められた相手は戦意を喪失したのだろう。両手を上げて降参の合図をすると、ASを解除して右腕のデバイスを外し、床に置いて一歩下がるのだった。




一方、ブリッジのパンナボールはパニックを通り越して半狂乱状態だった。

シャングの先遣隊は僅か、数キロ先のAS隊とも連絡が取れない状況でランドシップのエンジンを破壊され、身動きが出来なくなったのだ。

後方に降下したドローン部隊はランドシップのエンジンを破壊すると速やかに後退したようだが、前方に展開するAS隊は未だに何かと交戦している。

更に煙幕が薄まった頃を見計らったようにミサイル攻撃を受け、未だに視界が開ける事はない。

先程、ASデッキに飛び込んで行った二機のASも気になった。

今までのワービーストからは考えられない、組織立った攻撃。

常に先手を取られ、こちらは後手後手に回らざるを得ない状況に、ついにパンナボールが怒鳴り声をあげた。


「いったい、どうなっておるんだ!ブルックハルトはどうした!? シャングからの連絡は!? 艦内のAS隊はなぜ発進せん!?」


だがパンナボールの質問に答えられる者は一人もいなかった。艦長も静かに腕を組んで黙っている。

その艦長の態度が気に入らなかったのだろう。パンナボールが食って掛かった。


「艦長!なにを呑気にしておる!早くこの状況をなんとかせんか!」

「なんとかとは?破壊されたエンジンは修理を急がせております。また、艦内に侵入したASについては現在部下を見に行かせてます。追々、報告が入るでしょう」

「敵にこれ以上付け入られんように、こちらからなんとかせんかと、言っておるんだ!」


〈それは、お前の仕事だろう?〉


とブリッジの誰もが思ったが、誰も口には出さなかった。


「司令……こちらのAS隊はバラバラです。更に敵の位置も分からないこの状況で、これ以上何が出来ます?そもそも、敵はどこの誰なのです?」

「そんなの私が知るか!それを調べるのも……」


「艦長ッ!?」


突然、乗組員の一人が大声を出してブリッジの外を指差した。それを見た全員が一斉に固まる。

そこにはブリッジの窓に狙撃銃の銃口を押し付けた、白いASを纏った男の姿があったのだ。


「臥せろ!」


艦長が怒鳴った瞬間、シンがブリッジに向けて発砲した。

凄まじい音とガラスの破片がブリッジ内を駆け巡る。

銃撃されたガラスは正面の一枚だけで銃声は直ぐに止んだのだが、乗組員達は恐怖から床に臥せたまま動かず様子を伺っている。

そんな動揺するブリッジにシンがヒビの入った窓を砕いて侵入した。

そして床で尻餅を付いていたパンナボールの前に立ち、侮蔑を込めた目で睨み付ける。


「お初にお目にかかる。……確かパンナボール司令、でしたかな?」

「き、貴様……いったい何者だ!?」

「ただの亡霊だよ。そんな事より、今日は警告に来た」

「け、警告だと……?」

「そうだ。ここより北のワービーストには、金輪際手を出すな。出せば次は容赦しない。全員殺す。……以上だ」

「…………」


シンはそれだけ言うと、パンナボールの返事を待たずに踵を返した。

そして窓に手を掛けたところで振り返り、にやりと笑う。


「そうそう、お前がミサイルをぶち込んだ猿達……知ってると思うが感染者だ。今頃、怒り狂ってここを目指して進撃しているぞ。早く迎撃態勢を整えるんだな」


シンはそれだけ言うと窓の縁に手を掛け、勢いを付けて外に飛び出した。

そのシンの横に青いASを纏ったアムがスーッと寄り添う。

そしてパンナボールと目が合うと、べーっ!と舌を出した。

言葉もなく茫然と見守るパンナボールをよそに、二人はくるりと向きを変えると空の彼方に飛び去って行くのだった。




シャングの周りでは部下達が次々と打ち倒されていた。

まだ煙は晴れずはっきりした事は分からないが、半数近くは倒されただろうか?

そんな事を考えているとまた一人、すぐ近くで部下の誰かが打ち倒される声が聞こえた。

だがシャングにそちらを構ってる余裕はまったくない。

確か……獣兵衛とか言われていたワービースト。

シャングはその男と数回刃を交わして確信していた。

悲しいが相手の方が上だと。

しかし諦めたわけではない。

今も獣兵衛と対峙したまま、隙あればすぐさま斬り込めるように油断なく構えている。

もっとも隙を見せるような相手ではないだろうが……。

その獣兵衛が突然、刀を鞘に納めた。


「……やめだ。そちらも剣を引け」


そう言い残すと、いぶかしむシャングに背を向け、煙に紛れて消えてしまった。

相手の真意が分からず暫く構えを解かなかったシャングだが、どうやら本当に引き上げたようだった。

その頃になってようやく煙が薄れてきた。

見回せばシャングの部下達がところどころに倒れている。

しかし死んではいない。

何故なら誰一人として血を流していないのだ。


「……隊長?」


呼ばれて振り向けば、気絶から目覚めたバッカスが上体を起こしたところだった。

それを見てシャングが安堵の表情を浮かべる。


「無事だったか、バッカス」

「……はい。どうやら身体に異常はないようです」


自分の身体をあちこち触って確かめるバッカス。

なぜ無事なのか不思議といった顔だった。

そんなバッカスに右手を差し出し、引き起こしてやりながらシャングは考えていた。

ワービースト達は明らかに手加減していた。

こちらを気絶させても止めは刺さず、次の相手を見つけてはそちらに向かって行ったようだった。

なぜそのような事をしたのかは不明だが、死人が出なかったのは素直にありがたかった。


「残った者は周りの者を起こしてやれ。大した怪我はしてない筈だ」


シャングはそう命令すると、自ら近くに倒れた部下の脇にしゃがんで肩を揺すりだした。

いまいち釈然としないながらもバッカスも隊長に倣って他の隊員に歩み寄る。

そして、ふと視線をあげて気付いた。

山の稜線いっぱいに展開して、今にも突撃しようとしている新手のワービースト達に。


「全員叩き起こせ!今すぐだ!!」


遅れて気付いたシャングが叫んだ直後、猿族達は一斉に山を下り始めた。







ランドシップ『アイリッシュ』のASデッキにはアクミを始め、大牙、獣兵衛、パンチ、レオ、次狼といった主だった者達が集まり、シン達AS隊の帰りを待っていた。

AS隊の三人が未だに居ないのは、作戦終了後も戦場と『アイリッシュ』の中間地点に留まり続けて、『インジェラ』から追手が来ない事を確かめていたからだ。

だが先程、それも終わって帰投するとの連絡が入っていた。


懸念されていた街の人達の方も、族長を始めとした大人達の護衛の元、既に猿族の勢力圏からの離脱に成功している。


そしてなにより、これだけの大掛かりな作戦を自分達の手だけでやり遂げた達成感から、全員が揃って笑顔だった。

いや、違う。

なぜか一名……レオだけが、しょんぼりとしていた。


「ほらほらレオくん。いつまで拗ねてるんですか?」

「うぅ……だってアクちゃん達はあんなに大活躍したっていうのに、私だけがなにもしなかったじゃないですか……」

「そんな事ありませんよ。レオくんだって、私達の退路を立派に死守したじゃありませんか?」

「死守もなにも……結局誰も来やしませんでしたよ……。猫々ちゃんどころか、次狼ですらあんなに役立ったっていうのに……」


アクミ達獣化隊がシャング率いる先遣隊と交戦したあの時、……レオと次狼の二人は退路の確保の為に後方に待機を命じられていたのだった。

とは言え近接戦闘専門のレオと違い、次狼の方は得意の狙撃銃を使って次々とAS相手にヘッドショットを決めていた。それを言っているのだ。


「だいたい、みんなして私を子供扱いし過ぎなんですよ。歳なんて一つしか違わないのに……」

「そんな事ないですって」

「そうだぞレオ。敵が行かなかったのは結果論であって、本来退路の確保は重要な任務だぞ。先生も言ってただろ?」

「そりゃ、そうですが……」

「だからそう拗ねるなって。後でご褒美にアイスでもおごってやるからよ」

「それが子供扱だって言ってるんですよ!」


ASデッキの全員が「あはは……」と笑う中、「AS隊帰投、着艦注意」の艦内放送と警告音が鳴り響いた。

全員が安全の為に壁際まで下がり、開いたハッチの外を見つめていると、程なくして着艦コースに入った碧瑠璃が近づいてきた。

アムもデッキの面々に気付いたのだろう。笑みを浮かべているのが見える。

そして碧瑠璃がASデッキに飛び込んだところで逆制動を掛けると、


「アムちゃん!」


と叫びながらアクミが駆け寄った。

それを見たアムの方もデッキに足を付ける前にASを解除し、


「アクちゃん!」


と言って駆け寄ったアクミに飛び付く。

二人が抱き合って喜びを分かち合っている横を、照柿、月白と続けて着艦していった。


「アクちゃん……さっきは時間がなくて、お礼もまだだったよね」

「そんなのいいんですよ」

「ううん、ちゃんと言わせて……」


そう言ってアムは一歩下がると、にっこりと微笑んでから深々と頭を下げた。


「ありがとう、アクちゃん」

「ふふ、どういたしまして」


頭を上げたアムは、今度は壁際に並ぶ他の面々……そして着艦した猫々、シンとぐるりと見回す。


「次狼くん……シン……みんなも、……ありがとう。……その……あんな偉そうな事言ってたのに三日で帰って来ちゃって、ホント心苦しいけど……またよろしくっ!」

「おう!こっちこそよろしくな!」

「よろしくです!」

「いひひ、まぁ……無事でなによりじゃね?」

「まぁ、俺も……こうなるような気はしてたのに引き留めなくて……その、悪かったな」


勢いよく頭を下げたアムに全員が笑顔で答えるの中、シンだけばつが悪そうに頬を掻きながらそっぽを向いた。

その言葉に空かさずアクミが乗っかる。


「そうですよ!引き留めなかった先生が悪いんです!だから言ったじゃないですか。もしあの時に引き留めてれば、アムちゃんだって余計な苦労をせずにですね……」

「分かった!俺が全面的に悪かったから、とりあえず落ち着けアクミ!」


アクミに詰め寄られたシンが珍しく劣勢に立たされていた。

それをアムが……いや、その場のみんなが笑顔で見つめている。


「……ふふ……いいなぁ、やっぱり……」


思わず小声で呟いたアムの独り言だったのだがシンには聞こえたらしく、


「どうした?」


と言って聞き咎めてきた。まるでアクミの追及から逃れるように。

それがまたおかしくて、アムは微笑みながらもしみじみと答えた。


「ううん、やっぱりいいなって。……帰って来たんだなって……思ってた」

「あぁ……そう言えば、まだ言ってなかったな」

「まだ?なにが……?」


なんの事か分からずにキョトンと首を傾げるアム。

だがアム以外の全員はその一言でピンときたらしく、シンを中心に横一列に並んでいく。そして、


「おかえり、アム!」

「「おかえり!」」


その一言で気付いたのだろう。

アムは「……あっ」と小さく呟くと、嬉しさで感極まり、見る見る瞳を潤ませていった。


「……うん……ただいま」

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