32、エピローグ
「あ、来た来た。シ~ン!」
「先生、こっちですこっち!」
ヴィンランドにあるカフェの一角。
柔らかな日差しが降り注ぐ冬の午後。
通りに面した屋外テーブルでアクミとアムが手を振りながらシンに合図を送る。
周りのテーブルには二人のようにカフェを楽しむ客達がちらほらといるが、ワービーストであるアクミがいても気にした素振りはまったく見せない。
既に日常の風景となりつつあるのだ。
ヴィンランドで激しい戦闘のあったあの日から、二週間が経過していた。
「待たせた」
「全然」
シンがトレーをテーブルに置いて椅子に腰掛ける。
昼飯なのだろう。トレーにはクラブサンドとコーヒーが乗っていた。
それを手に取り、一口食べるのを待ってからアクミがシンに尋ねた。
「それで先生、どうなりましたので?」
「取りあえずヴィンランド、北淋、ツインズマールにそれぞれ大使館を置くことで同意した。流通については追々だな」
「西寧府じゃなくて?」
「西寧府は放射能の影響で俺達(旧人類)は近づけないからな」
「あぁ……それもそっか」
「因みにヴィンランドには勘十狼殿が駐在する。補佐はギルとリーディアだ。任期は二年」
「北淋は誰ナンです?」
「シャングだ」
「えぇ!?」
「ある意味凄い抜擢ですね……」
「婿入りするようなもんだろ」
「まぁ、確かに……」
「でも、春ちゃんが北淋に帰っちゃうのは寂しいですね……」
「リカレス経由で丸四日かぁ……さすがに赤ちゃん連れて行ける距離じゃないかな」
「今後は北淋と西寧府、それとリンデンパークが外敵の抑えになる。軍備の増強もするし、その絡みで北淋に船で行く事もあるだろう。その時に便乗すればいい。俺が許可する」
「あはは、職権乱用だ」
「これくらいの役得があってもいいだろ。リンデンパークのプラントもツインズマールに移設する事が決定したし、族長の屋敷も新たに建設する。今後はツインズマールがキングバルト軍の中心都市になるな」
「ねぇ、シン。因みにヴィンランドからは誰が来るの?」
「そうむすっとすんな。死刑になるよりいいだろう?」
ヴィンランドのとある一室でホルトンが苦笑いを浮かべていた。
その視線の先には憮然とした顔で資料に目を通しているルーファスの姿がある。
そのルーファスがスッと顔を上げた。
「俺には死刑宣告としか受け取れません。評議会も遠回しな事をする」
「ワービースト共……じゃなかった。ツインズマールや西寧府の連中に害意がないのはこの二週間で分かったろ?」
「ヴィンランドにいるからでしょう。向こうに行けば、きっと手のひらを返すに違いありません。俺は必ず殺されるでしょう」
「考え過ぎだと思うがな」
「そうですか?」
「まぁ、なんにしてもだ。パンナボールとバカラはあんな状態だ。暫く動けん。行くならお前しかいない。それに今回の決定……俺は粋な計らいだと思うぞ?」
「どこがですか!」
「外の世界を見るにはいい機会だからさ。……特にお前みたいに、将軍の考えに染まっちまった奴にはな……」
そう言って諭すように語るホルトンから、ルーファスは逃れるように俯くのだった。
「げ……ルーファスって、あのルーファス?」
「知ってるのか?」
「いけすかない奴。まぁ、顔会わせなきゃ問題ないか……」
そう言ってアムは苦笑いを浮かべるのだった。
※
「どうしたの?」
さっきから無言で、それでいて神妙な顔つきで座り続ける大牙にひめ子が尋ねた。
場所はヴィンランド内の病院の一室。
『アイリッシュ』艦長という事もあり、ここではひめ子はVIP扱いだった。
「いや……その、実は親父にリカレスが与えられる事になってよ」
「本当!? 良かったじゃない!おめでとう!」
我が事のように喜ぶひめ子の顔を見て、大牙が複雑な表情を浮かべた。
これから話す内容が内容だったのだ。
「それはいいんだけどよ……」
「……? 何か気になる事でもあるの?」
「その……ひめに、俺の産まれた街の話ってした事あったか?」
「リカレスのずっと南の、西寧府軍に追い出されちゃったっていう?」
「ああ、そこだ。実は親父の奴、そこに戻りたいとか言い出してよ」
「戻る……?」
「いや、親父だけじゃなくて、親父に付いてきたみんながそれを望んでるんらしいんだ。一族の墓もあるし、お袋の墓も……」
「うん、それで……?」
「いっぺんには無理だから、リカレスを拠点に少しづつ建物とか再建してく感じで、一年後を目処に移転しようってなって……それでその……俺もそれに付いてく事になってよ」
「まぁ、当然よね。親子なんだもん」
「でだ……そんな何もねぇ所に、ひめを連れてく訳に行かねぇから……」
「何も無くはないわ。大牙くんがいるじゃない」
「いや、俺はいるけど……その、アクミもアムもいねぇし……」
「大牙くんがいるじゃない」
「そ、それに先生やサナ、チカにカレン達もいなくて……」
「大牙くんがいるじゃない」
「…………」
「…………」
「……ひめ?」
「なに……?」
「良いのか?」
「大牙くんがいるからね。と言うか大牙くん?そこは俺に付いてきてくれって言うとこじゃないの?」
「だってよ……」
例の一件以来、大牙も自分の事を意識し始めてくれている。
だこらこそ、ここまで歯切れが悪いのだろう。
そう解釈したひめ子がにっこり笑った。
「……大牙くん?」
「なんだ?」
「やり直してもいい?」
「やり直す? 何を……?」
「好きよ」
「あっ……!?」
「 ……誰よりも貴方が好きです。ずっとずっと昔……ごめんって謝りながらリボンを返してくれた、あの日から……。だから連れてって欲しいの。ダメ……?」
「ダメな訳あるか!俺も……」
「俺も……?」
「好きだ!!」
そんなひめ子の病室の外で聞き耳を立てている人影があった。
「あの……ナニやら告ってますが?(小声)」
「とりあえず、今日はやめとくか?(こそこそ)」
「そうね(ひそひそ)」
嬉しそうにクスッと笑ったアムがバックから紙片を取り出した。
そこにすらすらとメッセージを書き込むと、続けてシンに、そしてアクミへと手渡す。
書き終わったそれを持参した花束と一緒にそっと扉の前に置き、三人は音も立てずに立ち去るのだった。
因みにメッセージには、
『おめでとう、大牙くん、ひめちゃん!』
『幸せにな』
『やればできるじゃないですか!大牙くん、ひめちゃんをよろしくです!!』
と書いてあった。
※
「てか、大牙くんとお父さん達、リカレスに行っちゃうんですか?」
「戦争も終わったからな。難民だったとはいえ、虎鉄殿に従って来た人は多い。だから族長が感謝の意味を込めて街ごと送り、それを虎鉄殿が快く受けた」
「ひめちゃんも行っちゃうんですね」
「やっと結ばれるんだもん、快く送り出してあげないと」
「それもそうですよね!よし、ツインズマールに帰ったら、皆呼んでパーティーしましょう! 英語で言ったらパーリー!!」
「一緒でしょ。でもパーティーは賛成! 別れるまでの短い時間だけど、今からでも楽しい思い出いっぱい作ろ!」
「はいです!」
「で、話が纏まったところでなんだが……」
「なに?」
「どうしました、先生?」
「あれ……」
シンが立ち止まって指差す。
その先には着飾った格好のホワイトビットの姿があった。
「ホワイトビット艦長……?」
「ナンだかおめかししてますね」
「それにそわそわと落ち着かない感じで……」
アクミとアムが顔を見合わせてにまりと笑う。
「ナニやらラブ臭がしますね」
「ここはそっと隠れて様子を見るべきでしょ」
「別にこそこそする事ないだろ」
そそくさと物陰に隠れようとするアクミとアムの肩を引き戻してシンが笑う。
そしてホワイトビットに向かって堂々と歩き出した。
それに気付いたホワイトビットが引きった笑顔を浮かべる。
「よ、ようロンド夫妻。デートか?」
「そんなところです。それよりどうしたんです、ホワイトビット艦長」
「い、いや……その、ちょっと待ち合わせでな……」
「待ち合わせ?」
そう聞いてアクミとアムが再びにへらと笑った。
ホワイトビットの態度と格好からどう見ても女と見ていたのだ。
ここは根掘り葉掘り聞き出さなくては……そう二人が決意した時だった。
「お待たせしました。……って、あれ?シンちゃんにアクちゃんにアムちゃん?」
「「あかねさんッ!?」」
振り返ると、そこにはあかねがにっこり笑って立っていた。
「えっ!? なな、ナンで?」
「なんでって……え?聞いてない?」
「なな、ナニをですかぁ!?」
「その、俺達……結婚するんだ」
「ナンですとぉ!?」
「い、いつの間に……」
「あの……どう言った経緯で?」
さすがに驚きを隠せないシンが三人を代表して尋ねる。
「その……ロンド隊長にツインズマールに連れて来られた時な、いろいろと面倒見て貰ったんだが……それで惚れちまってな」
「会ってその日にプロポーズされたのよ?」
「「はやッ!?」」
「じゃ、じゃあ……ホワイトビット艦長がキングバルト軍に残った理由って……」
「い、いや!それは違うぞ、ロンド隊長!俺はワービーストも同じ人間と認めたからであってだな……要は人類の平和の為にだ……」
「あれ……?私のためじゃなかったんですか?」
「いやいや!も、もちろんあかねの為でもある!!」
あかねにツッコまれ、ホワイトビットがあたふたと弁明する。
それがまた可笑しくて、あかねやシン、アクミにアムまでもが楽しそうに笑った。
※
「なんか、気づけばみんなハッピーエンドね」
「そうだな」
「これからは『疾風ホワイトビット』と呼んでやりましょう」
ホワイトビットとあかねに別れを告げたシン達三人は宿舎であるホテルへの帰路についていた。
既に陽は傾き始めている。
ビルが建ち並ぶ緩やかな坂を登り、遠く城壁の向こうを見渡せる高台を三人並んで歩くこと数分。
目の前に目的のホテルが見えてきた。
アクミとアムがクスッと笑って駆け出し、だが直ぐに立ち止まってくるっと振り返る。
「先生……?」
「シン……?」
「なんだ?」
「ふふっ……帰ったらぁ、ご飯にします?」
「お風呂にする?」
「それとも~」
「「わ・た・し・た・ち?」」
シンをからかうように二人がにっこり笑う。
その二人の笑顔に、シンは悪戯っぽくにまりと笑って返した。
「その前に、指輪を買いに行こう」
「「指輪……?」」
二人が首を傾げる。
「実はギルとリーディアに相談して結婚指輪を注文してある。ホテルのちょっと先の宝石店だ。それをこれから取りに行こう」
「マジっすか!?」
「やったー!!」
あははと嬉しそうに駆け寄った二人がシンを挟むように両手に抱き付く。
アクミとアム。
シンが愛する妻達。
来年にはこの二人の間に子供達が出来ていることだろう。
その子供が大きくなり、そしてまた子供を産み、育てていく。
きっと曾孫が産まれる頃には旧人類もワービーストもないほど血が交ざりあって平和な世界になってる事だろう。
二人から視線を外したシンが今度は空を見上げる。
昔、見たヴィンランドの空。
西部遠征を控え、明日をも知れぬ身で見上げたあの時とはまったく違う。
希望に満ちた空が……旧人類もワービーストもない、皆が平和に暮らすまだ見ぬ空が……未来へと続く澄んだ空がどこまでも広がっていた。