31、決着
「帰って来たぜぇ、ヴィンランド!!」
ヴィンランド北壁より更に北へ十キロ。
遠くヴィンランドを望みながらヘンケルリンクが嬉しそうに叫んだ。それに対し、
「こんな立場(ヴィンランドを攻略する側)で帰って来るとは思わなかったけどな……」
と、オールが苦笑いを浮かべる。
つい何ヵ月か前まではヴィンランド軍にいたのだ。無理もない。
そんな会話を聞きながらシャングがキッと表情を引き締めた。
前方に敵のAS隊が多数、目視できたのだ。
「あれを突破しないと、ヴィンランドの土は踏ませてくれそうにないな。さて、どうするか……」
『シャング、お前の隊はあれを突っ切って、そのままヴィンランドへ向かえ。殿は俺の隊が引き受ける』
「後方からも来てるぞ、ギルの隊だけで大丈夫か?」
『大丈夫だ。隊長クラスを倒して指揮系統を混乱させたら、すぐヴィンランドに向かう』
「……分かった。それまでに足場を確保しとく。無理はするなよ」
『ああ。クラーラ、 お前はその後方だ。シャングに食い付く敵を蹴散らせ』
『了解!』
「よし、じゃあ行くぞ!ヴィンランドに!!」
『『おぅ!!』』
※
そんな主戦場から遠く離れた地点。
ランドシップの砲撃はおろか、銃声の一つも聞こえないその場所にASの駆動音だけが静かに響く。
手に持った槍をだらりと下げ、複雑な表情を浮かべるリーディア。
その視線の先にはアインス、ツヴァイ、ノインの三人が無言でリーディアが見つめていた。
「一応、相談なんだけどさぁ……やめない?」
〈変わらないな……〉
相も変わらず久しい友人に話し掛けるような気さくな態度に、思わずふっと笑みが溢れそうになる。
「俺達は敵同士ですよ?」
それを堪えながらアインスがリーディアを睨み付けた。
「うーん、そりゃそうなんだけどさ……」
「投降してくれるのなら、それなりの便宜を図りますが?」
「ごめん、それは出来ない。だって私、ワービーストも同じ人間って認めちゃってるから。って言うかさ……アッちゃん達こそこっちに来ない?フィーちゃんもきっと喜ぶよ?」
「……ノインは情に絆されて見逃したようですが……フィーアも敵です。次は殺します」
返事とともにアインスの両手が光り、二本の剣が現れた。
ツヴァイとノインも睨み付けるようにして剣を構える。
それを見て説得は無駄だと悟ったのだろう。リーディアが静かに槍を構えた。
正直、三対一では勝ち目はないが、それでも相討ち覚悟なら一人位は行動不能に出来るだろう。
此方の武器はASのシールドを無効化するし、リーディアにはそれだけの腕もある。
「手加減はしませんよ、リーディア隊長」
「いいよ」
リーディアが腰を落としながら静かに答える。
直後、アインスがスラスターを吹かせて一気に跳び出した。
槍の間合いの内側に入り込み、リーディアの攻撃を封じようと思ったのだ。だが、
「ーーーッ!?」
それを読んでいたリーディアの動きの方が一瞬速かった。
地を蹴りながら左手に大型の盾を呼び出し、アインス目掛けてタックルして来たのだ。
これでは斬り掛かっても盾に防がれ、そのまま吹き飛ばされるのがオチだ。
そう悟ったアインスが咄嗟に両手をクロスさせる。
自ら盾に突っ込み、相手の突進を利用して一度距離を取ろうと思ったのだ。
「なッ!?」
そのアインスの表情が驚きに変わった。妙に軽かったのだ。
相手の力に負けまいと前のめりになったのが災いした。
つんのめるように体勢を崩されながらもアインスがリーディアの姿を追えば、リーディアは既にツヴァイに斬り掛かっていた。
盾はフェイク。
いや、アインスの視界を奪うのが目的で、本命はツヴァイだったと言う訳だ。
そのツヴァイが焦りを含んだ顔でチッと舌打ちを漏らした。
リーディアの斬り上げた槍を受け損ね、手に持っていた剣を手放してしまったのだ。
完全に意表を付かれた。
リーディアが盾を呼び出したのは見えた。
だが呼び出した瞬間にひょいと放り投げ、再び地を蹴って自分に斬り掛かって来るとは思いもしなかったのだ。
振り上げた腕を引き、リーディアが再び槍を構え……、
「ノイン!!」
ずに、飛び上がりながら槍先を地に付いた。
そのまま後ろから迫るノインの斬り込みを外して背後に回り込む。
「ごめん、ノンちゃん!!」
驚くノインの腹目掛け、リーディアの槍が突き出された。しかし、
ギンッ!!
その槍先を、割って入ったアインスが両手の剣でもって叩いた。
そのままリーディアの顔面を狙うように右手を振り上げる。
咄嗟に手を離してバク転で回避し、地を蹴ると同時に右手を翳した。
手元が光り手放した槍が再び現れる。が、完全に主導権は取られてしまった。
アインスとツヴァイが左右から斬り掛かって来る。
間合いが近い。
凌ぐのが精一杯で槍を振り回せない。
さすがに零番隊、格闘戦のセンスと連携は完璧だった。
更には後ろに回り込んだノインが突いてくる。
それを重心を右に傾けて紙一重でかわした。左脇腹を剣が掠める。
だが体重が乗って動きの止まった一瞬を突いてアインスとツヴァイが同時に斬り掛かってきた。
「「なっ!?」」
アインスが驚愕の表情を浮かべ、ツヴァイが慌てて剣を引く。
リーディアがアインスの剣を素手で掴み、そのままぐいっと引き寄せたのだ。
二人の身体がぶつかり、縺れあうように体勢を崩す。
その隙にリーディアはスラスターを吹かせて一気に距離を取って再び対峙した。
なんとか危地は脱したものの、その代償も大きい。
リーディアの左手からポタポタと血が滴り落ちている。これではもう使い物にならないだろう。
「投降して貰えますね?」
「ありがとね……」
一瞬だけ微笑んだリーディアの右手に剣が現れた。
アインスの優しさには感謝するが、ここまで来たら最後の最後まで戦い抜く。
それでもダメならその時はその時だ。そう覚悟を決めたのだ。
「なら死ね!!」
リーディアの覚悟を見て取ったツヴァイが叫ぶと同時に地を蹴った。
いつまでもリーディア一人に構っている暇はない。何せ敵の本隊は既にヴィンランドに向かっているのだから。
その思いが、その焦りが、当然していなければならない警戒を怠った。
「ツヴァイ!!」
「ーーーなにぃ!?」
突然上空からツヴァイ目掛け、多数の銃弾が降り注いだ。
更にはアインスとノインにも。
痛みを堪えながら慌てて盾を呼び出し、急いで後退するのが精一杯。避ける事など到底不可能な程の弾幕。
その隙に一気に降下した紅いASがリーディアを庇うようにして立ち塞がった。
「アレンちゃん!? なんで!?」
「話は後だ!ここは引き受ける!下がれ、リーディア隊長!!」
「……でも」
「一対一ならともかく、こいつ等三人を相手に出来るのは俺の呉藍だけだ! ましてや手負いで何が出来る! 行け!!」
「……ごめん!」
一瞬の躊躇のあと、リーディアが飛び去る。
それをアインス達は黙って見送った。
正直、顔見知りのリーディアを相手にするより気が楽だったのだ。
「自らを犠牲にして女を逃がすか……随分と紳士的じゃないか?」
ツヴァイが嘲るように笑う。
「犠牲だと?」
そんなツヴァイをアレンが小馬鹿にしたように笑った。
「間違っているぞ、零番隊。俺はそんな理由でリーディア隊長を逃がした訳ではない……邪魔だったからだ!!」
叫ぶと同時に呉藍の背後が光り、二門のガトリング砲とミサイルポッド、更には四枚の盾を備えた追加装備が現れた。
反動を抑える為だろう。バスンッ!!と音を立てて四本のアンカーが地中に埋め込まれる。
そして両手には四門のガトリング砲。
背後の装備と合わせれば計六門。
超火力特化装備。
移動手段を捨てた代わりに、最強の火力を手に入れたASが目の前にいた。
「さぁ、武器の貯蔵は万全だ!行くぞ、零番隊!!」
「ーーーッ!?」
フィーーーン!!と甲高い音を響かせてバレルが回転を始める。
直後、六門のガトリング砲から一斉に弾丸が吐き出された。
アインスが、ツヴァイが、ノインが、スラスターを全開にして思い思いの方角に回避を試みる。
それを、まるでしなる鞭のように一条の線と化した弾丸が襲い掛かった。
その中でもノインは不幸だった。
アインスとツヴァイを狙うのは呉藍の背後に設置されたガトリング砲で、こちらはAIによるオートなのだろう、狙いも単純で何とか回避もできる。
だがノインを狙うのはアレンの両手に装備されたガトリング砲だった。
まるで誘導するように二本の弾道がノインを追いかける。
そしてその行き場を阻むように、もう二本の弾道が反対から迫って来た。
「ーーーッ!?」
気付いた時にはもう遅い。
四門のガトリング砲から逃れる事など不可能だった。
咄嗟に両手にシールドを呼び出し慌てて構える。
直後、ノインを無数の弾丸が襲った。
「うわぁーーーーーーッ!!!」
ドガガガガガッ!!!
と、凄まじい轟音が辺りに響き渡る。
あまりの衝撃にシールドごと腕が持って行かれそうになる。
それを何とか堪えるが、ビキッ!と音を立ててシールドにヒビが入った。
対抗措置など思い浮かばない。
ただシールドにすがるしかない現状にノインが絶望しかけた瞬間、
「足を止めるな!!」
アインスの射出したワイヤー付きのハーケンが足に絡み付いた。
そのままぐいっと力任せに引っ張られ、何とか危地を脱する。
「貰ったぞ!!」
逃がさんとばかりノインを追撃しようとしたアレンに、弾幕を潜り抜けたツヴァイが背後から迫った。
だがそれをチラリと見たアレンがニヤリと笑う。
〈クレイモア……!?〉
まさに斬り掛かろうとした瞬間だった。
ドバンッ!!
「くッ!!」
一見無防備に見えた背後……実際は多数のクレイモアを備えた複合装甲だったのだ。
それ等が一斉に弾けた。
それを咄嗟に身を屈めて何とか回避する。
だが動きの止まったその身体に、アレンの左手がスッと向けられた。
「ツヴァイ!!」
「ーーーチッ!?」
慌てて首を傾げたアレンの目の前を一本の短刀が掠める。
ツヴァイの危機と見て取ったアインスが咄嗟に投げつけたのだ。
やはり零番隊は油断がならない。ちょっと目を離した瞬間にこれだった。
その隙に難を逃れたツヴァイが再び距離を取って対峙する。
アインスとノインも同様だ。
それ等をアレンは忌々し気に眺めた。
正直、今の攻防で一人は倒せると踏んでいたのだ。
だからと言ってアレンの顔から余裕の表情は消えない。
またやればいい。それだけだ。
〈まずいな……〉
一方、アインスはアインスでアレンを忌々しそうに睨んでいた。
まず二人を足止めしながら一人を叩く。
そして一人減れば、次は今以上の弾丸が其々に襲い掛かると言う訳だ。
おそらく前々から戦術を練っていたのだろ。しゃくだが、理に叶った戦法だった。
それに場所もいい。
おそらく背後の盾とガトリング砲はミサイルにも換装できるだろう。
そうなれば、こんな遮蔽物がなくて開けた場所では、逃げようと思ってもミサイルの餌食になるだけだ。
おまけにスラスターの性能は相手の方が格段に上ときている。
奴が自分達三人を相手に出来ると豪語するだけあった。
〈やるなら今しかないか……〉
今ならまだ三人残っている。
とは言え、今の攻撃でノインの心は折れ掛かっていた。恐怖が顔に滲み出ている。
それはそうだろう。
あれだけの弾丸に襲われたのだ。恐怖しない方がおかしい。
アインスがチラリとツヴァイに目配せすると、それに気付いたツヴァイがスッと腰を落とした。
「無駄な事を!!」
同時に地を蹴った二人にガトリング砲が火を吹く。
斬り掛かろうとする二人を弾幕で強引に押し返し、ミサイルを放って主導権を掴み、後は先程と同じように一人づつ死地に追い込んでいけばいい。
それで勝てる。
……筈だった。
ツヴァイが自滅覚悟で突っ込んでさえ来なければ。
「バカなッ!?」
先にアインスを叩こうとしていたアレンが慌てて矛先を変える。
弾幕に押し返され一度後退したツヴァイが、クンッと進路を変え、何とミサイルを引き連れながら一気に近付いて来たのだ。
ツヴァイが刀を放り捨ててシールドを呼び出す。同時に多数の弾丸がシールドを襲った。
「ーーーぐッ!?」
想像以上の威力。
あまりの衝撃にシールドが砕かれそうになる。
それでもスラスターを全開にし、構わず突っ込んで来るツヴァイの背中にミサイルが命中した。
「なにッ!?」
背中のスラスターを吹き飛ばされ、体勢を崩し、それでもその爆風を利用することでツヴァイが一気に懐に入り込んできた。
「死ねぇ!!」
「ぐはッ!?」
固く握り締めたツヴァイの拳がアレンの胸に叩き込まれた。
ボキボキ!と音を立ててアレンの肋が砕かれる。
だが同時に、アレンのサーベルがツヴァイの腹にも決まっていた。
「……くっ!?」
高電圧に触れたかのようにバチンッ!と痛みが走り抜けた。
食らった腹を中心に身体が熱い。
〈スタンガン……〉
グラリと身体が傾ぐ。
意識を失いそうになるのを必死に堪えながらも何とか地を蹴り後退する。
「逃がさん!!」
そのツヴァイ目掛け、呉藍からガトリング砲が放たれた。だが、
「ーーーぐおッ!?」
ズキン!!と胸が痛む。
息が出来ない。
狙いも定まらない。
砲身を抑えつけようにも抑えられない。
「……くそ……二人は……いけ……た……」
肋の折れた状態でガトリング砲を撃った。
そのあまりの激痛にアレンもまた意識を失ってしまうのだった。
※
「いたぞ!!」
AS隊の目の前を数台のサイクロンが猛スピードで横切って行く。
ヴィンランドの城壁内では南門制圧を目指すサイクロン隊と、それを阻止しようとする防衛隊との間に激しい戦闘が始まっていた。
その中でも右翼を進む玲々の部隊は、街の中心に近いその位置関係から敵の攻撃を一手に引き受ける役目を負っていた。
『玲々様、このままでは囲まれます!!』
副官の唐逍が叫ぶ。
後ろから一個中隊、その他にもレーダーに映った敵影はざっと見ても四中隊。
いくらサイクロンの足が速いとはいえ、此方の目的地がバレてる以上侵攻路を読み易いのだろう。
このままではいずれ進路を阻まれて足を止めさせられてしまう。
そうなったらお終いだった。
「唐逍殿、別れましょう。 ご武運を!!」
『はっ!』
「各機へ!散開する、各自の判断で敵を叩け!我等の目的は、南に向かう敵の足止めぞ!!」
『『おう!!』』
返事と共に部下達が一斉に進路を変えた。
それを見て驚いたのは追撃していたAS隊だ。
『分かれたぞ!?』
「各機、小隊毎に敵を追え!一匹たりとも生かして帰すな!!」
『『了解!!』』
「ラッド、 セーガン、 ディオン、 指揮官をやるぞ! 付いて来い!!」
『『了解!!』』
隊長が叫ぶと、その周囲に寄り添うように三機のASが集まった。
そしてスラスターを全開にして玲々のサイクロンに追従する。
それをバックモニターでチラリと見た玲々がギュッとグリップを握り締めた。
「四機か……望むところ!!」
モーターが唸りを上げてサイクロンが加速する。
『逃がすか!』
「高度に注意しろ!ミサイルが来るぞ!」
『その前に……こいつで仕留めてやる……』
ラッドがバズーカの狙いを定める。
本来ならスピードはサイクロンの方が圧倒的に上だろう。
だが街中という事もあり速度はほぼ互角。いや、障害物が無いだけ空中にいるASの方が速いくらいだった。
徐々に距離を詰められ、もう少しでバズーカを撃ち込まれる。
そんな時、サイクロンからハーケンが射出された。
それをビルの壁に打ち込み、コンパスのようにくるっと回って交差点を猛スピードで曲がって行く。
『あんなスピードで!?』
「右から回り込め!ショッピングモールに追い込む!!」
『『了解!!』』
進路を変えたラッドとディオンを尻目に隊長とセーガンが交差点を曲がる。そして、ギョ!?とした。
空き缶サイズの物体が数個、コンッ! コンッ! と地面を跳ねるように転がっていたのだ。
「くそッ!!」
慌ててシールドを呼び出した隊長が物影に隠れ、セーガンが急上昇する。
直後、それ等が一斉に爆発した。
「バカ野郎!!」
爆風を耐えながら隊長が叫んだ。
セーガン目掛け、小型ミサイルが一斉に襲い掛かったのだ。
遮蔽物のない上空で左右はビルの壁。避ける事など不可能だった。
「言わんこっちゃねぇ!!」
吹き飛ぶセーガンを無視して隊長が再び加速する。
その視線の先でサイクロンがクンッ!と交差点を曲がった。
少しの間を置いてラッドとディオンが交差点を横切る。
回り込んだ二人が横合いから攻撃を加えたのだ。
これで目の前は行き止まり。ショッピングモールのロータリーだ。しかし、
「おい!?」
サイクロンは止まらなかった。
バナナノーズの下に設置されたバルカン砲でガラス扉を破壊しながら店内に突っ込んだのだ。
ドリフトさせて停止しながら玲々が店内の案内図をチラリと見る。が、それも一瞬。すぐさまアクセルを吹かせてエスカレーター横の階段を駆け上がった。
それを二機のASが追いかける。
『隊長、敵は二階のコンコースを西に向かいました!』
「分かった、先回りする」
センターコートから西に向かえば、通路はショップの建ち並ぶ中心部と、南に面した休憩エリアとに分かれる筈だ。
中心部は吹き抜けがあって空中を飛べるASが有利。なら南か!
案の定、その通路にサイクロンが猛スピードで進入してきた。
ガラス窓の外を並走しながら隊長がバズーカを構える。
それに気付いた玲々がサイクロンを加速させた瞬間、砲弾がガラスを突き破って床に着弾した。
爆風を背に受けながら速度も落とさず通路を突っ走る玲々。
その向こうはタワーパーキングへの連絡通路だ。
「行かせるか!!」
再び扉を突き破ったサイクロンにバズーカを撃ち込む。
しっかり見られていたのだろう。それをドリフトでかわしながら、敵は通路を右に曲がっていった。
だがそれでいい。あっちはパーキングの上階に向かう道だ。
「俺が追い立てる!お前達は先回りしろ!!」
『『了解!』』
指示を出しながら左右の柱にバズーカを撃ち込む。
ガラガラと音を立てて壁と天井が崩れる。
これで万一敵が引き返しても下には降りられないだろう。まさに袋の鼠だ。
その音を遠くに聞きながら、それでもお構い無しに玲々のサイクロンはパーキングを上がり続けた。
車体をドリフトさせながら三階から四階、四階から五階へと猛スピードで駆け上がる。
そして六階に踊り出た瞬間、突然ハーケンを射出した。
目の前に二機のASが先回りしていたのだ。
エネルギーシールドが銃弾を弾くのと同時にハーケンが敵のASを吹き飛ばす。
「やろう!!」
壁に叩き付けられた二人を見て隊長が吠えた。
これで残ったのは自分一人。
だが、それでも此方の勝ちだ。最上階に出たのだ。
逃げるにしろ、反撃するにしろ、敵はUターンの為に足を止めざるを得ないだろう。
その瞬間にバズーカを撃ち込めばいい。それで終わりだ。だが、
「嘘だろ!?」
勝利を確信した隊長の顔が驚愕に変わった。
行き場を失った敵が、なんと路面にハーケンを撃ち込み、そのままフェンスを突き破って飛び降りたのだ。
「なんて無茶苦茶ーーーなッ!?」
慌てて空中に飛び出した隊長が下を見てハッ!?と息を飲む。
二本のワイヤーにぶら下がりながら、玲々のサイクロンが壁面に張り付いていたのだ。
しかも、ガトリング砲の銃身を此方に向けて……。
ドガガガガガッ…………!!
火薬の炸裂音が止めどなく響き渡る。
空になった薬莢がバラバラと空中に撒き散らされる。
シールドがあるとはいえ、全身を弾丸に強打されて隊長が意識を失う。
勝負あり。
玲々は落下してきた隊長を片手で無造作に受け止めると、ワイヤーを伸ばして地上に降り、隊長を地面に放り投げて何事もなかったように走り去るのだった。
※
「サイクロン隊、南門まで後三キロ!」
「くそ! AS隊に伝えろ! なんとしても侵攻を阻止するんだ!!」
「はっ!」
ルーファスの苛立たしい声が司令本部に響き渡る。
その目の前で、味方のASがミサイルを受けて吹き飛んだ。城壁の上を疾走するサイクロンに迎撃されたのだ。
地上ならともかく、ハーケンを使って城壁やビルの壁までクライミングされては、上空に上がったASはミサイルの良い餌食だった。
〈おのれ……〉
ギリっと奥歯を噛み締めながらルーファスがモニターを睨み付ける。
高い汎用性と豊富な武器。そして長距離運用をも念頭に設計された高機動型戦闘バイク、サイクロン。
実は多額の費用を理由に開発申請を却下したのは、誰あろうルーファス自身だった。
その判断が間違っていたとは思わない。思わないが、そのしっぺ返しが、まさかこんな形で訪れようとは思いもしなかった。
あんなのが相手では城壁を守備する一般兵は一溜まりもないだろう。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うのがオチだ。
そうなる前に何とか手を打ちたいが、正直、何の対抗手段も浮かばないのが現実だった。
そんな焦るルーファスを尻目にグリーンウッドがスッと目を細めた。
何か違和感を感じたのだ。
何かがおかしい。
いや……何かを忘れている?
「ーーーッ!? おい、月白と碧瑠璃はどうした!?」
「え……?」
グリーンウッドに指摘されて初めて気付いたのだろう。初めきょとんとしたルーファスの表情が、モニターを見るなりサァと青ざめていく。
どこにも映っていなかったのだ
「急いで探せ!!」
「はっ!」
カメラが次々と切り替わりサイクロン隊を映し出す。
だが、そのどれにも二人の姿はなかった。いつの間にか別行動を取っていたのだ。
〈……いつからだ?〉
グリーンウッドの胸中を不安が過る。
そして、その不安は的中した。
「し、司令!ミサイルセンターからです! 格納庫にAS二機が侵入、発射台を次々と破壊しているそうです!!」
「なんだと!?」
やられた……。
サイクロン隊こそが囮。
……いや、敵の狙いは初めから両方だったのだろう。
陽動に次ぐ陽動に、まんまと乗せられた訳だ。
せめてホルトンの部隊だけでも残しておくんだったと後悔したが後の祭りだった。
「え、AS隊を引き返させろ!」
「放っておけ!!!」
ざわめき始めた司令部にグリーンウッドの怒声が響き渡った。
そのあまりの剣幕に辺りがシーンと鎮まり返る。
「将軍……」
「お前が冷静さを失ってどうする。 奴等とてヴィンランドの中で放射能漏れなど起こさん。敵を排除してからゆっくり復旧すればよい。これ以上、敵の策に乗せられるな。今は南門の防衛に集中せよ!」
「……はい!」
キッと表情を引き締め、ルーファスがモニターを睨み付ける。
実戦経験の乏しさから些か後手後手に回っているが、元々頭も切れて優秀なのだ。
特に目の前に山積した問題を効率よく処理する能力は今のヴィンランドでは随一だろう。
敵の策も出尽くしたのなら、後は一つづつ潰していけばいい。
それはルーファスの最も得意とする分野でもあった。
「敵のAS隊はどうなってる?」
「此方のAS隊と交戦中」
「突破されるぞ。東の城壁には最低限の警備を残し、南門防衛以外のASは全て北壁とコックスベースに回せ!!」
「はっ!」
※
「気付いたか?」
ツヴァイが目が覚めると、そこは静かな林の中だった。
ちょっと肌寒い風が吹き抜けていくが、今の火照った身体には心地よい。
「ここは……?……くッ!?」
「大丈夫?」
「いや、別に痛む訳じゃない。ただ……身体に力が入らんだけだ。笑っちまうくらいにな」
本当におかしいのだろう。
心配そうに見つめるノインにツヴァイがくくっと笑ってみせた。
まぁ、命に別状がないなら何よりだ。
「俺達は行く。ツヴァイはここで休んでいろ」
「あぁ、そうする……さすがにこれじゃ、足手まといだ」
苦笑いを浮かべながら何とか右手を持ち上げる。
それを見下ろしながらアインスとノインも苦笑いを浮かべた。
こんなに弱って素直なツヴァイを見るのは初めてだったのだ。
二人のASが静かに浮き上がる。
そしてツヴァイを残し、二人はヴィンランドに向かって飛び去るのだった。
それをただじっと見送る。
正直、ここで敵に襲われたらお陀仏だろう。だがそれを嘆いても仕方がない。
とにかく今は身体を休め、一刻も早く戦線に復帰する事だ。
それが今の自分に出来る最大限のことだと割り切り、ツヴァイはそっと眼を閉じるのだった。
※
「あれ……?春……?」
「あれ、春?じゃないわい!」
目を覚ましたアレンに春麗が呆れたようにツッコんだ。
そのアレンはというと、サイクロンから落ちないよう、春麗の背中に凭れるようにしてワイヤーで括り付けられている。
「俺……生きてるのか?」
「死んでるように見えるのか?まったく、無茶しおってからに……」
「……零番隊は?」
「逃げたわい」
「逃げた?」
「妾達が近くに居たからよかったものの、でなければ止めを刺されてたわい」
「あぁ……そう言うことか」
「なにを他人事のように……まぁ、今さら説教しても始まらんか。とにかく無事でなによりじゃ。その怪我ではもう戦えまい。後は妾達に任せ、お主は休んでおれ」
「あぁ。で? これはどこに向かってるんだ?」
「『グリッツ』じゃ。あそこの戦闘は終わっとる。敵も白旗を掲げた船にまでは攻撃を仕掛けて来ん。そこは信頼してもいいじゃろう」
「春はどうするんだ?」
「お主を降ろしたらヴィンランドに向かうわい。とんだ寄り道じゃ……」
「それはすまないことした。お礼にとっておきの紅茶を進呈しよう」
「妾は紅茶は好かんと前に言ったろう?」
「ははは……まぁ、そう言うな。たまには嗜好を変えるのも良いものだぞ?それにシャング隊長も、たまには烏龍茶以外を飲みたいのではないか?」
「安心せい。シャングはコーヒー派じゃ。……とは言え……確かにたまには良いかも知れんの。では、ありがたく頂くとするか」
そう言ってふふっと笑いあう二人だった。
※
「どっから撃って来るか分からんぞ!注意しろ!」
ヴィンランド北壁外部には、シャング率いるAS隊が取り付いていた。
廻りにカルデンバラック隊とリーディア隊(今は指揮を任されたクラーラが率いている)の姿はない。
シャングの隊だけが先行し、後続の為に橋頭堡を築く。それが彼等に与えられた使命だった。
崩れた城壁からシャングがそっと内部を覗き込む。
途端に銃弾が雨霰のように降り注いだ。
「バッカス、中に入ったら壁沿いに右に進むぞ。付いて来い」
『了解!』
「ヘンケルリンクとオールは正面の敵を頼む」
『『了解!!』』
「行くぞ!!」
叫ぶと同時にスラスターを吹かせ、シャングが一気に侵入した。それに部下達も続く。
銃弾とミサイルが多数撃ち込まれるが、そんなのお構いなしにただ突き進んだ。
立ち止まって反撃するより、早く物陰に入り込んだ方が安全だからだ。
そして敵の注意を引くようにヘンケルリンクとオールの部隊も侵入する。
こちらは直ぐに散開して物陰に隠れた。
「野郎、良い所に陣取ってるな……」
ランドシップの砲撃で破壊された城壁の正面。
とばっちりを食らって崩れたビルのコンクリート片をバリケード代わりに布陣するのはAS三個中隊。
他にもビルの二階からバズーカを撃ってくる奴等もいる。
「オール、ここは任せた!暫く奴等の気を引いててくれ、直ぐに黙らせる!!」
『分かった』
「三人来い!残りはオールと一緒にドンパチやってろ!!」
そう言い残し、部下達を引き連れたヘンケルリンクが路地裏へと消えていった。
何せここは勝手知ったるヴィンランド。
敵の布陣を思い浮かべながら路地を曲がり、ビルの中を突っ切ってまた路地裏を行く。
そうこうしてると、いつの間にか敵の斜め後方に出ていた。
狙撃銃を呼び出し、合図と同時に一斉に弾丸を叩き込む。
後ろからの突然の攻撃に、慌てて物陰から逃げ出す敵を一人一人正確に狙撃していく。
更には二階に陣取る敵にミサイルランチャーを撃ち込む。
それに呼応するようにオールが部隊を進めた時点で敵は完全に崩れた。
さすがに逃げ出す奴は一人もいなかったが、挟み撃ちに会っては成す術もない。程なくして敵は完全に無力化された。
とは言え、ここは敵地。直ぐにも敵の増援が現れるだろう。
そうなる前に味方と合流するのが得策だった。
「上出来だ!だが気を抜くんじゃないぞ。物陰と窓は常に警戒しろ。動く者があっても攻撃する前に先ず身を隠せ! 反撃はそれからだ。いいな!」
「「はい!」」
「よし、行くぞ!」
「お前がワービーストを率いる隊長とはな。いつの間に趣旨換えしたのだ、ヘンケルリンク?」
「ーーーッ!?」
突然、声を掛けられてヘンケルリンクが後ろを振り向く。
その目の前で、部下達が吹き飛んで壁に叩き付けられた。大剣で凪ぎ払われたのだ。
その敵の顔。
顔じゅうの血管の浮き出た鬼気迫る表情。
間違いない。報告にあった強化薬を使用している。
しかも、その使用しているのが……、
「ブルックハルト隊長……?」
ヘンケルリンクが呟く。
一度ならず二度までもアクミに敗れ、いつの間にか部隊を去った嘗ての上官、ブルックハルトだったのだ。
「……どうして?」
「この顔の事か? ふん……まぁ、言われてみれば私もこの体たらくか。お前の事を責めはすまい。それより答えよ。あの女はどこにいる?」
「あの女?」
「野良猫の事だ」
「アクミ殿……?アクミ殿ならサイクロンで……」
ついポロッと口に出してハッとした。
ブルックハルトが獰猛に笑ったのだ。
ブルックハルトとアクミの確執をつい失念していた。
「中で暴れてるのがそうか……」
「隊長……」
「なんだ?」
「行かせる訳には行きませんよ。これじゃあ、俺が仲間を売った事になる」
「やめておけ。貴様ごときでは私には叶わん」
「叶う叶わないじゃないんですよ。気持ちの問題です」
「ふん、つまらん感情……だな!!」
「ーーーッ!?」
言うなりブルックハルトが間合いを詰める。
大剣の柄がヘンケルリンクの鳩尾に叩き込まれる。
ヘンケルリンクはそれに全く反応出来なかった。
意識を失い、がくりと崩れ落ちる。
「昔のよしみである。この戦いが終わるまで、そこで寝ているがいい」
ブルックハルトはそう言い捨てると、スラスターを吹かせてその場を立ち去って行くのだった。
※
「迫撃砲は片っ端から破壊しろ! 城門は後回しでいい、それより砲台だ!!」
城門前広場に夏袁の大声が響き渡る。
サイクロン隊がついに南門に到着したのだ。
その時、城壁の上に設置された砲台が吹き飛んだ。
他の砲台を占拠した味方が砲撃したのだ。
「おうおう!呼成の奴、やるじゃねぇか!こっちも負けんな!!」
叫びながら夏袁のサイクロンが敵のAS隊に乗り入れる。
呼び出した鋼鉄製の混を振り回しながら次々と敵を昏倒させていく。
それを見てASを持たない一般の兵士達が我先にと逃げ惑った。
敵はサイクロンである以前に獣化なのだ。堪ったものではない。
「南門より増援要請!」
「差し向けたASは?」
「別のサイクロン隊に阻まれ交戦中!」
「ちっ……」
まずい……このままでは南の砲台は破壊され、門まで開かれかねない。
そこにワービーストの大軍が到着したら完全にアウトだった……それなら!
「港の護衛艦『ヘルリッジ』に通達、城門付近にミサイルを撃ち込め。バンカークラスターの使用を許可する」
「バンカークラスター!?しかし、それでは……」
ルーファスの指示に通信士が躊躇する。
確かに城門前広場は開けている。
分裂して多数の子爆弾をばら蒔くバンカークラスターは有効だろう。
だが、あんなのをヴィンランドの中で、それも多数の味方の行き交う中で使うなど言語道断だった。地面に転がった不発弾がいつ爆発するか知れないからだ。
だがルーファスは引かなかった。
「今サイクロンを蹴散らさないと防御態勢を取れない。それに敵が城壁を越えて来た際、不発弾はそのまま地雷代わりになる」
「ですが……」
「よろしいですね? 将軍」
躊躇する部下から視線を外し、ルーファスがグリーンウッドに念を押す。
確かに、このままでは南から接近する敵に対処が出来ないのも事実だった。
「致し方あるまい。但し、やるなら徹底的にやれ。『ヘルリッジ』だけでなく、『アムザーレ』と『カインズベル』にも攻撃させよ」
「……了解しました」
グリーンウッドまで同意したのなら是非もない。
通信士は機器に向かうと、感情を抑え、淡々と命令を伝えるのだった。
その敵の通信を聞いている者達がいた。シンとアムだ。
二人はミサイル施設の破壊を終え、シャング達と合流すべく移動を始めた。
そしてたまたま遭遇した敵を無力化した際、敵のインカムから流れてくる避難勧告が耳に入ったのだ。
「シン!?」
驚いたアムが振り向いた時、既にシンはインカムに手を添えていた。
「夏袁!バンカークラスターだ!!港の護衛艦が撃ってくるぞ!急いでその場を離脱しろ!!」
『うおい、マジか!? おい、聞こえたな!?全員 逃げんぞ、急げ!! アクミ、遅れんなよ!!』
『はいです!!』
「アクちゃん達、大丈夫かな……?」
インカムの向こうから聞こえる慌ただしい声にアムが心配そうな表情を浮かべる。
そんなアムの肩にシンがポンと手を置いた。
「心配は後だ。屋上に上がって通信アンテナを片っ端から叩くぞ!」
「あっ!? オッケー!!」
※
「ごめん、応急手当でいいから急いで。あと、それが終わったら左手にシールド括り付けて欲しいかな」
「幾らなんでも無茶ですよ!」
「へーきへーき!」
心配する衛生兵にリーディアが笑って答えた。
場所は『グリッツ』の後部デッキ。
リーディアはアレンと別れた後、治療がてらここに立ち寄った。
そしてそれが終わった今、直ぐにでもヴィンランドに向かうつもりでいたのだ。
その時、
『リーディア隊長』
リーディアのインカムにブリッジのホワイトビットから通信が入った。
「はいん?」
『どうせヴィンランドに行くんだろ?』
「行くよー」
『なら軽傷で血の気の多いのが六人いる。そいつ等を連れてってくれ。第二デッキに集めとく』
「りょうかーい!」
程なくして治療が終わり、リーディアが衛生兵に礼を言って歩き出す。
そして通路を曲がり、周囲に誰もいなくなったのを見計らってから、おもむろにスッと左手を振ってみた。
さすがにズキンと痛んだが、まぁ我慢できる範囲だ。何とかイケるだろう。
そんな事を思いながらカタパルトデッキに足を踏み入れると、そこには見知った顔がいた。
「あれ? ロックちゃんじゃん、どったの?ハハッ!」
「カルデンバラック隊長に負傷者搬送の指揮任された」
「そっか。じゃあ、ロックちゃんが副隊長ね。よろしく。ハハッ!」
「別にいいけど。ところで何? その「ハハッ!」ってのは……」
「夢の国、ヴィンランドで流行らせようと思ってね。今、考えた。ハハッ!」
「相変わらずだね……」
ロックが苦笑いを浮かべる。
臨時に集まった他の隊員達も同様だ。
そんな隊員達をリーディアが笑顔で見回す。
「よし、第二ラウンドだ! みんな、気合い入れていこう! ハハッ!」
「「ハハッ!」」
「声が小さい! ハハッ!!」
「「ハハッ!!」」
妙にノリのいい隊員達と軽い団結式を済ませてリーディアがカタパルトに跨がる。
その横にロックが、そして後ろには他の隊員達が続いた。
『味方のAS隊は破壊した北壁付近で交戦中、各員の検討を祈る!』
「ありがとー! じゃあ、行っくよー!!」
「あれ? もう、ハハッ!はいいの?」
「ハハーーーーーーーーーんッ!!」
ロックに指摘されて思い出したのだろう。
妙な笑い声を響かせながら、リーディアの黒い機体が大空へと押し出されて行くのだった。
※
「ちょっとちょっと! のぉーーーーーーッ!?」
悲鳴を上げながらアクミがサイクロンを飛び降りる。
跳ね返った子爆弾がサイクロンの真下で爆発し、前のめりに吹き飛んだのだ。
が、そこは獣化。
投げ出される瞬間に自ら跳ぶ事で、大した怪我もなく着地する事が出来た。
「まったく……乙女のお尻をしつこく追い回すとは、ナンてエッチな爆弾ですかね」
パンッパンッとスーツに付いた汚れを払い落としながらアクミがブー垂れる。
そして制御を失って壁に激突した愛機を見つめ、「ふぅ……」と小さくため息を付いた。
さすがにあれで動かないだろう。
そうして今度は辺りを見回す。
「まぁ、原っぱの真ん中じゃないから良しとしますか……」
サイクロンを失った今、のこのこほっつき歩いてては危険だった。
いくら獣化が出来るとは言え、狙撃されてはお終いだからだ。
そう言った意味では街中なのは不幸中の幸いだろう。隠れる場所には事欠かない。
もっとも、街中でなければ子爆弾が跳弾する事もなかったろうが、それはそれ。
「取りあえず……其処らの喫茶店でお茶でもしてましょうかね……」
呼び出したボトルの水をくいっと煽りながら不埒な事を考えるアクミ。そんな時だった。
「野良猫ーーーッ!!」
「うにゃ!?」
突然上空から斬り掛かられた。
慌てて飛び退き、くるっと回って華麗に身を起こす。
「いきなりナニすんですか!! って、あんたはジョブリナ・ヒコルノビッチ!?」
「ブルックハルトだ!!」
驚愕の表情を浮かべるアクミにブルックハルトが即座にツッコんだ。
そんなブルックハルトを見て、アクミがふふんと口の端を吊り上げる。
「いやですねぇ、分かってますよ。自慢じゃありませんが、私は一度見聞きしたモノは決して忘れないんですよ。昔、屋敷のお姉さん達に神経衰弱のアクちゃんって異名で呼ばれてたのを知らないんですか?」
「そんなの知るかッ! お前と話すと頭が痛くなる。もう喋るな!貝のように口を閉ざせ!!」
「へへん、貝は貝でも私は法螺貝ですよ。 アサリみたいに口ナンか閉め……られ…………」
「…………」
「……いま思ったんですが、法螺貝ってサザエみたいに蓋出来るんですかね?」
「…………」
アクミのふとした質問に思わず二人の動きが止まる。そのまま十秒も経った頃だろうか?
突然アクミがはっ!?と表情を変えた。何か思い当たったのだろう。そして、
「……君は法螺貝の秘密を、知ってる貝? なんちって」
その場の空気がピリピリと痛いほど凍りつく。
無言で……それでいて相手の出方を見極めるかのようにじっと見つめ合う二人。
その沈黙を破ったのは、またしてもアクミだった。
「……そこの法螺貝、早くこっちに放ラんガイ! (くすっ)」
きっと冷めた空気を和ませようとしたのだろう。アクミのオヤジギャグが再び炸裂する。
だがそんなアクミを無言で……と言うより無表情な瞳でじっと睨み続けるブルックハルト。完全に逆効果だった。
それを見てアクミの顔が再び真顔になる。
「……知ってますか?法螺貝に纏わる世にも恐ろしい伝説を……」
またなんか言い出した。
「法螺貝には、海で死んだ人の魂が閉じ込められるそうです。そして、その閉じ込められた人の魂の悲鳴が法螺貝の音色に乗って聴こえてくるんですって。……苦しいよ~……ここから出してよ~……はやく成仏したいよ~……ってね。マジ怖いですよね…… ホラー貝だけに(ニヤリ)」
「…………」
まるで置物のように微動だにしないブルックハルト。
そんなブルックハルトに痺れを切らせたのだろう。
アクミが「ふぅ……」と小さくため息をついた。
「……あの、せめてリアクションをですね……」
「するかッ! もう死ねッ!!」
呆れるアクミに、顔を真っ赤にさせたブルックハルトが斬り掛かる。
こうして二人の因縁の対決の幕が切って落とされるのだった。
※
一方、その頃。
「くそ、アクミがいねぇ!?」
夏袁が血の気を引かせていた。
とにかく敵の攻撃は滅茶苦茶だった。
自分達を排除する為とは言え、味方のいる真っ只中にミサイルを撃ち込んだのだ。
シンからの通報があって直ぐ、多数のミサイルが飛来するのが見えた。
アクミが一緒に逃げ出したのは視界の端に捉えたが、その後は自分の身を守るのが精一杯。
何とか生き残り、一息付いた今になって初めてアクミとはぐれた事に気付いたのだ。
「 燕迅! 俺はアクミを探しに行く! 後は任せんぞ!!」
「俺が行きます!夏袁様は引き続き攻撃の指示を!」
「ふざけんなッ!アクミはシンに頼まれてんだ、なんかあったじゃすまねぇんだよ!!」
「知ってます!だから俺が行くんです!飛影、後は頼んだぞ!!」
「あッ!? おい!!」
言うなり燕迅のサイクロンがくるっと向きを変えて走り去る。
その背中を夏袁は睨むように見つめていた。
〈 くそ! マジで頼むぜ、燕迅……〉
「夏袁様……」
「分かってる!」
声を掛けられ夏袁が振り向く。
そこには飛影とパンチの他に部下は一人しかいなかった。
残りは全員殺られたか、或いはアクミのように散り散りになっただけのか……。
まぁ、今さら考えてもしょうがねぇ。生きてりゃ勝手に合流してくんだろ。
そう心を切り替える。
『夏袁様! 夏袁様はご無事ですか!? 夏袁様!!』
その時、インカムの向こうから切迫した玲々の声が響いてきた。
ついでにミサイルの爆発音とガトリング砲の銃撃音も聞こえる。
戦闘中なのに、夏袁が心配で居ても立ってもいられなかったのだろう。
そんな可愛い婚約者の顔を思い浮かべて、つい夏袁に笑顔が戻る。
「心配すんな、生きてんぞ!」
『良かった! 夏袁様! 夏袁様ぁ!!』
「ばか!戦闘中に泣いてんじゃねぇ!! それよりそっちの被害はどうだ?」
『す、すみません……つい感極まって……こっちは全員無事です。散開して敵AS隊と交戦中!』
「よし! 呼成は? まさか死んでねぇだろうな!?」
『連絡が遅れ申し訳ありません。城壁の上にいた三人はやられましたが、他は無事です』
「七人か……なら、そのまま攻撃を続けてろ。お前等がそこにいるだけで兄貴達の援護になる。俺はその間に玲々と合流して護衛艦をぶっ壊して来る!」
『了解しました』
「聞こえたな、玲々?」
『はい!』
「よっし! そうと決まれば早速お礼参りだ! 行くぞ、お前等ッ!!」
「「おう!!」」
※
「『シュラスコ』より入電! 我、戦闘続行不能!!」
「何だと!?」
思わず怒鳴り返しながら、『ファラフェル』艦長ボルザレックの顔が強張る。
何せ『アイリッシュ』と一騎討ちの最中なのに、敵の艦が一隻、行動の自由を得たのだ。
「赤いのは?」
「こっちに向かって来ます! 距離、18000!!」
「まだ平気だ、13000まで近づいたら教えろ。それより『アイリッシュ』から目を離すな」
「はっ!」
冷静を装ってはいるが、実はマクレガンも心中焦っていた。
主砲の一つを失った『アイリッシュ』に対し、此方は左右の主砲が無事だ。
なのに沈められない。互角の戦闘を強いられる。
敵の砲撃があまりにも正確で、回避に専念せざるを得ないのだ。
そんなところに赤いのが来たら、さすがに此方の勝ち目は無くなるだろう。
そうなる前にどう対処するか考えなければならない。それも早急に。
そんな時だった。
「あッ!? し、司令!!」
「どうした?」
「赤いのが被弾、停船しました!」
「被弾……?」
マクレガンが心中首を傾げる。
この区域には、もはや自分達以外にランドシップはいない。なのに被弾?
「『パッタイ』です!『パッタイ』が砲撃した模様!!」
「『パッタイ』……? ふん、バカラめ……」
マクレガンが呆れた顔でふっと笑った。
あんな動けない状態で主砲を撃てば、間違いなく敵は見逃がしてくれないであろう。それを覚悟の上で攻撃したのだ。
ならこっちがそれに答えないでどうする!
「バカラの覚悟を無駄にするな!なんとしても『アイリッシュ』を破壊するぞ!!」
「「はっ!」」
「へっ……やるじゃねぇか、ベンソン。お前、砲手の方が向いてんじゃねぇのか?」
「油断して回避行動取ってませんでしたので。それより司令、早く逃げましょう!」
「ふん、逃げるって……今さらどこに逃げんだよ」
バカラが笑いながらくいっと顎をしゃくる。
ベンソンが見れば、既に『炎龍』から白い煙が幾筋も立ち昇っていた。
「わりぃな……付き合わせちまってよ……」
バカラが最後の一口になったコーヒーをくいっと煽る。
そのいつもと変わらぬ態度にベンソンが思わず微笑む。
直後、『パッタイ』に多数のミサイルが降り注いだ。
※
「左舷主砲、直撃!?」
「くそ!何なんだ、あの船!!」
右に左にと忙しく舵を切る操舵手。
それを横目にラッセンがモニターに映った『ラフティー』を静かに睨み付けた。
つい先ほど、並走しながら砲撃戦を繰り返していた敵船が小高い山の向こうに消えた。
普通ならそのまま全速力で突き進み、敵が山の影から顔を出したところを狙い撃つのがセオリーだ。
だが敵の船はそのまま横向きに進み、何と山を乗り越えて『インジェラ』の側面を突いてきたのだ。
護衛艦四隻を繋げた独特の形状。
そのうち二隻は後ろを向いている関係でバックはおろか、左右にも同じ速度で動けるのだ。
その機動性を生かし、円を描くように後ろに後ろに回り込もうとするかと思えば、今のように奇抜な航路を取ってくる。
その敵の動きに惑わされそうになるが、あれは足の遅さを誤魔化しているに過ぎない。速さは間違いなくファラフェル級のがある。なら!
「突撃する」
「突撃!?」
「取り舵、急速回頭!主砲、敵の右舷を狙え。当てなくてもいい、動きを制限させよ。その間に一気に距離を詰める」
「了解!」
「敵の主砲が常に此方を向くのはたったの二門だ。威力もない。回避は無用、一直線に突き進め!」
「『インジェラ』回頭!? 真っ直ぐ向かって来ます!!」
「ちっ……『ラフティー』の弱点に気付いたか。白兵戦の準備をさせよ!来るぞ!!」
※
「ミサイル接近!!」
「迎撃! 撃ってくるわよ、面舵10!合図をしたら直ぐに取り舵30!!」
「いつでも!」
「今よ!!」
ひめ子が指示を出した瞬間、遠く『ファラフェル』の主砲が火を吹いた。
数秒の間を置いて右舷に高々と爆炎が上がる。
完全に相手の呼吸を読んでいた。
「照準! 目標、『ファラフェル』第一デッキ!」
「照準よし!」
「撃てぇ!!」
お返しとばかり『アイリッシュ』の主砲が火を吹く。
だが発射の瞬間、スッと進路を変えられてしまった。
あっちはあっちで、ひめ子の呼吸を読んでいるようだ。
〈いくら射角をずらしても、こう船が揺れてはそうそう当たらないわね。いっそ回避を見越して右か左にヤマを張って……って、ダメダメ!賭けに出るにはまだ早い!〉
絶えず回避の指示を出しながらも、頭の中では戦況打開の策をあれこれ講じるひめ子。
左右の主砲が無事だったらとちらりと思うが、今さら詮ないことだった。
「チカ殿、ミサイルに煙幕弾はあるかの?」
「ありますですよ?」
突然の恫鼓の質問にチカが首を傾げる。
一方、その恫鼓の意図を即座に覚ったひめ子とレオは揃って息を詰まらせた。
「恫鼓さん、まさか……?」
「そのまさかです。船が揺れなければ必ず当ててみせます」
恫鼓が睨み付けるようにひめ子を見る。
要は敵との間に煙のカーテンを作り停船、敵がカーテンから顔を出した瞬間を狙い撃とうというのだ。
だが一度止まった船は直ぐには加速しない。外せば回避は出来ないだろう。
「司令……」
「やりましょう。恫鼓さんが必ず当てると言ったんです、ここは信じましょう」
レオの言にひめ子が力強く頷く。
ひめ子も同意見だったのだ。
「恫鼓さん、お任せします。格好いいところ、見せてくださいね」
「おっしゃあ!!」
にこりと笑うひめ子に応え、恫鼓がパチンッ!!と両手で頬を叩いた。
そして窓の外をキッと睨み付ける。
恫鼓の無茶な提案を受け入れてくれたのだ、なら何としても期待に応えてみせる。そう決意した顔で。
「チカちゃん、後部ミサイル発射菅、全弾煙幕弾装填!」
「了解です!」
「エリックさん、敵に悟られては厄介です。停船は敵の視界を完全に遮ってからで!」
「了解!」
「さぁ、勝負よ!!」
「ミサイル接近!」
「迎撃!!」
艦長の指示でアンチミサイルが一斉に発射される。
が、ミサイルが衝突する前にその全てが爆発した。その結果、
「煙幕……?」
大量の煙が溢れ出し、瞬く間に視界を覆っていく。『アイリッシュ』が見えなくなっていく。
「小細工を……面舵10、全速で煙の壁を突き抜けろ。敵はこの機に進路を変えてくるぞ。マップデータを出せ、『アイリッシュ』周辺の窪地や丘、森をピックアップ、絶対にロストするなよ」
「はっ!」
「全砲門、砲撃準備。視界が晴れたら一斉に撃ち込め」
「了解!」
いくら広範囲に煙を充満させようと、一分もあれば再びアイリッシュを視認出来るだろう。
どこに身を隠そうとしても逃がしはしない。
視認と同時に全弾撃ち込んで戦いを終わらせてやる。
自信に満ちた顔でマクレガンが煙の向こう、『アイリッシュ』をキッと睨み付けた。だが、
「司令、『アイリッシュ』周辺を精査しましたが、これと言って身を隠せる場所はありません」
「なに……?」
解析官の報告に思わずドキリとする。
身を隠せる場所がないなら、この煙には何の意味もない。
ならいったい何が目的で?
それとも、何か思い違いをしているのか……?
目まぐるしく思案を巡らすマクレガンの顔がサッと青冷めた。
ある思いに行き当たったのだ。
〈……まさか!?〉
「煙の壁を抜けます」
「回避だッ!! 舵を切れ!!!」
シートから身を乗り出してマクレガンが叫ぶ。直後、
ドガッ!!!!
「「うわぁ!?」」
凄まじい轟音と振動がブリッジを襲った。
同時に船が左に傾き、小刻みに揺れながら急減速していく。
砲弾が左舷を撃ち抜き、エンジンが停止して地面と接触したのだ。
「だ、第一デッキ直撃!航行不能!!」
「くそッ!!」
警報音の鳴り響く中、マクレガンの拳が悔しそうにシートを叩く。
やられた!
煙は身を隠す為のものではない。
あろう事か船の脚を止め、精密射撃をする為、それを悟らせない為のものだったのだ。
もう少し早く気づいていれば回避行動を取るなり手も打てたのに……。
そう思ったが、後の祭りだった。
「し、司令……『アイリッシュ』から停戦の申し入れが……」
「まだだ!まだ人類は負けておらん!!」
「命中!『ファラフェル』第一デッキ、及び第一主砲の破壊を確認、停船します!」
「やったぁです!」
両手で万歳しながらチカが喜びを露にする。
さすがに態度には出さないが、ブリッジ全員が同じ心境だった。
「終わりですね。李媛さん、通信回線を開いてください。停戦の申し入れをします」
「了解!」
ひめ子が周りに悟られないよう、シートに軽く背を預けながら小さく息を吐いた。
きつかったが何とか勝てた。
さすがに脚を失っては停戦を受け入れるしかないだろう。
そう思った矢先だった。
「あっ!? 『ファラフェル』ミサイル発射、アシナガバチ!」
「通信を無視!?」
「迎撃、ミツバチ発射!!『アイリッシュ』緊急発進!!」
「了解!」
〈マクレガン司令……〉
指示を出しながら、ひめ子がまだ見ぬ敵司令官の名を呟く。
ラッセンやホワイトビットが敬愛するというヴィンランド軍きっての司令官。
その不屈の精神は脚を失った位では衰えないのか?
それとも此方がヴィンランドの人間を虐殺するとでも思っているのだろうか?
だからあそこまで必死なのだろうか?
なら、話をすればきっと誤解は解ける。
そう思ったが、相手にその気はないようだった。
「『ファラフェル』強引に旋回を開始、右舷主砲を使用する模様!同時にミサイル第二波発射!!」
「あれは死ぬまで止まりませんぞ……」
恫鼓が沈痛な面持ちで呟いた。
一人の戦士として相手の心情が理解できたのだ。
「ひめちゃん、責任は私が負います。攻撃を……」
「いえ、大丈夫です」
心配そうに見つめるレオを横目にひめ子がモニターを睨み付けた。
相手の立場には同情するが、此方からの通信を無視した上に攻撃までしてくるのなら仕方がない。此方は此方で負けられないのだ。
「主砲、照準! 目標、『ファラフェル』中央デッキ!!」
「照準よし!」
「撃てぇ!!」
ひめ子の号令一下、『アイリッシュ』の主砲が火を吹き、三発の砲弾が放たれた。
ごめんなさい。
そんなひめ子の悲痛な思いを乗せて。
「全弾命中!『ファラフェル』沈黙しました」
遠く、火柱を上げる『ファラフェル』を見て全員が大きく息を吐いた。
終わった。
決して後味の良いものではないが、とにかく勝ったのだ。
「サナちゃん、『炎龍』はどうなってますか?」
「航行不能なようですが無事です」
「『インジェラ』は?」
「脚長と接舷、白兵戦の模様」
「白兵戦!? まずいわね。近くにAS一個中隊……なんている訳ないわよね?」
「私が行きましょう」
「司令が……?」
「『アイリッシュ』で向かっても接舷されてては砲撃出来ません。かと言って見捨てる訳にもいかないですからね。私が適任でしょう。『アイリッシュ』は南下してコックスベースに砲撃を。それと父上達との連絡ですね。それが取れ次第、『アイリッシュ』は彼方の指示に従ってください」
「分かりました」
「では、後はお願いします」
そう言って席を立つレオの横に、フィーアが静かに寄り添うのだった。
※
「南門周辺を除く砲台、攻撃を開始!ですが敵の足は鈍りません!!」
司令部のモニターには南から接近する敵部隊が映し出されていた。
距離にして約10キロ。
起伏や河があるとはいえ、三十分もせずに城壁に到達するだろう。正に正念場だった。
「護衛艦は?」
「戦闘中の為、ミサイルは射てないと……」
「増援に向かったAS隊は?いったい何をしてる?」
「交戦中のようですが、未だ……」
「ならば仕方ない、港の護衛艦隊を出航させろ。城門を開け。サイクロンも態々外まで追って来ないだろう」
「はっ!」
その指示にグリーンウッドは何も言わない。
出航した護衛艦は棄て駒になるだろうが、事ここに至っては仕方がなかった。だが、
「ご、護衛艦との通信途絶!?」
「何!?」
驚いたルーファスが振り向いた瞬間、あろう事か三つある大型モニターが全てブラックアウトした。更に、
「が、外部モニター、次々破壊されていきます!」
複数のサブモニターの映像も次々と消失していった。
司令部がザワザワとざわめきだす。
「落ち着け!とにかくモニターだけでも直ぐに復旧させろ。これでは状況がまったく掴めん。急げ!」
「はっ!」
有線で連絡を取り合ったり、慌ただしく駆け出して行く部下達をチラリと見ながらグリーンウッドが小さく舌打ちを漏らした。
忌々し気に両目を閉じて背凭れに身体を預ける。
〈あの二人か……次から次へとやってくれるわい……〉
グリーンウッドの推察通り、犯人はシンとアムだった。
二人は少々の危険を覚悟でビルの屋上に上がり、通信アンテナやカメラ、観測気球を片っ端から破壊して廻っていたのだ。
たった二人ではこれ以上何も出来んだろうと高を括った結果がこれだった。
「2時の方角、五百メートル、ポツンとあるビルの屋上、左の壁面にカメラがある」
「あれね。お任せ……とッ!」
アムの構えた狙撃銃がバスンッ!と火を吹き、空になった薬莢がコンッ!コロコロ……と転がった。
件のカメラは既に粉々に吹き飛んでいて跡形もない。相も変わらず見事な腕前だった。
そのカメラの設置されていたビルの向こうには黒い煙りが幾筋も立ち上っている。
サイクロン隊が港に停泊する護衛艦群に攻撃を仕掛けていたのだ。
〈夏袁達は護衛艦に取り掛かったようだな……。族長達も到着するし、そろそろシャングと合流を……〉
そんな事を考えながらシンが南に視線を移した時だった。
「シン、これであらかた……え? きゃあッ!?」
アムが驚きの声を上げる。
シンが臥せ撃ちしていたアムの胸に手を回し、そのまま抱き抱えてビルの屋上から飛び降りたのだ。
「ど、どうしたの?」
「零番隊だ。見つかった」
「えッ!?」
シンに抱えられながら、アムがさっきまでいた屋上をチラリと見る。
確かにグレーのASが二機、此方を追って急降下していた。どうやらアインスとノインのようだ。
地表スレスレで機体を起こし、二人はビルの合間を縫って逃げるが、一度捕捉された以上、逃げるのは困難だった。
〈このままシャングと合流するのはまずいな……〉
多勢に無勢で諦めてくれればいいが、そうでない場合、こちらの隊列が乱されかねない。
それに敵が呼応すれば、最悪部隊が壊滅するだろう。
それだけは避けなければならなかった。
「アム、別れよう。アインスは俺が引き付ける。アムはその間にシャングと合流しろ。さすがにノインも一人なら逃げ出すだろう」
「シンは?」
「アインスを連れて別方向に逃げる。奴を連れてくのはまずいからな」
「いや! それなら一緒に」
「心配するな、俺は大丈夫だ」
「アインスを甘く見ないで!」
強い眼差しでアムがキッと睨み付ける。
きっと右手を怪我した時の事を……単独行動をとって大怪我した時の事を思い出したのだろう。
そんなアムにシンがふっと笑ってみせた。
「説明が足りなかったな。安心しろ、俺も一人でアインスを倒せるとは思ってないよ」
「なら……」
「だからと言って、奴等が二人一緒だと、これまた倒すのは困難だ。違うか?」
「うん……まぁ……」
「だからアムはとにかくノインを振り切れ。そして身の安全を確保してから合流しろ。それまで俺は逃げ回ってる」
「でも……」
「大丈夫だ。お前等を残して死ねるか。子供の顔も見たいしな。だから俺を信じろ」
「……うん!」
そこまで言われては仕方ない。
アムは返事と共にスッと寄り添うと、シンの頬にちょんと軽くキスをした。そしてにっこり笑う。
「ふふ……勝利のおまじない」
※
「燃え上がれ、私の小宇宙! ペガサス流星弾ーーーッ!! (ほぼアウト)」
ブルックハルトの剣激をかわして距離を取りながら、アクミがスッと両手を後ろに回した。
そう思った瞬間、ピンポン玉大の硬質ゴム弾を六個、物凄い勢いで投げ付けてきた。
躊躇も加減もない。獣化した状態での全力投球。だが、
「ふん」
「ナンと!?」
大剣の一振りでそれ等を弾き返してしまった。
体勢を崩した隙を付いて斬り掛かろうとしたアクミが慌てて立ち止まる。
〈スペシャル・ローリング・サンダーも顔負けの同時攻撃をあっさり防ぐナンて……クルックハミルトン(←注、ブルックハルト)の分際でナンて生意気な。てか、あの薬……やっぱ厄介ですね〉
血管の浮き出た鬼気迫る表情でこちらを睨み付けるブルックハルト。
そのブルックハルトが突然にやりと笑った。
「どうした?もうお終いか?」
カッチーーーン!
「私もナメられたもんですね。穏便に済ませようと思いましたが仕方ありません」
そう言って右手を翳したアクミの掌にトゲトゲの付いた鉄球が現れた。
それを握りしめてニヤリと笑う。
「覚悟しなさい。今度はこの『グッナイ!一番星くんグレート』でsweetでpainfulな悪夢のような現実世界を捻込んであげましょう!」
「そうか。では此方も行くぞ」
「は……?」
言うなり両手に小銃を呼び出したブルックハルトが躊躇なくその引き金を引くのを見てアクミが咄嗟に逃げ出した。
その後を多数の弾丸が追う。
「にゃーーーーーーーーーッ!!」
あっちはあっちで躊躇がない。
弾丸に追い立てられながらもなんとか車の影に逃げ込むアクミ。
そして銃撃が収まるとひょこっと顔を出して右手を振り上げた。
「ちょっと! ナニいきなり飛び道具出してんですか!! 卑怯ナンですよ! あんたには戦士としての誇りはないんですか? バーカバーカ!!」
「そんなの、貴様を殺してからゆっくり考えるわ!!」
「にゃ!?」
銃を放り棄て、新たにバズーカを構えたブルックハルトを見てアクミが再び車の影に隠れる。直後、
ドンッ!!
車が吹き飛び、多数の破片が辺りに飛び散った。
更には放物線を描いて丸い物体が……。
〈手榴弾……!?〉
咄嗟に盾を構えた瞬間、視界の端に瓦礫となった車の影から踊り出るアクミの姿が映った。そして、
「擂り潰せ!一番星くん!!」
弾丸並のスピードで放られた鉄球が地面スレスレを嘗めるようにしてブルックハルトの股間に迫る。
「くッ!?」
完璧なタイミングの同時攻撃。
おまけに鉄球を投擲したアクミも地を蹴り迫り来る。
身を捻り、何とか鉄球を避けた瞬間、頭上の手榴弾が爆発し、
カチンッ!
〈フェイク……!?〉
気づいた時には既に手遅れ。
盾を掲げ構えるブルックハルトに、距離を詰めたアクミが斬り掛かった。
「くッ!?」
バズーカを放り棄て、咄嗟に振り降ろした拳で剣を叩いて辛うじて斬り込みを外す。
だが、その場でくるりと回ったアクミの裏拳がブルックハルトの側頭に襲い掛かった。
ぐらりと身体が傾ぐ。
「爆ぜろ、リアルに! 轟雷撃チン、大和魂46センチ……砲ッ!!」
「ぐはッ!?」
アクミの掌底がブルックハルトの腹に炸裂した。
堪らず吹き飛び、ビルの壁面に背中からドカンッ!と叩き付けられる。
それを見てアクミがふふん!とドヤ顔を浮かべた。
「どうです、これに懲りて少しは……ッ!?」
右手に大剣を呼び出し、ブルックハルトがゆっくりと起き上がる。
おそらく掌底を食らう瞬間、自ら後ろに跳んだのだろう。そこまでダメージはないようだった。更に、
「重ね掛けですか……」
ブルックハルトの左手が光り、一本のアンプルが現れた。
それを親指でパキッ!と折り、一気に喉に流し込む。
ニヤリと笑ったブルックハルトの両目が見る見る充血し、顔に浮き出た血管が更に膨れ上がった。
「行くぞ!」
「ーーーッ!?」
一気に距離を詰めたブルックハルトが大剣を真っ向から振り下ろす。
それを身を捻ってかわすと、避けた筈の剣が逆袈裟に跳ね上がってきた。
先ほどまでとは明らかに違う太刀筋。
距離を取ってはじり貧だ。
そう悟ったアクミが小剣で斬り掛かるが、ブルックハルトの方が一枚上手だった。
左手で小剣の柄をトンッと跳ね上げ、がら空きになったアクミの鳩尾にブルックハルトの拳がめり込む。
思わず痛みに前屈みになった瞬間、今度は蹴りが襲い掛かった。
「きゃ!?」
何とかガードしたものの盛大に吹き飛ばされ、ビルの窓を突き破って屋内の壁に背中から叩き付けられる。
「いったたたたた……いっ!?」
痛みを堪えながら顔を上げたアクミの目が驚きに見開かれた。
ブルックハルトが小型のミサイルランチャーを肩に担いだのだ。
ドドンッ!!!
尾を引きながら飛来したミサイルが着弾し、ビルの中が炎に包まれる。
爆風でガラス窓が粉々に吹き飛び、熱風がブルックハルトの頬を撫でる。
いくら何でもあれでは生きていないだろう。
「ふっ……さらばだ、野良ねk……」
「チョイナーーーーーーッ!!」
「なにッ!?」
ランチャーを肩に担いだまま静かに瞼を閉じた瞬間、アクミが二階の窓を突き破り、頭上高くから飛び蹴りを放ってきた。
ミサイルが着弾する直前、咄嗟に逃げて階段を駆け上がっていたのだ。
バッと下げた頭のすぐ上をアクミが通過する。
着地の硬直を狙ってブルックハルトが剣を横薙ぎに払ったが、既にアクミは横に跳んでいた。
それどころかグッ!と地面を踏み締め、頭の下がったブルックハルトの顔面目掛けて蹴りを放ってきた。だが、
「甘いわ!!」
「にゃッ!?」
一瞬ヒヤリとしたものの、一度冷静さを取り戻せばブルックハルトの方が強かった。
足のスラスターを強引に吹かせながらアクミの軸足を払う。
そして仰向けにひっくり返った隙に立ち上がり、大剣を上段に振りかぶった。
「え……!? あの、ちょ!?」
「死ねぇーーーーーーッ!!」
「ーーーッ!?」
手に武器もない。
呼び出す余裕もない。
成す術もなく両手を突き出して両目を瞑るアクミ。だが、
「させんわッ!!」
「ーーーッ!?」
剣を振り降ろそうとした瞬間、燕迅がブルックハルト目掛けて斬り掛かった。
アクミを放置して慌てて飛び退く。
そのブルックハルトに向けて燕迅が分銅を投げ付けた。
蛇のように伸びた鎖が大剣に巻き付く。
その鎖を引き、反動を利用して燕迅が一気に跳んだ。剣の自由を奪った今がチャンスと判断したのだ。しかし、
「ダメです、燕迅さん!!」
「なッ!?」
振り下ろした鎌をブルックハルトが事も無げに叩いた。
鎌が根元から叩き折られる。
そして手首を返すようにして鼻に一発。
「ぐっ!?」
涙目になりながらも燕迅が咄嗟に腕をクロスさせる。
ブルックハルトが身を捻りながらアッパーを放ってきたのだ。
何とかブロックしたものの、まるで重機に殴られたかのように身体が一瞬浮き上がる。
更にはスッと手を伸ばし、ブルックハルトが燕迅の腕を掴んだ。
その場でスラスターを吹かせてぐるぐると旋回し、ビルの壁に向かって盛大に投げつける。
ドガンッ!!
「がはっ!?」
背中から豪快に叩きつけられた燕迅が痛みに一瞬目を瞑った。その瞬間、
ズガッ!!
飛来した大剣が燕迅の頭すれすれの壁に突き刺さった。
「ふん、外したか……」
然して残念でもなさそうな顔で呟くブルックハルト。それを呆然と見ながら燕迅の頬を冷や汗が伝う。
今のは死んでてもおかしくなかった。まったく反応できなかったのだ。
「大丈夫ですか、燕迅さん?」
窮地を救ってくれた燕迅を庇うようにアクミが側に立つ。
「奴はいったい……?」
「例の薬です。しかも重ね掛け」
「あれが……?」
報告は受けていた。
シンとアムの戦闘記録も見せてもらった。
だが映像で見るのと実際に面と向かうのとでは大違い。
〈あれでは、ぶち切れた時の夏袁様にまったく引けをとらん……〉
痛みを堪えながら立ち上がった燕迅がアクミを庇うように一歩踏み出す。
あんなのに勝てる訳がなかった。
「俺が引き受ける。アクミ殿は逃げろ。コイツの強さは異常だ」
「ナニ言ってんですか……」
思い詰めた顔で語る燕迅の横に、呆れた顔のアクミが並び立った。そしてにやりと笑う。
「私の辞書に仲間を見捨てるナンて言葉はないんです。……てか見てくださいよ、あの小憎らしいドヤ顔。プルプルハンターだかリラックマハンターだか知りませんが……」
「ブルックハルトだ」
「とにかく、あんなのから逃げた日には一生後悔します。だから私は逃げません!この手で直接勝利を掴み取る、その日まで!! さぁ、いきますよぉ!!」
言うなりアクミが地を蹴る。
こうなっては仕方がない。
二人でこの敵を倒すしかない。
だがブルックハルトは強かった。
右から斬り掛かったアクミに息を合わせるように燕迅が左から斬り掛かる。
即席のツーマンセルとはいえ相手は獣化が二人だ。
それをブルックハルトは無手で迎え討った。
アクミが横薙ぎに斬り付ける剣に合わせて握った拳で上から叩く。軌道が逸れる。
完全に剣筋を見切っていた。
同時に右腕を振り抜いて燕迅の顔面を狙ってきた。
咄嗟に剣を引き、上体を反らして裏拳を外す。
「がっ!?」
その燕迅の身体がガクンと崩れた。
上体を反らした事で硬直した膝に、ブルックハルトの蹴りを受けたのだ。
それを尻目にブルックハルトが無造作に左手を上げた。
ドガッ!!
側頭に迫っていたアクミの蹴りを左腕が受け止める。
そしてぐっと力を込めて跳ね返すと同時に腰を捻った。
力負けして体勢を崩したアクミに蹴りを叩き込んだのだ。
「いったぁ!?」
歯を食い縛りながら腕をクロスさせるが、あまりの威力に吹き飛ばされる。
しかも有ろう事か着地も出来ず、尻餅を付くように倒れ込んでしまった。
そんなアクミの隙をブルックハルトが逃す筈がない。しかし、
「ええい、邪魔だ!!」
ぐっと地面を踏み締め、一気に距離を詰めようとした矢先、燕迅が腰に抱き付いてきた。
「このぉ!!」
抱き付く燕迅の頭に肘を落とす。
あまりの痛みに燕迅がぐらりと崩れる。拘束が弛む。
そこに膝蹴りを食らい拘束が完全に解けた。
ブルックハルトはぐっと腰を捻ると、足先に燕迅を引っ掛かるようにして回し蹴りを放った。それもアクミ目掛けて蹴り込むように。
起き上がったアクミが地を蹴り、再び距離を詰めて来たのだ。
吹き飛ばされた燕迅がアクミに迫る。だが、
「貰ったぁ!!」
「なにっ!?」
アクミは燕迅を抱き止めはしなかった。
飛んで来た燕迅を避けるようにスライディングしたのだ。
蹴りを放ったのが完全に仇になった。
左足に重心が掛かり咄嗟に身動きできなかったのだ。
その硬直したブルックハルトの股下をアクミがくぐり抜け……、
「ぐあっ!?」
ずに、スッと手を伸ばしてブルックハルトの股関を掴んだ。
あまりの痛みにブルックハルトの動きが止まる。
「き、貴様!どこを掴んでぎゃあっ!!」
「ふふ……油断しましたね?」
「ゆ、油断がどうこうじゃない!女のくせに恥を知れ、恥を!!」
「 ふん、私がいつまでも、ウブでネンネなシンデレラだと思ったら大間違いですよ」
「ふざけるな!お前は初めからウブでもネンネでも……」
ごり!
「ぎゃあーーーッ!!」
「ご託は良いんですよ、ご託は。分かってます?今大事なのは、あんたの玉は私が握ってるって事です!物理的に!!」
にぎにぎ。
「バ、バカ者!女がそんなとこを弄ぶな……」
「おっと、動くんじゃありませんよ?分かっていると思いますが、私がこの手をキュッと捻れば、あんたのナニは線香花火の最後のようにポトリと儚く散る事になりますよ?」
もにゅもにゅ。
「いたたたた!やめ……やめろ……」
「おや?震えてるんですか?ふふ、でもまぁ……安心しなさい。それは私の本意ではありませんので」
そう言ってピタリと手を止めるとアクミはニコリと微笑んだ。
ブルックハルトの股の下から。
満面の笑顔で。そして、
「私は悲鳴も上げずにポトリと堕ちる線香花火より……断末魔の絶叫を響かせながらド派手に血飛沫を撒き散らす、打上げ花火派です!」
「待てーーーーーーッ!!」
真っ赤に飛び散る鮮血を想像してガクガクと膝を震わせるブルックハルト。
この女は本気で殺りかねない。そう思ったのだ。
「ナニ、心配しなくても大丈夫ですよ。あんたはビジュアルも良いですし、きっと需要はあります。だから安心して新しい人生を歩んでください」
「安心できるか!?や、止めろ……止めてくれ! 分かった!もうお前には関わらん!約束する!だから……」
「もう手遅れです! 毎晩枕を濡らしながら、離れ離れになった我が子に想いを馳せて後悔なさい!」
めきょ!!
「ぎぁあ!!!」
「 逝きますよぉ! 滅、殺! 大玉爆裂、大、花……輪……??」
言葉を途切らせアクミが首を傾げる。
握力全開で握り締めた瞬間……妙に温かく、湿ったナニかが溢れ出したのだ。
因みに血ではない。
「 ちょ……ノォーーーーーーッ!?」
それがナニか気付いた瞬間、アクミは急いで手を離すと慌てて股の下から這い出した。
距離を取ってブルックハルトの動きを見守る。
そのブルックハルトは腰が砕けたようにガクンと崩れると、横倒しに倒れてそのまま動かなくなってしまった。
アクミがしゃがんで覗き込めば、白目を剥いて完全に気を失っている。
「まったく……人妻の私にマーキングするとはナンたる……」
ぺっ!ぺっ!と手に付いた滴を払いながらアクミがブルックハルトの股間をじーーーっと見た。
脳内に記憶されたシンのそれを思い出し、ほんのり頬が赤く染まる。
「倒したのか……?」
「ひゃいっ!?」
突然声を掛けられアクミの肩がビクンッ!と震えた。
そして歪な笑顔を浮かべて燕迅を振り反る。
「だ、大丈夫です。気絶してるだけですけど、暫くは立ち上がれないんじゃないですかね?あは、あはははは……」
「アクミ殿……?」
「な、ナンでしょう……?」
「何か顔が赤いような?」
「き、気のせいです。気のせい!それより燕迅さんは大丈夫ですか?ささ、掴まって下さい!」
そう言って誤魔化すように話を絶ち切ると、地面に胡座を掻いたままの燕迅に歩み寄ってスッと右手←を差し出した。
「…………」
「…………」
差し出された右手をじっと見ていた燕迅がおもむろに手を翳す。
するとそこに水の入ったボトルが現れた。
きゅっと捻って蓋を開け、無言でアクミの右手に掛けてやる。
「すいません……お水無くなっちゃって……」
あはは……と、すまなそうに笑うアクミだった。
※
「司令、『インジェラ』攻略班からです。侵入に成功はしましたが、敵の反撃が激しく、第二デッキから先には進めないと……」
「無理はしなくていい、現状を維持しろと言っておけ」
「りょ、了解」
『インジェラ』対『ラフティー』の戦闘は白兵戦へと移行していた。
ラッセンの指示で突撃を敢行した『インジェラ』が『ラフティー』に体当たりを咬ました結果、両艦の第二デッキが激突、エンジンを其々破壊して絡み合うように止まったのだ。
「艦長、ブリッジ警護のドローンを12機、全て右舷デッキ上面より中央デッキに向かわせろ」
「で、ですが司令、それではここの守りが手薄に……」
「敵の増援の方が先に駆け付ける公算が高い。それまでに勝敗を決めておかないと当方の負けだ。急げ!」
「はっ!ドローン第一中隊に命令!直ちに……」
「サイクロン接近!!距離1200!!」
「なにっ!?」
レーダー解析官の報告にブリッジが一気にざわめいた。
サイクロンを操縦しているのはワービーストの、それも獣化の個体だと知っているからだ。
「なぜ気付かんかった!!」
「も、申し訳ありません!」
「責めても始まらん。迎撃だ!相手は一機、絶対に近付けさせるな!撃ち捲れ!!」
「はっ!」
「レオ、近付ける?」
「もちろん!」
「なら脚長の下に突っ込んで。船は私が何とかする。レオはそのまま『インジェラ』の救援に」
「……フィーア、分かってると思いますが無理は禁物ですよ?」
「うん、大丈夫。だから任せて」
「なら、掴まっててください!」
「ダメです、サイクロン止まりません!真下に入り込まれます!」
「各デッキ、獣化が来るぞ。出入口にドローンを配置しろ、急げ!」
「こちらの増援はまだか!?何やってんだ!!」
「落ち着け、バルザック。まだ侵入された訳……なに!?」
そこでパンナボールの言葉が途切れる。
ブリッジの横を黄色いASが一機、猛スピードで上昇して行くのが見えたのだ。
「上だ! 上から狙って来るぞ!!」
「撃ち落とせ!!!」
ブリッジを掠めるように上昇したフィーアの右手が光り、バズーカが現れた。
それを肩に担いで眼下のブリッジにスッと照準を合わる。
トリガーにそっと指を掛ける。
そして……、
「ごめんなさい……」
小さな呟きと共に、フィーアは静かにトリガーを引くのだった。
「獣化だっ!?」
一方、『ラフティー』をフィーアに任せたレオは、サイクロンを飛び降りると交戦中の『インジェラ』第二デッキへと駆け上がった。
そして慌てる敵の上を飛び越え、隊長を羽交い締めにしてあっという間に人質に取ってしまう。
「そちらのブリッジは破壊しました。降伏してください。身の安全は保証します」
静かな口調で語るレオ。
それでいて有無を言わさぬ強い視線に、敵は次々と銃を放り捨てて投降するのだった。
※
「くっそ……真っ先に弾切れとは情けねぇ……」
ヴィンランドを遠く背後に望みながら大牙のサイクロンが猛スピードで後退していく。
ミサイルはとっくの昔に射ち尽くした。
そしてガトリング砲の弾丸も底を付いてしまった今、一刻も早く補給したかったのだ。
その大牙がスッと目を細めた。
前方にチラリと青い船体が見えたのだ。
「うん……? なんだ『アイリッシュ』が近づいてんじゃねぇか。ならちょうどいい、あそこで……」
そこまで呟いて大牙の言葉が途切れる。
森の側を通過中の『アイリッシュ』に、木々の影から飛び出したASが一機、スーッと近づいて行くのが見えたのだ。
しかも、あろうことかグレーの機体。
「くそっ! 間に合え!!」
「コックスベース、間もなく射程距離に入ります」
「ヴィンランド司令部に通達、十分後に砲撃を開始します。それまでに基地内部の人間は速やかに退去せよと」
「了解」
「さて……無駄な抵抗はやめてくれるといいんだけど……」
そう呟きながらひめ子が窓の外、遠くヴィンランドに祈るような視線を向けた時だった。
「艦長ッ!?」
「え……?」
胴鼓の突然の叫びに一瞬キョトンとするひめ子。直後、
ドンッ!!
「「きゃあッ!?」」
小さな爆発音と共にブリッジ左舷の窓ガラスが吹き飛んだ。小型の爆薬を仕掛けられたのだ。
そして、そこから侵入してきたのは……、
「零番……隊……?」
あまりに突然の事にひめ子が……ブリッジの一同が凍りつく。
ツヴァイが単独で『アイリッシュ』乗り込んできたのだ。
そのツヴァイの姿が揺らいだ。
ズガッ!!
「あ……?」
ひめ子が呆然と前を見る。
そこには胴鼓の背中があった。
ついで自分の肩を見る。
そこには胴鼓の背中から伸びた剣が深々と突き刺さっていた。
ツヴァイが床を蹴る瞬間、逸早く反応した胴鼓が割って入ったのだ。
でなければ、ひめ子は今頃生きてはいなかっただろう。
そう自覚した瞬間、痛みが身体中を駆け巡った。
刺された肩が異様に熱い。
「チッ……」
ツヴァイが忌々しそうに剣を引く。
手負いとはいえ、まさか獣化のワービーストが船に乗り込んでるとは思わなかったのだ。
「艦長を連れて逃げろっ!!」
言うなり胴鼓が床を蹴ってツヴァイに体当たりを噛ました。
力尽くでひめ子から引き離そうとしたのだ。
「胴鼓さん!?」
「早くせい!!」
焦りを含んだ胴鼓の声がブリッジに響き渡る。
分かっているのだ。
今の自分ではこいつに敵わないという事が。だが、
「がはっ!?」
ぐらりと胴鼓の身体が揺らいだ。
そしてそのままガクンと膝を付くと、言葉も発せず横倒しに倒れてしまう。
スラスターを吹かせて踏み留まりながら、ツヴァイが胴鼓の頭を左右の手でパンッ!!と叩いたのだ。
倒れた胴鼓の耳や鼻からはドクドクと血が流れ出していた。
「お前達は全員殺す。諦めろ」
ツヴァイの宣告を受けても、誰一人この場に動ける者はいなかった。まるで金縛りにあったかのように茫然とツヴァイを見る。
そのツヴァイがゆっくりと歩きだした。
傷口を押さえ、シートにぐったりともたれ掛かるひめ子に止めを刺すために。
それが分かってても誰も何もできない。
頼みの綱の胴鼓は既に無力化されてしまった。床に倒れてピクリとも動かない。
「死ね……」
ツヴァイが剣を刺突に構える。
そのツヴァイが突然ハッ!と振り向いた。直後、
ドガッ!!
物凄い音と振動がブリッジを襲った。
いったい何事かと思った瞬間、破壊された窓から大牙がヒラリと現れた。
サイクロンのハーケンをブリッジに打ち込み、ワイヤーを巻き上げて強引に上がって来たのだ。そして、
「てめぇ……」
床に倒れた胴鼓と……そして、血にまみれたひめ子の姿を見た瞬間、大牙の頭から理性が吹き飛んだ。
「んうッ!?」
ツヴァイの手からポロリと剣が溢れ落ちる。
一瞬で距離を詰めた大牙に口元と、そして右手首を掴まれたのだ。
そのツヴァイの顔は恐怖で真っ青だった。
まったく反応できなかったのだ。それほどの速さ、それほどの怒りだと言う事だ。
その大牙の頭髪がザワザワッと逆立っていく。
形態変化。
力の解放。
ワービーストはワービーストである以前に人間だ。
その自負から獣化しても人間の姿に留めおくのを常としていた。
だがこの時の大牙は完全に我を失っていた。
「んんッ!んんッーーー!!!」
ツヴァイがもがきながら大牙の腕を掴んで開こうとするが、大牙の腕はピクリとも動かない。更に、
めきめき……ゴキゴキゴキッ!!
「ぐーーーーーーッ!?」
ツヴァイの悲鳴がブリッジに木霊した。
初めて見る旧人類のエリックは勿論、ワービーストであるサナやチカ、李媛までもが固唾を飲んで固まっている。
全身が総毛立つ。
人間を超えた人間。人間を捨てた姿が今……、
「ダメ……大牙くん…………」
「ーーーッ!?」
静まり返ったブリッジにひめ子のか細い声が響いた。
その声で大牙の動きがピタリと止まる。
そしてハッとした。
顔を真っ青にさせながらひめ子が優しく微笑んだのだ。
「私は大丈夫……だから…………」
それだけ言うのがやっとだったのだろう。ひめ子はそれっきり気を失ってしまった。
正気を取り戻した大牙がブンッ!と無造作に腕を振り、ツヴァイを窓の外へと放り投げる。
そして慌ててひめ子に歩み寄るとそっと抱き上げ、胴鼓の横に静かに寝かせてやった。
衣服を破いて傷口を改める。
二人ともとにかく出血が酷い。
「サナ、医療班だ。急げ!」
「はは、はい!?」
突然名前を呼ばれて我に返ったサナが慌ててインカムに手を添えた。
それを尻目に大牙がブリッジを見回す。
本来居るべき人間がいなかったのに気付いたのだ。
「レオはどうした?」
「は、白兵戦を始めた『インジェラ』の救援に……」
「白兵戦……? あぁ、そういう事か……」
李媛の説明を聞いて大牙が小さくため息をついた。
レオが居ればこんな事にはならなかっただろうが、あのレオが持ち場を離れるのだ。それだけ『インジェラ』も切羽詰まっていたのだろう。
間が悪かったと言う事だ。
「李媛さん、『インジェラ』に連絡してくれ。ひめが負傷した。そっちが終わったらラッセン艦長にこっちに来てくれと」
「わ、分かりました」
「エリックさんは? 無事かい?」
「あ、あぁ……」
「ならそれまでエリックさんが艦長代理だ。頼みますよ?」
「お、おぅ……」
「砲手はチカが兼任しろ」
「りょ、了解です!」
「サナ、 また侵入されないよう、警戒を厳にな」
「りょ、了解!」
大牙の落ち着いた指示に安心したのだろう。
いつもの冷静さを取り戻すブリッジ一同だった。
※
右に左にと路地を突き進み、急上昇してビルを避けたかと思えば、身を捻って急降下する。
そして地面スレスレで機体を起こすと何事も無かったように再び狭い路地を逃げていく。
シンの月白が逃げていく。
「どんな三半規管してんだ!!」
思わずアインスが悪態をつく。
それだけシンの機体に付いていくのがやっとだったのだ。
再び目の前にビルが見えてきた。
シンの月白が壁面に沿って急上昇して……、
「なにッ!?」
銃を放り捨て、アインスが慌てて剣を構える。
くるっと向きを変えたシンが、急降下して斬り掛かってきたのだ。
勢いの乗った剣を何とか受け止めてアインスがシンを睨み付ける。
「わざわざそっちから来るとはな……」
「先に一言、礼を言っとこうと思ってな」
「礼……?」
「助かったよ」
「……何の事だ?」
「さあ、な!」
「待て!!」
言うだけ言うとスッとアインスの切り込みを外し、再びスラスターを吹かせて飛び去るシン。
その視線の先に深さ7メートル、幅十メートル程の水路が見えてきた。
高度を落とし、水面ギリギリを保って飛行する。
それにアインスが追従する。
「逃げてばかりか!……はッ!?」
アインスが橋の下を通過する瞬間、シンの右手が光ってバズーカが現れた。
同時にくるっと反転してバズーカを肩に構える。
水路の幅は十メートル余り。
上には橋。
避けられない事はないが、かなり動きは制限される。
〈誘い込まれた!?〉
そう思って身構えた瞬間、シンがバズーカを川面に撃ち込んだ。
目の前で爆発が起こり、視界が水飛沫で奪われる。
その一瞬の隙にシンはバズーカを放り捨てると、アインスの脇をすり抜けて、今来た水路を引き返して行った。
「逃がすとでも……なっ!?」
即座に反応したアインスだが、突然何かに背中を押された。
それが射出されたワイヤーだと知った時にはシンがライフルを構えていた。
視界を奪って引き返したのは逃げる為じゃない。
ハーケンを射出して壁に打ち込み、ワイヤーでアインスを絡め取るのが目的だったのだ。
ドンッ!
ギンッ!!
「あれで弾くか!?」
ワイヤーを絶ち切ったシンが慌てて逃げ出す。
バランスを崩されながらも、アインスが手に持った剣で弾丸を弾き返したのだ。
「待て!!」
それをアインスが再び追いかける。
暫く進むと、前方に集結しているAS一個中隊が見えてきた。おそらくどこかに向かう増援だろう。
シンはその敵の真っ只中に躊躇なく着地すると、驚く中隊長にスタンサーベルを叩き込んだ。
悲鳴を上げて気絶した中隊長を驚く部下達の中に蹴り込む。
そしてそのままくるっと踵を返すと、何事もなかったようにその場を飛び去ってしまった。
「野郎ッ!!」
「逃がすな! 追え!!」
当然、怒った部下達がスラスターを全開にしてシンを追跡する。
だが中隊長を失い、おまけに頭に血が登っていて纏まりがない。
そのうちの一機がスーッとアインスに身を寄せてきた。
「零番隊だな? 援護する、お前は……」
「邪魔だッ!!」
そんな味方にアインスが叫んだ。
まるでその瞬間を見澄ましていたかのようにシンがライフルを構えたのだ。
ドンッ!
「くっ!?」
左手を弾丸が掠める。
握り締めた剣が零れ落ちる。
だが振り向きながら動きを止めたのが災いした。
敵の撃った弾丸がシンの持ったライフルの機関部に直撃したのだ。
「チッ……!?」
「間抜けな奴め!」
「まったくだ」
アインスのツッコミに思わず同意しながらライフルをひょいと放る。
アインスが迫ってきたのだ。
それをアインスは最小限の動作で避けて……、
ドバンッ!!
「ーーーくっ!?」
避けた瞬間、後方で爆発が起きた。
ライフルと一緒にピンの抜いた手榴弾まで放っていたのだ。
「次から次へと! 今度はどんな小細工だ!!」
「急かすな、今考えてる……」
※
一方、シンと別れたアムは北壁周辺で戦うシャングの元へと急いでいたのだが、途中でその考えを変えた。
アムはとにかくノインを振り切れ。そして身の安全を確保してから合流しろ……。
そんなシンの説明に違和感を感じたのだ。
〈……良く考えたら、ノインが無事だったら当然アインスと合流するじゃない……〉
それにシンが気づかない訳がない。ならシンの考えは一つ。
アムだけでも逃がそうとしたのだ。例え自分はどうなっても。
〈まったく……騙される私も私だけど……〉
アムがチラリと後ろを伺う。
たった半年だけど、一緒に戦った仲間。
そう思うと急に懐かしくなり、思わず笑みが溢れてしまった。
〈ノインなら……〉
意を決したアムが逃げるのをやめてビルの屋上に着地すると、それと対峙するようにノインも着地した。
「……生きてたんだ、ランダース」
「うん。心配させちゃった?ごめんね」
「別に。で、記憶は戻ったの?」
「うん」
「そっか。全部思い出したんだ」
「全部思い出したけど、みんなの事全部忘れちゃった訳じゃないわよ?」
「ふーん、どうでもいいよ。どうせ殺すし」
クスッ
「……何で笑うの?」
「アインスに言われたの? 似合わないわよ?」
「う、うるさい!殺すったら殺す!」
「無理よ」
「無理なもんか! 死ね!!」
バカにされたと思ったのだろう。
顔を真っ赤にさせたノインがアムに斬り掛かる。だが、
「なんで避けないんだよ!」
寸でのところで剣を止めたノインが恨めししそうにアムを睨み付けた。
アムが身構えるどころか、微動だにしなかったのだ。
「だって、戦いたくないもん」
優しく微笑んだアムがスッと両手を広げてノインに近付いた。そして、
バチッ!
「ぎゃ!?」
悲鳴とともにノインの膝がガクンと崩れた。
抱きつく素振りをしながら右手に呼び出したスタンサーベルを、スッとノインの腿に押し当てたのだ。
崩れるノインを抱き締め、そっと床に寝かせてやる。
「酷いよ……騙された……」
「なに言ってんの、私なりの優しさよ。これで大手を振って寝てられるでしょ?」
そう言ってにっこり笑うアムを、ノインは物珍しそうにじっと見つめていた。
それに気付いたアムが「なに?」と首を傾げる。
「いや……ずっと仏頂面だったから。ランダースも、そんな顔で笑うんだなって……」
「も……?」
「フィーアも……そんな顔で笑ってた。幸せそうに……」
「ふふ……あんたも直ぐに、こんな風に笑えるわよ」
「僕も……?」
「そ。あとは私達に任せておきなさい」
そう言ってノインのおでこを優しく撫でてからアムはスッと立ち上がった。
そしてノインに背を向けた途端にキッと表情を改める。
〈さてと……シン……〉
※
〈さすがに強いな……〉
手元から真っ二つに斬られたスタンサーベルをポイッと放り捨て、使い慣れた二本の短刀を呼び出す。
これ以上は逃げても仕方ないと観念したシンが、例のブーストを効かせたターンで斬り掛かったのだが、それは物の見事に凌がれた。
やはり零番隊は一筋縄ではいかない。
「ふっ……」
何を思ったのか、突然シンがくすりと笑った。
それを見たアインスが不機嫌そうにシンを睨みつける。
「……何がおかしい?」
「うん……? あぁ、別にお前を笑った訳じゃない」
「なら何故笑う?」
「ピンチだからさ」
「ピンチだから……? お前はピンチだと笑うのか?」
「知らんのか? 絶対絶命のピンチの時こそ、無理にでも笑ってみせるのさ。そうすれば心に余裕が生まれる。起死回生のアイデアだって浮かぶってもんだ」
「ふん……で、浮かんだのか?」
「いや……浮かばんから本当に笑っちまった」
そう言って、再びおかしそうにくすりと笑う。
それをアインスは、まるで不可解な者を見るような目で睨みつけた。
今の斬り合いでも分かる。確かに腕は立つがそれだけだ。
戦闘経験の差なのか、考えもしなかったような奇抜な手を使うが、自分の方が確実に強い。
奴の言うように、まさに絶体絶命のピンチだ。
なのに笑う、その神経が理解できなかったのだ。
「一応聞くが、やめる気ないか?」
「リーディア隊長も同じ事を言っていたが、俺はそんな甘い人間に見えるか?」
「俺は……リーディアもそうみたいだが、お前達とは心のどこかでやりたくないと思ってるんだよ。……何でだろうな?」
「知るか。そしてはっきり答えよう。悪いが敵の甘言に乗って戦いを放棄する俺じゃない。貴様は必ず殺す。以上だ」
「そうか……」
そう答えたシンがスッと腰を落とした。
アインスの雰囲気が変わったのだ。
直後、アインスが地を蹴って一足跳びに迫ってきた。
即座にシンも反応する。
ギンッ!ギンッ!ギンッ!ギンッ!
シンは二刀。 アインスも二刀。
両者の刃が交わり、止めどなく剣激が交わされて刃鳴りが響き渡る。
端から見れば両者互角に剣を交わしてるように見えるが、それはアインスがシンの斬り込みを受け続けているからだ。
明らかに様子を見ている。
それがシンにははっきり分かった。
〈まずいな……〉
そう思っても手は止まらない。
止めた瞬間、アインスの攻勢が始まるからだ。
〈とは言えこのままでは……〉
いつか息切れする。
いや、それ以前に攻撃に慣れた時点で反撃してくるだろう。
そうなる前に何とか……、
ザザ…………トン……トン……。
「ーーーッ!?」
アインスの斬り込みをサッと後方に避けながらシンが地を蹴り距離を取る。
アインスはそれを特に追撃する事なく、だらりと両手の剣を下げてシンを見つめた。
「どうした? もう息切れか?」
「……最後にもう一回だけ、聞いておこうと思ってな」
「くどい!!」
返事とともにアインスが左手に持った剣をひょいと放り捨てた。
そして残った剣を両手で持ち上段に構える。
渾身の力でもってシンに叩き込み、この戦いに終止符を打とうというのだ。
それを見てシンが再びスッと腰を落とした。
静かに息を吐き、そして直後にスラスターを吹かせ、一気に飛び出す。
「またそれか!」
剣の間合いに入る直前での高速ターン。
初見こそ驚いたものの、一度見てしまえばどうという事はない。
フェイントを入れながら近付いた奴がスッと視界から消えた。右にターンしたのだ。
大丈夫だ、見失ってないない。
ぐっと左足を踏み締め、左手の刀を横凪ぎに払ってくる。
が、こちらの方が速い。
これで終わりだ。
奴の頭目掛け、真っ向から剣を振り下ろ……、
バキンッ!!
「ーーーなッ!?」
突然、手に持った剣が根元から砕けた。
それが狙撃されたものだと悟った時には、既に奴の短刀が脇腹に迫っていた。
〈ランダースか……〉
アインスがふっと笑う。
直後、シンの短刀が吸い込まれるようにしてアインスの脇腹に決まった。
どれくらい意識を失っていたのだろう?
いや、それとも一瞬か?
とにかく、気付けば自分は地面に横たわり、相手が見下ろしていた。
剣を打ち込まれた脇腹がズキンと痛む。
どうやら暫く動けそうにない。
「なぶるな。お前の勝ちだ。殺せ……」
「断る」
そう言ってシンは二本の短刀を鞘に納めると、アインスの横にドカッと腰を下ろしてしまった。
それどころか、足を伸ばして空を見上げている。
「なぜ殺さない……?」
「なんだ? お前、そんなに死にたいのか?」
振り向いたシンに問い返されてアインスが言葉に詰まる。
別に死にたい訳ではない。
ただ負けた方は命を奪われる。そう漠然と考えていただけなのだ。
「終わった?」
「あぁ……」
気付けばランダースがホバリングでゆっくりと近付いてきていた。
その顔を見て何故か安堵する自分かいる。
「やっぱりランダースか……」
「あはは……ごめんね、水差しちゃって」
「助かったよ、アム」
「助かったよじゃないよ!私を騙したでしょ、シン!」
「騙す……?」
「ノインを巻いたら助けに来てくれって……よく考えたら、ノインが無事だったら結局アインスのとこに来るんだから別れた意味ないじゃない!」
「いや、それはその……まぁ、結果的に助かったから……」
「結果的にね!もし私が来なかったらどうするつもりだったのよ!バカバカ!!」
シンの背中を両手でポカポカ叩くアム。
が、それは端から見ればじゃれあってる以外の何物でもなかった。
「ランダース……ひょっとして、ノインを倒したのか?」
「え……? いや、まぁ……なんと言うか……ほら、あの子甘いから。ねぇ?」
あははと笑って頬を掻く。
それで納得した。
きっとノインの優しさに付け込んで不意打ちでもしたのだろう。
「で……?ノインは?」
「あっちで日向ぼっこしてるわ。この陽気だから寝ちゃってるかもね?」
そう言って微笑むアムの顔を見て、思わずノインが空を見上げ、ぼーっと昼寝してる情景が浮かんだ。
それが何だかおかしくて、つい笑ってしまった。
〈負けたんだな……〉
ノインはともかく、自分はどんな事があっても負ける事はないと思っていた。なのに負けた……。
シングレア・ロンドとランダース。
お互いに相手を信頼していないとあんな曲芸のような事は出来やしない。
普通なら相手をスコープに収めた瞬間、引き金を引きそうなものだ。
なのにランダースは引かなかった。
奴を信じてじっとチャンスを待った。
そして奴は奴でランダースが自分の剣を叩き折ると信じて疑わなかった。
自分の剣を避けようとしなかったのがその証拠だ。
奴がどちらにターンするのか?
どのタイミングでターンするのか?
例えそれを事前に知らされていたとしても、あのタイミングで自分の剣を叩き折るのは神業に近いのに……。
〈完敗だな……〉
いっそ清々しい程の敗北に、心が晴れやかな気になった。
そして空を見上げる。
そこには抜けるような青空がどこまでも広がっていた。
「空って……こんなに青かったんだな……」
生まれて初めて気付いたのだろう。
アインスが染々と呟くと、
「なんだ、知らなかったのか?」
「前ばっか見てるからよ。たまには空を見上げてごらんなさい。きっと良いことあるから」
と、二人の笑顔が返ってきた。
※
「こ、コックスベース管制塔、倒壊!港のコンテナも次々破壊されていきます!」
「『アイリッシュ』より新たな砲撃勧告、次はヴィンランド内の港に撃ち込むと……」
「北壁監視塔周辺、占拠されました。守備隊より指示を仰いでます」
ヴィンランド司令本部がしーん……と静まり返る。
全ての戦艦を失った今、ヴィンランド側に『アイリッシュ』に抗う術はなかったのだ。
その『アイリッシュ』の砲撃支援を受けて、北壁守備隊は完全に及び腰だった。
おまけに、
「み、南門を占拠したワービーストから、停戦の申し入れが……」
その報告を聞いて、それまで黙って事の成り行きを見守っていたグリーンウッドがスッと腕組みを解いた。
「ここまでじゃな……」
「将軍……」
「儂は後悔しとらん。すまんが後を頼むぞ、ルーファス……」
「将軍ッ!?」
ルーファスの突然の大声に司令部の面々が何事かと振り向いた。その時、
パン!
と、火薬の炸裂音が響き渡った。
ルーファスが制止する間もなく、銃を抜いたグリーンウッドがこめかみに銃口を押し当てて引き金を引いたのだ。
事切れたグリーンウッドに静かに歩み寄ったルーファスが上着を被せ、敬礼でもって黙祷を捧げる。
他の面々も静かに立ち上がると、それに習って黙祷を捧げた。
暫し沈黙の時が司令本部に流れる。
それを破ったのはルーファスの落ち着いた声だった。
「将軍は自決された。停戦を受け入れる。全軍に伝えろ」
「りょ、了解!」
「『アイリッシュ』にも連絡しろ。砲撃は無用とな」
「はっ!」
「それと軟禁していた評議会の面々、全て開放して事に当たらせろ。以後、軍事を含むあらゆる決定権は評議会に委譲する」
「…………」
「……どうした? 早く指示を伝えろ」
「あの……司令は……?」
「俺……? ふっ、そんな顔するな。俺は自決なんかしない」
そう言って心配そうに見つめる部下達にルーファスが笑って答えた。
俺まで死んだら、罪を負う者が居なくなるだろう。
そんな言葉をそっと飲み込みながら……。