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見知らぬ空へ  作者: たじま
33/35

30、ヴィンランド攻略戦

29、初めての夜はえっちぃので、ここにはありません。



この地上にあって唯一、旧人類だけが住む街ニュー・ヴィンランド。

40キロ四方を高い城壁に囲まれ、ワービーストよりも遥かに進んだ科学力でもって武装し、外敵からの侵略を一切受け付けない人類の楽園。

そのヴィンランドの西側には、城壁から張り出す形で出丸のような基地がある。


通称、コックスベース。


ランドシップの港を兼ねたそれは小高い丘にあり、ヴィンランド程ではないがしっかりとした城壁で囲まれ、その外側に堀を穿ち、柵を設置して外敵の備えとしている。

それはローエンドルフ城以上の備えであり、例え数万の軍勢が攻め寄せたとしてもびくともしないだろう。

もっとも、ランドシップや空を飛べるASが相手ではその限りでは無いが……。


その基地からヴィンランドの街中に足を踏み入れれば、そこはヴィンランドでも特に軍施設が集まる一角となっていた。

武器の製造工場は勿論、ランドシップやAS関連の施設、それにアムの囚われていた人体強化の研究施設もある。

その軍需関連の施設が集まる一角でも一際高い建物。

城壁の向こうも見渡す事が出来るその場所に、ヴィンランドの守りの要である防衛司令部があった。

その司令部。


「南に敵だと!?」


ルーファスの焦りを含んだ声が部屋全体に響き渡った。

北から接近する敵の艦隊と此方の艦隊との間に間もなく戦端が開かれる。

そんな矢先に、南から猿族の残党と思しき部隊が接近して来たのだ。


「規模はどれ程だ?」


慌てるルーファスを横目にグリーンウッドが静かに尋ねる。


「大小合わせて車両が約二千台!一万五千から二万は居ると思われます!凡そ40キロ地点で部隊を停止、展開しています!」

「二万……」


ルーファスが信じられんと言った顔で呟いた。

感染力が強く致死率も高い病原菌を蔓延させ、おまけに核ミサイルまで撃ち込んだのだ。

正直、南に関しては向こう数十年は安泰だろうと高を括っていた。

なのに、たった数ヶ月でこれだけの規模の兵士を動員するとは……。


「将軍、港の護衛艦隊を出撃させてはどうでしょう?」

「放っておけ。どうせ城壁は越えられんし、万一護衛艦隊が取り込まれてはそれこそ厄介だ」

「しかし……」

「奴等とて単独でヴィンランドを攻略出来るとは思っておるまい。北の艦隊と呼応した動きを取っている以上、北の趨勢が決まるまではやって来んだろう」

「南の猿共が北と連携を?」

「状況からして、そうとしか思えんじゃろう。それよりあっちはどうなっておる?」

「まだ交戦開始の連絡は入っておりません」

「なら待とうではないか。心静かに、我が艦隊の勝利を信じての」


そう言いながらもグリーンウッドが南に出現した部隊を睨み付けた。

これ見よがしに展開を始めた小癪な部隊を。







「『アイリッシュ』、『インジェラ』、『グリッツ』確認。偵察隊の報告通り真っ直ぐ向かって来ます。距離25000」

「来たか」


ヴィンランドから北に30キロ余り。

クラックガーデンを出た敵艦隊を撃退すべく、ヴィンランド軍はここにファラフェル級を中心とした防衛ラインを展開していた。

その防衛艦隊旗艦、『ファラフェル』のブリッジ。

総司令官のマクレガンがモニターに映し出された敵を睨み付けた。

左右の『グリッツ』と『インジェラ』が先行し、中央の『アイリッシュ』が少し下がった、所謂V字の隊列で進軍して来る敵艦隊。

それに対し、此方は中央に旗艦『ファラフェル』を配置、その左右に『シュニッチェル』と『シュラスコ』の二艦。

少し離れて右翼には『パッタイ』、そして左翼には『ラフティー』を配置した鶴翼の陣で、計五隻の大型艦。

数で言えば5対3だ。

だが敵の『アイリッシュ』は13000でも正確に当ててくるとの報告がある。

おまけにヴィンランドの南にワービーストの歩兵が多数出現したとの連絡もあった。足があるので、戦闘が始まれば一時間でニュー・ヴィンランドを伺える位置だ。


〈負けられんな……〉


ここで防衛線を抜かれればヴィンランドまで一直線、遮る者はいない。

もし万が一、敵のランドシップに南の城門や砲台を破壊されれば、それだけでヴィンランドは陥落する。南のワービーストを支えられなくなるからだ。

まさに人類の未来は我が艦隊に託された。

大きく目を見開いたマクレガンがすぅと息を吸い込む。直後、


「全艦に通達、第一種戦闘配置!これより、敵艦隊を殲滅する!『ファラフェル』エンジン始動!!」


兵士達を鼓舞するかのような大声が『ファラフェル』のブリッジに響き渡った。







「観測気球からの光学映像出ます」

「……さすがに小さいわね」


ブリッジ上部のモニターに映し出された映像を見てひめ子が呟いた。

距離があり過ぎて、敵艦が米粒のような大きさだったのだ。


「艦識照合、左に『パッタイ』、少し離れて中央集団が『シュニッチェル』、『ファラフェル』、『シュラスコ』、右には例の脚長です。距離25000!」

「やはり総力戦で来ましたね」

「どうします、司令?」

「夏袁さんの放った斥候によれば、ヴィンランド軍がこの辺りに小細工をした形跡はありません。それに、このまま進めば左右の艦が広がって三方から砲撃を加えて来るでしょう。敵の策に乗るのはしゃくですが、此方の方が数が少ない以上、それに乗るしかないのではないでしょうか?」


レオの決断にモニターのホワイトビットがニヤリと笑った。

船は初めてだが、用兵に関してはかなりの勉強家だと聞く。

その兵の動きを船に当てはめた的確な状況判断に、流石はスフィンクス殿の秘蔵っ子だなと感心したのだ。


『決まりですな。なら『グリッツ』は左のパッタイを』

『そうなると、私は右の新型艦ですかな』

「では、中央集団は『アイリッシュ』が」

『ひめ子殿、『パッタイ』のバカラ司令は言わずもがな、右の新型……恐らくはパンナボール司令です。直ぐには応援に駆け付けられないかもしれません』

「此方はお気になさらないで下さい。なんとか凌いでみせます」


ラッセンの言にひめ子が力強く答える。

三対一だがやるしかなかった。

そんなひめ子を見て、ラッセンとホワイトビットが満足気に「うむ」と頷いた。

ひめ子も幾多の戦闘を経験し、今やヴィンランド軍にも劣らない立派な艦長に成長した。

今までは老婆心から多少の心配は常にしていたが、もうその必要はない。

要はひめ子を一人前の艦長と認めたのだ。


『それじゃあ、司令!嬢ちゃん!ラッセン艦長!また後で会おう!!』


明るく闊達な声を残してホワイトビットの姿がモニターから消える。

続けてラッセンが無言で敬礼した。

それにレオとひめ子が敬礼で返すと、ラッセンの姿もまたモニターから消えた。

静まり返ったブリッジの中、レオとひめ子が無言で頷く。


「これより本艦は戦闘を開始する!総員、第一種戦闘配置、艦隊戦用意!!」

「総員、第一種戦闘配置!艦隊戦用意!!」


サナの復唱と共に『アイリッシュ』艦内にけたたましい警報音が響き渡った。

ヴィンランド軍と連合軍、その最初で最後の決戦の火蓋が切って落とされたのだ。


「『アイリッシュ』加速!最大船速まで三十秒!」

「全迎撃システム起動しますです!」

「主砲一番、二番、砲撃準備!後部ミサイル発射管、アシナガバチ装填!」

「了解!」

「了解です!」

「AS、及びサイクロン隊、発進準備!」

「了解。ブリッジより待機中のAS、サイクロン各機へ、発進準備!第一、第二、及び中央デッキ開放します」




『ブリッジよりリーディア大隊長』

「はいな?」

『AS隊は発進後、艦隊戦の邪魔にならないよう西側へ移動して敵AS隊と交戦願います』


「了解!」


ニヤリと笑ったリーディアがぐるんと肩を回しながら答える。その顔はやる気満々だった。

正直、待機中の緊張感に耐えてるより、早く戦場に出て暴れ回りたい気分だったのだ。


「みんな、そんな訳で発進後は右に行くよ!乱戦になるまではミサイルに注意!カレンちゃんは私に付いて来て!」

『承知』

「クウちゃん、アレンちゃん、私等が開けた穴を広げながら一気に突き抜けて。足を止めちゃダメだからねん。そこんとこ、よろしこ!」

『了解~!』

『了解した』


『リーディア隊、クラーラ隊、発進願います!続けてカーテレーゼ隊、アルレント隊、発進位置へ!』


艦内アナウンスに従い、リーディアがカタパルトに跨がる。

カタパルトの向こうは抜けるような青空だった。


「リーディア・ブラックコート! FⅡーR、いっくよ~!!」

『進路クリアー、FⅡーR発進、どうぞ!』

「発進!!」


直後、リーディアの黒い機体が一気に押し出され、大空へと飛び立って行った。





「こっちは第二陣だ。アイリッシュ隊とサイクロン隊が中央に穴を開ける。俺達はグリッツ隊と二手に別れてアイリッシュ隊が開けた穴を押し広げながら一気に突き崩すぞ。バッカスは俺と来い。ヘンケルリンクはオールと組め。相手の数が多い。乱戦になるぞ。無理はするなよ」

『『了解!』』


『アイリッシュ隊、発艦を開始!AS各隊は順次発進せよ!!』


「ようし!行くぞ!!」

『『おう!!』』







「敵は?」

「『インジェラ』動きありません。どうやら中央艦隊に二隻で当たる模様」

「こっちは無視か?」


左翼の『ラフティー』では艦長のバルザックが困惑した表情を浮かべていた。

『インジェラ』を『アイリッシュ』から引き剥がす。

また、同時に中央の戦闘区域を広げる目的もあり取り舵を切ったのだが『インジェラ』が釣られなかったのだ。

どうやら敵は中央艦隊に3対2で当たる気らしい。

だがそれは此方の望むところではなかった。正確無比な砲撃を誇る『アイリッシュ』に余裕が生まれるからだ。

もしも序盤で当方の一隻が沈められれば、それだけで此方の陣容は崩され兼ねない。

それだけは阻止しなければならなかった。


「仕方ない。面舵、進路を戻せ!」

「面舵、よし!」

「あっ!?『インジェラ』急速回頭!?此方に向かって来ます!!」

「このタイミングで!?『シュラスコ』に側面を見せる気か!? 主砲、砲撃準備!」

「待て艦長。来るなら良い、左に進路を戻せ」

「ですが司令……」

「逸るな。此方の目的は『インジェラ』を『アイリッシュ』から引き離す事だ。それを忘れるな」

「はっ……申し訳ありません」


謝罪ととともに艦長が取り舵の指示をだす。

それを横目にパンナボールがモニターの『インジェラ』を睨み付けた。

嘗ての乗艦、戦場に置き去りにしてきた『インジェラ』を。


〈この人を食った操艦……やはりラッセンか……〉







「『グリッツ』は付いて来てんな?」

「はい、本艦に合わせて転進を確認。距離14000」


右翼の『パッタイ』も『ラフティー』と同じく、『グリッツ』を『アイリッシュ』から遠ざける目的から誘うように進路を変えた。

それに合わせて『グリッツ』も進路を変える。

こちらは始めからその気だったのだろう。敵意丸出しだった。


「艦長はホワイトビットだったか? やだねぇ、やる気満々かよ」


バカラがふんと鼻を鳴らしながら足を組む。

だがこれで厄介な『アイリッシュ』は三艦で攻撃出来る事になった。序盤はこっちの思惑通りと言う事だ。


「そろそろ始めんぞ!距離は?」

「間もなく13000!あッ!?『グリッツ』発砲!?」

「『アイリッシュ』じゃねえんだ、この距離で当たるか。取り舵!一気に距離を詰めてこっちもぶっ放せ!!」







「全ハッチ閉鎖、ドローン配置完了しました」

「敵艦隊までの距離、14000!」


ひめ子がモニターを睨み付ける。

的を絞らせないつもりなのだろう。

中央の『ファラフェル』を中心に左右の艦が凡そ1キロの距離を保って並走していた。

その敵艦が突然スッと舵を切る。


「敵艦隊、ジグザグ航行開始!」

「完全に警戒されてますね……」

「やるしかないわね。恫鼓さん、先ずは左の『シュニッチェル』を叩きます」

「了解!」

「敵艦、尚も接近!距離13500!」

「エリックさん、回避行動は任せます」

「了解!」


「攻撃を開始する!目標、敵ファラフェル級戦艦、『シュニッチェル』!」

「照準よし!」


「撃てぇ!!」


ひめ子の号令とともに『アイリッシュ』がドンッ!と大きく揺れた。続けてブリッジ後部からミサイルが発射される。

それを合図に敵艦隊からも主砲とミサイルが一斉に放たれた。

『アイリッシュ』がクンッと進路を変える。

直後、周囲に爆炎が高々と上がり『アイリッシュ』がガタガタと激しく揺れた。


「ーーーっ!?」


ブリッジの全員が無言で歯を噛み締める。

距離があるのでだいぶバラけたが、ファラフェル級三隻の一斉射撃、計18門の砲弾は肝を冷やすには充分な威力だった。更に、


「ミサイル接近!アシナガバチ!」


息を付く間もなく敵の対艦ミサイルが迫る。


「ミツバチ発射!各銃座、迎撃開始!」

「了解です!」


『アイリッシュ』から多数のアンチミサイルが発射され小規模の爆発が一斉に起こる。

それをくぐり抜けたミサイルに対し、両舷の銃座が一斉に火を吹いた。

幸いにして全て迎撃に成功したが、さすがに三艦同時に相手するのはキツかった。


「ひめちゃん、『ファラフェル』と『シュラスコ』の進路上にミサイルを。絶え間なく船が揺れれば狙いも定まりません」

「なるほど。チカちゃん、よろしく!」

「了解です」

「主砲一番、二番、次弾装填完了!」

「攻撃を再開する!撃てぇ!!」


ひめ子の号令一下、再び『アイリッシュ』が火を吹いた。







『アイリッシュ』、『グリッツ』両艦が砲撃戦を始めた頃、両軍のAS隊もまた会敵しようとしていた。

そのヴィンランド軍のAS隊。


「真っ直ぐ突っ込んで来るぞ!ミサイル用意!!」

『カーライル連隊長、下にサイクロンです!4機!』

「あれがデータ通りの性能なら、レーダーに反応しない上に武器は豊富だ。数はそんなにいないが注意しろ!」

『『了解!』』


部下達が緊張した面持ちでミサイルランチャーを構える。

敵のASの性能も然る事乍、造兵廠のデータバンクに残されていた試作型サイクロンの性能は、まさにASキラーとも呼べる代物だったからだ。




一方、


「来たよ!」

『すごい数……』


カレンの喉が思わずゴクリと鳴る。

相手の数の多さに、此方は別の意味で緊張感を隠せないようだった。

そんな中にあってリーディア一人は冷静だった。

ざっと敵を見回して中隊の数を数えていく。


「数が合わないね。ギルちゃん、グッちゃん、敵が回り込んでるかもしんない!注意して!!」


『『了解!』』


「さぁ、行くよ!動きはこっちが断然上!だから大丈夫!先ずは敵の数を減らすのに専念しよう!但し零番隊には注意してね。あの子等だけで隊列乱され兼ねないから!」


その時、敵のAS隊から一斉にミサイルが放たれた。リーディア隊目掛けて真っ直ぐ向かってくる。


「迎撃!!」


叫ぶと同時に肩に担いだミサイルランチャーのトリガーを引く。

同時に周囲からも一斉にアンチミサイルが放たれた。

白い筋を引いて両軍のミサイルが交錯する。

直後、小規模の爆発が一斉に起こった。

炎と煙のカーテンが前方に立ち塞がる。

その爆炎のカーテンに、リーディア隊が躊躇する事なく突っ込んだ。


「ーーーッ!?」


カーライルが咄嗟にシールドを構えた瞬間、殺到した弾丸がシールドを襲った。


「ぐぁ!?」

「ぎゃ!?」


そのカーライルの周囲に悲鳴が上がる。

反応が遅れたのだろう。数機のASが制御を失って落下していった。

が、それに構っている暇はない。目の前に敵が迫っていたのだ。


「速い!?」


すれ違い様に弾丸を叩き込んだがシールドに阻まれた。逆に此方の数機がやられている。

事前に敵のASと武器の性能については報告を受けていたが、実際に当たってみると想像以上。

三倍の戦力差とはいえ、これではまったく油断がならなかった。しかも、


「今の、リーディアか!?」


離れ行く黒い機体を見てカーライルが叫んだ。嘗ての部下だったのだ。


「くそ、何機食われた?」

『6機!』

「ちっ、半分か。次が来るぞ!シールドに身を隠せ!無闇やたらと発砲するな!撃つのは充分引き付けてからだ!」

『『了解!』』


〈ったく……こんなの理不尽過ぎだろ〉


そんな言葉を飲み込んで、カーライルは後続の敵に向かって行くのだった。







「AS隊発見、3時の方角!シャング隊長の情報通りです。森に紛れて接近中!四中隊!」


間もなく敵の新型艦と砲撃戦が始まる。

そんな矢先にASが奇襲を掛ける?


〈いや……始まった直後に奇襲……ですかな?〉


おそらく艦隊戦が始まり、爆炎が上がったらその煙を利用して接近、奇襲を仕掛ける気だったのだろう。

幸いにしてシャング隊長から連絡を受けていたので発見できたが、見逃していたら接近したASにエンジンを破壊されていたかも知れない。


〈まったく……油断も隙もないですな。パンナボール司令……〉


ラッセンがモニターの新型艦を見据える。

このやらしい戦術で確信した。

やはりあの船にはパンナボールが乗っている……と。


〈ですが発見した以上、ランドシップの守りは万全です。出来ればこれで最期にして貰いたいですな、司令……〉


まるで敵を悼むようにラッセンがパンナボールに語り掛ける。

守りは万全。

それは敵のAS隊の殲滅を意味したからだ。


「左右ミサイル発射管、全弾クマバチ装填」

「クマバチ装填、よし!」

「撃て!」


直後、『インジェラ』から多数のミサイルが発射された。

敵、AS隊に向かって。

せめてこれを最期に、無謀な攻撃を仕掛けて来ない事を心から祈って。





「全機へ、間もなく『ラフティー』が攻撃を開始する。爆煙を使って一気に接近するぞ。各中隊は部隊毎に纏まってエンジンを狙え。例のミサイルには充分注意して……」


『上だ!!もう撃ってる!!!』

「何ッ!?」


部下の叫びを聞いた部隊長が慌てて空を見上げる。そしてサッと血の気を引かせた。

上空に多数のミサイルが接近していたのだ。

森を選んで移動していたのが完全に仇になった。『インジェラ』の攻撃にまったく気づかなかったのだ。


「逃げろ!!」


部隊長が改めて指示を出すまでもない。

慌てて森に戻ろうと急制動を掛ける者。

ブーストを吹かせてミサイルを振り切ろうと進路を変える者。

或いは立ち止まって迎撃を試みる者。

皆、既に思い思いに行動を起こしていたが、その全てが手遅れだった。

雨のように降り注ぐミサイル。

ましてや銃弾を避けながら不規則に、それでいて高速で接近するミサイル群から逃れることなど不可能だった。

次々と襲い掛かるミサイルの直撃を受け、ASが吹き飛んでいく。

戦場に命が散っていく。

無益な殺生は絶対にしないキングバルト軍とはいえ、事ここに至って流石に手加減は出来なかった。すれば此方が殺られるからだ。

だから圧倒的な武力を見せつけた。

ASごときでランドシップに手出しすればこうなると。

これ以上無闇に攻撃してくれるなと、そう警告の意味を込めて……。





「き、奇襲部隊……全シグナル消失……」

「全滅……? 四中隊が……たった一回の攻撃で……全滅?」


バルザックが呆然と呟く。

『インジェラ』が多数のミサイルを上空に打ち上げた。

そう思った瞬間、ミサイル群がクンッ!と軌道を変え、直後には分裂して地上に降り注いだ。

『インジェラ』奇襲のAS部隊が発見され、攻撃を受けたのだ。

その映像を、パンナボールは眉間に皺を寄せながらじっと睨み付けていた。


「司令……」

「あれほど纏まるなと注意したのに……距離があるからと油断したな。バカめ……」

「べ、別動隊を向かわせますか?」

「あんな手は一度しか使えん。警戒された今、損害が増えるだけだ」

「では……?」

「我が艦だけでやるしかないと言う事だ」


実は『ラフティー』、新型艦と言えば聞こえはいいが、実際は四隻の護衛艦を繋げただけの即席の戦艦。

脚はそれなりに速いが、主砲は前後左右のブロックに一門づつで、威力も射程もファラフェル級には及ばない。

それを補う為の奇襲作戦だったのだが、それは見事に失敗した。

こうなったら自分で言ったように真っ正面から『インジェラ』を叩くしかない。

砲の威力も、数も、射程も、それどころか足の速さも、全てが格上の相手に。


「艦長、こうなったらとにかく脚を使って接近する。まだ攻撃はするな。射程を悟られると厄介だ」

「りょ、了解」







ニュー・ヴィンランドから南に40キロ余り。

冬袁の率いる西寧府軍(南部の残党含む)を中核としたキングバルト、北淋の連合軍は、ここに部隊を展開して突撃の時をじっと待っていた。

そのキングバルト軍の陣地。

スフィンクスが小高い丘の上に立ち、遠くヴィンランドの空を見つめていると、ラルゴが静に近付いて片膝を突いた。


「始まったか?」

「はい。冬袁殿から連絡がありました」

「合図があり次第、直ぐに進軍する。虎鉄殿にそう伝えておいてくれ」

「その必要はありません。手ぐすね引いて待っていますので」


顔を上げたラルゴが笑って答える。


「……まぁ、それもそうか」


するとそれを聞いたスフィンクスがふっと笑みを溢した。

勇猛果敢を絵に描いたような虎鉄が、厳つい顔で進撃の合図を今か今かと待ちわびる。

そんな姿をつい思い浮かべたのだ。

そのまま二人してクスクスと一頻り笑った後、突然ラルゴが笑顔を納めてスフィンクスを見上げた。


「スフィンクス様……」

「なんじゃ?」

「勝てるでしょうか?」


スフィンクスはその問いには答えず、黙って北の空に視線を移してしまった。

正直、スフィンクスでも北の戦況はまったく読めなかったのだ。

南部戦線で猿族に大打撃を受けたとは言え、ヴィンランド軍の底力は計り知れないものがある。

それに万が一、ヴィンランド軍が劣勢に追い込まれた場合、ヴィンランドは自爆覚悟で核を使用するだろう。

そうなればヴィンランドに攻め込んだ部隊諸とも全滅は必至だ。それでは勝ったとは言えない。

だから先ずは核を抑え、その上で自分達をヴィンランド内部に手引きする。

そうすればいかなヴィンランドとて停戦に応じるだろう。

だが、それだけの事が互角以下の戦力で本当に出来るのか?


〈頼むぞ……シン……〉


スフィンクスは祈るような気持ちで遥かな北の空を見つめるのだった。







〈まずい……このままだと回り込まれる……〉


臍を噛む思いでレオがモニターを見つめる。

敵は予めこの事を打ち合わせていたのだろう。

此方が『シュニッチェル』を叩こうとすると、『シュニッチェル』は砲撃しながらも回避に専念。

そうしながら『アイリッシュ』の左へ左へと回り込もうとしてきた。

そして『シュニッチェル』に足並みを揃えた『ファラフェル』が右から攻撃を加え、『シュラスコ』が全速力で後ろに回り込む。

ひめ子も気付いているようだが、如何せん『シュニッチェル』と『ファラフェル』に頭を抑えられていては思うように動けない。おまけに、


「右舷2時からミサイル多数!続けて3時の方角、アシナガバチ!!」


砲撃の合間を縫って多数のミサイルが襲い掛かる。


「ミツバチ発射!各銃座、迎撃!!」


ひめ子も良く対処しているが、このままではいつか均衡が破れる。それも時間の問題だった。


「ひめちゃん、『ファラフェル』をミサイル攻撃しながら一気に『シュニッチェル』との距離を詰めましょう。今なら『シュラスコ』は付いて来れません。その間に『シュニッチェル』を主砲で叩く。駄目なら一度『シュニッチェル』と『ファラフェル』の間を抜けて向こう側に!」

「ですね。私もそう思ってました。チカちゃん、アシナガバチを全弾『ファラフェル』に!」

「了解です!」

「恫鼓さん、突撃します。『シュニッチェル』を!」

「了解!」

「これより突撃する!各員……」


「『シュニッチェル』、『ファラフェル』、発砲!!」

「 ーーーッ!? 取り舵ッ!!」


ひめ子が慌てて叫ぶが一瞬遅かった。

凄まじい轟音とともに船が激しく揺れる。

『アイリッシュ』を左右から挟み込むように展開した『ファラフェル』と『シュニッチェル』。

その二隻から同時に砲撃を受け、ついに一発の砲弾が『アイリッシュ』を掠めたのだ。


「右舷主砲被弾!第二ブロックに火災発生!!」

「しまった!? 消火作業急いで!!」





「艦長、『アイリッシュ』が!?」


部下の叫びを聞いたホワイトビットがモニターを見上げる。

第二デッキを敵の砲弾が霞めたのだろう。

『アイリッシュ』の右舷からモクモクと黒煙が上がっていた。

どうやらエンジンは無事なようだが、あれでは右舷の主砲が使えるかどうか?

もしダメなら……。


〈流石に3対1じゃキツイか……〉


「『パッタイ』、森の影に入ります!」

その報告を聞いたホワイトビットが窓の外をキッと睨み付けた。そして、


「面舵だ!!」

「「えっ!?」」


ホワイトビットの命令を聞いたブリッジの全員が驚いて振り返る。

ここで右に進路を変えれば『パッタイ』に背中を見せる事になるからだ。


「艦長、それでは『パッタイ』に……」

「構わん!『パッタイ』を無視して『シュニッチェル』を叩け!先ずは『アイリッシュ』を自由にするんだ!でないと勝機はない!!」

「で、ですが……」

「いいから、やれ!!」

「りょ、了解!!」


返事とともに操舵手が舵を切る。

そして『シュニッチェル』を目指し、最大船速で突き進んで行った。

それを見て驚いたのは『パッタイ』だ。



「『グリッツ』右に転進!?」

「此方に背中を!?」

「まずった! ホワイトビットの野郎、『アイリッシュ』の応援に向かう気だ! ベンソン、逃がすな!追え!!」

「はっ!『パッタイ』最大船速だ!」




〈よし、あと一息だ……〉

その時、『シュニッチェル』を預かる司令官、ランドンは密かに胸を撫で下ろしていた。

『アイリッシュ』の砲撃は常に正確で、回避に専念していたにも関わらず舷側ギリギリに着弾したのが一度や二度ではなかったのだ。

だがそれもここまでだ。

航行不能とまではいかないが、味方の砲弾が先に『アイリッシュ』を捉え、結果『アイリッシュ』の第二主砲はその機能を失ったように見える。これで……。


「畳み掛けるぞ!全速で『アイリッシュ』の右側に……」


ドドォオオオン!!

「なにッ!?」


命令を出し掛けたランドンが慌ててシートにしがみつく。

多数の砲弾が至近距離に着弾し、『シュニッチェル』が大きく揺れたのだ。


「どこからだ!?」

「『グリッツ』です!右舷から『グリッツ』が急速接近中!!」

「『グリッツ』だと!? バカラめ、しくじったか!?」

「いえ、『パッタイ』は無事です。『グリッツ』が『パッタイ』を無視して強引に割り込んだ模様!」

「破れかぶれか……なら『パッタイ』が沈めるだろう。回避行動は任せる。引き続き『アイリッシュ』を狙え!」

「はっ!!」




「くそったれ!たまには気持ち良く当てらんねぇのか!」

「も、申し訳ありません」

「『パッタイ』砲撃態勢!来ます!!」

「総員、耐ショック!!」


叫ぶと同時にホワイトビットが祈るような気持ちで歯を食い縛る。

直後、凄まじい轟音とともに『グリッツ』がドンッ!!と激しく揺れた。

ブリッジに警報音が高々と鳴り響き、船がガタガタと振動しながら急減速する。エンジンが破壊されたのだ。


「被害状況!」

「第三デッキ直撃!航行不能!!」

「チッ……!?」


ホワイトビットが舌打ちを漏らす。

が、その眼から戦意は消えていない。

窓の向こう、遥か遠くの『シュニッチェル』をキッと睨み付けていた。


「各員、負傷者の救助、並びに消火作業を……」

「消火は後だ!!」

「えっ!?」

「今なら『シュニッチェル』は油断してる。『パッタイ』からは煙で見えん。これが最後のチャンスだ。当てろ!!」




「どうだ?」

「足は止まりましたが、煙が邪魔で何とも……」

解析官の報告にバカラが「ちっ……」と舌打ちを漏らした。

敵を捉えはしたが、如何せん煙が邪魔して破壊の状況を把握出来ないのだ。

もし主砲が無事なら煙に紛れて撃ち返してくる可能性がある。


「このまま『グリッツ』の後ろに回り込め!撃ってくるかも知んねぇ、油断すんじゃねぇぞ!」

「はっ!」





「『グリッツ』停船しました!」

「よぅし!良くやったバカラ!!」


『シュニッチェル』では思わず腰を浮かせてランドンが喜色を露にしていた。

これで残るは『アイリッシュ』と『インジェラ』の二隻。

対して此方は五隻が無傷で残っている。

もはや勝利は目前だ。

後は手負いの『アイリッシュ』を叩けば戦いは終わるだろう。

五対一では『インジェラ』も降伏するしかないだろうし、南の猿共もランドシップが無事ならすごすごと撤収するのは確実だったからだ。


〈俺が終わらせてやる……〉


『アイリッシュ』の攻撃を一手に引き受け、それを凌ぎ、遂には『アイリッシュ』を破壊して戦いを決定付けた男。

そんな英雄じみた自分を夢想してランドンの頬に思わず笑みが溢れる。


「『アイリッシュ』を叩いて一気に戦いを終わらせるぞ!主砲照準!目標、『アイリッ……」


『おい、ランドン!此方からじゃ煙が邪魔で『グリッツ』が視認出来ねぇ!ちゃんと撃沈は確認したんだろうな!!』


突然飛び込んできた『パッタイ』からの通信に、ブリッジ全員の思考が一瞬停止した。

一拍の間を置いて我に返った解析官が慌ててモニターを確認し、次いでぎょ!とした。

『グリッツ』の主砲がピタリと此方を向いていたのだ。


「し、司令!?『グリッツ』は無事ーーーッ!? 『グリッツ』発砲!!」

「 か、回避だ!!」

「ま、間に合いません……!?」





『アイリッシュ』のブリッジではひめ子が悲痛な面持ちでモニターを見上げていた。

『グリッツ』の無謀とも取れる捨て身の攻撃は、どう見ても『アイリッシュ』の危急を救う為の行動だったからだ。

その結果、『グリッツ』はエンジンを破壊されて停止、直後の反撃で『シュニッチェル』に一撃喰らわせる事には成功したようだが、あれでは『グリッツ』は……。


「ホワイトビット艦長……」

「ひめちゃん、感傷は後です!『シュニッチェル』を!!」


戦況を冷静に見据えていたレオが叫ぶ。

確かに今がチャンスだった。

ここで『シュニッチェル』を戦闘不能に追い込めば、前方から左舷に掛けての広い範囲を自由に航行出来るようになる。

『シュニッチェル』の代わりに『パッタイ』が戦列に加わるとは言え、まだ距離があるので一度態勢を整える事は可能だろう。

『グリッツ』の行為を無駄にしない為にも、ここは何としても危機を脱出する。

そう決意したひめ子が、キッと『シュニッチェル』を睨み付けた。


「主砲照準!目標、『シュニッチェル』!!」





その『シュニッチェル』では勝利の雰囲気から一転、ランドンが怒りを込めた拳をシートに叩き付けていた。


「くそ!バカラめ、半端な事しおって!!被害状況は?」

「第二デッキ大破!航行不能!!」

「おのれ!主砲!ミサイルもだ!ありったけぶち込んで『グリッツ』にとどめを刺してやれ!!!」

「「はっ!!」」


顔を真っ赤にさせてランドンが叫ぶ。

だが、些か冷静さを失ったその態度は司令官としては失格だった。

何故なら激怒したランドンの怒りを買わないよう、艦長始めブリッジの全員が『グリッツ』に注視してしまったのだ。

現在交戦中の『アイリッシュ』から目を離して……。

その報いは直ぐにやってきた。

ブリッジに突然、高々と警告音が鳴り響く。


「『アイリッシュ』発砲!!」

「しまッ!?」


ハッ!?としたランドンが前方を見据える。

直後、『シュニッチェル』のブリッジを一発の砲弾が襲った。





「よぅし!良くやった嬢ちゃん!!」


大破した『シュニッチェル』を見てホワイトビットが叫んだ。

これで『アイリッシュ』は一息つけるだろう。

問題なのは……。


「『パッタイ』接近!!」

「今さら白旗挙げても……許してくれねぇだろうな……」


ホワイトビットが自嘲気味に笑う。

直後、『パッタイ』が発砲した。

もう艦内に注意喚起するまでもない。此方はまな板の鯉なのだ。

諦めきった顔のホワイトビットがスッと瞼を閉じた瞬間、落雷にも似た凄まじい轟音とともにブリッジの窓ガラスが全て吹き飛んだ。

シートに身を沈めていても振り落とされる程の激しい振動がブリッジを襲う。だが……、


「生きてる……?」


粉塵立ち込める中、死をも覚悟したブリッジの一同が狐につままれたような顔でゆっくりと身を起こした。

どうやら『パッタイ』はブリッジを直接狙わず、左右の主砲を狙い撃ったようだった。


「粋な計らいだな、バカラ司令……もっと冷酷なのかと思ってたが……」


ホワイトビットが辛うじて破壊を免れたモニターを見上げながら呟く。

もっとも、これ以上下手に動けば命の保証は無いだろう。


「艦長……」

「降伏信号!俺達の戦いは終わりだ!負傷者の手当てを急げ!!」

「「はっ!!」」


慌ただしく動き始めたクルー達を横目に、ホワイトビットが疲れきった顔でシートに腰かけた。

そしてヘッドレストに頭を預け、「ふぅ……」と小さく息を吐く。


〈後は頼むぜ……シングレア隊長……〉







〃ビーーーッ! ビーーーッ! ビーーーッ!〃


遠く、北の戦況を見守っていたヴィンランド司令部に突然警報音が鳴り響いた。


「何事だ!?」

「ほ、北北東30キロに接近する物体あり!!」

「北北東? 海の上だぞ?」


何かの間違いだろう?

そんな気持ちでルーファスがモニターに視線を移した。戦場を俯瞰していた観測気球のカメラが旋回して問題の海上を映し出したのだ。そこには米粒のような赤い点が小さく見える。

それがスーッと拡大され、その姿が明らかになるにつれ、ルーファスの顔が徐々に青ざめていった。


「バカな!? なぜ四隻目が!? しかもフロートだと!?」


やがてはっきりと映し出されたそこには、真っ赤な船体にオレンジの炎が描かれた『炎龍』の姿があった。


「か、艦名は不明ですがファラフェル級です!海上から一直線に向かって来ます! ノーマーク!!」

「け、警報を鳴らせ!北壁、迎撃準備!それと防衛艦隊に通達だ!誰か迎撃に向かわせろ!!」


想定外の敵の出現に、ルーファスの焦りを含んだ声が響き渡る。司令部が慌ただしく動き出す。

そんな部下達を尻目に、グリーンウッドはただ静かにモニターを見つめていた。

接近する赤いファラフェルを……いや、そこにいるであろうシンの姿を。


〈……三隻の船を囮にし、隠し持っていたもう一隻にフロートを付けて一気にヴィンランドを突くか……敵ながらいい作戦じゃ〉







「司令!ヴィンランドからです!!」

「あん? ヴィンランド……?」


あの野郎……戦場に口出しすんじゃねぇよ。

ついヴィンランド防衛司令官殿ルーファスのいけ好かない顔を思い浮かべ、バカラがあからさまに嫌そうな顔をする。

が、通信内容を聞くにつれ、その顔が驚きに変わっていった。さすがのバカラも我が耳を疑ったのだ。


「 海から一隻? ランドシップにフロート?」


ひょっとしたら四隻目があるかもな?

そんな事も考えてはいたが、この戦場に投入されなかった時点でその考えは捨てたし、ランドシップにフロートは完全に想定外だった。

その時、ブリッジ上部のモニターに艦隊司令のマクレガンの姿が映った。

あちらも予想外だったのだろう。顔に焦りの色が見られる。

それはそうだ。

ヴィンランドの防衛が鉄壁とは言え、それは歩兵主体のワービーストが相手での話しだ。艦砲射撃を食らったら一溜まりもない。


『バカラ司令、『パッタイ』が近い。あれを頼む』

「分かった!」


ここで四の五の言っている暇はなかった。でないと取り返しがつかなくなる。


「迎撃すんぞ!取り舵三十、最大船速だ!割り込め!!」







「煉鳴様、右舷に黒い奴です!位置から言って、このまま進むと後ろに回り込まれます!」

「……『パッタイ』か、あれとは縁があるな」


モニターに映し出された黒い船体を見て、艦長の煉鳴が感慨深気に呟いた。

夏袁が大怪我を追ったあの戦闘以来、あの船は北淋に深く関わってきた。

猿族全体で見ても何度煮え湯を飲まされた事か……。

だが、それもここまでだ。

一方的にやられるだけだった昔とは違う。

今は此方も互角に戦うだけの力を得ているのだ。


「進路変更、面舵10! 先ずは『パッタイ』を叩くぞ!総員、対艦戦用意!!」

「了解!総員、対艦戦用意!!」


第一種戦闘配置の警報が『炎龍』に高々と鳴り響く。

処女戦でいきなり『パッタイ』。

普通なら物怖じしそうなものだか、この船にそんな者は一人もいなかった。

船の扱いや知識についは比ぶべくもないが、みな戦場の第一線で戦ってきた猛者ばかり。

そして戦場で戦ってきたからこそ分かるのだ。

勝敗は決して技術の差だけで決まるものではないということを。


「砲撃来るぞ!ブースターのトリガーは俺に回せ!吹っ飛ばされるなよ、全員覚悟しとけ!!」


叫びながら獣化した煉鳴が、じっと目を凝らして『パッタイ』を睨み付けた。

砲弾が撃ち出される直前……砲筒の中で火薬が炸裂する、その瞬間を見極める為に。


〈来る!!〉


『パッタイ』が火を吹く瞬間、煉鳴がブースターを点火した。

直後、『炎龍』が跳ぶようにして真横にスライドする。




「避けた!?」


『パッタイ』ではバカラを始め、ブリッジの一同が唖然とした顔でモニターを見つめていた。

通常の回避行動とは明らかに違う。

どう見ても敵のランドシップが真横に数十メートルもスライドしたのだ。


「ブ、ブースターです!?横向きにブースターが!?」

「次弾装填だ!射角をずらせ!近付けさせんじゃねぇぞ! 撃て!!」


『パッタイ』が再び火を吹く。

だが、まるで砲撃のタイミングを見澄ましていたかのように再び避けられてしまった。

しかも砲弾と砲弾の隙間の安全地帯を完全に見切っている。


「くそったれ!獣化が乗ってやがんな!!」

「船の動きじゃありません!司令、あんなの当たるわけ……」

「ご託を並べてる暇があったら撃て!」




「よし、行けるぞ!主砲、合図があり次第いつでも撃てるようにしておけ!」

「はっ!」

「煉鳴様、間もなく上陸します!…………上陸!!」

「フロート排除!」

「フロート排除!!」


部下が復唱すると同時、『炎龍』に取り付けられていたフロートが一斉に弾け飛んだ。

空気抵抗が減って『炎龍』がグンッと加速する。


「さぁ、身軽になった!一気に叩くぞ!!」

「「おう!!」」




「ダメです!また避けられました!」

「敵艦、急速接近! 距離1200!!」

「最後のチャンスだ!ベンソン、当てろォ!!」


バカラが叫ぶ。

『パッタイ』の全主砲が一斉に火を吹く。

だが砲弾は無情にも外れ第四デッキを霞めるに留まった。敵の足は止まらない。

それどころか、船をぶち当てる勢いで接近してくる。しかも一発も撃ち返すことなく。


「野郎、どう言うつもりだ!?この後のプランがまったく見えねぇ!」

「衝突させる気でしょうか?」

「それならそれで構わねぇよ。撃沈する手間が省けるってもんだ。面倒なのは逃げに入られた後だ。 ベンソン、砲撃準備しとけ! 交差と同時に回頭すんぞ!穴に咬ましてやれ!!」

「はっ!」




だが、『炎龍』の思惑はバカラとは別のところにあった。

一発も撃たない?

いいや、撃てないのだ。

練度不足から止まった相手ならともかく、複雑に回避行動を取る相手に撃っても当てる自信がないだけなのだ。

だからと言って後ろを見せて逃げる気もない。それでは態々進路を変えた意味がない。

ならどうする?

決まっている。

『パッタイ』は落とす。

そして当たらないなら絶対外さない距離まで近付けばいい。


「カバジン行くぞ!回せぇ!!」

「うす!!」


返事とともにカバジンが左に舵を切る。

同時に左舷後部のブースターが点火した。

『炎龍』がクルッと向きを変える。

直後、今度は右舷のブースターが点火した。

巨大な船体をドリフトさせながら『炎龍』が急減速していく。

普通の人間ならシートにしがみついていても吹き飛ばされる程の強烈なGが艦内を襲う。

それを腕の力だけで必死に支える。

獣化は出来ないが身体だけは丈夫な者達を集めた理由がここにあった。

まさにワービーストならではの荒業だ。

そしてそれが収まった時、『炎龍』は『パッタイ』の真横にピタリと停止していた。


「今だ!撃てぇ!!」




「「うわぁあああーーーーーー!?」」


腹に響く凄まじい爆音と共に『パッタイ』がドンッ!!と激しく揺れた。

爆発音が続けざまに起こり、一瞬の浮遊感と、直後にはシートに叩き付けられるような振動がブリッジを襲う。

エンジンが破壊され、浮遊していた『パッタイ』が地面に落下したのだ。




「『パッタイ』、破壊を確認!」

「よし!離脱する、最大船速でヴィンランドに向かえ!」

「うす!!」


『炎龍』がブースターを使ってスーッと真横にスライドした。

そして距離を取るとクルッと向きを変え、ヴィンランドに向かって去って行く。

『パッタイ』はそれを、成す術もなく見送る事しか出来なかった。


「全員無事か……? 被害状況は?」

「て、敵艦主砲、左舷から右舷に貫通……全ブロックのエンジン完全に破壊されました。戦闘不能です」


報告を聞いたベンソンが愕然とした顔でバカラを見る。

生きてるのが不思議なくらいの完敗だった。


「司令……どうします……?」

「どうするも、こうするもねぇだろ。終わりだ終わり。 生きてる奴を引きずり出して退艦しろ」


投げ槍な態度でシートにふんぞり返り天井を見上げるバカラ。

正直、ここまで完膚なきまでにやられると笑う事しか出来なかった。

とは言え……このまま引き下がるというのも……。


「 ベンソン……」

「はい」

「お前が退艦の指揮しろ」

「了解しました。では、司令もお早く……」

「俺の事は気にすんな。まだやる事があんだよ……」


そう言ってバカラが右舷の主砲をチラリと見る。

土台のデッキは破壊されたものの、辛うじて難を逃れた主砲を。

それを見て察したのだろう。


「なら、私も残ります……」

「いらねぇよ。船員を無事退艦させんのが艦長の責務だ。行け!」


ベンソンの決意をにべもなく断るバカラ。だがベンソンは一歩も引かなかった。


「お断りします。司令も含め、船員が全員、無事退艦出来たかを見届けるのが艦長の責務です」


正論を振りかざしながら強い眼差しでベンソンが睨む。

それを見て説得は諦めたのだろう。


「ふん……なら暫く暇だろ。コーヒーでも持ってこい」


そう言ってバカラはそっぽを向くのだった。







「『炎龍』、『パッタイ』破壊に成功!ヴィンランドに向かいます!」


ひめ子を始め、モニターを見上げていたブリッジの一同が安堵と共にほっと息を吐いた。

当初の手筈では『炎龍』は敵に阻まれる事なく、一直線にヴィンランドに向かう予定だったのだ。

それが意図せず戦闘になったのは、ひとえに『アイリッシュ』の苦戦が原因だった。

だが『パッタイ』の排除に成功した今、これで当初の計画通りに事が進められる。


「チカちゃん、信号弾!」

「はいです!」


返事とともに『アイリッシュ』から数発の信号弾が上がった。戦場にシン達が到着した事を知らせる為に。

その音を遠くに聞きながら、ひめ子が窓の外を……『ファラフェル』をキッと睨み付けた。

敵はまだ『ファラフェル』を含めて二隻いる。

対して此方は主砲の一つを失っている。

なのに全く負ける気がしない。

シンが来てくれた。

それだけで、ここまで精神的に勇気付けられるからカリスマとは不思議なものだった。


「さぁ、取り返すわよ!!」


ひめ子の自信に満ちた凛とした声がブリッジに高々と響き渡った。







大空高くに打ち上げられた数発の信号弾。

それを見てリーディアがニヤリと笑った。


「合図だ!シンちゃん達が来たよ!!」


シャングやカルデンバラックを始め、全隊員も思わず笑みを溢す。

今までは動き回って敵を撹乱し、少しでもASの数を減らすのが目的だった。

だが『炎龍』がヴィンランドに向かった今、それもお終いだ。

『炎龍』がヴィンランドの城壁と防御を破壊してくれる。

その隙にAS隊はヴィンランドに侵入し、防衛司令部を一気に落とす。


「各中隊!戦線を離脱してヴィンランド……って、ナンダッテーーーッ!?」


命令を出し掛けたリーディアの言葉が驚きの声に変わる。

いつの間に接近したのか?零番隊のアインスが斬り掛かって来たのだ。


「アッちゃん!?」

「させませんよ!リーディア隊長!!」


剣を交わしながらリーディアが距離を取る。零番隊相手に接近戦は自殺行為だった。

だがそれが分かってるからこそ、アインスはしつこく纏わり付いて離れない。

更にはツヴァイとノインがリーディアを囲むように後ろに回り込む。


『隊長!!』


「私に構わないで!クウちゃん、うちの子達(隊員達)よろしこ!!」


そう言い残すとリーディアは零番隊引き連れ、ヴィンランドとは反対方向に向かって一目散に逃げ出すのだった。







「アンノーン、急速接近!距離11000!!」

「『パッタイ』はどうした!?」

「撃沈された模様!」

「くそ!砲撃だ!!」

「ま、まだ届きません!来ました!アンノーン発砲!!続けてミサイル!!」


唇を噛み締めながらルーファスがモニターを見据える。

その目の前で城壁に設置された砲台が土台ごと吹き飛んだ。

そこに追い討ちを掛けるようにミサイルが降り注ぐ。

城壁がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


「ほ、北壁砲台、三番から八番沈黙!城壁一部決壊!!」


ヴィンランドの防御はあくまでヴィンランドに攻め入った敵用だ、レンジで言えば中距離にあたる。

だから遠距離攻撃までをも視野に入れたランドシップ、取り分けファラフェル級が相手では此方に成す術はなかった。更に、


「て、偵察隊より入電!南のワービーストが移動を開始しました!!」


次々と飛び込む報告にルーファスがわなわなと震える。

ルーファスとて頭の回転は悪くない。いや、むしろ他人よりは遥かに早い。

ただヴィンランド防衛司令官に就任して間のないことと、これだけ同時に、そして目まぐるしく状況が変わると指示が追い付かないのだ。


〈南の歩兵部隊が進軍……ヴィンランド到着までは凡そ一時間。それまでに防衛体制を整えないと、歩兵が主体とは言え支えられなくなる……先ずは〉


「ASだ!AS隊を出せ!何としてもあの船を落とすんだ!!」

「りょ、了解!」

「艦隊は何してる!?マクレガン司令を呼び出せ!!」

「はっ!」

「あッ!? アンノーン、主砲回頭中!」

「なに!?」


ルーファスの顔がサッと青冷めた。

主砲が回頭している。……ならば次に狙うとすれば……。


「ここか!?」

「いえ、角度から言ってコックスベースと思われます!」

「コックスベース!?い、急いで勧告しろ!!」


直後、モニターに映った『炎龍』の砲身が火を吹いた。

一拍の間を置いてモニターの映像にザザッとノイズが走り、司令部のビル全体がガタガタと揺れた。コックスベースに砲弾が着弾したのだ。

まずい。

このままだとヴィンランドの防衛手段が次々と破壊されていく。

ヴィンランドが丸裸になっていく。


「ほ、北部守備隊より連絡!!」

「今度は何だ!?」

「アンノーンが鳳仙花を射出した模様!」

「鳳仙花……? ドローンを使って撹乱する気か! ASを二個中隊、迎撃に向かわせろ!」

「了解!」

「AS隊はまだか!?敵艦は!?」

「西へ移動しながらコックスベースを砲撃中! あっ!? アンノーン、北へ転進します!」

「……来たか」


ルーファスがホッと胸を撫で下ろす。

ヴィンランドの危急を救う為に『シュラスコ』が応援に駆け付けてくれたのだ。

コックスベースの方は蜂の巣を突ついたような騒ぎだが、これ以上砲撃されなければ何とか持ち堪えるだろう。

後は接近中のASを殲滅し、南の防御を固めれば……、


「し、司令!?」

「どうした?」

「迎撃隊より報告!鳳仙花の中身はドローンではありません!サイクロンです!!」

「なにッ!?」







「こちら迎撃隊、鳳仙花を確認した。これよりドローンを排除する」


低空で接近し、急制動を掛けて落下体勢に入る鳳仙花。

その鳳仙花のハッチが一斉に開いた。


「来るぞ!いいか、慌てず降下中を……」


そこで隊長の言葉が途切れる。

開いたハッチから白と青、二機のASが飛び出し、守備隊に向かって銃とミサイルを乱射したのだ。


「ドローンじゃない!? 各機、迎げ……」

ドガンッ!!

「隊長!?」


凄まじい音を残して突然隊長が吹き飛んだ。

呆気に取られる隊員の目の前をワイヤーが、続けてハーケンが高速で巻き戻されていく。

その巻き戻される先を見て隊員達がギョッとした。

鳳仙花から吐き出されたのが、全てサイクロンだったのだ。


「行くぞ!!」

「おう!!」


着地した夏袁のサイクロンにシンが飛び乗る。

アクセルを全開にして夏袁のサイクロンが一気に加速する。

それにアムを乗せたアクミが、少し遅れて全サイクロンが一斉に続いた。


『げ、迎撃隊より司令部!突破されました!サイクロン三十機、AS二機、街の東に向けて進攻を開始!!』




「待て! ASが二機だと!?」


迎撃隊の報告を聞いてグリーンウッドが思わず腰を浮かせた。ある不安が胸を過ったのだ。

此方を撹乱するのが目的ならば先ずは司令部を目指す筈だ。それが最も効果的だからだ。

なのに司令部のある西には来ずに東を目指す。

その意図するところは……。


「碧瑠璃!?」

「やはり生きてたか……」


やがて映し出された映像を見てルーファスが驚きの表情を、グリーンウッドがギリッと歯を噛み締めた。

先日の通信……シングレア・ロンドとの会話の中であの女の事を敢えて聞いた。

その時の相手の反応。

怒りを堪えたその口振りと態度から、てっきり女は死んだと思ったのだが、どうやらそれは演技だったらしい。まんまとそれに騙された訳だ。

しかも、こんな手段でヴィンランドに侵入を果たすとは……。


「ミサイルを守れ」

「は……?」

「あの女はミサイルの発射施設を知ってる!急いでASを回せ!!」

「はっ!」







「おうおう、わんさか来たぜ!」


一団となって疾走するサイクロン隊。

その前方に、空から降り立ったAS隊が銃やバズーカを構えて立ち塞がった。

数から言って二個中隊。


「夏袁、突っ切れ!」

「おう!!」

「アムちゃん、こっちも行きますよ!」

「オッケー!」



躊躇するどころか、ぶち当てる勢いで加速したサイクロンを見て敵が明らかに怯んだ。

そこにミサイルが襲い掛かる。

ガトリング砲が放たれる。


「怯むな!応戦しろ!!」


敵も負けじと盾に身を隠して防戦に努めるが、相手がサイクロンでは歩が悪かった。

ミサイルの直撃を受けて吹き飛ぶ者。

ガトリング砲の銃弾を受け、盾から顔も出せないままハーケンに襲われる者。

その場に踏み留まる事など不可能だった。

サイクロンの進路上にいた者は全て凪ぎ払われ、辛うじて無事なのは咄嗟に左右に避けた数機のみ。

その者達の目の前をサイクロンが猛スピードで突き抜けて行く。


「野郎!逃がす……ぎゃ!?」

「ぐあっ!?」


後ろから狙い撃とうとした敵の二人が突然悲鳴を上げて仰け反った。

アムがサイクロンのロールバーに片足を引っ掛け、仰向けになった状態で器用にヘッドショットを決めたのだ。


「へへん、どんなもんよ!」

「アムちゃん、やっるー!」

「いぇい!!」


パチンとハイタッチを交わしながらアクミとアムが歓声を上げる。

だがそれも一瞬、直ぐに表情を改めた。

前方約1キロに既に別動隊がバリケードを築き始めていたのだ。




「トレーラーを並べろ!隙間にはワイヤーを張れ!絶対に此処を通すな!」

「中佐、脇道の封鎖、完了しました!」

「よぅし!いいか、敵は絶対にここで足を止める。そしたら一斉に攻撃だ!一台も逃がすんじゃないぞ!」

「「了解!」」

「ホルトン中佐、来ました!」

「全員、身を隠せ!来るぞ!!」


ホルトンの指示で盾や車両に身を隠した隊員達が、一斉にミサイルランチャーやバズーカを構える。

その目の前で、サイクロン隊がクンッ!と進路を右に変えた。

そのまま此方を無視して全台素通りして行く。


「曲がった……?」

「なんか……遠ざかってないか?」

「しまったッ!!」


小さくなっていくエンジン音を聞いてホルトンが慌ててインカムに手を添えた。

これはフェイクだ。

本当の目的を隠し、先回りさせない為の。


「ホルトンより司令部!やられた!奴等の目的はこっちじゃない、南の城門と砲台だ!破壊させるな、ワービーストが支えられなくなるぞ!!」




「呼成、玲々、予定通り分かれんぞ!あっちで集合だ!!」

『はい!』

『了解!』


返事とともに二人の部隊が左右に進路を変えた。

群がる敵を分断し、的を絞らせないようにする為だ。


「さてと……後は鬼が出るか、蛇が出るか」


それを横目に夏袁がニヤリと笑う。

此処は敵地の真っ只中。

だと言うのに不敵に笑えるところは、さすが夏袁と言ったところか?


「シン、守備隊はどんくらいだと思う?」

「分からん。ただどれ程の規模だとしても城壁の内側からの攻撃だ。邪魔さえ入らなければ一個中隊でも蹴散らせるだろう」

「時間との勝負って事か」

「そうだ」


敵もそろそろ此方の意図に気付いた頃だろう。

ミサイル施設に集まり掛けてたAS部隊も進路を南に変えてる筈だ。

その敵の増援が着くまでに城壁の上の砲台を叩く。

出来れば城門を破壊する。

そうすれば族長達の部隊をヴィンランドに引き入れられる。

夏袁の言うとおり、まさに時間との勝負だった。


「シン、そろそろ!」


暫く進むと、アムがそんな事を言ってきた。

それに小さく頷き返す。


「夏袁、すまんが後を頼む」

「おう、任しとけ!」

「アクミ、気をつけてな。夏袁から絶対に離れるなよ」

「はいです!」

「よし。じゃあ行くぞ、アム」

「オッケー!」

「アムちゃん、気をつけてくださいね」

「アクちゃんこそ!」


笑みを残してアムがサイクロンを飛び降りる。

そしてシンと共に路地裏に着地すると建物の影にサッと身を潜めた。

そのまま待つ事数十秒。

やがて二人の目の前を敵のAS部隊が猛スピードで通過して行った。

死角に潜んでいたシンとアムには気付かない。


「シン、こっち!」


敵が去ったのを見定めると、アムがシンを促した。

ホバリングで先導しながら幾つか角を曲がる。

それにシンが黙って続く。

そのまま暫く進むと、アムはとあるマンホールの前で立ち止まった。


「……ここね」


碧瑠璃のマップデータと照らし合わせながらアムが呟く。

そしておもむろに片膝を突くと、マンホールの蓋に指先を引っ掛けて持ち上げ、ズッと横にずらした。


「背中のスラスターが邪魔だな」

「限定解除して飛び降りましょ」


言うなり碧瑠璃の背中が光りスラスターが粒子になって消えた。

そのまま万歳するような格好でマンホールに飛び込む。

シンも躊躇する事なくアムに続いた。

二人が飛び降りた先は、トラックが楽々通れる程の広さのある地下通路だった。


「ここは?」

「発射施設の資材搬入路よ。機密扱いだから誰も知らないし、発射施設まで一直線。行きましょ」


にっこり笑ったアムの背中が光り、再びスラスターが現れた。

そして同じくスラスターを呼び出したシンと並んで搬入路を戻り始める。

ミサイルの発射施設を破壊する為に。


「しかし……よくこんなの知ってたな?」


暫く進むとシンが感心したように呟いた。

それを見てアムがクスッと笑う。


「実はね、アインスが教えてくれたのよ」

「アインスって……零番隊の……?」

「そ。……私ってほら、死刑囚扱いだったからさ。そんで自暴自棄になってた私にアインスがこう言ったのよ。もしも死刑が執行されそうになったら迷うな。ヴィンランドから逃げ出せ……ってね。その時貰ったのが機密扱いのヴィンランドの詳細な地図。何でもゼクスって子がそう言うのに詳しくて、自分達の切り札として手に入れてたらしいの。もっとも、もう死んじゃってて、私も会ったことないんだけど……」

「ふぅん、零番隊がな。……なんか思ってたのとイメージ違うな。もっと冷酷非情なのかと思ってたが……」

「フィーちゃんもそうじゃん。みんな普通の子よ。ただ責任感が人一倍強いだけ。アインスは特にね……って、どうしたの?」


アムがキョトンとした顔で首を傾げる。

シンがアムの顔をマジマジと見ていたのだ。


「いや……俺の知らないアムがいると思ってな」

「あはは……まぁ、一応仲間だったからね。なんか仇で返しちゃって悪いけど」

「後で一言、礼を言っとけばいいだろ」

「あれのお陰で助かったわ、ありがとー!って?うわぁ、言い辛!一人じゃやだよ。シンも一緒に言って?」

「勘弁してくれ。俺は零番隊とは面識なんてないんだ」

「それなら大丈夫よ。ついでに私の旦那様って言って紹介するから。ね?」

「うーん……なら仕方ないか……」

「ふふ……そうそう、仕方ない仕方ない」


シンとアムが可笑しそうにクスクスと笑い合う。

つい、その時の情景を想像してしまったのだ。

そんな二人の目の前に、発射施設の扉が迫っていた。


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