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見知らぬ空へ  作者: たじま
30/35

26、北淋防衛戦

厳しかった残暑も終わり、肌に心地よい秋風の吹き始めた九月下旬。

ここクラックガーデン基地は大きな歓声に包まれていた。

猿族最後の街、北淋を攻略すべく西部遠征隊が出航したのだ。

その内訳は『フェイジョアーダ』を旗艦に『パッタイ』、『トルティーヤ』、『グヤーシュ』のファラフェル級戦艦四隻とそれに付随する護衛艦八隻、そして輸送艦二隻の計十四隻から成る堂々たる艦隊だった。







その艦隊が向かう先。

キングバルト、北淋軍は山を背にして布陣していた。

陣容は北にAS三大隊144機。その南側に北淋軍が約五千。

そしてその更に南の少し離れた位置には、『グリッツ』が単艦で静かに佇んでいた。




「シン、リーディア、ホワイトビット艦長から連絡があった。今朝方、クラックガーデンを遠征隊が出航したそうだ」


サンドイッチ片手に遅めの昼食を摂っていたシンとリーディアにカルデンバラックが声を掛けると、二人が呆れたように振り向いた。


「やっとか? まぁ、昼寝が日課になる前で良かったと思うか……」

「いつまでも挑戦者の現れないジムトレーナーの気分だったよ。やんなるよね、あの三年目を迎えたネトゲ部屋の空気感……」


そう言って愚痴を溢す二人の前には地図が広げられていた。きっと陣地が攻められた際の対処方法でも確認していたのだろう。

口とは裏腹にシンの率いる『アイリッシュ』隊はまったく緊張感を緩めていない。

さっきも全隊員参加で二組に分かれ、陣地防衛の模擬戦をやっていた程だった。


「とは言え、会敵は早くて二日後の午後か……まぁ、マッピングもあるだろうから戦闘開始は三日後の早朝ってとこか?」

「ファラフェル級四隻、4連隊で384機かぁ……腕がプリンと鳴るね。どんとコイキング!」

「いや、それが『パッタイ』が戦列を離れて南に下ったらしい」

「なに!?『パッタイ』が?」


それを聞いた瞬間、シンがスッと目を細めた。

あの『パッタイ』が別行動を取るのだ。何か企んでると見て間違いないだろう。

だが、そんなシンの不安を他所にカルデンバラックがふっと苦笑いを浮かべた。


「何でも輸送艦を伴っていたらしい。おそらく、あそこに本格的な基地でも建設するんだろう」

「あそこ?」

「俺達が『グリッツ』とプラントを奪われた所だ」

「あぁ、グッバイヒルか。なるほど……あそこは井戸もあるからな」

「グッバイヒル?」


緊張を緩めたシンにカルデンバラックが首を傾げた。

あそこがそんな名称だったなんて初耳だったのだ。


「置いてきぼり喰らった見張り所の連中が、バイバーイ!って『グリッツ』見送ったでしょん?だからグッバイヒル」

「何だ、お前のネーミングか?」

「ソーナンス!」


呆れるカルデンバラックにリーディアがにこっと笑って答えた。


「となると、船の数は互角になるな。好都合だ」

「『パッタイ』と合流するまで掛かって来ないかも知れないがな」

「なに、こっちが慌てふためいて撤収でも始めれば釣られて来るだろ」

「撤収?」

「陣地変えって言った方がいいな。さっきリーディアと話してたんだが、ここは守るには良いが攻めに転じた時に広がりがなく手狭だ。ここは足のない北淋軍が陣取った方がいい。俺達は北の平原に新たに陣地を構築しよう。その方がASの機動性を生かせる」

「だが相手の方が圧倒的に数が多いぞ。平地で支えきれるか?」

「大丈夫だ。船の数が同じならこっちは負けない。きっと敵のAS隊はランドシップに追い立てられて、満足に隊列も組めずに掛かって来るだろう。中央のシャングにはその場に留まってもらって火力で応戦。俺達は左右から足を生かして敵を切り崩す」

「敵が釣られて来なかったら?」

「その時はその時だ。本当に撤収すればいい。俺達は森に紛れてゲリラ戦を仕掛ける」

「ゲリラ戦か。確かに厄介だが、そんなの放って北から奥に入り込むかも知れんぞ?そうしたら北淋の位置を知られる」

「そうなればこっちのもんだ。船が単独行動すれば各個撃破。二隻づつに分かれれば三対二だ。ここに残った方から叩けばいい。もし全艦隊でのこのこ盆地に入り込めば、それこそこっちの思う壺だ。出口を三艦で塞げば相手は数を生かせなくなる」

「なるほど……」

「俺達が恐れてたのは数に物を言わせて一気に掛かって来る事だった。それが図らずも相手から分かれてくれた。ギルの予想が外れ、『パッタイ』が回り込んでさえいなければ俺達の勝ちは決まったようなもんだ」

「そう上手く行くか?」

「大丈夫だよ、私達強いもん」


自信満々に言い切る二人を見てカルデンバラックが苦笑いを浮かべる。

シンとリーディア……正直、この二人は良いコンビだった。

大胆であって緻密。

あれこれと心配はするが、心の片隅に止めるだけでぐじぐじ悩まない。

相手の急所を見抜く目も確かで、一見無謀と思える事でも自ら先頭に立って平気でやってのける。

だがらここの隊は皆が明るく、ハキハキとしていた。

隊長に任せて置けば何とかなると信頼していられるのだ。

カルデンバラックとしては片腕を取られたような気分だったが、こうして見ると自分はリーディアの個性を生かせてなかったんだなと痛感する。


「まぁ、それも敵が接近してからだ。今日のところはダラダラしてよう」

「じゃあ、私はグッちゃん(シャングのこと)にこの事伝えとくねん」

「頼む。移動する時は精々慌てろと言っとけ。俺は夏袁の方に話を通しておく」

「りょかもん!じゃあギルちゃん、帰り道でしょ?一緒に行こう!」

「何だか……お前達を見てると本当にその通りになりそうだな……」


てきぱきと話を進めて行く二人を見て、今度は楽しそうに笑うカルデンバラックだった。







「おい、河の流れが変わってる筈だ。マップデータを更新しろ!」

「はい!」

「ベンソン、ASの半分にセンサーを設置させろ。範囲は半径5キロ。残りはその外を巡回させとけ!敵地だって事忘れんな!」



二日後の昼過ぎ。

リーディアがグッバイヒルと呼んでいた例の場所に『パッタイ』、『ビンセント』、『エルシモ』、そして輸送艦二隻の艦隊が到着していた。

『パッタイ』の滞在予定は約一日。明日の昼前には護衛艦を残してここを発つ。

それまでにここの守りをある程度固めておかなければならないバカラとしては大忙しだった。


「何やってんだあいつ等、チンタラしやがって……おい、護衛艦と輸送艦にとっとと銃座を設置しろって発破かけろ!たまたま獣化が通り掛かるだけで俺達はお終いなんだぞ!急げ!」

「はっ!」

「司令、柵の修理はどうします?」


AS隊の発進を見届けながらベンソンがバカラに尋ねる。


「そんなのここに残ったやつ等にやらせりゃいい。迎撃態勢さえ整えちまえばやつ等だけでも平気だろ。それより人を出して井戸の確認だ。それと前にピックアップした砲台設置点の地盤を再確認させろ。弛んでなけりゃ明日の早朝から土台の工事だ!」

「了解しました」

「司令、マップデータ更新しました。モニターに出します」

「おう!」


返事と共に足を組みモニターを見上げるバカラ。

そのバカラが表示された地形図を見た瞬間「ちっ……」と舌打ちを漏らした。

春先の攻防の際、猿族の獣化を撃退する為に河の流れを変えた。

その結果、大地が大きく浸食されて南西に大きな沼が現れていたのだ。


「やっぱり変わってやがるか。まぁ、流れを強引に引き込んだからな……」


今は良いのかもしれないが、敵がいなくなってここが資源運搬の中継基地となった時、あれは邪魔以外の何物でもなかった。


「ここを本格的に運用するなら、ちゃんとした堤を作る必要がありますな」

「西が片付きゃ敵もいなくなる。そしたらゆっくりやりゃいいだろ。それよりベンソン、俺はちょっと山に登ってくる。周りを見回しときてぇ」

「分かりました。今、護衛を……」

「要らねえよ。もし敵を見掛けたら警報でも鳴らせ。すっ飛んで帰って来る」

「そうはいきません。司令も仰ってたではありませんか?ここは敵地です。車の運転も兼ねて誰かお連れ下さい」


ベンソンに釘を刺され、手をひらひらと振りながら出て行こうとしたバカラがうっと詰まった。

自分で言った手前、何も言い返せなかったのだ。


「……仕方ねぇな。じゃあ零番隊に声掛けとけ、あいつ等暇だろ。五分後に中央デッキに集合だ。俺はしょんべんしたら行く」

「了解しました」







「敵に動きがあるだと?」


その日の夜、旗艦『フェイジョアーダ』のブリッジ。

艦長のホルデリックに連絡を受けたベルトリーニがブリッジに入るなり尋ねた。


「先行するキャラバンから連絡がありました。猿共の部隊が夜陰に紛れて移動を開始したそうです」


司令官専用の席に座ったベルトリーニがモニターを見上げる。

超望遠な上に感度を上げているので画像は粗いが、確かに猿族の車両が北に向かって移動をしている。


「『グリッツ』とASは?」

「『グリッツ』の方はありませんが、ASの方は人の動きがあるようです。移動すると見て先ず間違いないかと……」

「ふむ……せっかく構築した陣地を捨てるか……この移動、どう見る?」

「タイミング的に、此方の戦力を知って慌てて撤退……と言ったところかと」

「……まぁ、そうであろうな……」


ベルトリーニが眉間に皺を寄せて思案にふける。

このまま撤退させては敵を見失う可能性があった。出来ればそれは避けたい。


「総司令、『トルティーヤ』のグリマルディー司令から通信です」

「ふむ……ちょうど良い、モニターへ」

「はっ!」


ベルトリーニが足を組み、胸を反らすようにして背もたれに寄り掛かる。

直後、モニターにグリマルディーの姿が映し出された。


「グリマルディー中佐、そちらにも報告は行っているな?」

『それでこうして連絡した次第です』

「うむ、なら話が早い。我が艦隊は明日早朝、ここを発って一気に進撃し、敵を撤退させる事なく殲滅する」


それを聞いたグリマルディーが顔色を変えた。何を馬鹿な事を。そんな顔だった。


『あれは誘いです、大佐』


だがそのグリマルディーの一言で、今度はベルトリーニの方が顔色を変えた。

それも不機嫌そのものと言った顔に……。


「グリマルディー中佐……部下の手前もある。総司令と呼びたまえ」


何を偉そうに!?

グリマルディーが言葉を詰まらせた。

先の戦いで敵の大将を討ったのは認めよう。

あれで戦況が好転し、敵が一気に瓦解したのも確かだ。

だが、それとて自分達が最前線で敵を支えたからこそ出来た芸当だ。

それを恰も自分だけの手柄のように振る舞うベルトリーニに、グリマルディーは侮蔑とともに嫌悪感を抱いた。

とは言え軍では階級が全てだ。だがら顔に出す事は出来ない。

なので表面上は恐縮したように、


『……失礼しました』


と素直に謝罪した。

そんなグリマルディーを、まるで教え子のような視線で見つめるベルトリーニ。


「グリマルディー中佐……先程誘いと言っていたが、戦力で劣る敵が陣地を捨てる。それの何が誘いなのかね?」

『ご承知かも知れませんが……こと艦隊戦で考えれば数は互角です』

「ふん、『インジェラ』と『アイリッシュ』の事を言っているのだろう?当然考慮した上で判断している。それとも中佐は船の数が同じだと我が方が負けるとでも思っているのかね? 幾多の戦いを生き抜いてきた我が軍の精鋭達が?」

『いえ、決してそのような……』

「我が方が負けるとしたらゲリラ戦に持ち込まれ、森の中での戦闘を強いられた時だ。猿共は約五千いるからな。獣化の個体もそれなりにいるだろう。それは厄介を通り越して驚異になる。奴等は平地で叩くに限るのだ。撤退等させるべきではない」

『ですが、『パッタイ』と合流するまで戦端は開くなと……』

「北淋の街が何処にあるかは分からんが、山の向こうにあるのは確かだ。なのに山の中に無傷の敵が残っていてみろ。観測気球は落とされるし、仮に落とされなかったとしても中継機を設置するのは不可能になる。それくらい君も司令官なら分かるだろう?」

『仰る事はもっともですが……では、せめて副司令のバカラ大佐に一言……』

「くどい!この遠征隊の司令官は私だ。バカラではない。口を慎みたまえ!」

『……は』


ベルトリーニに一喝されたグリマルディーが口を嗣ぐんで頭を垂れた。

別に謝罪している訳ではない。

ただ相手の顔を見るのも嫌になっただけだった。

だがそれを見たベルトリーニはふっと表情を緩めた。

言葉なく項垂れるグリマルディーの姿を心からの謝罪と受け取ったのだ。


「いや、分かればよい。私も怒鳴ってすまなかったな。『トルティーヤ』には『グリッツ』と猿共の相手をして貰う。何、敵を殲滅しろとは言わん。精々釘付けにしておいてくれ。その間に此方と『グヤーシュ』で残りの船と裏切り者共を殺る。それが終わり次第合流するので、くれぐれも無茶はせんようにな」

『……承知しました。では準備がありますので、これで……』

「うむ、期待しているぞ」


両者が恭しく敬礼すると共に通信が切れた。

その時のグリマルディーの顔……一見神妙に見えるが、その実……こいつには何を言っても無駄だ。そう悟った顔だった。


「と言う訳だ。艦長、明日は陽の出と共に一気に距離を詰める。『グヤーシュ』のラトマー他、各護衛艦にも通達しておいてくれたまえ」

「承知しました、総司令」


通信の為、士官に指示を出す艦長を横目にベルトリーニがにやりと不敵に笑う。


〈ふん、どいつもこいつもバカラバカラと……。奴などいなくとも勝てる事を証明してやるわ〉







「どうだ?」

「やる気ですね。砲台を引いた車両群がランドシップから次々出て来ます」


翌早朝。

『グリッツ』のブリッジでは艦長のホワイトビット始め、全員が警戒態勢で一夜を明かしていた。

此方が誘いを掛けた以上、敵にも何らかの動きがあると踏んでいたからだ。

そしてそれは此方の望んだ形で叶おうとしている。

『パッタイ』のいない今なら、両軍の戦力はほぼ互角だ。


「あっ!?」


クルーの一人が思わず声を上げた。

薄明かりの中、ランドシップが静かに浮き上がったのだ。

それと同時に周りに展開していた車両群のライトが一斉に点灯する。


「ヴィンランド軍、動き出しました!」

「総員、戦闘配置! 警報を鳴らせ!AS隊と北淋軍に連絡だ!!」

「はっ!」


直後、『グリッツ』から発せられた警報音が辺り一帯に高々と鳴り響く。

それは山々に木霊し、遠くAS隊にまで響き渡った。


「敵軍、車両群を先行、続けて護衛艦、最後尾にファラフェル級が続きます。あっ!? AS隊、発進を開始しました!」

「セオリー通り野戦陣を組むようだな。艦砲射撃で此方を炙り出して、一方的に叩くつもりか」

「砲撃準備しますか?」

「いや、いい。どうせ……」

「『トルティーヤ』左に転進します。此方の右舷に回り込む模様」

「まぁ、そうだろうな。『グリッツ』を引き剥がさないと陣地構築等出来んからな」


その時、突然ブリッジに光が差し込めた。地平線から朝陽が顔を出したのだ。

その光を受けてホワイトビットがニヤリと笑う。


「よぉし、始めるぞ!『グリッツ』エンジン始動!!」

「『グリッツ』エンジン始動!!」


操舵手の復唱と共に艦が小刻みに揺れる。

艦が水平に持ち上がっていく。

眠れる獅子が目覚めていく。


「オートバランサー動作正常、システムオールグリーン」

「全部隊に通達!これより『グリッツ』は『トルティーヤ』迎撃の為に戦列を離れる。各部隊の検討を祈る。以上だ!!」


ゆっくりと動き出した『グリッツ』が徐々に加速していく。

青地に金色の獅子と剣をあしらったキングバルト軍の旗を靡かせて。

それは人類史上初のランドシップ同士による艦隊戦の幕開けだった。







『シン、来たぞ』


太陽もすっかり登って辺りが明るくなった頃、地平線にヴィンランド軍のAS隊が見えて来た。

その後方には砲台を引いた車両とドローンを積んだトレーラーが続いている。


此方はシャングの『インジェラ』隊を中心に、左翼にカルデンバラックの『グリッツ』隊、右翼にシンの『アイリッシュ』隊が、それぞれ少し下がって布陣していた。

それは敵が何処から掛かって来ても対応出来る守りの形であり、翼を広げるように左右が突出すれば攻撃にも転じられる攻めの陣形でもあった。


『どうする?』

シャングがインカム越しに尋ねてきた。


「いきなり乱戦に持ち込む事もないだろ。放っとけ。開戦はランドシップの均衡が破れた時だ」


シンが遠く、約5キロの距離を置いて陣地構築を始めた敵を眺めながら答えた。

『分かった。じゃあ指示があるまで待機してる』


それに対し、シャングも特に拘る事なく通信を終えた。向こうとしても一応聞いてみただけなのだろう。

暫くすると遠くで爆発音が聞こえてきた。それも続けざまに数回。敵が爆導鎖を使って地面に塹壕を掘り始めたのだ。


「二個連隊か……」


シンが呟く。

ASの数だけ見ればこっちの1.5倍だった。

今度はそこから視線を移して南を望む。

夏袁の率いた北淋軍の前には一個連隊が同じく陣地を構築しだしていた。

数が少ない事から敵の主力はこっちで、あちらは足止めが目的なのだろう。


〈始まるのは三十分後ってとこか……〉


『グリッツ』は見えないが、砲撃戦の音も聞こえて来ない事から、あっちも睨み合っている最中なのだろう。

戦闘開始は陣地構築が終わった時だということだ。


「シンちゃん……あんま緊張してないんだね」


声がしたので振り向けば、リーディアが近づいて来るところだった。


「そう見えるか?」

「うん。見えるね」

「なら俺も成長したってことだな。指揮官は然り気無く緊張して、決して顔には出さないそうだ」

「ソーダ……って事は、シンちゃんの名言じゃないっスカッシュ?」

「あぁ」

「じゃあ誰が言っ炭酸?」

「族長だ」

「ふーん、さすが族長。良いこと夕張メロンソーダ」

「サイダろ?」


「なッ! ナンダッテー!?」

「…………?」


突然リーディアがズサッと後退った。

なんだか知らないが真顔で驚いている。


「どうした?」

「どうしたもこうしたも……シンちゃんがダジャレで返してきたよ」

「この程度のダジャレなら誰でも返すだろ」

「いやいや……」


シンが答えるとリーディアがパタパタと手を振りながら否定した。


「ギルちゃんは軽く聞き流すし、クーちゃん達は揃って呆れるからね」

「まぁ、それが普通の反応かもな……」


その情景を思い浮かべてシンが苦笑いを浮かべる。


「いやぁ、嬉しいなぁ……シンちゃん、これからもそのリアクション精神、忘れずにね?」

「勘弁してくれ。そんな事したら俺の威厳がなくなる」

「あはははは……」


グッとサムズアップするリーディアにシンが困ったように答えた。

その時の顔がおかしく、リーディアが楽しそうに笑う。

それに釣られてシンも笑う。

ここが戦場だというのも忘れ、二人は暫し楽しそうに笑うのだった。







一方、そんな余裕のない『アイリッシュ』。

皆、緊張しているのだろう。ひめ子を始めクルー一同が、まるで葬式のような静けさの中、無言で作戦開始の時を待っていた。

ブリッジ上部のモニターには『グリッツ』から送られた敵の配置図が映し出されている。

それによれば此方のAS隊の正面にはAS二個連隊。

その後方5キロに護衛艦が六隻。

そしてその更に後方にファラフェル級の『フェイジョアーダ』と『グヤーシュ』がそれぞれ待機していた。

恐らくはこれが主力で、戦闘が始まれば護衛艦群が前進して此方の陣地を砲撃するつもりなのだろう。

そして北淋軍を牽制する形でAS一連隊が単独で陣地構築を終えていた。

北淋軍の五千に対して数こそ少ないが、その分砲台と自動銃座の数が多い。

周りに遮蔽物のない状況から、まともに掛かれば多大な被害が出るのは明らかだった。


「そろそろ始まりそうね……」


ひめ子がポツリと呟いた。

ラッセンとホワイトビットの見解では、敵は先ず『グリッツ』を引き剥がしに掛かるとの事だった。敵が陣地を構築するには『グリッツ』が邪魔だったからだ。

そしてそれと同時にAS隊が一気に前進して陣地を構築する。

ここまでは二人の予想通りに推移していた。

だがこの先はアドリブの要素が強い。

先ず『グリッツ』が戦端を開く。

これは間違いない。問題はその後だ。

『グリッツ』戦闘開始後、直ぐ様『インジェラ』が戦線に参加する。

位置からいって、相手は『フェイジョアーダ』と『グヤーシュ』だ。

そこで敵が『インジェラ』迎撃に二隻で動けば、後ろを見せた敵に『アイリッシュ』が襲い掛かる。

恐らくは初撃で一隻は叩けるだろう。

そうなれば2対1だ。

目の見えるところにラッセン艦長もいる。

ひめ子としては、それが望ましい展開だった。

だが一隻しか動かなかった場合は?

当然、『アイリッシュ』は残った敵と一騎打ちをする事になる。

その時はひめ子の艦長としての腕が問われるということだった。

もっとも、ひめ子の艦長としての資質を疑う者はこの船には一人もいない。

それはラッセンやホワイトビットも同様だ。

ただ艦長経験の乏しさから、ひめ子が勝手にコンプレックスを抱いているだけだった。

だが、それも仕方のない事だろう。

こればっかりは習ってどうなる物ではない。場数を踏んで慣れるしかないのだから。

しかし、その場数を踏む前にいきなり実戦に放り込まれたひめ子としては緊張で胸が張り裂けそうな思いだった。

自分の采配ミスで真っ先に『アイリッシュ』がやられれば此方は窮地に立たされる。

その重圧が時間の経過と共にひめ子の心を圧迫していた。


「……ふぅ」


ひめ子が周りに悟られないよう小さく深呼吸する。

まるで胸の重圧を吐き出すように。

そのひめ子の肩がビクンッ!と震えた。

突然、胴鼓が、


「しゃい!!」


と言って自分の頬をパチン!!と両手で叩いたのだ。

ブリッジの全員が驚いたように胴鼓を見る。


「いや、お騒がせして申し訳ない。どうも緊張しましてな。昔からこれをやると落ち着くんですわ」


皆の視線を受けて胴鼓がニヤリと笑った。すると、


「あ、それなら私もあります!」


今度は李媛がはいはい!と手を上げた。

そしておもむろに席を立ち、ひめ子に駆け寄ってその手に何やら手渡した。

それは小さな包装紙に包まれた一粒のチョコだった。


「あはは……さっきからこっそり食べてたんです。艦長もおひとつどうぞ?」


李媛がにっこり笑う。

二人とも固くなっているひめ子の緊張を解そうとしているのは明らかだった。

この中で胴鼓と李媛の二人は戦争の第一戦で戦った経験が何度もある。

要はこの場の誰よりも場慣れしていたのだ。

不思議なものだった。

この二人の笑顔に見つめられると、ひめ子の緊張が和らいできた。

ひめ子が李媛に貰ったチョコの包装を解いて口に頬張る。


「……ふふ、甘い」


ひめ子が笑った。

舌の上のチョコと一緒に緊張が溶けていくようだった。


「えっちゃん、私にもちょうだいです!」

「私も!」

「俺も貰えるか?」


チカ、サナ、エリックが次々に手を上げる。

気づけは全員が和気あいあいとチョコを頬張っていた。


『こほん。あぁ……その様子なら大丈夫そうですな……』


全員が驚いてモニターを見上げる。

いつの間にか『インジェラ』のラッセンがブリッジを見下ろしていたのだ。


「申し訳ありません、ラッセン艦長。つい緊張を解そうと……」


ひめ子が恥ずかしそうに弁明すると、ラッセンが楽しそうに笑った。


『いや、緊張を解す方法は人それぞれです。私もこっそりやってますよ』

「ラッセン艦長でも緊張されるのですか?」

『勿論ですよ。ホワイトビット艦長もそうでしょうな。何せランドシップ同士の艦隊戦は私達も初めてです』


ラッセンが口で言うほど緊張して見えないのは、やはり場慣れしているからなのだろう。その時、


『艦長!『グリッツ』戦闘開始しました!!』


突然、モニターの向こうが騒がしくなった。

李媛にチラリと視線を送ると、こくんと頷き返してきた。いよいよ戦端が開かれたのだ。

ひめ子がラッセンを見る。

すると、その視線に気づいたラッセンが慈愛に満ちた瞳でひめ子を見つめ返してきた。


『一つ言っておきますぞ。ひめ子殿は……いや、『アイリッシュ』は強い。我が軍だけでなく、敵と比べても遜色ない程に。だから大丈夫。私が保証しますよ』

「ありがとうございます。その言葉だけで勇気が湧いてくるようですわ」


ひめ子が笑顔で返す。

胴鼓や李媛、ラッセンのおかげで先ほどまでの緊張はどこかに飛んでしまっていた。


『艦長、時間です』


モニターの向こうから聞こえてきた声にラッセンが静かに頷く。

いよいよ『インジェラ』が戦場に赴くのだ。


『それでは行くとしますかな』

「ご武運を……」

『うむ。では後ほど会いましょう』

「はい、……必ず」


両者の敬礼でもって通信が切れると、ブリッジには再び静寂が訪れた。



「サナちゃん、此方の時間は?」

「作戦開始まで、四分二十秒」

「各員に通達、身の周りの固定物の再確認。今までにない程船が揺れるわ」

「了解」


適度な緊張感の中、サナが艦内放送で注意を呼び掛ける。

その時、何か気になる事でも思いついたのか? 突然チカが振り向いた。そして、


「そう言えば艦長……」

「なに?」

「全然関係ないですけど……もう直ぐバレンタインですね」


と、真顔で言い出した。


「本当に関係ないわね……」


それにひめ子が笑って答える。

まさか、このタイミングでチカがそんな事を言い出すとは思わなかったのだ。

一方、ヴィンランド生まれのエリックは首を傾げている。


「バレンタインって2月だよな?」

「それはヴィンランドでの話しです。こっちでは11月です」

「そうなのか?」


エリックの質問にチカが当然のように答えた。すると今度は李媛が、


「ねぇ……バレンタインって何?」


と首を傾げた。

西寧府生まれの李媛はバレンタインの存在を知らなかったのだ。


「好きな人には想いを込めて……そして、お世話になった人には感謝を込めて、女の子が男の子にチョコを贈るのよ」

「へぇ……そんな風習があるんですね」

「もっとも、アクちゃんが言い出して去年から始まったイベントだけど」

「なんだよ、それ……」


エリックが合点のいったように笑う。


「でもまぁ、そうね……今年はエリックさんと胴鼓さんにもプレゼントしますから楽しみにしてて下さいね」

「そりゃあ、いい。ではなんとしても生き残りませんとな、エリック殿」

「そっすね。生まれて初めて貰えるんだ、気張りますよ!」

「え……?エリックさん、貰ったことないんです?」

「……そうだけど?」

「うわぁ……なんかあげるの躊躇しますね。本気になられたらどうしようです……」

「なんでだよ!」


まるで汚物を見るような目を向けられてエリックが慌てる。

それがまたおかしく、皆が声を出して笑った。その時、


〃ビーーーッ!!〃


と、まるで笑い声を絶ち切るようにブザーが鳴り響いた。


「作戦開始一分前!」


笑顔を収めたサナの声がブザーに替わって響き渡る。

それに頷いたひめ子がブリッジを静かに見回すと、全然がこくんと頷き返してきた。


「始めましょう。『アイリッシュ』エンジン始動!!」

「『アイリッシュ』エンジン始動!!」


エリックの復唱と共に艦が小刻みに揺れた。暫くして船が静かに持ち上がっていく。


「システムオールグリーン!艦、水平になります!オートバランサー動作正常!」

「擬装、排除! 排除後、『アイリッシュ』発進!」


ひめ子の指示で『アイリッシュ』を覆っていたカモフラージュネットが吹き飛んだ。

薄暗かったブリッジに明るい光が射し込む。

谷間に隠れていた『アイリッシュ』が滑るように動き出す。

もう後には引けない。


「艦長、時間です」


サナの報告にひめ子が力強く頷いた。

そして窓の外をキッ!と見据える。

それは紛れもなく戦士の顔だった。



「行くわよ! 総員、第一種戦闘配置! 艦隊戦、用意!!」

「総員、第一種戦闘配置! 艦隊戦、用意!!」



サナの復唱と共に『アイリッシュ』艦内にけたたましい警報音が鳴り響いた。まるで戦士達の心を鼓舞するかのように。

もうこそこそ隠れて音を気にする必要はない。

後は正々堂々、名乗りを上げて敵を叩くのみだ。


「『アイリッシュ』加速!」

「全迎撃システム起動しますです!」


木々を振るわせて『アイリッシュ』が見る見る速度を上げて行く。それに驚いた鳥達が一斉に飛び去って行った。


「艦長、『インジェラ』から最新映像来ました。モニターに映します」


李媛の操作でブリッジ上部のモニターに敵艦の映像が映し出された。

二隻いたファラフェル級のうち、『グヤーシュ』が転進して『インジェラ』に向かって行くのが見える。


「敵は『インジェラ』迎撃に『グヤーシュ』を向かわせた模様。『フェイジョアーダ』動かず!おそらく、護衛艦と一緒に此方の陣地を攻撃するものと思われます」

「或いは、此方に三隻目があると踏んでいるかね」

「どうします?」

「構わないわ。先ずは『フェイジョアーダ』を叩く!視認と同時に先制攻撃、胴鼓さん、お願いします」

「了解!」

「間もなく山の稜線抜けます。……抜けました!『フェイジョアーダ』視認!距離13500!!」

「目標、『フェイジョアーダ』右舷第二、第四デッキ!」

「第二、第四デッキ、照準よし!」


「撃てぇ!!」


直後、艦を震わせて『アイリッシュ』の全砲門が一斉に火を吹いた。





〃ビーーーッ!ビーーーッ!〃


遠ざかる『グヤーシュ』を見送っていた『フェイジョアーダ』に、突然警報音が鳴り響いた。


「後方4時に新たな艦影!ファラフェル級!『アイリッシュ』です!」


解析官が叫ぶ。

だが、それを聞いた総司令官のベルトリーニは一切慌てる事なく「ふふん」と不敵に笑った。


「やはり隠し持っていたか。艦長……」

「はっ!総員、対艦戦用意!『フェイジョアーダ』発進、加速しながら面舵だ。鑑を回頭させろ!」

「了解!」

「敵艦、急速接近!距離13000!」

「主砲第一、第二、砲撃準備! 10000まで引き付けて……」


「敵艦発砲ッ!!」

「バカな!?」


レーダー管制官の報告に艦長のホルデリックが慌てた。

まだ砲撃戦を行うような距離ではなかったのだ。


「ふん、素人が……ただのこけ脅……」

「ちょ、直撃コース!!」

「なにッ!?」


次の瞬間、余裕の表情から一転……ベルトリーニが慌てて身を乗り出した。

そんなバカな事があるか!そんな顔だった。


「総員、耐ショック!!」


艦長が叫ぶ。

直後、凄まじい轟音と共に『フェイジョアーダ』が大きく揺れた。





「命中!『フェイジョアーダ』、動きが止まりました!」

「まだよ。次弾装填!目標、敵第一、第二主砲!!」




「どこに喰らった!!」


ホルデリックが叫ぶ。

『フェイジョアーダ』のブリッジは蜂の巣を突ついたような騒ぎだった。パニックと言ってもいい。

何しろ、常識ではあり得ない距離から砲撃を喰らったのだ。


「右舷第二、第四デッキに直撃!浮力を得られません!航行不能!!」

「まずい!? 主砲、こちらも急いで反撃……」


「敵艦、続けて発砲!直撃コース!!」


ホルデリックがバッと主砲に視線を送った。

これだけの距離で当ててくる敵なのだ。此方が停船していたら精密射撃も可能だろう。

なら次は主砲だ。


「全員伏せろ!耳を塞げ!!」


ホルデリックが叫びながらベルトリーニを椅子から引きずり下ろす。

直後、心を鷲掴みにするような轟音と共に衝撃波がブリッジを襲った。

窓ガラスが一斉に砕け散る。

頭の上を爆風が吹き荒ぶ。

それが収まるとホルデリックはゆっくりと身を起こした。

咄嗟に庇ったベルトリーニは両手で頭を抱えながらガタガタと震えている。


「……耳が……耳が痛い……」

「おい、全員無事か……?」


周りを見渡せばクルー達がうめき声を上げながらも身を起こし始めていた。


「くそ……各員、被害状況を報告……」

「そんなの後だ!降伏する!全迎撃システムを切れ!!」


艦長席に捕まりながらホルデリックが叫んだ。

それを聞いたベルトリーニが血相を変えてホルデリックに掴み掛かる。


「貴様!何を勝手な事を!!」

「分かりませんか? 今度はあれがここに降って来ますぞ? それともここで戦死なさいますか?」


事実を突き付けられたベルトリーニの歯がカタカタと鳴った。

それは恐怖からか?

或いは屈辱からなのか?





「『フェイジョアーダ』完全に沈黙!降伏信号受信!」

「進路このまま、続けて護衛艦群を叩く!胴鼓さん、敵におかしな動きがあったら容赦は要りません。主砲を撃ち込んで下さい」

「了解」

「チカちゃん、ミサイル撃って来るかも知れないわ。油断しないで」

「了解です」





「『アイリッシュ』接近!主砲が此方をロックしています!」

「絶対に撃つなよ!なぶり殺しにされるぞ!」


ホルデリックが叫ぶまでもない。

此方は既に戦闘続行は不可能なのだ。

自分達が生き残る為にはひたすら恭順の姿勢を見せ、敵の温情にすがるしかない。

クルー達が固唾を飲んで見守る中、やがて『アイリッシュ』が舷側を通過して行く。

その時、敵の艦長がチラリと此方を見た。


「……女?」


ベルトリーニがポツリと呟いた。

『アイリッシュ』が高速で離れて行く。

主砲が旋回して前を見据える。次の獲物に狙いを付ける為に。

それを眺めながら、艦長のホルデリックがベルトリーニの肩にポンと手を置いた。


「総司令……我々の戦いは終わりです。退艦の指示を……」






「なぁ……『フェイジョアーダ』、被弾してないか?」

「なに……?」


部下の呟きを聞いた護衛艦『スラップ』の艦長が、右舷の窓に移動して双眼鏡を覗き込んだ。

そして顔色を変える。

黒煙を上げる『フェイジョアーダ』の脇を抜けて、見慣れぬ色のファラフェル級が接近していたのだ。


「敵だ! エンジン始動! 急いで 船を出せ!!」


艦長が慌てて叫ぶ。

辺りに警報音が鳴り響く。


「艦識照合、これは……『アイリッシュ』です! あっ!? 『アイリッシュ』発砲!!」

「回避だ!!」

「間に合いませんッ!!」


直後、凄まじい轟音と共に護衛艦群が一斉に爆発した。





「全弾命……あ、いえ、一隻だけ無事です。南に向かって航行開始!」

「胴鼓さん!」

「恥掻かせおって……三発ぶち込んじゃる……」


胴鼓が言い終わると同時に『アイリッシュ』の主砲が再び火を吹いた。

少しの間を置いて護衛艦に火柱が三つ上がる。

あれでは中の人達は助からないだろう。

気の毒だとは思うがこれが戦争だ。やらなければこちらがああなるのだ。


「全護衛艦、破壊を確認!」

「続けてミサイル照準!目標、敵主力AS部隊!」


ひめ子がきゅっと唇を噛む。

人に向かってミサイルを撃ち込む。


「照準よしです!」

「発射!」


どうか避けて……。

そう心で願いながら、ひめ子は号令を下すのだった。







「何だッ!?」


その時、AS隊総隊長のホーキンスは我が目を疑った。

化鳥の鳴き声のような音に振り向いた瞬間、後方の護衛艦が一斉に爆発したのだ。


「おい、いったいどうなってる!?」


状況が掴めず慌てるAS隊。

その目の前で被弾を逃れて動き始めた一隻の護衛艦が吹き飛んだ。


「敵だ!敵のファラフェル級がこっちに向かって来るぞ!」


部下の一人が指差す。

確かに青と白の見慣れぬカラーリングの戦艦が向かって来るのが見えた。


「全機始動!急いで敵陣に雪崩込め!!」


ホーキンスが慌てて叫ぶ。

直後、『アイリッシュ』から白い筋が立ち上るのが見えた。


「撃って来たぞ!」

「おい、ドローンはどうすんだ!?」

「そんなの放っとけ!」

「急げ!!」


全ASが中隊毎に纏まって慌てて陣地を捨てる。

それを見澄ましたようにミサイルが降り注いだ。

置き去りにされたドローンや砲台が爆発と共に舞い上がり、それを逃れた物も上から降ってきた土砂に次々と埋もれていった。

更にはそこに追い討ちを掛けるように主砲が撃ち込まれる。

それが三回。

爆煙が晴れた頃には敵陣はほぼ壊滅していた。







『来たぞ!』


シャングの声がインカム越しに響き渡る。

だがシャングに言われるまでもない。

『アイリッシュ』の攻撃に追い立てられるようにして敵のAS隊がもの凄いスピードで突っ込んで来るのがここからでも望見できた。


「鶴翼で来たね」

リーディアが呟く。


「そんな大層なもんじゃない。あれはまともに隊列も組めずに各々勝手に掛かって来るだけだ」

「なるほ。言われて見ればそうかもね」

「シャング、すまんがそこで暫く耐えてくれ。直ぐに突き崩す」

『分かった』

「ギル、そっちは任せた。圧されるようならシャングの隊と合流してくれ」

『了解』

「さて……」


インカムから手を離してシンが改めて敵を眺める。


「あそこに隙間があるな。一気に分断するか」

シンが敵の部隊を眺めながら事も無げに呟いた。


「そしたらその右の三個中隊が格になりそうだね」

「邪魔だな」

「一言で言えば邪魔。二言で言えば超、邪魔」

「よし、リーディアは右からあそこに掛かれ。俺は敵を分断した後、後ろからあそこに掛かる。敵を纏まらせるな。一気に叩くぞ!」

「りょかもん!」

「アレン!お前の隊は俺と来い!カレンはリーディアとだ!」

「「了解!!」」




「隊長!?」

「陣地から出て来たのか!?」


シン達が向かう先、AS三個中隊を率いていたのは『グヤーシュ』隊の連隊長、ワインバーグだった。

そのワインバーグが向かって来る敵を見てギョッとした。もの凄いスピードだったのだ。


「全機停止!密集隊形で迎え討て!吹き飛ばされるぞ!」


ワインバーグの指示で各中隊がシールドを構えて防御態勢を整える。

向かって来るのは数からいって二個中隊。一塊になって一直線に向かって来る。


「構え!」


ワインバーグが叫ぶ。

だがワインバーグが射撃の指示を出そうとした瞬間、敵がクンッと向きを変えた。

そのまま右手を通過しようとしていた別の中隊に突っ込む。


それはまるで一本の槍だった。


もともと満足に隊列を組んでいなかったとはいえ、数々の戦場を戦ってきた味方が、それもワービーストごときが操るASに成す術なく突き崩され、瞬く間に分断されてしまう。

それは見とれてしまう程の威力と統率力だった。

だが、その見とれて……が災いした。


「左から来るぞ!!」

「何ッ!?」


「ラッシュ!!」


リーディアが叫ぶ。

すると第二中隊の全員が一斉にシールドを突き出した。

そして躊躇する事なく突っ込む。


ドガッ!!!!


シールドとシールドのぶつかるもの凄い音が響き、此方の前衛が吹き飛ばされた。

だが、それと引き換えに敵の勢いも止まる。


「今だ、押し包んで……」

「シュバルツ・ランツェェェェェェーーーーーーッ!!」


だが勢いの止まった敵の上を飛び越え、黒いAS……カレンが光り輝く槍を突き出して来た。

初めて見る武器にギョッとしたワインバーグが慌ててシールドで往なす。

が、そうなる事を読んでいたのだろう。

着地したカレンがくるっと背中を見せた。

ワインバーグの目の前を藍色の髪がフワリと舞う。直後、


「シュバルツ・ブリッツ!!」


ワインバーグの鳩尾にカレン蹴りが炸裂した。


「ぐあッ!?」

「隊長!?……ギャア!?」


驚いた部下の叫びが悲鳴に変わる。

カレンの槍をまともに喰らったのだ。

ガクンと膝を突き、そのまま崩れ落ちて動かなくなる敵。

それを見下ろしながらカレンがくるっと槍を回して小脇に抱えた。


「止めは刺さないでおいてやる。暫くそこで寝ているがいい」


ズザッ!


周りの隊員達が無意識に一歩後退る。

初めて目にする光学兵器の威力に恐怖したのだ。(注:殺傷能力なし)

カレンが槍をサッと振るった。


ブオン!


槍から発せられるその音を聞いただけでビクリとする隊員達。(注:殺傷能力なし)

それ等をカレンがスッと睨み付けた。


「覚悟!」


直後、ブーストを効かせたカレンのシュバルツ・ローゼが怯える隊員達に襲い掛かった。




「くそ……!?」

ワインバーグがのろのろと身を起こす。

無様に吹き飛ばされはしたものの、気絶する程ではなかったのだ。


「調子に乗りやがって……」


ワインバーグの掌が光り大型の狙撃銃が現れた。

それを構えて黒いASに照準を合わせる。


「お前は連隊長だろう?そんなんで勝っても格好つかんぞ?」


ギクリとして振り返ったワインバーグが仰向けにふっ飛んだ。

シンが振り向いたワインバーグの顎を思い切り蹴り上げたのだ。

意識を刈り取られてASが光の粒子となって消える。

だがその時には、シンは既に新たな敵に斬り掛かっていた。




「……あ……あぁ…………」


辛うじて気絶を逃れた男が呆然と辺りを見回した。

その目の前を敵が去って行く。

それはまるで肉食魚の群れだった。

獰猛に噛みつき、喰らい尽くし、そしてあっという間に去っていく。

それは三分にも満たない早業だった。

敵が去った後、周りには味方の死体(気絶しているだけ)が所々に転がっていた。







「敵主力AS隊、此方の陣地に攻撃を開始しました!」

「もういいわ。後は先生達に任せましょう。取り舵20、続けて北淋軍の……」



『『アイリッシュ』!! 『トルティーヤ』が狙ってんぞ!!』



突然、無線越しにホワイトビットの声が響き渡った。

ひめ子の顔がサッと青冷める。


「回避!!」


ひめ子が叫ぶと同時に艦が大きく左に転進する。

直後、『アイリッシュ』の舷側に大きな爆炎が高々と上がった。

それを見たブリッジの全員がぞっとし、次いで安堵と共に大きく息を吐く。


油断していた。


ここまで順調だったせいもあり、周りの警戒を完全に怠っていたのだ。

ホワイトビットの忠告が無ければ砲弾が直撃し、『アイリッシュ』は撃沈していただろう。

そのホワイトビットの顔がモニターに映し出された。


「すみません、ホワイトビット艦長。助かりました……」

『いや、こっちこそすまん。倒すどころか、足止めすら出来ん体たらくだ……』


ホワイトビットが苦笑いを浮かべる。


「やはり『トルティーヤ』は一筋縄ではいかないようですね。支援に向かいます。先ずは『トルティーヤ』を黙らせましょう」

『助かる』


ホワイトビットの顔がモニターから消えるとひめ子は遠く、『トルティーヤ』を睨み付けながらサッと腕を振るった。


「進路変更、フェイントを入れながら『トルティーヤ』に向かう!」







『夏袁様、『アイリッシュ』が遠ざかって行きます』


小さな窓と武骨な計器やモニターが並ぶ薄暗い車内。

その車内に設置されたスピーカーから孔蓮の声が響いた。


「まぁ、予定通りいかねぇのが戦ってもんだ。仕方ねぇ、俺達だけでやるぞ」

『こちらから仕掛けるのですか?』

「あっちが終わるまで指を咥えてろってのか? だいだい、AS相手に生身で戦うなんて今に始まった事じゃねぇだろ。行くぞ」

『了解しました。では煉鳴と徐真に伝えます』

「但し!前に出過ぎるなよ。敵は俺達が撹乱する。その間に距離を詰めて、提供された例の奴ぶっ放してろ。それで敵が掛かってきたらネットで絡め取れ」

『承知しております。では……』


短い返事とともに孔蓮が通信を終えると夏袁がにやりと笑った。


「よぉし、行くぞ!恫播、出せ!!」

「了解!」


夏袁にポンと肩を叩かれ、パンチが車のイグニッションを回す。

するとモーターの甲高い音と共に車体が静かに浮き上がった。

それに合わせて周囲がざわめきだす。

小さな窓から外を伺えば、兵士達が一斉に駆け出していた。

それを掻き分けて夏袁の乗った車両が先行する。

部隊をどこまで進める?

突撃のタイミングは?

また、万一劣勢になった時は?

そんな事を夏袁は一々指示しない。言わなくても孔蓮が心得ているからだ。

自分はただ目の前の敵を叩くのみ。

夏袁が遠く、敵陣を睨みつけた。

そして今度は苦笑いを浮かべてインカムに手を添える。


「つー訳だが……悪りぃな、偉そうな事言っといて先陣任しちまってよ……」

『気にすんな』

『そうですよ。だいだい、このまま缶詰になってる方が、よっぽど辛いです』

『それより夏袁さん、いくら装甲が厚いとは言え、集中砲火を喰らえばひと溜まりもありません。注意して下さい』

『そうじゃ。無茶は禁物ですぞ、兄上』

「分かってるよ。そんじゃあ、出すぞ」

『おう!!』







北淋軍の前に陣取ったのは『トルティーヤ』のAS一個連隊だった。連隊長はネショレ・ダダノマ。

因みにこの部隊の任務は敵の足止めだった。

ランドシップの砲撃で敵のASを炙り出し、主力のAS隊がこれを叩く。

それまで猿共が山に逃げ出さないよう牽制する。

そんな役目だったのだが……作戦は序盤から大きく崩れた。

此方のランドシップが敵陣を砲撃するどころか、逆に砲撃されて此方が陣地を飛び出し、いきなり乱戦になってしまった。

幸いダダノマの居る陣地は砲撃されていない。

敵のランドシップが『トルティーヤ』に向かったからだ。


〈さて……どうすんか〉


ダダノマが思案する。

このままここで指を咥えて状況が変化するのを待つか?

だが『トルティーヤ』は二隻を相手にしているのだ。いくらグリマルディーが優秀でも勝てるかどうかは五分五分だろう。

主力のAS隊はあの状況だ。それこそ勝てるかどうかも怪しくなった。

此方の敵は歩兵とはいえ五千人はいる。そこに此方から掛かるというのもどうかと思えた。


〈……ちっ、動きようがねぇな〉

そんな矢先だった。


「ダダノマ隊長、敵が動き始めました」

「あん……?」


部下の報告に敵陣に視線を送ったダダノマがニヤリと笑う。


「はっ……悩まねぇでいいや。おい、戦闘準備だ!ドローンと銃座を起動しろ!」

「はっ!」

「砲台!敵が1キロまで近づいたらぶっ放せ!」

「了解!」

「お前等!ビビって勝手に発砲すんじゃねぇぞ!分かってんな!!」


「「はっ!!」」


ダダノマの発破に応えながら部下達が塹壕に飛び込み、思い思いに狙撃銃やミサイルランチャーを構えた。

その前方では設置された自動銃座とドローンが起動する。

敵は多いとは言えたったの五千。

そう思える程、南部戦線を生き抜いた強者達は自信に溢れていた。その時、


「隊長、大型車両が一台突出して来ます!」


突然、部下が大声を出しながら前方を指差した。


「あん……?何だありゃ?」

「武装トレーラー……でしょうか?」


ダダノマと部下が首を傾げる。

装甲車らしい車両がコンテナを二つ牽引していたのだ。その装甲車には小さいながらも砲台が設置されている。


「火力はありそうだな。よし、あれを集中的に……」

「隊長!?」


再び部下が叫ぶ。

牽引されたコンテナの横扉がゆっくりと左右に開き始めていた。





モーターの駆動音だけが静かに響く暗い室内。

その室内に突然、パッと光の筋が入った。コンテナの扉が開き始めたのだ。

暗闇に慣れた目が眩しさに眩むが、それも一瞬だった。

大牙がチラリと左手を伺うと、コンテナの扉がガコン!という音と共に、まるで滑り台のように地面に向かってロックされた。


『全コンテナ開扉を確認、準備は宜しいか?』


インカムから燕迅の声が響く。

それに「おう!」と力強く応える。


『では解除しますぞ。ご武運を!』


その言葉を合図に目の前で赤く点灯していたシグナルが点滅に変わった。

大牙の乗った台がゆっくりと左に傾き始める。

そして地面に伸びた扉と一直線に繋がった瞬間、目の前のシグナルがパッと青に変わった。

直後、バツン!と音を立ててロックが解除される。

音もなくサイクロンが滑り降りる。



「行くぞ!!」



アクセルを全開にしながら大牙が吠えた。

甲高い音を響かせながらサイクロンが一気に加速する。

その直ぐ後にはレオ、アクミ、春麗、次狼、獣兵衛のサイクロンが続いた。






「戦闘バイクだッ!!」

「速いぞ!!」


それを見た敵のAS隊から驚きの声が上がった。

通常のエアバイクとは比べ物にならない程の大きさとスピードだったのだ。


「なに驚いてんだ。所詮バイクだろうが……おい、ミサイルの準備しとけ!」

「「はっ!」」


ダダノマが部下に呆れながら指示を出す。

すると、それに応えた部下達が一斉にミサイルランチャーを担いだ。





「はん、あんな薄っぺらい防衛線で止まる訳ねぇだろ!」


バイザー越しに敵を見据えながら大牙がにやりと笑った。


「前衛のドローンを蹴散らして一気に突破するぞ!」

『『了解!』』


大牙の指示でサイクロンが横一線に並ぶ。

同時にサイクロンに装備されたガトリング砲が一斉に火を吹いた。


ゴバッ!!!


敵のドローンが接近するサイクロンに反応した瞬間、見えない力に叩かれたように吹っ飛んだ。

それは銃撃と言う名の暴力だった。

サイクロン6台、計12門のガトリング砲がドローン部隊を凪ぎ払う。

あっという間に長さ100メートル以上に渡って空白地帯が出来上がった。

そこをサイクロンが突き抜けて行く。

周囲のドローン達は全く反応出来ない。速すぎるのだ。

だが、その先にはダダノマの率いたAS隊が手ぐすね引いて待ち構えていた。


「今だ!ぶっ放せ!!」


バイクが不様に吹き飛ぶ様を想像しながらダダノマが叫ぶ。

が……その顔が見る見る怒りに変わった。

号令したにも拘わらず部下達が一向にミサイルを発射しないのだ。


「おい!」

ダダノマが怒鳴りながら振り返る。すると、


「そ、それが……レーダーが敵を感知しません……」

部下の一人が恐縮したように答えた。


「ステルスだと……?」


ダダノマの表情が驚きに変わる。

そんな高度な技術を敵が持ってるとは思わなかったのだ。


「撃ってきた!!」


周りの悲鳴にダダノマがハッと我に反る。

そして部下の頭を掴んだ。


「ならとっとと頭下げろ!!」


そのまま自らも塹壕に飛び込む。

直後、ダダノマを狙った銃弾が頭上を掠めた。

少し間を置いて今度はサイクロンが頭上を飛び越えて行く。


「野郎ッ!!」


怒りを露に立ち上がったダダノマの顔がギョッと青ざめた。

空き缶サイズの物体が数個、コロコロと足元に転がったのだ。

慌てて塹壕を飛び出すと同時に地面に伏せる。

直後、それ等が一斉に爆発した。

サイクロンが置き土産とばかり、機雷をばら蒔いて行ったのだ。


「くそったれ!!」


頭上を爆風に撫でられながらダダノマが叫ぶ。

良いように手玉に取られた。それが忌々しかったのだ。


「後ろに回り込まれた!?」

「また来るぞ!?」


動揺する部下を横目にダダノマが起き上がる。

中央を突っ切ったサイクロン隊は一度距離を取り、今度は左翼に回り込もうとしていた。

それを憎々し気に睨み付ける。


「調子に乗りやがって……おい、ミサイルばダメだ!蜂の巣にしてやれ!!」

『了解!』



ダダノマの指示でシールドを構えたAS隊がサイクロンを待ち受ける。


「来たぞ!構え!……撃てぇ!!」


そして中隊長の合図で一斉に射撃を開始した。

多数の弾丸がサイクロンに殺到する。だが、


「うっひょお!シールド様々……」


サイクロンに搭載された大型のエネルギーシールドが襲い掛かった銃弾を完璧に防いだ。


「そら、お返しだ!!」


大牙が仕返しとばかりガトリング砲で応戦する。

銃撃が効かない事に驚いた中隊長が慌ててシールドに身を隠した。直後、


バガンッ!!

「隊長ッ!?」


シールドに隠れた中隊長が、そのシールドごと後方に吹き飛んだ。

それが接近したサイクロンから放たれた大型のハーケンによるものだと理解した時には、敵は猛スピードで脇をすり抜けていた。




「あぁ……? エネルギーシールド!? くそったれ、完全に此方の技術じゃねぇか!」

「なんで敵がそんな物を……?」

「知るか!おい!誰でもいい、穴に付いて奴等を牽制しろ!これ以上好き勝手させんな!」

『401、了解』

「他は猿共に集中だ!来るぞ!」


ダダノマが気持ちを切り換えて正面を見据える。

夏袁の乗った装甲車が接近していた。





敵を突っ切り左に旋回を始めると、レーダーが接近する機影を捉えた。

チラリと左を伺えば、空中をAS部隊が向かって来るのが見える。


「一個中隊来てんぞ、注意しろ!」

『俺がやる。お前達は砲台をやれ』


大牙が叫ぶと、獣兵衛が自ら迎撃を買って出た。

そのままハンドルを切って隊列を離れて行く。


「次狼、お前も行け!ツーマンセルだ!」

『了解』

「アクミ、春、北淋軍の攻撃が始まった。二手に分かれて撹乱すんぞ!」

『『了解!』』





左に旋回するサイクロン隊目掛け、AS一個中隊が最短距離で突き進む。

すると、それに気づいた二台のバイクが隊列を離れた。


「来るぞ!」


接近する敵を見て各機がバズーカを構える。

ミサイルはロックしない。

銃はシールドに弾かれる。

だからバズーカを直接撃ち込もうとしたのだ。


「敵の武装はガトリング砲とハーケンだ。良く見て……」


と、そこまで言ったところで中隊長がギクリと言葉を詰まらせた。

バイクの両端に設置されたガトリング砲が光の粒子となって消え、新たに小型のミサイルポッドが現れたのだ。



獣兵衛がバイザー越しに敵のAS隊を睨む。

そして、それ等を一機一機、なぞるようにして視線を走らせた。

するとその視線を感知して敵のASに〈 〉がマーキングされる。ロックオンしたのだ。

直後、二機のサイクロンからミサイルが一斉に放たれた。


「回避だ!!」


中隊長が叫ぶ。

ASが一斉に散開し緊急回避を試みる。

だが元々ヴィンランドの高度な技術で作られたミサイルだ。一度ロックオンされた以上、障害物の無い空中で逃げ切る事は不可能だった。

次々と小規模の爆発が起こり、その度に隊員達が意識を失って落下していく。

せめてもの救いはキングバルト軍が相手を極力殺さないよう配慮し、火薬の量を減らしている事だろう。

もっとも当たり所が悪かったり、落下した時の衝撃までは考慮していないが……。


「次狼、戻ろうか」

『了解』


敵を無力化した獣兵衛が次狼を促す。

空になったミサイルポッドが消え、弾頭を補充した新たなミサイルポッドが現れた。

武器を補充した二人のサイクロンが進路を変える。

再び敵陣に攻撃を仕掛ける為に。







「夏袁様!これでは照準出来ません!」


飛影の声が揺れる車内に響いた。

敵の砲撃を避ける為、右に左にハンドルを切る。時にはジャンプまでする。そんな状況で大砲の照準など出来るものではなかった。


「当てようなんて思うな!威嚇でいいからぶっ放せ!それで歩兵が狙われなくなる!」

「り、了解!」


照準出来ないと言いながらも、そこは獣化。

車体の揺れが治まった一瞬を上手く掴んで飛影がトリガー釦を押した。

轟音と共に車体が揺れる。


「よぉし!」


夏袁が喝采を上げた。

敵の砲台付近に着弾したのがチラリと見えたのだ。





「やられた!」


土台を吹き飛ばされた砲台が左に傾く。これでは砲撃は不可能だった。


「おい!いい加減当てろ!!』

怒り心頭のダダノマが叫ぶ。その時、


「隊長!左から!!」

「ーーーッ!?」


振り向いたダダノマが慌ててシールドを構え、腰を落とした。

目の前をアクミと春麗のサイクロンが、狙いも定めず銃弾をばら蒔きながら通過して行ったのだ。直後、


ドンッ!!


と腹に響く振動と共に味方の悲鳴が聞こえた。

例の装甲車から再び大砲が撃ち込まれたのだ。

ダダノマがワナワナと震えながら立ち上がる。

額にはくっきり青筋が立っていた。


「ウザッてえ!おい、集中攻撃だ!先ずはあの装甲車を黙らせろ!」

「はっ!」

「目障りなバイクは監視だけ付けとけ!接近したら知らせろ!」

「了解!」


ぶちキレながらもそこは連隊長。

現状、排除の難しいサイクロンは後回しにし、火力のある装甲車に攻撃を絞るのだった。




「うお!? 集中攻撃かよ!?」

突如、夏袁の乗った装甲車に敵の攻撃が集中し始めた。

しかも、今までの散発的な攻撃とは違い組織立ったものだ。

行く手を阻むように砲弾やロケット砲が次々と撃ち込まれる。

爆発の度にハンドルが取られ、舞い上がった土砂が視界を塞ぐ。

これでは回避し続ける事は不可能だった。


「さすがに無理だ! 恫播、一旦離脱しろ!」

「了解!」


だがその時、目の前に砲弾が着弾した。

爆発の余波で車体が一瞬浮き上がる。

そこにロケット砲が直撃した。

装甲を抜かれるような事は無かったが、衝撃で車体が左に傾いだ。

更には追い討ちを掛けるように次々と周囲で爆発が起こる。

結局、装甲車は姿勢を戻す事叶わず、そのまま盛大に横転してしまった。


「くそ!全員無事か? 脱出すんぞ!」




「そら! 今だ、ぶっ殺せ!!」

横転した装甲車を見てダダノマが獰猛に笑った。

これであいつ等の運命は決まったようなものだ。

中に隠れてようが外に這い摺り出て来ようが関係ない。砲弾を一斉に撃ち込めばお終いだった。

しかし、そうはならない。運命は夏袁達の味方だった。


「後ろから二台接近! ミサイルを装填してます!!」

「なに!?」


サイクロンを見張っていた部下が叫んだ。

直後、獣兵衛と次狼のサイクロンから砲台に向けてミサイルが撃ち込まれる。


「落とせ!」


ダダノマの命令で隊員達が一斉に銃やミサイルランチャーを構えた。

銃弾が飛び交い、アンチミサイルが迎撃する。

結果、その殆どは撃ち落とされてしまったが、二発のミサイルが迎撃を掻い潜って砲台に着弾した。


ドンッ!!


轟音と共に砲台の一つが吹き飛ぶ。

更には夏袁の危機を救わんと、今まで身を隠しながら徐々に接近していた敵の歩兵が、一斉に雄叫びを上げて突撃して来た。

それを聞いて隊員達がビクリ!と肩を震わせる。


「くそ!歩兵に集中だ!手間取ったせいで近づかれてんぞ!」


結局、ダダノマは装甲車に止めを刺すのを諦め、迎撃の指示を出すのだった。





『春!アクミ!装甲車がやられた!全員無事みたいだから部隊に送り届けてやれ!』


大牙からの連絡に春麗とアクミがチラリと見れば、確かに装甲車が横転していた。

車体の影には夏袁達が身動き取れずにいるのも見える。


「了解じゃ!」


返事と共に春麗が進路を変えた。アクミもそれに続く。


「しかし大牙の奴、良く周りを見てるの……」

「まぁ、ナン度も部隊を任されてますからね」


感心する春麗に、アクミが笑いながら答えた。





「くそったれ!これじゃ身動きできねぇぞ!」

「夏袁様、落ち着いてください!今出て行ったら蜂の巣ですぞ!」

「だからって、こんな所にいつまでもいられるか!」

「直ぐに孔蓮が何とかします!だから顔を出さないで!」


燕迅が夏袁の腕を掴んで慌てて引き戻した。

今にも飛び出して行きそうな勢いだったのだ。その時、


「兄上!」

「皆さん、無事ですね?」


春麗とアクミのサイクロンがドリフトしながら車体の影に停止した。


「春麗!いいとこに来た!!」


歓喜を上げて夏袁が春麗の後ろに飛び乗る。

その元気な姿を見て春麗がほっと胸を撫で下ろした。


「無事でなによりです兄上。今、孔蓮のところに……」

「違う!あっちだ!!」


春麗の言葉を遮り、ぽんと頭に手を置いた夏袁がくりっと右にまわした。

そこには少ないながらも敵のドローン部隊が……、そしてその向こうには敵の右翼部隊が見える。

春麗も幾多の戦場を経験して戦の機微を理解している。

だからそれを見て夏袁の意図を直ぐに察した。

そしてにやりと笑う。


「了解!兄上、掴まっていてくだされ!!」

「おう!!」


「あっ!?夏袁様!!」

燕迅がそれと気づいた時は既に手遅れだった。

夏袁を乗せた春麗のサイクロンが一気に加速する。

向かう先は敵陣だ。

なのに護衛は一人もいない。


「燕迅の兄貴!!」

「早く乗れ!!」


自分を呼ぶ声に振り向けば、飛影と恫播がアクミのサイクロンに乗って手招きしていた。


「ちょっ!? いくらナンでも三人は無理ですよ!」


アクミが抗議の声を上げる。

パンチと飛影に続き、燕迅までアクミの後ろに飛び乗ってきたのだ。

結果、サイクロンが傾き、車体の前方が競り上がる。


「後生だ!頼む!アクミ殿!」


そんなアクミに燕迅が両手を合わせて拝み込んだ。

このままでは夏袁一人が敵陣に乱入する羽目になる。そんな事をされては護衛失格だった。


「あぁ、もう!落っこちても知りませんよ!!」


燕迅に頭まで下げられては無下にはできない。

半ば自棄になったアクミがアクセルを全開にする。

そのまま春麗を追って、敵陣目掛けて突入して行った。





「一台突っ込んで来るぞ!?」


春麗の接近に気づいた敵がバズーカを構えるより早く、サイクロンからミサイルが放たれた。


「迎撃!」


中隊長の指示でミサイルが撃ち落とされる。

だが、それは煙幕とチャフの入ったミサイルだった。

結果、ミサイルから大量の煙が溢れ出す。

あっという間に視界が奪われていく。

その煙の中に……春麗のサイクロンが突っ込んだ。


「うおりゃあああーーーーーーッ!!」


ゴンッ! ガンッ!!

「ぐあ!?」

「ぎゃ!?」


悲鳴と共に二機のASが吹っ飛ぶ。

夏袁がサイクロンを飛び降り様、棍を振り回して二人を凪ぎ払ったのだ。


「北淋の孫夏袁だ!! 死にてぇ奴から前に出ろ!!!」


その雄叫びを聞いて隊員達がビクンッ!と肩を震わせた。

孫夏袁と言えば猿族の大将だ。しかも、


「獣化だ! 獣化に入り込まれた!?」

「うわぁ!?」


ワービーストの、それも獣化の個体を間近に見て隊員の一人が慌てて発砲した。

だが、その時には夏袁はその場にいない。

動揺する敵の中を縦横無尽に突き抜けながら棍を振り回す。

その度に悲鳴が上がり、AS隊員達が次々と打ち倒されていく。


「全員落ち着け! 相手は一人だ、包囲して……」

「あっぶなーーーーーーい!!」

「え……? ぎゃ!?」

「隊長ッ!?」


ドカンッ!

と物凄い音と共に指示を出し掛けた中隊長が煙の中に消えて行った。

ドリフトしながら突っ込んで来たアクミに跳ねられたのだ。


「すまん、アクミ殿!」

「サンキュー!」

「皆さん、気をつけてくださいよ!」

「おう!」


燕迅、パンチ、飛影が次々とバイクを降りて散っていく。

それを見て敵は収集の付かない程のパニックに陥った。


「新手だ!?」

「ダメだ!煙の外に逃げろ!!」


蜘蛛の子を散らすように敵が逃げていく。

それはそうだろう。

こんな視界の悪いところでASが獣化に勝てる訳がないのだ。

獣化は障害物のない所で包囲し、四方から同時に銃撃しなくては殺せない。

それほど身体能力に差があった。


「アクミ、この調子でもう二、三往復するぞ!」

「了解でっす!」




その時、シンは敵のAS隊に突撃を掛けようとしていた。

足を止めて応戦する敵の脆い部分を見て取ったのだ。

そんな矢先……インカムからリーディアの間の抜けた声が聞こえてきた。


『ねぇ、シンちゃん……?』

「なんだ?」

『なんかさぁ……夏ちゃんが敵さんに突入しちゃったみたいだけど?』


「なにッ!?」


シンが慌てて振り向く。

いつの間にか敵の右翼部隊に煙が充満していた。

さすがにその姿までは見えないが、ひどく混乱しているのは分かる。

リーディアの言うように突入した夏袁が暴れ回っているのだろう。


「まったく、もう少し待てんのか……」


シンが呆れながら呟いた。

今はいい。

だが煙が晴れたらどうする?

あんな懐に入り込んでは、敵から丸見えで離脱など不可能だろう。

だから呆れたのだ。

しかし、だからといって放って置く訳にはいかない。夏袁はシンの大事な親友だ。


「リーディア、シャングの敵を素通りしてギルの敵の脇から掛かれ。それであっちは崩れる」

『あいほー!』

「アレン、リーディアに付け。俺はあっちに行く」

『了解しました』

「ロンド隊、行くぞ!続け!」

「「了解!」」





「ダダノマ隊長!右翼が大混乱です!」

「ったく、何やってんだか……」


ダダノマが舌打ちして右翼を睨み付けた。

インカムからは獣化だ!とか、落ち着け!だとか、隊員達が騒ぐ声が飛び交っている。おそらく中隊長がやられたのだろう。


「マシュー!」

『はい』

「ここを仕切れ!俺はあっちに行く。弾幕を切らすんじゃねぇぞ!」

『了解』

「おら!第一中隊行くぞ!付いて来い!」

「「はっ!」」




「煙幕薄れて来てんぞ!足止めんな!動き続けろ!」


逃げ惑う敵に取り付きながら夏袁が叫んだ。

視界が晴れれば銃の面制圧力に負ける。それを警戒しての事だった。

しかしその時、新たなミサイルが飛来して頭上で爆発した。

そこから再び煙が吹き出し、あっという間に視界が悪くなっていく。


「あん?」


それを見て夏袁が首を傾げた。

春麗達が来た訳ではない。

勿論、敵が態々自分達に不利な煙幕を焚く訳がない。

だから疑問に思ったのだ。


『お前達、暴れるのはいいが青のマーカーは味方だ。間違えるなよ?』

「なんだ、シンか?どこだ?」


『お前の後ろだ』


返事と共にシンがトンと背中を合わせてきた。


「よぉ!」

「よぉ!じゃない。無茶をするな」

「別に無茶じゃねぇさ。このまま押し切りゃいいんだろ?」


夏袁がにやりと笑う。

それを見てシンもふっと笑ってしまった。

それもそうか……と、つい納得してしまったのだ。


「なら……蹴散らすぞ!」

「おう!!」


夏袁が一足跳びに敵に打ち掛かる。

唸りを上げる棍をその身に喰らい、瞬く間に敵の一人が昏倒した。

だが、棍を振り抜いたその瞬間を狙って左右にいた敵が銃を構える。


「ぐあっ!?」


そのうちの一人が悲鳴と共に膝を折った。

シンがすり抜け様、サーベルを叩き込んだのだ。

そのまま、もう一人の気を引くように回り込む。

それに一瞬目を奪われた敵が、咄嗟にどちらを狙うか躊躇した。

そしてそれが命取りとなった。

あっ!?

と気づいた時には夏袁の棍が目の前に迫っていたのだ。


バガンッ!


吹き飛ぶ仲間を横目に他の隊員達がごくりと唾を飲み込んだ。

アイコンタクトも何もない。

なのに息の合った二人の連携に呆気に取られたのだ。

シンが両手に持ったサーベルをだらりと構える。

夏袁が周りを睨み付けながらトンと棍を肩に担いだ。

それを魂が抜けたように、ただ茫然と見つめる隊員達。

動けば殺られる。

それが分かっているから動くに動けなかったのだ。

そんな時だった。


「たった二人に何やってんだ!どいてろ!ボケ!!」


怒鳴り声と共に連隊長のダダノマが煙の中から現れた。

それを見て隊員達が喜色を浮かべる。

連隊長が来た。

これでもう大丈夫だ。

そう安堵し掛けた隊員達の視界の端に、二つの影が横切るのが見えた。



不思議なものだった。

名前なんか知らない。

顔を見るのも初めてだ。

だがその男の顔を見た瞬間、確かに殺意が湧いたのをシンは感じた。

そして気づけば、獣化の夏袁が反応するより早く殴り掛かっていた。


ごッ!!


シンの固く握った拳がダダノマの顔面にめり込む。

そのまま腕を振り下ろして強引に地面に叩き付けた。


「がぁ!?」


悲鳴と共にダダノマが無様にひっくり返る。

そこに……夏袁の鋼鉄製の棍が振り下ろされた。

無防備に広げた、股間に向かって……。


ボゴンッ!!!


辺りがシーンと静まり返った。

ダダノマはピクリとも動かない。

いや、動く訳がない。ひょっとしたら死んでるかも知れない。

何しろ顔面と股間を潰され、ドクドクと大量の血が流れ出していた。

開いた足の角度もおかしい。明後日の方向を向いている。

股関節と尾てい骨が粉々なのだろう。どう見ても再起不能だった。


夏袁がブンッ!と腕を振るって棍に付着した血糊を吹き飛ばした。

つまんねぇもん潰しちまったな。

そんな顔で、ぺっ!と唾を吐くと、無言でダダノマを睨み付けているシンに向き直った。


「珍しいな、お前がそんなに殺意を露にするなんてよ」

「いや……何か知らんが、顔を見た瞬間にムカついてな。ちょっとやり過ぎたか?」

「気にすんな。どうせろくな奴じゃねぇよ」


シンと夏袁がダダノマから視線を外して周りの敵を見据える。

その殺気立った目に射すくめられ、その場の誰もがザッと後退った。







「ミサイル接近!」

「迎撃! 撃って来るわ! 回避行動!」

「了解!」


エリックの復唱と共に『アイリッシュ』が大きく進路を変える。

直後、舷側に大きな爆炎が上がった。『トルティーヤ』が砲撃してきたのだ。

爆風の煽りを喰らって艦が一瞬浮き上がる。

それが治まった瞬間、轟音と共に左舷の主砲が火を吹いた。


「着弾!『トルティーヤ』左舷20メートル!避けられました!」


モニターには此方の砲撃を警戒しながら不規則に航行する『トルティーヤ』が映し出されている。

その『トルティーヤ』の主砲が再び火を吹いた。今度は『グリッツ』に向けて砲撃したのだ。

ひめ子がきゅっと口を引き結ぶ。

『グリッツ』と『アイリッシュ』の二艦を相手に一歩も引かない敵の手腕は流石としか言いようがない。

『トルティーヤ』のグリマルディー司令。

ラッセンとホワイトビットの両艦長が警戒するだけある。

ヴィンランド軍随一の呼び声は伊達ではなかった。




「ふむ……流石にこれだけ揺れると当たらないか……」


砲撃を回避後、森の影に逃げ込んだ『グリッツ』を見ながらグリマルディーが呟いた。


「申し訳ありません……」

それに艦長のエリオットが恐縮したように答える。


「『グリッツ』ロスト、出現予想地点は2キロ先です」

「視認と同時に撃ってくるぞ。合図と同時に取り舵、回避後、此方も砲撃だ」

「はっ!」




「来るぞ!次こそ当てろ!」

「り、了解……」


ホワイトビットの檄に砲手がごくりと唾を飲む。

直後、木々の向こうに淡いピンクの船体が見えた。


「今だ!!」


ホワイトビットが叫ぶ。

同時に右舷の主砲が火を吹いた。だが、


「避けられました!」


部下の報告を聞くまでもない。

砲撃の瞬間、まるで此方の撃つ瞬間が分かっていたかのように『トルティーヤ』が左に急旋回するのが見えたのだ。完全に此方の手の内を読まれている。


「面舵!」


ホワイトビットの命令で『グリッツ』が転進する。

直後、左舷に高々と爆炎が上がった。


「このまま突っ込むぞ!すれ違い様、主砲を撃ち込め!」

「了解!」




「『グリッツ』接近!」

「相討ち覚悟か……迷惑な奴だ」

「とうしますか、司令?」

「共倒れに付き合うつもりはない。取り舵、今度は此方が森の影に隠れよ」

「はっ!」

「『アイリッシュ』は?」

「9時の方角、14000」

「この距離でも撃ってくるかも知れん、目を離すな」

「了解」




「トルティーヤ転進!」

「分かってる!森の向こうに逃げ込まれるぞ!撃て!」

「は、はい」


砲手が慌ててトリガー釦を押す。

主砲から砲弾が発射される。

たが、それ等は『トルティーヤ』の遥か後方に着弾した。砲撃の瞬間、艦が左に傾いたのだ。

『トルティーヤ』は一発も応戦する事なく、まるで『グリッツ』を嘲笑うかのように、そのままスーっと森の影に消えて行った。


「最大船速だ!逃がすな!追え!」

「了解」

「艦長、『インジェラ』から通信、『グヤーシュ』の無力化に成功、合流するとの事です」


通信士が喜色も露に報告する。

だがそれを聞いたホワイトビットは、おでこに掌を当てて天井を見上げた。


「おいおい、マジか……」


そう呟いてから視線を戻し、今度は窓の外をキッと睨む。『トルティーヤ』が消えた森の先を……。


「よし、面舵だ!あの森を突っ切れ!ショートカットする!」

「そんな無茶な!?」

「無茶なもんか。やるんだよ!」

「し、しかし……」


操舵手が躊躇する。

万一、木々に乗り上げたり大木に阻まれたら最後、森の中で立ち往生だ。そうなったら転回も出来ない。

だが、ホワイトビットは大真面目だった。


「お前は悔しくないのか?」

「悔しい……?」

「そうだ。『アイリッシュ』と『インジェラ』は既に敵を倒してる。なのに俺達だけが何の戦果も挙げてない。それを悔しいとは思わんのか!?」

「そ、それは……」


操舵手が言い淀む。

いや、操舵手だけではない。ブリッジの全員が言葉なく項垂れた。

悔しい……と言うより、立つ瀬がなかった。

お膳立てしたとは言え、『アイリッシュ』は既に戦果を挙げている。

正規の軍人ではない。

専門の訓練を受けた訳でもない。

なのに真っ先に『フェイジョアーダ』を倒しているのだ。

これでは同じ軍艦乗りとして……いや、正規の軍人としての威厳が保てない。


「そうだろう?なら顔を上げろ!今なら『トルティーヤ』の側面を付ける。意表も付ける。これが最初で最後のチャンスだ!俺達で『トルティーヤ』を叩くぞ!!」


右手を握り締めながらホワイトビットが力説する。

それを受けて操舵手が真っ先に吠えた。


「あぁ、もう!分かりました!行きます!!」


半分自棄になりながら舵を切る。

『グリッツ』が進路を変える。

加速しながら真っ直ぐ突き進む。森はもう目の前だ。


「あぁ、そうだ……大木にだけは引っ掻けてくれるなよ?頼むぜ?」

「知りませんよ!」


にやりと笑うホワイトビットに操舵手が大声でツッコんだ。






「司令……」


『トルティーヤ』のブリッジ。

エリオットが……いや、ブリッジのクルー全員が色を失ってモニターを見上げる。

そこにはカーキ色の船体、『インジェラ』が映し出されていた。


「諦めるな。我々が殺られれば前線に残された兵士達はどうなる」


グリマルディーの指摘にクルー一同がキッとモニターを睨み付けた。

諦め掛けていた心に再び火が灯る。

そうだ。

『フェイジョアーダ』と『グヤーシュ』亡き今、最後に残された自分達が諦める訳にはいかない。

それは前線に残された兵士達の死を意味するからだ。

そんな事はさせられない。

それに此方にはグリマルディー司令もいる。

全員が頼もしげにグリマルディーを見た。

そのグリマルディーは無言でモニターを見上げている。


「『アイリッシュ』の位置は?」

「8時の方角、距離13000!」

「近付かれたか。そろそろ来るぞ、絶対に目を離すな」

「はっ!」

「艦長、最大船速だ。『アイリッシュ』に追い付かれる前に『インジェラ』を叩く。主砲は『インジェラ』に照準、いつでも撃てるようにしておけ」

「了解しました」


艦長の指示で『トルティーヤ』が加速する。

左右の主砲が『インジェラ』に照準を合わせる。その時だった。


「あッ!? 『 グリッツ』です! 3時の方角! 森を抜けて来ます!!」

「何だと!?」


驚いたグリマルディーがバッと右手を見た。

距離にして7キロ……。

森の木々を薙ぎ倒しながら突き進む緑の船体がチラリと見えた。

その主砲がキラリと光る。


「減速だ!!」


グリマルディーが叫ぶ。

目を見開いて窓の外を睨む。

直後……飛来した砲弾が、轟音と共にブリッジを跡形もなく吹き飛ばした。




「『トルティーヤ』沈黙……」


制御を失った『トルティーヤ』は徐々に速度を落とし、やがて森の木々に激突して止まった。

それをホワイトビット始め、クルー一同が敬礼しながら無言で見つめていた。

今は袂を分かったとはいえ、ついこの間までは同じ軍の仲間だったのだ。感傷的になるのは仕方のない事だろう。


「皆、良くやった」


やがて敬礼を解いたホワイトビットがブリッジを見回しながら慰労の言葉を掛けた。

それに対し、誰も言葉を発しない。

特に砲手は罪悪感からか、すがるような目でホワイトビットを見ていた。


「そんな顔するな」

「でも……」

「じゃあ聞くが、『トルティーヤ』は手加減してたか?」


「……いえ」

砲手が小さく首を振る。


「そう言う事だ。だから気にするな」

「はい……」

「それに……やらなければ、ヴィンランドは核を使う。そんな物を俺達が人間と認めた奴等に撃たせる訳にはいかん。そうだろ?」


ホワイトビットの指摘に全員が「……はい」と小さく答える。


「なら、胸を張れ!俺達の勝利だ!」


その言葉に、今度は全員が「はい!」と力強く答えた。







「ふふはははははははは……!!」

「くそ!何だ、あの赤い奴……」

「あれ一機で二個中隊釘付けにするとかありか!?」


アレンのAS、呉藍の重火器に成す術もない敵が悪態を付く。

と言うより、それしかできなかった。

塹壕もない。

身を隠す場所もない。

こんな状況では自らのシールドに隠れて悪態を付く以外にやれる事がなかった。

そんな味方を、総隊長のホーキンスは臍を噛む思いで睨み付けていた。

192機いた筈の味方はその数を減らし、今では50を切っている。

もはや勝ち目がない。

正直、ホーキンスは乱戦になってもここまで一方的にやられるとは考えてもいなかった。

何せASの数は此方の方が圧倒的に多かったのだ。

だが結果は見ての通りだ。

敗因はASの性能だった。機動性が格段に違う。

そして保有する武器。

此方の弾丸はシールドに阻まれ、敵の弾丸は此方のシールドを突き破ってパイロットにダメージを与える。

あの光るサーベルもそうだ。

あれを食らうと問答無用で意識を失う。

こんな理不尽な戦いはなかった。

そんな時だった。



ドドドーーーーーーン!!!

「何だ!?」



突然、心を震わす轟音が戦場全体に響き渡った。

ホーキンスが音のした方角に視線を向ける。

そして顔色を失った。

例の青白のカラーリングのファラフェル級を中心に、『グリッツ』と『インジェラ』が接近していたのだ。

更にその右手には猿族の歩兵部隊も見える。

それは自分達以外の味方が既に全滅した事を意味していた。


「隊長……」


運命を悟った部下がすがるような目でホーキンスを見た。


〈……ここまでか〉


最後に暴れるだけ暴れて死んでやるか。

そうホーキンスが心に決めかけた時、猿族の部隊からエアバイクが6台、白旗を靡かせて接近してくるのが見えた。

辺りがしーんと静まり返る。

いつの間にか銃声は止んでいた。


「武器を下ろせ」


ホーキンスが銃を構える部下を嗜めた。

エアバイクが目の前に止まり、後ろから白いASを纏った男……シンが降り立ったのだ。


「降伏する気になったか?」

「降伏させてくれるならな」

「いい回答だ。安心しろ、ここのワービーストは感染症じゃない。無闇やたらと人殺しはしない」

「感染症……?」

「理性を持ったワービーストって事だ。だから安全は保証する」


そう言って、シンはにやりと笑うのだった。







その時、『パッタイ』からもたらされた報告に、グリーンウッドは我が耳を疑った。


「全滅……?同じ三艦、ASの数は比較にならんのに……全滅したと言うのか?」


そしてこの日……戦力不足を補う為、兼ねてから建造されていた新造艦が完成した。

艦名を『ラフティー』。

それは護衛艦四隻を前後左右に配置し、バッテンの形の橋で繋げたような船で、司令官にはヴィンランドの防衛長官、ポール・パンナボールが内定していた。

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