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見知らぬ空へ  作者: たじま
29/35

25、勝利者

南部戦線、サンアローズ。

ヴィンランド軍の防衛拠点であるこの基地が猿族に占拠され、両軍の間に一大決戦が行われてから一週間が経過していた。


後退後、始めこそサンアローズに籠って反撃の意思を見せていた猿族だが、中破した『シュラスコ』、『グヤーシュ』、それと陣地護衛の為に残った『ファラフェル』を除いたランドシップ四隻からなる艦隊が昼夜を分かず砲撃を加えるとその意志も次第に萎んでいき、遂にはサンアローズから撤退、各家はそれぞれ自分の治める街に戻り暫く守勢に努める事が決定していた。



そのサンアローズから北東に30キロ程離れた地点。

嘗ては海と森に囲まれた小さな漁村だったのだろう。朽ち果てた小屋のような家が数件残っていた。

そんな廃村に森から近づく男が一人。

誰かに追われているのか?

男は頻りに周りを警戒しながら走っている。

そして村に入る直前、突然サッと横に跳ぶと叢に伏せて気配を断った。

そのまま微動だにせず、じっと辺りを伺う。

そして誰も追跡していないのを確認すると這うようにして暫く進み、村に入ってからは物陰から物陰を縫うように進んで一軒の軒下に屈み込んだ。


「大丈夫だ、誰も付けてない」


家の中から声が掛かる。

すると男は鋭い目付きで周りを見回してから、スッと家の中に消えていった。


「どうだ?」


そんな男を別の男が出迎えた。

他にももう一人いるが、その男は無言で壁の隙間から外を伺っている。追跡者を警戒しているのだ。


「駄目だ。もう合流は不可能だな。どうやら撤収するようだ」

「そうか……」


報告を聞いた男が小屋の中を振り向く。

そこには女性が一人、藁草に埋もれるようにして寝かされていた。田家の玲々だ。

かなりの傷を負っているのだろう。その顔は血の気を失っており、息も絶え絶えで、どう見ても重症だった。


「仕方ない。腹を括るしかないな」

「腹を括る?」


男が玲々から視線を戻す。


「薬が手に入らないんじゃ俺達に出来る事は何もない。後は姫自身の力で回復して貰うしかな」

「それは……そうだが……」

「心配するな、我等の姫だぞ?今日まで生きておられるのだ、きっと回復される。俺達は姫が目覚めた時、せめて腹が減らないよう食料を確保しておこう」


そう言って極力明るく振る舞う男に、他の二人も渋々と同意するのだった。







「司令、『シュニッチェル』より連絡。敵軍、撤退を始めました。指示を求めています」


サンアローズから北に20キロ程離れた地点。

サンアローズ攻略部隊、旗艦『フェイジョアーダ』のブリッジでは、司令官のベルトリーニが不機嫌そうにモニターを見上げていた。


「ふん、意外と手間取ったではないか」

「全滅させては意味がありませんので、そこは仕方のない事かと……」

「まぁ、それもそうか。よし、各艦に通達。部隊を前進させよ。優しく森までエスコートしてやれ。但し、敵に接近し過ぎないよう注意喚起を忘れるなよ」

「了解」


通信士が各艦に通達すると、暫くしてASを主体とした各部隊が威圧するようにゆっくりと前進を始めた。


「ところで艦長、例の捕虜達はどうなった?」

「始めは警戒していたようですが、追手が掛からないので安心したのでしょう。既にサンアローズの部隊に合流したのを確認しております」

「ふん、これ見よがしの発信器なんぞに引っ掛かりおって。所詮は下等動物か」

「頭皮に打ち込んだ方が見つかる事は絶対にありません。既に中継機の設置も済んでおりますので、森に紛れても追跡は可能です」


それを聞いてベルトリーニが「ふむ」と満足そうに足を組んだ。


「さて……そうなると、いよいよチェックだな。後は奴等に蔓延するのを待つばかりか」

「潜伏期間は十日です。奴等の街がどこに在るかは知りませんが、発症する前には帰るでしょう。そうすれば……」

「弱ったところを焼き払うのみだな。とは言え、奴等の街を把握するのに一週間は掛かろう。……ヴィンランドに帰れるのは二週間後か……」


ベルトリーニが今度はうんざりしたように呟いた。







「見ろよ!そこら辺にごろごろ死んでるぜ」

「ははっ、人間様に楯突くからこうなるんだよ!」

「へっ、ざまぁ見ろだな」


『パッタイ』の食堂。

怪我をして出撃出来ないASパイロット達が集まり、食堂に設置されたモニターを見上げて歓声を上げていた。

モニターにはサンアローズに侵入した観測ドローンからのリアル映像が映し出されている。それも猿族の兵士達の死体が……。

その死体、見れば傷のない綺麗な死体が殆どだった。

それはその兵士達がミサイルや砲撃以外の手段で死んだ事を意味している。

今回のサンアローズ攻略戦で、ヴィンランド軍は籠城する猿族に対して一切の容赦はしなかった。

通常のミサイルに紛れるようにしてBC兵器を使用したのだ。

建物を破壊され、身を隠す事の出来ない兵士達をミサイルに充填されたウィルスが襲う。

だが、敵がそれに気付く事はない。発症までの潜伏期間があるからだ。

そしてサンアローズから追い立てるように、今度は毒ガスを使用した。

呼吸が出来ず、胸を掻きむしりながら苦しみ、そして死んでいったであろう兵士達。

それは一方的な虐殺だった。

だが、そんな猿族の死体を見て歓声を上げる隊員達。

無理もない。仲間を大勢殺されたのだから。

そんな中にあってアムは只一人、無言でモニターを見つめていた。何故か喜ぶ気になれなかったのだ。

モニターにはまだ子供と呼べる兵士もたくさん映っている。それを見て心がチクリと痛んだ。

何故かは分からない。

あれ等は敵である筈なのに。


あの時も……。


焔秋とか言う男の胸をアインスの刃が貫いた時、何故か心が痛んだ。

不思議なものだった。

直前まで殺し合い、自分も相手を本気で殺そうとしていた。

それなのに、いざ赤髪の男が崩れ落ちると胸が痛んだのだ。

それはまるで、目の前で知り合いが殺されたかのような感覚だった。


「ふん……どうかしてる」


アムはそう呟くと、踵を返して部屋を後にするのだった。







後方支援部隊。

先のヴィンランド軍陣地後に、戦艦『ファラフェル』を中心とした部隊が展開していた。

この部隊の役目は二つ。

一つは勿論、サンアローズ攻略部隊の後方支援だ。

遠くヴィンランドから届いた補給物資を管理し、前線に届ける。

それは戦争で欠かす事の出来ない極めて重要な役目だった。

そしてもう一つ。

それは破壊された二隻のファラフェル級戦艦、『シュラスコ』と『グヤーシュ』を守る事だった。

先の戦いで、この二隻は猿族の機動部隊に捕まりエンジンを破壊された。

そして侵入した猿族との間に白兵戦が展開され、艦内で多くの尊い命が散っていった。

辛うじて生き残ったのは数十名のAS隊員のみ。

乗員は司令官を含めて全滅だった。

だからと言って、これを墓標として廃棄する訳にはいかない。ヴィンランド軍は物資が不足しているのだ。

だから使える物は使う。

例え死んだ兵士達の亡霊が出ると噂され、気味悪がられていたとしても。



「『シュラスコ』の試運転は無事終了しました。これで『シュラスコ』の方はヴィンランドに帰る事が可能です」


『ファラフェル』にある執務室。

この部屋の主、グリーンウッドを前にルーファスがレポートに目を通しながらそう報告した。

それに対し、グリーンウッドは「そうか」と答えたのみだ。

別に興味がない訳ではない。ただ単に疲れていたのだ。

それが分かっているからルーファスも伝える事だけ伝え、早々に退室しようと考えていた。


「次に『グヤーシュ』の方ですが、これも一両日には修理が完了するとの事です。その試運転が済み次第、『ファラフェル』は二艦を伴ってヴィンランドに凱旋する予定です」

「ここの守りの件はどうなった?」

「『シュラスコ』と『グヤーシュ』が無くなれば『ファラフェル』が護衛の為に居座る必要はありません。陣地もあるのです。護衛艦で充分でしょう。一応パンナボール中佐と協議し、ヴィンランドの守備兵を半数引き抜きました。それは今日の便で既に到着しております。それと入れ換えに負傷兵を後退させます。運搬は『シュラスコ』と『グヤーシュ』で」

「ふむ、そうなると後は軍の再編か。そっちの方は?」

「全将兵の七割、ASに至っては半数以上を失いました。特にASは増産が望めない以上、今後は作戦に合わせて各部隊で融通するしかないだろうと……」

「まぁ、それしかないだろうな。で……? ランドシップの方は?」

「それもパンナボール中佐と協議したのですが、二隻の艦長については護衛艦での艦長経験者を充てれば良いだろうと。こちらがピックアップリストです」


そう言ってルーファスが一枚の紙片をグリーンウッドの前に差し出した。


「ただ、艦に乗り込む司令官となると適任者はパンナボール中佐しか居りません。ですので、暫くは他の司令官が兼任すると言う形で……」

「ふむ……仕方あるまいな……」


グリーンウッドが沈痛な面持ちで紙片を置き、次いで指を組んだ。

その疲れきった顔を見た瞬間ルーファスは黙っていられなくなり、レポートを閉じてグリーンウッドに向き直る。


「将軍、出過ぎた事だと理解した上で申し上げます。どうか少しでもお休み下さい」


それを聞いてグリーンウッドがふっと苦笑いを浮かべた。


「自分の事は自分で分かっているから安心しろ、ルーファス」

「ですが……」

「だが、まぁ……お前がそう言うなら儂はよっぽど疲れているように見えるのだろうな。分かった。少し休むとしよう」

「ありがとうございます。では私はこれで」

「あぁ、ルーファス」

「はい」

「敵の街が判明次第、あれを使用する。準備させておけ」

「……承知しました」


敬礼し、踵を返したルーファスが音も立てずに静かに退室する。

それを見届けると、グリーンウッドは背凭れに身体を預け、じっと天井を見つめた。


「全将兵の七割……か……」


そう呟き、グリーンウッドはそっと瞼を閉じるのだった。







「すまんな、忙しいところ……」


一族敗退の一報が入って以来、西寧府の冬袁と今後の方策を練ったり、独自に斥候を放って情報の収集に努めるなど、毎日多忙を極める夏袁。

そんな夏袁にシンが面会を求めたのは、猿族がサンアローズを撤退してから十日後の事だった。


『いや、構わねえ。こっちもそろそろ連絡入れようと思ってたとこだ』

「消息は掴めたのか?」

『あぁ……』


シンの質問に夏袁の言葉が途切れる。

シンはそれだけでおおよその事を理解した。


「夏袁……アムの件で落ち込んでた俺が言うのもなんだが、今は……」

『いや、不思議とそれほど落ち込んでねぇんだ。自業自得みてぇなとこがあるしな。ただ……もっと早く感染症の件が分かってりゃ、別の未来もあったんじゃねぇかってつい思っちまってな……』

「そうだな……」


そこでシンの言葉も途切れる。

双方合わせて数万……いや、ひょっとしたら十数万の人間が死んでいるのだ。関わりのない人間だったとは言え、流石にゾッとする数字だった。


『まぁ、今更だ。悪りぃな、しんみりさせちまってよ。それで?なんかあったのか?』

「いや、孔蓮から気になる事を聞いてな」

『気になる事?』

「ヴィンランド侵攻部隊の連中が、一斉に風邪のような症状を訴えたそうだな」

『あぁ、それか。一斉つっても全員じゃねぇ。毒ガスも使われたらしいからそれの影響か、或いは疲れが出たんだろ。一応、大事を取って途中で休止させてる』

「それなんだが、冬袁殿が慰労に出向くと聞いた。本当か?」

『あぁ、それが命を掛けた連中に対する礼儀だって言ってな。それがどうした?』

「夏袁、その症状……ウイルス兵器かも知れん」

『なに!?』

「室長の話しだが……ジェルに潜ませたウイルスをミサイルでばら蒔き、それに触れると感染するそうだ。そんな兵器リストを見た事があると。俺も……今のヴィンランドならやりそうな気がする」

『おいおい、マジかよ……どうすりゃいい?』

「ウイルスの増殖を抑える抗ウイルス剤があるにはあるが、基本は患者を安静にし、水分補給を絶やさないようにして本人の免疫力で治すしかないそうだ」

『掛かっちまったら面倒って事か。分かった。もう間に合わねぇかも知れねぇが、何とか兄貴に連絡取ってみる。じゃあ、悪りぃが……』

「待て!そんなに数は無いが、さっき言った抗ウイルス剤がある。春……は止めた方がいいか。他の誰かに運ばせるから……」

『いや、それなら春麗を寄越してくれ。俺が直に会って話す』

「……そうか。分かった」

『それじゃあ……』


「夏袁様!大変です!!」


その時、突然扉を開けてパンチが通信室に飛び込んできた。それもただ事ではない、切迫した表情で。


「どうした?」

「せ、西寧府に向かってた連中から連絡です。西寧府の方角に……でっかいキノコのような雲が上がってると……」

「なんだと!?」







ユーラシア大陸の東岸。

ワービーストが蔓延る現在の地球にあって、唯一人類だけが暮らす街、ニュー・ヴィンランド。

そのニュー・ヴィンランドにある軍施設の一室に報道関係者達が集まってガヤガヤと雑談を交わしていた。

話題の中心は、つい一時間程前に突然起こったミサイル発射と思しき数回に渡る轟音。

そしてこれから始まると言うグリーンウッドの演説内容についてだった。

そんなざわめきあう一同が一斉に壇上を見た。ルーファスがマイクテストを始めたのだ。

それが済むとルーファスは部屋の隅に下がり、続けてグリーンウッドと護衛の兵士が入室してきた。

一同が見守る中、グリーンウッドが壇上に上がる。

そしてゆっくりと会場を見回してから正面のカメラに向かって口を開いた。



「ヴィンランドに暮らす市民の皆様、私は軍の最高司令官、ブライアン・グリーンウッドであります。

私が今日、このような形で皆様に時間を取らせたのには訳があります。

それはここに、一つの結果を報告したいと思ったからです。

とは言え、先程突然起こった轟音で既に察している方も多いと思いますが、本日、我軍は猿族共が住む五つの街に向け……核ミサイルによる攻撃を行った事をここに報告します」



それを聞いて報道関係者達が一斉にざわめいた。


核兵器。


それは我々人類に禁忌とされた兵器の名前だったからだ。

そんなざわめく一同を静めるようにグリーンウッドがスッと右手を上げる。

するとモニターには観測気球で撮影された猿族の街が映し出された。

その街に突然閃光が迸る。

爆発の衝撃波が地表を広がり、直後には収縮して上昇気流を発し、やがて巨大なキノコ雲が発生した。

それを報道関係者達は言葉なく見つめる。

間違いない。

それはヴィンランドに保存されている核爆弾の映像と全く同じものだった。



「先日の戦いで我々人類に牙を剥き、数多の同胞の命を奪った憎きワービースト、猿族。

その報復として、我々はご覧のように鉄槌を下しました」



「将軍、ワービーストを殲滅出来たのは喜ばしい事ですが……我々の生活圏、取分けここ、ニュー・ヴィンランドへの影響は無いのでしょうか?」


と、ここでグリーンウッドの演説を遮り一人の報道官が質問を発した。

グリーンウッドはそれに不満気な素振りは一切見せず、質問をした報道官を見、次いで会場全体をゆっくりと見回してから再び正面のカメラを向く。



「皆様の心配はごもっともです。

核による大気と土壌、そして海の汚染。

それが原因で我々の先達は五百年もの間、宇宙に逃れなければならなかったのですから。

ですがご安心下さい。

核攻撃を行ったのは内陸部の街であり、ここヴィンランドからは遠く離れた街ばかり。これによる放射能の影響は皆無であります」


「海沿いの街や此方に影響があると思われた街には核攻撃は行わなかったと?」


「勿論。

それ等の街へはウイルスと毒ガスによる攻撃を行うに止めました。

当然、これでは根絶やしにする事は出来ないでしょうから、頃合いを見計らい再度攻撃する予定であります」



その説明で取り敢えず安心したのか、報道関係者達は安堵のような表情を浮かべた。

それを見てグリーンウッドも小さく嘆息する。

場合によっては核の使用に対する非難と抗議を覚悟していたからだ。

核兵器の使用。

勝つためとは言え、本当にあれを使用して良いものなのか?

グリーンウッドはそう自問自答したものだ。

そしてこの判断が民衆に受け入れられないときは潔く将軍職を辞任しよう。そう覚悟もしていた。

だがそれ等の声は一切上がらない。

きっと皆、自分達にさえ影響が無ければ相手がどうなろうと知った事ではないのだろう。

何せ敵はワービースト。

そんな奴等に対する罪悪感等持ち合わせていないのだ。

やはり自分の判断は正しかった。

そう悟ったグリーンウッドが自信に満ちた目で再びカメラを向く。



「以上の作戦により、南からの脅威は完全に消えました。残す敵は西の猿族の残党と北にいる取るに足らない小部族のみ。

これ等を殲滅すればこの地からワービースト共は一掃され、我々人類には安寧と繁栄が訪れる事でありましょう」




「お疲れ様です、将軍」


演説を終えたグリーンウッドが報道陣の前から退出すると、いつの間にか退室していたルーファスが、スッと身を寄せてきた。

だがグリーンウッドは「どうした?」とは聞かない。

何も言わず先に立って歩き出した。

ルーファスもそれに続く。

そして暫く通路を進み、周りに人が居なくなったところで初めて、まるで独り言のように「何かあったのか?」と聞いた。


「……連中が夕食会と称して会合するようです。場所はサカマチ邸、六時」

「まぁ、そうであろうな。しかし時間と場所まで良く掴んだな」

「グリマルディー司令からの密告です」

「ほう……まだ沈んでもいないのに、随分と見切りが良いな」

「縁を切る良い機会だと思ったのでしょう。既にホルトン中佐に収集をかけております。ご決断を……」

「ふむ……息子を失っても権力ごっこは治らんか。仕方ない。罪状はこちらで何とかする」

「了解しました」







高級官僚が住むヴィンランド屈指の住宅街。

その中でも一際広い敷地内に前将軍サカマチの邸宅はあった。

時刻は既に六時過ぎ。

敷地内の駐車場には政治家や警察、軍関係者の車が十台程止まっており、屋敷の周囲には警備員が多数、インカムを装着して警戒に当たっていた。

その警備員達の右腕、見れば全員がASのデバイスを装着していた。軍から横流ししたものだ。

屋敷の中では既に集まった者達がソファーで寛いでいる。

とは言え、まだ酒は出されていない。皆、素面で歓談している。

その面々が一斉に立ち上がって扉の方を見た。

今回の主宰者、サカマチが現れたのだ。


「グリマルディー達は?」


達とはランドシップの司令官であるグリマルディーとランドン、サーレンバーの事だった。

もっともサーレンバーは先の戦いで戦死しているが。


「本日発令された西部侵攻作戦の集まりがあり、少し遅れるとの事です。サカマチ老……」


サカマチに尋ねられた軍服姿の男が恐縮したように答えた。


「……そうか。まぁ、良い。時間じゃ。皆、あちらに食事の用意が出来ている。続きはあちらで」







その邸宅から遠く、五百メートル程離れた地点のビルの一室に一人の男の姿があった。

身動ぎもせず高倍率の双眼鏡をじっと覗く男。

双眼鏡の中にはサカマチに先導された来客達が次々に指定された席に座っていくのが映っていた。

その男がインカムにそっと手を添える。


「中佐、始まります」


『場所は?』

すると直ぐ様ホルトンから返事があった。


「予想通り西側二階の会場です」

『警護は?』

「客の接待をしている女が五人。それと入口に立って外を警戒する男が一人です。全員ASのデバイスを持ってます」

『分かった。そのまま監視を続けろ。網の設置が終わり次第始める』

「了解」





ジュポン! ジュポン! ジュポン! ……ジュポ!!


「うわっ!?……おいおい、勘弁してくれ……スーツに跳ねちまったよ。絶対これ、臭いが染み付いてるぜ?とほほ……」

「ぶつくさ言うな」

「だってよぉ」


狭い下水管の中。

臭い立つ水面をライトで照らしながら、一歩一歩踏み締めるようにして歩く二人の男がいた。

その身には市街戦に特化したS型のASを纏っている。


「なぁ、いっそホバリングで行かないか?」

「こんな狭い所でか?何かの拍子につんのめってみろ。ここに頭からダイブだぞ?いいから歩け。時間が圧してる」

「こんな所で急げつってもなぁ……だいたい何だよ非常呼集って。今日、彼女の誕生日なんだぜ?今頃はレストランで楽しくお食事してる筈だったのに……それが男二人で下水管?何の罰ゲームだよ」

「恨むならじゃんけんに負けた自分を恨むんだな」

「くそ、フラれたらホルトン中佐に絡んでやる」

「夜は長いんだ。これが終ってから行けば良いだろう?」

「なぁ、それ本気で言ってる?」

「本気も本気さ。あった、これだ」


先導する男が立ち止まって顎をしゃくる。

そこには一辺が70センチ程のダクトがあった。


「てかさぁ、AS四個中隊だぜ?俺等がここで網張る意味あんのかね?」

「しぶといネズミみたいな奴だって言うからな」

「ネズミは俺等だよ……」







「そう言えば先程、西部侵攻と言っていたが?」


食事会が始まり、皆一通りの挨拶が済んだところで背広姿の男が思い出したように尋ねた。


「ふん、あれだけの人員を失っておいて、まだ戦争を起こす気か?」


それを聞いたサカマチが忌々しそうに杯を傾け、そして一気に飲み干した。


「はい。今がワービースト共を殲滅するチャンスだと言っております」

「チャンスだと?いったい何千人の兵士が死んだと思っとる。最早ヴィンランドには余剰と呼べる戦力はない。それともここを空にして遠征する気か奴は?まったく、いい気になりおって」


空になった杯に、スッと寄り添った女が直ぐ様新たな酒を満たした。

それを続け様に煽る。

余程グリーンウッドの上げた功績が気に入らないのだろう。サカマチは不機嫌丸出しだった。


「サカマチ様の仰る通り。あれだけの兵士を失っておるのです。それなのに市民に告げるのは自分達に都合の良い事のみ。既に一部の見識ある者はグリーンウッドに見切りをつけ、サカマチ様へのパイプを求めて私のところにも参っております」


それを聞いたサカマチがニヤリと笑った。


「ほう、誰じゃな?」

「通信機器のバイソン・マクリュアーです」

「ふむ……あそこは先代が亡くなっておったな。よかろう、良しなにしてやれ」

「承知しました」

「しかし、そうなると人員の増産もありそうですな。そこはどうなっておるのです?」


話が一区切りついたところで別の男が軍服姿の男に尋ねた。


「獣人の方ですか?」

グラスを置いて男が尋ね返す。


「いいや、一般兵の方だ」

「今回の戦争で多数の戦死者が出ましたので一気に増産するようです。ランクはA」

「となると、ほぼASパイロットか」


兵士を増産する。

それはヴィンランドでも一部の人間しか知らされていない機密事項だった。

いくら人類にASがあるとは言え、所詮は元からある力や反射速度をアシストするに過ぎない。

それでは獣化には勝てないと悟った先人達はある決断をした。

人間に許された範囲で人間をコーディネートし、身体能力を高める事によりASの性能を飛躍的に上昇させる。

それは人類がワービーストに対抗する為に必要な行為だった。

シンやアム、シャングやカルデンバラック達は知る由もないが、彼等AS隊員の殆どは人工的に身体能力を調整され、人口受精されて産まれた人間だった。AS隊員に施設出身者が多いのはその為だ。

そしてそれを極限まで尖らせたのがアインス達と言う訳だ。

もっとも、彼等は獣人の遺伝子を組み込んだ為、人間のカテゴリーから外れた扱いとなってしまっているが。


「しかし、そうなるとまた予算を圧迫するな」

別の男がうんざりしたように呟く。


「既に遺族への保証で予算は赤字確定です」

「また我等の報酬を減らす気か?あの男は……」

「そもそもだ、そこまでして奴等を根絶やしにする必要はあるのかね?」

「それだ。評議会は公に認めてないが、グリッツの連中が生きて帰った時点で、ワービースト共が見境なく人間を殺すという情報が嘘であったと市民には知れ渡っておる。感染症の件が漏れるのも時間の問題と見て良い」

「そこにきて毒ガス、ウィルス、更に動けなくなったところに核ミサイルを撃ち込む……。些かやり過ぎと思われても仕方ありませんな」

「いっそここで和平路線に切り替えるべきでは?」

「奴等と共存しろと?」

「勿論、一時の方便です。奴等と和平し、資源を手に入れ……」

「裏では密かに戦備を整える……か」

「グリーンウッドは認めないでしょうな」

「あいつは復讐者じゃ。認めんじゃろうな」

「確か……娘がワービースト共に殺されたとか?」

「まぁ、間接的に……じゃがの」

「私怨で舵取りを誤られては我等はいい迷惑ですな」

「やはり、そろそろ退役願う時期ではないでしょうかな?」

「私もそう思います」


皆が食事の手を止め一斉にサカマチを見た。


「どう思われます? サカマチ様」

評議員の男が一同を代表して尋ねた。


「あ奴が大人しく辞職するとは思えんが?それとも……力ずくで将軍の座から引き摺り降ろせとでも?」


サカマチが冗談とも取れる言葉で返した。一座の反応を見ているのだ。


「致し方のない事かと……」

それに対し、評議員の男が真顔で答える。


「ふむ……皆もそう思うか?」

「はい。今こそ……いえ、今だからこそ、サカマチ様が再び立って我等を導かれる時ではないでしょうか?きっとグリマルディー達もそれを望んでおります」


我が意を得たり。

皆の同意を得たサカマチがニヤリと笑った。


「と、なると……グリマルディー達が西に駆り出される前か……どれくらい集まる?」


それはクーデターの宣言だった。




館の警備を任されているのは退役軍人のメイスンと言う男だった。

元AS隊中隊長で腕は立つ。

その男がふと気になって窓際に移動した。

右手で室内の灯りを遮り、そっと窓の外を伺う。そして眉を潜めた。

庭にASのデバイスを持たせた警備を三人配置していたのだが、その姿が見えなかったのだ。直後、


「ーーーッ!?」


メイスンが跳び退くのと同時に窓ガラスがバスッ!と割れた。


「ご老公を護れ!!」


叫びながら壁の死角に跳び込んだメイスンがASを起動する。

防弾ガラスを突き破る程の威力。

相手は対車両用の大型銃を使用している。

となると間違いなくASだった。


「うわぁ!?」


軍服姿の男が悲鳴とともに尻餅を付いた。

後ろに立っていた女が狙撃され、胸がバッ!と爆ぜたのだ。

身の安全を確保せず、ASを展開しようとして間に合わなかったのだ。


「間抜けが……」


倒れる女を見てメイスンが舌打ちする。

今の初撃で二機のASを失った。

しかも、これだけの騒ぎにも関わらず表の警備が駆け付けて来る気配がない。既に無力化されている証拠だった。


「メイスン!これはどう言う事だ!?」

狼狽したサカマチがメイスンに怒鳴りつける。


「どうやらグリーンウッドに先手を打たれたようです。私が援護します。落ち延びてグリマルディーの元へ!」


叫ぶと同時にメイスンがバズーカを呼び出した。それを扉の脇の壁に向けて放つ。


ドンッ!!


壁が吹き飛び、粉塵が舞う。

瓦礫の下にはASを纏った男が二人気絶していた。


「バルビエ、シールド!!」

「はっ!」


女の一人が廊下に踊り出て二枚の盾を構えた。直後、その盾に多数の弾丸が襲い掛かる。


「ご老公、今のうちです!リヒター、先導しろ!アーリス!」

「はっ!サカマチ様、こちらへ」


アーリスに促されたサカマチが通路の奥へと向かう。

それを見て背広姿の男が慌てた。


「待て、メイスン!私達を置いて行く気か!?」

「狙いはご老公だ。お前達は部屋の隅で大人しくしていろ。その方が生存の可能性は高い」


そう言いながらメイスンが再びバズーカを構え、壁に撃ち込んだ。廊下の敵を排除する為だ。

突然壁と共に仲間が吹き飛び、バルビエを銃撃していた敵が怯んだ。

その隙にバルビエが一気に距離を詰める。


「はぁあああ!!」

「ぐあ!?」


シールドごとタックルを食らった敵が後頭部を壁に打ち付け気絶した。

それを見たもう一人の敵が銃を構える。

その男に、壁に開けた穴からメイスンが斬り掛かった。


「がっ!?」


男の頬にメイスンの武器が突き刺さり、悲鳴と共に引き摺り倒された。

それは奇妙な武器だった。

先端が直角に曲がっているのだ。まるでバールに鍔を付けたような得物。

それを顎の骨に引っ掛け、頭蓋ごと引き倒したのだ。たまったものではないだろう。


「バルビエ、角を二つ後退す……」


ドンッ!!


振り返ったメイスンの目の前でバルビエが吹き飛んだ。

メイスンと入れ替わりに敵が窓から侵入し、バルビエに向けてバズーカを放ったのだ。


「何だ……? 誰かと思えばメイスンじゃないか。とっくの昔に野垂れ死んだと思ってたが……こんなところで飼われてたんだな」

「ーーーッ!? 」


薄ら笑いを浮かべる男を見てメイスンの表情が変わった。

怨みがましい目でキッと睨み付ける。


「 ホルトン、貴様……」

「相変わらず悪趣味な武器だな。残念な性格は相変わらずか? そんなんだから軍を追い出されんだよ」

「貴様が追い出したんだろうが!」

「そりゃ、誤解だ。そんな性格だから周りに煙たがられたんだって気付けよ」

「ほざけ!」


メイスンが武器を構えて一気に距離を詰める。

散開した敵がミサイルポットのような物を担いだのを視界の端に捉えたからだ。

そんな物、接近すれば使えまい。

そう高を括ったメイスンの視界を遮るように、ワイヤー入りのネットが射出された。


「なっ!?」


それに絡み取られたメイスンが堪らず転倒する。

それは南部戦線で猿族が使っていた対AS用の捕縛武器だった。

今回の戦争に参加していないメイスンは、その存在を知らなかったのだ。

網から逃れようと暴れるメイスン。

そのメイスンの右腕を踏みつけ様、ホルトンが銃口を押し付けた。


ドンッ!

「ぎゃあ!?」


メイスンの手首がデバイスごと吹き飛び、ASが光の粒子となって消える。


「拘束しろ」

「はっ!」


立ち上がったホルトンが部下に命じた。

それを右腕を抱えながら睨み付けるメイスン。

そのメイスンと一瞬目が合った。直後、


ドガッ!!

「がっ!?」


突然、ホルトンがメイスンの顎を蹴り上げた。

拘束しようと一歩目を踏み出した部下達の足が止まる。更に、


ドンッ!


倒れたメイスンの頬に銃口を押し付け、ホルトンが引き金を引いた。

そして即座に口中に指を突っ込み、何かを引き摺り出す。


「きひゃま!ほろへ!ほろへ!!」


メイスンが暴れながら何かを叫んでいた。

大方「殺せ!」と言っているのだろう。

呆気に取られる部下達。

その一人にホルトンがメイスンから引き摺り出した物をポンと放った。


「……これは?」

「自爆装置のスイッチだ。こいつは悪趣味でな、よく捕虜の体内に爆弾仕込んでたんだよ」

「爆弾!? よく……分かりましたね?」

「俺を道連れに出来るのがよっぽど嬉しかったんだろうよ。ニヤリと笑いやがった」

「なるほど……」


部下が自爆スイッチを見、次いで拘束されたメイスンへと視線を移す。

手首と顎を吹き飛ばされても暴れるメイスンに、部下は執念のようなものを感じてゾクリとするのだった。


「ターゲットは?」

「今、A2とA4が交戦中」

「外からA5を向かわせろ。絶対に逃がすな、殺せ」

「はっ!」

「ホ、ホルトン……貴様、このような事をして、ただで済むと思うなよ?」


メイスンが制圧されたのを見た評議員の一人が立ち上がり、ホルトンを威嚇するようにしてキッと睨み付けた。

それに勇気付けられたのだろう。倒れたテーブルの物陰から食事会の参加者達が次々と顔を出す。


「ふん、蛆虫共が……」

「ホルトン!?」

「どうやら貴殿方は自分の置かれた立場が分かっていないようですな?」

「何だと……!?」


男が固まる。

ホルトンが右手を上げると、部下達が一斉に銃を構えたのだ。


「国家反逆は死罪。確か……あなた方が政敵を葬る為に決めた事でしたな?」

「ま、待て!?」


直後、部屋の中に銃の乱射音が響き渡った。







「いたぞ!」


敵の叫び声と共に銃弾が襲い掛かる。

それをアーリスが盾でもって防いだ。


「サカマチ様!」


リヒターがサカマチの手を引いて今来た通路を引き返す。

地下の駐車場へ向かっていたのだが、既に敵が回り込んでいたのだ。


「どうするのだ! 足が使えんぞ!」


サカマチは明らかに狼狽していた。

グリーンウッドがここまでの手段に出るとは考えていなったのだ。

ほぞを噛むリヒター。

ここに来るまで一人の味方も現れない。

これでは応戦どころか、逃げるので精一杯だった。


「リヒター、車は無理だ!サカマチ様をあそこへ!」


後ろの敵に手榴弾を放りながらアーリスが叫んだ。直後、建物がドンッ!と揺れる。


「それしかないか……」


敵は建物の周囲から次々と侵入してくる。身動き出来なくなるのは時間の問題だった。その前に囲みを突破する。

リヒターが立ち止まって、そっと角の向こうを伺った。

誰もいない。


「サカマチ様、こちらへ」


リヒターが先導したのは建物の中心へと向かう通路だった。

実はこの館には、こういった時の為に抜け道が作られていた。そこから脱出しようと決めたのだ。


「リヒター!?」


アーリスが叫ぶ。

誰もいないと踏んだリヒターが通路の中程まで進んだ時、突然左手の扉が開いて行く手を遮ったのだ。

驚くリヒターの脇腹に銃口が押し付けられる。


バララララララララッ!!


ガクンと膝を付くリヒターに足払いを掛け、倒れたリヒターを盾にして二機のASが銃撃を加えてきた。

アーリスがサカマチの手を引いて隣の部屋へと飛び込む。完全に通路を塞がれてしまったからだ。

そして右手に呼び出した手榴弾を扉に向かって放り投げ、同時に呼び出したバズーカを左肩に担いで奥の壁へと撃ち込んだ。


「急いで!」


アーリスが粉塵舞う壁の穴へと飛び込む。遅れてサカマチが続く。

後ろに手榴弾を放り投げ、通路を曲がって走り続けて再び角を曲がる。ゴールは目の前だ。


「サカマチ様、そこへ!」


アーリスが弾幕を張りながら壁のダストボックスを指差した。

躊躇しながらもサカマチが取っ手を掴む。その時、


コンッ……コンッ……コロコロ…………。


サカマチの足元に手榴弾が二個放り込まれた。

一瞬、それが何なのか分からず動きを止めるサカマチ。


「サカマチ様!?」


咄嗟に動いたのはアーリスだった。

二個の手榴弾に飛び付いたのだ。

そしてそのまま手榴弾を抱えて踞る。直後、


ボンッ!!


腹に響く振動と共にアーリスの体が一瞬浮き上がった。

白い煙がアーリスの腹部からもうもうと立ち上る。

確認するまでもない。即死だった。


「己れ!グリーンウッド!!」


サカマチが吠えながらダストボックスに飛び込んだ。

それを見た敵が慌てる。


「くそ、逃げられた!?」


駆け寄った男が直ぐ様ダクトの中に発砲するが、チュイン!と跳弾して戻ってきた。既に出口は塞がれていたのだ。


「ホルトン中佐へ連絡しろ!!」




「覚えておれ!このツケは高く付くぞ!!」


狭いダクトを滑り落ちながら、サカマチはグリーンウッドへの復讐を誓っていた。だが、


バシャッ!!


「……おいおい、もっとお上品に落ちて来れないのかよ……」


逃げ切ったと安堵しかけたサカマチの頭に、ゴリっと銃口が押し付けられた。


「こちら待ち伏せ班、ターゲット確保」

『生かしておく必要はない。殺せ』

「了解」


両手を上げて震えるサカマチが最後に見たのは、淡々と銃を構える二人の男の姿だった。






「回収したか?」


サカマチ邸の地下駐車場。

ポンチョに納められた十数人の遺体に歩み寄りながらホルトンが尋ねた。


「こちらです、中佐……」


それに答えた兵士が腰を下ろし、足元に転がるポンチョのジッパーを摘まむ。そして一気に開いた。


「……間違いないな。サカマチだ」


ポンチョの中身を確認したホルトンがほくそ笑む。

これで永年の懸案事項だったサカマチを排除出来たのだ。もうグリーンウッドの地位を脅かす者は誰も居ない。


「これで足場は固まったな。よし、以後はポリスに引き継ぐ。AS隊は輸送車の前後を警備だ。撤収する」

「はっ!」







ヴィンランド軍による長距離攻撃の一報から六時間。

ここリンデンパークにあるスフィンクスの邸では、今後の方策を検討する会議が始まろうとしていた。

出席するのはスフィンクス、勘十狼、シンの他に、ラッセン、ホワイトビット、ひめ子の艦長勢、AS隊のカルデンバラックとリーディア、末席には大牙とレオと狼郎もいる。

そして壁に掛かった三つのモニターにはツインズマールの虎鉄とラルゴ、北淋の夏袁と孔蓮、そしてスクヤークのヒョウマがそれぞれ映し出されていた。

その一同が揃って扉を見る。


「失礼します」


そう言ってシャングが入室してきたのだ。


『シャング、春麗の様子はどうだ?』

開口一番、夏袁がシャングに尋ねた。


「大丈夫だ。ただ二、三時間でいいから時間をくれと……」

『なら大丈夫だ。あいつは甘えん坊だが、芯はしっかりしてる。言葉通り二、三時間で復活すんだろ。じゃあ始めようか、スフィンクス殿』

「うむ」

スフィンクスが頷く。


「どこまで進んだ?」

「これからだ。お前を待ってた」

「そうか……すまん」

「気にするな。皆も春を案じてたんだ」


シャングがシンの横に腰掛ける。

それを待ってからスフィンクスが一同を見渡した。


「では始めよう。先ずは夏袁殿、西寧府他の状況から報告願おうか」


スフィンクスが口火を切り会議が始まった。


『まだ詳細は分からねぇが、全滅ってこたぁねぇだろう。そっちは続報が入り次第ってやつだな。それよりシン、ありゃ何だ?』


夏袁が尋ねると皆の視線が一斉にシンに集まった。


「結論から言うと、核爆弾だな。規模からいって、スリーエフ……水爆ってやつだ。室長にも確認済みだ」

『水爆? 大昔の大戦で使用されたって言う、あれか?』

『そんなの話に聞くだけで見当もつかんが……』


夏袁と虎鉄が腕を組んで黙り込む。

他の者達も同様だ。

聞いた事はあっても知識として知らないのだ。


「シン達は知っておるようだな?」

「はい。軍の授業で古い映像を見ただけですが……」

「しかし、そんなのどっから?少なくとも、ヴィンランドには核関連の施設は無かった筈だ」

シャングが首を傾げる


「一つ確認しときたいんだが、ホワイトビット艦長、それとギル、リーディア、この事は?」

「いいや、知らされていない」

「あぁ」

「同じく」


ホワイトビットとカルデンバラック、リーディアが揃って首を振る。


「となると……最近手に入れたと言う事か。なるほど、それで南部戦線か」

「南部戦線?」

「そもそもだ、何でヴィンランドは南を目指す?」

「なんでって……鉱物資源目的で……」

「それだ。鉱山なら北部だ。だが大戦中の資源枯渇作戦で地形の変わる程攻撃を受けた。だから秘密裏に開発の進んでいた南部の鉱山を手に入れる。俺達はそう知らされてきた。だが地盤ごとひっくり返されたとは言え、鉱物が無くなった訳じゃない。現に俺達はそこから資源を得ている。なのに……何でヴィンランドは南部の資源に拘る?」

「それは……」

「きっと、何かがあったんだ。どんな犠牲を払っても手に入れなきゃいけない何かが……」


「まさか……核の貯蔵施設?」


「或いは単純にミサイル基地か……かな」


シャング始め、ヴィンランド出身者達が一斉に黙り込んだ。

確かに言われてみればそうだ。

資源目的なら態々猿族と事を構えてまで南に拘る必要はない。

だが、その拘りもシンの推察通りだと辻褄が合った。

要はヴィンランドは対ワービースト戦の切り札を手に入れようとしていたのだ。


いや……既に手に入れた。

と言うべきか……。


もっとも、その矛盾も此方に来て北部の鉱山事情に詳しくなったからこそ、おかしいと思えるようになったのだが。


「今さら入手経路をあれこれ詮索しても仕方あるまい。ヴィンランドは超長距離の攻撃手段を持っている。それを踏まえた上で次を考えよう」

「次……と言いますと?」

「決まっておろう。ヴィンランドの目的は我等ワービーストの殲滅じゃ、となると……」


「先ずは北淋ですかな。どこに在るかは未だに知らぬだろうが、あの街の存在事態は昔から知れていた。大まかな位置も。そこを叩く……或いは位置を突き止めてミサイル攻撃。それで猿族はお終いだ。そしたら後は北……って、ところですかな」


ホワイトビットが発言した。

誰も口には出さないが、西寧府が核攻撃を受けたのだ。南にある他の猿族の街も同じような状況だろう。

ワービーストが獣人兵の遺伝子を持ってる以上、放射能への耐性を持っているのは間違いない。

だから全滅と言う事はないだろうが、敗戦に次ぐこの追い討ちで完全に戦力としての驚異は無くなった。

そうなると、残る猿族は夏袁のいる北淋だけだ。

ここを叩けば猿族はほぼ壊滅。長年の因縁に終止符が打たれる。


「シンよ、敵の規模はどの程度と見る?」

「南を無力化し、後顧の憂いがないですからね。ランドシップの半数は出て来るのではないでしょうか?それも近いうちに」


ラッセンとホワイトビットが無言で頷く。

ヴィンランドから千キロ以上も離れた戦場だ。戦力の逐次投入など考えず、一気に片を付けにくるのは明らかだった。


「ファラフェル級が三隻から四隻……」

「護衛艦が最低でも二隻づつ付く。そうなると、今までにない規模の艦隊だな」


シャングとカルデンバラックが腕を組んで唸った。

ASだけでも300~400機はいると言う事だ。


「夏袁殿、そちらの出せる戦力は?」

『歩兵が五千ってとこかな』

「ふむ、論外じゃな。よかろう。シンよ、こちらの全艦隊を北淋の防衛に回せ」

『そりゃ……』


夏袁が驚いてスフィンクスを見た。

夏袁としては助かるが、これでは乾坤一擲の大勝負になる。


「よろしいのですか?」


シンが一同を代表して念を押した。

もしここで艦隊を失えば、こちらは反撃の力を失うからだ。

それに対しスフィンクスがにやりと笑った。


「シンよ、ここで出し惜しみしても始まるまい。それに今なら全ての戦力を結集出来る。北淋が健在な今ならの」


確かに。

北淋が落とされれば、南部の生き残りを結集さそる事も不可能になる。

そうなれば後はじわじわ、真綿で首を絞められるようにして各個撃破されていく事だろう。


「虎鉄殿、ヒョウマ殿、北淋は夏袁殿とシン達に任せ、我等はクラックガーデンを目指そう。あそこを落とせばヴィンランドは西への足場を失う」


『はっ!』

『承知しました』

虎鉄とヒョウマが頷く。


「もはや猶予も後もない。座して死を待つつもりもない。出てきた艦隊を叩き、クラックガーデンを落としてヴィンランドを孤立させ、しかる後に全ての力を結集してヴィンランドを陥落させる。皆、異存はないな?」


その場の全員が頷いた。

ヴィンランドが人類禁断の兵器である核使用に踏み切った以上、二度目の使用に躊躇はないだろう。

そんな相手にこちらの街の在りかを知られる訳には行かなかった。

あれを二度と撃たせてはならない。

それはこの場にいる全員の共通した認識であり、使命のようなものだった。

人類が住む、この大地を再び汚染させない為に。







「あの野郎!ナメてんのか!!」


『パッタイ』の執務室でバカラが吠えていた。

側には艦長のベンソン。そして机の上には一枚の紙片がある。

それは今回の作戦で手柄を立て、昇進した兵士達のリストだった。

それをくしゃ!と丸めてゴミ箱に放り込む。


「あのくそ野郎め……」

「しかし……司令がそんなにお怒りになるとは思いませんでした……」

「あん? 俺は理屈に合わねぇ事が嫌いなだけだ。いいか? 奴等は今回の一番の功労者だぞ? 俺達が生きてんのは奴等のお陰と言っても過言じゃねぇ。なのに何で奴等の名前がねぇ?」

「いや、私に言われましても……」


ベンソンが苦笑いを浮かべる。


「それがなんだ!彼等は獣人と罪人だ?そんな彼等に褒賞を与えたら他への示しがつかないでしょう?ふざけてんのか、ルーファスの野郎!あいつ等を差し置いて褒賞貰う俺等の方が示しが付かねぇてんだ!」


バカラがここまで怒り心頭な理由……それは今回の褒賞、昇進リストに零番隊の名前がない事だった。


「で、ですが司令……そんなの貰えるかって昇進を辞退されても……」

「じゃあ、お前は胸張って貰えんのか?ベンソン少佐殿?」

「いや、確かに後味悪いですが……」


ベンソンが口隠る。バカラの言う事ももっともだったからだ。

だが、事は軍上層部で決定した事だ。

当然、最高司令官であるグリーンウッドもこのリストには目を通している。

それに異議を唱えてもバカラの立場が悪くなるだけだった。

特に先日サカマチ一派を粛清し、軍での足場を固めたグリーンウッドの、それもよりにもよって懐刀であるルーファス少佐……いや、昇級した今は中佐だが……。

とにかく、そのルーファス中佐に逆らうのはどうかと思えた。

だからベンソンは必死に思案を巡らせた。

軍上層部の顔を立てた上でバカラも納得するような解決策を……。


「な、なら司令……司令の権限で何か褒賞を与えるってのはどうです?」

「あん?俺の権限で何を与えろってんだよ?」

「あ、いや……そこまでは……」


切り返されてベンソンが言葉を詰まらせる。褒賞の中身までは考えてなかったのだ。

だがその時、突然バカラがニヤリと笑った。きっと何か閃いたのだろう。

その顔を見てベンソンがしまった!?と内心慌てる。

どう見てもいたずらを思いついた子供の顔だったのだ。


「あ、あの……司令? 私、なんかまずいこと言っちまったみたいで……」

「いや、ナイスだベンソン。そうだよ……これは俺に与えられた権限だ。なら奴も文句は言えねぇだろ……へへ」


ベンソンの頬を冷や汗が伝う。

きっとルーファス中佐に一泡吹かせ、それでいて何も言い返せないような事を思い付いたのだろう。

それが何だかは知らないが、せめて波風が立てない事を祈るばかりのベンソンだった。







パ、パァン!


アムがヴィンランドの造兵廠から出て来ると、それを待っていたかのように車のクラクションが鳴り響いた。


「どうした!?何かあったのか!?」


車に駆け寄りながらアムが尋ねる。

ツヴァイの運転するバギーにアインスとノインの姿まであったからだ。

だが返ってきたのは呑気な返答だった。


「お前を迎えに来たんだよ、ランダース」

「私を……?」


アムが怪訝な表情を浮かべる。

零番隊の面々とそこまで親密になった覚えはない。

なのに自分を迎えに来た。その理由が分からなかったからだ。


「とりあえず乗れ、ランダース。ここで問答してると目立つ」


ツヴァイがアムを促した。

確かに数人の軍関係者達が此方を見ている。自分達の顔が知れてるからだろう。


まぁ、態々迎えに来てくれたのならありがたく好意に甘えるか。


そう判断したアムが後席に乗り込む。

すると車はその場から逃げ出すようにして走り出した。


「碧瑠璃……」

「うん……?」

「装備を換えたそうだな?」


走り出してすぐ、ツヴァイがアムに尋ねた。

アムが『パッタイ』の整備主任の伝で、造兵廠から何かを融通して貰ったのを知っていたからだ。


「換えたんじゃない。新しく登録して貰っただけだ」

「武器をか?」

今度はアインスが尋ねる。


「いや、F型のスラスターだ。私の倒さなきゃならない敵はワービーストじゃない。ASだからな。機動性を上げておきたかった」


それを聞いてツヴァイがふっと笑った。


「なるほど、碧瑠璃はやたらと容量あるからな。スロットが余ってて羨ましい限りだ」

「別にその場で換装しなくても、今の装備にスラスターを追加すればいいだろう?敵への接近は容易になる」

「ランダースみたいにロングレンジ主体ならそれでもいいが、格闘戦主体の俺達があんなの付けてみろ、接近してから邪魔なだけだよ」


アインスがツヴァイに代わって笑いながら答えた。


「まぁ、そんなもんか。ところで、これは何処に向かってるんだ?港じゃないよな?」

「ちょっと散歩でもと思ってな」

「散歩……?」


アムが眉をひそめる。

こんな塀の中で散歩もあるまいと思ったのだ。すると、


「ほらほら、見えてきた!」


ノインが前方を指差した。

そこはフェンスで囲まれた一面の原っぱだった。

但し、広い。

ツヴァイの運転するバギーがフェンスの手前で左折する。

フェンスは道に沿って遥か向こうまで続いていた。


「あれかな?」


アインスに言われてアムが視線を移せば、原っぱの中央……フェンスから1キロは奥まったところに、鋼鉄製のプールのような施設がチラリと見えた。


「あれって……例のか?」


アムが施設を望みながら呟く。

それは人類の切り札……核ミサイルの発射施設だった。


「こんな辺鄙な所に穴なんか掘って、何やってるのかと思えばな……」

「移動車両に載せてないんだね?」

「必要ないだろ。ヴィンランドの中から外に出す事はないんだ」


ツヴァイとノインが興味深気に視線を送ってるその脇で、アムがつまらなそうに「……ふん」とそっぽを向いた。

それを見たアインスが苦笑いを浮かべる。


「ランダースは興味無かったようだな」

「ない。私が興味あるのは北のワービーストだけだ。そっちはいつ侵攻するんだ、アインス?」

「西の猿族を殲滅してからだ」

「また寄り道か……まったく、私はいつになったら敵に会えるんだ?」

「そう焦るなよ、ランダース」

「うるさい! お前達と違って私にはリミットがあるんだ、焦るのも当然だろう!」

「まぁ……それもそうか」


アムに言い返されてツヴァイが口隠る。アインスとノインもだ。

何せアムの指定された日時まで、残り二ヶ月を切っている。


「ランダース」

「何だ?」

「西の遠征が終われば、そのまま北に取り掛かるらしい。作戦中に期限が来ても、態々強制送還まではさせないだろう」

「まぁ、そうかも知れんが……」

「だから大丈夫だ。安心しろ。俺達もいるんだ、お前の敵は必ず倒す」

「そうだな。大船に乗った気でいろ」

「そうそう」


「え……?」


アインスとツヴァイ、ノインに思いがけない言葉を掛けられアムがキョトンとする。まさに鳩が豆鉄砲を食らったような顔だった。


「どうした?」

「……あ、いや……その……すまんが、当てにさせて貰う……」


そう言って照れ隠しにドア枠に頬杖を突き、外の景色に視線を移すアム。

いつの間にか発射施設のフェンスは無くなっていた。







「では『パッタイ』と合流するまで、戦端は開くなと仰るのですか?」


これが最後になるであろう、西部遠征隊の出発を翌日に控えた昼過ぎ。

ここ統合作戦本部にあるグリーンウッドの執務室に、今回の遠征隊総司令官、ベルトリーニが訪れていた。


「先行した偵察隊の報告によると、猿族が構築を始めた陣地に寄り添うようにして『グリッツ』が確認されたそうだ」

「何ですと!?『グリッツ』が!?」

「そうだ。そしてそこから導き出される答えは一つ。少なくとも北淋とか言う街の猿共は感染症ではなく、他の種族と協力体制にあると言う事だ」

「で、ですが将軍……たった一隻ランドシップがあるからといって、此方が躊躇する理由は……」


「一隻だけだと思うかね?」


グリーンウッドが目を細めてベルトリーニを睨む。


「あ、いえ……プラントをも強奪したのを考えますと、『インジェラ』を修理して隠し持っている可能性もありますが……」

「それだけではない。もう一隻あるだろう? 我々が西部で無くした船は」


「まさか……『アイリッシュ』まで?」


ベルトリーニが信じられないと言った表情でグリーンウッドを見つめた。

何せ『アイリッシュ』が行方不明になったのはプラントが強奪される遥か昔だ。


「可能性としての話だ。だが万一持っていた場合、船の数は互角になる」

「将軍、いくら船があろうと、我等精鋭が船の扱いも分からんような連中に遅れを取るとは思えません」

「私は万全を期したいだけだ、ベルトリーニ司令。今後を踏まえ、遠征と同時進行で例の場所に本格的な基地を造る事が決定したのは君も知っているだろう?『パッタイ』はそこに資材を降ろして来るだけだ。一日遅れで合流出来る。だからそれまで待ちたまえと言っているのだ」

「……それは……私だけでは心許ないと?」

「そうではない。バカラ大佐は今回の遠征の副将だ。そして戦術に長けた男でもある。彼は必ずや君の力になるだろう。今回も……そしてこれからもな。その彼を使いこなし、見事ワービースト共を殲滅してくれたまえ。期待しているぞ、ベルトリーニ司令」


そう言ってベルトリーニを諭すグリーンウッド。

だがベルトリーニは、どうしても納得がいかなかった。

グリーンウッドに信頼されているのはバカラの方だと思えてならないのだ。

しかし、ここでそれを顔に出す訳にはいかない。

グリーンウッドの内心がどうあれ、口では自分に期待していると言っているのだから。


「……分かりました。必ずや奴等を殲滅し、将軍の期待に応えてご覧に入れます」

「うむ、頼むぞ」


グリーンウッドが差し出す手を取り、固く握手を交わすベルトリーニ。だが、


何がバカラに相談してだ……私一人でも出来る事を見せてやる。


ベルトリーニがそう固く心に誓っていた事をグリーンウッドは知る由もなかった。


(おまけあとがき)


西部遠征を三日後に控えたこの日、ここ統合作戦本部ではベルトリーニ、バカラ、グリマルディーの各司令官を交えて最後の協議が行われようとしていた。

その道すがら、


「よう、ルーファス中佐殿、お前さんも今からか?」


会議室へと向かっていたルーファスを呼び止める声が通路に響き渡った。


〈……バカラか〉


ルーファスが内心「はぁ……」と溜め息をつく。

アルザック・バカラ。

別に苦手と言う訳ではないが、性格的に乱暴であまり反りの会わない人間だったのだ。

とは言え、挨拶されて無視する訳にもいかない。

大の大人が、それも軍の中枢に身を置く自分がそんな個人の感情で人に接して良い訳がない。

だから最大級の愛想笑いを浮かべ、挨拶するべく振り向いた。


「お疲れ様です、バカラ……大……佐……!?」


そのルーファスの表情が、愛想笑いのままピキッ!と固まった。

何故ならバカラが零番隊の面々を引き連れていたからだ。


「あん?どうしたんですかな?ルーファス中佐殿?」

「あ、あの……彼等は……?」

「ん?あぁ、こいつ等か。只の護衛だよ、護衛。最近物騒だからなぁ、ヴィンランドもよ」

「ご、護衛……?」


司令官が護衛にAS隊員を選ぶのは良くある事だ。

それはいい。

だがその護衛が、よりにもよって零番隊とは……って、おい!?


「バ、バカラ大佐!ちょっと、こちらへ!!き、君達護衛はここから先は立ち入り禁止だ!そこで待機していたまえ!!」


突如、ぎょっ!と顔色変えたルーファスがバカラの袖を取って慌てて通路の角に消える。

そして零番隊の面々が見えなくなったところで顔を真っ赤にして振り向いた。


「な、何を考えてるんですか!バカラ大佐!!」

「あん、何がだ?」

「惚けないで下さい!なぜ彼等は首輪をしていないんです!?」

「首輪?そんなの必要ねぇからに決まってんだろ」

「必要ないって……あんな奴等を首輪も無しに野放にするなんて、何かあったらどうするつもりです!?」

「なんかあったら俺の所に来い。俺が責任取ってやる」

「責任って……」

「いいか?あれは奴等を貶める為のもんじゃねぇ。司令官に逆らったり、万一危害を加えそうになった時の為の、謂わば抑止力だ。だから司令官である俺がスイッチを握り、司令官である俺にスイッチを押す権限が与えられた。違うか?」

「そうです。だから……」

「だから外した。もう必要ねぇって判断したんでな。それにお前さんがとやかく言う資格はねぇ」

「で、てすが……」

「なに怯えてんだ。安心しろって。奴等だって理性ある人間だ。別に捕って喰やしねぇよ」

「そ、それはそうかも知れませんが……」

「まぁ、もっとも……個人的に恨まれるような事してたら知らねぇけどな」

「個人的に?」

「そうさなぁ……例えば、無闇やたらと貶めて、人間の尊厳を傷付けたとか……」


ギクッ!


「嘘の情報信じ込ませて、鼻で笑いながらこき使うとか……」


ギクギクッ!!


「まぁ……そんなせせこましい事を軍の中枢にいる人間がする訳ねぇだろうけどな。だろ?中佐殿?」

「も、勿論……」

「そうだよな!悪りぃりぃ、変な例え出しちまってよ」

「い、いえ……気にしてませんので……」

「そんじゃあ中佐殿、皆さんお待ちかねだ。こんな所でいつまでも立ち話ししてねぇで、とっとと行こうぜ」


そう言って笑いながら去って行くバカラをルーファスは恨みに満ちた目で見送るのだった。

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