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見知らぬ空へ  作者: たじま
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24、南部戦線(後編)


「伝令!焔秋様は何処に居られます?焔秋様!」

「ここだ!」


敵の右翼部隊。

その最前列のトーチカを占拠した焔秋が二段目に取り掛かろうとしていた時、ふと自分を呼ぶ声が耳に入った。

何事かと思って振り向けば、それは皇袁直属の部下だった。


「確か亮伴のとこの奴だったな、どうした?」

「申し上げます!劉大元様、敵動甲冑の大部隊に取り囲まれ、脱出叶わず戦死されました!」

「何だと!?」

「現在、劉家は大混乱。我ら皇袁様の指示で劉家の後詰めに参っておりますが、手前主人では劉家の兵達に指図する訳にもいかず、どうか焔秋様にご沙汰をと黄亮伴の伝言でございます」


「くそがっ!成り損ないめ!!」


その時、『シュニッチェル』の撃った砲弾が着弾し、凄まじい轟音と共にトーチカの一つが吹き飛んだ。

そんな所に隠れてないでとっとと掛かって来いよ。

まるでそう嘲笑うかのような攻撃に焔秋がワインレッドの船体をキッと睨む。

今にも駆け出しそうな雰囲気で。


「なりません!焔秋様!!」


それと察した滔林が逸早く釘を刺した事で辛うじて踏み留まる。

だが怒りの感情が渦巻いているのだろう。

歯を食いしばりながらグッと拳を握り絞めていた。やがて、


「シャアアアアアアーーーーーーーーーーーーッ!!」


大きく息を吸った焔秋が天に向かって吠えた。

それは怒りを静める時に良く使う焔秋の手だった。

肺の中の空気と一緒にイライラを全て吐き出すのだ。


「焔秋様、お気持ちは察しますがここは逸らず、負けぬ戦を……」

「ふぅ!……仕方ねぇ。俺はちょっとあっちに出向いて劉家を立て直してくる。亮伴に兵権引き継ぐまでお前が仕切れ」

「承知しました。ですが焔秋様、その後は……」

「後方で指揮に専念しろってんだろ?言われねぇでも分かってる」


部下から馬の手綱を受け取りながら焔秋が答えた。


「それを聞いて安心しました。皇袁様には此方から伝えておきます」

「ああ、そんじゃあ頼むぞ。来い!唐逍、范秦!」

「はっ!」







「左翼『シュラスコ』より入電、敵がトーチカ第三線まで占拠、指示を求めてます」


それを聞いたマクレガンがコクリと唾を飲み込んだ。

あれだけ何段階にも構え、鉄壁と思われた防御陣。

それが残すはトーチカ一段のみとなってしまったのだ。

しかもそれを突破されるのも時間の問題だろう。


「『シュラスコ』に連絡。トーチカを放棄し、AS隊を伴って全速で10キロ後退せよ」

「りょ、了解……」


その命令にブリッジの全員が息を飲んだ。

トーチカを放棄する。

それはそこに籠った兵士達を見捨てると言う事だったからだ。


「情は捨てろ。左翼を立て直さんと全戦線が崩壊する。『グヤーシュ』に連絡。現時点を持って陣地を放棄、護衛艦を伴って東に移動しながら『シュラスコ』を追撃する敵に砲撃を加えさせよ。『トルティーヤ』は現地点に踏み留まって戦線を維持だ。マクレガン、こちらも東に2キロ移動して『シュラスコ』を援護だ」

「了解しました」


そうだ。

これは人類の生存権を賭けた争い。

ならば躊躇してはならない。

我々は何としても勝たねばならないのだ。人類の種を絶やさぬ為に。

それに彼等の死は決して無駄にはならない。

何故ならランドシップの連携による砲撃は彼等以上の損害を敵に与えるのだから。


「『フェイジョアーダ』に連絡、護衛艦を残して5キロ東に移動。『ファラフェル』の抜けた穴をフォローさせろ」

「了解」


この期に及んでも冷静さを失わず的確な指示を出し続けるグリーンウッド。

そのグリーンウッドにマクレガン他ブリッジの一同は安堵のような安心感を覚えた。だが、


〈皆、気付いているのだろうか……?〉


グリーンウッドの後ろに控えたルーファスが冷めた目でブリッジを見回した。

もしこれで敵を支えきれなければグリーンウッドの言うように全線が崩壊する。

そうなったら此方の負けだった。

当然ながらグリーンウッドは気付いている。

永年グリーンウッドに仕えてきたルーファスにはそれが良く分かった。

そしてグリーンウッドの秘めた決意も……。


〈こんな所で将軍を失う訳にはいかんな……〉


今、この場にホルトンは居ない。

人手不足から、AS隊隊長として野戦陣に回されていたからだった。

ならば自分がやらねばなるまい。


〈将軍には不本意でも生きて貰う。まだ此方にはニュー・ヴィンランドが残っているのだから……〉


そう決意したルーファスは踵を反すと、そっとブリッジを抜け出すのだった。

AS隊を指揮するホルトンと秘かに連絡を取る為に。







戦場全体を見渡せる小高い丘陵。

突撃待ちを装った二百騎程の騎馬隊の中に猿族の大族長、孫皇袁の姿があった。

その周辺には同じように突撃待ちを装った集団が五つ、秘かに皇袁を警護しながら待機している。


「皇袁様、こちらの目論み通り、後方の四つ足三隻が東に移動を開始しました」


副官の來千が駒を並べながら呟いた。


「どうやら見つかっておらんようだな」

「眼の良い者に空を見張らせております。ご安心を。それに何より、今は目の前の敵を支えるのに手一杯で遠くに目を向ける余裕等ないでしょう」

「ふん。なら我等の勝ちだな。で……?後どれ程だ?」

「一時間といったところかと」

「そうか。どうやら午後には決着が付くようだな」

「いえ、そこまで掛からないかも知れません」


來千が戦場の東を眺めながら笑みを溢した。

それを追って皇袁が視線を移せば、煙を吐くトーチカの脇を駆け抜けて行く獣化隊の集団がチラリと見えた。


「呉徇儀殿でした。一気に決める気なのでしょう」

「ふっ……先を越されそうだな」

「やらせておけばよろしいかと。これは手柄を競う戦ではありません故」

「焔秋は不満だろうがな」

「大元殿には気の毒ですが、きっと滔林や呼成もホッとしている事でしょう。大将が先陣切って戦われては部下の神経が持ちません」

「何だ?儂に言っておるのか、來千?」

「そう取って貰って結構です。皇袁様に万一の事があれば、それは我が方の敗けを意味します。どうかご自重下さい」







「見つけたぞ、成り損ない!」


トーチカの兵士達が第三線に下がるまでの時間を稼ぐ。

その役目も終えたダダノマがAS隊に後退の指示を出そうとした矢先、煙に紛れて接近した男に突然斬り掛かられた。

咄嗟に刃を受け止めながらダダノマがちっと舌打ちを漏らす。

斬り掛かって来た男が先程刃を交わしたワービーストだったのだ。


「もう逃がさんぞ」


徇儀が牙を覗かせながら獰猛に笑う。


「逃げたんじゃねぇ。見逃してやったんだろうが。勘違いすんな……エテ公!!」


それを先程と同じようにスラスターを全開にし、刃ごと徇儀を押し返すと同時に刃を一閃させる。

だが先程と同じくかわされてしまった。


「ふん、減らず口を」


距離を取って余裕の表情を見せるワービースト。

それを睨み付けながらチラリと周囲を伺うと少なくとも二十人の獣化がいた。


〈やるしかねぇか……〉


ダダノマが右手の大剣を構える。

こうなっては仕方ない。

せめて獣化だけでも排除、若しくは後退させなければ自分達も下がれなかった。

何故ならこのまま後退すれば敵の獣化隊も一緒に陣地内に招き入れる結果になるからだ。


「こいつは俺が殺る!お前等は他の奴を排除しろ!」


叫ぶなり一瞬で距離を詰めたダダノマが渾身の力で以て刃を振るった。だが、


ガキンッ!


ひょいと片手を上げた徇儀に難なく受け止められてしまった。


「まるでそよ風のような一撃だな。もっと本気を出せよ、成り損ない」

徇儀がダダノマを嘲笑する。


「猿が……意気がってんじゃねぇ!!」


直ぐ様振り被ったダダノマが再び剣を振り下ろす。

二撃、三撃、四撃……それを無造作に、意図も容易くあしらう徇儀。端から見ても力の差は歴然と思えた。

やがてダダノマの一撃を下から弾いた徇儀が、そのまま大きく剣を振り上げた。


ドガンッ!!


「ちっ……馬鹿力が……」


咄嗟に剣で以ってガードしたダダノマだがその衝撃は凄まじく、肩から腰、足まで抜けて足の裏が地面にめり込む程だった。


「良く凌いだな?腕ごとへし折ってやるつもりだったんだが」

「これでも風呂上がりの牛乳は欠かした事がねぇんだよ!」


仕切り直す為、刃を跳ね上げてから瞬時に下がるダダノマ。

徇儀は特に追って来ない。余裕の表情を見せている。


「なら先ずはその自慢の細腕からへし折ってやろう」

「やれるもんなら、やってみろ!」


大剣を掴んだ右手をスッと後ろに引きダダノマが一気に詰め寄る。

そして地面を踏み締め様アッパースイングのようにブンッ!と斬り上げた。

地面を剣先で削りながら。

ダダノマの大剣と巻き上げられた小石が徇儀を襲う。だが、


「甘いわ!」

「ーーーッ!?」


礫など一切気にせず踏み込んだ徇儀にガッチリと右手を掴まれてしまった。


「宣言通り、先ずは右腕だ」

徇儀がニマリと笑う。


「くそが!」

血相を変えたダダノマがサッと左手を引いた。

その手が光の粒子を纏いながら再び突き出される。ナイフを呼び出したのだ。

だが瞬時に反応した徇儀は咄嗟に刃を捨てるとその手も掴んでしまった。


「ふん、これで両手だな」


両手を拘束したまま徇儀がグッと力を込めた。

途端にビキッ!とアームが軋みダダノマの両手から武器がこぼれ落ちる。

絶体絶命のピンチ。

だがそこでダダノマの顔が薄気味悪く笑った。


「そんなに欲しいのかよ?」

「うん?」

「なら……呉れてやらぁ!」

「なッ!?」


徇儀が驚愕に目を見開いた。

何故ならダダノマが地を蹴って後退したのだ。徇儀に両手を掴まれているにも関わらず。

見ればダダノマの両手の肘から先がない。


〈義手ッ!?〉

そう悟った直後だった。


ドバンッ!!

「ぎゃあッ!?」


ダダノマの義手が爆発し、徇儀の肘から先が吹き飛んだ。爆弾が仕込んであったのだ。


辺りがシーンと静まり返る。


突然起こった爆発音と悲鳴に、周囲で死闘を演じていた者達も戦いの手を止めてしまったのだ。


「貴様……その腕……」


その静寂を破るように徇儀が唸った。

歯を食いしばり、腕からボタボタと血を滴らせ、よろりと後ず去りながら。

その徇儀を追い詰めるようにダダノマがゆっくりと歩を進める。

だらりと下げた両手に光の粒子が集まり新たな腕が現れた。

しかも右手には既に剥き身の大剣が握られている。


「俺の両手はな……とっくの昔にねぇんだよ。てめぇ等に引き千切られてな!!」

「ぐあっ!?」


無造作に振るった大剣が徇儀の両足を切断した。

膝から下を失った徇儀が悲鳴と共に崩れ落ちる。


「貴様、この俺をなぶるか! 一思いに殺せ!!」

「嫌だね。俺様はこう見えて博愛主義なんだよ」


形勢逆転。

徇儀を小馬鹿にしながらダダノマがニヤリと笑った。

そして周囲を振り返る。


「何呆けてんだ!敵の大将は倒したぞ!雑兵共を蹴散らせ!!」


「「おぉおおおーーーーーーッ!!」」


ダダノマの一括で我に返ったAS隊が呆気に取られていた獣化隊を圧倒した。

心の支えである徇儀を失ったからだろう。敵は余りにも脆かった。

大勢は決した。

最早獣化を殺し尽くすのに時間は掛かるまい。

そう判断したダダノマが徇儀の前にスッとしゃがみ込んだ。

そして頭髪を左手で掴んで頭を引き起こすと、両目をギロリと剥き出して睨み付ける。


「覚えとけ。俺の名前はダダノマだ。ネショレ・ダダノマ。絶対忘れんじゃねぇぞ?」


それだけ言うと徇儀の頭を手放して立ち上がる。


「いいか? 生かしてやったんだから毎朝毎晩、ダダノマ様ありがとうございますって感謝の祈りを捧げんだぞ?分かってんな、お猿さんよぉ?ひゃあっはぁはっはっは……」


徇儀の頭をコツンと爪先で小突いてから立ち去るダダノマ。

そのダダノマの背中に向かって徇儀が吠えた。


「貴様!俺を殺して行け!殺せ!殺せぇえええ!!うぉおおおおおおーーーーーーーーーっ!!!」


成す術もなく地面に這いつくばって鳴き叫ぶ徇儀。

その慟哭は戦場全体に悲しく響き渡った。







「『グヤーシュ』砲撃を開始。敵の足が鈍りました」

「よし。数は居るが半包囲だ。一溜まりもあるまい」

「マクレガン、砲撃を抜けて接近する奴がいるやも知れん。注意せよ」

「はっ!前方の護衛艦隊に通達、敵が接近した際は必ず二隻以上で連携して当たれ。取り付かれたらAS隊にて対処させる。決して慌てぬように」

「はっ!」

「全戦線の戦況を確認したい。モニターに映してくれ」

「了解しました」

「将軍、何か気になる事でも?」


三分割で表示されたモニターを見上げながらマクレガンが尋ねる。


「いや、『トルティーヤ』が心配だったのだが、どうも正面の勢いが衰えたように見えるな」

「言われてみれば……確かに」

「息切れしたか?」

「人海戦術とはいえ、兵士の数も無尽蔵ではありません。部隊の一部を左翼に回して流石に駒不足になったのでしょう」

「代わりに右翼後方が押し込まれつつあるな」

「ベルトリーニ司令から敵の大将を殺害したと連絡があった時は一気に殲滅するかと思われましたが、どうも持ち堪えたようです。やはり『フェイジョアーダ』が抜けたのが大きいかと」

「只の部隊長だったのだろう。これなら正面はグリマルディーに任せて大丈夫そうだな。よし、『フェイジョアーダ』には別命あるまで右翼に専念させよ」

「了解しました」


右翼も左翼も予断は許さぬ状況だが全戦線で何とか均衡を保っている。このまま持ち堪えれば敵は減っていく一方だ。

これなら何とかなる。

ブリッジの全員がそう安堵し掛けた時だった。


「しょ、将軍!前方に新たな敵が……」

「なに!?」


グリーンウッドとマクレガンが揃ってモニターを見上げた。そしてギクリと顔色を変える。

確かに地平線に土煙が見えるのだ。


「数は!? 算出出来るか!?」

「そ、それが……推定五万です……」

「五万!?」


マクレガンが力なくシートに凭れ掛かる。


「奴等、この期に及んでもまだ……そんなに戦力を隠し持っていたのか……」


そう呟くグリーンウッドの顔も血の気を失って真っ青だった。







「駄目だ……右翼も抜かれた……」


ベンソン始め『パッタイ』のクルー全員が唖然としてモニターを見上げている。

敵の増援。

それが来るまでに左翼を殲滅しようと強引に攻めに転じたものの結局は押し切れず、逆に『グヤーシュ』艦隊が群がる敵に追い掛け回される羽目になった。

『シュラスコ』と『ファラフェル』も『グヤーシュ』程ではないが似たような状況だ。

そんな矢先、手薄になった右翼後方の護衛艦群が敵に飲まれた。

その敵が後ろから回り込み、今は『シュニッチェル』の陣地が窮地に立たされている。

『フェイジョアーダ』が援護の砲撃を加えているが防衛線が崩壊するのも時間の問題だろう。

現在、中央の『トルティーヤ』だけが辛うじて戦線を維持しているが、周りを敵に囲まれていては何時まで持つか疑問だった。


「俺達……負けるのか?」


誰かがポツリと呟いた。

敵の増援が到着するまで三十分。

それが戦場に雪崩れ込めば勝利の天秤は一気に猿族側に傾くだろう。

誰もが諦めかけたその時、


「うるせぇな。狼狽えてんじゃねぇよ」


ざわめき始めた一同をバカラが静かに嗜めた。


「司令……」

「湿気た面してんじゃねぇ。もっとシャキッとしろ、ベンソン」

「ですが……」

「まだ負けた訳じゃねぇだろ。諦めんな。それより見ろよ、大分分かって来たぜ」

「分かって来た?」

「敵の指揮系統だよ。一つ確かなのはうちの将軍みてぇに全体を統轄する奴はいねぇて事だな」

「総司令官がいない?」

「これだけ広範囲だからな。但し、部隊を指揮する奴はいる。数から言って五人。いや……三人だな。それを叩く」

「叩くって……でも何処にいるんです?」

「この際、東は無視する。もう手遅れだしな。そこでだ、中央はバレバレだな。こいつだ」


バカラがキーボードを操作してモニターを切り替えると、担ぎ込んだ人を囲って慌てふためく集団が映し出された。

余程重要な人物なのだろう。伝令と思われる兵士が四方八方に駆けて行くのが見える。


「問題は西だ」


そう言ってバカラが映像を切り替えた。

すると今度は『シュニッチェル』前面に展開した部隊全体が映し出された。


「普通に考えりゃあ、ここだ」


バカラが一つの部隊を丸で囲った。

確かに本陣らしい旗もあり、偉そうな人物が馬に跨がっているのも望見できる。


「地理的に見ても、部隊に指示を出すにもいい場所だ。周りに陣取った部隊の数も多い。だが、いかにもって感じがな……」

「フェイクだと?」

「それが分からねぇから困ってる」


バカラがドカッと足を組んで思案に耽る。

敵の親玉を殺るにしてもチャンスは一回きりだ。

此方の戦力は限られてる上に、もしも逃せば人の波に紛れて二度と発見出来ないだろう。


「こっちの存在が知れるのは避けてぇとこだが、躊躇してたら機を失うか。仕方ねぇ、ミサイルぶち込め」

「旗の所ですね?」

「あそこは一発でいい」

「一発だけ?」

「そうだ。代わりに廻りに展開した全部の部隊にも一発づつぶち込め。奴等の反応を見る」

「了解。ミサイル装填!目標、魚鱗に構えた各集団!」

「照準よし」

「撃て!」


ベンソンの号令と共に『パッタイ』からミサイルが発射され、間を置いて敵部隊にミサイルが降り注ぐのがモニター越しに見えた。

その敵部隊。


「見たか、ベンソン?」

「はい。自分の部隊そっちのけで左を振り返ったようでした」

「そうだ。親玉は左翼のどっかだ。あっちの騎馬隊か?……いや違う。あっちの歩兵か?くそ、あと一手足りねぇ」


「し、司令!? 『フェイジョアーダ』がゆっくりと後退を始めました!!」


「あんだと!?ベルトリーニの野郎、臆したか!?おい、『フェイジョアーダ』に繋げろ!」

「了解」





「司令、『パッタイ』から通信。司令を出せと言ってます」

「『パッタイ』?バカラか?」

「はい」

「……無視する訳にもいかんか。モニターに回せ」

「はっ!」


通信が繋がると同時にモニターからはバカラの非難するような目が降ってきた。

それに負けじとベルトリーニがキッと睨み返す。


『おいベルトリーニ、どこ行く気だ?』

「我が部隊は護衛艦を失っている。敵に接近される前に一旦後退し、体制を立て直す」

『後退するって、味方を置いてどこまで後退する気だ?ヴィンランドまでか?』

「それは……」


ベルトリーニが口隠る。

味方を置いて……と言う言葉に良心が咎めたのだ。


『一言言っとくぞ。今後退したら『シュニッチェル』は愚か『トルティーヤ』もお終いだ。こっちは総崩れ。お前は敗戦の引き金を引いた張本人として全ての責任を押し付けられんぞ』


「馬鹿な……」


『いいか?俺は止めたからな?警告は一回きりだ』

「だ、だがバカラ……この状況では最早手の施しようがないぞ?」

『いいや、手はある。起死回生の一手がな』

「起死回生の一手?」

『古今東西、戦ってのはな……大将の首を獲った方が勝ちなんだよ。そんで、そいつはお前さんの目の前だ』


そう言ってバカラが解析した中央部隊の本陣データを送った。場所は『トルティーヤ』の前方一時の方角、約2キロ。

だが周囲は敵だらけな上に接近中の増援部隊の進路上だ。少しでも手間取れば脱出出来なくなるだろう。


「あそこに!?無理だ!?」

『いいや、無理じゃねぇ。今なら『トルティーヤ』と『シュニッチェル』の間を抜けて一気に近づける。それが出来る位置に居るのはお前だけだ。ビビるな、行け。それで俺達は勝てる』

「しかし……」


ベルトリーニが躊躇する。

こんな捨て身の作戦、どう考えても正気の沙汰とは思えなかったのだ。


『そんな顔すんな。お前一人を逝かせねぇよ。こっちも今から左翼に突撃してお前さんを援護する。本陣叩けばこっちの勝ちだ。そうすりゃ、お前は人類救った英雄だぜ?』

「英雄……?」

『この敗戦必至の戦況をひっくり返して奇跡の勝利を呼び寄せんだ。当然だな』

「…………」

『それとこれも言っとくぞ。ここで負ければ、例えヴィンランドが残ってても人類は滅びる。絶対にな。となりゃ死ぬのが今か後かの差だ。卑怯者として死ぬか、英雄になるか。お前はどっちがいい?』


バカラに決断を迫られベルトリーニがゴクリと唾を飲み込んだ。

確かにこのままでは負ける。

それはベルトリーニも薄々感じていた事だ。

ならバカラの言うようにここで一世一代の賭けに出るのも悪くないかも知れない。そう思ったのだ。

いや……思わされたと言うべきか?


「……分かった……やろう。但し、援護の件……忘れるなよ?」

『ああ』


珍しく神妙な表情でバカラが頷いた。





ベルトリーニの言質を取ったバカラは通信を切ると神妙な顔から一転、いつものふてぶてしい顔付きになってシートにドカッとふんぞり反った。


「さぁて、奴さんが動けば左翼も陣形変える。これではっきりすんだろ」

「あんな脅した上に嘘の情報教えて、よろしいので?」

「あん?親玉の一人はいるんだ。丸っきり嘘って訳じゃねえだろ。それに、ああでも言わねぇと本気出さねぇからな。忘れんなよ、ベンソン。俺達の目的は人類が生き残る事だ。特定の個人じゃねぇ」

「ちょっと気の毒な気もしますな」

「あいつがあそこに突っ込めばこっちの親玉の在りかも分かる。そこを俺らが叩けばあいつも生き残る。結果、人類が生き残る。チャンチャンってな。んな訳だ、俺達も行くぞ!ベンソン!」


「はっ!総員、第一種戦闘配置。『パッタイ』エンジン始動、最大船速で敵左翼を目指せ!」


「了解、『パッタイ』前進します!」

「おい、零番隊発進だ!」




けたたましい警報音が鳴り響き、ASデッキで待機を命じられていた隊員達がビクリと身体を震わせた。

皆緊張で顔が強張っている。

バカラの判断で現在の戦況が包み隠さず報告されていたからだった。


『これより本艦は敵左翼部隊に攻撃を開始する。零番隊のみ先行、各機発進位置へ。繰り返す。零番隊のみ先行、発進位置へ』


「出番だ。行くぞ」


アナウンスに耳を傾けていたアインスが一同を先導してカタパルトに向かった。

ツヴァイ、ノイン、アムの三人も後に続く。

すると四人のASにコールサインが点灯した。


『時間がねぇ、簡単に状況を説明すんぞ』

それはバカラ本人からのものだった。


『先ず今の戦況だが、はっきり言って良くねぇ。問題は敵さんの数だ。予想以上に多過ぎる。只でさえ手一杯な所に更に五万の援軍が接近中ときたもんだ。それが来たら俺達は負け。全滅だな。そこでだ。起死回生の一手として中央集団と左翼の大将の首を獲る事にした。で、俺達の受け持ちは左翼だ』


そこで各々の目の前の空間に地形図が映し出された。此方の右翼部隊、『シュニッチェル』の右手側に赤い光点が幾つか点滅している。


『当たりは付けた。この何れかだ。が、分かんのはここまで。それをおめぇ等に探って貰う。勿論、攻撃もだ。なんで発進したらおめぇ等は上空で待機だ。敵陣は俺が引っ掻き回してやる。その隙に探れ。そんでここが本陣だと思ったら連絡しろ。一回だけ主砲をぶち込んでやる。後はおめぇ等の判断で突撃しろ。こっちの事は気にすんな。敵の大将の首獲る事だけ考えてろ』

「了解」

『以上だ。なんか質問は?』

「ありません」

『そうか』


そこでバカラの言葉が途切れた。アインスが「……?」と無言で首を傾げる。

あのいつもの歯切れのいい命令口調が鳴りを潜め、妙にしんみりした雰囲気がインカム越しに伝わってきたからだった。すると、


『……悪ぃな、いつも貧乏くじ押し付けてよ』

「ーーーっ!?」


アインスとツヴァイが思わず顔を見合わせた。

あの傲岸不遜なバカラの口から謝罪の言葉が出たのだ。

それだけ今回の作戦とも言えない作戦は難易度が高く生還率は低いのだろう。

だが構わない。やるだけだ。

何故なら自分達零番隊は人類の先駆けとして造られたのだから。


『よぉし!そんじゃあ一丁頼むぞ!行け、零番隊!』

「了解!」


いつもの口調に戻ったバカラに背中を押されアインスがカタパルトに跨がる。

不思議なものだった。

司令に頼られている。

そう思うだけで妙に気力が充実してくるのを感じた。


「零番隊アインス、Xー01、発進する」

『進路クリアー、Xー01、発進よし!』

「発進!」


直後、アインスの機体が一気に押し出され大空へと舞い上がって行く。


『続けてXー02発進!』


アインスに続いてツヴァイが、そしてノインとアムも続けて発艦して行く。

それに続く者はいない。

たった四人での出撃だった。





「大丈夫ですかね……」


上空高くに進路を変えた零番隊をベンソンが心配そうに見送る。


「今は任せるしかねぇだろ。もし失敗すればここで死ぬだけだ。言ったろ?死ぬのが今か明日かの差だって。分かったらおめぇ等も覚悟決めろ!行くぞ!」


「「はっ!」」


バカラの発破にブリッジの全員が気合いでもって応える。


「おい、敵さんまでどれくらいだ!?」

「12000!ただし小さな起伏が多く、視認はもう少し先になると思われます」

「好都合だ」

「司令、攻撃は?」

「準備だけさせとけ。今撃ち込むと敵の陣容が変わる」

「了解」

「司令!『フェイジョアーダ』が突撃を敢行しました!」


解析官の報告にバカラとベンソンが揃ってモニターを見上げる。

するとちょうど『フェイジョアーダ』が『トルティーヤ』と『シュニッチェル』の間の空白地点に差し掛かるところだった。それを見て敵が明らかに狼狽した。

それぞれ相手にしていたランドシップの他にもう一隻、それが突然加速し、事もあろうに玉砕覚悟で突撃しようとしているのだ。当然だろう。


「よぉし!慌てろ慌てろ!」

「司令、左翼部隊が『フェイジョアーダ』に備える為に陣容を変えます」


その中で小高い丘に陣取った二つの騎馬隊だけが動かない。


「敵の親玉はあのどっちかって事か。よし!」


モニターを睨み付けながらバカラがインターホンの受話器を持ち上げた。


「おいマッケンジー!出番だ!全AS率いて『フェイジョアーダ』の右手の敵に横槍入れろ!」

『あ、あそこにですか!?だけど司令、そんな事したらこっちの被害が……』

「おめぇは連隊長だろうが!トップが一々命令に難癖つけてんじゃねぇ!グダグダ言ってねぇでとっとと行け!!」


「りょ、了解!」


連隊長のマッケンジーを怒鳴り付けたバカラは続けてモニターに表示された敵の配置図をキッと睨み付けた。


「ベンソン、俺達は騎馬隊の手前に陣取った奴に突撃だ」

「あそこに!?」

「戦線を広げて零番隊が動きやすいようにしてやんだよ」

「ASの援護も無しでは無茶です」

「覚悟決めろっつたろ。ただし絶対に足を止めんなよ。全扉及び各区画閉鎖だ。それと全ドローンを通路に配置しとけ。これで本陣が手薄になる」







「あッ!? 『シュラスコ』、脚が鈍りました!?」

「なに!?」


総本部の設置された『ファラフェル』のブリッジで、グリーンウッド他全員がモニターを見上げた。

猿族の機動部隊にまとわり付かれながらも何とか凌いでいた『シュラスコ』がついに捕まったのだ。


「ダメです、『シュラスコ』完全に停止!右舷後部デッキに被弾した模様!」

「ミサイル照準!周囲の群がる敵に攻撃だ!」

「はっ!」


艦長が大慌てで攻撃を命ずるが脚の止まったランドシップ、しかも単艦ではあの敵の数は支えきれない。それは『グヤーシュ』が既に証明していた。

「『グヤーシュ』はどうなっている?」


沈痛な面持ちでグリーンウッドが尋ねる。


「音信不通です。既にブリッジでも白兵戦が始まってるのかと……」

「……そうか」


通信士に答えたグリーンウッドが周りに気付かれないよう小さなため息をついた。


〈ここまでか……〉


最早、我が軍は各艦隊が各々の敵を相手にするのに手一杯で組織立って攻撃するのは出来なくなっていた。

ここに、あの増援が殺到したらこちらは敗けだ。

それは分かっている。

分かっているのだが、正直手の打ちようがなかった。

万策尽きたのだ。そんな時だった。


「将軍、『フェイジョアーダ』のベルトリーニ司令から通信です」

「なんだ?」

「我、敵本陣を発見。これより突撃を敢行する。以上です」

「『フェイジョアーダ』が?」







「焔秋様!? 黄色い四つ足が突貫を!?」

「くそっ!? 最後の足掻きか!?滔林、部隊率いてお前も行け!」

「ですが焔秋様、先程の探るような攻撃が気になります。ここが手薄になるのは……」

「さっき徇儀が重症だって連絡が入った。如分も東に回したままだ。飛麟だけじゃ増援が来る前に崩されかねねぇ」

「ですが……」

「呼成もいるんだ。心配しねぇで行ってこい。それよりあれが進路を右に取ると親父が危険に晒される。急げ!」

「了解しました」







その焔秋の居る陣地の遥か手前。

上空高くに傘を逆さにしたような物体が静かに浮かんでいた。下から見えないよう光学迷彩されたフロートだ。

そのフロートに足を掛け、零番隊が雲の切れ間からバカラの指定した地点をじっと睨みつけていた。


「どっちだと思う、ツヴァイ」

「セオリー通りなら後方だが……」


アインスの問いにツヴァイが言い淀む。

『フェイジョアーダ』の接近に伴い敵の部隊が陣容を変えた。

その中で全く動かない騎馬隊が二つ。

そのどちらかが本命なのだろうが、ここから見ているだけでは正直判断が付かなかった。


「やってみるしかないか……」

「外れたら指揮官は健在だ。敵は一糸乱れず反撃してくるぞ?」

「その時はその時だ。みんな一緒に死ぬだけだ」

アインスがふっと笑った。


「……それもそうだな」

「うん」


常に死ぬ覚悟は出来ているのだろう。

ツヴァイとノインも釣られて笑みを溢す。

そんな中にあってただ一人、アム一人だけがつまらなそうに「……ふん」とそっぽを向いた。


「ランダース、俺達と一緒じゃ不服か?」

「私には生きる理由がある。こんな所で死ぬつもりはない。……が、まぁいい。……どの道私の命は半年ないんだ。付き合ってやる」

「素直じゃないな」

「うるさい!ツヴァイ!」

「へいへい」

「ランダース、今のは覚悟を言ったに過ぎないんだが、お前の境遇では冗談に聞こえなかったようだな。すまなかった。ただこれだけは言っておく。俺達も死ぬつもりは毛頭ない。お前も含め、皆で生き残ろう。どうだ?」

「……分かった。……私もその……少し大人気なかった。すまん」

「……ツンデレ(小声)」


ギロッ!


「最近思うんだけど……二人って意外と似てるよね?」


ギロッ!×2


「うわぁ!? ごめん!今のなし!!」


アムとツヴァイの殺意の籠った瞳に睨まれてノインが慌てて前言を撤回する。

そんな三人を笑顔で見つめていたアインスだが、突然その表情がキッと引き締まった。心を切り替えたのだ。


「さあ、遊びはここまでにしようか」


そのアインスを見て三人も心を引き締める。そしてアインスにコクンと頷いて見せた。


「Xー01より本部へ、砲撃支援を要請します」

『決めたらとっととデータ送れ。こっちも今から突貫するとこだ。以後の支援は出来ねぇからな。それと一々報告は不要だ。結果だけ知らせろ』

「了解」







「妙だな……」


焔秋がスッと目を細めて戦場を見渡した。

周りでは激しい戦闘が今も続いている。

前方のワインレッドの四つ足は劉家と孫家の猛攻を受け息も絶え絶えながらも未だ抵抗を続けている。

右手では突撃してきた黄色い四つ足に加え、新たに参陣した動甲冑の大部隊が皇袁直属の部隊に攻撃を仕掛けてきた。

それに対し、四つ足に向かっていた滔林が横槍を入れた為、あっちは現在乱戦に近い状態だ。

そんな中、焔秋のいる陣地と皇袁本陣廻りだけが妙に静かだったのだ。


「……嫌な予感がすんな。……バレたか?」


焔秋が呟く。

直後、その表情がギクリと固まった。

焔秋が慌てて振り向けば、化鳥の鳴き声のような音が猛スピードで頭上を越えて行った。


「しまった!?」


それは等は瞬く間に皇袁のいる本陣に着弾し、凄まじい爆煙が高々と舞い上がった。

続けて衝撃波が、遅れて落雷のような轟音が辺りに響き渡る。


「やられた!おい!誰か親父の様子を…」

「ミサイルだ!?」

「なに!?」


部下の叫びに焔秋が再び振り向く。

すると上空から多数のミサイルが、今度は自分の居る陣地に向かって一直線に飛んで来るではないか。

本陣に気を取られ気付くのが遅れた。

周りの兵士はおろか、焔秋すらも逃げる間もなくミサイルが辺り一帯に降り注ぐ。


「静まれ!陣形乱すんじゃねぇ!静まれ!!」


爆煙が立ち込める中焔秋が必死に吠えるが、予期せぬ攻撃だっただけに味方の騒ぎは中々収まらない。更に、


「焔秋様!左手からもう一隻四つ足が!?」

「何だと!?」


林の向こうにチラリと見えた黒い船体を見て焔秋が臍を噛む。

隠し玉は此方だけではなかったのだ。


「くそったれ!今のは奴か!呼成、総力戦だ!目の前の奴は亮伴と劉家に任せてお前は黒い四つ足に掛かれ!!」

「承知しました。して、焔秋様は?」

「俺は親父の所に行く」

「本陣に? ですが単独では危険です」

「親父の所まで10分も掛からねぇ。心配すんな。それよりあの二隻を落とすのが先決だ。そうすりゃこっちの勝ちは確定する。行け!」


焔秋に命令された呼成が一瞬どうしようか躊躇する。

別に焔秋の命令が的外れな訳ではない。

ただ、どうしようもなく胸騒ぎがしたのだ。


「……分かりました。唐逍、范秦、お前達は焔秋様から絶対に離れるな!頼むぞ!」







『パッタイ』が砲撃を開始すると同時に零番隊はフロートを飛び出し一直線に敵の本陣を目指した。

その眼下……二人の部下を伴って自分達と同じ方向を目指す赤髪の男が見える。


「アインス……あれって焔秋とか言う奴じゃないか?」


特徴的な真っ赤な髪からそれと察したツヴァイが地上を指差す。

そのただ事ではない慌て振りを見てアインスは自分達の勘は正しかったのだと確信した。


「どうやら正解だったようだな。となると……あれか!」


焔秋の向かう先、土煙の合間に同じ髪をしたやたらガタイの良い男がチラリと見えた。

恐らく猿族を治める大族長、孫家の皇袁とか言う男だろう。

あれを殺れば……。


「ツヴァイ、ノイン、突っ込むぞ!ランダースは奴等を足止めしろ!今来られると厄介だ!」

「了解」

「単独行動になる。周囲に注意しろよ」

「言われなくても分かってる」

「よし……行くぞ!」


敵本陣の上空に達した零番隊が急角度で進路を変える。

そしてそのまま皇袁目指し、上空高くから一直線に急降下して行った。


「焔秋様!?あれを!?」


それに逸早く気付いた范秦が叫んだ。


「たった四人で!?」

「手強い証拠だ!あっちは砲撃喰らって目茶苦茶だ!急げ!!」


血相を変えた焔秋がぐんと加速した。




その皇袁のいた本陣はほぼ壊滅状態だった。

僅か200メートル四方に六発もの砲弾を撃ち込まれたのだから無理もない。

皇袁とて着弾する瞬間、部下の一人が咄嗟に馬から引き摺り落としてくれなければ無事には済まなかっただろう。

その部下は爆風に吹き飛ばされたものか、周囲には見当たらなかった。

皇袁が辺りを見回す。

二百騎いた護衛で立ち上がっている者は一人もいない。

呻き声が聞こえるので何人かは生きているようだが、これでは満足に戦う事など出来ないだろう。


「おのれ、後一歩だと言うのに……成り損ないめ……」

「皇袁様、お怪我を!?」


脇腹を押さえながらヨロリと立ち上がった皇袁に副官の來千が寄り添う。


「ここはもうダメです。私にお掴まり下さい」


だが、そう言う來千も散弾のように瓦礫を受けて全身血だらけ、どう見ても重症だった。


「……來千、共は?」

「確認している暇はありません。今は左右を四つ足に攻め込まれて陣形が乱れております。とりあえずこのまま後方に……」


と、そこまで話したところで來千の頭がパンッ!と爆ぜた。大口径の弾丸を食らったのだ。

崩れ落ちる來千を横目に皇袁が襲撃者をキッと睨む。


「総大将、孫皇袁だな? 覚悟!!」

「成り損ないがぁ!!」







アインス達が皇袁の陣地に直接向かったのに対し、アムは途中で進路を変えて手前の林に飛び込んだ。

そして人感センサーを周囲にバラ撒きながら突き進み、林を抜ける手前でパッと地に伏せて狙撃銃を呼び出した。


〈……来た〉


待つ事一分。

地を蹴りながら跳ぶようにして駆ける三人の姿が見えてきた。

目を細めたアムがスッと銃を構える。

そしてトリガーに指を掛け、先頭を走る男が地を蹴った瞬間、静かにその引き金を引いた。


「范秦!?」


突然、見えない手に叩かれたように范秦が横に吹っ飛んだ。

遅れて、ターーーン!!と銃声が響き渡る。


「くそ!?」


焔秋と唐逍がバッと地に伏せる。

范秦はピクリとも動かない。

改めて確認するまでもない。即死だった。


「野郎……どっからだ?」


焔秋が左前方の林をそっと伺う。

途端にチュイン!と弾丸が掠めた。


「ちっ!弾速が速ぇ……厄介だな」

焔秋が舌打ちする。


「焔秋様、時間がありません。あいつは俺がやります。その隙に皇袁様の元へ!」


唐逍の提案に一瞬躊躇する。

だが唐逍の言う通りだ。時間がない。

何故なら敵の目的は明らかに此方の足止めなのだから。


「……よし、行け!」

「はっ!」


焔秋の同意を得た唐逍が岩影から飛び出す。途端に銃弾が脇を掠めた。


「あそこか」


今の狙撃で位置を知った焔秋がアムから死角になるように身を低くして走り出した。

それを横目に唐逍が林に向かう。

右に左にと地を蹴る唐逍に向かって銃弾が撃ち込まれるが、位置を特定されたからだろう。フェイントを入れる獣化の動きは速すぎて捉える事が出来なかった。やがて、


「そこだ!」


叢の中にチラリと見えた銃身目掛けて唐逍がナイフを打ち込んだ。


ガキンッ!


ナイフの弾かれる音が響く。

だが、その時には叢を飛び越えた唐逍が後ろに回り込んでいた。


「ーーーッ!?」


その唐逍の顔が驚愕に変わる。

何故ならそこには誰も居なかったのだ。あるのは置き捨てられた銃だけ。

いや、もう一つ……。

何と銃床には手榴弾が貼り付けられていた。

その手榴弾のピンが唐逍の目の前で弾けるように抜けた。ワイヤーが結ばれていたのだ。


「くそ!」


咄嗟に飛び退こうとした瞬間、左手から小銃が撃ち込まれた。それで逃げるのが一瞬遅れる。直後、


バンッ!


白い煙が辺りに立ち込める中、アムが銃を構えながらゆっくりと立ち上がった。


「逃げたか……」


爆発の瞬間、叢の向こうに敵が跳ぶのが見えた。だから仕留めてはいない。

だが手傷は負わせたようだった。見れば滴り落ちた血が点々と続いている。

追撃しようとしたアムが一歩目を踏み出し、そこで立ち止まった。

何故なら自分に与えられた任務は足止めであって敵の殺害ではない。

しかも、それは失敗に終わっている。焔秋とか言う赤髪の男は止められなかったからだ。


「ツヴァイに何か言われるのは面倒だな……」


そう呟いたアムは焔秋を仕留める為に踵を返すのだった。







地を蹴り、岩を飛び越え駆け続ける。

やがて前方に幾つものクレーターが見えてきた。皇袁の本陣に到着したのだ。

だがその本陣廻りは目茶苦茶だった。

騎馬が二百はいた筈だが砲撃が集中した為、ざっと見渡しても無事な者は一人も居ない。

クレーターを駆け上がったところで、急に視界が開けた。


「親父!?」


焔秋が叫ぶ。

取り囲まれた皇袁の身体に三本の刃が突き刺さる瞬間だったのだ。

皇袁の顔が見える。

焔秋をじっと見ている。

その皇袁が笑った気がした。

直後、皇袁の手からポロリと剣が溢れ落ちた。


「親父……」


耳鳴りがする程の静寂の中、皇袁の身体から刃が引き抜かれる。

すると支えを失った皇袁はガクンとその場に崩れ落ちた。


「うおぉおおおおおおーーーーーーーーーッ!!」


焔秋が雄叫びを上げる。

不思議と涙は出なかった。

ただ殺意だけが溢れ出す。

ぜってぇ殺す!

そう決意した焔秋が地を蹴って駆け出した。



脇目も振らずに一直線で駆けて来る赤髪の男。

それを見てツヴァイが「ちっ!」と舌打ちを漏らした。


「ノイン、急いでこいつの首を切れ!」


そう言い残してツヴァイが焔秋を迎え撃つ。少し遅れてアインスも続いた。

身を低くしながら鬼の形相で迫る焔秋。

その顔面目掛け、ツヴァイが「はぁ!!」と列泊の気合いと共に刀を一閃させた。

無駄のない鋭い斬撃。

焔秋は始めその斬撃を受け止めようとした。憎き敵の顔面に拳を一発叩き込んでやりたかったからだ。

だがその瞬間、後続のアインスが目に入った。


「ーーーッ!?」


受けた瞬間に脇を斬られる。

そう覚った焔秋が咄嗟に左に跳んだ。

直後にツヴァイの刃が唸りを上げて通過する。

だが無理な回避が祟りズルッ!と足を滑らせてしまった。

砲撃で巻き上げられた土砂は柔らかく、踏ん張りが効かなかったのだ。

そこにアインスが斬り掛かる。

焔秋はそこで無理に踏ん張らず、刀を放り捨てて尻餅をつくようにして自ら倒れ込んだ。

鼻先をアインスの刃が掠める。

そして身体を捻りながら強引に蹴りを入れた。


「がっ!?」


地に足の着かない蹴り。

本来なら大した事は無いだろう。

しかし、そこは獣化。まともに喰らったアインスが吹き飛んだ。


「死ね!!」


それには目もくれず、ツヴァイが斬り掛かる。

蹴り終わった一瞬の隙。

無防備な頭。

受ける刀もない。


獲った!


そうツヴァイが思った瞬間、焔秋が両手でバンッ!と地面を叩いた。

たったそれだけで焔秋の身体が重力に逆らって垂直に立ち上がる。


「ーーーッ!?」


驚くツヴァイ。

だがもう止められない。そのまま剣を突き出すが、左手一本で無造作に叩かれた。


「おらあ!!」

「ぐはっ!?」


焔秋の右拳がツヴァイの腹に叩き込まれる。

受ける事もかわす事も出来ず、まともに喰らったツヴァイが堪らず膝を折って踞る。


「死ねぇえええ!!」


その丁度良い高さに下がったツヴァイの顔面目掛け、固く拳を握り締めた焔秋が大きく振りかぶった。だが、


「ーーーッ!?」


焔秋が慌てて飛び退く。

鼻先をチュン!!と弾丸が掠めたのだ。


「ちっ! あいつか!!」


たまたま外れたから良かったものの、今のは完全に油断していた。

鼻柱から血が溢れ出す。

だがそれに構っている暇はない。アムの追撃が終わらないのだ。


「くそったれ!」


焔秋が吠えながら腰袋に手を突っ込んだ。そして何やら掴み出すと勢い良く地面に叩き付ける。


ボンッ!!


すると小さな爆発と共に煙が勢い良く噴き出した。

それを二つ、三つ、四つ。

瞬く間に視界が奪われていく。

これではアムの援護は期待出来ない。

それどころか獣化に有利な状況にされてしまった。

ツヴァイをその背に庇いながらアインスが油断なく身構える。


「……?」


だがいつまで経っても敵は襲ってこなかった。

薄まり始めた煙を見てアインスが緊張を緩める。

敵の姿はない。

どうやら煙に紛れて逃げたようだった。


「大丈夫……?」


同じく警戒を解いたノインが二人に近付いて来た。その手には皇袁の首をぶら下げている。


「何とかな。ツヴァイはどうだ?肋は大丈夫か?」


アインスが答えながらツヴァイに手を差し出した。

その手を掴んで起き上がったツヴァイが忌々しそうに腹を撫でる。


「大丈夫だが……ったく、あの馬鹿力め……」

「ふふ、ランダースに助けられたな。後で礼でも言ったらどうだ?」

「……言わん。どうせ「ふん」って返されるだけだ……」

「ふっ……」

「あはは……」


アインスとノインが思わず笑みを溢した。

確かにランダースならそう返す。そう思ったのだ。そんな時だった。


〃タタタ……!!〃


突然遠くで上がった銃声を聞いて三人がギクッ!?と振り向く。


違う。

逃げた訳じゃない。

戦いに邪魔なランダースを始末に行ったのだ。


「行くぞ!!」


そう覚った三人はスラスターを全開にし、銃声の聞こえた林へと向かうのだった。







アムは煙幕が薄れ始めた時、敵は逃げたのだろうと判断した。

幾ら腕に自信があっても四人を相手に戦えるものではない。アインス達が相手なら尚更だ。

だからアムは緊張を解いてそっと起き上がった。


ぞわ!!!


突然、背筋に悪寒が走った。

全身の毛が逆立つ。

肌がピリつく。


〈……来る〉


狙撃銃を剣に持ち替えたアムが周囲を油断なく見回す。

そしてある一点で目を止めるとじっと動かずに気配を探った。

そのアムが突然ブーストを効かせて飛び出す。

直後に叢を飛び越えるようにして赤髪の男、焔秋が斬り掛かって来た。


ガキンッ!


「まさか女とはな……」

アムの渾身の一撃を左手一本、しかも刃渡り20センチ程のナイフで易々と受け止めながら焔秋が鋭い目付きで睨み付けた。


「お前がここに居るって事は、唐逍も……殺したか!」


アムの剣を強引に捩じ伏せ様、クルッと身を翻して蹴りを入れる焔秋。

それに反応したアムが咄嗟にアームシールドで受けてそのまま距離を取った。

だが焔秋は離れない。

アムがスラスターを使ってバックした瞬間、間髪入れずに距離を詰めて来たのだ。


「ーーーッ!?」


反射的に左手を翳すがそれが仇になった。

手を伸ばした焔秋がシールドに手を掛けてブンッ!と力任せに振り払ったのだ。


「なッ!?」


たったそれだけでアムの身体がくるんと回り体勢が崩れる。


「シャア!!」


そこに焔秋のナイフが迫る。

だが体勢を崩されたのが幸いした。足が縺れて頭の位置が下がったのだ。

唸りを上げたナイフが通過するのをチラリと見ながらアムが強引にスラスターを吹かす。

そのまま地面を滑るようにして暫く進み、距離を取ってからトン!と左手で地面を叩いて起き上がった。


〈……強い〉


アムの頬を冷や汗が流れる。

今の攻防だけで分かる。

強化薬のお陰で大概の獣化には引けを取らないアムだが、この相手は違う。格段に強い。

流石に猿族を治める一族だけあった。


「時間がねぇ。とっとと殺してやるから覚悟しろ」

「やれるもんなら、やってみろ」


焔秋を睨みつけるアムの左手が光り一本のアンプルが現れた。

それをパキッ!と折って一気に煽る。

途端にドクン!と心臓が跳ね上がり、アムの顔の血管が更に太く脈打った。

エリザベートには禁止されている強化薬の重ね掛け。

たが、こうでもしないと殺られる。そうアムの勘が告げていた。


「ドーピングか? いいぜ、何でもやんな!」

「いやぁあああ!!」


地を蹴って飛び出す焔秋を気合いと共にアムが迎え撃つ。

一合、二合、三合。

鋭く斬り付けるがナイフで弾かれる。

そして四合目。

右手で斬り上げた瞬間、アムの左手が光り小銃が現れた。

そのまま引き金を引きながら逆袈裟に振り上げる。

至近距離からの銃撃。

剣の軌跡のように弾丸が焔秋を襲う。だが、


タタタッ!

〈ーーーッ!?〉


フルオートで撃たれる筈の弾丸が途中で止まった。

即座に反応した焔秋が右手を伸ばし、銃を握り握り潰す事で動作不良を起こしたのだ。


「甘ぇんだよ!」

「がっ!?」


くんっと身を沈めた焔秋の左肘が鳩尾に叩き込まれた。

それをまともに食らったアムが吹き飛び、後方の木に叩きつけられる。

だが痛みに構っている暇はない。

アムの目に地を蹴る焔秋の姿が映ったのだ。

痛みを圧し殺して咄嗟に横に逃れる。


バガッ!!


直後に殺到した焔秋の足が太い幹を粉々に吹き飛ばした。

あんなの食らってはASのシールドなど有って無いようなものだろう。

兎に角、この場を一旦逃れる。

そう判断したアムだが、そのアムの右腕を焔秋が掴んだ。そして、


メキッ!!

「あぁあああ!?」


悲鳴を上げるアムが悲鳴と共に再び吹き飛ぶ。

アムの腕を掴んだまま焔秋が無造作にブンッ!と放り投げたのだ。

地面を三回、四回と盛大に転げ回ったアムがノロノロと身を起こす。

その顔は恐怖に歪んでいた。

強化薬では決して埋まらない力の差。

それをまざまざと見せつけられたのだ。


〈ダメだ……〉


アムが身を翻して逃げ出す。


〈こんなの……勝てる訳ない!〉


だがダメージが蓄積していたのだろう。直ぐに足を縺れさせて倒れ込んでしまった。

そこに焔秋が悠々と近付く。


「あ……あぁ……」


迫り来る死の恐怖にアムの顔が絶望に染まる。

どんなに早く動いても相手はそれを見切り、アム以上の速さと力でもって後の先を取って来る。

おまけにあの目。

アムの一挙一動を見逃すまいと静かに見据えた瞳。

油断など微塵もない。

付け入る隙が全くない。


「おらぁ!!」

「きゃあ!?」


アムの顔面目掛けて焔秋が足を蹴り上げた。

咄嗟に左手でガードするが、勢いは殺せず10メートル以上も吹き飛ばされてしまう。


「うぅ……」


仰向けに倒れたアムが空を上げる。

木々の間から見えるそれは抜けるような青空だった。


「終わりだ」


ピクリとも動かなくなったアムに焔秋が告げる。

それは死刑執行の宣告だった。


〈終わり……か〉


もう逃げる体力どころか気力もない。

全てを諦めきったアムが呆然と空を見つめる。


〈こんな……いい天気だったんだ……〉


その時、不意に夢の中の人が浮かんだ。

これが走馬灯と言うものなのか?

顔も分からない。

名前も思い出せない。

でも抱き締められると妙に安心する夢の中にだけいるあの人。

その人がアムに背を向けてゆっくりと去って行く。


〈あぁ……また、置いてかれちゃうのか……〉


そんな事を漠然と思った瞬間、夢の中の人が振り向き、そして微笑んだ。

顔は依然として分からない。

でも確かに微笑んだ。そんな気がした。


〈そうだ……〉


アムの心に小さな火が灯る。

それは瞬く間に燃え広がりアムの五体に気力がみなぎっていった。


〈会うんだ!絶対会うって決めたんだ!だったら……こんなところで死ねるか!〉


意を決したアムがゆっくりと立ち上がる。


〈あの人に、絶対会う!〉


アムの左手が光り一つの手榴弾が現れた。


「そんなの食らうとでも思ってんのか?」


それを見て焔秋が呆れた。

今更なにを。そんな顔だった。

その焔秋を見据えながらアムが手榴弾のピンを咥えた。そして躊躇なく引き抜く。


「あんたは死ぬのよ。……私とね!!」


直後、ブーストを効かせてアムが飛び出した。

その手に手榴弾を握り締めたまま。


「なにっ!?」


自爆。

そう察した時は遅かった。

飛び退く焔秋にアムが殴り掛かる。直後、


ボムッ!!


閃光が走り、木々の間に爆発音が響き渡った。

破裂した破片が木の幹にめり込み爆炎が草木を焦がす。

そして周囲には白い煙が立ち込めた。

その煙を風が吹き流した時……地面には力なく横たわるアムの姿があった。


「うっ……」


呻き声が聞こえる。

頬を血が伝っている。

装甲はあちこち凹み、ASスーツは傷付き血が滲みだしていた。

ASのシールドを当てにした捨て身の攻撃。

だが至近距離での爆発だった為、シールドが緩和しきれなかったのだ。

しかし、生きている。

相手は無理だろう。

幾ら獣化とはいえ生身の人間。

それがあの爆発に耐えられるとは思えなかった。

倒れたままのアムがじっと左手を見つめる。

原形を留めているのが不思議でならない顔だった。

あの時……手榴弾が爆発するあの瞬間、相手に左手を払われた。

それで手榴弾が溢れ落ちた。だから左手は無事で済んだのだろう。

そんな事を考えていた時だった。


ガサッ!!

ギクッ!?


痛みを圧してアムが音のした方を伺う。

そのアムの顔が絶望に変わった。

身体中から血を流しながらも焔秋が立っていたのだ。

しかも、その手には剣が握られている。アムの武器を拾われたのだ。


「てめぇ、やってくれたな……」


焔秋が一歩。また一歩と近付く。

足取りは覚束ない。見れば左目が潰れていた。

腕も、肩も、胸も、腹も、足も……全身血だらけで、どう見ても重症だった。

それでもアムに近付いてくる。止めを刺すために。

アムが力を振り絞って起き上がろうとするが身体に力が入らない。


〈もう……動けないや……〉


焔秋が剣を振り上げる。

怪我人とは思えないほど力強く。

それをじっと見つめるアム。ただ見つめることしか出来なかった。


「死ね」


剣が振り下ろされた。

咄嗟に目を瞑る。


〈ーーーシン!〉


心が何かを叫んだ気がした。直後、


ギンッ!!

「……え?」


林の中に剣を弾く音が響き渡った。

剣は振り下ろされていない。まだ生きてる。

アムがそっと瞼を開けた。

するとそこには男が一人、アムを庇うようにして立っていた。

その男が振り向く。


「良く生きてた、ランダース」

「アイン……ス?」

「後は任せろ」


焔秋を睨み付けたアインスが剣を構える。


「くそったれ……」


正面にアインス。

そして左右をツヴァイとノインに囲まれ、今度は焔秋の顔が絶望に染まった。







滔林は我が目を疑った。

皇袁本陣跡。

黄色い四足迎撃に向かうも敵の動甲冑と乱戦になり、そうこうしているうちに中央部隊が崩れ始めた。

恐らく呉徇儀殿と黄飛麟殿が討たれたのだろう。間に合わなかったのだ。

そう悟った滔林は黄色い四足牽制に部隊を残し、少数の部下を連れて皇袁の本陣を目指した。安否が気になったのだ。

たがそこで滔林が目にしたのは……壊滅した本陣と首の無い皇袁の姿だった。


「あれは!?」


滔林が慌てて駆け出した。

そして一本の剣を拾い上げる。

それは焔秋愛用の剣だったのだ。

これがここに転がっているということは……。


「滔林様!?あれを!?」


部下の指差す空を見て滔林はハッと息を詰まらせた。

戦場全体を見渡すように。

いや、戦場全体から見えるように漂う四機の動甲冑。

その一人が両手に抱えた物。

それは皇袁と焔秋の首級だった。


戦場がしんと静まり返る。


それは誰もがあの光景を目にして絶句している証拠だった。


「皇袁様……焔秋様……」


部下の一人が力なく崩れ落ちる。

皇袁と焔秋。

更には呉徇儀と黄飛麟。

四人の大将を同時に討ち取られては此方の負けだった。

滔林も身体中の力が抜けて行くのを感じた。

だがそれをじっと堪えて無言で動甲冑を睨み続けた。

するとどうだ?

滔林の視線に気付いた動甲冑達がスーッと高度を下げ、クレーターの向こうに着陸するではないか。


「あいつ等!!」

「待て!!」


怒りから駆け出そうとする部下を滔林が留めた。

ここからどんなに急いでも向こうに着く前に敵は上空に逃れるだろう。

それより相手の意図が気になった。


「何のつもりだ?」


その意図を汲みかねた滔林が尚も睨み付けていると、動甲冑の一人がポンチョとおぼしき物を地面に敷いた。

そこに皇袁と焔秋の首級を下ろす。

そしてそのまま滔林を一瞥すると、上空高くに去って行った。


「滔林様……」

「皇袁様と焔秋様を……丁重にな」

「はっ!」


部下が涙を拭って駆け出す。

それを眺めながら滔林が独り言のように呟いた。


「呼成に伝令だ。……撤収する……」







「左舷14番ハッチ、侵入されました!?」

「ほっとけ!ドローンに任せろ!ベンソン!左から車両軍が来てんぞ!!」

「各銃座、迎撃!接近させるな!!」

「駄目です、数が多過ぎます!弾幕を潜って接近、ワイヤーを射出しようとしてます!」

「取り付かせるな!何としても阻止しろ!」

「ベンソン、張り付いた奴は気にすんな!中で叩け!それよりミサイルとバズーカ持ってる奴だ!エンジン狙って来んぞ!」

「し、司令!5時の方角から新たな車両軍!接近して来ます!」

「あんだと!?この忙しい時に……」


舌打ちするバカラを見てベンソンがモニターに映った敵味方の配置図をチラリと確認した。


「司令、流石に持ちません。今からでもAS隊を……」

「仕方ねぇ。おい、ミサイルだ!全弾真上に上げて1キロ先に落とせ!」


それを聞いてベンソンが顔を引き釣らせる。


「そこに……船ごと突っ込むので?」


そのベンソンの顔を見てバカラがニマリと笑った。


「分かってんじゃねぇか」


確かに敵の車両が取り付いていたら一気に叩けるだろう。

仮に気後れして距離を取れば態勢を立て直す時間が稼げる。

もっとも、ミサイルが『パッタイ』に当たらなければ……の話しだか。


「まぁ、それしかありませんか……」


ベンソンが溜め息をつく。

このままではいずれ足を止められてお終いだだった。なら、やるしかない。


「よし、弾道計算!終わり次第ミサイル発射だ!」

「おい、あんまりバラけさせんなよ。意味ねぇからな。後はここに落ちねぇよう祈っとけ」


バカラとベンソンの決断にブリッジに緊張が走る。

その時だった。


『Xー01より本部。敵の大将、孫皇袁と孫焔秋、二名の殺害に成功』


突然流れて来た通信機からの声にバカラを始め全員、それが一体何を意味するのか理解出来ず呆けてしまった。

それほど追い込まれていたのだ。



「あッ!? て、敵軍、後退を始めました!!」



初めに我に返ったのはレーダー解析官だった。

それを聞いてバカラとベンソンが窓の外に視線を移す。

確かに敵の車両の一団が遠ざかって行くのが見えた。

バカラが安堵から小さく息を吐く。

これで賭けに出なくて済んだからだ。



「敵さんの後退はお前等の仕業か?」

『はい。上空で二人の首級を晒した後、敵の部隊長とおぼしき人物に返納しました。勝手な事をして申し訳ありません』

「いや、首を受け取った以上戦闘どころじゃねぇだろ。弔う為に一旦後退するのは必然だな。良い判断だ」

『ありがとうございます』

「被害は?」

『ランダースが片腕を負傷、後は打ち身程度です』

「そうか。なら帰って来い。碧瑠璃は帰投、残りはデッキの上に陣取って待機だ。ASが全機出払ってる。何時でも動けるようにしとけ」

『Xー01、了解』

「あぁ、それと……」

『はい』

「……ご苦労だった」

『……はい。では』


通信が切れると途端にブリッジがざわついた。

これで間違いなく戦況が変わる。

それも自分達に有利な方向に。


「やってくれましたね、司令」

「ふん……」


喜色を浮かべるベンソンにバカラが素っ気なく答えた。

だが、その横顔はどう見ても笑っていた。







「後退じゃと!?」


猿族右翼部隊。

脚を止めて煙を吐く二隻の四つ足(『シュラスコ』と『グヤーシュ』)から視線を外し鋭い目付きで玄柳が睨んだ。

その目に物怖じする事なく副官が言葉を紡ぐ。


「劉大元殿に続いて、皇袁様と焔秋様が討ち死にされたそうです。それに呉徇儀殿と黄飛麟殿まで討ち取られ、既に中央集団は壊走。左翼も撤収を始めたようです。右翼も早々に兵を引かれよと、これは王怜殿からの伝言です」

「馬鹿な!将を討ち取られたからなんじゃ!敵の左翼は壊滅、後は中央の部隊を蹂躙するのみじゃ!それで我等の勝ち!何故それが分からん!!」


玄柳が戦場を見ろと言わんばかりに右手を広げた。

ここで撤退するなど有り得ない。みすみす勝ちを捨てるようなものだった。


「そうじゃ、竜令はどうした?もう到着するじゃろう?ここで無傷の兵を投入すれば一気に片が付く!竜令はどうした!?」

「そ、それが……」


玄柳に問い詰められた副官が言い澱む。

それを見て玄柳は全てを察した。


「逃げおったか……あの馬鹿息子が……」


玄柳が力なく項垂れた。

戦況を決定付ける筈だった部隊が……幾ら他家の兵を集めた寄り合い所帯だったとは言え、それを率いた自分の息子が真っ先に逃げるとは……。


これで負けは確定した。


今回の作戦、猿族の荒廃を賭けた一戦では数多の将兵を失った。

猿族が再起するには数十年の歳月が必要だろう。

なら敵にもそれなりの損害を与えなければならない。

でなければ力を蓄える数十年の安全が保証されないからだ。


なのに撤退……?

どこに……?

敵の要塞に籠ってもう一戦するつもりか?


そんなの戦いになる訳がなかった。

一月前なら兎も角、ここに陣地を築かれ補給線を確保された今、四つ足艦隊の砲撃でなぶり殺しにされるだけだ。


何故それが分からない?


玄柳が大きく息を吐く。

まぁ、分からないから撤退するなどと言い出すのだろう。

そう悟ったのだ。

とは言え他家のやる気が無い以上、こちらも撤退するしかない。

だがそうなると問題があった。

ゆっくりと顔を上げた玄柳が戦場をキッと睨む。

その目から光は失われていない。

いや、むしろ先程までよりも強い眼差しで戦場を睨んでいる。

それはある決意をした顔だった。


「玄柳様……後退の指示を……」

「お主が勝手にせい。儂はここに残る」

「しかし……」

「このまま総崩れで撤退してみい、敵が勢いに乗って追撃して来るぞ?頭の悪い若造共がどうなろうと知った事ではないが、巻き添えを食うのは兵達じゃ。それは戦場で死ぬのとは違う。無駄死にじゃ。なら殿が必要じゃろう。それはこの老いぼれの仕事じゃ。分かったらお主は兵を率いて、王怜にでも合流せい」


それを聞いて副官が血相を変えた。


「お待ち下さい!それなら私達も残ります。玄柳様の手勢だけで殿を務めるには些か人手が不足しております」


それを玄柳がギロリと睨み付ける。


「……死ぬぞ?」

「構いません」


即答だった。

その面構えを見た玄柳が今度はニマリと笑う。


「ふん、勝手にせい。但し、残る以上容赦なく使ってやるから覚悟しておけよ?」

「望むところです。成り損ない共に我等楊家の意地、特と見せてやります」


それに副官も笑って答える。

そして踵を返すと兵達の元へと去って行った。

命の惜しい者、故郷に心残りのある者を帰す為だ。


〈……さて、何人残るかの〉


戦場を見渡しながら玄柳が思案に耽る。

今や楊家は息子の竜令が継ぎ、各部隊長も息子の息の掛かった者が多い。

そんな中で、いったい何人が玄柳と共に残ると言い出すだろうか?


〈せめて三百残れば一泡吹かせられようが……〉


そんな事を考えていた時だった。


「玄柳様!」


玄柳の陣取った丘に白馬に跨がった女性が駆けて来た。後ろには三百騎程の騎馬が続く。田家の部隊だった。


「玲々殿か。瞬珍殿は?」

「あれに」


馬からスルッと降りた玲々が丘の向こうを指差した。

あちらにも王怜の伝言が届いたのだろう。駆け足で行軍する部隊が見える。

そこから視線を外した玄柳が再び玲々に向き直った。


「で……? 玲々殿はどうしたのじゃ?」

「殿なら私の部隊が引き受けましょう。玄柳様は早々にお退き下さい」

「いんや、儂はここに残る事にしたわい。玲々殿こそ早々に撤退されい」


それを聞いて玲々が言葉なく玄柳を見つめた。

この場に残る。

女とは言え戦場働きをするような女だ。その意味が分からない筈がない。

だから玲々の決断は早かった。


「なら私も残りましょう」

「玲々殿……?」


玲々が微笑む。

それは思いつめたような顔ではない。からっとした笑顔だった。

その笑顔をスッと納め玲々が馬に跨がる。


「皆に告げる!私は一族の礎の為、最後の意地を見せてここで果てる事にした。命の惜しい者は早々に父上の部隊に合流せよ!」


だが、それを聞いてこの場を去る者は一人もいなかった。皆黙って玲々を見つめている。

それを見て玲々が呆れた顔で一同を見渡した。


「分かっておるか?お前達は馬鹿な選択をしているぞ?」

「まぁ、姫様の家臣ですので……」

「皆、頭が良い方ではありませんな」

「ですな」


くくくっと部下達に笑いが広がっていく。


「こんな美人で気配りも出来る私に何をほざくか」

「だからですよ。そんな姫様を置いて逃げ帰りなんになりましょう。我等家臣一同、死ぬまで……いや、死してからも姫にお使えする所存です」


笑いながらこうまで言われては玲々も断りようがない。


「ふっ、なら勝手にせい」


そう言って玲々が笑った。

そして馬上から玄柳に向き直る。


「と言う訳です。玄柳様、この田玲々……玄柳様の手足となって働きましょう。存分に采配を」

「ふおっほっほ、家の馬鹿息子に玲々殿の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわい!」


部下から手綱を受け取った玄柳がひょいと鞍に跨がった。

前方からAS部隊が土煙を上げて接近して来たのだ。


「玄柳様、敵の動甲冑約二百!接近して来ます!」

「左手からもです!こちらは百!」


こんな人数で拠点防衛はない。なら突撃しかない。

そう考えた副官の指示で部下達が慌ただしく動き出す。


「ネットを配れ!それとミサイルだ!銃はお守りにしかならんぞ!」

「予備の武器は馬にくくり付けろ!急げ!」


それを横目に玲々が駒を並べた。


「こちらは全員が騎馬で獣化は二十人です。先陣は私が」

「ふむ、それは頼もしい。なら敵の中に踏み留まって暫く暴れてくれんかの?そして銃撃の一斉射撃を合図に離脱、そのまま今度は左手の足止めをしてくれい。後は引き受けよう」

「承知しました。では……」


にこりと笑った玲々が腰から剣を引き抜き、天高く掲げる。そして、



「行くぞ!騎馬隊、前進ッ!!」

「「おおぉおおおーーーーーーッ!!!」」



剣を振り下ろすと同時に駆け出した。

雄叫びを上げて突き進む騎馬隊。

それを見て敵のAS隊が明らかに狼狽した。

既に戦場に留まっている部隊はいない。

どうせ逃げ遅れた手負いの集団だろうと高を括っていたのだ。



「では最後の意地を見せてやるかの。者共、駆けよ!!」

「「おおーーーーーーッ!!!」」



老将と若き戦乙女に率いられた部隊の細やかな反撃の始まりだった。

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