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見知らぬ空へ  作者: たじま
23/35

19、帰らぬ人


『待て、シン!敵が後退する!』


重武装の呉藍くれないと護衛のAS数機に正面を任せ、自ら敵陣に斬り込もうとしていたシンをシャングが慌てて止めた。

シンが木々の間から様子を伺えば、確かにシャングの言う通り、まるで潮が引くように敵が後退していく。


「浮き足立ったか……」


既に族長達が街中に侵入し、アムの別動隊をこれ見よがしにランドシップへ向かわせたのだ。背後が気になってしょうがないのだろう。


『シン、被害は?』

「ない。もっとも、相手も無さそうだがな」


敵陣に歩み寄りながらシンが答えた。

何人か気絶させた筈だがそれがいなかったのだ。おそらく担いで後退したのだろう。


「バッカス、西の奴等はどうだ?」

『今、確認。こちらも後退を始めました』

「よし。族長、敵が後退します。追撃しますか?」

『放っておけ。街の外まで追い出したら監視を残して合流せよ。南側の広場におる』

「了解。バッカス、聞こえたな?そのまま最後尾と距離を取りながら街の1キロ南まで送り狼。姿を大っぴらに曝して数を把握させるなよ」

『了解!』

『シン、敵の後退は俺が見届ける。お前は族長と合流してろ』

「頼む。アム、聞こえたな?敵が後退した。陽動はもういいから帰ってこい」

『監視は残すんでしょ?このままアンブッシュして、艦隊の後退を見届けたら後退するわ』

「敵のAS隊は数が多い。かち合わないよう注意しろよ?」

『了解』


一通りの指示を出し終わったシンがゆっくりと振り返った。


「さて……俺達は族長と合流するぞ」







近付くワービーストの男達を見て、フィーアが抱き付く子供達の背中をそっと押した。

彼等の纏う雰囲気に、このままでは済まないと思ったのだ。


「お姉ちゃん……?」

「もう大丈夫よ。こっちは危ないから向こうに行ってなさい」


その時になって初めて子供達は気づいた。

知らないワービーストの大人達に囲まれ、フィーア達が緊張している事に。

だが子供達の取った行動はフィーアの思いとは真逆だった。


「いや!」


一人の少女がフィーアの手をスルッと潜り抜けて再び抱き付いた。

それを見た他の子供達も慌ててフィーアに抱き付く。

それはフィーアを心配しての行動だった。

それを見ていたアクミが優しく微笑んだ。

いや、アクミだけではない。他の者達も同様だ。

皆、子供達を心配するフィーアの優し気な顔に一目で好意を抱いたようだった。

そしてそれはスフィンクスも同様だった。

フィーアを心配する子供達を見て、嘗てのシンとアクミ達を思い出したのだ。

それに、状況から察してこの虐殺を行ったのはこの者達ではあるまい。

現にスフィンクス達が広場を囲った際に、市民に銃を向けていた者は一人もいなかった。

いや、何より子供達や捕虜になった者達の表情だ。

どう見ても虐殺を行った者達に向ける物ではない。

だからと言って、スフィンクスはまだ警戒は解かなかった。

代表者とおぼしき男を睨み付けながら立ち止まる。



「名乗るがよい」

「『パッタイ』所属、AS隊連隊長、ギルバート・カルデンバラックです」

「ふむ。どうやら、戦う意思はなさそうじゃな」

「ありません」

「一応聞くが……これをやったのはお主等か?」

「違います」

「そうか……どうやらその落ち着きよう、感染症の事は知っておるようじゃな」

「はい。ですから人間を殺したくなかったのです。ここに居るのはそう言う者達だけです。どうかここは……責任者である俺の命一つで納め、部下達は見逃してやって頂きたい」


「ギルちゃん!」



それを聞いたリーディアが血相変えてカルデンバラックの横に立った。

死ぬなら全員一緒だ。そう決意した顔だった。

それを見たスフィンクスが警戒を解いてふっと笑った。

別に威嚇するつもりは無かったのだが、これだけの獣化に囲まれているのだ。向こうは死を覚悟していたのだろう。

そう思ったのだ。



「落ち着け。そう死に急ぐ事もあるまい。これをやったのがお主等でないのなら、別に見逃してやっても良い」

「じゃあ……」


カルデンバラックが安堵の表情を浮かべた。


「だが、行く宛はあるのかね?」



スフィンクスに指摘され、カルデンバラックが「それは……」と口籠る。

正直そこまで考えていなかったのだ。



「ふっ……なら我軍門に降るが良い。悪いようにはせん」

「投降を……?」

「一時的にはそうなるの。行く宛もないのじゃ、野垂れ死にするよりはマシであろう?」

「そう……ですね」

「先ずはそこで儂等の暮らし振りを見るが良い。そして自らの意思で考え、儂等の理想に力を貸しても良いと思ったのなら、その時は手を貸してもらおう。気に入らなければ只の市民として暮らすが良い」

「理想……?」

「うむ。詳しくはあの男に聞くが良い。シン!」



ニヤリと笑ったスフィンクスがクイッと顎をしゃくった。

カルデンバラックとリーディアがその先を見れば、白いASを纏った黒髪の男が近付いてくるところだった。

その男を一目見た瞬間、カルデンバラックとリーディアは悟った。

『グリッツ』を奪ったのはこの男だと。



「彼は?」

「お主等と同じ旧人類で、我軍でAS隊を纏める男じゃ」

「ヴィンランドの人間……?」


「遅くなりました、族長。てっきり敵のAS隊は全員後退したと思っていたのですが……この状況は?」

「投降するそうじゃ。名はギルバート・カルデンバラック。感染症の件は知っておる」

「そうですか。俺はシングレア・ロンドだ。先ずは武装解除を……と言いたいとこだが、ASのデバイスは後で預かる。移動しなきゃいけないんでな。戦う意志がないなら一旦ASを解除して、あの噴水の所ででも待機しててくれ。安全は保証する」

「分かった」



素直に返事をしたカルデンバラックが歩み出すのを見届けてから、シンがスフィンクスに向き直った。



「族長、敵のランドシップも後退を始めるようです」

「ほう……最後に撃ってくるかとも思ったが、何もせずに引き上げるようじゃな」

「街中に人はいません。観測気球もない状況で無闇やたらと撃っても無駄だと思ったのでしょう」

「よし。虎鉄殿、夏袁殿、ラルゴ。生き埋めになっておる者が居るやも知れん。すまんが三手に別れて生存者の確認を頼む」

「ですが、彼等は?」



虎鉄が噴水の前で一塊になっている旧人類の者達を見据えた。



「行く宛も無いのじゃ、逆らう事もあるまい」

「油断は禁物です。住人の救出は儂とラルゴ殿で行います。夏袁殿は念の為ここに」

「虎鉄のおっさんは心配性だな」

「昔、それで失敗したんでな」



笑う夏袁を見ながら虎鉄が自嘲気味に笑った。

何せ相手は当の猿族だったのだ。



「では頼みましたぞ。行こうかラルゴ殿」

「はい」

「アレン、お前達も同行しろ。獣化程ではないが各種センサーが役に立つ」

「了解しました、隊長」



AS隊が虎鉄達と広場を後にするのを見届けたシンがチラリとアクミを見る。

やはり心配だったのだろう。

それに気づいたアクミがニコニコしながら近づいてきた。



「先生、怪我はありませんね?」

「ああ、アクミも怪我は無さそうだな」

「怪我もナニも、夏袁さんの後ろに付いて走ってただけでしたからね。ところでアムちゃんは?」

「艦隊の後退を見届けてる。そろそろ戻って来るんじゃないか?」

「そうですか。それはナニよりです」



この場に居ないアムの安否も知ったアクミがにっこりと微笑んだ。その時、



「やだっ!?」



突然の叫び声にスフィンクス始め、その場の全員の視線が一斉に噴水前に向いた。

騒ぎの中心にいるのは先程の少女。

例のグレーのASを纏っていたから、おそらくは獣人兵なのだろう。

その少女から遠ざけるように、子供達の手を引くカルデンバラックと赤髪の女の姿があった。


「ナンでしょう? ナニやら揉めてるようですが……」


子供達の声に惹かれるようにシン達が噴水前に歩み寄る。


「どうした?」

「いや……」


シンの問い掛けに口籠るカルデンバラック。

代わって答えたのは件の少女だった。


「私は……獣人兵なんです……」


少女が恥じるように正体を明かした。

だがそれがどうした?予想はしていた事だ。

それと子供達を引き離す理由が結び付かない。


「それで?」

「……逃亡は死罪なんです……私が『パッタイ』から50キロ離れた時点で……この首輪が爆発します」


「「ーーーッ!?」」

「やだぁ!」

「お姉ちゃん!」


子供達が一斉に泣き叫んだ。

腕から抜け出そうとする子供達をカルデンバラックと赤髪の女が慌てて抱き締めた。

もう、いつ爆発してもおかしくない状況なのだろう。

シン達はそれを唖然として眺めた。


そこまでやるのか?


これではまるで物扱いだ。人間扱いされていない。

役に立たないなら廃棄する。

それが嫌なら死ぬまで働け。

そう言っているのだ。


「ごめんね。……お姉ちゃん、たくさん人を殺しちゃったの……だから罰を受けなきゃいけないの……」


ここに残った時点でとっくに覚悟は出来ていたのだろう。少女が優しく微笑みながら子供達に語り掛けた。

だがその両目は涙で溢れかえっている。


「やだぁ!お姉ちゃん!お姉ちゃーん!!」


泣き続ける子供達。

そして全てを諦めきった少女。

スフィンクスはそれをじっと見つめていたが、やがて何を決意したものか、少女の前に歩を進めた。いつ爆発するかも知れない少女の前に。



「そなた、名は何と申す?」

「……フィーア……四番目に創られたから、フィーア。……名字は……ありません……」

「ふむ、フィーアか。良い名じゃ。ならフィーアよ、そなたに名字をやろう」

「名字を……?」

「そうじゃ。儂の娘にならんか?」

「え……?」

「儂はずっと娘が欲しいと思っておった。どうじゃな?」



フィーアはそれを、死に逝く自分に対する情けと受け取った。

このまま無縁墓地に葬られ、やがて弔う者もなく忘れ去られていく身……。

そうならないよう、ちゃんとした墓に葬ってやる。そう解釈したのだ。

だからフィーアは「はい」と答えた。

その好意に素直に甘える事にしたのだ。

だがそれは間違いだった。



「うむ、なら親の儂を信じて目を瞑っておれ」

「……?」



どうするつもりなのかは分からないが素直に目を瞑るフィーア。

スフィンクスはそのフィーアに歩み寄ると、おもむろに首輪の前を強く右手で握り締めた。

そしてフィーアの後ろ……頸と首輪の間にナイフを差し込む。それも刃を外に向けて。



「族長、何をッ!?」

逸早くそれに気付いたシンが叫んだ。



「皆の者は下がっておれ」

「父上ッ!?」



直後、スフィンクスはフィーアの首輪を力任せに引っ張った。

首輪が千切れ、


ボムッ!!


と、くぐもった音と共にフィーアの顔に何か生暖かい液体が掛かった。

そして鼻に飛び込むのは強烈な煙硝と血の匂い。


……まさか?


そう思っておそるおそると目を開けると……目の前にはスフィンクスが微笑んでいた。

右手の肘から先が吹き飛び、血だらけの状態で。



「……あ……あぁ…………」



目を見開き、ガクガクと震えるフィーアの頭にスフィンクスの左手がポンと置かれた。



「もう大丈夫じゃ」



そう声を掛けられた途端、涙が溢れ出した。


「族長ッ!」

「父上ッ!」


慌てて駆け寄ったシンとレオがスフィンクスを噴水の縁に座らせ、救急キットを呼び出して止血を行う。

スフィンクスはそれを涼しい顔で眺めていた。


「騒ぐでない。これしきの事で獣化は死んだりせんわい」

「勘弁して下さい、族長。心臓が止まるかと思いました」

「本当です。爆弾の規模も分からないのに!」

「首を跳ねる為の物じゃ。然程の威力がある訳なかろう」

「アクミ!ひめ子に連絡だ!輸送機とミレー先生を呼べ!輸血の準備もだ!」

「はいです!」


応急処置をしながらも適切な指示を出すシン。

夏袁や春麗、燕迅達はスフィンクスを守るように広場とその周囲に目を光らせる。

大牙は虎鉄かラルゴに連絡を取っているのだろう。インカムに向かって何やら話していた。

そんな慌ただしい状況を横目に、治療中ずっと心配そうに眺めていたフィーアがスフィンクスの前に膝間付いた。



「あの、ごめんなさい……私の為に……」

「別に謝る事はない。子の為に親が身を犠牲にするのは当然じゃ」

「でも……でも……」

「フィーアよ、泣くでない。腕の代わりに、儂は念願の娘を得たのじゃ。おつりがくるわい。さぁ、親の儂に笑顔を見せてくれんかの?」

「……はい」



フィーアが涙を拭って精一杯笑顔を浮かべた。

それを見て「うむ」と満足気に笑うスフィンクス。



〈彼等が心酔する訳だ……〉



ワービーストも、人間も、獣人兵もない。

フィーアの境遇を知ったスフィンクスが、躊躇なく右腕を犠牲にしたのを目の当たりにして、カルデンバラック達は胸が熱くなるのを感じていた。





三十分後。

広場に到着した輸送機にスフィンクスとそれを護衛する数人の者達が乗り込み、シャング率いる第二中隊の先導で飛び去って行くのを見届けたシンが虎鉄を振り返った。



「では虎鉄殿、申し訳ありませんが……」

「うむ。ヒョーマ殿への引き継ぎは儂がやっておく」

「お願いします」



スッと頭を下げたシンが続けてカルデンバラック達を振り返る。



「移動する。全員準備してくれ」

「分かった。全員ASを展開しろ。但し、武器は出すなよ!」



カルデンバラックの気遣いにシンと虎鉄がふっと笑う。



「どうやら、スフィンクス殿の言うように心配はいらんようだの」

「ですね」



虎鉄に見送られたシンが第一中隊の元に歩み寄った。その時だった。



「シングレア隊長ーーーーーーッ!!!」



血相を変えたカレンが叫びながらシンの目の前に着陸したのは。

その只ならぬ表情に嫌な予感が過る。



「……どうした?」

「アムが帰って来ない! どうしよう……」







「Xー04、シグナルロストしました……」


その報告を聞いた瞬間、艦橋を訪れていたアインス達が無言で両目を綴じた。

フィーアが自ら選んだ道とは言え、その死を知らされると流石に堪えたのだ。

バカな奴だとツヴァイは言う。

だがそれが口だけなのは今の彼の態度が示していた。

今まで一緒に過ごしてきた時間は決して短いものではないのだ。感傷的になるのは仕方のない事だろう。



「始めに言っておくが、現在零番隊の責任者である私の権限で君等の連帯責任は問わない事にする。悲しむ気持ちは分かるが、今は置いておいてくれ」

「はい……お気遣い、感謝します」



アインスが一同を代表してベンソンにスッと頭を下げた。


「さて、さっきの続きだが……詳しく聞かせてもらおうか、ノイン」







「……私……捕まったの?」


ベッドに拘束され、身動き一つ出来ない状態のアムがポツリと呟いた。

その声を聞いて机に向かっていた白衣の女性がツイッと振り向く。


「目が覚めたか」


女性は立ち上がってツカツカとアムに歩み寄ると、その額に軽く手を当てた。


「痛むかい?」


女性に触られて始めて気づいた。頭に包帯を巻かれている事に。


「……少し」

「そうか。……お察しの通り、あんたはうちの零番隊に気絶させられて捕虜になった。まぁ……頭を殴ったのは成り行きみたいだから許してやんな」

「……私……どうなるの?」


アムが不安気に尋ねる。


「あんた……ヴィンランドの人間だろ?」

「……はい」

「なら先ずは事情聴取だね。人間がワービーストに加担してた経緯と理由……それと敵の規模。あんたは色んな事知ってそうだ。本当は目が覚めたら直ぐに連絡するようベンソンに言われてるんだが、頭を打ってる。少し猶予をやろう。気分が悪くなったら声を掛けてくれ」



女性は言うだけ言うと、踵を返して椅子に腰掛け再び仕事を始めてしまった。

それを横目に眺めながらアムが寂し気に天井を見上げる。



〈……シン……アクちゃん……〉



艦隊が後退を始めたあの時、アムは完全に油断していた。

艦隊の動きに気を取られ、周囲を警戒するAS隊から最も警戒すべき敵が消えてる事に気づかなかったのだ。

艦隊が動き始め、シンへの報告を終えた直後……アムの第三中隊は突然グレーのAS隊に襲撃を受けたのだった。


まずい!?


アムはカレンに後退を命ずると、ただ一人で敵に向かって行った。

皆が逃げる為の時間を稼ぎ、頃合いを見計らって逃げ出そうと考えていたのだ。

だが敵はそう甘くはなかった。

シンが一対一で苦戦する程の敵なのだ。それが三人。

その結果がこれだった。



心で碧瑠璃を呼び出すが反応はなかった。


〈まぁ、そりゃそうよね……〉


当然だがデバイスは取り上げられていた。

なら今は言う事を聞くしかないだろう。

取り合えず命さえあれば何れ逃げ出すチャンスも訪れるだろう。

そう信じて何の情報までなら漏らしてもいいか?

どんな嘘を織り混ぜるか?

そんな事の整理を頭で始めた時、


「捕まえた女はここか?」


扉を開けて三人の男達が室内に入ってきた。



「そうだが……誰だお前は?」


白衣の女性が男達をいぶかしんで尋ねる。

すると先頭の男が大きな目を見開いて女性を睨み付けた。


「ネショレ・ダダノマ、今回の作戦の総隊長様だ。捕虜を尋問にきた」

「何を言ってる……? それは後程、艦長が行う。お前にそんな権限はない」

「あぁ? 作戦中の『パッタイ』はこっちの指揮下に入ってんだよ!なら俺のが上官だろうが!あんまグダグダ言ってっと殺すぞ!メス!!」


その突然の剣幕に思わずビクリと女性が固まる。

女性は女性で気が強そうだが相手は男が三人なのだ。勝てるものではなかった。

そうして女性を黙らせたダダノマがベッドに拘束されたアムを見下ろした。


「へぇ、意外と上玉じゃねぇか。こりゃ後が楽しみだな」

「…………」


ニヤニヤと笑うダダノマに負けじとアムがキッと睨み返す。


「へっ……気も強そうだな。おい!」

「はっ!」


ダダノマが顎をくいっとしゃくると一人の部下が歩み出た。

そして一本のアンプルと注射器を取り出す。

それを見た瞬間、医師の女性が血相を変えた。



「おい待て! それは何だっ!!」



「あん?何って……自白剤だよ」

「只の自白剤じゃないぞ!それは……」

「獣化用のキツーイ一発だろ?」


女性の言葉を遮ってダダノマが薄気味悪く笑った。


「貴様……分かってるのか?そんなの人間に射ったら……」

「知ってるよ。頭クルクルんなって廃人になるか、身体中の血管が破裂して悶え死ぬんだろ?」

「ならば!」

「でもよぅ……嘘の情報吐かれちゃ意味ねぇだろ?」

「ふざけるな!そんなの理由になるか!それをこっちに寄越せ!」


女性がアンプルを持った男に掴み掛かろうとする。

だがダダノマがそれを遮って女の腕を掴んだ。


「おいおい、邪魔すんじゃねぇよ」

「離せ!離さんか!人を呼ぶぞ!」

「ちっ、うるせぇ女んだな。おい、この女を叩き出せ!」

「はっ!」

「止めろ!手を離せ!いったい貴様等に何の権利があって……止めろ……」


もう一人の男に腕を掴まれた女性が部屋の外に放り出される。

そして入り口にロックを掛けたところで改めてダダノマがアムを振り返った。



「……と言う訳だ。洗いざらい吐いてもらうぜ?」

「いや……お願い……そんなの射たないで……」



首を左右に振って怯えるアム。

それを見てダダノマが楽しそうに笑った。


「へっ……安心しろ。最後は気持ち良くなるまで犯してやっからよ」

「いや……いや……」


アムが少しでも距離を取ろうと身を捩る。だが拘束されていては身動き一つ出来なかった。



「やれ!」

「いやぁ!やめて!お願い!いや、いやぁーーーーーーッ!!」


消毒もなにもない。

男は泣き叫ぶアムの腕を捲ると容赦なく針を突き刺した。

そのアムの目の前で注射器の薬剤が押し出され腕の中に消えていく。

途端に腕の中を熱い何かが暴れ出した。

まるで血管の中に拳を捻込まれたような感覚だった。


「……あ……あぁ!? いや、何これ!?熱い!痛い!やめて!助けて!シン……シン!!!」


それは腕の血管を押し広げながら瞬く間に脇の下に達し、直後には心臓に飛び込んだ。

その瞬間、アムの身体がドクンと跳ね上がる。


「あ……あぁ……」


頭がグワッ!と膨れ上がった気がした。

アムの意識があったのはそこまでだった。


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