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見知らぬ空へ  作者: たじま
22/35

18、北部侵攻


『グリッツ』強奪から一ヶ月。

日に日に緊迫感を増す南部戦線に『グリッツ』が一向に投入されない事や目撃した兵士の証言から、『グリッツ』を強奪したのは猿族ではなく北部に住むワービーストが犯人であるとヴィンランドは判断。

現在、その所在を掴んでいる唯一の街スクヤークを攻撃目標と定め、これに対して大規模な奇襲作戦が計画されていた。


その作戦を翌日に控え、ここクラックガーデン基地には続々と艦船が集結しつつあった。

今もそうで、すぐ隣に停泊したばかりの淡いピンク色のファラフェル級戦艦、『トルティーヤ』を眺めていたベンソンが驚いた顔でバカラを振り返った。


「グリッツの乗員が生きてたですと?」


そのバカラはというと、ぶっちょう面で司令席に座っていた。


「ああ。俺達がここに来る前には保護してたらしいな。これについては箝口令が出てる。他には漏らすんじゃねぇぞ」

「それって三日も前じゃないですか?なんで我々にも秘密にしてるんです?」

「さぁな。それより、俺はそいつ等と一緒に『エルシモ』に乗艦してヴィンランドに行く事になった」

「ヴィンランドに……? 何でです?」

「査問会だとよ」

「査問会?」

「『グリッツ』強奪の責任を追求されんだろ」

「ですが、あれはサカマチ司令が……」

「『グリッツ』を離れるにあたって、俺には引き継ぎを済ませてある。である以上、全ての責任は俺にある。そう言ってるらしいぞ?サカマチの野郎は」

「そんな……」

「まぁ、そんなのは『パッタイ』の通信記録聞かせりゃ一発だ。『グリッツ』の乗員も生きてんだし証人にはなんだろ。気にすんな」

「はぁ……それで出発は?」

「今日の午後だ」

「それはまた……随分と急ですな」

「俺に査問会の準備させねぇつもりなんだろ。そんなのとっくに出来てるから問題ねぇ。兎に角、俺は今回の作戦には参加できねぇ。お前はグリマルディーの指揮下に入れってヴィンランドからのお達しだ」

「『トルティーヤ』の?」


それを聞いたベンソンが途端に嫌そうな顔をした。

通称、吸血部隊。

司令官の方針なのかAS隊の性格なのかは知らないが、ワービーストに対しては一切容赦はしない。

特に連隊長のダダノマは残酷で、捕まえた捕虜は見せしめと言ってわざわざなぶり殺しにしていくような部隊だった。

そんな部隊の指揮下に入れと言われたのだ。嫌な顔になるのも当然だろう。


「仕方ねぇだろ。何とか上手くやんだな。ただこれだけは忘れんじゃねぇぞ?指揮下に入ってもこの艦の責任者はお前だ。何でもかんでもへいこら聞く必要はねぇからな」

「上手くやれとか言っといてけしかけんで下さい」

「油断すんなって言ってんだよ」

「油断?」

「グリマルディーはサカマチ一派の将校だ」


それを聞いたベンソンの顔に緊張感が走った。

ここで言うサカマチとは勿論父親の方で、軍の将軍職を経て評議員になった関係からその人脈は広く、そして深い。

今は評議員を辞めて隠居しているとはいえ、軍への絶大な影響力は今も変わらない。


「『グリッツ』の件で……何かの工作を?」

「さぁな。ただ単に『グリッツ』取り戻して何も無かった事にしてぇのか……。何にせよ査問会が開かれて困るのは息子だからな」


「司令、お話し中申し訳ありません」


「あんだ?」

「『トルティーヤ』のグリマルディー司令から通信です」


途端にバカラが「ちっ!」と舌打ちを漏らして不機嫌なものになった。そして、


「……俺もベンソンも居留守だって言っとけ」


と、あからさまに拒否をした。

困る通信士を横目にベンソンが苦笑いを浮かべる。


「司令……隣からグリマルディー司令がこっちを見てますが?」

「だから居留守だって言ってんだろうが」


『バカラ、君は相変わらずだな』


バカラとベンソンがそんなやり取りをしていると、痺れを切らせたのだろう。呆れるような声と共にブリッジ上部のモニターに無愛想な顔が映し出された。『トルティーヤ』のグリマルディー司令だ。


「勝手に割り込むんじゃねぇよ」

『居留守がどうとか聞こえたものでね。ところで君は、いつもそんなに不機嫌なのかね?』

「たった今不機嫌になったとこだよ。それより何の用だ?」

『聞いてると思うが、『パッタイ』はこちらの指揮下に入ってもらう。君はヴィンランドで査問会だ。それで挨拶を……と、思ったのでね』

「ふん、わざわざどうも。で?俺から『パッタイ』取り上げて何企んでんだ?サカマチの野郎は?」

『勝手な憶測で物を言うのは上に立つ者としてどうかと思うがね?バカラ司令』

「ふん」


受け流すようにバカラに一言釘を刺してから、今度は艦長のベンソンに視線を向けるグリマルディー。


『ベンソン艦長、軍上層部の考えでは『グリッツ』とプラントは北部の街にあると思われる。これは評議会も一致した意見だ』

「そんなの俺が何度も言ってんだろうが」

『当事者の君の意見に耳を傾ける者など誰もおらんよ』

「うるせぇ!」

『そして、今回の作戦はプラント破壊が最優先となる。資源豊かな奴等がASを大量生産する前に破壊しないと面倒な事になるのでね』

「グリマルディー司令、『グリッツ』は?」

『ランドシップは一朝一夕に扱う事は出来ん。だから優先順位が下というだけで、見つければ当然破壊する。その時は期待しているぞ、ベンソン艦長』

「はっ」

『偵察隊の報告ではスクヤークは難民のキャンプで溢れかえってるそうだ。目に物見せて我等に楯突いた事を後悔させてやろう』

「了解しました」

『うむ。バカラ、君も昼には出発だろう?急いで身支度を整えたまえ。上に立つ者は時間にも正確でなくてはいかんぞ?』

「ふん、余計なお世話だ。俺はこうなる事も予想してたんでな。とっくの昔に準備は出来てんだよ。そうサカマチに伝えとけ!」

『ヴィンランドに帰ったら自分の口で言いたまえ。では良い旅を……バカラ司令』


グリマルディーが嘲笑するような表情を浮かべた直後、通信が途切れてグリマルディーの姿はスクリーンから消えてしまった。

それは現れた時と同様、一方的なものだった。

ベンソンが敬礼を解いて隣を見れば、『トルティーヤ』の窓には既にシェードが掛かっていて中を伺う事は出来ない。


「いけ好かねぇ野郎だ。おい、こっちもシェード掛けとけ!」

「はっ」


益々不機嫌になったバカラが吠えた。



その『トルティーヤ』のブリッジではグリマルディーが通信を終えたタイミングでスッと紅茶が差し出されていた。

それを受け取り、一口啜ってから隣の『パッタイ』に視線を向ける。


「こうなる事も予想……か。……ふふ……君は自分の立場が分かっていないようだな……バカラ」







「バカラ司令、お待ちしておりました。そちらの席におかけ下さい」


午後一時過ぎ。

護衛艦『エルシモ』に不機嫌そのものと言った顔のバカラが移乗して来た。

その手にはスーツケースを握っている。例の査問会で使う資料なのだろう。

バカラが椅子に向かうのを見届けた艦長のガウディがブリッジのクルーに小さく頷いた。


「『エルシモ』発進する。エンジン始動」

「了解。各員に通達、『エルシモ』発進する。配置に付け。繰り返す……」


とっくに準備は出来ていたのだろう。

ガウディが命令すると即座にエンジンが掛かり、バカラの座るシートに軽い振動が伝わってきた。


「出航する。クラックガーデンに連絡」

「了解。『エルシモ』より管制室、『エルシモ』は予定通りヴィンランドに向けて出航する。出航許可を」

『こちら管制室。ヒトサンイチロク、出航を許可する』


やがて許可を受けた『エルシモ』がゆっくりと動き出す。

そこでふとバカラが『パッタイ』に視線を移すと、ベンソンが窓際に立って敬礼していた。

ふんと小さく笑ったバカラは、ひょいと片手を上げて挨拶を返すのだった。




クラックガーデンを出発して一時間。

バカラは窓の外を流れる景色を無言で眺め続けていた。

口では強がってみせたものの、やはり査問会が気になるのだろう。

何せ相手はヴィンランド屈指の派閥の息子。

対してこちらは一人の味方もいないのだ。不安になるのも当然だ。

だからだろうか?バカラはこの時初めて『エルシモ』が内陸寄りの航路を航行していることに気付いた。

クラックガーデンとヴィンランドを結ぶ航路はワービーストの居ない海岸添いを通るのが普通だ。

なのにこの船は普段は使用しない内陸寄りの航路を使用している。


「おい、この船はどこ向かってんだ?なんで海岸添いを航行しねぇ?」

「クラックガーデンからの指示です」

「クラックガーデンの……? わざわざワービースト共が徘徊してる内陸を通れってか? 夜はどうすんだ?」

「宿営地でASを積んだ護衛艦と合流します」

「ASを積んだ護衛艦……?」


バカラはそう呟いたきり黙り込んでしまった。

普段は城のようなファラフェル級で多数のASとドローンに守られているのだ。不安に思うのも無理もない。

バカラの無言をそう受け取ったガウディがバカラを安心させるよう笑い掛けた。


「司令、確かに内陸寄りでの宿営は不安に思われるかも知れませんが、我々にはいつもの事です。ご安心下さい」


それを冷めた目で睨み付けるバカラ。


「おめぇはバカか?」

「は……?」

「なるほどな。わざわざ昼過ぎに出発させる訳だぜ。そう言う事かよ」

「あの……司令? 何か問題でも?」

「おめぇよ、援護の護衛艦が現れなかったらどうすんだ? 敵の真っ只中で夜営か?しかも単艦で?」

「……それは」

「そんなの、獣化が一匹通り掛かっただけで俺達ゃ全滅だな。いや……ワービーストの仕業に見せ掛けて直接襲って来る気かもな」

「襲って来る?……司令、さっきから何を?」

「まだ分かんねぇのか?俺達ゃ嵌められてんだよ」

「嵌められた?」

「サカマチの野郎にとっちゃ、査問会が開かれたらまずいんだよ。何せこっちと向こうの言い分が違い過ぎる。だから俺と『グリッツ』の連中を一緒に始末して査問会自体をうやむやにする気だ。そうすりゃ軍事裁判が開かれても死人に口なし。おまけに司令官の席も一つ空く。一石二鳥だな。おめぇ等はそのとばっちりだよ」

「そんな……」


自分の置かれた状況を理解したガウディ始め、ブリッジのクルー達が青冷めた顔で一斉にバカラを見つめた。それは藁にもすがるような目だった。


「司令……我々はいったいどうすれば……」

「決まってんだろ。約束すっぽかして海岸線に向かえ。ヴィンランドには夕方になってからエンジントラブルで遅れるって言っときゃいい。それで時間を稼げる。そんで俺達ゃそのまま夜間航行だ。速度を落としても朝にはヴィンランドに着くだろ」

「そんな!? 夜間にランドシップを動かすなんて自殺行為です!」

「のこのこ夜営なんかしてたら観測気球に発見されっぞ?そんで朝にはAS隊のご登場だな」

「ですが……」

「ヴィンランドがこっちを視認しちまえばもう手出しできねぇ。死にたくなかったらやれ!」


最早、選択肢はないのだ。

泣きそうな顔になったガウディが転進を命じたのは直後の事だった。







翌日。

『トルティーヤ』と『パッタイ』を主体としたランドシップ七隻から成る艦隊は既にクラックガーデン基地を発進し、スクヤークに向けて進軍中であった。

その『パッタイ』のブリーフィングルーム。


「全員揃ってるな」


扉を開けて入室してきたカルデンバラックがサッと室内を見回した。

そして各中隊長と副隊長が揃っているのを見て取ると、挨拶も無しに「ブリーフィングを始める」と言って全員の前に立った。作戦前と言うこともあってこの辺は事務的だ。


「『トルティーヤ』からAS隊を四つに分けるよう指示があった。よって第一から第四中隊を頭に、第五は第一へ、第六は第二中隊へとそれぞれ下に付ける。便宜上『パッタイ』のAS隊はP第一からP第四中隊となる。総隊長は『トルティーヤ』のネショレ・ダダノマだ。ここまでで質問は?」


一区切り付けたカルデンバラックが一同を見回した。挙手する者はいない。


「次に作戦概要だが、AS隊はランドシップの砲撃と同時に街の南東より侵入する。まぁ、この辺はいつも通りだな。我々は突入後、街中にプラントと『グリッツ』があるかどうか。また、隠せそうな大きな建物があるかどうかを確認しながら南回りで西に抜ける。目標は第一にプラント、次が『グリッツ』だ」


そこでP第二中隊長のリーディアがスッと右手を上げた。


「連隊長、もしどっちか発見したら?」

「見つけても手出しはするな。攻撃は『パッタイ』と『トルティーヤ』で行う」

「じゃあ、どっちも無かったら?」

「AS隊は街の周囲を捜索する事になってる。我々の担当は西、『トルティーヤ』のAS隊は北だ。その時は追って指示があるだろう。他に質問は?」


カルデンバラックがリーディア以外の面々を見回した。手を上げる者は誰もいない。


「今回は遊撃隊は不要だ。アインスはP第四中隊、ツヴァイはP第三中隊、フィーアはP第二、ノインは俺のP第一にそれぞれ振り分ける。敵の獣化は勿論、虜獲されたASが出て来るかも知れん。油断するなよ」

「「了解!」」







「グリマルディー司令、間も無く作戦区域に入ります」


クラックガーデンを早朝に出発して早六時間余り。

艦長に報告を受けたグリマルディーが飲んでいた紅茶を従者に渡してチラリと時計を確認した。


「ふむ、時間通りだな。それでは始めたまえ」

「はっ。総員、第一種戦闘配置!」

「総員第一種戦闘配置!」


部下が復唱すると同時に艦内に警報音が鳴り響いた。




ネショレ・ダダノマ。

今回のAS隊を統括する総隊長だ。

南部戦線で猿族に囚われ、拷問された挙げ句に辛うじて救出された経緯のある男で、両手両足は無惨に引き千切られて機械仕掛けになっていると噂されている。

だからだろうか、ワービーストに対して一切の容赦はしない。

それどころか拷問された怨みを晴らすかのように残忍に殺していく。

そのダダノマが第一デッキでぐるりと部下達を見回した。


「お前等、久々の殺し合いだからな。気合い入れろ」

「「了解!」」


口元は笑っている事が多い。

だがそれは愛嬌があるのではなく、常に相手を小バカにしている結果だった。

なまじ頭が良いせいか自分以外の考えは全て効率の悪い下策だとさえ思っている。

それ故部下と話す時は試すような言動が多く、そんな時は決まって相手をさん付けで呼んだりした。

またその目は大きく、常に相手を睨み付けるのが癖で、その目に睨まれた部下は悪くもないのに思わず畏縮してしまう。

おまけに機嫌が悪いと挨拶しても平気で無視するような男で、笑っていたかと思ったら突然キレる質の悪い性格だった。


だが強い。


そして、そんなダダノマの機嫌を損ねぬよう部下達は良く働いた。

あの目に睨まれながら心に突き刺さるような罵倒を受けないよう常に全力を出すからだ。


「マシューさん、アーベルさん、オブライエンさん、見てんからな。今日は良いとこ見せろ」

「「はっ!」」


『リニアカタパルト射出準備よし。進路クリアー。AS隊、順次カタパルトへ』


「行くぞ、おらぁ!」

そんなダダノマに率いられたAS隊が次々と『トルティーヤ』を飛び発って行った。



「AS隊全機発艦しました。ハッチ閉じます」


管制の報告を受けたグリマルディーがチラリと隣の『パッタイ』を伺うと、既に左右のデッキは閉じられていた。こちらよりAS隊の出撃が早かったという事だ。


「ふん、バカラめ……良く仕込んであるようだな」

「間もなく砲撃予定地点に到着します」

「減速を開始せよ。『パッタイ』に通告。停止後、砲撃を開始する。発射タイミングは旗艦『トルティーヤ』に同調」

「了解、『パッタイ』に通告します」

「護衛艦はこのまま5キロ前進、展開して防衛線を築かせろ」

「主砲第一、第二、装填完了しました」

「『トルティーヤ』停止を確認」

「観測気球を飛ばせ。主砲、マップデータから照準。目標、スクヤーク中央の城塞。中の奴を生き埋めにしてやれ」

「主砲第一、第二、照準完了」


「砲撃開始!」


直後、スクヤークに向けて『トルティーヤ』と『パッタイ』の主砲が同時に火を吹いた。





スクヤークはツインズマールの東にある街で、規模は大きく、中央にはローエンドルフ城程ではないが城郭が聳え、そこを中心に街並みが放射状に広がった城塞都市である。

嘗ては幾多の戦いを経験したこの街だが、ここ百年程は外敵に襲われた事も無く平穏無事に過ごして来れた。

だがそれは他の街と同じく戦争の経験が無い事をも意味する。

しかし、今回に限って言えば備えは万全だった。

と言っても迎撃の為の備えではなく、逸早く敵の接近を知り、住民を避難させる為の早期警戒の為の備えであるが。

実はこれはスフィンクスの進言によるものだった。

ヴィンランドに街を捕捉された以上、ランドシップによる長距離攻撃は避けられない。

だが、その敵はクラックガーデンからやって来るのが分かっているのだ。

ならば通信網を整え、クラックガーデンを伺えばいい。

これによりスクヤークの住民の大半は既に郊外の山中に避難しており、残っているのは逃げる事の出来ない何等かの理由がある者達だけとなっていた。

また、ASにはシールドがある以上一般兵による銃撃は威嚇にしかならない。

対抗するならバズーカや小型のミサイルだが、単発で撃っても避けられるだけで、組織立った反撃をしなくては成果は望めない。そう警告もされていた。


「なんか臭くねぇか?」


だから街中に突入したダダノマが罠かと警戒する程スクヤークの街には人影はなく、反撃する者すらいなかった。





『P101からP201。そっちはどうだ?』


街の中心寄りのコースを進んでいたリーディアのインカムに通信が入ったのは、侵入を開始してから五分後の事だった。

後続に停止するよう手振りで知らせてからインカムに手を添える。


「P201。今のところプラントと『グリッツ』は発見出来ず。敵影も発見出来ないけど」

『こっちもだ。今索敵範囲を広げる為、後続のP第三中隊を外周寄りのコースに変えた』

「了解。P第四中隊のコースを変更します」

『頼む』

「P401、こっちとP第一中隊のどっちもフォロー出来るよう、一本左の通りを進んで」

『P401、了解』


リーディアが後続部隊に指示を終えると、それまでそれを守るように展開していた部下達が一斉に振り向いた。


「お待たせ。ほんじゃあ、行こっか」

「リーディア隊長」


だが出発しかけたリーディアを部下の一人が呼び止めた。

そして建物の間にチラリと見える教会を指差す。


「うーん、あんな所に隠せるとは思えないけど……一応確認しとこっか。私の部隊だけで行こう。クーちゃんの第六中隊は援護」

「了解」

「リーディア隊長、私も行きます」


それまで黙って事の成り行きを見守っていたフィーアが突然駆け出した。

そのままリーディアの返事も待たずに付いていく。

そして部隊が散開し、周りに誰もいなくなった頃を見計らってからスッとリーディアに寄り添った。


「リーディア隊長……」

「なに?」

「あの教会……さっき窓から人影が見えました……」

「じゃあ、敵さんが居るんだ?」

「いえ……窓から覗いていたのは子供達で……それを母親らしい女性が慌てて捕まえてました」

「って事は……避難所?」

「おそらく……」


フィーアがリーディアに付いてきたのはそういうことだった。

要は無闇に殺さないでくれと言っているのだ。

また、それの分からないリーディアではない。


「各員に通達、まず私とフィーちゃんで様子を見て来る。各員は指示があるまで待機」

『『了解』』

「さて、援護よろしくねフィーちゃん」

「はい」


フィーアが強く頷いた。

自分の意見で単機での突入となったのだ。だからこの人は絶対に守る。そう決意した眼差しだった。

それを見てリーディアがふっと笑う。


「そんなに気張らない。でも獣化には気をつけよう。行くよ!」


物影から躍り出たリーディアがホバリングを使って子供達が覗いていたという窓に一気に近づいた。遅れてフィーアも続く。

そして飛び蹴り一発、


「そりゃ!」


と言う掛け声と共に中に飛び込んだ。ここなら罠は無いと踏んだからだ。

そのまま床にスライディングしたリーディアが教会の奥に向けて銃を構える。

飛び込んだ瞬間、視界の隅にチラリと動く影を見たのだ。

だが引き金を引くような事はなかった。

遅れて突入したフィーアと二人、顔を見合せからふっと緊張を弛める。

フィーアの見た通り避難所……しかも、その殆どが子供達だったのだ。

そう……ただの子供達。

ワービーストに蔓延する感染症を知ってからと言うもの、リーディアはワービーストを人類の敵として見る事が出来なくなっていた。

だからリーディアは静かに立ち上がると、わざわざ相手に見えるよう手に持った銃を光の粒子に変えて収納した。

害意はない。

そうアピールしたのだ。


「信じてくれないかも知れないけど時間がないの、今は信じて。危害を加えるつもりはないわ。責任者は誰?」


すると初老の女性が「私です……」と言っておそるおそると前に出た。

それに一つ頷いてリーディアが尋ねる。


「この街……みんな避難したんでしょ?何で子供達を連れて逃げなかったの?」


それを聞いた女性が驚いた顔でリーディアを見、次いで警戒を解いた。

どんな無理難題を言われるのかと思っていたのに、相手はどう見てもこちらの心配をしている。それが分かったからだ。


「元々……この街に住んでいた住民なら避難先もあるのですが、難民の子供達はその限りではありません。そんな子供達を置いて行く訳にもいかず……」

「あぁ、そう言う事ね」


リーディアが顔をしかめた。

要は街に見捨てられた子供達なのだ。

だからと言って、こんな頑丈でもない造りの目立つ建物に態々隠れなくてもと思う。

これではミサイルでも撃ち込まれたら一発でお陀仏だ。

部屋の奥ではしゃがみ込んだフィーアに子供達が集まっていた。


「さっきみたいに窓に近づいちゃダメよ?」


と注意しながらお菓子を配っている。

とても初対面とは思えない人気ぶりだった。

それを見てクスリと笑ったリーディアが、


「しかたないなぁ……」

と言ってインカムに手を添えた。


「P201よりP101」

『P101』

「お城の南西に大きな教会を発見。信心深い私(←嘘)としては建物の保護を提案します」

『…………』

それを聞いてカルデンバラックが沈黙した。


〈うーん、無理あったかな?私……神様にお祈りしたことなんて一度もないもんなぁ〉


だが、他に適当な言い訳の思い浮かばないリーディアだった。

やがてインカムの向こうからフッと鼻で笑った気配がした。


『中に人は?』

「いません」

『いいだろう。各中隊長に通達、聞いてたな? 信心深い俺(←嘘)としても神に祈る神聖な場所には手出ししたくない。命令あるまでリーディアが調べ終わった教会には近づくな』


〈あは、何が信心深いよ……〉


リーディアが声を殺してくくっと笑った。

あちらも良い言い訳が思い浮かばなかったのだろう。

そんな事とは露知らず、一連のやり取りを聞いて信者と勘違いした女性が、十字を切ってからリーディア達に祈るように両手を合わせた。





「ふざけんな!おい!獲物はどこ行きやがったんだ!」


その頃、街の北側ではダダノマが大声で部下に当たり散らしていた。

結局、然したる反撃も受けず、逃げ惑う住民を満足に狩る事も出来ずに街を突き抜けてしまったからだ。


「連隊長、取り合えず作戦本部に報告を……」

「分かってんだよ!うるせぇな!」


副隊長に一言怒鳴ってから「ふん!」と鼻息を漏らすダダノマ。

だがインカムに手を添えた瞬間、まるでスイッチを切り替えるように表情を改めた。


「101より本部、プラントと『グリッツ』、共に発見出来きず」

『こちらも観測気球でざっと見回したが、それらしい影は発見出来なかった。どうやら外れだったようだな。よってプランBに移行する。各AS隊は部隊を二つに分け、一隊は周囲の捜索、一隊は街中に残ったワービースト共を駆逐せよ』

「101了解、プランBに移行します」


グリマルディーに対しては言葉使いも丁寧で常に愛想笑いを絶さないダダノマだが、通信を終えて部下達を振り返った表情は既に不機嫌丸出しだった。


「聞いてたろ?マシューとオブライエンは周囲の捜索!アーベルは俺とワービースト狩りだ!隠れた奴等を引き摺り出せ!行け!」

「「了解!」」





一方、街の西側。


「遅いぞ」

「すいません」


遅れて到着したリーディアが大慌てで隊列に加わった。『トルティーヤ』のAS隊は既に行動を開始していたからだ。


「こっちも行くぞ。俺とリーディアの隊は再度街中に突入する。P第三、第四中隊は街の西側3キロ圏内を捜索。敵の反撃があるかも知れん。油断するなよ」

「「了解!」」




「リアさん……あれ」


街に引き返して暫く経った頃、第六中隊隊長のクラーラがリーディアにくいっと顎をしゃくった。

光学迷彩しているので分かり難いが、クラーラが示す空には観測気球が浮かんでいる。


「街中に移動してるね。今さらマッピングも無いと思うけど」

「さっきの通信……グリマルディー司令に傍受されたんじゃない?」


その一言でピンとくる。


「あぁ……マルちゃん(注:グリマルディーのこと)ならやりそうだね(←因みに面識なし)」


だが二人の予想は当たっていた。

何をワービーストの教会ごときに甘い事を言っておる。

そう鼻で笑ったグリマルディーの指示で、件の教会の正確な位置を探ろうとしていたのだ。

勿論、主砲を撃ち込む為に。

だからリーディアの判断は早かった。


「ロックちゃん、よろしく!」

「了解」


そして部下の行動も早かった。

返事と共に狙撃銃を構え、直後には発砲していた。

銃に撃ち抜かれて落下していく観測気球。

それを満足気に眺めながらリーディアが笑った。


「うん、流石ロックちゃん。一発だね」

「いいのかな……」


それを見てクラーラが苦笑いを浮かべる。

砲撃される前に、こっそり避難勧告だけするつもりでいたからだ。


「問題なし!誤射は戦争あるあるだよ。だいたい射線に入る気球が悪い。さ、気にせず行こう!」

「誤射ねぇ」


笑いながら出発したリーディアに呆れた顔のクラーラも続く。

何を狙えば空の気球が射線に入るんだか。

そんな顔だった。




「グ、グリマルディー司令、観測気球からの映像が途切れました!?」

「破壊されたのか?」

「おそらく……」


遮蔽モードの観測気球が破壊された?


グリマルディーが顎に手を充て考える。だがあり得ない事でもなかった。


「……あれが見えるとなると、獣化の仕業か」

「司令、新たな気球を送りますか?」

「それには及ばん。所詮暇潰しの余興だ。それより周辺の捜索状況は?」

「今のところプラント、『グリッツ』共に発見の報告はありません」

「となると、強奪したのは我々の知らぬ勢力か……或いはやはり猿共でしょうか?」

「どちらにしても、ここには用は無くなったな。よし、一時間後に引き上げる。お遊びにかまけて時間を忘れるなとダダノマに連絡しておけ」

「はっ!」







スクヤークから北へと伸びる街道を進む事5キロ。

そこから山間に踏み込んだ所に、スクヤーク市民の大規模な避難所の一つがあった。


「皆、準備は良いかな?」

「「はっ!」」


その避難所の人々に見守られながら、スフィンクスがバギーの後席に立ち上がって一同を見回した。

それに応えるのはシン達AS隊44人と、虎鉄他、獣化隊30人。

その中には北淋から応援に駆け付けた夏袁や、案内役の見知らぬ男の姿もあった。

総勢75人。数の上では少ないが、皆精鋭揃いだった。


「スフィンクス殿、客人であるあなた方に戦わせて本当に申し訳ない」


そのスフィンクスの横に立つ黒髪の青年がスッと頭を下げた。まだ若いがスクヤークの族長、ヒョーマだった。


「気にされるな。避難した市民を守る事こそ、族長たるそなたの仕事じゃ。街は我等に任せい」

「……とは言え、後方で見ているだけと言うのは心苦しく……」

「ヒョーマ殿、こことて安全とは言い切れぬぞ。いつ敵が嗅ぎ付けるやも知れぬのじゃ。その時こそ、ヒョーマ殿が先陣に立ち、命を掛ける時じゃ。分かったの?」

「……はい」


まるで父親に諭されたように素直に頷くヒョーマを見て、スフィンクスがうむっと頷いた。そして再び視線を戻す。


「では行くか。シン!」

「はい」


スフィンクスに名指しされたシンが前に進み出る。


「ブリーフィングの通り、俺達AS隊は北側を警戒する敵に奇襲を掛ける。敵には例の獣人兵もいる筈だ。会敵した場合は無理をせず、必ず二人以上で当たれ」

「「了解!」」

「行くぞ!AS隊、出撃!!」







「リーディア隊長……これは……」


クラーラの連絡でリーディアが駆け付けた時は辺り一帯が血の海だった。

先程の教会。

お座なりのワービースト狩りをしながら街の南東まで戻った後、気になって様子を見に行かせたらこの有り様だった。


「リーディア隊長!あっちに向かって足跡が!」


おそらく流れ出た血糊を踏んだからだろう。部下の指差す方を見れば、確かに数人分の赤黒い足跡が残っていた。それも規則正しく。

それは現場から逃げ出すのとは違う、連行されて行った事を意味していた。


「行くよ!」


それを見た瞬間身体が勝手に動き出していた。すぐ後には血相を変えたフィーアも続いている。

連れて行ったのは間違いなく『トルティーヤ』のAS隊だ。あの吸血部隊。と言う事は……。

だが足跡は30メートルも残っていなかった。連れ去られた先の交差点に差し掛かる。

いた。さっきの子供達だ。

広場の中央に、他の市民達と一緒に座らせれているのが見える。

そして、その目の前の地面には既に数十人の遺体が横たわっていた。


〈さぁ、どうしよっか……何とか口で丸め込んで子供達だけでも……って〉

「ナンダッテー!?」


リーディアが思わず声を張り上げた。

フィーアが剣を振り上げた男を突き飛ばし、そのまま子供達を庇うようにダダノマの前に立ちはだかったからだ。


「ちょっと、マジ!?」


最早ゆっくり思案している暇はない。急いでインカムに手を添える。


「ギルちゃん!」

『作戦中にギルちゃん言うな!』


直ぐ様、呆れた声が帰ってきた。


「それどころじゃない!フィーちゃんがワービースト庇ってダダノマちゃんにケンカ売ってる!」

『はぁ……?』


呆れた声から一転、インカムの向こうのカルデンバラックが緊張したのが分かった。


『お前、いったい何やって……』

「とにかくお願い!早く来て!」


だがゆっくり状況を聞いている暇はなさそうだった。

リーディアがこれだけ慌てているのだ。それだけ切羽詰まっているのだろう。


『一分で行く!』


通信を終えたリーディアの目に、大きな目を見開いてフィーアに詰め寄っていくダダノマの姿が見えた。


「獣人さんよぉ、こりゃいったい何の真似ですかね?」


その視線を真っ向から受け止め、フィーアが子供達を守る為に両手を広げた。

一歩も引かぬ強い眼差しで。


「やめて!こんなの人間のする事じゃない!」

「へぇ、俺は人間じゃねぇのか?」


ダダノマが薄気味悪く笑った。

そしてリーディア達『パッタイ』のAS隊を振り返る。


「おい、そこの黒いの!まさかお前の差し金じゃねぇよな?」

「……止める間も無く行っちゃったのは確かだけど……この有り様見ると、私も一言」


「おっと!」


突然リーディアの言葉を遮ってダダノマが大声を出した。

そしてニヤリと笑う。


「黒いの……これレコードしてるからな。言葉には注意しろよ?でないと全員、反逆罪だからな?」


反逆罪。

そのダダノマの一言でリーディア始め、全員が凍りついた。

そうなのだ。

ワービーストを庇うという事は人類の敵側に回るという事を意味する。

そしてそれは自分の居場所を失う事をも意味していた。

そうやってリーディア達の口を封じたダダノマが勝ち誇った顔でフィーアに向き直った。


「可哀想に。仲間に見棄てられちまったな獣人。いや、もともと仲間じゃねぇのか?ははっ……」


〈フィーちゃんは仲間よ!くそダダ!!〉


リーディアがダダノマを睨み付ける。

だが何も出来ない。

自分の無力感を感じながらリーディアが地面に横たわる遺体に視線を移した。

ただ殺されたのとは違う。

両手両足を切断されていたり、中には後ろ手に縛られた状態で顔を膾のように斬り刻まれた人までいる。明らかになぶり殺しにされていた。

フィーちゃんは正しい。

こんなの人間のやる事じゃない。

だからと言ってフィーアを庇う覚悟も持てなかった。

そのリーディアの目に、ゆっくりと刀を肩に担ぐダダノマの姿が映った。

フィーアに抗う素振りは見えない。このまま斬られる気なのだ。

何故ならレコードされている以上、もうフィーアの行動は隠す事は出来ない。

もしここでダダノマに手を出せば、最悪アインス達が連帯責任を取らされかねないのだ。


〈フィーちゃん死ぬ気だ。もう、どうすりゃいいのよ!ギルちゃん!!〉

「って、ナンダッテー!?」


リーディアが再び声を張り上げた。

突然、空から降ってきた白いASを纏った男が、着地と同時にダダノマに蹴りを入れたのだ。

蹴り飛ばされたダダノマは後ろの部下達を巻き込んで盛大に吹き飛び地面に転がった。

その場がしーんと静まり返る。

『トルティーヤ』のAS隊は勿論、捕虜となっているワービーストやフィーア、いや……リーディア達もそうだ。

兎に角、その場の全員が呆気に取られてダダノマを蹴り飛ばした男を見た。


「あれって……ギルちゃんだよね?」


リーディアがポツリと呟いた。

見間違う筈はない。

なんとフィーアの危機を救ったのはカルデンバラックだったのだ。


カルデンバラックはリーディア達を視界に納めると同時に全てを理解した。

そして同時に、今までの己の行いを恥じた。

人殺し。

部下を率いる立場と戦争を言い訳に行ってきた行為。

あそこまで理不尽な虐殺をした覚えは無いし、手心も加えてきたつもりだが、端から見ればきっと同じように見えていた事だろう。

それを瞬時に悟ったカルデンバラックが覚悟を決めるのに時間は掛からなかった。


「てめぇ!どう言うつもりだ、カルデンバラック!!」

「やめた」

「あぁ!?」


鬼の形相で睨み付けるダダノマを無視してカルデンバラックがゆっくりとフィーアを振り返った。そして、


「お前の方が、あいつよりもよっぽど人間らしいな」

「あの……カルデンバラック隊長?」


キョトンとした顔で見つめ返すフィーア。


「フィーア。こうなった以上、俺もお前もお終いだ。二人でどこまでできるか分からんが、暴れるだけ暴れて死んでやろう」


カルデンバラックはそう言ってふっと笑った。

どうなる事かと固唾を飲んでいた周りの人間達が呆気に取られる程、それはいっそ清々しい笑顔だった。

その笑顔に元気よく「はい」と答えてフィーアがカルデンバラックの横に並び立つ。

だが収まりのつかないのはダダノマだ。


「はは、そう言うつもりなら望み通り殺してやる。狙え!」


ダダノマの指示で部下達が一斉に銃を構えた。

避ければ後ろの捕虜達を銃弾が襲う。そうやって動きを封じたのだろう。

ASにはシールドがあるとはいえ、それはあくまで致命傷を負わない程度であって、銃弾が当たれば当然痛い。

全身を襲う苦痛に狂ったように踊りながら死んで逝く様を想像したダダノマが再び薄ら笑いを浮かべた。その時、


ダァーーーーーーンッ!!


突然鳴り響いた銃声にダダノマがビクリと動きを止めた。

音を辿って後ろを振り向けば、銃口を上に向けたままリーディアが不機嫌そうな顔で睨んでいる。


「……何のつもりだ?黒いの?」


相手の出方を伺うようにダダノマが尋ねる。

だがリーディアはそれに答えない。ただ無言でゆっくりと歩き出した。

警戒するダダノマ。

そのダダノマの脇を素通りして、リーディアがカルデンバラックの前に立った。


「リーディア?」


じっと睨み付けるリーディア。

それは明らかにカルデンバラックを批難する瞳だった。

なにバカな事やってんの?

そんな顔だった。

だが違った。


「……ギルちゃん、やるなら一言先に言ってよね」


突然ニヤリと笑ったリーディアが右手を上に翳した。

そこに光の粒子が集まり、得意の槍が現れる。

それを掴んでくるんと回すと、振り向きながら二人を庇うようにしてスッと構えた。


「我慢してた私がバカみたいじゃん!!」


さっきまでの陰鬱な表情とは一転、それは全てを吹っ切ったハツラツとした笑顔だった。

それを見てリーディアの部下達が一斉にダダノマ達に銃口を向ける。

更には遅れて到着したカルデンバラックの部下達もそれに加わったものだから、ダダノマ始めその部下達も固まってしまった。

相手はAS四個中隊。こっちは分散している為、この場にいるのは二個中隊。


「……どう言うつもりだ?事と次第によっちゃ容赦しねぇぞ?」

「容赦しないのはこっちなんだけど?ダダノマちゃん?」

「あん? どう容赦しねぇんだよ?」

「決まってんでしょ、そのムカつく顔をぶん殴る!!」


何だか勝手に始めてしまいそうな雰囲気の二人に、今度はカルデンバラックの方が面食らってしまった。


「お前達、これはいったい?」

「ごめん、ギルちゃん。みんなに話しちゃった」


その一言で納得がいった。

ワービーストに蔓延する感染症。

皆その事実を聞かされた為、カルデンバラックと同じように無闇に人を殺す今のやり方に疑問を抱き、人間を殺す行為自体に嫌気がさしていたのだ。

そこにこの非道な行いだ。

フィーアやカルデンバラック、リーディアの行動を目の当たりにした部下達が、釣られるように離反したのはそう言う事だった。

どうせ反逆罪で死刑になるなら、せめてこいつ等を道ずれに死んでやろう。

そう決意した眼差しに見据えられ、ダダノマの部下達が明らかに怯んだ。

何せ相手は既に死を覚悟しているのだ。それも無理からぬ事だろう。


だがダダノマだけは違った。


元々頭のネジがいかれているのか、恐怖よりも怒りが先行しているのか?

とにかく薄気味悪く笑ったまま、リーディアとカルデンバラックを睨んでいる。

特攻隊長の異名を持つリーディアがスッと腰を落とした。

先陣切って斬り込む気なのだ。

その時だった。


『201より101!敵襲です!現在交戦中!!』


オープンチャンネルで飛び込んで来た悲鳴に「ちっ」と舌打ちしながらもインカムに手を添えるダダノマ。

それを見て、突撃の姿勢を取っていたリーディアもゆっくりとその姿勢を解いた。


「マシューさん?……こっちは反乱した奴等を始末するのに忙しいんだよ。そっちはそっちで何とか……」

『こっちもです!どこの部隊か知りませんが、突然AS40機の襲撃を受け、反撃している隙に獣化30人程が街中に侵入しました!!』


「なんだと!?」


敵がASを保有しているのは知っていた。

それが裏切り者なのか、単にワービーストが虜獲したASを使用しているのかは不明だが、その数が40機というのは予想以上だった。

おまけに獣化が30人も街中に侵入?

ダダノマがチラリと北を伺った。

流石にまだ来ないが時間の問題だろう。


『801より101! 一個中隊が山沿いにランドシップへ向かいました!敵の攻撃が激しく追撃出来ません!くそ!何だ、あの紅いAS!』


「ちっ……何やってんだか……」


「ダダノマ隊長……」

「引き上げだ!おい、『トルティーヤ』に連絡!所属不明のAS隊がそっちに向かった。艦隊を後退させろ!」

「り、了解」

「102!先導しろ!」

「はっ!」


指示の出し終わったダダノマがカルデンバラック達を見てニヤリと笑った。


「ふん、お前ぇ等は帰るとこねぇからな。ワービースト共に寄って集ってなぶり殺されるがいいぜ!」


ダダノマはそれだけ言い捨てるとホバリングでスーッと距離を取り、誰も追撃して来ないと見るやクルッと向きを変えて通りの角に消えて行った。


それを見て安心したのだろう。

捕まっていた市民達がホッと安堵の溜め息をついた。

子供達も庇ってくれたフィーアに抱き付いている。

それを不思議そうに眺めているのはノインだ。

正直、なぜ仲間割れしてまでワービーストを庇ったのか?

その理由も経緯も何も分かっていないのだった。

そんなノインをカルデンバラックが手招きした。


「ノイン、敵の電波攪乱により通信が困難な為、伝令を申し付ける」

「伝令……?」


更にはこの命令だ。

ノインがまだ幼さの残る顔でキョトンと首を傾げた。

カルデンバラックの言うような電波障害等出ていなかったのだ。

そんなノインを諭すようにカルデンバラックが真顔で続ける。


「お前はアインス達の元へ行け。そして伝えろ。AS隊は艦隊護衛の為後退。お前はその伝令に行っていた為、ここではなにも見なかった。知らなかった。……いいな?」

「あっ!?」


それはカルデンバラックの優しさだった。

何故なら目の前でフィーアが反乱を起こしていたにもかかわらず、黙って見てましたじゃノインも罪に問われ兼ねない。

だがその場にいなかったら?

言い訳くらいは立つだろう。そう言う事だった。


「……でも……フィーアは?」


ノインが泣きそうな顔でフィーアを見た。

その視線に気づいたフィーアが、助けた子供達を抱き締めながら優しく微笑み返してきた。


「お前にも分かってるだろう?フィーアの事は諦めろ」

「……諦め……る?」


考えないようにしていたが獣人兵の反乱は即、死罪だ。それは逃亡した際も変わらない。

例えスイッチを押されなくても、『パッタイ』から50キロ離れた時点で首輪は自動的に爆発する。

なのにその『パッタイ』に帰らない……いや、帰れない。

その先に待つのは確実な死だけだった。

何も言葉を掛けられず、ただじっとフィーアを見つめるノイン。

それを躊躇していると見たカルデンバラックがノインの肩にポンと手を置いた。


「さぁ、時間がない。……行け!」

「はい」


カルデンバラックに急き立てられたノインが一瞬くしゃっと顔を歪ませた。

そして右腕でグッと涙を拭うと、街の西側に向かって飛び去って行った。

結局フィーアに別れも告げられずに……。

悪趣味と思いつつもリーディアがチラリとフィーアの様子を伺えば、フィーアはなつく子供達の頭を撫でながら遠く東の空を眺めていた。

きっと、心でひたすら謝り続けているのだろう。

或いは別れの言葉か……。

だがリーディアに同情はなかった。

冷たいようだが自分で選んだ結果だ。

その決意を憐れんで声を掛けたり涙を見せるなど失礼だとさえ思っている。

最早リーディア達に出来るのは、フィーアが心乱さないよう笑顔で送り出してやる事だけだろう。

それに……自分達も似たような境遇だ。


「さて、これからどうする?ギルちゃん?」

「あいつ等次第かな?」

「え……?」


カルデンバラックの視線を追ってリーディアは愕然とした。

気づけば報告のあった獣化30人によって広場は完璧に包囲されていたのだ。

フィーアに気を取られて完全に油断した。

それともクールなようでやはり動揺していたのか?

これでは強引に離脱しても半数以上は殺られるだろう。

もっとも……仮に離脱しても行く先の無い身なのだが。


「全員、銃を下ろせ!」


カルデンバラックが慌てて指示を出した。

動揺するAS隊に向かって、金髪に立派な髭を蓄えた男がゆっくりと近づいて来たからだ。

更にはそれを守るように槍を小脇に抱えた二人の男達が続く。

その先頭を歩く男……服の上からでも分かる分厚い胸板に、女の太もも程もある二の腕。

それでいて野蛮さは一切感じさせない、とても威厳に満ちた佇まいの男だった。


「取り合えず、話くらいは聞いてくれそうだな」


カルデンバラックが一同を代表して一歩前に出た。


「ギルちゃん……自分が犠牲になってってのは……無しだかんね」


その背中を見つめながら、リーディアがポツリと呟いた。

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