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見知らぬ空へ  作者: たじま
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17、グリッツ強奪作戦



「話の分かんねぇ奴だな。俺はサカマチを呼んで来いって言ってんだ」

「司令は席を外しているのではありません。今朝早く、輸送機でヴィンランドから呼び寄せておいた護衛艦に向かわれました。ですから此処にはいらっしゃいませんとお答えしたのです」


戦艦『グリッツ』のブリッジ。

モニター越しに睨み付けるバカラの視線を真っ向から受け止めて、艦長のホワイトビットが毅然と答えた。


「あぁん?サカマチがヴィンランドに向かった?どう言う事だ!」

「戦況報告と仰ってました」

「戦況報告?まだ戦は終わってねぇんだぞ。なのに戦場を放っぽって戦況報告だぁ?ふざけてんのか?」

「あれだけ叩けば暫く敵は来ないと仰ってました」

「あの野郎、なに勝手に決めつけてんだ。それは敵さんが決めんだろうが……」


バカラはホワイトビットの答えに最早怒りを通り越して呆れる事しか出来なかった。家柄で成り上がっただけに戦場を甘く見ているとしか思えない。


「……申し訳ありません、バカラ司令。……私も立場上引き留めたのですが、サカマチ司令は一度こうだと決めたら他人の意見など聞かない方でして……」

「ふん。俺から報告行く前に全部自分の手柄だって言い触らしてぇんだろ?サカマチの野郎は」

「さぁ……そこまでは」


呆れた顔で皮肉を言うバカラにホワイトビットが申し訳なさそうに答えた。

口では言葉を濁したがホワイトビットもそうだと感じていたのだ。


「で? お前はどうしてろって?なんか指示は受けてんだろ?」

「バカラ司令の指示に従えと命令されております」

「バカか、あの野郎!なに人様に丸投げしてんだ!俺はこれから猿共に備えて次の罠を仕掛けてくんだぞ。そっちに構ってられっか。なんかあったらヴィンランドのサカマチにでも聞け!」


バカラはそう言って怒鳴ると一方的に通信を切ってしまった。

程なくして隣に並ぶ『パッタイ』がゆっくりと動き出す。

今までの行動から推察すると『パッタイ』は二~三日は帰って来ないだろう。

破壊されたセンサー類のチェックと猿族の次の手を予想して罠を張る為だった。


バカラは敵の戦術を予想し、その動きを制限してこちらの予定した戦場へと誘導し、罠に嵌め、或いは待ち伏せや奇襲を掛けて敵を叩いてきた。

『グリッツ』も同じ戦場に立っていたとは言え、こちらは右往左往する敵に止めを指したに過ぎない。

ここが未だに無事なのは単にバカラの知略の賜物だった。なのにサカマチは……。


「まぁ、バカラ司令が怒るのも当然だよな」


『パッタイ』が遠く見えなくなってからレーダー管制官の男がポツリと呟いた。


「こないだなんて「君も司令官になりたかったら私のするようにしたまえ。そうすれば必ず道は拓ける。評議員も夢ではないぞ」なんて偉そうに言ってたぜ」

「他人の手柄を口一つで横取りするのを真似しろって?」

「それ以前に産まれた家が良かっただけだろ?」

「危険な橋は決して渡るな!身の危険を感じたら仲間を見捨てて逃げろ!……って事だろ?」

「はは、似てる似てる」


皆、サカマチに不満を持っていたのだろう。次々と悪口が口をついて出てきた。

確かにサカマチは尊敬できる類いの人間ではない。

それはホワイトビットも認めるところだ。ではあるが……、


「それくらいにしとけ。相手は次期評議員だ。不敬罪で牢屋行きだぞ」


と、立場上上官の悪口に釘を刺さない訳にはいかなかった。そこが艦長の辛さだ。


「さて、『パッタイ』が居なくなった今、我々だけでここを守らねばならんぞ。万一に備えてプラントとの連結状態を確認しておけ。それと各種センサーの状態をチェック。観測気球も飛ばして……」

「か、艦長!緊急通信が入っています!」


「なに!?『パッタイ』からか!?」


通信士の報告に驚いたホワイトビットが遠く『パッタイ』の消えた地平線に視線を向けた。

だがここから見る限り、まだ空に煙は上がっていない。


「いえ、『パッタイ』ではありません。キャラバンのようです。相手は特務隊とか言ってますが……」

「特務隊?」


ホワイトビットが首を捻った。

そんな部隊があるなど聞いた事が無かったのだ。

だがこちらの装備を使っている上に軍の緊急コードまで知っているのだ。敵である筈はない。判断に悩むところだった。


「とにかく話を聞こう。モニターに出せ」

「はっ」


ホワイトビットの指示で通信回線が開かれると、モニター上にはヴィンランド軍の装備であるグレーのASスーツを着た男……シンが映し出された。


「通信を開いてくれて感謝します。特務隊のリッツマンです」

「艦長のホワイトビットだ。貴公のような部隊など聞いた事がないが?」

「グリーンウッド将軍肝煎りの秘密工作隊……としかお答え出来ません」

「秘密工作隊?」

「ヴィンランドの市民にもお見せできないような事をしている。……そう思って貰って結構です」

「なるほど。で……?」

「お願いがあります。先ずはこれを御覧下さい」


そう言ってシンがホワイトビットから見えるよう身体をスッとずらした。

そこには両手を後ろで拘束され、二人の男に脇の下を支えられてだらりと項垂れる猫々の姿があった。

照り柿を装着しているが、どうやら気を失っているようだ。


「第三世代のASだな。その女が何か?」

「ワービーストですよ」

「ワービーストだと!? じゃあワービーストがこちらの武器を虜獲してると言う噂は本当なのか!?」

「はい。これはたまたま手に入れました。我々の本来の任務とは関係ありません。速やかに任務に復帰したいのですが、この事実を放置する訳にもいかず、できればそちらで預かって頂きたいと思いまして」

「こちらで?」

「はい。勿論、そちらで捕まえた事にしてもらって結構です。手柄にされると良いでしょう。その代わり、こちらの要求を一つ聞いて頂きたいのです。このままでは任務遂行に差し支えがありまして……」

「ふむ、そう言う事か。良かろう。だが他人の手柄を横取りする気はない。後々、司令が戻られたらその旨報告しておこう。中央ゲートを下げる。入りたまえ」

「感謝します」




『グリッツ』との通信を終えて敬礼を解いたシンが後ろを振り返る。その顔には笑みが溢れていた。


「シャングの言うように、律儀で義理堅い男のようだな」

「ですね」

「これからの事を思うとぉ、ちょっと気が引けちゃいますねぇ~」


アレンと猫々の二人も相手の艦長に好印象を抱いたのだろう。苦笑いを浮かべながら答えた。


「先生どうです?うまくいきましたか?」


するとそれまで扉の向こうで様子を伺っていたアクミがひょこっと顔を出した。


「ああ。もう引き返せんぞ。覚悟を決めろよ」

「覚悟もナニも、このメンバーですよ?いざとなったらアムちゃん達だって駆け付けるんです。力ずくで奪い取ってやりますよ。ねぇ?カレンちゃん」

「うむ。負ける気がしない」

「相手はASだけでも96機じゃ。それも狭い通路じゃ思うように動けんぞ?万一制圧に手間取れば向こうも応援呼んでおしまいじゃ。ここは作戦通り行くに限る」

「春は心配性だな」

「お主達が大雑把過ぎるんじゃ」


『グリッツ』からは隠れていたので見えなかっただろうが、キャラバンにはアクミに春麗、大牙とレオの姿もあった。

他にシンと猫々を含んだAS6機。

総勢十名で大胆にも『グリッツ』を奪い取ろうと言うのだった。


「気掛かりだったプラントの方は連結してるようですね、隊長。これで作戦の第四段階が大幅に短縮できます」

「『パッタイ』の移動も見届けた。後は迅速に事が進むかだな。さぁ、お前達はカプセルに入っとけ。中を見られるだろうから絶対に目を開けるなよ」

「「了解」」




「第八中隊隊長のライエンだ。一応規則なんでな、積み荷を確認させてもらうぞ」

「特務隊のリッツマンです。案内しましょう。こちらへ……」


シン達が『グリッツ』下部のハッチから中央デッキに入ると、AS一個中隊が銃を構えて出迎えていた。

とは言え、隊員達に緊張の色は見られない。

ライエンと名乗った男の言うように規則だから。そんなところなのだろう。


シンの案内でライエンが、続いて四名のAS隊員がキャラバン内に入り込んだ。

そして積み荷だと言うカプセル型ベッドで眠るワービーストの顔を見た瞬間、二人の隊員がハッと息を詰まらせた。

そのまま周りに怪しまれないよう、驚いた体を装って壁際まで下がる。


「ヘンケルリンク……あいつら……」

「ああ……あの時の女達だ。捕まったのか……」


小声で囁くのはヘンケルリンクとオール。

元『インジェラ』のAS隊中隊長でブルックハルトの部下だった男達だ。

『インジェラ』捜索から帰った後、降格されて『グリッツ』に配属されていたのだ。

驚くヘンケルリンク達を他所に、ライエンがおそるおそると言った感じでカプセルを覗き込んだ。


「ワービーストを捕まえたのか?」

「全員獣化です。これが我々の本来の任務。こいつ等はサンプル体として実験に使うそうです」

「じゃあ、死んでないのか?」

「睡眠薬で眠らせてあります。が、些か捕まえ過ぎまして。その睡眠薬のストックが切れそうなんです。それを分けて貰おうとこちらに寄った次第です」

「なるほど」


ライエンがカプセルの中でこんこんと眠るアクミをじーっと見つめた。

ワービーストを……それも獣化の個体をこんな間近で見るのは初めてだったのだ。その時、


グゥウウーーーきゅルルる…………!!


静かなキャラバン内に妙に間の抜けた音が木霊した。


「…………」

「…………」

「まぁ、寝てても腹は減るんでしょう。もう二日も食事を与えてませんので……それより艦長に挨拶をしたいのですが」

「ん……?あぁ……それもそうだな。分かった、案内しよう。付いてこい」


シンが誤魔化すように声を掛けると、じっとアクミを睨み付けていたライエンが思い出したように「うむ」と頷いた。そしてシンを促して部屋を出る。

暫くするとバタンッ!と一際大きな音と共にキャラバンが小さく揺れた。

全員がキャラバンから降りた合図だった。



「……い、行ったか?(ふるふる……)」

「……い、行ったようじゃの(ぷるぷる……)」

「もう……平気ですよね?(ふるふるふる)」


大牙、春麗、レオの三人がカプセルから起き上がって「はぁ……」と安堵の表情を浮かべた。

予想だにしなかったアクミの不意討ちに全員笑いを堪えるのに一杯一杯だったのだ。


「まったく、一時はどうなる事かと思いましたよ。みんなのカプセルがふるふる震えて、こっちは気が気じゃありませんでした」


「誰のせいだ!(じゃ!)(です!)」


澄ました顔で呆れるアクミに全員がソッコーでツッコんだ。





「特務隊の面々をお連れしました」

「お初にお目に掛かります。特務隊のリッツマンです」

「ご苦労。私が艦長のホワイトビットだ」


艦長との面会を乞うたシンは、ライエンと二人の部下に導かれてブリッジへと案内された。

その後ろには照り柿を纏った猫々と、それを支える二人のASが続く。


「この度は無理を聞いていただき感謝します」

「いや構わん。それよりそいつが?」

「そうです。ハイネ、カール」


シンがツイッと脇に避けると、猫々を支えた二人が一歩前に進み出た。


「今は気絶させて睡眠薬を投与してますが、取り押さえるのに苦労しました」


珍しいからなのだろう。全員がまじまじと猫々を見つめて雑談を始めた。

それを聞き流しながらブリッジの状況をそっと確認する。

シンの隣にライエン。

他の二人は猫々達のすぐ後ろだ。

それを目線で教えてやると、ハイネとカールの二人はキュッと口許を引き結んでそれに答えた。その時だ。


「いい加減私語は慎め!」


ざわめき始めたブリッジに、突然ホワイトビットの怒声が響き渡った。


「部下が失礼をした」

「いえ、構いません」

「全員ワービーストをこんな間近で見るのは初めてでな。許してくれ」

「気にしてません。それより我々のお願いなのですが」

「そうだったな。ライエン隊長から聞いた。欲しいのは睡眠薬だったな。今用意させ……」


「いえ、欲しいのは睡眠薬ではありません」

「なに……?」


いぶかしむ艦長に、ニヤリと笑ったシンが右手を差し出した。

その掌が光り、直後に手榴弾が現れる。


「実は……この船を頂きたい」


呆気に取られる面々を他所に手榴弾のピンを抜いたシンが、ひょいとそれを空中に放った。


「ーーーッ!?」


全員の視線が一斉に手榴弾に注がれる。

だが咄嗟に動ける者はいない。

ライエンの鳩尾にシンの拳がめり込んだ。

直後に床に落ちた手榴弾からパンッ!と乾いた音が響き渡る。模擬戦用のオモチャだったのだ。

だが、そうだと気付いた時にはライエンの部下達二人もハイネとカールに気絶させられ無力化されていた。


「全員動かないで下さいねぇ。こっちは本物です~」


全員の視線が声の主に向く。

いつの間にか後ろ手に拘束されていた筈の猫々が、にっこり笑って手榴弾を握っていた。しかも、既にピンは抜いてある。

全員が再び息を飲んだ。

これがフェイクでないとしたらASを装着していないブリッジのクルーは全員がお陀仏だ。


「すまんが全員拘束させて貰う。暴れなければ危害を加えない事を約束しよう」


まさに一瞬の出来事だった。


「お前……俺達と同じ人間だろう?ワービーストに加担してどう言うつもりだ?」

「ふふ……ワービーストも旧人類もありませんよ。俺達は皆、同じ人間です」

「同じ……人間?」


笑顔でそう答えるシンに、ホワイトビットは敵である事も忘れて思わず見とれてしまった。

答えた内容もそうだが、邪気のない顔と言うのだろうか?

ひどく人を惹き付ける笑顔だったのだ。とても錯乱しているようには見えない。


「ハイネ、全員拘束したら扉の所で警戒だ」

「了解」

「カールは管制席」

「はっ!」

「……まだ艦内には味方が大勢いる。そう思い通りにはいかんぞ?」


艦長席に縛り付けられたホワイトビットがシンに警告した。

自分達を人質にブリッジを乗っ取ったとはいえ、いずれ誰かが異常に気づくだろう。

そうなれば艦内のAS隊が黙っていない。そう言っているのだ。

だがシンの表情から余裕は消えなかった。


「それはどうでしょうね。猫々、サンプリングは?」

「バッチリですぅ」

「よし、始めろ」




『グリッツ』艦内に突然、「ビィーーーーーーッ!」と警報音が鳴り響いた。

それを聞いて艦内の全員がびくりと身体を震わせる。


『先行する『パッタイ』より支援要請、総員第一種戦闘配置! AS全機、緊急発進、指定ポイントにて部隊を展開し待機せよ。繰り返す……』


艦内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

『パッタイ』からの支援要請と言う事は猿族が間近に迫っていると言う事だからだ。そんな中、冷静な者もいた。


『101よりブリッジ』


シンと猫々が顔を見合わせる。だがそれは想定内の事だった。


「ホワイトビットだ」

直ぐ様、変声機を通してシンが応対する。


『非常事態とは言え、全員で出撃しては『グリッツ』が無防備に。それにキャラバンには獣化の個体もいると聞きました。せめて中隊を一つ警護に残してはどうでしょう?』


尤もな事だ。そしてそれも想定内の事だった。


「ここにライエン隊長もいる事だ。第八中隊はそのまま特務隊と一緒にキャラバンを監視させる。他は速やかに発進したまえ」

『101、了解』


シンの応対に満足した連隊長が先陣を切って出撃して行くのがブリッジから見えた。

それに続いて次々と各隊も『グリッツ』を飛び立って行く。残っているのは第八中隊だけだ。


「猫々、ライエン隊長のサンプリングはしてあるな?」

「勿論です~」




中央デッキでキャラバンを見張っていた副隊長の目の前にコールサインが点灯した。


『801より802』

「802」

『第八中隊はこのままキャラバンの監視と艦の護衛に当たる。俺達はこのままブリッジに詰めるから三人程こっちに寄越せ。さっきの女を独房にぶち込ませる』


副隊長が指を三本立ててから扉の方を指差した。それに頷いた三人がブリッジに向かって駆け出す。


『それと大丈夫だとは思うが、キャラバンに二人入ってワービーストを見張らせておけ。残りは特務隊と一緒にそのまま外で監視だ』

「802、了解」


副隊長との通信を終えたシンが、今度は耳に掛かったインカムに手を添えた。


「聞こえたな、大牙? キャラバンに入った奴を無力化しろ。但し音は立てるなよ」

『了解』

「アレン、カレン、キャラバンの中が済んだら大牙達と残りの奴等を片付けろ。俺達はこっちに来た奴等を片付ける」


返事とばかりアレンとカレンの二人がニヤリと笑うのがモニター越しに見えた。


なんという手際の良さだろう。

ブリッジのクルーが雑談を交わしている間に、気絶したふりをしていた少女が全員の声をサンプリング。

そのままクルーに成り済ましてまんまと艦内のASを追い出す事に成功したのだ。

これでは第八中隊も時間の問題だろう。おまけに、


「猫々、艦内放送だ」

「はぁ~い。どうぞ~」


ホワイトビット始め、拘束されたクルー達が呆気に取られる中、シンが艦長席の受話器を持ち上げた。


「ホワイトビットだ。万一に備えて『グリッツ』は移動する。総員配置に就け」


完全にしてやられる。

たが拘束され、頼りのAS隊を欠いてはホワイトビット達にはどうする事も出来なかった。




一方、中央デッキではライエンと副隊長の通信を聞いていたヘンケルリンクとオールが無言で目配せしていた。


〈チャンスだ〉


そしてゆっくりとキャラバンに向かって歩き出す。


「おい、どこ行く?」

「キャラバンの中だ。カプセルを監視するんだろ?」

「お前達が?」

「俺達はこれでも元中隊長だぜ?腕に自信はある。それともあんたが行くかい?副隊長?」

「いや、寝てるとは言え獣化と一緒の部屋なんてまっぴらだ。すまんが任せるよ」

「任されよう。だけど何かあったら直ぐ来てくれよ?」

「はは……何かあった時には手遅れだろ」


手を振るヘンケルリンクを副隊長達が笑って見送った。




「どうするんだ?ここで逃がしたら俺達が疑われるぞ?」


キャラバンの扉を閉めてからオールがヘンケルリンクに小声で尋ねる。


「睡眠薬のチューブに切り込み入れときゃいい。猿族が近くに迫ってるんだ。とばっちりを恐れてキャラバンも直ぐに出発する筈だ。数時間後に目覚めても俺達は疑われずに済む」

「なるほど。後は上手くやってくれるのを祈るだけか」

「そういう事だ」


一連の会話からも分かる通り、ヘンケルリンクとオールの二人はアクミ達を逃がそうとしていた。

ヴィンランドの人体実験はそれは酷いものだ。

身体を切り刻まれ、薬物を投与されて死ぬまで……いや、死んでからもサンプルとして施設に保存されると聞いた。

敵とはいえ、命を助けてくれた相手がそんなモルモットのような目に合うのが忍びなかったのだ。


「それは?」


ヘンケルリンクがカプセルに繋がれたチューブに切り込みを入れていると、オールがアクミの腕の下に何かを潜り込ませていた。


「レーションだ。腹が減ってそうだったんでな」


オールがさっきの事を思い出して「ふっ」と笑った。釣られてヘンケルリンクも笑う。その時だった、


「ふふ……優しいんですね?」

「ーーーッ!?」


突然、眠っていた筈のアクミが笑った。

そう思った時にはオールの腕は掴まれ、カプセルの中に引き摺り込まれていた。


「すまんの。お主等の優しさに免じて、手荒な事は控えよう」


いつの間に起き上がったのか?

気付けばヘンケルリンクの首筋に春麗がクナイの切っ先を押し付けていた。その後ろには二人の男達もいる。

ヘンケルリンクが訳の分からないと言った顔をしていると、目の前のカプセルからアクミがスッと身体を起こした。


「終わったか?」

「ふふん、安らかにおねんねしてもらいました」


大牙がアクミのカプセルを覗き込むと、オールはカプセルの中で気絶していた。

窒息する程アクミの熱い抱擁を受けた結果だった。




「先生~、AS隊接近ですぅ」


『グリッツ』を発進させて二十分。

レーダーで周囲を監視していた猫々の報告にホワイトビット達が喜色を浮かべた。

AS隊が戻って来たなら何とかなるかも知れない。そう思ったのだ。だが、


『おいシン。お前、本当にぶん取って来たのか』


通信機の向こうから聞こえて来たのは、呆れるような敵の声だった。


「荷台をチェックされてる最中にアクミの腹が鳴った時はヒヤリとしたが……まぁ、なんとかな」

シンがニヤリと笑いながら答える。


『そんな事よりシン、みんなに怪我は?』

「大丈夫だ。全員カスリ傷一つ負ってない。それよりお前達はデッキの制圧を頼む。それが済んだら大牙達と一緒にエンジンルームだ。分かってると思うが、手荒な事はするなよシャング」

『全員顔見知りだ。そんな事はしないよ。それじゃあ後でな』

「ああ」


「シャング・バスターだと!?お前達はいったい何者だ!?いったい何が目的なんだ!?」


通信を終えたシンに血相を変えたホワイトビットが食って掛かった。それを受けてシンが振り向く。


「タガの外れたヴィンランドから平和に暮らす人達を守りたい。それだけですよ」


そう言ってシンは笑った。





『ハッチ開放しま~す。AS隊着艦しますんでぇ~、注意して下さいねぇ~』

「誰の声だ?」


艦内の全員が首を傾げる中、早速第二デッキにASが一機飛び込んで来た。


「ははっ、懐かしいぜ!『グリッツ』なんて何年振りだ?」


大声で喚く声の主を見て、デッキのクルー達は我が目を疑った。戦死した筈のバッカスだったのだ。


「バッカス副隊長!?」

「よう、タイラー!久し振りだな!」


着艦したバッカスのASにクルー達が一斉に駆け寄る。

その脇を見知った顔が次々と着艦していく。


「無事だったんですね?良かった……」

「はは、みんな心配掛けたな。俺は勿論、シャング隊長も元気だぜ」

「シャング隊長も?」

「ああ、そうだ。またみんなで楽しく飯でも食おうぜ。だがその前に……」


「……バッカス副隊長?」


「悪りぃな、みんな。俺達……この船頂きに来たんだわ……」


バッカスが苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうに銃を構えた。







プラント内のとある工作室。

研究室を兼ねたその部屋の隣には一辺が30メートル程の格納庫も隣接していた。

その部屋の壁際には紅い第三世代のASが一機。

そして中央には一台のエアバイクが置かれている。

まだ研究中なのか、紅いASとエアバイクは無数のケーブルで繋がれていた。

そのエアバイク……兎に角大きい。

上から見るとアルファベットのYを逆さにしたようなスタイルで全長は約5メートル。横巾に至っては優に2メートルを越えている。

嘗てのF1レーシングカーから前輪とウィングを取り払ったようなフォルムだ。

その特徴的なバナナノーズの両側にはバルカン砲が装備され、シートの後ろから左右に広がった躯体の上部には大型のハーケンが、そして後輪に当たる部分には六連装のガトリング砲が設置されていた。

そのエアバイクの下に潜り込んでいるのは白衣を羽織った如何にも研究者然とした老人。

そしてそれを眺める、まだ三十前の女性も部屋の中にいた。


「室長、コーヒー入りましたよ」


女性が老人に向かって声を掛けるが、聞こえていないのか老人からの返事はない。


「室長……? 聞こえないんですか、モーリス室長?」

「ケイトちゃん、今ちょっと手が離せんのじゃ。そこに置いといてくれんかの?」

「はぁい」


どうやらバイクを弄るのに忙しくコーヒーどころではないらしい。

その時、プラント全体が突き上げるようにドンッと揺れた。

ケイトと呼ばれた女性が慌ててコーヒーカップを抑える。


「うぉい、揺らすんじゃないわい。まったく……人の研究の邪魔ばっかしおってからに……」

「でも、今回の室長の仕事って、研究開発じゃなくてプラントの管理運営なんでしょ?」

「知らんわ。そんなの上が勝手に言ってるだけじゃい。人の研究にあれこれ口出ししおった挙げ句に、こんな所に放っぽり出しおってからに……」

「こないだ作ったアレで嫌われちゃたんじゃないですか?手抜きするから」

「手抜きなもんかい!ASが何機か載れる長距離輸送手段。でも武装はいらん。おまけに金は掛けるな!っちゅう軍の要望を満たしたらああなったんじゃい」

「だからって……あれじゃハンドルの付いた只の空飛ぶ絨毯ですよ?」

「知らんわ。ええい、揺らすんじゃないわい!手元が狂うじゃろう!」

「文句言っても始まりませんよ、室長。だいたい……この部屋は勿論、研究資金も、必要な資材も、お給料も、何から何まで全部軍から出てるんですから」

「魂まで売った覚えはないわい」

「もう……いい加減機嫌を直されたらどうです?そんなに文句ばっか言ってないで、ヘクトール室長みたいに上手くやればいいのに」

「あんな人の造ったもんにちょろっと手を加えるのが得意な奴と一緒にすんじゃないわい。何が第四世代じゃ。ただの劣化版の癖に偉そうにしくさってからに」

「でも、製造費用も整備コストも半分なんですもん。そりゃ、量産品として考えたら優秀って事になっちゃいますよ」

「人の命が掛かっとんのじゃ、金に糸目つけんじゃないわい。ええい、何で揺らすんじゃ!やめじゃやめじゃ!」


老人はスパナを放り捨ててバイクの下を這い出ると、ツカツカとテーブルに歩み寄ってコーヒーカップを掴みぐいっと一気に飲み干した。

それを嘆息しながら眺めるケイト。


「室長……いくらなんでも、ASが跨がるにはあのコクピットは小さいのでは?」

「うーん、そうなんじゃが……ASがもっと小さくコンパクトにならんもんかの?せめて下半身だけでも」

「やっぱり基本構造自体を見直して……」

「これ以上でかくしたら、防御シールドが一個じゃ済まなくなるわい」

「じゃあ、二個にしたら?」

「二個も乗っけたら火器やハーケンを積む所が無くなって、ただのエアバイクになるじゃろうが」

「充分じゃないですか?そりゃあ、不足するASを補う為って名目でサイクロンの開発が始まりましたけど、高速戦闘を考慮するとパワーを上げざるを得ませんし、結果AS無しじゃ扱えなくなったのはしょうがないのでは? 私ならASの長距離移動手段として割り切ってしまいますけど?」

「ケイトちゃんはロマンが無いのう……」

「ロマンですか……?」

「ロマンじゃ。只のエアバイクじゃない。戦闘バイクっちゅう響きに儂の心は……いや、儂の魂は震えるんじゃよ」


老人は「ふぅ」と嘆息すると、おかわりを入れてコーヒーカップを手に持ち、窓際に移動して何気なく外の景色を見た。

折しも紅い夕日が西の山間に沈んで行くところだった。


西の山間……?


はて、いつの間にこんな所に?

そう思いながら今度は視線を下に移すと……見慣れぬ集落と、物珍しそうに集まるワービースト達がいっぱいいた。

おまけに広場の中央には、こちらの兵士達が一塊になって集まっているのまで見える。


「……のう、ケイトちゃん?」

「なんです室長?」

「外に……」

「外に?」

「ワービーストがいっぱいなんじゃが、……どうしよ?」

「は……?」


コンコン!


その時、部屋の扉を叩く音がした。


「ここに誰か居ますよね?放送聞こえなかったんですか?」


二人がギクリとして顔を見合わせる。


「あの……話し声がバッチリ聞こえましたからね?出来ればここ開けてもらえませんか?扉をぶち壊したくないんで」


老人がケイトに向かって小さく頷いた。

ぶち壊すと言っている以上、その手段を持っているのだろう。

ならこんな所に籠城しても始まらない。そう思って諦めたのだ。


「ちょっと待っちょれ。今開ける」


老人が鍵を解除して扉を開くと、アクミがフレンドリーに手を振りながら入って来た。


「どうもどうも。怖がらなくて良いですよ?別に獲って食やぁしませんからね」

「嬢ちゃん……ワービーストなんじゃよな?」

「そうですよ」

「襲って来んって事は、感染症ではないようじゃな」

「おや、感染症をご存知で?」

「まぁ、長生きしちょるからの。ところで儂等……気付かんうちに捕虜になっとったのか?」

「捕虜とは違いますが……まぁ、その辺の経緯とかを軽く説明しますんで、取り合えず外に……って、ナンですかぁああーーーーーーッ!?」


突然奇声を上げるアクミ。

その視線の先には件のエアバイクがあった。

そのままソッコーでバイクに駆け寄り、ペタペタとあちこちボディを触った挙げ句、目を爛々と輝かせて後ろを振り返る。


「ちょっとちょっと! なな、ナンですこの超絶カッコいいエアバイクはっ!?」

「それはサイクロンつって、……まぁ、AS専用の戦闘バイクじゃ。まだ試作機じゃがの」

「サイクロン!? ナンですか、その男心を揺さぶる熱きネーミングは!?」

「ほほう……嬢ちゃん、女のくせにこのネーミングの良さが分かるのか?」

「分かりますとも! ナンと言いますか、こう……遥か昔から受け継がれてきた魂が震えるとでも言いますか……兎に角、今すぐ仮面を被って走り出したい気分です!試作機って事は、これ動かないんですか?」

「いや、動くは動くぞ」

「ならエンジン掛けても良いですか?」

「構わんが、掛けるだけじゃぞ?」


等と言いながらも、老人がASと繋がれていたケーブルを次々と外していく。アクミに誉められて嬉しいのだ。

それを眺めながらケイトがおそるおそると尋ねる。


「あの……お嬢さん?室長も。外に行くんじゃ……」

「それどころじゃありません!!」

「それどころじゃないんだ……」


アクミにソッコーで切り返されたケイトが苦笑いを浮かべる。まるでおもちゃを与えられた子供だった。


「お爺ちゃん、これ動かしちゃ駄目ナンですか?」

「AS専用じゃと言ったろ?人間が素手で動かすにはパワーがあり過ぎるんじゃよ」


「なら!……問題ありま……せん!!」


アクミはバイクに跨がったまま両手を左にピンッ!と伸ばすと、そのまま半円を描くように上から右へと両手を回し、最後にグッと拳を握って獣化した。

頭に猫耳を生やしたアクミがにっこり笑って老人を振り返る。


「お爺ちゃん、ちょろっと離れてて下さい」

「あ、あぁ……って、ちょっと待っちょれ。今シャッター開けちゃる!」


老人が格納庫へと続くシャッターを開けてやると、アクミはアクセルターンでその場で向きを変え、エンジンを吹かせて一気に加速した。

そして直後にはドリフトさせて壁際で急停止。

その後も決して広いとは言えない格納庫の中を縦横無尽に走り回るアクミ。

物の見事にサイクロンを乗りこなしていた。

それを呆然と眺める二人。



「……ケイトちゃん?」

「……なんです?」

「獣化が乗る分には……まったく問題ないようじゃの」

「みたいですね」







「おい!ヴィンランドはまだ繋がんねぇのか!」

「ですが司令……定時連絡でもないのに長距離通信が繋がるとは……」

「うるせぇ!いいからとっととやれ!!」

「はっ!」


バカラに捲し立てられた通信士が慌てて通信機に飛び付く。

それを横目に艦長のベンソンが……いや、バカラを含め、その場の全員が茫然と外の景色を眺める。


『グリッツ』のAS隊から「防衛線の構築完了、現在待機中。その後の指示を……」


と言う問い合わせが来た時は、なに言ってんだコイツ?寝惚けてんのか?と眉をひそめたものだ。

だが続いて『パッタイ』からの要請で『グリッツ』の全ASが緊急発進したと聞かされた時、バカラの顔からサァと血の気が引いた。


やられた。


そう思って慌てて戻って来たのだが、時既に遅く『グリッツ』はおろかプラントまで無くなっていたのだった。

監視所に残っていた兵士の証言で『グリッツ』が北の方角に去って行ったのは分かった。

だが分かったのはそれだけだった。

今もASを四方に飛ばして捜索しているが、未だに何の手懸かりも掴めていない。



「ったく……司令官が船を空けんからこういう事になんだよ。バカ野郎が……」

「しかし、ワービーストがこんな大胆な行動に出るとは。しかも、こんなに手際よく……」

「ワービーストだけじゃねぇよ」



箝口令を出して口止めさせてるが、間違いなくこちら側の人間で手引きした奴がいる。

それも軍人の。

でなければ軍の緊急コードなど知ってる訳がないのだ。となると……、


「パンナボールの野郎……洗いざらい喋ってもらうぞ……」


眉間に皺を寄せたまま、バカラが囁くように呟いた。







その日の夜。

結局、丸一日掛けて『グリッツ』とプラントを捜索したものの発見には至らず、ヴィンランドとの協議の結果『パッタイ』はこの地を放棄してクラックガーデン基地に帰投する事が決定した。


その『パッタイ』の後部デッキに立って、カルデンバラックが満天の星空を見上げてふっと笑った。

今回の一件。

この人を食った敵のやり方につい感心してしまったのだ。

その時、冷たい風がデッキを吹き抜けた。

ちょっと寒いが、それがまた気持ち良く感じる程、カルデンバラックの心は何故か高揚していた。


カルデンバラックは今日一日、バカラの指示を受けて北の山々まで踏み込んでかなりの広範囲を捜索をした。

あそこまで踏み込んだのはおそらく自分達が初めてだろう。

何せワービーストが居るかも知れない地域をマップデータも無しに踏み込んだのだ。

そんないつどこから襲撃されるかも知れない危険な状況で、カルデンバラックは陣頭に立って隊を指示し続けた。

その心身の苦労は想像が付くだろう。

だから頭も身体もくたくたな筈なのだが、ふと外の景色が見たくなってここに来たのだった。


「大したもんだな……」

カルデンバラックが呟く。


「本当だね。まんまとやられたって感じ。って、うわっ!寒い!」


カルデンバラックの独り言に相槌を打つ者がいた。

振り返れば第二中隊隊長のリーディアが両手で腕を抱えながら歩いて来るところだった。


「どうした?」

「こっちの台詞だよギルちゃん。夜中に星空見上げて笑ってたら只の危ない人だよ?だから、はい」


リーディアが指先に引っ掛けていたカップを二つ差し出した。

カルデンバラックがそれを受けとると、リーディアは肩から下げていたボトルを傾けて熱い液体を注ぐ。

途端にコーヒーの良い薫りが辺りに漂った。


「ほら、星空はこうやってコーヒー片手に見上げるもんだよ。様になるでしょ?」


リーディアはそう言ってにっこり笑うと、手摺に肘を突いて遠くの景色に視線を移した。

カルデンバラックはふっと笑ってからコーヒーを一口啜り、リーディアの見つめる先を見る。

そこには月を反射してキラキラと輝く湖があった。


「私……ここ気に入ってたんだけどな……」

暫くするとリーディアがポツリと呟いた。


「そう言えば、夏になったら思いっきり泳ぐんだって言ってたな」

「それもそうだけど、山の斜面がまた陽当たり良くてね。あそこに寝そべって湖見るのが好きだったんだよね、私」


リーディアが名残惜しそうに反対側を振り返った。

山の稜線しか見えないが、リーディアの瞼にははっきりとその景色が見えてるのだろう。


「ところでギルちゃん、さっきは何で笑ってたの?」


リーディアが手摺に凭れ掛かったままカルデンバラックに尋ねた。

尋ねられたカルデンバラックの方は苦笑いを浮かべている。

いくらなんでも、こんな時に笑うなど不謹慎だったと思ったのだろう。


「いや……敵ながら大したもんだと思ってな。そう思ったらつい……」

「さっきもそんな事言ってたね。まぁ……ランドシップ丸々強奪したんだもん。私も大したもんだと思うよ?」

「そうじゃない」

「え……?」


ニヤけ顔のまま否定するカルデンバラックをリーディアが不思議そうに見つめた。

カルデンバラックは手摺に肘を突いて遠くを見つめたままだ。


「俺が感心したのは……死人どころか、一人の怪我人も出していないところさ」


そこで笑いを堪えきれなくなったのだろう。カルデンバラックは声に出してくくっと笑った。

まだ見ぬ敵の顔を思い浮かべながら。







同時刻。

プラントの例の一室でケイトがコーヒーを片手にパソコンに向かい合っていた。

テーブルの上には何やら魔方陣のようなイラストがあり、それを時々チラリと見ては再び画面に視線を戻している。

それは端から見ているといつもと変わらぬ日常に見えた。

それもその筈。

ここに連れて来られた全員が全員、拘束や軟禁等の扱いを受けてはいないのだった。


そんないつもと変わらぬ部屋に、いつもより思い詰めたような表情のモーリスがのっそり帰って来た。



「お帰りなさい、室長。どうでした?」

「色々とショッキングな話を聞いたわい」

「ショッキング?」



夕方、広場に集められたヴィンランド側の人間は簡単に事の経緯を聞かされた後、配給だと言う暖かい料理を振る舞われて解散を言い渡された。

勿論、ASを始め武器は全て取り上げられた上でだが。

その後暫くして艦内放送が流れた。曰く、


『ヴィンランドの壁の中に居ては決して知る事の出来ない事実を……ワービースト側から見たこの地の実状を話したい。興味のある者は『グリッツ』のブリーフィングルームに来て欲しい』


そう呼び掛けられたのだ。

そこでモーリスが二人を代表して聞きに行った。と言う訳だ。


「うーん、色々あり過ぎて何から話たらいいもんか悩むが……とりあえず、壁の外ではとっくの昔に儂等人類とワービーストが共存しとったって事かの」

「そうなんですか?」

「ケイトちゃんには話したろ?軍の機密事項。ぶっちゃけ、ワービースト達の間に蔓延しとる感染症は知っとったが、まさか仲良く暮らとるとまでは思ってなかったわい」

「まぁ……さっきの見た感じじゃそうでしたね」

「おまけに説明を聞いた限りじゃ、ヴィンランド側が一方的にワービーストを嫌って戦争吹っ掛けとるようだしの。まさか感染症に掛かっとらん北の住民を何千人も虐殺しとるとは思わんかったわ」

「ふぅん……まぁ、その辺の事は追々聞かせて貰うとして結論だけ。室長はどうされるんです?」

「儂は残る事にしたわい。彼等の目的が人類の……あぁ、彼等は儂等もワービーストも同じ人間って考えなんじゃが、その人類の争いを無くす為に戦っている。なんて言われたら断れんわい」

「それ、本当なんですか?」

「目を見た限り本気じゃったの」

「見た目で判断ですか?」

「後はそうじゃの。儂が残るって言ったら、まず最初に何を要求したと思う?」

「さぁ?大量破壊兵器か何かですか?」

「いいや。相手を殺さんような、例えば当たれば痺れて気絶するような殺傷力の小さい銃と剣を造ってくれと頼んだんじゃよ」

「へぇ……」

「あれは一門の男じゃな」

「それって誰なんです?」

「族長じゃ。儂等が帰属する側の最高責任者じゃな」

「じゃあ、嘘はなさそうですね」

「おまけに嘘でも金と資源を出してくれるっちゅうしの。ほっほっほっ……」

「室長?そっちが本音なんじゃないですか?」


機嫌良く笑うモーリスを見てケイトが苦笑いを浮かべた。


「で、ケイトちゃんはどうするね?ちゃんと送り届けてくれるそうじゃが?」

「そうですね、室長が残るなら私も残りますわ」

「軽いのう」

「だって室長がそう判断されたのなら、決して悪いようにはならないでしょ?私達だけじゃなく、人類全体が」


そう言ってケイトがにっこり笑った。モーリスの判断に全幅の信頼を置いている。そんな顔だった。


「ま、悪いようにならんのは確かじゃの。ところでケイトちゃん、パソコンに向かって何しとったんじゃ?」

「ああ……実はさっきカレンって言う女の子に頼まれ事しまして……」

「頼まれ事……?」

「ええ。ちょっと面白そうだったんで、つい請け負っちゃっいました」

「ほっほっほ……ケイトちゃんも、さっきより生き生きしとるの。いい事じゃ」


顔を見合わせて笑い合う二人。

その時、コンコン!と控えめに扉を叩く音がした。



「失礼しまっす!」

「おうおう、もう来たかアクちゃん」

「アクちゃん?」

「あぁ……自己紹介がまだでしたね。私、アクミリス・ヴァレンタインって言います。気安くアクちゃんって呼んで下さい」

「ちゅう事じゃ。そんじゃあ早速セッティング済ましちゃうかの」

「はいです!」



アクミを促したモーリスが意気揚々とサイクロンに歩み寄る。



「ふふ……なんだか楽しそうですね、室長」

「わくわくしとるのは確かじゃの。ほっほっほ……」



否定どころか即座に肯定して機嫌良く笑うモーリス。

その時、突然バンッ!と扉が開いて、今度は藍色の髪の少年が駆け込んで来た。



「紅い第三世代があるのはここか!?」

アクミにその存在を聞いたアレンだった。



「おう、アレンくんじゃの?アクちゃんから話は聞いとるぞ。ほれ、そこの壁際じゃ」


アレンはモーリスが指差す先に紅いASを認めると、


「おぉ!?」


と感嘆の声を上げてダッシュで駆け寄った。

そして爛々と輝く目でモーリスを振り返る。



「ご老人!これを貰えると言うのは本当ですか!?」

「構わんぞ。もう使わんしの。ただ、その呉藍くれないは儂の趣味で尖っとる。装備を外してから渡しちゃるから、明日まで待ってくれんかの?」

「ほう……興味がありますね。どう尖ってるのです?ご老人」



尖ってる……と言う言葉に惹かれたのか、アレンがニヤリと笑ってモーリスに尋ねた。



「格闘戦無視の重火器特化じゃ。両手で四つのガトリング砲を振り回しながら、背中に小型ミサイルやキャノン砲を呼び出してバカスカ撃ちまくるタイプじゃよ」

「なんと!?素晴らしいではないか!?尖った装備、大いに結構! 良い趣味していますぞご老人! 相手が近付く前に圧倒的火力で叩きのめす!まさに王者の風格!是非、それごと頂きたい!!」

「ほほう……これの良さが分かるかね、アレンくんは?」

「勿論!!」



ニヤリと笑いながら手を取り合う二人。

すっかりワービースト達と意気投合してしまったモーリスをケイトは不思議そうに眺めた。

自分以外とこんなに楽しそうに会話をする姿を見るのが久しぶりだったのだ。

そうしてコーヒーを手にしようとテーブルに手を伸ばす。

そこにはカレンの持ち込んだイラストがあった。


まぁ……自分もそうか。


我が身を振り返って、ふっと笑いを漏らすケイトだった。







コンコン!


「シングレア隊長、カーテレーゼです」

「入れ」

「失礼します」


『アイリッシュ』の執務室。

新たに虜獲したASのパイロットの人選や、帰属すると決めた兵士達の生活が立ち行くようにする等、様々な仕事に追われていたシンの元をカレンが訪れたのはツインズマールに帰投した翌日の事だった。


「どうした?」


神妙な顔つきで敬礼するカレンに顔を上げたシンが尋ねる。


「実は、シングレア隊長にお願いがある」

「お願い?」

「先ずはこれを見て欲しい」


カレンはそう言って一歩下がると、バッ!と右手を上に翳した。そして、


「シュバルツ・ローゼ! 召、喚!!」


直後、翳した手の先にパッ!と光り輝く魔方陣が広がり、カレンの身体を上から下まで高速で通過してスッと足元で消えた。

後にはASを装着したカレンが、「ふふん」とドヤ顔で笑っている。

まるで魔法少女のように華麗に変身したカレン。

それを、


「…………」


っと無言で見つめるシン。やがて、


「却下だ」

「待って、シングレア隊長。却下の理由を聞かせて欲しい」


だがそう言われるであろう事を予想していたのだろう。カレンは動ずる事なくシンに尋ねた。


「ASは玩具じゃない。余計な事にメモリー使うな」

「それは問題ない。光りの輪を虫食い状の魔方陣にする事によって容量は軽くなったとケイトは言っていたくらい」

「…………」

「…………」

「……それでも」

「それでも?」

「軍の支給品を私物化するのは……」

「私物化ではない。これを全ASの標準仕様にする」


「却下だ!!」


シンがソッコーでツッコんだ。

あんなヒーローの様な変身などまっぴらごめんだった。

だが、こうなる事も予想していたのだろう。真顔で近寄ったカレンがシンを見下ろすように続ける。


「シングレア隊長、良く考えて欲しい。メリットはメモリーの容量だけではない。魔方陣にする事によりASの展開速度はコンマ2秒早くなった。この差は大きい。それが生死を分かつ事があるのは数々の戦場で戦ってきた隊長なら理解している筈」

「うっ……」

「更に武器の転送に至ってはコンマ24秒も早い。これ程優れたプログラムを採用しないと言うなら、それ相応の納得のいく理由を聞かせて欲しい」

「それは……」


プログラムの優良性を盾に澄まし顔で詰め寄るカレン。完全に外堀を埋めてから直談判に来た訳だ。

実を言えばケイトの組んだプログラムのお陰で展開速度が速くなっただけで、魔方陣を只のサークルにすればもっと速くなるのだが、そこは黙っておくカレン。


結局「恥ずかしいから……」とは言い出せず、渋々と許可するシンだった。

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