16、ヴィンランドの戦略
二日間の演習を終えたシン達一行がツインズマールの街に帰ると、指揮所となっていた虎鉄の屋敷は騒然としていた。何かあったのは明らかだ。何故ならリンデンパークにいる筈のスフィンクスがシンを出迎えていたのだ。
いや、スフィンクスだけではない。
ここを拠点にしている虎鉄は勿論、ローエンドルフ城のラルゴに勘十狼、ラッセン艦長にシャング、あかりの姿まである。
「なにがあったのです?族長」
「先ずは入るがいい。順を追って話そう」
事の発端はリンデンパークやツインズマールと交易している東の街から行商人がパッタリ来なくなった事だった。
別に来ないからと言って日々の生活に何等影響はない。
だが何か予感があったのだろう。
スフィンクスの指示でツインズマールにいた大牙、レオ、アクミ、春麗、獣兵衛、次狼の六人がペアになって東の様子を見に行ったのだ。
そこで六人が見たのは、人っ子一人いない破壊された街の姿だった。
唯一無事だったのは内陸部のスクヤークだけ。
だがここも他の街の生き残りが難民として多数押し掛け、路地という路地に人が溢れ返っていたらしい。
「子供達も……赤ちゃんですら……いっぱい死んでました……」
スフィンクスが語り終えた時、アクミが涙を流しながらポツリと呟いた。
大牙や春麗達は怒りを堪えているのであろう。無言で両目を瞑っている。
「しかし、ヴィンランドの目的は何じゃ?街を壊して終いではあるまい」
「普通に考えれば資源目的ですが……」
「じゃが、資源目的ならそのまま軍が駐屯する筈じゃの……」
虎鉄、ラルゴ、勘十狼の三人が顔を見合わせて考え込んでしまった。
確かに今回のヴィンランドの行動は不可解だ。
今まで放置していた北部の街を突然襲撃した事だけでも不可解なのに、住民の虐殺よりも街の破壊を優先したような形跡まである。
それはまるで、住民達をその土地から追い出すかのように。
だが、シンにはもう分かっていた。
夏袁から聞いた近々南部で始まるという猿族との全面戦争。
それを前に、北淋に進出した猿族への牽制と西部の守りとしての前線基地の建設。
ヴィンランドも必死なのだ。
ランドシップを保有し、遥かに進んだ科学力を持っていてもその数は限られる。
あっちもこっちも敵が同時に蜂起すれば戦力が分断され、各個撃破される憂き目にあうかもしれない。
それを防ぐ為の予防措置……。
「後顧の憂いを絶ったんです」
ざわめいていた一同を断ち切るようにシンが告げた。
同時に全員の視線が一斉にシンに注がれる。
「シン、どう言う事じゃ?」
「夏袁からの情報ですが、ここ一年の間に猿族がヴィンランドに向けて侵攻を開始します」
「なんと!?」
「その備えなのでしょう。ヴィンランドが基地の建設を始めています。場所はツインズマールの南東約500キロ。護衛はファラフェル級が二隻」
「おい、それって!?」
その場所に心当たりがあったのだろう。シャングが確認するようにシンを見た。ラッセンも同様だ。
「そうだ。前に『パッタイ』が不可解な動きをしていただろう。基地の下見だったんだ」
それを聞いたスフィンクスが腕を組んで唸った。
ツインズマールの南東500キロと言えば、ヴィンランドとのほぼ中間だ。
今まで両者の緩衝地帯だった所がヴィンランドの勢力圏になると言う事は、それだけこちらの街が発見されるリスクが増す。
遠距離の攻撃手段を持った相手にそれだけは避けたいところだった。
「……そんなところに腰を据えられると、ちと厄介じゃの」
「それは猿族も同じ考えです。元々は北淋を見据えた基地ですので。夏袁の話では近々南から大規模な討伐隊が出るそうです。いや……既にもう出発してるかも……」
「そうか。それで合点がいったわい。要は南と西で手一杯なところに北で万一にも挙兵されると困る。と言う訳じゃな、シン殿」
「おそらくは……」
「そんな理由で、あれだけの人を死に追いやったの?」
あかりが遠く、ヴィンランドを非難するように呟いた。
その一言はシン達の心に深く突き刺さった。同じ旧人類として立つ瀬がない。
猿族は感染者の集まりだ。その猿族相手なら殺すのも仕方ない。
スフィンクスだって先のローエンドルフ城の攻防戦で多数の猿族を殺した。
だがこれはどうだ?
まだ戦禍を交えていない街に対して、蜂起するかも知れないからと言う理由だけで先制攻撃。
その街の住民を殺し、生き残った住民を他の街に追いやり、その行き先を探り当てて再び攻撃。
追い立てられた人々は心の休まる暇などなかった事だろう。
特に子供達が心配だ。
親の不安や焦燥は心の敏感な子供には直ぐに伝わる。
更にはこの寒空だ。
着の身着のままで逃げ出した上に路地裏での生活では満足に暖を取る事すら出来まい。
そうなった時、真っ先に命を落とすのは小さな子供達だ。
しかも、質の悪い事に軍の上層部はこれらの街が感染症に掛かっていない事は百も承知していた筈なのだ。
これは人間として決して許される行為ではなかった。
自分勝手もいいとこだ。
やるならそっちで勝手にやれ。こっちを巻き込むな。
そうヴィンランドの連中に言ってやりたかった。
「……シンよ」
それまでしんと静まり返っていた部屋に、突然スフィンクスの重々しい声が響き渡った。
その尋常じゃない声音と目に一同が無言で次の言葉を待つ。
「あの日の事を覚えておるか?」
スフィンクスが確認するようにシンを見た。
他の者には何の事か分かりはしないだろう。
だがシンには分かる。
それはシンがリカレスに残る決意をした日の事だ。
「今でもはっきりと覚えています。……あの時、旧人類だけでなく、猿族とも手を取り合っていきたい。そう言った族長の言葉に、俺は心打たれました」
「うむ。……あの時の心は今も変わらん。一部とは言え猿族とも手を取り合えたのじゃ、儂は今でも旧人類と手を取り合っていければよいと思っておる」
「……はい」
「じゃが!これ以上の暴挙を許す訳にはいかん!今後、奴等が北に踏み入ったなら、断固これを排除する!」
突然の怒声に、一同がゴクリと息を飲んだ。
いつも冷静沈着なスフィンクスがこんなにも怒りを露にするのを見たのは初めてだったのだ。
それは事実上の宣戦布告。
スフィンクスは今後、ヴィンランドのこのような行為に対して容赦はしない。
もしこれ以上北部に侵攻しようと言うなら武力を持って介入する。そう言っているのだ。
キングバルト軍とヴィンランド軍が戦禍を交える。
それはいい。
あんな事をする今のヴィンランドにはシン達ですら怒りを覚えているのだ。
それだけヴィンランドの行為は常軌を逸している。
だが、シンが驚いたのはスフィンクスが吐いた次の一言だった。
「すまんの……シン。お主等はどうか自由に進退して欲しい……」
この一言にシンは愕然とした。
余りの衝撃に言葉を発することも出来ず、ただじっとスフィンクスを見る。これではまるで……。
「スフィンクス殿。それは我々は信用出来ないからここから立ち去れ……と言う事ですかな?」
まるでシンの心を代弁するように突然ラッセンが口を開いた。
一同の視線が一斉にラッセンに向く。
「我々がヴィンランドに対して情を抱き、スフィンクス殿を裏切る。そう思っておられるなら、見込み違いもいいとこですな」
「いや、そう言う訳ではない。ただ同胞であったヴィンランドに対して銃を向けろとは儂の口からは言えん。そう言っておるのじゃ」
「それなら余計な心配です。我々が銃を向けるのはヴィンランドではありません」
「ヴィンランドではない?」
「今回の一件でも分かる通り、今のヴィンランドは些か常軌を逸しております。非人道的と言ってもいい。それは今のヴィンランドの政治を過激派が握っているからに他なりません」
「……ふむ」
「ですがそれは飽くまで軍の上層部。市民はそれに操られているだけに過ぎません。情報統制によりワービーストは危険な存在であると喧伝し、危機感を煽り、市民の意識をコントロールしてワービーストを根絶やしにするよう仕向けている。我々が銃を向けるのはその過激派連中です。ですからスフィンクス殿は何もお気になさらず、今まで通り我々をこき使って下さって結構。我々はそれに身を持って答えましょう」
静かに語り終えたラッセンをスフィンクスが、虎鉄が、勘十狼が、いや……この場の全員が驚いた顔で見ていた。
今までのラッセンは常に控え目で、人に意見を求められなければ発言しない寡黙なイメージがあった。
そのラッセンが突然熱弁を振るったからだ。
本来ならこれは自分が言うべき事ではない。シンが言うべき事だ。それはラッセンも重々承知している。
だから続きを任せるべく、シンを振り返って穏やかに笑った。
「と、まぁ……こんなところでよろしいですかな?シン殿」
その笑顔を受けてシンが自嘲気味に笑った。
「すみません、族長の言葉に取り乱しました。俺もまだまだですね」
つまりはそういう事だ。
いつも冷静なシンにしては珍しく動揺していたのだ。
それを見て取ったラッセンが年長者としてシンの……いや、皆の心を代弁したに過ぎない。要はラッセンの気遣いだったのだ。
いつもの冷静さを取り戻したシンが静かに立ち上がってラッセンとシャングを見た。
コクンと頷いた二人がシンに倣って立ち上がる。
隣のアムは見るまでもない。既にシンに寄り添うように立っていた。
「族長、今のヴィンランドのやり方には俺達も憤りを感じてます。どうか族長の理想の為……まだ見ぬ争いのない平和な日々を実現する為、俺達も一緒に戦わせて下さい」
一歩も引かぬ強い目差しでスフィンクスを見つめる一同。
その視線を受け、スフィンクスが嬉しそうに「……うむ」と頷いた。
「お主達を試すような事を言ってすまなかったの。ならば一緒に戦おうぞ!」
※
ツインズマールから六百キロ余り。
時刻は午後の十時過ぎ。
夏袁からの情報通り、建設中のヴィンランド軍の基地を破壊すべく猿族は部隊を集結させていた。
兵を指揮するのは猿族八家の一つ楊家の隠居で、名を楊玄柳。
六十を越えた老人だが、それだけに戦の経験は長く、手堅い用兵で部下達の信頼も厚かった。
その本陣のテント。
玄柳がテーブルに広げた地図を睨み付けるようにして見入っていると、部下の一人が幕を潜って静かに入って来た。
「準備は?」
「滞りなく」
「それで?何艘集まったな?」
「ご命令通り、十人乗りの早船を三百艘集めました」
「ほほう、良く集まったの」
それまで部下を見向きもしなかった玄柳が初めて顔を上げた。
戦用の早船三百艘、三日で揃えろ。
そうは言ったが、成り損ない共の通信妨害もあって思うように連絡も取れない今の状況では正直集まるまいと思っていたのだ。
「足りなかった分は小陽と馬傭関に獣化を走らせました。途中輸送に手間取らなければ夕刻には着いていたのですが……」
「ふん、まぁよい。獣化は?」
「半数は既に出しました。夜明け前には敵陣深くに潜入を完了するでしょう。残りは船着き場と本隊に振り分けて待機させてあります」
「一般兵は?」
「夜明けと同時に進撃を開始する旨、通達済みです」
「うむ。言い付け通り指示してあるようじゃの」
「ですが玄柳様、よろしいのですか?」
「何がじゃ?」
「獣化の殆どを各部隊に振り分けては、ここの警護が疎かに……」
「ほぉっほっほ……構わん構わん。これだけの部隊じゃ。儂の位置など分かるまい」
「ですが万一……」
「相手は四つ足が二隻じゃ。出し惜しみしては勝機を逸するぞ?それより最後の確認をしようか」
玄柳は尚も不安がる部下を手招きするようにテーブルの地図を人指し指でトントンと叩いた。
それに頷いた部下が玄柳の前に静かに歩み寄る。
「さっき入った物見の報告では敵に動きはありません。建設中の基地の南から南西にかけて四つ足二隻を主体とした防御陣を展開。それに対し、こちらは夜明けと同時に一般兵を主体とした機動隊がトラックとバイクに分乗して進撃を開始します。敵が迎撃の為に部隊を広げた所で後方に潜入させた獣化隊が攻撃する手筈に」
「うむ」
「早船による別動隊はこの戦闘に一切関知することなく、真っ直ぐ河を下らせて建設中の基地を奇襲します。川沿いには陣地はなく、あちらは大した戦力は残っておりません。対してこちらは獣化が五十人。一度侵入してさえしまえばこちらの勝ちです。例え四つ足が応援に駆け付けても味方が邪魔して攻撃は出来ません」
「敵に悟られんようにせんとな。陽動は?」
「昨日、北淋と泰西門に敵の目に付くよう動けと依頼してあります」
「ふむ……まぁ、ここに着いたのが夕刻。敵さんはこちらの本隊の位置も把握しとらんだろ。よかろう。それじゃあ、儂は少し仮眠を取るとしようかの」
「承知しました」
暗闇に包まれた草原の中を粛々と走る集団があった。猿族の獣化隊だ。
その先頭を行く隊長らしき男がスッと右手を上げて立ち止まった。行く手を阻むように三つの影が立ち塞がったのだ。
「どうした?」
「この先に成り損ないのドローンが警戒線を張ってる」
「数は?」
「百ちょっとだ。突破するのは容易いが、俺達の目的は敵地後方への侵入だ。見つかるのはまずい」
「仕方ない。遠回りになるが河添いまで迂回するぞ」
隊長は後ろの部下に合図を送ると、再び音もなく走り出した。
ドローンを遠く右手に望みながら身を低くして風のように走る集団。
地を蹴り、小さな川や沼を次々に飛び越え、水の中に浮いた島のような陸地から陸地を伝うように速度も落とさず走る獣化隊。
道はない。
だがまるで一本の道のように水から顔を出した浮島が奥へ奥へと続いていた。まるで誘導されているような錯覚を覚えるほどに。
やがて警戒するドローンを遥か後方に置き去りにしたところで隊長はふと気付いた。
〈おかしい。この辺……こんなに泥濘だったか?〉
今は冬で乾期だ。それなのにこの泥濘ようはなんだ?
これではまるで、我々の足を封じるかのような……。
〈まさか……河の流れを変えた?〉
その時、隊長の目の前に大きな沼が現れた。
今まで辛うじて残っていた陸地も全くない。完全な袋小路だった。
「しまった!?戻れっ!!」
隊長が後ろに向かって叫んだ瞬間、水面にいくつもの赤い光がチカチカと怪しく光った。水中に潜んでいたドローンが一斉に起動したのだ。
慌てて来た道を戻ろうとするが、いつの間にか後方にも回り込んだドローンが陸地を埋めるようにして立ち塞がっていた。
更に左右の草むらや浮島からは設置型の自動銃座が競り上がっくる。完全に囲まれていた。
全員が獣化とはいえ、限られた陸地では満足に動く事も出来ない。横に跳べば泥濘に足を取られて転倒する。そこに容赦のない銃弾が降り注いだ。
「西、エリア3ー3でドローンの発砲を確認! どうやら敵が罠に掛かった模様!」
「警報は鳴らすんじゃねぇぞ!灯りも点けんな!艦内放送で第一種戦闘配置を通告しろ!」
「了解」
「ベンソン!ASの発進準備だけさせとけ。まだハッチは開けんなよ!」
「はっ」
バカラが部下に向かって次々と指示を出していると、それを見下ろすように男の顔が突然モニターに映し出された。僚艦の『グリッツ』からだ。
『バカラ、お前の仕掛けた罠に敵の間抜けが掛かったようだな』
「間抜けは余計なんだよ、サカマチ」
『ふっ……しかし、本当に来るとはな。大した勘だ』
「勘じゃねぇよ。あっちもこっちも同時に動けば嫌でも陽動だって気づくだろ。なら今晩仕掛けてくんのは当然だ。それより分かってんだろうな?賭けは俺様の勝ちだ。今日はこっちの指示に従ってもらうぞ」
『些か不本意だが仕方あるまい。だが船の一艘もなかったらその時は覚悟しておけよ?』
「こちとら何ヵ月も前からシュミレートしてんだ。敵さんの考えそうな事は勿論、本隊の位置だって当たりが付いてるよ。心配しねぇでとっとと行け」
『ふん、偉そうに。では『グリッツ』のAS隊は罠に掛かった間抜け共を始末した後、そのまま船溜まりを襲撃しよう。本隊は任せたぞ』
「ああ」
「マジですか連隊長!?本当に敵の本陣を夜襲すんですか!?どっから獣化が飛び掛かって来るかも知れないのに!?」
「命令だ。従え。それより高度を下げすぎるなよ、マッケンジー。木に引っ掛けて落ちても誰も助けないぞ」
「冗談じゃないですよ!」
「いいか、出撃してもマーカーは点けるなよ!狙い撃ちにされるぞ!各中隊長は常に部下の位置を把握しろ!いいな!」
『これよりハッチを開放する。リニアカタパルト射出準備、零番隊各機は発進位置へ! 第一、第二中隊各機は零番隊に続いて発進せよ』
「アインス、すまんが先陣を頼むぞ」
「了解した、連隊長」
カタパルトに跨がったアインスがカルデンバラックに小さく頷いた。
その隣のカタパルトにはツヴァイが、後ろにはフィーアとノインの二人も続いている。
「アインスだ。Xー01発進する」
『進路クリアー、Xー01、発進よし』
「発進!」
直後、アインスのASが真っ暗な空に押し出され、消えていった。
※
ツインズマールの郊外。
丘……いや、小高い山と言った方がいいだろうか?
その山の中腹の開けた斜面にシートを敷いて寝そべるシンの姿があった。側にはアクミとアムの姿もある。
と言うより、アムがシンを膝枕し、そのシンの腕をアクミが枕にして二人は気持ち良さそうに昼寝していた。
時は既に二月も終わり三月の下旬に差し掛かっていた。
この日は風もなく、日向にいれば太陽の温もりをポカポカと感じて昼寝には持ってこいの天気だった。
そんな二人の寝顔を眺めていたアムが恥ずかしそうに会釈した。シャングと春麗が斜面を登ってきたのだ。
「シン、探したぞ!」
突然声を掛けられたシンがスゥと瞼を開ける。
そしてシャングを見て取ると静かに腕を揺すってアクミの頭をポンと叩いた。
「アクミ……起きろ」
「んん……ナンです先生?……おや?シャングさん。春ちゃんも。おハロ~ございます……ふあぁ……」
と、欠伸をしながらノロノロと起き上がるアクミ。
そんなアクミに続いて身体を起こしたシンがシャングを見上げてニヤリと笑った。まるでからかうように。
「良くここが分かったな」
「お前を探してたら、春があそこで日向ぼっこしとるぞって指差したんだ」
「ふっ……なるほど」
「お前な、屋敷を抜け出してこんな所で昼寝って、なに考えてんだ!」
「そんなに怒るな。今日は天気もいい。お前もどうだ?」
「そんな暇あるか。さっき夏袁から連絡があった。また失敗したそうだ。あの基地が完成したら、ここも発見されるかも知れないんだぞ。そうなる前にあそこを破壊しないと大変な事になるってのに、お前って奴は!」
「なんだ……? 俺にぶん殴られに来たのか?」
「シン、ふざけてる場合か!」
「別にふざけてなんかいない。春、ちょっとこいつを膝枕してやれ。こいつがこんなんじゃ、皆が不安になるだけだ」
「それもそうじゃな」
「お、おい!? 春ッ!?」
笑いながらシンに同意した春麗がシャングの肩をガッチリ掴んで強引にしゃがませた。
そのまま有無を言わさず膝枕して両手で肩を押さえ込む。
それだけでシャングは身動き一つする事が出来ない。相変わらずの筋力だった。
「少し頭を冷やせ。一万の猿族が負けたんだぞ。それも二回……いや三回か。それなのに俺達がノコノコ行ってもやられるだけだろ」
「そりゃそうだが……じゃあ、指をくわえて見てろってのか?」
「それを考えてた。で、考えが纏まったところで疲れて寝た。昼寝は大事だな。お陰でスッキリしたよ」
「まったく……」
「なぁシャング。お前、おかしいとは思わんか?」
「何が……?」
「考えても見ろ。なぜファラフェル級が二隻もいる? なぜ態々脚が遅く武装もないプラントを引っ張ってる?」
「それは……基地の資材を積んで……」
「そりゃ資材は積んでるだろうさ。だが基地の建設を始めて二ヶ月だ。やった事と言えば山の上に監視施設を建てたくらいで、今になっても砲台の一つも設置してない。それはなぜだ?」
「それは……」
シャングが口籠って考える。
確かにシンの言う通り、二ヶ月も経つのに未だに防御の備えをしていないのはおかしい。
早期警戒システムと迎撃の備えはある。現に猿族の接近を察知して撃退しているのだ。
だがそれらは全て基地から遠く離れた所で行っている。
クラックガーデンのように高い壁と柵で厳重に囲い、壁の上に砲台や機関銃を設置して守りを固めていないのだ。
はっきり言えば安普請。これでは防衛線を抜かれたらおしまいだろう。
「資源が足りてないのか?いや、わざわざ基地を造ろうって言うんだ、そんな筈ないな」
「つまりはこうだ。攻めの『パッタイ』と守りの『グリッツ』。そして補給と修理を担うプラント。とっくに基地は完成してるのさ。だからプラントを仕舞っとく柵と安心して眠れる環境を整えたら作業は終わり。万一防衛線を抜かれたらプラント引っ張ってとっとと逃げ出すつもりなのさ」
「じゃあ、今更攻めても遅いってのか?」
「いや。それならそれで話は変わる。要は『グリッツ』とプラントが無くなればいい。それで基地計画は頓挫する」
「そりゃそうだが……でも、どうやって破壊するんだ?」
「破壊なんて出来るか。一万の軍勢が近付く事も出来ないんだぞ」
「なら……」
「大人数なら警戒されて近付けん。だが少人数ならどうだ? それも相手に味方と思わせたら? 少なくとも懐には入れるだろう?」
「そりゃそうかも知れんが……懐に入ってその後は? こっそりエンジンにでも爆弾を仕掛けるのか?」
「まさか。そんなんじゃ修理してお終いだろ」
「じゃあ、いったい……」
「まだ分からんか?」
「分からん」
シンの試すような口振りに憮然としながらも答えるシャング。
そのシャングを見下ろしてシンがニマリと笑った。
それはまるで、悪戯を思い付いた時の子供の顔だった。
「頂くのさ。俺達で」
「頂くって……おい、まさか!?」
シンの考えてる事が分かったのだろう。シャングが驚いて飛び起きた。
「そうだ。『グリッツ』とプラントを掻っ払う」




