15、新生、アイリッシュ
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
瓦礫と化した街を手を繋いだ兄弟が必死に走っていた。
まだ幼い。
手を引く兄の方は十才くらいか?
弟にいたってはせいぜい五~六才だ。
走る兄に引っ張られながら時々足を縺れさせ、その度に兄が助け起こしている。
「お兄ちゃん……もう走れないよぉ……」
「泣き言言うな」
「だぁってぇ……ふぇ……」
「ばか……」
兄に叱られ、幼い弟の目から忽ち涙が溢れ出す。なんとか声を出される前にバッと口だけは塞げた。
だがそれで却って安心してしまったのだろう。兄の手の中でもごもごと言いながら泣き始めてしまった。
無理もない。
こんな状況で泣くなと言う方が無理だろう。
自分だって泣きたい。
だが、この幼い弟を助けられるのは俺だけだ。
その思いが辛うじて涙を堪えさせた。
遠くで銃声が聞こえる。
弟を抱えるようにして慌てて瓦礫の影に隠れた。
「お兄ちゃん……」
今の銃声で我に帰ったのだろう。弟が涙を流しながら心配そうに兄を見上げた。
その涙をそっと拭ってやりながら兄が優しく微笑む。
「大丈夫だ。走るぞ」
「……うん」
頷いた弟の手を引いて再び走り出す。
とにかく突然だった。
幼い自分には何が何だかさっぱり分からない。
最近、他の街からたくさんの人達がこの街に助けを求めてやって来た。
自分が知っているのはそれだけだ。
そして今日、ミサイルと砲弾が飛んで来たと思ったら、機械仕掛けの鎧を着た大人達がたくさん現れて、街の人達を次々と殺していった。
両親も殺された。
まだ弟はその事実を知らない。それだけが救いだった。
走りながらチラリと見える死体の中には赤ん坊の姿もあった。見つかったら自分達もああなる。
瓦礫の影から顔を出してそっと辺りの様子を伺う。
大丈夫だ。誰もいない。
「走れ!」
「お兄ちゃん待って」
弟の手を引く。
とにかく今は走るしかなかった。
瓦礫の影から影を跳ぶようにして走り、物影に隠れては辺りの様子を伺う。
そんな時だった。
「あっ!?」
物影から飛び出した瞬間、灰色の鎧を着た女とバッタリ出会ってしまった。
向こうも突然の事に驚いたのだろう。陽を受けて輝く金髪を揺らしながら立ち止まるり、じっとこちらを見つめている。
子供達は知る由もないが、それは零番隊のフィーアだった。
「お兄ちゃん……」
弟が兄に抱きつく。
その弟を抱き寄せながら、兄がフィーアをキッと睨みつけた。
その時、近くで男の怒鳴り声が聞こえた。
一瞬、フィーアから目を逸らしてそちらを見てしまう。
それが仇になった。
気づけばフィーアの手が迫っていたのだ。
弟をギュッと抱きしめて両目を瞑る。
「隠れて!」
だが、フィーアは兄弟を抱えて瓦礫の元に移動すると、強引にしゃがませて上から壊れた看板を被せてくれた。
「声を出しちゃダメよ」
フィーアが小声で囁く。
直後だった。
複数の気配が起こり、男達の声が間近に聞こえてきたのは。
「息のある奴は殺せ! 隙を見せると襲ってくるぞ、注意しろ!!」
瓦礫の山を背に部下達に注意を与えているのは、中隊長のマッケンジーだった。
「マッケンジー隊長、子供もですか?」
部下の一人が尋ねる。
するとマッケンジーは「はぁ……」と大袈裟に溜め息を付いて呆れたように部下を見た。
「……そんなの、一々言わなきゃ分かんないのか?」
「も、申し訳ありません」
わざわざ聞くな。
そんなのちょっと考えれば分かるだろう?そんな顔で見られて部下が萎縮する。
「あのな、子供だからって見逃して、獣化の個体だったらどうするつもりなんだ?数年後に返り討ちだぞ?みんな殺すんだよ」
「り、了解!」
踵を返して駆け出した部下を眺めてマッケンジーが再び溜め息を洩らす。
「まったく……頭使えよな」
その一連のやりとりを無言で見つめるフィーア。
向こうもこちらに気づいたのだろう。
「おい、サボってんなよ!!」
そう吐き捨てるように言ってから、返事も待たずにさっさと部下達を追って行ってしまった。
それを確認してから改めて周囲を見回す。とりあえず目に見える範囲には誰もいない。
「もう大丈夫」
フィーアは被せた看板を退けると、子供達を怖がらせないようにしゃがみ込んで優しい笑顔を浮かべた。
しかし兄は警戒を解かずに睨んだままだ。
当然だろう。
襲われた方からしたら今さら大丈夫もあったもんじゃない。
「……どういうつもりだよ」
「お兄ちゃん……」
そんな兄を見て、フィーアの笑顔に釣られて警戒を解こうとしていた弟が兄にしがみついた。
「……ごめんね」
そんな二人に優しく微笑んだままフィーアの頬を涙が伝う。
「……謝って済む事じゃないけど……ごめんね……ホントにごめんね…………」
「…………」
これには兄も参ってしまった。
何しろ、相手は泣きながら謝っているのだ。
人生経験の乏しい子供では女の涙にどう対処したら良いか分からないのだろう。
だが弟の方は違った。
「お姉ちゃん……どうしたの?」
再び警戒を解いた弟がフィーアを心配そうに見つめた。
「ううん、なんでもないの。ごめんね」
そう言ってフィーアは涙を拭うと、心配する弟の頭を優しく撫でた。
それだけで安心したのだろう。弟は嬉しそうに笑って気持ち良さそうに両目を閉じる。
それを横目にフィーアが兄に向き直った。
「良い?よく聞いて。街の外はダメ。包囲されてるの。街の外周も警備が厳しいわ。さっきみたいに怖い人達が巡回してるの。だから街の中の頑丈な建物に隠れてじっと息を潜めてて。私達は後二時間もすればいなくなるから。ね?」
「……どうしてそんな事を?」
警戒しながらも兄が尋ねる。
「私はこんなことしたくないの。……でも……こうしないと私も殺されちゃうの。だから……ごめんね」
「……お姉ちゃん死んじゃうの?」
それを聞いた弟がフィーアを心配そうに見つめた。
「ふふ、心配してくれるの?ありがとう。でもお姉ちゃんは大丈夫だからね」
つい愛しくなって抱きしめると、弟が「うん」と嬉しそうに返事をして抱きついてきた。
だがいつまでもこうしている訳にはいかない。
フィーアは最後に弟の頭を撫でから再び兄に向き直る。
「さぁ、誰か来る前に……」
「あっ!?」
「え……?」
兄がギクリと固まった。
その兄の視線を追って振り向いたフィーアの表情も凍りつく。
なぜなら、いつの間にか第一中隊の面々がこちらを見ていたのだ。
「連隊長……あれって……」
部下の一人がカルデンバラックに囁いている。
油断した。
よりにもよって、連隊長に見つかるとは……。
私はいい。
こんなことを続けるくらいなら、いっそここで子供達と一緒に死んでもいいとさえ思った。
だが事はフィーア一人で済む話しではない。
零番隊は一蓮托生。
一人が犯した罪は全員に及ぶ。
この事がバカラ司令の耳に入れば、問答無用で首輪の起爆スイッチを押されるだろう。
カルデンバラックがインカムに手を添えるのが見えた。
〈アインス……ツヴァイ……ノイン……ごめん〉
心で三人に謝罪するフィーア。だが、
「101より201」
『201』
「残党狩りはもういい。そろそろ撤収しよう。今どこだ?」
『街のちょうど東側』
「よし、お前はそこを動くな。俺はこれから西に移動する。二ヵ所を起点に各部隊を集結させよう。集まり次第撤収だ」
『201、了解』
「全員移動するぞ。102、先導しろ」
「了解!行くぞ、みんな!」
「「はっ!」」
副隊長に先導された第一中隊がホバリングで次々と立ち去って行く。
最後まで残っていたカルデンバラックも、チラリとフィーアを見てから無言で立ち去ってしまった。見て見ぬ振りをしてくれたのだ。
それを見てホッと胸を撫で下ろすフィーア。
「お姉ちゃん……?」
「ふふ、見逃してくれるって。さぁ行って。他の人達には見つかっちゃダメよ」
「うん。バイバイ!」
手を振る弟を促して兄が走り出す。
名残惜しいのだろう。弟が走りながらチラチラと何度も何度も後ろを振り返っている。
フィーアもそれに答えて手を振った。その時だった。
タタタタタタッ!!
「……え?」
突然辺りに銃声が響き渡り、子供達が弾き飛ばされたように倒れこんだ。
それを見てフィーアの顔からだんだんと血の気が引いていく。
「……いや……いやぁ!!」
悲鳴を上げながら慌てて駆け寄るフィーア。
見れば兄の方はもう息をしていなかった。即死だ。
弟の方はまだなんとか生きている。でも虫の息だった。
震える手でそっと手を握ってあげると、弟が焦点の合わない瞳でフィーアを見上げた。
「……お姉……ちゃ……」
それっきりだった。
銃声を聞いて立ち止まったカルデンバラック達も、事の顛末を唖然として見つめている。
「……ごめんね…………ごめんね…………」
フィーアは事切れた弟の手を両手で優しく握り締めると、そっとおでこに当てて両目を瞑った。
フィーアの頬からは止めどなく涙が溢れ落ちていく。
その姿は幼い子供達の冥福を祈っているようにも、神に懺悔をしているようにも見えた。
「ツヴァイ……どうして?」
弟の手をギュッと握ったままフィーアが呟いた。
いつの間にかフィーアの背中を見下ろすようにツヴァイが立っていたのだ。
「世話を掛けさせるな。お前の行動が俺達全員の総意と取られたら迷惑だ」
「まだ小さい子供なのよ!それなのに……」
「大人も子供もあるか。俺達の存在意義を忘れるなよフィーア!」
ツヴァイはフィーアを睨み付けながらそう言い捨てると、くるりと向きを変えて瓦礫の向こうに行ってしまった。
事の成り行きを遠くで見守っていたカルデンバラックも部下達を促して立ち去って行く。
フィーアは一人その場に取り残されたまま、茫然と子供達の亡骸を見つめ続けていた。
辺りはしんと静まり返り、木材の焼けるパチパチとした音だけが妙に耳についた。
「……私……こんな事するために生まれたくなかった………」
その小さな呟きを聞く者は、この場には誰もいなかった。
※
うっすらと積もった雪の中をランドシップ『アイリッシュ』が静かに進んで行く。
だが『アイリッシュ』を見慣れた人間がそれを見ても、直ぐには『アイリッシュ』と分からないだろう。
なぜなら、その船体は鮮やかな青と白のツートンカラーに染め分けられ、そこに赤と黄色でアクセントを付けたカラーリングに変更されていたからだった。
これはヴィンランド軍との差別化を図るとのスフィンクスの意向で、まずはキングバルト軍の象徴とも言える『アイリッシュ』を改修した結果だった。
その『アイリッシュ』のブリッジ。
艦長席にはひめ子が落ち着いた表情で座っていた。
側にラッセン艦長の姿は見えない。
いや、ラッセン艦長だけではない。ランドシップに精通した他のクルー達も同様だった。
唯一の例外は操縦士のエリックで、彼だけが今も『アイリッシュ』を操縦している。
実はこの度『インジェラ』の修理の目処が付いた事から、『アイリッシュ』は正式にひめ子に任される事が決定したのだ。
そんな事もあって、今回の航海には敢えて他のメンバーは乗艦していない。
とは言えツインズマールを出航して今日で丸三日。
初めこそ緊張していたひめ子だが、流石にもう慣れたようだった。
因みにレーダー及びAS管制官はサナ、火器管制担当はチカだ。
そして通信士には、なぜか春麗の付き人だった李媛が登用されていた。
その李媛、実は夏袁から春麗の無事を知らされるや、真っ先にワクチンを接種して春麗の元を訪れたのだが、
「気持ちは嬉しいが、まさかお主……ラブラブカップルの家に居座るするつもりじゃあるまいの?」
と遠回しに拒絶されてしまったのだ。
途方に暮れる李媛。
なぜならこのワクチン、数が少ない事から先ずは軍の主要な人物から接種することが決定していたのだが、李媛はそれを差し置いて強引に頼み込んでワクチンを接種して貰ったのだ。
だから春麗に断られたからと言って、今さらおめおめと北淋に帰れる訳がなかった。
お側に置いて頂けないなら、この場で自害致します。
そう言って、思い詰めた瞳で見つめる李媛。
これには春麗が参ってしまった。どう見ても本気だったのだ。
だがツインズマールに念願のマイホームを借りて、まだたったの二週間。
やっと生活も落ち着き、これからラブラブを満喫しようとしていた矢先なのだ。正直、李媛に居られたら困る。
だからシンに相談した。
なんとかならんか?と。
シンの答えは軽いものだった。
「部屋は余ってるんだ。ほとぼりが冷めるまで『アイリッシュ』にいればいいだろう」
結局、李媛はシンの計らいで『アイリッシュ』に一室を与えられる事となり、そのままなし崩し的に『アイリッシュ』に居着くこととなった。
そして今度の人事で、どうせならと自ら通信士を買って出たのだった。
また、見た目が変わったのは『アイリッシュ』だけではない。
この航海からランドシップのクルーは全員、揃って青系の軍服にその身を包んでいた。
かねてからのアレンの要望が通った結果だった。
「北淋軍との接触予定地点まであと20000」
「艦長、AS帰投させますか?」
サナの報告を聞いて李媛がひめ子に問い掛けた。もうすぐ両軍の中立地帯に入るから心配したのだ。しかし、
「まだいいわ。えっちゃん」
ひめ子は李媛にそう答えると右舷の窓に視線を移した。
そこには『アイリッシュ』と付かず離れずの距離を保ったまま、四機のASが模擬戦を行っているのが望見出来た。
「だって、楽しそうなんですもの」
ひめ子はそう言ってくすりと笑った。
※
雪の積もった地面の上をシンの月白が猛スピードで突き進んで行く。
それを追って大型の狙撃銃を装備したアムが追従しているが、見失わないようにするのがやっとで、とてもじゃないが引き金を引く余裕はなかった。
「カレン、そっち行ったわよ!頭抑えられる?」
『無理。こっちも補足されてる。進路を変えられた。速すぎて追い付けない』
見ればシンが左に進路を変えて林の中に突っ込んで行くのが見えた。
このまま二人を振り切るつもりなのだろう。
『俺に任せろ!』
「アレンくん!?」
『ミサイルと砲撃で北に追い込む。二人で先回りしろ!』
「了解!」
木々の間を右に左にと器用に避けながら速度も落とさず突き進むシン。
そのシンの月白には、今後起こるであろう対AS戦を見据えた試作型強化スラスターが装着されていた。この模擬戦はそれの為のテストだった。
林を抜け、アムとカレンを振り切ったシンが進路を右に取る。
その瞬間、その行く手を遮るように突然迫撃砲が着弾した。
所詮、模擬戦だ。本気で狙っては来ないだろう。
そう判断したシンがそれを無視して突き抜けようとするが、そのシンの行動を読んでいたかのように砲撃の密度が増していく。更にはミサイルも降り注ぐ。
「ちぃ!やるな、アレン!」
結局シンはその砲撃とミサイルに追い立てられるように右に右にと進路変更を余儀なくされ、気付けば元来た方角に向かわされていた。
「追い込まれたか?」
シンがそう呟いた直後、進路上にカレンのシュヴァルツ・ローゼが現れた。
「シュヴァルツ・ランツェーーーーーーーーーッ!!」
だが目の前でくるんとかわされる。
「隙も作らずにそんなの当たるか!そらそら!!」
「ひゃ!?」
槍の懐に入り込んだシンが左右に持った短刀で次々とカレンを斬りつける。
カレンもなんとか致命的な一撃は避けているが、小さなダメージが次々と入っていく。
「カレン!スイッチ!!」
そこにアムが遅れて駆けつけた。だが、
「うそ、逃げるの!?」
アムが来たと分かった瞬間、シンはスラスターを吹かせてスーッと横に移動すると、そのままくるっとターンしてとっとと逃げ出してしまった。
慌てて剣から狙撃銃に持ち替えたアムが続け様に発砲するがシンを捉えることは出来ない。
「ちょっと! シンにアレは反則じゃないの!!」
狙撃しながらアムが抗議の声を上げる。
それほどシンと新型スラスターの相性は良く、右に左にとブーストを効かせて跳ぶように銃弾を避けていく。
やがてアムの追撃を振り切ったシンの月白は木々の向こうへと消えてしまった。
「ピョンピョンピョンピョン、まるで獣化した野性の兎ね。手に負えないわ」
「おまけに背中には翼があって、鋭い爪まで生えてるから厄介」
嘆息しながら漏らしたアムの感想に、カレンが更に付け加える。
「大丈夫?」
「半分以上削られたけど、まだ行ける」
「オッケー、じゃあ追うわよ」
「うむ」
『アム、隊長を見失った』
「森に逃げ込んだのよ。方角は西」
『分かった。こっちも移動する。挟み撃ちに……え? ぐあッ!?』
「アレンくん!?」
アムとカレンが顔を見合わせる。
何かあった……と言うより、間違いなくシンに襲われたのだ。弾道から位置を特定されたのだろう。
「行くわよ、カレン!」
「承知!」
いきなりだった。
アムとの通信中に、突然横合いからシンの月白が現れたのだ。
気付くのが遅れ、すれ違い様に腹に一撃を食らった。
ゲージをチラリと見れば一気に250以上削られていた。
慌てて距離を取ろうとするが、ハーケン付きのワイヤーが足に絡み付いてその場に引き摺り倒された。
「撃ったら直ぐに移動しろといつも言ってるだろう?アレン」
「た、隊長……」
「で……? どうする?」
「はは、降参です……」
アレンは素直に負けを認めると、両手を上げて降参のポーズをとった。
アレンの鳩尾にシンの短刀の切っ先が突き付けられていたのだ。
「じゃあ、先に帰ってろ。上がってシャワー浴びてていいぞ」
シンはそう言い捨てると、アレンの返事も待たずに森の奥へと消えて行った。
このままアム達を迎え撃つつもりなのだろう。
「アム!兄様のビーコンが赤に!?」
「撃墜されたんだ。カレン、シンが来るわ。注意して」
「きゃっ!?」
「え……?」
10メートル程離れてホバリングしていたカレンのシュバルツ・ローゼが、短い悲鳴と共に突然消えた。
「カレン!?」
アムが慌てて引き返すと、地面に仰向けで倒れたカレンが苦笑いを浮かべていた。
「……やられた」
「シンは?……いた!」
月白の白い機体が木々の向こうに消えていくのがチラリと見えた。
アムも急いで追いかけるが距離は離れていく一方だ。
「なら!」
アムはシンの逃げる方向に当たりを付けると、森の上空に飛び出して一気に加速した。障害物がないだけこちらの方が速い。
「いた!」
やがて森を抜け出したシンの姿が前方に見えた。
追いかけながら狙撃銃を構えて発砲する。
しかし、進路を右に取られてスッとかわされてしまった。
そのままアムの狙撃を警戒して再び林に逃げ込むシン。だがそれがアムの作戦だった。
シンが小さな林を抜けると目の前に崖が広がっていた。
上空にいたアムにはシンの向かう先の地形が見えていたのだ。
シンが崖に沿って進路を左に変える。
「貰い!」
その行く手を遮るように一発。
続けてシンの胸元目掛けて二発と、続けざまに発砲した。
いくら新型スラスターの性能が良くても、一度急制動を掛ければ一瞬だが隙が出来る。だが、
「うそ!?」
シンは一発目が目の前を横切った瞬間、振り向き様に右手の短刀を振るって二発目の銃弾を叩き落とした。
それはまるで、二発目が胸元に来るのが分かっていたかのようだった。
必殺と思われた一撃をかわされ油断した隙に、シンの月白が一気に近付いてくる。
アムも直ぐ様バックで距離を取るが、スラスターの性能だろう、相手の方が速い。
付け入られる。
そう判断したアムの手から狙撃銃が消え、両手には速射性能の高い小銃が現れた。
牽制の為、三点バーストでタタタッ!タタタッ!タタタッ!と三連射するが、それをブーストを効かせて華麗に避ける!避ける!避ける!
「もう!」
逃げ切れないと悟ったアムが立ち止まって銃を構えた。シンはもう目の前だ。
斬り込んできたシンが突然、ブーストを効かせてアムの右に回り込んだ。
それは目と鼻の先、2メートルにも満たない距離でのターンだった。
アムからしたらシンが一瞬で消えたと錯覚したことだろう。
そのアムの死角からシンの短刀が襲いかかる。だが、
「なに!?」
シンが驚愕の表情を浮かべた。
シンを見失った筈のアムが、短刀を振りかぶったシンの胸元にピタリと銃口を向けていたのだ。
慌てて右足を引き様、左手で銃口を横に叩く。
直後、逸れた銃口から銃弾が飛び出した。
この距離で食らっていたら一気に決まっていただろう。間一髪だった。
仕切り直す為、シンがバックで距離を取る。
アムも特に追撃はしてこなかった。
そこで両機に、
〃ビーーーーーーッ!!〃
とブザーが鳴る。
時間切れ。
それは模擬戦終了の合図だった。
※
「月白、碧瑠璃、帰投しました。左舷デッキ、ハッチ閉じます」
「チカちゃん、主砲及び各銃座を最大仰角にしてちょうだい」
「了解です」
「リバハン城跡まで残り5000。定刻三十分前に到着予定」
「エリックさん、向こうに着いたら艦を回頭させてから停止でお願いします」
「了解」
「艦長、合流地点の光学映像出します」
「お願い」
ひめ子がサナに返事をすると、程なくしてブリッジ上部のモニターには北淋軍との合流予定地点が映し出された。
ひめ子達は知る由もないが、うっすら雪の積もったその丘陵は、嘗ての戦闘で冬袁が本陣を構えた丘だった。
「どうやら、あっちはまだ来てないようね」
ひめ子がモニターを見上げながら呟くと、同じくモニターを見た李媛がうわぁと苦笑いを浮かべた。
「ここがこの雪じゃ、あっちは大変だろうなぁ。ひょっとしたら、定刻に来れるかどうかも怪しいですね」
ここから北淋までの道程を知ってるだけに、李媛の呟きには実感が籠っている。
「念の為、観測気球を飛ばしましょう。それと全方位監視厳に。みんな、合流するまで気を抜いちゃダメよ」
「「了解」」
『アイリッシュ』の左舷デッキ。
模擬戦を終えてデッキに降り立ったシンにアムがゆっくりと歩み寄っていく。その手にはシンの為なのだろう、タオルを一枚持っていた。
因みに、二人が身に付けている濃いブルーのASスーツも新しく採用されたものだった。
「お疲れさま、シン」
「お疲れさん」
アムからタオルを受け取ったシンが顔の汗を拭く。
そうしてからアムを見てニヤリと笑った。
「腕を上げたな。仕留め損なった」
「ふふん。でしょ?」
シンに誉められてアムが嬉しそうに笑う。
始めこそ三対一だったものの、カレンがやられてからの戦闘は完全にアム一人の力だ。
そこで新型スラスターを装備したシンの月白を相手に一歩も引かなかったのだ。笑顔になるのも当然だろう。
「ところでシン」
「なんだ?」
「さっきのあれ。まるで背中に目があったみたいに弾丸を叩き落としたけど……」
「ああ、あれか。分かってたからな」
「分かってた?」
「一発目で足を止めて、二発目で仕留める。アムの必勝パターンだろ?」
「うん……まぁ……」
「だから二発目が来るのは分かってた。で、アムの性格上俺を相手にヘッドショットはない。なら胸しかないだろ?」
「うっ!?」
まさに図星だった。
要は完全に読まれてた訳だ。
「長い付き合いだ。二発目を撃つタイミング……リズムって言った方が良いのかな?それも感覚で掴んでたからな。でもまぁ、我ながら出来すぎだったな。それより最後の攻防、良く俺を見失なわなかったな。見えてたのか?」
「まさか」
「じゃあ、なんで?」
「ふふん。癖かな?」
「癖……?」
「そう、癖。フェイント入れながら真っ直ぐ突っ込んで来て、直前でブーストターン掛けて視界から消えるシンの必勝パターン。でもね、癖があるのよ。こないだそれに気付いてね」
「そんなのあるのか?気付かなかったな。どんな癖だ?」
「それはね……」
ブースト掛ける直前、踏ん張る為だと思うけど向う先と反対側の肩が一瞬沈むのよ。
そう言おうとしてアムは思い留まった。
代わりにシンの鼻にちょんと人差し指を当てて悪戯っぽく微笑む。
「ふふん……ひ、み、つ!」
「おい」
「いつか私が勝ったら教えてあげるわ」
「じゃあ、俺が負けるまでお預けか」
「そう言うこと。さぁ、ASをハンガーに置いて着替えましょ。汗かいちゃったわ」
※
女子AS隊員用の更衣室。
アムがシャワーを終えて出て来ると、何やら隊員達が集まってきゃいのきゃいのと騒いでいた。
「どうしたの、みんな?」
「来たかアム。これを見て」
何事かと思ってアムが尋ねると、騒ぎの中心にいたカレンがアムにAS隊用の軍服を広げて見せた。それを見てアムが首を傾げる。
新しい軍服が支給されて一週間。
もう見慣れてしまって、珍しくも何とも思わなかったのだ。
「ただの軍服よね?それがなに?」
「これは特注で作らせた、我々女子AS隊の服」
「特注?」
「そう。シングレア隊長に軍服を弄っても良いかと聞いたら、勝手にしろと言われた。だから改良を加えた。これがアムの分」
「ふぅん」
カレンから手渡された軍服を受け取り、何気なくスカートを穿いて気付く。
「ちょっとこれ、短すぎない?」
「すぐ慣れる。今日からこれがスタンダード」
「スタンダードって……これじゃ階段とかで丸見えよ?」
「問題ない。中にこれを穿く」
そう言ってカレンが黒いスパッツを持ち上げて見せた。
「ああ、そう言うこと。でも、それならもっとスカート長くすれば良いんじゃないの?」
「それはダメ」
「なんで?」
「男性隊員に夢と希望と潤いを与えるのが、我々選ばれた戦乙女の使命」
「どんな使命よ……」
と呆れながらも、スパッツを手にして穿いてみる。
「きっと、シングレア隊長も喜ぶ」
「そうかなぁ……」
シンがこんなので喜ぶところが、どうしても想像出来ないアムだった。
「それよりどう?」
スパッツを穿き終え、腰を捻ったり腿を軽く持ち上げたりして感触を確めているアムにカレンが尋ねた。
「うーん、ピチピチって訳じゃないけど……ちょっと動き辛いかな」
「分かった。今、違うの持ってくる」
「ああ、別にこれでも構わないわよ」
「遠慮することない。ちょっと待ってて」
「そう……?じゃあ、お願いね」
踵を返して立ち去るカレンを見送りながら、アムがスパッツを脱いでベンチの上にポンと放る。
その時、更衣室の入口に掛かったインターホンがピリリと鳴った。
「ランダース隊長~!ロンド隊長からお電話で~す!」
「私に?なんだろ?ちょっと待って貰って」
「はーい」
アムはジャケットを羽織って急いで身支度を整えると、インターホンに駆け寄って保留になっていた受話器を取り上げた。
「もしもし?」
『悪いなアム。まだシャワー中だったか?』
「ううん、大丈夫。それよりどうしたの?」
『実はさっきの模擬戦のデータなんだが、猫々が至急送ってくれって言うんだ。すまんが、碧瑠璃のデバイス持って俺の部屋に来てくれるか?』
「ああ、そう言う事ね。オッケー、直ぐ行くね」
『頼む』
アムはそう返事をすると受話器を置き、そのまま急ぎ足で更衣室を後にするのだった。
「あれ……? アムは?」
入れ違いに更衣室に帰ってきたカレンが、辺りをキョロキョロと見回しながら尋ねる。
「なんか急な用事みたいで、ロンド隊長に呼ばれて行っちゃいました」
「……ふうん」
カレンが視線を落として手に持った新しいスパッツを見る。
まぁ、あっちを穿いていったのなら問題ないか。
そう思って何気なく視線を移してベンチを見れば、そこにはアムが脱ぎ捨てたと思しきスパッツがポツンと置いてあった。と言う事は……。
「……まぁ、いいか」
やがてそう呟いたカレンは、手に持ったスパッツをアムのロッカーに仕舞ってパタンと扉を閉めるのだった。
「ごめん、お待たせ!」
「悪いなアム……って、おい。ずいぶん短いスカートだな」
扉を開けて入って来たアムを見てシンが呆れた顔を浮かべた。完全にミニスカだったからだ。
「今日からこれが女子AS隊のスタンダードだって。シンが許可したって聞いたけど?」
「弄ってもいいかってカレンがしつこく聞くから、勝手にしろって言っただけだ。そんな格好になるとは聞いてなかったよ」
アムがスカートの裾を摘まみながらシンに碧瑠璃のデバイスを差し出すと、シンが苦笑いを浮かべながら反論した。
こんなのが自分の趣味だと思われたら恥ずかしい事この上ない。
「カレン曰く、男性隊員に夢と希望と潤いを与えるのが、私達女子AS隊の使命なんだって」
「ふぅん、使命ねぇ……」
そう言ってシンがアムのスカートをチラリと見る。
それに気付いたアムが、ふふんと悪戯っぽく笑った。
「ひょっとして……気になる?」
「……別に」
「あれ?今、ちょっと間があったよね?」
「気のせいだ」
そうぶっきらぼうに答えて黙々と作業を始めるシン。
きっと照れ隠しなのだろう。どう見てもアムと視線を合わせないようにしている。
さっきカレンは言っていた。シングレア隊長も喜ぶと。
あの時はシンに限ってと思ったアムだが、どうやらそれは間違いだったらしい。
〈ふふ……やっぱりシンでも興味あるんだ……〉
その当たり前の事実にアムはクスリと笑ってしまった。
「しょうがないなぁ。いいよ」
「うん……?」
「シンが見たいなら、見せてあげる」
「はぁ?」
思わずすっとんきょうな声をあげて聞き返すシン。
「私……シンなら別に構わないよ?」
驚くシンを他所に、アムがシンの目の前にスッと立った。
そしてスカートの裾を両手で摘まんで優しく微笑む。
「お、おい……」
「今日の……私のパンツはねぇ……」
「ちょ、ちょっと待てアム!」
ゆっくりと裾を捲っていくアム。
いけないと思いつつも、シンの視線は露になっていくアムの太股に釘付けになってしまった。そして、
「じゃじゃん! 黒のスパッツでしたぁ!! ふふん、びっくりしたでしょ?」
一気にバッ!と捲って得意満面になるアム。悪戯が成功して無邪気に喜んでいるのだ。
だが予想に反してシンからは悪戯に対するリアクションがない。
〈あれ……?〉
いや、リアクションはあった。
シンが気まずそうにしながらも、アムのスカートの中をチラチラと見ているのだ。
それを見てアムの頬を冷や汗が流れる。
〈そう言えば私……スパッツどうしたっけ?〉
確かこのままでいいよって言って……でも、遠慮することないって言われて……じゃあ、お願いって……それで……それで?
アムがスカートの中をそーっと覗き込む。
するとそこには、紺地に白いブランドロゴの入ったパンツが……。
「うわっ!?」
すぐさまバッ!とパンツを隠し、内股でトコトコ下がってストンとベッドに腰掛ける。
そのまま顔も上げられずにふるふると震えるアム。
事情は分からないが、パンツを見せて(見られて)後悔している事だけは分かった。正直、バッチリ見た方としては気まずい。
「……ああ……その……アム?」
だが、このままでいるのはもっと気まずかった。
だからいつまで経っても復活しないアムを慰めようと声を掛けたのだが、そんなシンをアムが上目使いでじぃ……と見つめてきた。
その批難するような眼差しに思わず「うっ……」と気圧される。
「……見たよね?」
「え……?」
「……見たよね?」
「……その……すまん」
半分涙目のアムに念を押されたシンが素直に謝罪する。
その途端、アムの顔がボッ!っと真っ赤に染まった。
「違うの!これはその……違うの! だってホントはスパッツ穿いてたんだよ? でもそれを脱いじゃって……だから、その……ああもう!今の忘れてぇえええーーーーーーーーーーーっ!!」
頭を抱えてブンブン振り回しながら身悶えするアム。見れば耳朶まで真っ赤になっていた。
要はスパッツを穿いた気で悪戯を仕掛けた訳だが、何かの事情で脱いでしまっていたのだろう。
それを忘れてスカートを捲った訳だ。
そう解釈したシンがくすりと笑った。
まるでおっちょこちょいな妹を見ているような、そんな心境だった。
「分かった分かった。……もう忘れたから、少し落ち着けアム」
「うそ!」
「本当だ」
シンに念を押され、アムが視線を上げてチラリとシンの顔を伺う。
「……シン……ニヤニヤ笑ってるよ」
「気のせいだ(笑)」
「やっぱりうそだ!」
シンの半笑いから逃れるように両手で顔を覆って再び俯く。穴があったら入りたいとはこのことだった。
「はは、笑ったのは悪かった。だからもう許せ」
シンはそう言ってアムに近付くと、立ったままその頭を抱え込んで優しく髪を撫でてやった。顔は笑ったままでだが。
「うう……シンが間抜けな私を哀れんでる……」
「そんなんじゃない。まったく……お前は可愛いな」
〈か、かわいい!?〉
突然シンにそんな事を言われ、アムの頬が別の意味で赤く染まった。
それを隠すようにアムがシンの腰に両手を回してぎゅっと抱きつくと、シンもそれに応えるようにアムの頭を優しく抱き締めてくれた。
もうパンツを見られた事などどうでも良かった。
アムが幸せそうに両目を瞑る。
その時、艦内放送が流れた。
『三時の方角に北淋軍を確認しました。接触まで約10分。物資搬出の準備願います』
「そら、夏袁が来たようだ。先に行ってるから、お前はスパッツ穿いてこい」
シンがアムの頭をぽんと叩く。
すると照れ隠しなのだろう。アムが口を尖らせながらゆっくりと立ち上がった。
「……このままでいい。……夏袁さん待たせちゃ悪いし……」
「見えるかも知れんから穿いてこい」
「……別にいいよ……シンにはもう見られちゃったし……」
「他の男に見せる必要はないって言ってんだ」
「え……?」
〈……それって、……他の人に見られるのは嫌ってこと?〉
そう無言で問い掛けるアム。
そのアムの視線から逃れるようにシンはクローゼットへ行くと、中から自分のコートを取り出して戻ってきた。そして、
「なら、これでも羽織ってろ」
そう言ってアムの肩にそっと掛けてやった。シンのコートだけにアムが羽織るとスカートより長い。
「うん。……ありがと」
コートに袖を通しながらアムが嬉しそうに微笑む。
それはどんな慰めの言葉よりも嬉しい、シンの態度と心遣いだった。
「ほら見てシン。綺麗な景色」
すっかりご機嫌になったアムがシンの袖を引っ張りながら北から東に連なる山々を指差した。
シンが視線を移せば、そこには真っ青な空とうっすら雪化粧した山並みがどこまでも広がっていた。
アムの言うように確かに綺麗な景色だ。
シンはその景色に見とれながら、つい無意識のうちにさっきの情景を思い浮かべ……、
「悪霊、退散!!」
「あた!?」
たところで、ペチン!とアムにおでこを叩かれた。
「お見通しだよ、シン」
隣ではつんと口を尖らたアムがシンを睨んでいた。
だがその目元は笑っている。
まったく、しょうがないんだから。そんな顔だった。
「すまん。つい……」
苦笑いを浮かべながら素直に謝罪するシン。
その時、北淋軍の隊列から離れたトラックが一台、こちらに近づいて来るのが見えた。助手席には夏袁の姿がある。
と言うか、こちらが気付いたと見るや、窓から身を乗り出して手を振ってきた。
「おーい、シン!アム!」
「久しぶりだな夏袁。元気そうでなによりだ」
「はは……お互いにな」
ドアを開けて飛び降りた夏袁にシンが笑って右手を差し出した。
その手を取って握手を交わしながら夏袁も楽しそうに笑う。
「てか、態々『アイリッシュ』で来たのか」
「演習ついでだ」
「なるほど。アムも元気そうだな」
「はい。夏袁さんもお変わりなく」
「俺は生まれてこの方、風邪一つ引いた事がねぇのが自慢だ。それよりその服、シンと揃いだが新しい軍服か?」
「はい。最近採用されました」
「そうか。似合ってるぜ」
「あはは……ありがとうございます」
「似合う似合わないより、毎日服で悩まなくて良いのが便利だな」
「もう、シンったらものぐさ言っちゃって……」
「はは、男はそう言うもんだ。ところで春麗や大牙達が見えねぇようだが?」
「族長の依頼で東に行った。ちょっと気になる事があってな。結果が分かったら知らせる」
「そうか。実は、こっちも知らせときたい事があるんだが……時間はあるか?シン」
「ああ」
「じゃあ昼飯を用意させてる。食いながら話そうぜ」
「分かった」
夏袁がシンとアムを案内したのは、幔幕を巡らせただけの簡素な本陣だった。
だが幕が風を遮り、空からは陽光が優しく降り注いでいるので、焚き火が一つあるだけで暖かい。
その本陣の中央、テーブルの向こうに腰掛けるなり、夏袁が真面目な顔でキッとシンの目を見据えた。
それはさっきまでとはまるで違う、軍人の顔だった。
「シン。ヴィンランドの連中が、平原のど真ん中に基地を造ってんのは知ってるか?」
「基地だと!? 知らん。どこだ?」
「どこって言われてもなぁ……強いて言えば、春麗を取り戻しに俺が乗り込んでったろ?あそこから南東に5~60キロって所か?」
「そんな所に前線基地を……? さすがに平原の方までこっちの警戒網は延びていないんだ。油断したな」
「まぁ……そっちは人数も少ねぇんだ、仕方ねぇ。こっちは色々あったんで、今では獣化の奴が定期的に平原を巡回してんだ。人海戦術ってやつだな。そいつが見つけた。一ヶ月前の事だ。本当は直ぐに知らせようとも思ったんだが、おおっぴらに電波飛ばして誰かに拾われても厄介だったんでな」
「そうだな。だが今後の事もある。やっぱり北淋との連絡手段は考えとかないとダメだな。分かった。族長に進言しとこう」
「悪りぃな」
「ところで規模は?」
「まだ建設途中だが、小高い丘まで取り込むと周囲4キロってとこか。だから完成する前に叩き壊す事になった。俺は北淋を守っとけって言われてるんで直接は出ねぇが、南から一万人規模の部隊が引き抜かれたって話だ。獣化は百五十から二百ってとこか?」
「平地とは言え一万人か。獣化もそんなにいるんじゃ、防御が完成してなきゃ一溜まりもないな」
「だと思うんだが、四つ足が二隻も護衛に付いてやがるのが気掛かりでな」
「ファラフェル級が二隻? 色は?」
「例の黒い奴と緑って聞いてる。他にもでっかいダンゴムシみたいな船がいるって話だ」
「『パッタイ』と『グリッツ』だな。ダンゴムシとは言い得て妙だが、おそらく工場プラントだろう。ランドシップ用のドックも兼ねてる筈だ。そんなのまで引き連れてるとなると、ヴィンランドも本気だな」
「とは言え、楊家のじい様が直々に出るって話だ。負ける事はねぇだろ。結果が分かったら知らせる」
「頼む」
「それともう一つ。ここ一年以内だと思うが、一族挙げてヴィンランドに攻め込む事になりそうだ」
「なに!?それは本当か?」
「ああ。南は戦闘が激しくなる一方だからな。いい加減元を絶とうって事になった。まぁ……うちの親父も他の家に突っつかれて仕方なくって感じだな」
「……そうか」
シンが沈鬱な面持ちで黙り込む。
相手は猿族。感染者の集まりだ。
それが相手となると和平はあり得ない。
そうなるとヴィンランドも徹底抗戦だろう。
「たくさん……死んじゃうね」
アムがポツリと呟いた。
両者が本気でぶつかれば確実に数万人が死ぬと分かっているからだ。
シン達は夏袁と同盟を結んでから、猿族の規模の大きさというものを知った。
猿族が一族を挙げて挙兵するとすれば10万~20万人規模の部隊が集められる。それも軍人だけでだ。
いくら最新兵器で武装しているヴィンランドとはいえ、この数は厄介だろう。
出来ればこの戦いを止めたい。
これはシンだけでなく、スフィンクスも同意見だろう。いや、夏袁もそうだ。
だがワービーストを人類の敵と位置付けたヴィンランドと、一族丸ごと感染症に掛かった猿族が相容れる事は絶対にない。
「まぁ、俺達がここで悩んでもしょうがねぇだろ。今すぐうちの一族全員にワクチン射って、ヴィンランドの連中の選民思想を変えられるってんなら話は別だがな」
「……そうだな」
シンが溜め息と共に相槌を打った。
確かに夏袁の言うとおりだ。
今ここで自分達が悩んでいても始まらない。自分達が悩むべき事は別にあるのだ。それは、
「どっちが勝っても、俺はここの平和だけは守りたい」
シンが決意した目で夏袁を見据えた。
そうだ。
冷たい言い方だが、あっちはあっちだ。
こんな世の中だ。先ずは自分の手の届く範囲で精一杯やろう。そう改めて決意したのだ。
それを受けて夏袁がニヤリと笑う。
「そりゃ大丈夫だ。俺とお前、それとスフィンクスのおっさんが生きてる限りはな」
「私も!私も一緒に守りたい!」
「はは、勿論アムも一緒だ。アムだけじゃねぇ、春麗も、大牙も、アクミやうちの孔蓮達もそうだ。みんなで守ってこうぜ」
「はい!」
「さぁ、俺の話は以上だ。腹が減ったな。とりあえず飯にしようぜ」
そう言って夏袁が腹を撫でながらにっこり笑った。
「失礼します」
シン達三人が食後のお茶を飲みながら歓談していると、杖を突いた男が一人、本陣の幔幕をくぐってのそりと入って来た。
「おう……来たな」
「遅くなって申し訳ありません、夏袁様」
「びっこで片膝衝くんじゃねぇ。転ぶぞ」
「はっ……しかし……」
「そんなの気にすんな。それよりシン、こいつが恫鼓だ。例の奴等に斬られた後、無理して走り回ったのが悪かったみたいでな。燕迅の機転で何とか一命は取り止めたがこんなになっちまった」
「お噂は夏袁様より聞いております。よろしくお願いします」
その場で頭を下げて挨拶をする恫鼓に、席を立って歩み寄ったシンがスッと右手を差し出した。
アムはその横に控えてペコンと頭を下げる。
「春から伺ってます。シングレア・ロンド。シンで結構です」
「チャームライト・ランダースです」
「この度は、その……ランドシップまで出して頂いて……恐縮です」
「なに、夏袁にも言ったが演習ついでです。気にしないでください」
「はい。ところでシン殿……その、敬語はやめて頂けませんか?こっちが恐縮してしまいます」
「そうですか?」
「そうだぜシン。指揮官が敬語使ってどうすんだ。呼び捨てにしねぇと下が気にすんぜ。なぁ?恫鼓」
「はい」
「はぁ……」
「そらシン、最初が肝心だからな。もう一回挨拶からだ」
「もう一回!?」
夏袁が笑いながらシンの肩にぽんと手を置いた。本当にもう一回やらせる気らしい。
シンの性格上、目上の人間には敬語を使うのが当たり前なのだが、こう言われては断れない。苦笑いしながらも再び恫鼓に向き直る。
そんなシンを見てアムがくすりと笑った。
「では……シングレア・ロンドだ。よろしく、恫鼓」
「はっ!よろしくお願いします、シン殿」
そう言って再び握手を交わす二人。
それを見て夏袁が嬉しそうに両者の肩を叩いた。
「よぉし!これで挨拶は終了だ。じゃあ、すまんが恫鼓を頼むぜシン。俺の大事な部下なんだ。治してやってくれ」
「任せろ。時間は掛かるかも知れんが治してみせる」
「おう」
「ところで夏袁……実は俺からも一つ、頼みがあるんだが……」
「頼み?なんだ?」
「恫鼓に弟が居るのは知ってるか?」
「知ってるぜ。確か数年前に逐電したとか……ああ、そう言う事か。分かった。連れて来い。恫鼓の代わりに俺の側に置く」
「話が早くて助かる。もう何年も両親に会ってないんだ」
「シ……シン殿……」
一連のやり取りを聞いて恫鼓は瞼が熱くなるのを感じた。
初対面のシンからこんな好意を受けるとは思ってもいなかったのだ。
この一言だけでも分かる。弟が向こうでどんな扱いを受けていたかを……。
恫鼓が感極まった顔でシンを見ると、シンが黙ってコクりと頷いた。
※
「待たせたな、ひめ子。出航の準備は?」
『出来てます。総員待機中』
「なら出航しよう。少し時間が押してるが、予定通り砲撃演習を行う。俺は少ししたらそっちに上がる」
『了解、『アイリッシュ』を出航させます』
ブリッジとの通信を終えたシンが恫鼓を振り返る。
やはり珍しいのだろう。恫鼓がキョロキョロと艦内を見回していた。それを見てシンが笑う。
「ランドシップと言っても、ただの狭っこしい動く城だ。すぐにうんざりしてくる」
「はぁ……しかしこれは……やはり凄いですな。こんなのが動くんですから……」
「シン、私はちょっと更衣室に寄ってくね。帰りにシンのコートも部屋に置いてくるから、先にブリッジに行ってて」
「分かった。行こうか恫鼓」
「はっ」
『アイリッシュ』出航、演習開始の艦内放送を聞きながら恫鼓を伴ったシンが歩き出す。
それを見送ってから、アムは更衣室へと向かう階段を静かに昇って行った。
スカートの後ろをそっと右手で押さえながら。
※
「エリックさん、緩衝地帯を抜けるまでこの速度を維持して下さい」
「了解」
「境界線を抜けるまで約五分」
「チカちゃん、先ずは小手調べよ。緩衝地帯を抜けると同時に急制動。停止後、最初のターゲットに砲撃」
「了解です」
「エリックさん、それでお願いします」
「了解」
シンと恫鼓がブリッジに足を踏み入れると、全員が適度な緊張感を持って演習に臨んでいた。
普段おちゃらけたサナとチカですら無駄口一つ叩いていない。
この三日間でひめ子だけでなく、全員がランドシップ乗りとして成長した証しだった。
そんな中にあってただ一人緊張感のない男がいた。ランドシップ初体験の恫鼓だ。
「ほほう、ここがブリッジですか?いやはや、何やら胸が踊りますな」
「ど、恫鼓さん!?」
「ん……? 李媛殿? なぜここに?」
「えっ!?……いや……その……は、ははは……」
李媛が笑顔を引き吊らせる。
この状況をなんと説明するべきか咄嗟に思い浮かばなかったのだ。
だからシンが助け船を出してやった。
「春に男が出来たのは聞いてるだろう?同棲を邪魔するなって追い出されたんだ。だから通信士として雇った。こっちは人手不足でな。夏袁にもさっき報告済みだ」
「そうであったか。俺はこんな有り様での。こっちで再生医療というのを受ける事になった。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
「恫鼓、紹介しよう。彼女がひめ子。この船の艦長だ」
「お話は伺ってます。『アイリッシュ』へようこそ、恫鼓さん」
「これは艦長でしたか。恫鼓です。よろしく頼みます」
「それと、そこでランドシップの操縦してるのがエリック。そっちのポニテがサナ。前のメガネっ子がチカだ」
シンが紹介する度に全員が軽い会釈でもって答える。
そして一通りの挨拶が終わったところで、シンがチカの横にある席をスッと指差した。
「恫鼓、これから砲撃演習で艦が揺れる。あそこに座ってろ」
「了解しました、シン殿」
本来そこは主砲の操作を行う者が座るのだが、『アイリッシュ』ではチカが兼任しているので空席だった。
恫鼓が席に座るのを見届けてからシンが司令官専用の席に腰掛ける。
「ひめ子、始めようか」
「はい。チカちゃん、主砲第一、砲撃準備」
「はいです。主砲第一、砲撃準備!距離11000。ターゲットロックオン、自動追尾装置作動です」
チカがコンソールを操作すると左舷に設置された主砲の砲身が下がりながら左に旋回を始め、およそ十一時の位置でピタリと止まった。そのまま発射の合図をじっと待つ。
ブリッジ上部のモニターには枝を落とした丸太が一本、櫓で固定されてぽつんと立っている映像が映し出されていた。これを主砲で狙おうというのだ。
「境界線まで残り三百……二百……百……越えました!」
「『アイリッシュ』停止!」
「停止!」
エリックが復唱するのと同時、『アイリッシュ』がググッと制動を掛けて減速する。そして、
「撃て!」
ひめ子が叫んだ瞬間、左舷の主砲から凄まじい轟音が発せられブリッジの窓がビリビリっと鳴った。
「着弾まで5……4……3……2……1……着弾!」
サナのカウントダウンが終わった瞬間、モニターには爆炎と共にザザッとノイズが走った。
ここから見ている限り、煙が邪魔して当たったのかどうか結果が分からない。だが、
「凄いのチカ殿!この距離であんな小さな的に当てるのか!」
と、恫鼓が感嘆したように叫んだ。
「あれ?当たってましたです?」
「ああ、一発当たっていたぞ」
その発言に驚いた全員が無言で恫鼓を見る。
「……すごいな恫鼓。……今の……着弾が見えたのか?」
「はは、大した事じゃありません。ワービーストなら誰でも見えますわい」
「いやいや、私達には見えませんから」
シンに誉められた恫鼓が照れながら答えると、李媛が「はは……」と苦笑いを浮かべながらツッコんだ。
この場にいるのはシンとエリック以外、全員がワービーストだ。
「どう、サナちゃん?」
「爆煙が邪魔してなんとも……あ!見えました。確かにターゲットの位置に着弾跡があります」
「やったぁ!です」
「艦が静止してるんだ。10000で当てられないでどうする。ひめ子、次!最大船速で10000だ!」
「了解、『アイリッシュ』発進。最大船速」
「『アイリッシュ』最大船速」
ひめ子の指示を受け『アイリッシュ』が再び加速を始める。
上部のモニターには既に次のターゲットが映し出されていた。
「ターゲット捕捉、距離11000!」
「主砲第二、砲撃準備」
「主砲第二、砲撃準備よしです!」
「撃て!」
ひめ子が号令した瞬間、今度は右舷に設置された主砲が火を吹いて艦を揺すった。だが、
「うーん……ちと左に外れたかの……」
「「え……?」」
恫鼓が残念そうに呟いた。
それを聞いた全員が恫鼓を見、次いでモニターを見上げる。
直後、弾頭がターゲット付近に着弾して爆風が画面を横切った。
「ちゃ、着弾を確認。ターゲット左40メートル!」
全員の視線が再び恫鼓に向く。
獣化していなくても恫鼓の目が良いのは分かった。だが今のはどうだ?
発射された直後、まだ弾頭が着弾する前に左に外れたと言ったのだ。と言う事は視力は関係ない。だとするとなぜ?
「……恫鼓、何で左に逸れたと分かった?」
不思議に思う一同を代表してシンが尋ねた。
「何でと言われましても……単に発射の直前、艦が左に傾いたので……」
「左に傾いた?」
「はい」
全員が顔を見合わせる。
オートバランサーを装備したランドシップが傾くとは思えないし、何より全員が全員、傾きを感じなかったのだ。
「確かか?」
再びシンが尋ねる。
「はい。正確には右舷が何かに乗り上げて一瞬持ち上がった……と言った方がいいですかな」
なるほど。
ランドシップは空中に浮いているとはいえ、基本は地表と一定の距離を保っている。要は地形の影響は必ず受けるのだ。
ファラフェル級のランドシップはその地形の影響を極力受けないよう、ブリッジのある本体と前後左右のブロックを繋いでクッションを儲けた設計になっている。
だから余程の事でない限り普通の人間には艦の傾きなど感知できない。
恫鼓はそれをワービーストの鋭敏な感覚で感じ取ったのだろう。
そう解釈したシンがニヤリと笑った。
「恫鼓、ちょっとゲームをしてみないか?」
「ゲームですか?」
「ひめ子の合図があったら主砲のトリガー釦を押すだけの簡単なゲームだ」
それを聞いて恫鼓もニヤリと笑った。
要は主砲を撃ってみないか?と言っているのだ。
「おもしろそうですの。是非」
「ひめ子、回頭してもう一度だ」
「了解しました。先程の的をもう一度狙います。取り舵30、最大船速のまま『アイリッシュ』回頭」
「了解!進路変更、取り舵30!」
「目標までの距離15000!」
「チカちゃん、主砲第一の砲撃準備。目標設定をお願い」
「了解です。主砲第一、砲撃準備。目標ロックオン。自動追尾機能作動よしです。恫鼓さん、トリガー渡しますです」
「おう!いつでも来いじゃ!」
「目標まで10500……10200……10000!」
「撃て!」
ひめ子の合図から一拍置いて、左舷の主砲が轟音を発した。
全員の視線が一斉にモニターに向く。
「着弾まで5……4……3……2……1……着弾!」
サナのカウントダウン終了と同時にターゲットが吹き飛ぶのが見えた。
それは最初にチカがターゲットを破壊した時以上の凄まじい爆炎だった。
「目標破壊を確認。全弾目標の10メートル以内に着弾した模様!」
「凄い。……全部命中した」
息を詰めて見ていた一同がホッと息を吐きながら感動したように呟く。
「恫鼓、最大船速で距離13000!当てられるか?」
「13000ですか!?」
ひめ子が驚いた表情で隣に座るシンを見た。それは目視出来るギリギリの距離だったのだ。
おそらくシンは対ランドシップ戦を想定しているのだろう。
それは分かる。分かるのだが、静止して狙うなら兎も角、最大船速であんな小さな的を狙えとは無茶振りもいいとこだった。
いくらなんでも無理だ。その場の全員がそう思った。
ブリッジの全員がそう思うのだ。おそらく撃たれた相手もそう思うだろう。
だがもしもだ。
あんな距離で撃ってやがる。
当たる訳ないだろう。
バカな奴等だ。
そう高を括った相手の頭上に砲弾が降り注いだらどうなるか?きっと戦意を喪失する事だろう。
それがシンの狙いだった。
「やってみましょう」
シンの余りに真剣な表情に恫鼓が頷いて見せた。
「ひめ子、次だ」
「……はい。サナちゃん、次のターゲットは?」
「十時の方角、距離10000!」
「エリックさん、面舵30。円を描きながらターゲットとの距離を離します」
「了解!面舵30、よし!」
「どうしたのシン?恫鼓さんが主砲をどうとか言ってたようだけど?」
遅れてブリッジに上がってきたアムが事の経緯を尋ねると、シンが「まぁ見てろ」と言ってニヤリと笑った。
「ターゲット一時の方角、距離17000!」
「エリックさん艦首を戻して下さい。接近します」
「了解!」
「チカ!主砲は左右共だ!」
「りょ、了解です。主砲第一、第二、共に装填を開始しますです」
「ターゲットまでの距離、15000!」
「主砲第一、第二、砲撃準備!」
「恫鼓!」
「いつでも!」
「復唱だ!」
「あっ!? しゅ、主砲第一、第二、準備よし!」
「総員耐ショック!撃て!!」
その瞬間、左右の主砲が同時に火を吹き『アイリッシュ』全体がドンッ!と大きく揺れた。
全員が固唾を飲んでモニターを見守る。
暫くするとターゲット周辺に六つの爆炎が高々と上がった。
「やったぁです!」
「凄い……この距離で当てた……」
チカが我が事のように喜び、エリックが信じられないと言った目でモニターを茫然と見つめている。
遠くて良く分からなかったが、ターゲット付近に二発着弾し、他は少しバラけたようだった。
だがそれで充分だ。
何故なら命中確率は三分の一。
それは相手がファラフェル級なら、左右の主砲の一斉射撃で前後左右の何れか二ブロックを同時に撃ち抜く事が可能だという事だからだ。
さぁ開戦だ。
そう意気込んだところにいきなり二発喰らって行動不能。
相手の戦意を喪失させるには充分だった。
「恫鼓、怪我が完治するまで砲手をやらないか?」
「世話になりっぱなしは気が引けてたとこです。喜んでやらせて貰いましょう」
「よし。チカ、恫鼓に主砲の扱い方を教えてやれ。そしたらお前はミサイルと銃座に専念していいぞ」
「了解です」
「恫鼓、専任の砲手になるんだ。この距離で五発は集弾させろ」
「五発!?」
驚いた一同がシンを見るとシンはニヤニヤと笑っていた。それは冗談なのか本気なのか判断に困る笑顔だった。
だがアムとひめ子の二人には分かっていた。シンの性格上、間違いなく本気だ。
「なに、心配するな。なんせ時間はたっぷりある」
「は……はは……精進します」
これからツインズマールに帰るまでの二日間を想像して、アムとひめ子は苦笑いを浮かべるのだった。