14、それぞれの秋
「バレンタイン・デー?」
小さなチョコを摘まんだまま、アクミがキョトンとした顔でアムを見つめた。
周りにはひめ子にサナ、チカに春麗にカレンの姿もある。
「そ。毎年二月の十四日にやってる女子のイベントなんだけど、冬に誰も騒がなかったから、こっちは無いのかなぁ?と思ってね」
「ありませんね。初耳です」
アクミはそう答えると、手に持ったチョコをひょいっと口に放り込んだ。
「本来は好きな男の人に愛の告白しながら贈るらしいんだけど、実際は普段の感謝を込めてって感じでみんなに配ってたわね」
「ほほう、ヴィンランドにはそんな風習がのう」
「うん。殆どの子は市販のチョコで済ませてたけど、気合い入ってる子は手作りチョコやケーキなんて贈ってたわ」
「ふふ、愛を込めるなら手作りでって事ね」
チョコを口の中でコロコロと転がしながら感心したように呟く春麗の横で、ひめ子がクスッと笑ってチョコをかじった。
「いいですね、それ。愛の告白ってのが気に入りました。よし、早速明日にでもやりましょう!」
「今、十一月よ?」
と、アムが苦笑いしながらツッコむ。
「そんなの関係ありません!諺でも言うじゃありませんか、茶柱立ったが吉日と!」
「思い立ったが吉日じゃ」
グッと右手を握り締めるアクミに今度は春麗がツッコんだ。
「まぁ、時季云々は兎も角……私ケーキは勿論、チョコの作り方も知らないわよ?」
「私もです」
「実は妾もじゃ」
「同じく」
チカ、春麗、カレンがアムに続いて苦笑いを浮かべる。
「なら、あかりさんに聞きましょう。昔よく一緒にケーキ作ってたから知ってるんじゃないかしら?」
ひめ子が扉の方をチラリと見ながら提案し、全員が「ああ……」と頷きかけた時、アクミがスッと立ち上がった。自信満々な顔で。
「ふふん、あかりさんに聞くまでもありません。私に任せて下さい!」
「アクちゃん作れるの?」
「当然です。あかりさんに数々の料理を教わって早六年。あかりさんの料理レシピに独自の解釈を加え、美食神拳まで極めた今の私の腕前は、既にあかりさんを超越して三ツ星レストランのシェフレベル!(当社比)チョコは勿論、ケーキだってお手の物です」
「…………」
「私があかりさんに敵わないのは、今や年齢と体重くらいですよ。あっはっはっはっ……!!」
「あっはっはっはっ……!!」
「うわあ!?」
ドヤ顔で高笑いをしていたアクミがビクッ!と飛び退く。
なぜならアクミの後ろにあかりが立っていたのだ。
「あ、あの……あかりさん?いつからそこに居られましたので?」
「早六年って辺りかな?」
「へ、へぇ……」
あかりの返事を聞いたアクミが視線を游がせる。つまり最初から居た訳だ。
そんなアクミを見つめてあかりがにっこり笑った。
「それで?」
「はい……?」
「年齢がなんだって?」
「ちょと!誰ですか、あかりさんが行き遅れナンて言ったのは!」
「誰も言っとらんわ……」
誤魔化すように大声を張り上げたアクミに春麗が再びツッコんだ。
そんなアクミにあかりが一歩近づく。
「ちょ……そんナニ笑顔にならないで。ね?誰もあかりさんが結婚出来ないナンて言ってませんから。まだ若いんですから大丈夫ですって。ほらほら、諺でも言うじゃありませんか、「失敗は成功の元!」「捲土重来!」「終わり良ければすべて良し!」あかりさんも今からミラクル起こせばぁ!?……あがぁ!!」
愛想笑いを浮かべるアクミの頭をあかりが掴んだ。
そう思った時にはアクミの頭は明後日の方を向かされ、
ゴキッ!
と関節の鳴る音が響き渡った。
一同がガクガク震えて血の気を引かせる。
あかりはそのままアクミの頭を抱え込むと、ヘッドロックを極めて頬を思いっきり引っ張った。
「うふふ……悪い事言うのはこの口かな?」
「ひ、ひひゃいひひゃい。ひっふぁふぁふぁいふぇ……」
「アクちゃん。私別に失敗なんかしてないし、巻き返そうって躍起になってもいないし、それこそミラクル起こさなきゃいけないほど追い詰められてもいないんだけど?」
「わ、分かってます。分かってますとも。あかりさんは誤解してます、誤解」
「誤解?」
「そうです。私が言いたいのは歳上が良いなってお話です」
「ふぅん……歳上が良いんだ?なんで?」
これ幸いとばかり、拘束が緩んだ瞬間を逃さずヘッドロックから脱け出すアクミ。
そのまま真面目な顔で弁解を試みる。
「考えてもみて下さい。先生のいっこ上という絶妙の年齢差!優しく頼れるお姉さんポジション!一歩下がって死の影踏まず。常に先生の後ろに立って笑顔で見守り、時に励まし、時に優しく手を差し伸べて疲れた心を癒す聖母のような存在!それが先生にとってのあかりさんです!」
「いやぁ、聖母なんてそんな……照れるなぁ。あはは……」
「それです!その無償の愛。慈しみに満ちた母性に男の人は皆メロメロになるんです。まったくナンと言う怪しからん。じゃなかった妬ましい。いやいや違いますね。そう、羨ましい。そのあかりさんのポジションを羨んで、私がナン度枕を濡らしたことか。私があかりさんの立場なら、五回は先生を押し倒してますよ!」
「あはは……押し倒すんだ」
アムが苦笑いを浮かべながらツッコむ。
「まぁ……押し倒す云々は兎も角、確かに歳上って事で頼られてはいるかな……」
「でしょう?」
我が意を得たとばかりにアクミの顔が輝いた。
「ふぅ……危ない危ない。あかりさんに年齢の話しは禁句でしたね。だがまぁ……これで完璧に煙に巻けました。ふふん、お人好しが服着て歩いてるようなあかりさんナンて、ちょろいもんですよ。ふっふっふ……」
「そうね。口に出さなければ完璧ね」
「痛い痛い! 梅干し痛い! ちょ、落ち着いて! 暴力抜きで、まずは落ち着いて話し合いましょう! ね? ほらほら、女二十にして惑わずって言いますでしょ?」
「バリバリ殴ってやりたくて惑ってるねぇ」
「は……?いや……アレはそう言う意味じゃなく、二十を過ぎた女の色香に男が惑わされる事はない。つまり二十を過ぎたら三十も四十も等しく魅力はないっていう……待って待って!! 違った!違いました!ほらほら、モテ時期三年婚期八年!あかりさんにもまだ数年は猶予が……って、ノォオオオーーーーーー!その笑顔怖いです!ジョークです。イッツ、ジョーク!!」
笑顔のあかりが一歩、二歩と近づく度、アクミが一歩、二歩と後ず去る。気付けば後ろは壁だった。
「違うんですあかりさん!待って!私がナニ言いたかったのと言いますと……」
「うん、何かな?」
「……えっと」
「うん、えっと?」
「……こ」
「こ?」
「……小皺隠して染み隠さず?」
「遺言はそれで良いのかな?」
「違う違う。違います!そ、そうそう。今のあかりさんにぴったりの諺が!」
「へぇ、どんなのかな?」
「十で初恋、十五で交際、二十歳越えれば行き遅れって……」
「じゃあ、ちょっと向こうのお部屋行ってお話ししよっか」
「痛い痛い、耳引っ張らないであかりさん。……ちょ……これから……これから私のグウの音も出ない華麗な言い訳が炸裂し……」
バタン!
六人が黙って見守る中、あかりに耳をつままれたアクミが有無を言わさず連行されて行った。
「……のう?……妾いつも思うんじゃが、アクミのアレはわざとなのか?」
「まさか。素でしょ?」
「素じゃないかな?」
「素だと思う」
ひめ子、アム、カレンが春麗の疑問に真顔で答えた。
「……難儀な性格じゃの」
「ノォオオオーーーーーーッ!!」
暫くすると、遠くでアクミの悲鳴が木霊した。
※
「おい!聞いたかアレン!」
『アイリッシュ』艦内にあるAS用整備室。
アレンがタブレット片手に自分のASをチェックしていると、大牙が大声を上げながら勢いよく入って来た。
それをしかめ面で迎えるアレン。
「お前が何の事を指してるのかは知らんが、バレンタインなら妹から聞いてるぞ」
「なんだ、もう知ってんのかよ。驚かせてやろうと思ったのに」
「昨日の夕方には知ってたな」
あまり興味は無いのだろう。アレンがタブレットに視線を移しながら素っ気なく答えた。
「なんだよ。随分早くから知ってたんだな」
「お前のアンテナが低すぎるんだ」
驚かせようとした相手が既に知っていた事実に落胆した大牙は、そのまま部屋の隅に置いてあった椅子を引き寄せて反対向きに跨がり、背もたれに両手と顎を乗せてアレンを眺めた。
「それで?」
「ん?……いや、なんかドキドキしねぇか?告白されんだろ?」
「ふん。俺の情報によればアクミとアムは隊長に、春はシャング隊長にそれぞれ本命のチョコケーキを贈るそうだが、他の奴等は義理チョコらしいぞ」
「うっ……やっぱアクミの奴は先生か。……まぁ、分かってはいたけどよ……。しかたねぇ、今回は義理チョコ四個で我慢すっか」
「バカか貴様ッ!? どんな甘い計算をすれば四個等と言う答えが出るのだ!?」
バッと顔を上げたアレンがソッコーでツッコんだ。
なに戯言を言っている。そんな顔だった。
「あん?義理ならみんなくれんだろ?」
「違うな。間違っているぞ大牙。俺の計算ではお前が手にするチョコはたったの一個だ。それも相手の気分次第で無くなる公算が高い」
「一個?ひょっとして……アクミが義理チョコを?」
「……はぁ……お目出度い奴だ……」
呆れたように嘆息しながら再びタブレットに視線を落とすアレン。
「なんだよ!教えろよアレン!」
「俺は他人の恋愛には口出しせん。自分で考えろ」
「自分でって言われてもな……あ、アムなら気を使ってくれそうだな」
あんな気配りできる奴がくれる訳あるか。
アレンが心の中でツッコむ。
代わりに口をついたのは愚痴のような一言だった。
「……お前は、意外と周りが見えていないな」
「何だって?」
「何でもない。俺は新たに取り付けた武器の調整に忙しい。用が無いなら出ていけ」
それっきりアレンは大牙を無視してタブレット操作に熱中しだしてしまった。
大牙はそれを黙って見ていたのだが、暫くするとそっと立ち上がった。
アレンが相手をしてくれないと分かったのだ。
「……邪魔したな」
そんな声と共に、扉が閉まるパタンという音が静かな部屋に響き渡った。
「……ふん……バカな奴だ……」
そんなアレンの呟きを聴く者はここには誰もいなかった。
※
「はぁ……」
その日の夕方。
指揮所となっている事から一般兵にも開放されいる虎鉄の屋敷。
その部屋の一室でひめ子が小さく溜め息をつきながら摘まんだチョコを眺めていた。
テーブルには元は綺麗に包装されていたと思しき空箱が一つ。
例のイベントでみんなと一緒に作ってはみたものの、結局誰にあげるでもなく夕方になり、そのまま包装を解いて自分で食べていたのだった。
「ふぅ……」
再び溜め息をついたひめ子が最後になってしまったそれを一口かじる。甘くておいしかった。
「まぁ……溶かしてハートの型に入れただけだものね」
ひめ子が自嘲気味に笑う。
その時、扉の所に人影が射した。
「ひめ?」
「あら大牙くん」
声を掛けられたひめ子が振り向くと、肩を落とした大牙がゆっくりと近づいて来るところだった。
そのままひめ子の正面に力なく腰掛ける。
「どう?チョコは貰えた?」
「う……」
大牙がテーブルの箱をチラリと見てからそっぽを向いた。結局、一個も貰えなかったのだ。
「俺って……嫌われてんのかな?」
「そりゃ、あれだけアクちゃんアクちゃん言ってればね」
そっぽを向いたまま呟く大牙にひめ子が笑いながら指摘した。
まぁ……理由はそれだけで無く自分にもあるのだろうが、それは伏せておくひめ子だった。
「はぁ……アレンはおろか、レオや獣兵衛やパンチ、次狼まで貰ってんのに……」
「ふふ、義理チョコなんだから気にしなくてもいいんじゃない?」
「いや……一個も無いと男の沽券に関わるっつうか……格好つかねぇだろ?」
「ふぅん。大牙くんもそういうの気にするのね」
「そりゃあな……」
力なくテーブルに突っ伏す大牙。
一個も貰えないのが余程ショックなのだろう。
そんな大牙を眺めてひめ子がクスッと微笑んだ。
「もう……そんなに落ち込まないで。私のあげるから」
「マジ!?」
大牙がバッと顔を上げた。喜びを隠しきれずに笑顔が溢れている。
その目の前に、ひめ子がさっきのチョコを摘まんで差し出した。
「はい、あーん!」
「あーん!」
まるで餌を与えられた雛鳥のように大きく口を開けた大牙がパクっと食いついた。
そのまま味わうようにコロコロと口の中で転がす。
「うん。うまい!……けど……なんか変な形のチョコだな?」
「ああ……私の食べかけだから……」
「そんなの寄越すな!」
大牙が真っ赤な顔して抗議する。完全な間接キスに照れているのだ。
一方のひめ子に気にした素振りは見えない。
「しかたないじゃない。それしか残って無かったんだもの……」
「いやまぁ……ひめがいいならいいけどよ……」
「ふふ……」
頬杖つきながら小さく笑うひめ子。
一方、ひめ子に苦手意識のある……と言うか、いつも手玉に取られてる大牙としては、正直ひめ子の笑顔は落ち着かない。
「ひめ……?」
「なに?」
「……なんでそんなにご機嫌なんだ?」
「うん?そりゃうれしいもの」
「うれしい?」
「そうよ。ふふ……大牙くん?」
「なんだ?」
「好きよ」
「は……?」
ひめ子の突然の告白に大牙が固まった。
だが、その顔が直ぐに警戒の色に変わる。
「……お前……また何か企んでんだろ?」
「あら、企んでるとは失礼ね」
「何年お前を見て来たと思ってんだ。俺の経験上、お前がそんな事言う時は絶対なんかあんだよ」
今度は大牙に指摘されたひめ子の方がキョトンとして固まった。
だが直ぐにいつものからかうような笑みに変わる。
その直前、ほんの一瞬だけ……ひめ子は寂しそうな表情を見せたのだが大牙は全く気づかない。
「……ふふ……バレちゃしょうがないわね。でももう手遅れよ?」
「手遅れ? 何が?」
「何がって……お返しよ」
「お返し?」
「そう。バレンタイン考えた人って凄いわよね。ホント天才。だって市販のチョコを溶かして固めるだけでいいのよ?それをプレゼントされた男の子には、お返しをする義務が発生する。現代のわらしべ長者ね」
「いや、義務じゃねえだろ!?」
「あら、お返ししないと大牙くんの男としての株が下がった上に、次からは義理すら貰えなくなるのよ?これってちょっとした呪いよね」
「怖いこと言うな!」
「しかも、嘘でも好きって言っちゃえばプレゼントのランクアップ!なんて素敵なシステムなのかしら」
「システム言うな!」
「ふふ……と言う訳で、お返しはネックレスがいいな。愛の告白まで付けてあげたんだから百倍返しよ?」
そう言って笑うひめ子に再びドキッとする大牙。
〈こいつ……ホント見た目は可愛いんだよな……〉
じっと見つめるひめ子が直視出来ずに視線を泳がせる大牙。
そしてそっぽを向いたままボソッと呟いた。
「ま、まぁ……ひめしかくれなかったし、今年は特別に……」
「本当!? 約束よ!!」
「あ……ああ……」
身を乗り出し、両手で大牙の手を握って念を押してくるひめ子に大牙は驚いた。
ひめ子がここまで喜びを露にするのを見たことがなかったのだ。
その視線に気づいたひめ子が首を傾げる。
「なに?」
「い、いや……なんでも。ところで何でネックレスなんだ?」
「だってアムちゃんも、カレンちゃんも、猫々ちゃんも、最近じゃアクちゃんまで持ってるじゃない」
「ありゃASだろ」
「一緒よ。と言う訳でお返し、よろしくね!」
そう言って笑うひめ子は本当に嬉しそうだった。
※
「は~い、フィーちゃん!ばんみ!」
「リーディア隊長……」
フィーアが独り『パッタイ』のデッキで西に沈む夕日を眺めていると、リーディアが気さくに挨拶しながら隣に立った。
リーディアは『パッタイ』において獣人兵の自分達にも別け隔てなく接してくれる数少ない人の一人だった。
そんなリーディアが、
「どったの? 悩み? なやミーに相談して!」
と笑顔でフィーアを覗き込んだ。
この人はいつもこうだ。
いつも突然現れては他愛のない話と駄洒落(親父ギャグ級)をしてこちらを和ませ、最後は決まって笑顔で去って行く。
だが、フィーアはそんなリーディアを見つめ返すと、寂しそうに首を降って再び夕日に視線を戻してしまった。
別に言いたくない訳ではない。
だがそれはリーディアに話していい内容の悩みでは無かったのだ。
それは戦う為に造られた自分の運命に、人を殺める為だけに造られた存在自体に嫌気が指してきた。そんな悩みだったのだ。
こんな事が万一バカラ司令の耳に入るとフィーアだけでなく全員が処分されかねない。
自分一人が欠陥品として殺されるのは構わない。
だがアインス達を巻き込みたくはなかった。
彼等はこんな人生を受け入れ、今を必死に生きているのだから……。
だからフィーアはなにも言えずに視線を逸らせたのだ。
「うん。そっか。まぁ……人に言えない悩みもあるよね。踏み入ってごめんね」
「……いえ。すみません、心配してくれてるのに……」
「気にする事ないよ。だけどこれだけは言っとくね。これはちょっとだけ長生きしてる私の持論」
そう言ってリーディアが再びフィーアを見つめた。そして、
「何を悩んでるのかは分からないけど、身体が勝手に動いていたなら、きっとそれが答えだよ」
「ーーーッ!?」
フィーアが息を詰まらせる。
リーディアは別にフィーアの悩みを知っている訳ではない。
だがその言葉は今のフィーアの胸にズシリとくるアドバイスだった。
「そんだけ。そんじゃあね!」
リーディアはにっこり笑うと、ひらひらと手を振ってデッキを去って行った。それを呆然と見送るフィーア。
その時、一陣の風が吹き抜けてフィーアの髪を乱した。
冷たく、肌を刺すような風だった。
「身体が……勝手に……」
フィーアがポツリと呟く。
冬はもうそこまで来ていた。
(おまけあとがき)
ツインズマールの休日の朝。
フリーマーケットの準備で賑わう公園内の道を大牙とアレンの二人が急ぎ足で歩いていた。
「大牙、アクミに誘われた割の良いバイトというのはフリマの手伝いなのか?」
「さぁな」
「さぁな?」
「詳しく聞いてねぇけど、俺達が必要だってんだ。そんなとこだろ?」
「お前な、バイトを受けた時になぜ聞かない?大事な事だろうが」
「いや……アクミの手作り弁当が出るって聞いたもんだからよ、つい二つ返事でオッケーしちまったんだ」
そう笑顔で答える大牙を見て、アレンが呆れたように嘆息した。
「ふん、まぁ良いか。臨時収入は俺も望むところだ」
「だろ?おっと、ここだここだ」
地図を片手にキョロキョロしながら先導していた大牙が、一際大きなテントの前で立ち止まった。どうも見覚えがあると思ったら、夏のキャンプで使用したテントだった。
「悪りい、遅れた」
「おはよう。今日はよろしくね」
笑顔のひめ子が立っていた。
「「やっぱ帰る」」
そのひめ子の笑顔を見た瞬間、大牙とアレンがくるっと回れ右をした。が、即座に頭をガシッ!っとアクミに掴まれる。
「遅刻した分際でナニ勝手な事ほざいてんです。張っ倒しますよ?」
「何でひめがいるんだ!?聞いてねぇぞ!?」
「ナンでもナニも、このフリマはひめちゃん達のブースですよ。私はひめちゃん達に頼まれてあんた達に声を掛けただけです」
「ひめ達に頼まれた?」
達……という事は例の二人の事だろう。はっきり言って嫌な予感しかしなかった。
そんな大牙とアレンの様子を見てひめ子がクスッと笑った。
「もう……そんなに警戒しなくても大丈夫よ。ここを申し込んだのはサナちゃんとチカちゃん。私は只のお手伝いよ。だから安心して」
その一言でちょっと安心したのか、大牙とアレンが顔を見合わせる。
「まぁ……あの二人なら何か企む事もないか」
「そうだな……」
「それに今日のバイトは楽よ?だって二人はただ愛想良く座ってるだけだもの。ささ、もう始まるわ。二人は表でスタンバイよ」
「何!?」
「ちょっと待て!荷物運びじゃねぇのか?」
いまいち要領を得ない二人がひめ子に背中を押されて仕切りの垂れ幕を潜った。その瞬間、
「「きゃぁああああああーーーーーーーーーっ!」」
二人を見た若い女子達の黄色い悲鳴が辺り中に響き渡った。
突然の事に同様しながらもそこは男子の大牙とアレン。ここまで女子に騒がれて嬉しくない筈がない。
訳が分からないながらも思わず反射的に笑みを浮かべ、声援に応えるようにスッと右手を上げ……、
「勇者様ぁあああーーーーーーっ!」
「ひろまさ様ぁあああーーーーーーっ!」
「「きゃぁああああああーーーーーーーーーっ!」」
「あらあら、凄い人気ね」
「「帰る!」」
その場から逃げ出すようにくるっと向きを変える大牙とアレン。が、春麗にガシッ!っと頭を掴まれた。
「この状況を見て、よくそんな事が言えるの?」
「ふざけんな!」
「これってアレだろう!アムが読まされた例の!」
裏からは見えなかったが、どうもここはサナの同人誌を販売するブースだったようだ。
表では同じく駆り出されたのだろう。アムと李媛が忙しそうに本を運び込んでいる。チラチラと苦笑いを浮かべながら……。
そんな騒ぐ二人を横目にひめ子が集まった女子達をぐるっと見回した。軽く見ただけでも百人はいる。
「凄いわよねぇ。あのサナちゃんの本にチカちゃんが挿し絵を入れて夏に販売したのよ。そしたらあれよあれよと言う間に口コミで人気が広がっちゃって、今じゃ遠くスクヤークからもファンが訪れる程よ」
「ふふん」
「大当たりです」
ドヤ顔のサナとチカがファンに応えながら振り向いた。被害者としてはムカつく事この上ない。
しかも『十冊に一枚握手券付き!』だの、『百冊に一枚ウルトラレア握手券!なんと勇者アーレンと聖剣ホルダーひろまさと一緒に記念写真!』等と書かれた幟まである始末。(注:本人達の同意なし)
「まぁ、女子に人気があるのは確かなんじゃ。ここは素直に喜んでおいたらどうじゃ?」
「そうですよ。春ちゃんの言う通り。ほら笑って!スマイルスマイル!」
笑顔のアクミ達に促され、大牙とアレンはなし崩し的に椅子に座らされるのであった。
酷い目にあった。
夕闇迫る街を疲れきった顔のアレンがトボトボと歩いていた。
結局、二人はお昼を挟んで丸一日あのブースに座り続ける羽目になったのだった。
おかげで今やちょっとした有名人。今も道行く女子がチラチラとこちらを見てはひそひそと話している。
暫く外出は控えよう。俺の安息の地は我が家だけか……。
そう決意したアレンが玄関の扉を開けた。
カレンが立っていた。
「……ただいま?」
「お帰り、勇者」
「その名で呼ぶなぁ!」




