7、新婚さん?いらっしゃい
シャング率いるAS隊の活躍により、その補給路を絶たれた猿族が撤退してから二週間。
最後まで戦場に残っていた負傷兵達も去ったのを確認すると、シンが率いる部隊は予定通りツインズマールの街にその拠点を移した。
その頃にはランドシップ『アイリッシュ』もツインズマールの街に到着しており、ここにシンの部隊とシャングの部隊は無事に合流を果たしていた。
「シャング、居るか?」
『アイリッシュ』艦内の士官室が並ぶ一角。
その扉の一つにシンが声を掛けると、すぐさま「おう」と返事が返ってきた。
仕事を中断したシャングが扉を振り向くと、まるで自分の部屋のような気安さでずかずか入って来るシンと、扉の所で直立し、「失礼します」と敬礼するアムの姿があった。
その対称的な姿の二人を見てシャングは思わず笑ってしまった。
アムの姿はまるで、不躾な態度のシンの分まで替わって敬礼しているように思えたのだ。
いや、実際そうなのだろう。
シャングはシンとは長い付き合いだ。
コイツがこう言う気さくな行動をするのは親しい人間に対してだけだ。
それが分かっているから別に不快には思わないのだが、アムの態度はそれはそれ。親しい相手でも礼儀はわきまえるべきだと言っているようだった。
それはまるで、永年連れ添った伴侶のような気遣いと息の合い方だった。
まぁ実際、二人っきりでは無いにしても、ほぼ一緒に生活しているのだ。息が合って当然なのだろう。
シャングにはそれが、ちょっと羨ましくもあった。
「ふっ……まったくお前ら二人、息がピッタリだな」
「なんの事だ……?」
「お前の至らぬところを黙ってフォローしてくれるランダースがいて、羨ましい限りだと言ってるんだ」
シャングが言うと、シンの後ろに控えたアムが苦笑いを浮かべた。
その一言で思い至ったのだろう。シンも苦笑いを一つ浮かべると、
「そう思うんなら、とっとと相手を見つけて結婚でもするんだな」
と言って切り返した。
「それより仕事中だったか?」
「構わん。俺も丁度、お前を呼ぼうと思ってたところだ」
「確認できたのか?」
「あぁ……今朝方、東から接近する黒い船体を確認した。『パッタイ』だな。護衛艦は二隻」
「となると、本気で当たる気か。猿側は?」
「はっきりした数は分からんが、五千人ってところか? 虎鉄殿の報告だと、今はまだ山を背にして広がって布陣してる。このまま艦隊が進んだとして、両者が接触するのは早くても昼過ぎだな」
「その時間からじゃ、戦闘が長引けば夜だ。そんな無謀はしないだろう。恐らく開戦は明日になるな」
「まぁ、『パッタイ』側も予定戦場のマッピングが終ってないんだ。そうなるだろうな」
「なら、すまんが俺はアムと野暮用で街に出て来る。大丈夫だとは思うが、なんかあったら知らせてくれ」
「わかった」
「それじゃあシャング隊長、失礼します」
「あぁ」
「へぇ……思ったより大きな街なのね」
ツインズマールの街を二人並んで歩きながらアムが感慨深そうに呟いた。
「元々この辺りは三つの部族の街があったらしい。一つは族長が要塞化したローエンドルフ城周辺。そしてこのツインズマール。最後は俺達が引っ越したリンデンパークの街だ。昔は三つの街で結構な争いがあったらしいが、それを族長のじいさんがこの辺を制してからと言うもの、獅子族の庇護下に入り、争いもなく街は発展を続けたそうだ。だからかれこれ百年以上の歴史はあるな」
「ふぅん。……で、シン。どっから行くの?」
「そうだな。……とりあえず、あそこでお茶でもしながら考えるか」
「は……?」
シンはそう言ってカフェを指差すと、そちらに向かってさっさと歩き出してしまった。
「なに? いきなり休憩するの?」
「作戦会議だ」
「ふふ、物は良いようね」
などと言いつつも、アムも特に反対する事なくシンに続いて店内へと入って行くのだった。
実は、暫くツインズマールの街に滞在する事になったシン達に、族長が気を効かせて一軒家を宛がってくれた。
それは良いのだが、家本体があるだけで、生活するのに必要な家財道具や電化製品、飲み食いする為の食器類も、風呂トイレを含めた生活用品全般も、まるっきり何もない状態だった。
だから族長には悪いが、シンとしてはわざわざ引っ越さなくてもランドシップで生活してれば良い。そう考えていたのだが……、
「ナニ言ってんです。そんなんじゃ、先生に美味しいご飯を作ってあげられないじゃないですか!」
と、アクミが言い出した。
「いや……気持ちは嬉しいが、俺は別にかまわ……」
「いいえ、ダメです!せっかく族長がお家まで用意してくれたんです。テキッと揃えてパキッと引っ越しちゃいましょう。ナニ、みんなで分担すれば、こんなの一日で終わりますよ」
「いや、さすがに一日じゃ無理が……」
「とりあえず私とひめちゃんで食器類と生活用品を揃えますんで、先生とアムちゃんは電化製品と家具全般をお願いします。では夕方に新居で会いましょう!良いですか?良いですね?それでは、レッツゴー!!」
「あっ!ちょと待て、アク……ミ……」
アクミは言うだけ言うと、さっさとひめ子の手を引いてランドシップを飛び出して行ってしまった。
アクミとひめ子の去った扉に向かって手を伸ばしたまま無言で固まるシンを、「あはは……」と苦笑いを浮かべたアムが見つめる。
暫くして、全てを諦めきった顔のシンが振り向いた。
「……しかたない……行くか?」
「そうね」
こうしてシンとアムの二人は街に買い出しに行く事になったのだった。
店内でコーヒーとオレンジジュース、それとお茶受けにナッツ入りのクッキーまで注文した二人は、通りに面したテラスのテーブルに向かい合って腰掛けていた。
さっそくコーヒーを一口啜ったシンは、おもむろにタブレット端末を取り出すとクッキーをくわえながら操作を始める。
「で、どっから行くの?」
ストローでオレンジジュースを啜りながらアムが再び尋ねた。
「先に電気屋かな」
「家具は後?」
「そっちはゆっくり選びたいからな」
「まぁ……それもそうね」
シンがタブレット端末を操作して家電類を色々と検索していた。
アムも正面から画面を覗いたのだが、どうも見づらい。
仕方なく一度立ち上がり、シンの隣に椅子を移動して身を寄せた。
その途端、シンの柑橘系のような良い香りが鼻孔を擽り思わずドキリとする。
アムはそこで始めて、周りのテーブルがカップルだらけなのに気づいた。
なんせ通りに面したテラスで陽光が柔らかく降り注ぎ、一つの丸いテーブルに椅子が二つ。恋人同士のロケーションとしては最高だった。
〈私とシンも……恋人同士に見えてるのかな?って、うわっ!?キ、キスしてるカップルまでいる!?〉
「アム……?」
「ひゃい!」
「どうしたんだ?」
「えッ?……あの……その……リ、リカレスの街に雰囲気が似てるから、……その……う、嬉しくなっちゃって?あは……あははは…………」
「ふぅん、そうか?」
特に追求することなく再びタブレットを操作し始めるシン。その横顔をアムがチラリと盗み見る。
正直、二人で出掛ける前は何とも思わなかったのだが、一度気にし出すともうダメだった。
〈……よく考えたら……二人っきりでお出掛けって、……こ、これって、デートよね?〉
カフェを出て二人並んで歩き出してからも、自分達が周りからどう見えているのか気になり、ついキョロキョロと辺りを見回すアム。
すると前から、見るからに恋人といった二人が仲良く腕組みしながら近付いて来た。
その二人とすれ違い様、アムが羨ましそうにチラリと視線を送る。
〈どうしよ……付き合ってもいないのに、突然腕を組んだらシン怒るかな?……いやいや、ダメダメ。それ以前に、アクちゃんにフェアじゃない……〉
アクミがシンの事を好きなのは重々承知の事だ。
それは分かっている。
分かってはいるのだが、アムもシンの事を好きなのだ。この感情だけはどうしようもなかった。
そして今、この場にアクミは居らず二人きり。
ちょっとシンに甘えるにはチャンスだった。
〈うーん……手を握るくらいなら……良いわよね?……って、だからダメでしょ。抜け駆けはアクちゃんに悪いって!……あぁ、でもせっかく二人っきりなのに!うにゃぁあああーーーーーーっ!!〉
落ち着かない顔で辺りをキョロキョロと見回したと思ったらチラリとシンに視線を送り、そのまま顎に手を充てて何やら思いに耽るアム。
そうかと思ったら突然何かを吹っ切るように頭をブンブン振り回し、それが静かになったと思えば思い詰めた表情で何もない空中を見つめ、直後には頭を抱えて天を仰いで身悶える。
その一部始終を隣で歩くシンはしっかりと見ていた。
〈……なんなんだ?〉
そんな情緒不安定のアムがだんだん心配になってきたシンが、おそるおそるといった感じで尋ねた。
「……その……アム? なんか悩み事なら相談に乗るぞ?」
「は……?」
「いや、さっきからお前……挙動不審だぞ?」
「え?……あっ!?……い、いや……な、なんでもない、なんでも。あは……あはははは…………」
シンに言われて始めて自分の行動に気付いたのだろう。真っ赤になったアムが誤魔化すようにぱたぱたと両手を振った。
「いや……なんでもないってレベルの行動じゃなかったぞ?」
「ほ、ホントになんでもないから!それよりほら、早く行こ!」
そう言って、その場から逃げ出すようにアムが突然駆け出した。
「バカ、こっちだ!」
「あっ!?」
だが駆け出したところでシンに左手を掴まれ、そのままぐいっと引き戻される。
「まったく、なにをテンパってるんだか。ほら行くぞ」
「……うん」
急に大人しくなったアムと手を繋いだまま、シンがゆっくりと歩き出す。
電気屋までの道中、小さな幸せを満喫するアムだった。
小一時間程で一気に家電を注文したシン達は、続けて家具屋へと向かった。
その頃にはアムもなんとかクールダウンに成功しており、平常心を取り戻していた。
家具屋の店内に足を踏み入れた二人は辺りを見回すと、まず食事をする為のテーブルが展示してある一角へと足を向けた。
最悪、布団は床に直に敷けば良い。
衣類はバッグに入れっぱなしでも問題ない。
しかし食事を床で取る事は出来ない。それが理由だった。
「四人で掛けるとなると、この辺か?」
「うーん……アクちゃんって、突然思い立ったようにご馳走いっぱい作るから、もう少し大きくても良いかもね」
そうやって二人してあれこれ悩んでいると、それを見た女性の店員がにこやかな顔で近付いて来た。
「いらっしゃいませ。 お客様、テーブルをお探しでしょうか?」
「あ、はい。と言うかテーブルを始め、家具一式全部なんです」
「まぁ、新婚さんですね。羨ましいですわ」
「「は……?」」
思わず我が耳を疑う二人。
「それでしたら、将来二人三人と子供が増えるのを考慮して、もう少し大きいサイズの方がよろしいのではないでしょうか?」
「「子供……?」」
あまり聞き慣れない単語に、再び聞き返すシンとアム。
「はい。最初の頃はお二人ですので問題ないんですが、お子さんが大きくなってから手狭になって、結局買い直される方が多いものですから。ですので、当店では最初から大きいサイズをお薦めしています。その方が無駄もないですし、愛着も湧きますよ?」
「いや……まだそう言った予定は全然……」
「ふふ……皆さん決まって、最初は二人っきりでいたいっておっしゃるんですよね」
慌てて誤解を解こうとしたシンを一笑の元に斬って捨てる女性店員。更に、
「でも、赤ちゃんなんてすぐ出来ちゃいますよ?」
「赤ちゃん!?」
「出来る!?」
すっとんきょうな声を出してから、そこに至る行為をあれこれ想像し、そのまま恥ずかしさのあまり黙り込んでしまうシンとアム。
そんな二人などお構いなしに女性店員のアドバイスは続く。
「ですから食器棚も大きいサイズの方がよろしいですよ。あちらにありますのでご案内しますね。せっかくですもの、テーブルと合わせた方がよろしいですものね」
そう言ってにこやかな顔で先に立つとさっさと歩き出して行ってしまった。
ちょっと順番は変わるが、どうせ購入するものだしと黙って後に続く二人。
「……ねぇ、シン?」
「……なんだ?」
「私達って……端から見たら、新婚さんに見えるんだね」
「……そのようだな」
「えへへ、新婚さんかぁ……」
恋人を通り越して一気にお嫁さんに誤解されたのが嬉しく、思わずにへらと笑うアム。
だがそこで、ふとシンの反応が気になって隣を見上げる。
ツィ……。
何故か顔を背けられてしまった。
「…………」
「…………」
「……ねぇ、シン?」
「……なんだ?」
「……ひょっとして……怒ってる?」
「いや……」
「でもその顔……怒ってるよ?」
「別にそういう訳じゃない。これは、その……あれだ……」
「どれ?」
「いや、だから……」
「…………?」
珍しく要領を得ないシン。
その正面に廻ってアムが顔を覗き込むと、ぽんっと頭に手を置かれ、くいっと向こうを向かされた。
「そら、店員さんが待ってる。行くぞ」
シンはそう言うと、アムの頭から手を離してさっさと行ってしまった。
まるでアムの視線から逃れるように……。
〈……ひょっとして……照れてる?〉
遠ざかるシンの背中を見つめ、アムが信じられないものでも見たような顔で見送る。そしてその顔が急に笑顔になった。
〈あは……シンでも照れるんだ〉
なんだかその事実が妙におかしく、同時にとても嬉しかった。