第19話 I can't understand it.
チッ、チッ、チッ、チッ。ベンチに座っているあたしの耳に入ってくるのは、廊下の壁にかけてある時計の音と、この建物に入る前からずっとドクンドクンと言って、なかなか動悸がおさまらないあたしの心臓の音だけ。隣に座っているのは麻友と孝徳。
ありがたいことに、和哉がはねられたのを見た、通りすがりのお兄さんが、救急車を呼んでくれた。到着した救急車に、和哉や救急隊員と共に、かろうじてあたしは乗り込んで。病院に着くと、救急車からおろされて、運ばれていく和哉を救急車の隣でただボーっと見送っていた。
あたし一人じゃ何も出来ない。頭の中が混乱して、何が何だかわからない中、其れだけはハッキリとわかっていた。混乱している頭で、必死に考えた末出た答えが、麻友を呼ぶこと。麻友がいてくれれば心強い。
答えを出すと、あたしはすぐに携帯を取り出して麻友に電話をした。麻友は、すぐに行くから動かないで待ってて、と言って、電話を切った。
麻友は、あたしの頭が混乱していることを、わかっていたんだと思う。2人より3人という感じで、孝徳を連れてきてくれた。
ガラッという音と共に、医師が出てくる。
「あの子のご家族の方は?」
医師が問いかけてくる。
「連絡先がわからないんです」
咄嗟に麻友が答えてくれた。
「学校は?」
「夕葉恵高校です」
麻友の返事を聞くと、医師は部屋の中へ入り、中にいる人に話しかける。少しすると、医師が出てきたあとに看護師の女の人が部屋を出ていった。
「とりあえず中へ」
「はい」
麻友と孝徳がベンチから立ち上がり、麻友があたしに手を伸ばす。ぼんやりする頭で少し考えて、あたしは其の手を取り、立ち上がる。麻友と孝徳が歩き出すから、あたしも一緒に歩き出し、部屋の中へ入った。
部屋の中にはベッドがあり、其処には和哉が横たわっている。ベッド脇には椅子が3つ並べて置かれてあり、其の椅子の前にある椅子には医師が座っている。
医師はあたしたちに椅子に座るように促す。だからあたしたちは椅子に座る。
「この中で医療に関することが少しでもわかる子はいるかい?」
「あたしわかります。父が医師をやっているので……」
麻友が言う。
そういえば麻友のお父さん、お医者さんやってたなぁ、なんて、ほとんど機能していないも同然の頭であたしは思う。
医師は、少し小さめの声で話し出す。あたしや孝徳にはわからないような言葉を使って。麻友にはきっと、通じているのだろう。麻友は、少し咳込みながらも、しっかりと医師の話に相槌を打ちながら聞いていた。
「それで、本田は……やっぱり……」
「はい。お思いの通り、記憶喪失です」
和哉が、記憶、喪失……?