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最強のOL

 社会人になって二日目の朝を迎えた。


 昨日と同じように満員電車に揺られて、会社に向かう。

 女性専用車両なので痴漢の心配はないけれど、香水のにおいがキツい。でも社会人なんだから慣れないとなぁ。こんなんだから、子供っぽいって言われるんだよね。

 昨日はいろいろ大変だった。

 まさか入社初日で二回も死んで、異世界を行き来するという貴重な出張体験をするとは思わなかった。

 あれは全部夢だった、と思いたいけれど、ハンドバックの中には、昨日、異世界で貰ったコインが入っている。西岡さんがドッキリのために要したとは思えないほど、精巧な作りだ。

 その西岡さんは貰ったコインをすぐさま換金しちゃった(そして結構な額になったみたい)けど、あたしは記念に持ち歩くことにした。

 デザインが凝っていて綺麗で、結構お気に入り。

 散々な目にあったけれど、今となってはいい思い出。普通に会社員としてオフィス街を回るより、ずっと面白い体験だったもんね。

 それに仮にまたあの世界に行ってしまっても、これがあればお金に困ることないし。なんてーね。

 電車から降りて駅を出て、歩くことしばし、白露商事が入っているオフィスビルが見えてきた。

 よーしっ。今日も一日、がんばるぞ!

 と、入り口前で気合いを入れたときだった。

 ひゅんっ、と頭上に風きり音が聞こえた。

 ふと見上げると、あたしの真上に、西岡さんが降ってくるところだった。

 ――え。

 

 そして、あたしは潰された。



  ☆ ☆ ☆



「おお。立花ゆかりよ。死んでしまうとは情けない!」

「あれを、どうしろっていうんだっ!」

 女神さまの言葉に、あたしは反射的にツッコミを入れた。

 あたしの目の前には、昨日の女神さまが立っていた。

 確かに普通に会社員として働くより何とやらって思ってたけど、これはそういうレベルじゃないっつーの!

「まぁまぁ。昨日も言ったじゃないですかぁ。また会えますよって」

 女神さまがおっとりとした口調で、ころころと笑う。

 どうやら目覚めに言われる言葉は某ゲームを真似たお約束で、死んでしまったことに無いして、本当に情けないとは思っていないみたい。

「はいはーい。それじゃあ、さっそく転生しますねー」

「ちょっ、あたしは何も――」

 そしてあたしは、有無をいわさず光に包まれた。


 ………………

 …………

 ……


「誰だっ。怪しい奴め」

 光が晴れて気が付いた途端、誰かに怒鳴られてしまった。

 辺りを見回す。前回の北海道っぽい長閑な草原ではなく、どこかの屋敷の敷地内みたい。

 そしてあたしを怒鳴ったのは、門番さんって言うか、警備の人のようだ。

 突然現れたあたしに警戒しているのか、問答無用で取り押さえてくるような様子はない。あ、そうそう。今更だけど、異世界で言葉が通じるのは、女神さんの設定でいいんだよね。

 さてどうしよう。

 戸惑ってしまったが、気を取り直す。

 入社二日目とはいえ、あたしも営業だ。このピンチをむしろチャンスにして異世界の人脈を広げられれば、西岡さんにも認められ特別手当が貰えるかも!

「えっと……。初めてお目に掛かります。あた……私は白露商事の営業を担当している、立花ゆかりと申します」

 おー。なんかデキる社会人っぽい?

 颯爽と名刺を取り出せれば完璧だよね。まだあたしの名刺、出来てないけど。

「しら……そんなの聞いたこと無いぞ。怪しい奴め!」

 ま、そーですよねー。

 しかし、今のあたしには、あのコインがある。

 身分の高そうなお姫さまから貰ったものだ。ただの金貨より価値があるものかもしれない。いわば、水戸のご隠居さんの印籠みたいなもの。

「ふっふっふ。このコインが目に入らぬかーっ」

 こっちの人は助さん角さん知らないだろうけど、そのノリで言ってみる。

「そ、それは……」

 警備の人が驚いた様子を見せる。ふっふっふ。もーっと驚いてもいいのよ?

「敵国のナルドゥの金貨。女、それをなぜ所持しているっ? さては、間者だな」

「……ふぇ?」

 こうして、あたしは捕らわれの身となってしまったのでした。



 地下牢だった。どこから見ても、地下牢だ。

 薄暗い部屋に、あたしのほか誰もいない。

 きっとこの後、警備のお偉いさんが来て、調査と言いながら、あたしの身体を凌辱するのねっ。そう、エロ同人のように――!

 ふふ。さっそく、その誰かが来たようね。

 お約束の展開に、あたしは諦めつつ物音のした方に目を向ける。

「まったく、入社二日目にして遅刻とは、いい度胸だな」

「に、西岡さんっ!」

 あたししかいなかった地下牢に、突然現れたのは、ぴしっとしたスーツ姿のイケメン鬼畜メガネの、西岡部長だった。

「まぁよい。試作品のサンプルも持ってきたし、営業を始めるか」

 マイペースな人である。

 ただその泰然としたところに、ほっとする。

 あたしは余裕を少し取り戻して、西岡さんに聞く。

「ところで、商品ってどんなものなんですか?」

「うむ。ブルーライト置くだけくんだ」

 わぁい。どっかで聞いた名称♪

「自殺防止に効果があるというので、私はこれを屋上に置いて、ダッシュしてみた。だが私の意志が強かったのだろう。防止されることなく、そのままダイブして落下してしまった」

 え? そう言えば……あたしのときは、会社の前で何か黒いものが降って来て……西岡さんっぽかったけど。

「って、お前かっ。お前にぶつかってあたしは死んだのかっ!」

 やっぱりこの人が元凶か! 

「な、二人に増えている。女、さてはお前、召喚術士かっ」

 何てやり取りをしていたら、いつの間にか檻越しに来ていた見張りの人が驚いている。そりゃそうだよねー。あ、でも召喚術士って響きがいい感じ。

「召喚士か……まぁそういうことにしておこう。それより、いい商品があるぞ」

 さっそく売り込んでいるし。

「……いい商品、だと?」

「あぁ。私たちは異世界の召喚士だ。何か困ったことでもあったら、言ってみるが良い」

 西岡さんの堂々とした口調ぶりに、警備の人たちが思案気に顔を寄せ合った。

「……よいだろう。少しここで待っていろ。今、聞いてくる」

 あっさり断られるだろうと思っていたけれど、普通に対応してくれた。

 警備の人たちの様子だと、本当に何か、問題ごとがあるのかな。

 そしてしばらくして、あたしたちは、豪勢な部屋に通された。



「領主さまであらせられるワイドビーチ様は、最愛の息子がニートになって、大変お気に病んでおられる。自ら命を絶とうとなされることもしばしば。お労しや」

 豪勢な部屋で待っていた、執事さんっぽい人が、あたしたちにそう言った。

 ていうか、この世界にもいるのね。ニート。

「なるほど。そいつの性根を叩き直せばいいのか」

 おお。西岡さんにぴったりのお仕事。

「いえ。どら息子のことはもうどうでも良いです。それより、領主様を元気にしてもらいたいのです」

 わーい。西岡さんとは正反対のお仕事。

「良いだろう」

「って、いいんかいっ!」

 いや、だって、西岡さんの性格とは正反対の任務ですよ!

「問題ない。私にはこれがある」

 そう言って、西岡さんが掲げたのは、ブルーライト置くだけ君だった。



「おお。何か生きる希望が湧いて来た」

「――なるんかいっ!」

 こうして、ブルーライト(以下略)くんを部屋に置くだけで、任務は完了した。って、文字数むしろ増えてるし。

「よし。何でもやるぞ。そうだ。特に意味もないけれど、領内に巣食うドラゴンを退治しよう!」

 ナイスミドルな領主さん、元気になり過ぎ!

「ドラゴンか。ふふ。おもしろい」

 西岡さん、興味を惹かれたようだし。

「うむ。そなたたちには世話になったようだな。ついでと言っては何だが、ドラゴン退治も頼まれてくれるか」

 領主さんがするんじゃないんかいっ!

「うむ。報酬次第だな」

 ギルドのベテラン仕事人みたいな雰囲気になってるし!

「もちろんだ。報酬はたっぷりはずもう」

「なら問題ない」

 ……もーどうでもいいです。



 こうして詳しいドラゴンの居場所や報酬などを話し合ってから領主様の部屋を退出したあたしは、さっそく西岡さんに聞いてみた。

「もうドラゴン退治でも何でもいいですけど。今度は、どんな道具を使うつもりなんですか」

 言葉の最後に、ドラ○もーん、と繋げたいくらい、気分はすっかり、のび太君状態。

「いや、無い。ブルーライト置くだけくんだけだ」

 うわぁ。役立たず!

  てか、ドラゴンを元気にしてどーする!

 あたしがツッコミを入れようとしたとき、不意に懐かしい電子音が部屋に響いた。これは携帯の音? 西岡さんのスーツから聞こえるけど……

「西岡だが」

 って、電話繋がるのっ。

「当たり前だ。わが社特性の機種だからな」

 いやいや。ここは異世界ですって。

「……ん、いや。何でもない。こっちの話だ。で、内容は……む、そうか。会議だったな。すっかり忘れていた。今すぐ戻る」

 西岡さんが電話を切った。

 とりあえず繋がったことは脇に置いといて……

「で、戻るって言いましたけど、どうやって?」

「まぁ何とかなるだろう」

 確かに西岡さんなら何とかなりそうだけど。

「というわけで、ドラゴン退治の任務は君に任せた」

「ほわいっ!」

 思わず変な声が出た。

 おのれ、勝手に一人で逝くつもりか。

 あたしも後を追うため、死んで女神さまのところに行きたいけど、ブルーライト置くだけ君のせいか、その決心が付かない。

 お願いっ、あたしを異世界で一人にしないでっ!

 そんなあたしの様子を見て、西岡さんがため息交じりに言った。

「……仕方ない。代わりの人間を寄越そう」

「代わりの人間? その人はドラゴンを倒せるんですか?」

「問題ない。彼女なら君の力になってくれるだろう」

 意地悪く言うあたしに、西岡さんは迷うことなく続けた。

「彼女の名は、足利奈智。人呼んで、最強のOL」

「最強のOLって、なにっ?」

 声が裏返る。なにそれ、美味しいの。

 そんなあたしの目の前で、すっと西岡さんが消えていく。

 ――え、マジで。死ななくても行き来できるのっ。

 あたしがあたふたしている前で、西岡さんの姿はすっかりとなくなってしまった。

「……代わりの人を寄越すって言っていたけれど、その人はいつどうやってここに来るのよ……」

「呼びましたか?」

「え?」

 領主様の部屋の扉の前で立ち尽くしていると、不意に背後から、凛とした女性の声がした。 

「久しぶりの外出も悪くありませんね。事務をやっていると、どうも出不精になってしまいます」

 振り返ると、絨毯の敷かれた廊下に、会社の制服っぽい服を身にまとった女性が立っていた。

「初めまして。私は、白露商事で事務全般を担当している、足利です」

「は、初めまして。新入社員の立花ゆかりですっ。よろしくお願いします」

 あたしは慌てて頭を下げた。

 同じ会社の人みたいだ。昨日は外(異世界)周りと他の営業の人にあいさつしただけだったので、事務の人に会うのは初めてだ。

 足利さんは西岡さんと同じくらいの年齢か、少し上っぽい。雰囲気的に、会社のお局さん的な存在だろうか。

「どうかしましたか?」

「い、いえっ」

 ぶんぶんと首を横に振る。べ、別に行き遅れとか思ってませんよ!

 嫌われると、ネチネチと陰湿ないじめを受けるかもしれない。確かに怒らせてはいけない存在だ。

 けど、西岡さんが言うほど、最強なのだろうか。

 とりあえず、聞いてみる。

「あの……西岡さんは最強のOLと言っていましたけれど……」

「最強かどうかは存じませんが、彼らより上位の存在ではありますね」

 足利さんがこともなげに言い切った。

「私の業務は会社のデーターを一元して取り扱うことです。営業の成果も私のもとに集まり、私が入力してデーター化しています」

「……それがどう凄いんですか?」

「つまり、そのデーターをいじれば、全社員の給与や賞与も思うがまま、ということです」

「うわぁっ。怖ぇぇ」

 思わず声が出る。

「会社の業績も私の手にかかっているともいえます。改竄も思うがままです。知ってますか? 申告額を減らせば、税務署に払う金額を少なくすることも出来るのですよ」

「それって脱税だからっ!」

「失礼な。それを言うなら、天使の華麗なる脱税、と言ってください」

「頭に綺麗事を付けても最後に『脱税』って言ってるしっ!」

 なるほど。確かに最強だ。西岡さんが言うのもうなずける。

 …………

 ……

 って、データー改竄でドラゴンを倒せるかっ!

「そうじゃなくって、武器っ。あのひまわり爆弾みたいな、武器はないんですかっ?」

「武器ですか? ありますよ。強力なものが」

 足利さんがあっさりと言う。

「あるんですか?」

「ええ。そうね。そこのあなた、悪いけれど、ここに書いてある物を持ってきて」

 足利さんはポケットから手帳とペンを取り出して、近くであたしたちの様子をうかがっていた使用人に渡した。

「はっ、はい」

 異世界から来たってことで畏怖があるのか、受け取った使用人さんは、あわてた様子でぱたぱたと駆けながら廊下の奥へと消えていく。

 ていうか、文字普通に読めるんだ。

 しばらくして、使用人さんが帰って来た。お盆っぽいものに乗っているのは3つ。

 お茶が注がれたコップ。

 使い古した雑巾。

 そして、牛乳。

 ……これって、まさか……?

 あたしの心配をよそに、足利さんはもらった牛乳を無造作に絨毯の上にまき散らすと、雑巾をその上に投げ捨て、足で器用にふき取る。

 そしてその雑巾を汚い物を持つかのように(そのまんまだけど)、端を掴んで持ち上げて、お茶の中にさっと潜らせた。

 ぎゃぁぁぁ。

「このままだとただの汚物です。ですがこの魔法の粉を加えることによって……」

 足利さんが懐から取り出した何かを、雑巾汁の中に振りかける。

「す……凄い……っ」

 するとどうだ。

 コップの中から、お茶の良い香りが漂って来るじゃないか。

 こんなものを持ってこられたら、普通に飲んでしまうに違いない。

 OL恐るべしっ! 

 あたしは感動のあまり、思わず涙をこぼした。



 って、だからこんなんでドラゴンを倒せるかーっ。


 ということに気づいたのは、領主様が用意してくれた馬車でドラゴンがいるという場所まで来たときだった。――遅すぎだって。




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