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後編の前編:あなたは友達の存在を信じますか?


「はぁ〜」

 冴子は家に帰り着くやいなやため息をついた。

「ただいま……」

 玄関を開ける手にも力が入らない。今日一日、色んな事がありすぎて疲れてしまったのである。

 取り敢えず着替えて早く落ち着きたい―――冴子は重い足を引きずりながら、二階の自分の部屋へと階段を登った。

 冴子の家はごく普通の二階建ての一軒家である。そして二階の一番奥、フローリングの八畳間が冴子の部屋だった。

 冴子はブルー系の色が好きなので部屋の中も淡いブルーを基調にクールにまとめているのだが、意外にも?部屋は綺麗に片づけられていた。

 普段大雑把な性格をしている冴子だったが、掃除などは結構マメにする方で、こういう点は実に女の子らしいのである。

 冴子は自分の部屋に戻ると、いつもの場所に鞄を置いて早速制服を脱ぎだした。制服はそれ程窮屈なモノではなかったが、とにかく今日は疲れているので早く普段着に着替えてリラックスしたいと言うのが本音である。

「全く、今日はなんて日なのかしら……間抜けな死神には間違えて殺されるし、スーツを来た神様には会うし、果ては、何で生き返るのに私がキスをしなくちゃならないのよ」

 ブツブツブツ―――冴子はブレザーを脱ぎ、リボンを外してYシャツのボタンを一つずつ外しながら愚痴っていた。後ろに竹田がついてきている事も忘れて ……

 竹田の方はと言えば、後について二階の部屋まで来たのは良いのだが、冴子が急に着替えを始めたのでどうして良いのか戸惑った。本来なら黙って部屋を出ていけば良いものの、あまりの展開にそのタイミングを失ったのである。

「あ、あの〜」

「そうそう、あの死神の口調が妙に間延びしていて―――って、なんであんたがここまで入ってきてるのよ!!」

 冴子は背後でおろおろしている竹田に気が付いた。

「もう!!出てってったら出ていけ!!」

「は、はい〜」

 も〜っ、なんだって言うのよ!!―――冴子は竹田を追い出すと、さらに頭をカッカさせながら着替えを続けた。いつか絶対に八つ裂きにしてやる!などと、怖いことを考えながら……


「良いわよ、入っても」

 冴子は着替え終わると、わざとトゲのある声でドアの外に控えていた竹田を呼んだ。竹田はそんな冴子の事が余程怖かったのか、顔を引きつらせている。

「失礼しますです」

 冴子はそんな竹田の態度など気にせずに、入ってくるなり間髪入れずに言ってやる事にした。

「とにかく、私はこれから一週間の間に、その、キスをしなくちゃならない訳だけど……家に居る時はあんたは外で暮らしなさいよ。いくら見届け役だからって私の家の中ではそんな事になるわけ無いんだから。そうそう一応言っておくけど、今後一切、私の部屋に入ったらタコ殴りじゃ済まないからね」

 と、ココまで一気に言うと、さらに「じゃ、それだけ、明日は7時45分に家をでるから、それまでこの家にも入ってこないでよ。じゃ、さよなら」と続けて、犬でも追い払うかのように手で払う真似をした。

「そ、そんな!!私、行くところ無いんです〜。一週間は上の世界にも戻れないですし」

「そんなの知らないわよ。自分の責任、少しくらいは取りなさいよね!」

 冗談じゃない―――私はこれでも一応乙女なのだ、こんな男を同じ部屋に入れてなるものか。いや、そもそもこの男の為に苦労する羽目になったのだ、どうして親切なんかに出来るだろう。

 冴子はジロリと、竹田の事を睨みつける。

「ひぃ!わ、解りました」

 竹田はそんな冴子に思わず敬礼をすると、回れ右をして、いそいそと部屋を出て行くしかなかった。


「ふ〜」

 冴子は竹田が出ていったのを確認すると、大きくため息をついてベッドへと倒れ込んだ。

「それにしてもどうしよう、キスの相手……」

 枕に顔をうずめると、少し憂鬱な気分になった。何せ生まれてからこのかた、自慢ではないが男友達は沢山いても、彼氏などという甘い関係になった男など一度も無いのだ。ましてやキスなど、経験したことなどあろうハズもない。

 友達同士で話していて、そう言う方面の話題になると、必ず遅れてるだの古風だのと言われるけれど……冴子は別に無理をしてまでそんな経験をしようとは思わなかった。

 興味が無い訳じゃ無いんだけど……でも、雰囲気だけに流される様な恋愛なんてしたくないじゃない。

 そうよ、自分の一番大切な気持ちだもの、遅い早いの問題じゃ無いんだわ。

 冴子は枕から顔をあげた。

 でも……今度ばかりはそんな悠長な事、言ってられないのよね。何せ、一週間以内に誰かとキス出来なければ……


 ブルブル―――


 冴子は自分の中の嫌な想像を振り払うかの様に頭を振った。

 い、嫌な想像をしてしまったわ。と、とにかく、キスは大事にしたかったけど、キスと命じゃ、やっぱり命を優先にしたいじゃない―――冴子はため息と共にもう一度枕に顔を埋めた。


「だけど、本当にどうしようかな……」

 冴子は本当に頭が痛む様な感覚に囚われていた。


 もし、もしもよ、神様は「キス」が生き返る条件って言っただけで、別に相手を男と限定してないんだから、女の子同士って言うのも良いのかしら。そしたら、彼氏が出来なくて困った時、智美か昌代を襲って彼女達の唇を奪ってもOKなのよね……これなら、ファーストキスって言っても、相手が女の子なんだから大した問題にもならない……訳は無いか。

 う〜ん……どう考えても良い案とは言えないわよね。万が一にも智美や昌代を襲ったりすれば、その噂が広がって学校にいられなくなってしまうのが目に見えているもの。

 かと言って、今から適当な男を見繕ってその相手とキスをするなんて、それはそれで考え物だ。

 どうしよう―――そんな思いが、冴子の頭の中で山手線の様にグルグルと回っていた。そしてそれは随分と頭の中を周回していたらしい、冴子が顔を起こして時計を確かめると、既に相当な時間が経過しているのが目に入った。

「アイツに……相談してみようかな」

 イヤ!ダメダメダメ!!やっぱそれは無し―――冴子は声に出してつぶやいてみたのだが、思い返したようにそれを否定した。

 アイツに相談なんかしても信じてもらえる訳がない。それに、一体どう説明すればいいのよ……実は私、死神に間違って殺されちゃって、それで上の世界に逝ったらスーツを着た神様がいて、それで生き返る為の条件としてキスをしなくてはならなくなって、私はどうして良いのか困ってるの……

 なんて!漫画の世界じゃあるまいし、そんな事言ったら頭がおかしくなったのかと思われるに決まってる!―――冴子は頭をかかえていた。

「でも、だからと言ってよ、もし本当にキスが出来なかったら死んじゃう訳だし ……ああっ、でもやっぱり信じてもらえるとも思えないし……」

 冴子はまたもや振り出しに戻っていた。


 何時間考えてたんだろう……冴子は母親の夕食が出来たと言う声をベッドの中で聞いた。が、結局食事を取る気にはなれなかった。外には街灯の灯がともり、空には星のカーテンがおりている。

 しかし、未だに冴子の頭の中には同じ考えがグルグルと渦を巻いていた。誰とキスをするかとか、そのキスをするまでにどうすれば良いのか……など、色々な事を考えては、結局振り出しに戻ってしまうと言う繰り返しだったのである。

 しかし冴子は、そんな繰り返しの中で漸く一つの結論を出そうとしていた。

「やっぱりダメ、誰かにこの秘密を共有して貰わなくちゃ、私、とても持たないわ」

 そう、自分が置かれている状況を、誰かに知っていてもらいたいと言う事だった。もし一週間の間にキスが出来なかったら……そしてもし、死んでしまう様な事になったら―――冴子は必死に耐えているが、それらのことが不安で不安で仕方が無かった。

 そして、出来るならば、その悩みを誰かに知ってもらいたいと思ったのである。

 冴子は明るい性格で悩みなど無いと思われがちだが、その実、臆病な部分も持ち合わせた普通の女の子なのだ。いくら上の世界が下の世界とあまり変わらないとは言え、改めて死と言う事を考えると怖くてたまらなかった。

「アイツ……今日もいるのかな」

 時計を見れば夜の八時を回り、外は十分に暗くなっていた。星が綺麗に見え始める頃である。

 冴子は窓を開け隣の家の屋根の上をのぞいてみる事にした。

「いた……」

 冴子の家はいわゆる建て売りの住宅で、隣の家と左右対称の間取りになっている。ちょっとしたガレージも階段の位置も部屋の配置もほとんどが左右対称になっていて、屋上にあるベランダも、隣の家とはくっつく様にして同じ作りになっていた。

 そして冴子は、その場所に一人の男の姿を見つけて大きく深呼吸するのだった……



「ゆ、裕太……久しぶり」

 冴子は自分の家のベランダに出ると、隣の家のベランダに居る男に声を掛けた。その男とは、冴子とは生まれた頃からの幼馴染みである笹倉裕太である。

 裕太は、小さい頃から天体観測が好きで、屋上の様になっているベランダに出ては天体望遠鏡を夜空に向けているのだ。

「冴子か、珍しいなお前がココに来るなんて」

 望遠鏡の位置を微調整しながら裕太は答えていた。

「そう……かな」

「だって、冴子は天体観測なんて興味ないんじゃ無かったっけ?」

 その昔、二人がまだ小学生の頃、冴子は裕太の家のベランダが近いのを良いことに、裕太が天体観測を始めるとベランダをまたいで隣に移り一緒に観測をしていた時代がある。

 が、ジッとしているのが性に合わないのか、結局冴子は「つまらない!」と言って途中で帰ってしまうのである。裕太はそんな冴子の性格を知っているからか、わざとらしく笑った。

「う、うん……別に嫌いじゃ無いんだけど、ちょっとね」

「ははは、無理しなくても良いよ。それよりどうしたんだよ?」

 小学生の頃は良く二人で色々と話をしていたのだが、中学生になり、別々の高校へ通うようになってからは、こういった形であうのも久しぶりだ。

 珍しい客人への質問は当然だった。

「あ、うん、その、ちょっとさ、聞いて貰いたいことがあって……取り敢えずそっちに行っても良いかな?」

 珍しく歯切れの悪い冴子を見ると、裕太は可笑しかった。

「どうしたんだよ。昔ならダメって言っても無理矢理こっちに来てたくせに」

「それは昔の事じゃない。今は私だって17才の女の子なんですからね、そんな無理なんてしないわよ」

 と言いながら、冴子はベランダの手すりに手をかけると、裕太のいる方へと飛び移る。

「わっ、な、何だよ、結局こっちに来るんじゃないか」

「だって、ダメって断わらなかったじゃない。勝手にじゃ無いわよ、勝手にじゃ」

「まあ良いけどさ。それよりどうしたんだよ本当に?」

 裕太は天体望遠鏡から目を離すと、冴子の方へ向き直った。

「あ、あのさ……裕太」

「ん?」

 実は私、死んじゃったの―――冴子は喉まででかかった言葉を飲み込んだ。

 裕太は信じてくれるだろうか?自分が本当は死んでいて、神様に生き返らせてもらえる事になったんだけど、それにはキスが必要で、それで……それで?私はその事を話してどうしようと思うのだろうか―――冴子の思考がそこで止まった。


「どうしたんだよ冴子。急にだまりこんじゃって」

「あ、あのさ……」

「なんだよ、いつもの冴子らしくないじゃん」

「あの……裕太はさ、スーツ姿の神様の存在を信じる?」

「はぁ〜?」

 って!何を口走ってるのよ私は!!―――冴子は順序よく話してみようと思ったのに、話す寸前に頭が混乱して、イキナリうさんくさい部分から始めてしまった。

「お、おい、冴子……お前新興宗教にでもはまってるのか?」

「って!違ぁ〜う!!」

(あ〜やっぱり話し始めた内容が悪かった!!)

「そんなんじゃ無くて、わ、私が死神に間違って殺されちゃって、それでもって上の世界に逝って神様に抗議したら生き返られる事になって。でも、その条件に、私が誰かとキスをしなくちゃいけなくなって、で、その時の神様がスーツを着てて、気が付いたら学校の授業が終わっててって……あーもー話がまとまらないけど、とにかく、私が生き返るのには、誰かとキスしなくちゃいけなくなっちゃったのよ!!」

 冴子は大きく身振り手振りで説明した。

 しかし裕太としてみれば、こんな支離滅裂で突飛も無い話では理解できる訳がない。

「あ〜」と、唸ってあきれ顔だった。

「あ、その顔、信じてないでしょう!!私だって本当は嘘だって信じたいのよ!」

「いや、あの。冴子はあまりにも早口だったから、良く聞き取れなかったんだけど」

「だ、だから……」冴子は今までの自分の身に起きたことを、最初から順々に説明を始める結果になった。

「で、私が生き返る為にはキスが必要なのよ」

 冴子は説明が終わると、裕太の顔をジッと見つめた。

「あのさ……どうも俺には」

「その顔!信じてないでしょう!」

 さっきと変わってない!―――冴子は同じ言葉を繰り返した。

「いや、確かにね、漫画の内容としては面白いかも知れないけど」

「違うのよ!これは作り話なんかじゃ無くて……」

 冴子は困惑顔の裕太を見て、どうあっても信じてくれそうに無いことが解った。確かに、常識的に考えればそれは無理も無いことなのだが、それでも冴子は、裕太だけは自分の言った事を理解してくれると、心のどこかで期待をしていたのも事実である。

 だからこそ、こんな荒唐無稽な話をしたのだ。

 しかし―――


「良いわよ!もう裕太なんかに頼ったりしない!私自身で何とかしてみせるわよ!!」

 な、なによ裕太のバカ!私が作り話でもしてると思って!!

 冴子は勢い良く言うと、ベランダを乗り越えて自分の家に戻り、ガラガラ ―――ピシャ!といった風に勢いよく窓をしめてしまった。

「お、おい冴子、どうしたんだよ」

 事情の解らない裕太は、この冴子の変わり様にどうしたモノかと思ったが、引き留めようと思っても、冴子がいっぺんこうなると止められない事も知っていた。

 案の定冴子は、引き留めようとする裕太を振り返り―――バカ!!!と、ひとこと、もの凄い声で言うと、部屋のカーテンを荒々しく締めてしまった。

 まるで台風の様だ―――裕太はそう思いながら、冴子の消えていった部屋をしばらく眺めるしかなかった。


「何よ裕太のバカバカバカバカバカバカバカ!バカ!!!」

 冴子は自分の部屋に戻ると、枕に八つ当たりをして顔を埋めた。

 裕太なら私の事を信じてくれると思ったのに、裕太なら私の事を心配してくれると思ったのに、裕太なら……私の事を救ってくれると思ったのに……キスの相手、誰でも良いって訳じゃ無いんだぞ……

「バカ……」

 最後のバカは少し、弱々しかった。



―――残り日数6日土曜日―――


 その日、冴子はいつもと同じ時間に目覚めると、普段と変わらない行動をしていた。

 ベッドから起きあがり、けたたましく鳴り響いている目覚ましに垂直チョップを加えて黙らせると、寝間着のまま二階にある洗面所で顔を洗った。そして、朝食を取るためにダイニングキッチンへと階段を降りる。

 朝食もいつもと変わらなかった。トーストにバターを塗ったモノと、アメリカン珈琲にたっぷりの牛乳と少しだけココア―――砂糖だと甘くなりすぎるので、冴子はココアにしていた―――を入れた飲み物を飲んだ。

 そして食べ終わると直ぐに歯磨きを済ませ、それから自分の部屋に戻って制服に着替える。肩より少しだけ上に来る髪の毛は、それ程手入れをしなくてもまとまるので、軽くブラシを通すだけ。

 朝の時間ほど規則正しく過ぎていくモノはない。一通りの作業を終えて時計を見ると、やはり、いつもと同じ家を出る時間になろうとしていた。

 冴子は鞄を手に階段を降りる、いつもと同じ動作で靴を履いた……ただし、ここで一つ、普段とは違う行動を取った。


「うっし行くか!」


 冴子は気合いの声と共に扉を開けたのである。

 悩むのは止めよう―――冴子は色々と悩んだ結果に導き出した答えであった。

 自分がいくら悩んだところで問題は解決しないし、問題を解決する為には行動を起こさなくてはならない!

 この単純な事に気が付いた冴子は悩むのを止めたのである。

 そして、行動を起こすなら気合いを入れよう!と、玄関先で気合いの声をあげたのだった。

 冴子は行動の人なのである。


 まずは情報収集だわ―――冴子は悩むことを止めると、ドンドンと自分のやるべき事が見えてきた。

 とにもかくにも、この世にとどまるかそれとも上の世界に逝くかの瀬戸際なのだ。それになんと言っても自分の大切なファーストキスが掛かっている……この際キスをするなら思いっきりカッコイイ男にしよう―――冴子は悩むことを止めたと同時にそう思う事に決めた。

 冴子は行動派であると共に、少しだけ見栄っ張りだった。

 しかし、そうは言ったモノの、カッコイイ男の情報を持っている訳ではない。元々冴子は、あまりカッコイイ男に興味を持っていなかったからだ。

 誰々が誰某と付き合っているとか、誰々がカッコイイとか性格が良いとか…… そんな事を知ったところで結局、恋と言うのは外見じゃ無い!!と思っていた。よって冴子は、そう言った情報に興味が無かったのである。

 なので、まずは情報を集めるところから始める事に決めた。

 こう言うのは智美の得意分野なのよね―――智美とは、冴子の中学校からの友達だったが、彼女は勉強などはそこそこなのに、こと、人様の恋愛問題に関しては異常なほどの嗅覚を発揮する。

 その情報収集能力はTVレポーターもかくやと言われていて、一体どうしてそんな事を知っているのよ?と思われるような事を、握っていると言う噂だった。

 ただし智美自身はその情報を流して楽しんだりと言う事はないから、周囲から恨まれるような事は無く、いい男の情報が聞ける―――と、逆に人気がある程なのである。

 冴子はそんな智美に、現在フリーで人気の高い男の情報を教えて貰おうと思っていた。

 何故ならば―――どうせキスをするならば、その相手とはこれからつき合って行きたい。それならば……変な男を選ぶよりは、いい男とつき合うに越したことはない!と言う、ほんの少しだけ見栄っ張りな冴子の選択だった。

 それに、もしも相手の男に彼女がいるのも知らず、そう言う関係になってしまったらそれはそれで問題だろう。

 一番良いのは、自分がキスをしても良いくらいにカッコ良くて、しかも現在彼女がいないフリーな状態の男だ。少々難しい条件だが、だからこそ智美の情報能力がモノを言うはずである―――と、冴子は今日の昼食時にでも早速話をしてみようと思ったのだった。


 玄関先で気合いを入れた冴子が家を出ると、門の所には既に竹田が待機していた。どうやら言いつけを守って家の外で待っていたらしい。少しだけ憔悴した顔つきをしている。

「お、おはようございます〜」

 竹田は冴子を見つけると、機嫌をうかがう様に挨拶をした。冴子の機嫌が悪かったら、あまり近寄らない方が良いと考えているらしい。笑い方が少々ぎこちないのはご愛敬と言ったところだ。

 冴子は、そんな竹田を見ると昨日の事を思い出してムッとした顔になった。だけど……いつまでも根に持っていても仕方がないわね―――と、冴子は考え方を変える事にした。

 そして、周囲に人がいないのを確かめてから、小さな声で挨拶を返した。

「おはよう。だけど、これからはあんまり声をかけないでよ。あんたと話している所を見られでもしたら、また変な人間だと思われちゃうんだから」

「ううっ、解りました〜」

「それに、学校の中に入るのは良いけど、教室までは入ってこないでよ。解った」

「ううっ……それも解りました」

 竹田は素直に従った。

 やけに素直ね。多少は申し訳ないって気持ちが出てきたのかしら?―――冴子は妙に素直な竹田を見て思ったが、本当は、ただ単に冴子のことが怖くて従っていると言うのは知らぬが仏である。

 しかし、そんな事には気も止めず、冴子は学校へ向かって歩き出すのだった。


「おはよー」

 冴子が教室に入ると、先に来ていた智美と昌代を発見して挨拶を交わした。

「おっす、冴子」

「あ、冴子、おはよー」

 智美が手を挙げて答え、昌代がそれに続く。

「智美さ、今日のお昼ってどうする」

 冴子は自分の机の上に鞄を置くと、智美と昌代の話の話の中に入った。

「なに?もう昼の話?やっぱり冴子は華より団子だよな」

「む、失礼ね。私が食べ物にしか興味無いみたいじゃない」

「だってなあ、昌代」

「え、何よ智美、私に振らなくても良いじゃない」

 昌代は智美に話しを向けられて、困った顔で笑っている。

 ぐっ、私ってそう見られてたのね―――冴子は普段、自分がどう見られているのか解った気がした。

「で、お昼がどうしたんだよ?」

「ちょっとね、智美に頼みたいことがあってさ、今日はパンでも買って屋上で食べながら話したいなぁ〜なんて思ったんだけど」

 そう、屋上ならば多少回りに人がいても話を聞かれる心配がない。それに多少込み入った話にもなるだろうし、出来るなら落ち着いた場所が良い。そうなると、教室や食堂などよりも屋上に行くのが一番だ―――と言う三段論法に至った冴子は、早々に約束を取り付ける為に話を振ったのである。

「ん〜話って何?まさか冴子が恋の悩みって訳でもないでしょ?」

「ぐっ、私じゃ恋で悩んじゃいけないわけ?」

「え?じゃあそうなの?本当に恋の悩みだったんだ」

 智美と昌代は―――意外だ、と言った顔で驚いた。

「そうよ、私だって恋に悩む女子高生なんですからね」

「じゃあ……とうとう裕太君に告白でもするの」

「って、どうしてそこで、あんな奴の名前が出るのよ!」

 昌美の言葉に冴子は憤慨した。

「だって、ねえ智美」

「そうだよな。冴子の事を貰ってくれるのは、アイツくらいしかいないんじゃないのか?」

 智美と昌代はお互いの顔を見てうなずいた。

「冴子、ケンカしたんなら、早めに謝った方が良いと思うぞ」

「うん、私もそう思うな。冴子」

「しかも、どうして私が悪いって思うのよ!それに、裕太なんか関係ないわよ ……あんな奴」

 二人揃って裕太の事なんか言って―――冴子は多少強がりながら否定した。

「ふ〜ん、ま、それでも良いけどさ。謝るんなら、早めの方が良いと思うぞ」

「違うって言ってるじゃない。それよりも、お昼は屋上よ。昌美も」

「へいへ〜い。解りました」

 智美はおざなりな返事をした。

「え?私もなの?」

「そうよ、情報は多い方が良いからね。じゃヨロシクね」

 冴子はお昼の約束を取り付けると、自分の席へと帰って行った。

「どうしたんだろうね、冴子……」

 智美と昌代の二人は、突然の冴子の変わり様にお互いの顔を見合わせた。

「おおかた裕太とケンカでもしたんじゃ無いのか?それでいい男でも見つけて見返してやろうとかさ」

「う〜ん、何となく当たってる気がするね……だけど、智美はこういう話大好きなのに、今回はあんまり乗り気じゃないのね」

 昌代は、智美が冴子の話に乗り気じゃないのが不思議だった。普段なら、頼みもしないのに積極的に自分から情報を仕入れてくるのに、今回はそれ程興味がある様には見えなかったのだ。

「だってさ、結果が見えてるじゃん」

「どう言うこと?」

 不思議そうな顔をしている昌代に、智美は当然と言った顔で答えた。

「だってさ、冴子が裕太以外とくっつく分けないじゃん。結局最後には、冴子がおれるかどうかして、裕太と一緒になると思うぞ」

 それを聞くと昌代も、「う〜ん、それもそうよね……」と、納得の表情で苦笑するのだった。



―――昼食―――


 冴子達三人は、食堂でパンを購入すると朝の約束通りに屋上へ向かった。

 冴子達の高校は屋上を解放していて、お昼どきや放課後など、生徒達が自由に利用できるようになっている。風が強い日などは砂埃が舞って敬遠される事もあるが、ぽかぽかとして暖かい時などは生徒達からは人気の場所である。

 冴子は、適当に空いている所を見つけると、そこに座って昼食を食べながら早速本題に入った。


「率直に言うわよ智美……この学校でカッコイイって評判で、彼女のいない男の事を教えて欲しいの」

 それを聞いて、智美はコロッケパンを、そして昌代はチョココローネを取り落としそうになった。

「ちょ、冴子、それってどういう事?普通、誰々の事が好きなんだけど、その彼には恋人はいるの?とか、性格は?とか、そうやって聞くもんだろ」

「う〜ん、なんと説明して良いやら……」

「冴子、やっぱり裕太となにかあったの?」

「ち、違うわよ昌代!あんな奴は関係ないんだから」

 冴子は手にしていた焼きそばパンにかじり付いた。

「いや、まあ、それならそれでいいけどな。だけど、どうしたんだよ急に、今まで男の事に興味なんて無かった冴子が、カッコイイ男を探してくれ……なんて」

「それもちょっと……」

 冴子は困った顔をするしかなかった。何せ、信じてもらえるかも知れないと思っていた裕太でさえあの反応だったのだ、智美や昌代に本当の事を話したとしても、到底信じてもらえるはずはない。

「ね、その辺の事情は聞かないで欲しいんだけど」

 冴子は両手を顔の前で合わせて拝む。

「う〜ん、ま、それでも構わないけどさ」

「サンキュウ」

 持つべきモノは友達―――冴子は、なにも聞かないでくれる智美や昌代の事をありがたく思う。

「で、カッコ良くて、現在付き合っている彼女のいない男を教えろって?」

「そう、そうなのよ。出来れば3人くらいに絞って教えて欲しいんだけど、条件としては私よりも背が高くて、学力も学年のトップ30には入って欲しいわね。で、スポーツ万能、会話も楽しい人の方が良いかな、あ、もちろん周囲の評価も高くって……」

 冴子はそこまでしゃべると、智美と昌代の冷たい視線を感じた。

「……ごめん、解ってる。痛い程解ってるからさ、その無言の視線は勘弁して」

 二人の親友の、痛い程の視線に耐えられなかったのか、今度は小さくパンにかじり付いた。

「ま、とにかく冴子はカッコイイ男の情報が欲しい訳だ」

「本当にどうしちゃったの?冴子。変なモノでも食べたんじゃない?」

「まあね、ちょっと理由は言えないけど、教えて欲しいのよ……それから昌代、私は変なモノなんて食べてないわよ」

「じゃ、年上と年下じゃどっちが良い?」

「冴子、パンがこぼれてるよ」

「う〜ん、やっぱり年上の方が良いかしら……え?どこにパンがこぼれた」

「スポーツ系と勉強系は?平均的な人もいるけど」

「あ、このクリーム、味が変わって美味しくなってる」

「そうねぇ、平均的に出来る人の方が良いかも。本当に?昌代、ちょっと一口ちょうだい」

「で、彼女がいない方が良いんだ」

「そうだ、昨日ね、やっぱり行ってきたんだアイスクリーム屋さん。美味しかったよ」

「そうよ、彼女がいる男にアタックする程悪趣味じゃないから。で、なに食べたの?」

 女三人寄ればかしましいとは言うが……まさにマシンガンの様に言葉が飛び出してくる。

「それで冴子」

「んー?」

 智美は冴子の方へと手を伸ばした。

「な、なに?この手」

「報酬。私の情報は質量共にクオリティーが高いからね、それなりの報酬を貰わなくちゃ」

「んぐっ」

 冴子は、食べかけのコロッケパンを喉に詰まらせて、昌代から渡されたジュースで事なきを得た。

「なによ智美、その報酬って」

「なにって、当然だろ。私だって情報を取ってくるために色々と必要経費とかも掛かってる訳だし、ギブアンドテイクって奴。その変わり、私の名にかけて質の高い情報を教えるって訳。な」

「な、って、本当に報酬が必要なの!?」

「まあ、冴子が持ってるほかの情報でも良いけどさ、どうせ対した事を知ってる分けないし。手っ取り早く……」

「ちぇ〜解ったわよ」

 手を差し出してくる智美に、冴子は渋々と財布を取りだした。

「はい五円」

「って、何よこの五円玉」

「知らないの智美?ご縁がありますようにって、五円玉。これで智美もいい男見つけてね」

 冴子はとぼけた顔で智美に言った。さしずめ智美が狐なら、冴子は狸だろうか ……昌代だけが、なに食わぬ顔でパンを食べ続けている。

「ったく、じゃ今回は貸しておくからな。で、男の情報だけど3人くらいで良いのか?」

「さすが智美、持つべきは友達よね〜」

 冴子が大げさに感謝の声をあげると、智美はやれやれと言った顔でため息をついた。

「出来ればさ、さっき言った感じで、色々とその人の情報を教えて欲しいのよ。趣味とか好みとか」

「分かった分かった。じゃ、放課後までに3人をリストアップして紙に書いといてやるよ」

「サンキュー」

 ふ〜、これで男の情報はクリアーしたわね……今日は智美から教えて貰った男を確認しよう。明日は日曜日で学校が無いから、色々と計画を立てて、月曜日から行動を開始しなくちゃね。

 冴子はそう考えると、残りのコロッケパンを一気に口の中へと放り込むのだった。



「さ、冴子さん〜。お帰りですか?」

 授業が終わって校舎を出ると、冴子は竹田から声を掛けられた。

 どうやら冴子の言いつけを守り、学校の中には入らなかったらしい。

「あっ」

 冴子はそんな竹田に返事をしそうになったのだが、周囲に人がいるのを思い出して何とかこらえる事が出来た。

「ちょっと……学校の中で話しかけないでって言ってるでしょ」

 校門を出た所で、冴子は周囲には分からない程度の小声で話しかけた。

「す、スイマセンです〜」

「ところで、どこ行ってたのよ……教室には入るなって言ったけど、あんまり離れた所にいたら、証人にならないじゃない」

「は、はい〜実はですね〜、廊下で待っていようと思ったんですけども、どうも霊感の強い方がいまして〜私の事に気が付いた人がいたんです〜。それでですね、その方がお祓いの方法などを心得ているらしくって、危うく神様の所へ逝かされる所だったんですよ〜」

 竹田は情けない顔でしゃべっていた。

「だって、あんた元々上の住人じゃない死神なんだから。お祓いされたって元の世界に戻るだけでしょ。別に関係ないじゃない」

「いえ、私たち死神はですね〜、こちらの世界で働く時には免許が必要なんですよ。それでですね〜その免許が無いと強制的に上の世界に戻されてしまうんです〜。お祓いはその免許の効力を無効にしてしまう効果がありまして〜、死神だから効かないって事は無いんです〜。ええ」


 ……


 死神がこちらの世界で働くのに、免許がいるなんて―――冴子はなんと言っていいのか言葉を失った。

 それもそのハズ、誰がどう考えても、死神がサラリーマンの様に働いていて、さらには神様がスーツを着ているなどイメージのしようが無い。しかも生き返る為の条件がキスなどと……神の性格を疑いたくなる。

「それでですね〜、私達の免許を消されてしまって、強制的に上の世界に戻されてしまうとですね、再発行に色々と時間が掛かってしまうんです〜。あの方から逃げるのに苦労しました〜」

 竹田はハンカチを取り出すと、額のあたりを拭った。汗を掻く死神というのも初めての光景だ。

 しかし、冴子としてはそんな竹田には興味が無かった。目下のところ、智美にリストアップして貰ったカッコイイ男の、誰から最初にアタックするのか……その考えで頭がいっぱいだったのである。

「ふ〜ん、大変そうね」

 と、自分には関係のない話に、気のない返事をした。

「いや、これは冴子さんにも関係無いって訳じゃ無いんですけど……」

「ふ〜ん、そうなんだ……って、それどういう事?」

「あのですね、冴子さんも今は死んでいる状態なので〜こちらの世界に戻っている時には許可証が必要なんですけど〜、それ、私が預かってるんですよね〜。それでですね〜、私がお祓いされてしまうと、同時に冴子さんの許可証もお祓いされて強制的に上の世界に送還されてしまうんです〜はい〜」

 竹田は事も無げに言うのだが、冴子としては寝耳に水の話に驚かざるをえなかった。

 もし竹田がお祓いされてしまったら、自分も上の世界に戻らなければならないとは……しかも、許可証や免許の再発行には時間が掛かると言う事は、お祓いされてしまったら生き返る為の時間がなくなると言う事だ。文字通り、お祓いが即座に成仏へと繋がっている―――冗談じゃない。

「ちょっと、それどういう事よ!!」

「ええ、ですからですね〜、霊感の強いお祓いを心得ている方から、私は逃げ回っていたんです〜」

「そ、その霊感の強い人って誰よ?話を付けておかなきゃ危ないじゃない」

 これ以上生き返る為に障害が増えちゃたまらない―――冴子は新たに加わった危機に頭の痛い思いだった。

「と、とにかく、その霊感の強い奴って誰よ!」

「ええっとですね〜、何だか黒髪で、スリムな体型の女性の方でした〜」

「って、それだけじゃ分からないわよ。私が話しを付けておくからもっと特徴とか覚えてないの?」

「ううっ、冴子さんは私の事を心配してくれるのですね〜」

 竹田は自分の事を心配してくれる冴子に感激した。自分のミスからこんな状況に陥ってしまったのに、そんな自分のことを心配してくれる彼女の優しさに、心が洗われる気がしたのだ。

 がしかし、冴子は当然、竹田の事はどうでも良かった。

「そんな訳ないでしょ。あんたがお祓いされてしまったら、私まで生き返る事が出来なくなるじゃないの。あんた、死んでも私の許可証を守りなさいよ!」

 ……なんか寂しいです。

 竹田は少しだけ、心の中に北風が吹くのを感じた。

「それで、その霊感を持った女の子の特徴は?」

「はい〜黒髪で長髪でした〜。それに」

「葛木冴子君だったよね」

「そうそう、女性の方でしたけど、自分の事をボクって呼んで、人の事を君って言う、男っぽい口調の方でした」

「ふ〜ん、じゃ、隣の組みの彼女かしら……自分の事をボクって言う、ちょっと不思議な女の子がいるって聞いたことがあるけど。確か名前が、御影石斎みかげいしいつきさんとか言う……」

「ボクって呼ぶのが珍しいのかい?」

「そう言う訳じゃ無いけどね〜」

「いえいえ、そんな訳では無いのですが……」

 冴子と竹田は同時に答えると、声の方へゆっくりと振り返った。


 ぎょ!―――冴子と竹田の表情が、凍り付いた。


「ひぃ!こここ、この方です〜」

 なんと真後ろに、斎本人がいたのである。竹田は思わず冴子の後ろに隠れた。

「ああああ、あの、斎さんだったよね、何故ここに」

「葛木君、君と死神の会話は聞かせて貰ったよ。最初ボクは、君が死神に取り憑かれていると思って死神を祓ってあげようと思ったのだけれども……」

「いいいい、いや、あのね、これには深い訳があってね」

 冴子は、誰かに自分の状況を知って貰いたいとは思っていたが、お祓いされてしまうかもとは考えてもみなかった。こういう形なら、誰にも知られない方が良い―――と、冴子はコレまでの考えを否定した。

「大丈夫、なにも言わなくても解ってるよ」

 しかし冴子の慌てぶりとは対照的に、斎は落ち着いている。

「あ、あの……何が分かっているの?」

「最初は、葛木君が死神に狙われているのかと思っていたけど、そうではなく、君は既に死んでいるんだね……しかも成仏出来ずにいたのを死神が迎えにきていたんだ」

「は?……あ、あの、話せば長くなるんだけどね、あの、私は死んでるけど、本当は死んでる訳じゃ無くて、生き返る為にある条件があって、その見届け役としてこの死神が私のそばにいると言うか……」

「良いんだよ分かってる。死んだ人は誰もが自分が死んでいないと思い込むものなんだ。幸い、ボクは少々お祓いを心得ていてね、君を……」

 斎はここで言葉を切った。

「き……君を?」


 ゴクリ―――冴子は斎に見つめられて、思わず唾を飲み込む。


「成仏させてあげよう」「って!!ちょっと、人の話聞いてる?だから私は本当に死んでなくてね」

「うんうん……分かってる。でも成仏した方が幸せだよ」

 斎は勝手にうんうんと頷くと、脇にかかえていたバッグから、お札の様な紙切れを取りだした。

「ちょ、まって、ほら、あんたも説明しなさいよ」

 冴子は後ろに隠れている竹田を引き出した。

「いや、あの本当なんですよ。この冴子さんはですね〜」

「死神までだませるなんて……葛木君、君は結構策士なんだね。ボクもお祓いのし甲斐があるよ」

「って!!冗談じゃないわよ」

「ひぃ!!冴子さん逃げましょう」

「じゃ、行くよ!!」

 斎はお札を挟みながら両手を合わせると、何やら分からぬ呪文を唱え始めた。

 じょ、冗談じゃない!こんなところで成仏してたまるもんですか!!―――冴子は呪文を唱え始めた斎から逃れようと思った……っと、その前に、一番危ないのはこの竹田だ。

「いい、逃げ切るのよ!!」

 冴子は竹田の襟首を捕まえ、グッと腕に力をいれた―――と思ったら、ビルの屋上目掛けて竹田を投げ飛ばした。

「とりゃ!!!!」

「ひぇ〜」

 ―――元々空を飛べる竹田は、体はソフトボールくらいの重さだったのだが、冴子に投げられると良く飛んだ。冴子が元々持っている力だったのか、それとも火事場の馬鹿力なのか……詮索は―――しない方が良いらしい。

 これで竹田の方は大丈夫だろう……冴子はビルの屋上へと飛んでいく竹田を確認すると、後は自分だ!―――とばかりに、手に持っていた鞄を脇にかかえ直して全速力で逃げ出す事にした。

「あっ、お待ちなさい!」

 斎が追い開けて来るのが分かったが、冴子は後ろを振り返る事もせずに必死に走った。

 学校の体育の授業でだってこれほど必死になったことは無いのではないかと言うくらいの、全速力だった。タイムを計ったら、きっと人間の壁に迫る記録になっているに違いない―――冴子は、必死になって逃げている途中、ふとそんな事を思い浮かべていた。


 だけど、どうして私がこんなトラブルに巻き込まれなくちゃならないの!?

次々に降りかかってくるトラブルに、冴子は我が身を呪うのだった。




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