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中編:あなたは神様の存在を信じますか?

「はぁ〜はぁ〜」

 冴子は肩で息をしながら、タコ殴りにされ、やっと本来の死に神らしい外見になった竹田を睨み付けた。

「さぁ早く生き返らせてちょうだい!」

 その迫力たるや推して知るべしである。

「あああ、あのですね、上の世界も捨てたもんじゃ無くてですね、このままと言う訳には……」

 そんな冴子に、竹田は無謀な抵抗を試みようとしたのだが……

 キッ!!―――という一睨みで押し黙ってしまう。


「ひょっとして、まだ足りなかったかしら」

「ひ、ひぃ〜!ちょ、ちょっと待って下さい〜。わわわわ、私には、生き返らせる事が出来ないんです」

 今にも襲いかかってきそうな冴子に、竹田は慌てて訂正した。

「私には無理って、じゃあ一体私はどうなるのよ!!」

 冴子の、竹田のネクタイを掴む手に力が加わった。

「私は生き返ることしか考えてないのよ!!」

「ぐぐぐっ、ぐるじいでず」

「ちゃんと生き返らせてくれるまで、絶対あんたを離さないからね!!」

「わわわわ、解りました。かかか、神様に、神様にお願いしますから、とにかく、とにかくその手を離してください〜」

 お願いするですって?!―――自分になんの落ち度もなく、完全に被害者の立場だった冴子にしてみれば、何で自分がお願いしなくてはいけないのか!と、その事が気に入らなかった。

 しかしこの際、生き返ることが出来るならばそんな事は些細な問題でしかない。冴子は早く元の体に戻りたかったのである。


「じゃあとっとと、その神様とやらの所へ行くわよ!」

 と、掛け声に、自然と力が入るのだった。



「ふ〜ん、ここが死後の世界って奴?」

 当然の事ながら、冴子に取って死後の世界は初めてだった。

 あの後冴子は、竹田に連れられて上空へと飛び立った。死後の世界へ通じる扉が上空にあったからである。

 高度が上がり、街がミニチュアの模型のように見えてくる頃、地上から見上げていた雲が目の前に迫る。

 本当に死後の世界がこんな所に有るのかしら?―――冴子は少し不安になりながらも竹田の後を追うしかなかった。

 そして、目の前の雲に向かって身を預けた時である、突然―――眩いばかりの光に包まれたと思ったら……そこには、現実世界と殆ど変わり映えのしない風景が広がっていた。


「さあ付きました。ここがあの世です」

 そう言う竹田の顔は、なぜか少し得意顔だった。

 そこには、道路もあれば家も建っていたし通行する人々もいれば空もあった。ただし、下の世界とは違って妙に体が軽く、フワフワとした感覚が落ち着かない。

 冴子がそのことを言うと、竹田は「初めての方は大概そう感じるんですよ」と、またもや自慢げな表情で語る。

 ムッ、私はまだ体験したくなかったわよ―――そんな竹田に冴子は嫌味を言ってやっると、竹田はすいませんと言って小さくなる。

「とにかく、私は生き返らせてくれるのよね」

 冴子はなんの疑いも持っていなかった。

 当然よね、何せ自分には全く責任がないのだから……そう、私は目の前にいる間抜けな死に神に間違われただけなのだ。神という存在がいるならば、生き返るのが当然よね―――と、冴子は思っていたからである。

「ええ……多分大丈夫かと」

 鼻息の荒い冴子に、竹田は少し自信がない様子。

「何?良く聞こえなかったんだけど」

「い、いえ、何でも……それよりも、あそこが私達の地区の神様がいるビルです」

 竹田があわてて指さした。

 冴子がその方向に視線を移すとそこには、まるで新宿あたりの高層ビル群があり、その中で一つ、ひときわ高いビルが突き抜けるようにして建っている建物があった。

 どうやらあそこに神様がいるらしい―――冴子は少し複雑な気分になった。なぜなら、正月になれば神社に行くし、テストの前には神頼みをする事も多少?あったが、かと言って、神の存在を全面的に信じている訳ではなかったからである。

 しかも、目の前の死神がうだつの上がらないサラリーマンの様な格好なのを見てしまうと、神様がどれ程の存在なのか―――余計に疑わしくなる。

 だがしかし、生き返らせてくれるなら誰でも良い―――と言う気持ちが多分にあって、冴子はともかくビルの方へと歩き始めるのだった……


 竹田と共に歩いていると、遠くに見えたビルがドンドンと目の前に迫ってきた。近くまで来るとその大きさがよく分かる。

 周囲のビルも決して低いものでは無かったが、それは他の建物より頭一つ分くらい突き抜けている。建物自体も近代的と言うのか、まるで新宿都庁を思わせる程の立派なものだった。

 案外神様って贅沢なのかも―――冴子はビルを仰ぎ見ると、ふとそんな考えが浮かんだ。


「あそこに受付があります」

 建物の中に入ると―――なんと自動ドアだった―――正面に受付らしいカウンターがあり、キチンと受付の者が来客への対応をしていた。

 冴子が「なんか、あんまり下の世界と変わらないのね……」と、正直な感想を述べると、竹田が「ええ、そうなんですよ。むしろ事故などが無いこっちの世界の方が暮らしていて快適そのものなんです〜。それで気は変わりません……よね。ははは」

 と、未だに往生際の悪いことを言って、ジロリと冴子に睨まれた。

 冴子の殺気の籠もった視線に諦めたのか、竹田はトボトボと、足取りも重く受け付けカウンターの方へと歩くしかなかった。

「あの、死神協会東京支部の竹田泰三ですけど〜、神様にお会いしたいのですが ……」

 受付の者は来客に対してマニュアル通りのお辞儀をしたのだが、顔をあげて竹田の顔を見た瞬間、「ひっ!」と言う短い悲鳴を上げた。

 もちろん竹田が、本物の死に神らしい顔つきになっていたからだ。

「あ、ああ、あの、アポイントメントはお取りでしょうか」

 係りの者は「どうしたの?この人……」と、戸惑う様子を見せたが、どうしてプロらしい対応をする。

「いえ、アポは取ってないんですけど」

「あの、それではアポをお取りになってから、いらっしゃって下さいませんか」

 受付は丁寧な受け答えをしていたが、あくまで形式に拘る態度を見せた。しかし竹田としては取り次いで貰わない事には話にならない。後ろでにらみを利かせている冴子の視線を感じ、必死に取り次ぎを要求した。

「いや、これは命に関わる問題なので、早急に取り次いで欲しいのですが〜」

 ボクの命に関わるんです―――と、竹田は心の中でつぶやいた。

 こういう所は上も下も変わらないのね……冴子は、竹田と受付のお役所仕事の様なやりとりを見て思った。しかし、事は自分の命に係わるのだ、予約などと悠長な事を言っている暇はないし、もちろん待つつもりも無かった。


 ダン!―――


 冴子は勢いよくカウンターに両手をつくと、「神って言うのはこのビルの何階にいるの!」と、凄みを利かせるのである。

「ひっ、さ、最上階に……」

 隣にいた竹田ですらたじろぐ迫力に、受付が勝てる訳もない。受付の者は思わず後ずさりしながら答えていた。瞬間的に、竹田の顔を死に神らしい外見にしたのが冴子だと分かったのである。

 冴子は複雑な視線を向けてる受付に、「ありがとう」と、ニッコリと微笑みを返すと、有無を言わさずエレベーター乗り場の方へと向かって歩き出すのだった ……



 チーン―――


 最上階は70階だった。建物の中にいる時は高さを実感できないが、外から見た限りでは相当のモノである。冴子は最上階と聞いて、エレベーターと言えども多少の時間が掛かるだろうと思っていたのだが、存外、直通のエレベーターに乗った冴子はその早さに驚かされた。

「早いのね……」

 かなりのスピードが出ているのだが、不思議と上昇感が少なかったので、意外な感じを受けたのである。しかし、そんな事で喜んでいる余裕など無かった。

「さ、行くわよ!」

 と、エレベーターから降りた冴子は、初めて会う神と言う存在にしばかりの不安を覚えながら、気合いを入れて歩き出したのである。

 一方竹田の方は、アポも取らずに神様の所へ行く事が怖いのか、それとも自分が仕事でミスした事を知られたくないのか、顔が少し引きつっていたのは言うまでもない。

「いや、あの、葛木さん……やっぱりまずいですよ〜。あのですね、ウチの地区の神様は……」

 竹田はここまで来ておきながら、引き返したいと言う顔だ。

「何言ってるのよ、私だって本来ならこんな所には来たくなかったのよ。それをどこかの誰かさんが間違ったりするからいけないんじゃない。とにかく神様の所へ案内してよ、何度か会ってるんでしょ」

「は、はいぃ……」

 竹田は本当は逃げ出したい気持ちで一杯だったのだが、有無を言わさぬ冴子の勢いにどうすることも出来ない。もっとも、多少なりとも自分のせいであると言う罪悪感もあったので、覚悟を決めて案内することになった。


「こ、ここです〜」


 最上階ともなると作りが豪華なのか、少し歩くと、何も書かれていないドアが現れた。

 外から見ても厚みがあるのが分かる。あまり知識の無い冴子にも、それが高級な素材で出来ている事が分かった。

 竹田はドアの前で立ち止まると、一つ、大きく深呼吸してからノックをする。


 ―――コンコン!


 内心、神様が不在であって欲しいと願う竹田だったが、しかし、それは儚い望みだったらしい。ノックをすると直ぐに、秘書を思わせる女性が現れると、その女性は「神様がお会いになるそうです」と、こちらが来ることを承知していたかの様に取り次いだのだ。

「それじゃ失礼します」

 冴子はそれを見て、もはや遠慮する事など無いと思ったのか、しっかりとした足取りで部屋の中へと進む。

「神様はこの奥におられます」

 冴子は、直ぐそこに神様がいるのかと思ったが、最初に入った部屋は秘書の控え室だったらしい、もう一つ奥に扉があって秘書の女性がそこまで案内した。

「死神協会の竹田様と、葛木冴子様がお見えになりました」

 秘書の女性が凛とした声で告げると、部屋の中からは「どうぞはいりなさい」と、若い男の声が返ってくる。

 ココまで何も考えずに来た冴子だったが、さすがに緊張したのか、深く息をして一呼吸置いてから奥の部屋へと足を進めた。



「いらっしゃい」

 冴子が中にはいると、見るからに上等なスーツを着た男が、正面の大きな机から立ち上がって迎え入れた。

 どうやらコレが神様らしい―――冴子は神の姿を確認するや否や、ツカツカと机に歩み寄り大きく息を吸い込んだ。


 すぅ〜


「一体全体どうしてこのうら若き17才の可愛い少女(自己評価)が死ななくちゃならないのよ!まだ彼氏だって作ってないし、キスだってしたことも無いのよ!!それに昨日買ってきた千疋屋のショートケーキだってまだ食べてないし!!!なに?間違えましたって?死後の世界を体験が出来たんだから良かったでしょうなんて下手なジョークなら聞かないわよ!!!!とにかく、このへっぽこ死神のせいで間違って死んじゃったんだから、当然生き返らせてくれるんでしょうね!!!!!」

 冴子は神の前に詰め寄りながら、鼻息も荒く一気に言い放った。

「ひぃ〜!!か、葛木さん!神様にそんな態度で」

 竹田はめまいを感じたのか、頭を抱えて絶句した。

 しかしスーツ姿の神が、怒り狂う様子は無かった……いやむしろ、勢いよく詰め寄る冴子に、その表情は楽しげである。


「ふむ、予想どおりの娘だね葛木冴子君は……」と、やはり、楽しそうに微笑むのだった。


 その時冴子は、初めて目の前のスーツを着た神を観察する余裕が出来た。


 随分若い男の人なのね……まあこっちの世界が今までの世界と似た環境だったから、光の中から白い布をまとって妙にひん曲がった杖の老人が出てくるとは思えなかったけど、まさかこんなに若くてスーツ姿の神様なんてどう考えてもイメージと合わないわ。

 せいぜい、どこかのエリートビジネスマンって感じが精一杯ね。

 冴子は素直にそう思った。

「それで、あの……生き返らせてくれるんですよね?」

 自分の主張を言い切って周りを見るだけの余裕が出てきたのか、それとも、目の前のスーツ姿の神が微笑みを絶やさない顔で見つめていたからか、冴子のトーンが少し落ちて丁寧な言葉遣いに変わっていた。

 ちょっと乱暴だったかしら―――と、先程取った態度に少々恥じらいすらも感じられる。

「か、葛木さん!!神様に対してもう少し礼儀と言うモノを……」

 竹田はこれ以上失礼な事をしたら神の怒りを買うかも知れない―――と思い、冴子をたしなめようとした。しかしスーツ姿の神は、「まあ良いよ」と、微笑みながら手で抑えていた。

「ふ〜む葛木冴子君、君は本当に間違えてここに来てしまったらしいね」

「そうなんです。このへっぽこ死神が、よりによって107才のお婆さんと間違えたんです」

 冴子は竹田に鋭い視線を向ける。

「ひっ!そ、その通りであります……はい」

「解りました。どうやらこれは死神協会東京支部の不手際みたいですから、監督責任のある私が貴女の事を生き返らせていただきます」

「本当ですか!!」

 受付の様子で、もう少し面倒くさい手続きなどが必要かと思ったのだが、思いもよらず簡単に生き返らせてくれるらしい―――冴子は今までの「生き返るのが当然」と言う思いも忘れ素直に喜びの表情を見せた。

「本当です。神である私が嘘を付くなんて出来ませんからね」

 スーツ姿の神はそう言うと、少し目を細めて冴子を見つめるのだが、しかし冴子は生き返ることが嬉しくてそんな神の様子に気が付かない。

 ただし―――と言う、スーツ姿の神の言葉にも、なんら疑問を差し挟まなかった。

「はい?」

「君は随分とこの竹田君に非道い事をしたねぇ」

 神は、タコ殴りにされて死神らしい顔付きになった竹田を見た。

「だ、だってそれは、最初に間違えたこいつが悪いんじゃないですか……」

(確かにタコ殴りにしたのはヤリスギだったけど)

「それにしても、こちらの世界でも法律って言うのがあってね、タコ殴りの暴行事件というのは非常に罪が重いんだよ。それを無実と言うわけにも行かないねぇ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。そんなの非道いです。私はこのへっぽこ死神のせいでこっちの世界に連れてこられたんですよ。悪いのはこのへっぽこ死神じゃないですか」

 やっと生き返られると思ったのに―――冴子は自分の行動を呪った。

 がしかし、やっぱり理不尽さも感じずにはおけなかった。

「まあ、本来なら暴行罪で逮捕される所だけど」

「そんな!それこそ非道いじゃ無いですか!!」

「まあまあ話は最後まで聞きなさい」

 神は手で「まあまあ」とやって早る冴子をなだめると、子供が、何か良いいたずらでも思いついたような顔になって「そこで一つ、生き返るのに条件を付けましょう」と付け加えた。

「は?」

「うん、良し、そうしよう……」

 神は一人、納得顔になってうなずく。

「実はねえ、冴子君」

「は、はい……」

「君を生き返らせるのには、一週間の時間が必要なんだよ」

「え?じゃあ、私は一週間も生き返られないんですか?じゃ、じゃあ、私の体、腐っちゃうじゃ無いですか!!それに生き返る条件って一体どういう事なんですか」

 生き返ったと思ったら体の方が腐っていた!……なんて冗談ではない。いくらスリムになりたいとは思っても、骨だけって言うのは行き過ぎだ。それに、生き返る為に条件を付けるとはどういう事なのだろうか?微笑みを浮かべるその表情からは想像が付かないが、何故だかこの神様を見ているととんでもない事を言い出しそうな予感がする。

 冴子は、一見エリートビジネスマンの様に見える神の思考に、想像が付かなかった。もっとも、神様の考える事が一介の女子高生に解ってしまったら、それはそれで問題なのだろうが……

「いやいや、君の体の時間は止めておいたからね、腐る事はありませんよ。それから、生き返る条件の方はね、タコ殴り事件の罰の変わりだと思って下さい」

「で、ですけど」

「ダメダメ、もう決めちゃったから」

「き、決めちゃったって……」

(なんてアバウトな神様なの!)

「まあ条件と言っても、それ程難しい事じゃないですよ」

「一体、一体どんな条件なんですか?」

「それは」

「……それは?」

 ゴクリ―――冴子はツバを飲み込んだ。

「今日から君が、一週間以内にキスをすること」


 ……はぁ!?


 冴子は自分の聞き間違えかと思って、思わず間の抜けた顔で聞き返してしまった。

「だから、君が無事に生き返るには、一週間以内に誰かとキスをしなくちゃいけないんだよ」


 ……


「なんですか!その条件は!!」

 冴子が顔を真っ赤にしながら抗議の声をあげたのは、言うまでも無かった。



 ―――キーンコーンカーンコーン


 どこの学校でも変わり映えのしないチャイムの音が授業の終了を告げると、冴子はビクン!と体を震わせて目を覚ました。


 ―――はっ!!


「こ、ここは……」

 周囲を見渡すと、そこには見慣れた教室の風景が広がっていた。冴子は一瞬、何がどうしたのか解らなかったが、周囲の風景を見ているうちに徐々に自分の立場を把握する事が出来た。

「はぁ〜やっぱりアレは、夢だったのね……」

 今までの理不尽な出来事が夢だと分かると、冴子はホッと息を吐きながら胸をなで下ろした。

「そうよね、あんな馬鹿げた事が現実にあるわけないじゃない。疲れてるのかな ……私」

 今見ていた夢があまりにも突拍子も無い内容だったので、信じられなかったのである。

 全く馬鹿馬鹿しいわよねスーツ姿の神様が登場するなんて―――冴子が先程観ていた夢の内容を思い返すと、自分が想像力豊かな人間なんだと思わず苦笑してしまう。

 それより、今って何限なのかしら?やすみんの授業までは覚えてるんだけど ……冴子は改めて周囲の様子をうかがった―――すると。

「ヤダ!!もう、放課後じゃない!!」

 先程のチャイムが放課後を告げる物だったと知った。

 確かやすみんの古典の授業を受けていたハズだから……三限からずーっと寝ていたって事?―――冴子はとんでもない事実に言葉が出なかった。それもそうだ、今日は五限のグラマーが最後の授業だったのだが、合計三教科も眠りっぱなしだったのだから。

 だいたい、なんで先生が気が付かないのよ……それにお昼の時間だってあったわけだし、友達の誰か一人でも起こしてくれないって言うのはどういう事!?

 冴子が何とも言えない気持ちで茫然自失になっていると、中学校からの友達で、今も同じクラスの平坂智美がやってきた。


「おっす冴子。やっと起きたんだ」

 男っぽい口調の智美は、片手をあげながら挨拶をしてくる。

「やっとって……やっぱり私、古典の授業からずっと眠ってた?」

「そうだよ。冴子ってば、いっくら呼びかけてもピクリともしないんだもんな。まるで死んだように寝てるなって、昌代と笑ってたんだ」

 死んだように―――冴子には笑えない言葉だった。

「そ、それにしたって、起こしてくれても良いじゃない」

「え?はははは」

 智美が何かを誤魔化すようにして笑う。

「なによ、その苦笑いは」

「だってお前、寝起きがスッゴク悪いんだもん」

「う〜ん」

 友達にまでそう思われているとは……冴子は普段の行いを改めようとかしら? ―――と、密かに考えてしまう。

「そうだ、俺これから用事があるんだ。悪いけど先に帰るぜ」

「あ、うん、私もそろそろ帰るわ」

「じゃ、お先〜」

 来たときと同じ、智美は軽く手を振りながら教室を後にした。

「じゃ、明日」

 冴子もそれに手を挙げて答える。

 ふぁ〜あ―――と、ついでに欠伸と伸びをした。

「全く今日はなんだったのかしらね。へっぽこな死神に合うわスーツ姿の神に合うわ、あげく、理不尽な条件を突きつけられたと思ったら、実は全部夢だった ……なんて。それに、授業を三つも寝過ごすなんてどうかしてるわね」

 いたた―――長時間、ずっと腕を枕に頭を載せていたからか、伸びをすると冴子の腕に鈍い痛みが襲ってきた。

 鬱血していたのかもしれない。冴子は、腕からしびれが取れるまで、あまり動かない様にじっとすることにした。

 すると、斜め後ろの方からどこかで聞いたことのある声が聞こえるのである。

「そうですね〜ずっと寝てたから節々も固まりますよね〜」

「そうなのよ。いくら若いったって、三時間以上ずっと寝ているって言うのはね……」

 そう答えながら、何気なく後ろを振り返える。


 ―――!!


 冴子は、そこに思いがけない顔を見つけて言葉を失った。

「あ、あああ、あ」

 冴子の頭の中が、一気にゴチャゴチャになって思考がまとまらなかった。あまりのショックで、出てくる言葉と言えば、あ〜とか、う〜と言った、幼い子供の様なものばかりである。

「し〜、静かにしていて下さい。ボクの姿は冴子さん以外には見えていないんですから……」

 男は、冴子が叫び出すのではないか?と、それを制しようとた。

 そう、その男とは……死神協会東京支部の竹田泰三だったのである。



「嘘!」

 冴子は信じられないモノを目の前にして絶句した。

「ど、どどど、どうして!!」

 まさか!アレが事実だったって事!?―――今まで夢だと思っていた事が、急速に現実として目の前に現れた。

「なんであんたがココにいるのよ!!」

 冴子は飛んでもない事実に、思わず大きな声を発していた。すると、その声を聞きつけた昌代が、不思議そうな顔でやってきた。

「さ、冴子……誰と話してるの?」

 萩原昌代は智美と同様、冴子とは中学校からの付き合いだったが、彼女には竹田の姿は見えていない。冴子が誰もいない空間に向かって驚いたり、大きな声をあげている姿は、不思議な行動としか写らなかった。

 しかし冴子には、そんな事など解るハズもない。

「だっ……だって、昌代には見えないの?」

 と、竹田の方を指差したのである。

「え……っと、何が?」

 昌代は冴子が指差した『誰もいない』空間を眺め、戸惑っていた。

「ほらそこに」

 冴子はもう一度、昌代には見えない竹田の事を指差しながら言った。

「さ、冴子さん〜、私の姿は普通の人には見えないんです〜。ですから、あなたも人前では私と話しをしない方が良いです〜危ない人に見られます〜」

「誰が危ない人ですって!あんたが言うな!!」

 冴子はまたもや誰もいない空間に向かって話していた―――とは言っても、本人には見ているのだが、昌代には訳が分からない。冴子がとうとう頭の方にきてしまったのか?と思わず不安になってしまった。

「さ、冴子……ちょっと疲れてるんじゃない」

 気の毒な―――と言ったように、哀れみのこもった瞳だった。

「ほ、ほら冴子さん、彼女には私の姿は見えていないんです。だから人前で私と話していると変な人に思われるので、ここは彼女に合わせた方が」

「ぐっ、わ、解ったわよ……」

 とうとう冴子は、これが夢ではないと認めざるを得なかった。

「あ、あはははっ、昌代……私ちょっと寝ぼけてたみたい……ははは」

 言い訳にも力が無く、乾いた笑いが虚しい。

「もう、とうとう冴子が変になったんじゃ無いかと思ったじゃない」

「とうとうって何よ、とうとうって。それじゃまるで、普段から危なっかしいと思ってるって事?」

「え?あはははは、何でもないのよ、何でも」

 昌代の視線が空を泳ぐ。

「そ、そう言えばさ冴子、今日は良く寝てたよね。お昼に一回起こそうと思ったんだけど、全然起きなかったんだよ。でね、智美と一緒に、死んだように寝てるねって話してたんだから……」

 昌代は、冴子が本当に死んでいることなど知らずに笑いながら話していた。

「本当に死んじゃったんだけどね……」

 そんな昌代に冴子は、少しだけやけになって答えるしかなかった……


「そうだ、ねえ冴子、これから新しくできたアイスクリーム屋さんに行かない?冴子も行きたいって言ってた例のお店なんだけど」

 そんな冴子の様子に気が付かなかった昌代は、明るい話題を提供してきた。

「ごめん。私これからちょっと用事があるから……」

 冴子も、何もなければ昌代の誘いにのって気晴らしに遊びたいと思うのだが、とにかく夢の内容、というより、現実に起きた事件の事を整理したかった。それに、色々と竹田に聞いて確かめたい事もある。

 用事があると言って、断るしかなかった。


「ふ〜ん、そうなんだ。じゃまた今度行こうね」

「うん、また今度ね」

 話が終わると昌代は、智美と同じように手を振って教室を出ていった。


「ふ〜」冴子が思わずため息をつく。

 すると「冴子さん、ため息はですね〜、一つつくと、幸せも一つ逃げてしまうんですよ〜」と、間延びした声が掛かった。

「あんたが言うな、あんたがぁ〜!」

 冴子はそんな竹田のネクタイを締め付けてやりたいと思ったが、またこの男に何かして、生き返るための条件を追加されても困る……と、なんとか自制心が働いて持ちこたえる事が出来た。

「それよりも、あの神様の奴……」

 冴子は神の言った条件の事を思い出していた。



「ですから冴子君、君はこの先一週間の間にキスをするのです。そうで無ければ生き返えれませんよ」

 鼻息も荒く詰め寄る冴子を前にして、スーツ姿の神はクールな顔で言った。

「ちょ、なんですかその条件は!!」

 冴子としては自分の命が掛かっているのに、そんな不真面目な条件を出されてはたまらない。

「だいたい間違ってこっちに来たって言うのに!」

「それはさっきも言ったよ、この竹田君をタコ殴りにした罰の変わりに……と」

「だ、だからって、何でその……キスなんかしなくちゃいけないんですか!!」

 冴子は目の前にいる人物?が、本物の神様なのか疑問に思えてきた。

「いやいや、これには理由があってね、ボクはこの東京地区を預かってはいるけども、元々の仕事は恋愛の分野なのです。それでです、君を生き返らせるにも、君の愛の力をボクが受け取って、その力を生き返らせる為の力に変換する必要があるんですよ」

 神は言い終えると「ははは」と、笑った。

「そ、そんな嘘っぽい……」

「神であるボクには嘘は付けません」

「その割には視線が宙を泳いでますけど」

「と、とにかく、ボクはもう決めちゃったからね。君が一週間の間にキスする事が出来なければ、このままこちらの世界で暮らして貰うよ……まあ、事情が事情だけに、こちらでは優遇させて貰うけどね」

 神はそう言うと、秘書の女性を呼んだ。

「あ〜この二人の処分が決定したから、必要な書類を作成して下さい。そうそう、竹田君は冴子君がキスをするかどうか見届けなさい。地上勤務決定」

「ちょ、本当にそんな条件なんですか!!しかもどうしてこいつが私の監視役なんです!代えてください!!」

 冴子としては竹田の顔など見たくもない。なにせ竹田のせいでこんな所に来なくてはならなくなったのだ。それに、キスの事にしてもそうだ。未だに彼氏など作ったことなど無い冴子には、ファーストキスだってまだだった。

 それを一週間の間にキスをしなくてはならないなど、心の準備も相手の準備?も出来ていない。

「ほうほう冴子君は、キスをする事は無理だと言うんだね?うんうん、そうだねえ、君には難しいのかも知れないねえ……」

 神はそんな冴子に可哀相な―――と言った顔を向けてくる。

「なっ!無理なんて事あるわけないじゃないですか!」

 売り言葉に買い言葉、冴子は啖呵を切ると、持ち前の負けん気がむくむくと頭をもたげてきた。

「いやいや、悪かったね。冴子君にはちょっと酷な条件だったかな……」

「わ、解ったわよ!何よキスぐらい、私にキスしたいって言う男なんて、いっぱいいるんだから」

 ほとんど勢いだけだったが、冴子は神の出した条件をのんでしまった。

 神の方はと言えば、そんな冴子をニヤニヤと眺めている。冴子はそんな神に、乗せられた―――と思ったが後の祭り、神は早々に実行に移してしまった。

「そうですか。それじゃ今すぐにでもスタートしましょう」

 そう言って、神は一枚の書類を作りだした。

「そうそう、こちらも間違えてしまったので、君には特別な力を幾つか与えておきますからね。それに、君の肉体は既に時間が止まっていますので、腐る心配はありません」

「腐ってたまるもんですか!」

 冴子はそんな冗談を言う神に文句の一つでも言いたかったのだが、言葉を発する前に意識が遠のいて行くのが解った。

「ちょ……ちょっと……ま……って……」

「頑張りなさい冴子君……君なら大丈夫ですよ……」

 冴子は完全に意識を失う前に、そんな言葉を聞いた気がした。



「あ〜今考えると、どうも神にしてやられたって気がするわ」

 冴子は回想を終えると、どうも自分の性格を見抜かれていてそれを利用された気がした。

「まあ良いじゃないですか〜。とにかくキスさえ出来れば生き返れるんですし〜」


 ―――キッ!!


「さっきから、あんたに言われたくないって言うの!」

 冴子は、こんな状況に陥る原因を作った竹田に鋭い視線を向けた。

「全くもう!よりによって、こんな男に私の監視役をさせるなんて……」

 これも冴子の不満の一つだったが、どうやってもあの神にはぐらかされそうな気がして、反抗する気も失せてくる。

「はぁ〜」冴子はため息と共に帰り支度をすると、取り敢えず教室を出ようと席を立った。

「あんたと話しをするには人目のないところ……自分の部屋とかじゃ無いといけないわね。他人に見られたら変な人間だと思われてしまうわ。とにかく、一端帰るわよ」

 冴子は重い気持ちで何とか帰り支度を済ませると、教室の出口に向かって歩き始めた。

 全く今日は貴重な体験ばかりで良い人生経験だったわよ!……って、やっぱり死んでしまったんだから悪いに決まってるんだけど、二度とこんな経験はしたくないわね。

 それにしても……キス……か。

「冴子さん〜」

 神様にあんな大見得を切ったのは良いけれど、実際、私には恋人なんていないし……どうしよう。

「あの、冴子さん?」

「って、うるさいわね、ちょっと考え事してるんだから」と、冴子は後ろにいる竹田の方を振り返った。すると、そこには閉まったままの教室のドアがあった。

 ―――アレ?私ドアを開けたかしら?

 思わず、閉まったままのドアを見つめ続けてしまう。すると、そのドアから、にわかに竹田の体が通り抜けてきた。


「ちょ、なんであんたすり抜けてるのよ!!」

 テレビなどで人が壁を通り抜けてくるのは見ていたが、実際に目の前で見るのとは訳が違う。竹田が教室のドアを通り抜けてくる姿は、見ていてあまり気持ちの良いものではなかった。

 やっぱりこいつ死神なんだ―――と、苦々しい思いがこみ上げてくる。

「やだなぁ〜冴子さん。あなただって今すり抜けてたじゃないですか……あんまり人の多い所では使わない方が良いですよ〜特別な力は」

 完全にドアをすり抜けると、竹田は言った。

「はぁ?」

 私がすり抜けたって?そんな事あるわけないじゃない―――冴子は竹田の言っている意味が分からなかった。

「え?冴子さん、じゃああなたは、気が付かないウチにドアをすり抜けてしまったんですか?」

「気が付かないって、今、少し考え事をしてたから……って、まさか!?」

「はい、神様があなたに与えた『特別な力』の一つデス〜」

「ええっ!!」

 冴子は今日、何度目かの驚きの声をあげた。きっと、一日にこれほど驚かせられる事などめったに無いに違いない。

「さ、冴子さん声を落とさないと。とにかく私は一般の方には見えないんですから〜」

「だからって……私は今、この教室のドアを通り抜けてきたって言うの?」

 映画じゃ無いんだから―――と、冴子は信じられないと言った気持ちだった。

「そうですよ。私達死神や上の住人だったら、誰でもって訳ではありませんが、だいたい出来ますよ〜」

「って、私は上の住人じゃ無いじゃない! 全くもう、あの神の仕業ね!!」

 人を驚かせて楽しもうとしてるんだわ!―――冴子はスーツ姿の神の事を思い出すと、どうしてもいたずらされている様でしゃくに障った。

「ですけども……冴子さんの体は一応時間が止まっている状態ですが、生き返るまでに不慮の事故とかにあっては困るので、そう言う特殊な能力を与えてるんですよ〜。別に神様がいたずらしている訳では無いんです〜」

「な、何だか納得がいかないわ……」

 竹田が言うことも解るが、複雑な心境だ。

「そ、それより冴子さん」

「何よ」

「しぃ〜!後ろに人が」

 竹田は慌てて人差し指を口に当てて、冴子に黙る様に―――という合図を送ったが、少しばかり遅かった。

「え?」

 後ろを振り返ると、そこには冴子と同じクラスの男が立っていたのである。


 男は「か、葛木さん……教室のドアと何話してるの?」と、何かいけないモノを見てしまった様な顔で言った。

 もちろん彼には竹田の姿は見えてない。冴子が一人、教室のドアに向かって怒ったり驚いたりしていると言う、かなりシュールな姿が映し出されていたのである。

「え?え……っと、そう、私演劇に興味があって、昨日見た内容をね、少し練習してたのよ……」

 冴子の言い訳はかなり苦しいモノであったが、この場合どうしようも無かった。

「そ、そうなんだ。あは、あはははは……でも、教室のドアに向かってやるのはどうかと思うよ。うん、それじゃ俺、教室に用があるから……ははは」

 男はこれ以上深く追求してはいけないと思ったのか、そそくさと教室の中へと消えていった。

 完全に誤解されたわね―――冴子はそれを思うと、またまた気が重くなる。

 と、とにかく、学校でこの死神と話をするのは得策じゃない。いったん、家に帰らないと……冴子は盛大なため息をつくと、足取りも重く学校を後にするのだった。




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