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「はあ……もう、夕方かあ……」
気持ちの整理がつかないまま、気がつけば空はすっかりオレンジ色になっていた。
……営業終わりに喫茶店でひとり、コーヒー飲みながらため息、か。
我ながらおじさんくさいなと思う。
「……ふう」
そうしていつもは苦笑いで終わるその自己卑下は、今日は細いため息と一緒に続いた。
こんなおじさんが、あんな若い子と友達に、なんて。
……やっぱり少し、無理がある。
「……はあ」
夕陽と一緒に、気分が沈んでいく。
日頃から溜まりやすい疲れが、小さな悩みを引き金にして押し寄せてくる。
萎れた心から、抑えていた感情が次々と噴き出し始める。
上司の圧力。不振な営業。冷たい職場。
道坂くん、自分の年、彼との年の差を気にしてしまう、不可解な自分の気持ち。
今まで気にすまいとしていたことを、はっきりと自覚してしまう。
……そして、とうとう疲れきった心は。
―――少しだけ、線引きを歪ませた。
「よし」
明日は、道坂くんの家の地域をもう一度周って、契約してもらえるかどうかを尋ねに行く予定だ。
これはどう考えても公私混同で、本来はあまりしてはいけないことだが、一度くらいならいいだろう。
道坂くんの家に寄って、道坂くんの意志を聞こう。
……友達に、なれるかどうか。
そうと決まれば、どう切り出すかを少しでも考えておかないといけない。
「……うん」
紺色が混じっていた空を見上げ、ひとつ頷いた。
***
「……」
結局あれから一睡もできず、かといって授業が頭に入るわけでもなく。
だらだらとしたまま、夕方になってしまった。
すっきりしない気分を引きずりながら、とぼとぼと一人家路につく。
こういう時こそアイドルに没頭したいが、今日に限ってアイドル仲間は揃って塾の日だ。
中の下ほどの成績で甘んじている俺は、一緒の塾に通う彼らとはどことなく距離があるような気がしていた。
……趣味が同じ人とすら、こうなのだ。心通う友達なんて、夢のまた夢だ。
「……はあ」
夕焼けに染まる空を見上げると、勝手にため息が漏れた。
こんな風に疲れた時は、いつもまくるちゃんのことを考えて、勝手に励まされた気分になって、朝まで紛らわす。
なのに、今ふいに浮かんだのは、佐原さんの顔で。
……こういう時に浮かんでくるのは、ずるいな。
佐原さんに会いたい自分の気持ちを、いやでも認めてしまいそうになるから。
「佐原さん、か」
あの人の柔らかい笑顔は、なんとなく、この淡く優しい夕焼けの空に似ている気がする。
「よし、早く帰ろ」
夕陽に置いていかれないように、足取りを速めた。




