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柔道のシーンがちょこっとだけありますが、付け焼き刃にもならない知識ですので、生暖かい目で見てください。

ど派手な色を帯びた光の筋が、熱気に包まれた会場を照らしていた。

周囲からはとめどなく何かを叫ぶ声が聞こえる。

「まくるちゃーん!」

その声に負けじと、俺も声を張り上げた。


―――チーム〇八。

ぜろはち、と漢数字で書いて、まるはち、と読む。

メンバーはぷるん、まくる、さーら、の三人。その中のぷるんをリーダーとして活動する、人気絶頂の女子高生アイドルだ。

今、俺はそのコンサートに来ていた。

異常なほど取りにくいチケットを、徹夜して取ったのだった。

「まくるちゃんこっち向いてー!」

チーム〇八の三人の中でも、俺が推しているのは、まくるちゃんだ。

黒髪のショートで、身長は平均的。

テレビなどに出演してもあまり喋らない控えめな子だ。

しかし容姿は抜群に美人で、髪型も相まってひと目見ただけで彼女の清楚な雰囲気を感じ取ることが出来る。

そしてその容姿もさることながら、歌唱力がとんでもなく高い。その歌唱力は様々な著名なアーティストから事あるごとに絶賛されている。

容姿と歌唱力は彼女だけに当てはまるわけではないが、俺の目には控えめな彼女が一際輝いて見えた。

「まくるちゃーん!!」

そうしてまくるちゃんを精一杯応援していると、隣から若干枯れた声が聞こえた。

「え」

思わず小さな声が漏れた。

その声の主は、もういい年をしたおっさ……おじさんだったからだ。

実に楽しげな表情で、まくるちゃんに向けて幾度も声援を送っている。

コンサートも中盤。

最初は恥じらっていたものの、会場の熱気に、おじさんも気分が乗ってきた―――といったところだろうか?

「……まくるちゃーん!」

そんな勝手な想像を一瞬だけしてから、俺はまたまくるちゃんに視線を戻した。


***


「ふう……」

未だ胸に残る熱を抱えながら、会場を出て出口を目指していた。

つい緩んでしまう口元を隠すため、俯いて足早に人混みを抜けていく。

「っと」

「あ、すみません」

そうして出口が見えてきたところで、人の足と思しきものにつまずいてしまった。俯いていたのが災いしてしまったらしい。

咄嗟に謝って顔を上げる。

と。

「おい、何してくれてんだよ」

明らかに「こっち側」ではない男が三人、これ以上ないほどの悪人面で俺を睨んでいた。

「ちょっとこっち来い」

「え、ちょっ」

何でこんな人がアイドルのコンサートに、などと考える暇もなく、俺は二人の男に両腕を掴まれてトイレへと連行される。

「まっ……」

突然すぎる出来事に、助けて、と声が出ない。

周囲の視線は冷たく、我関せずと言わんばかりに俺の前を過ぎ去っていく。

……ああ。もう、ダメだな。

体の芯が冷たくなっていくのを感じながら、俺は抵抗することを諦めた。


「いてっ」

乱暴に解放され、尻もちをつく。

「おい、財布見せろ」

痛がる間も与えず、リーダーらしきリーゼント頭の男が俺の胸ぐらを掴んだ。

「……」

やっぱりそうきたか。

捕まってしまった時から覚悟はしていた。

アイドルのコンサートに来る人達は物販を買うためにお金を多めに持っていることが多いし、この人達にとってはいいカモなのだろう。コンサートに来たのも恐らくそれが理由だ。

しかし、俺は既に物販―まくるちゃんのハンカチ―を買った後で、そもそも最低限のお金しか持ってきていない。

もう財布には電車賃しか残っていないのだ。

「……」

これを盗られたら帰れない。

しかし「嫌です」などとは言えず、ただ財布を握りしめる。

「いい度胸してんな……」

それを見るや、リーゼントの後ろに控えていたスキンヘッドとモヒカンがパキパキと指を鳴らし始める。

恐怖で腰が抜けて、抵抗しようにも力が出ない。

「……」

ああ、情けない。

ボコボコにされて、その上電車賃まで盗られるなんて。

……ツイてないな。

「君たち、何してるんだ!」

「あ?」

全てを諦めたその時、高らかに声が響いた。

「何だよ、おっさん」

その声の主は、

「……!」

おっさ……おじさん……?

「何をしているんだと聞いてるんだ」

俺の隣でまくるちゃんを応援していたあのおじさんだった。

あの楽しそうだった温和な顔に、今ははっきりとした威厳が浮かんでいる。

「こいつに『いしゃりょー』を請求してんだよ」

と、リーゼントは尤もらしい言葉で言い訳を図った。

「それなら、こんな所じゃなくて喫茶店ででもゆっくり」

が、そんな片言のような言葉で誤魔化せるわけもない。

「うるせえんだよ!!」

その瞬間。

突如キレたリーゼントが、おじさんに殴りかかった。

「っ……」

おじさんが殴られる……!

―――こんな時のために、柔道を習っていたはずなのに。

抜かした腰と自分の度胸のなさを恨んだ、その時だった。

「せいっ!」

おじさんは突き入れられた拳を受け流し、無造作に前に出たリーゼントの左足を右足で払った。

「ぐはっ!?」

体勢を崩したリーゼントは、背中をしたたかに床に打ちつける。

「……」

呆気にとられて、瞬きさえ忘れた。

あの動作は、まさか。

……小内刈……?

「……」

鮮やかな小内刈を決めたおじさんは、後ろで呆然としていたスキンヘッドとモヒカンに視線を移す。

「ひっ……」

「わ……うわああ!」

その視線にすくみ上がった不良二人は、情けない声を上げながら走り去っていった。

「あ、お、お前ら、待てっ!」

それから三秒と経たず、おじさんと俺を一瞥してからリーダーのリーゼントも逃げていった。

「……」

「大丈夫?」

それからしばらくしても呆然としていた俺の顔を覗きこみ、おじさんはさっきの威厳など微塵も感じさせない温和な顔で首を傾げた。

「あ、はい……」

その顔の距離が近いことに気づく余裕もなく、俺はにわかに湧き上がる安堵感に脱力しながら頷く。

「そう、良かった。……あ、しまったトイレしてない……それじゃ、帰り道気をつけてね!」

それを認めると、おじさんはそそくさと個室へ入っていってしまった。

「……」

それからまたしばらくしてようやく、抜けていた腰にも力が戻ってくる。

立ち上がって、個室に一瞥。

「……ありがとうございました!」

他に誰も入ってこないことを確認して、大声で頭を下げ、俺はトイレを出た。

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