二周目 あれ〜〜〜?
このイルフェスには様々な神が信仰されている。異世界風に言うならば、多神教という奴だ。
有名所はこの世界を創造した双子神___生の神・インフェルナと死の神・スペルナだろう。次に信仰されているのが、六柱の元素神だ。他にも双子神や元素神の子供___派生神が存在しているが、今は横に置いとくとしよう。
エリオが駆け込んだ神殿はブリッランテ王国の主神殿で双子神とその派生神を祀っている。王都をやや見下ろす丘陵の上に白亜の神殿が佇んでいる。表向きに一般的な信者を出迎え、祈る場が設けられており、裏向きに神官やその見習いの住居及び修行の場となっている。また双神の神殿には治療用の施設が隣接されている。
エリオ___ヴィーダーは神官見習いとして、今日も奮闘中だ。
一度神殿に帰依したら、世俗からの干渉は一切受けない。神殿に帰依したものはそれまでの名や名字・地位などを捨てて洗礼名のみになる。つまりエリオ・ヴィーダー・グラーフ・グリム・ヘルムスはただのヴィーダーとなったのだ。
「ヴィーダー従神官、どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
「そうですか」
ぼんやりと考え事をしていて歩くのが遅くなったヴィーダーに声をかけた人物___ザカリー神官はヴィーダー達の教育を担当している三十代前半の優し気な雰囲気の男だ。ザカリーのゆったりとした白い神官服は露出が少なく、紺にほど近い藍色の外套には大小の蝶と蔦らしき植物リースのようにまとまった文様が散りばめられている。
ヴィーダーたちの従神官服はザカリーとたいした差はないものの、外套はない作りとなっている。これらの衣服も自分たちで作っているんだとか。
閑話休題。ヴィーダー達はこれから神聖魔術___学術的に言うならば信仰魔術___を学ぶ為の部屋に向かっている最中だ。
信仰魔術の説明に至る前に、魔術について言及するとしよう。この世界には魔法と魔術二つの神秘術がある。この二つの総称はオド術。
簡単に言えば、体内魔力を使って神秘を起こす。
前者の魔法はその中でも、魔力量が多い種族___妖精族や魔人族がその主立った使い手だ。後者は魔力量が少ない人族が、神族より英知を授けられたと言われている。真実はどうでも良かろう。
で、魔術は元素魔術・信仰魔術・特殊魔術の三つに概ね別れる。他の二つは後々機会があったら説明するとしよう。
信仰魔術___読んで字のごとく、神族を信仰する事によって得られる奇跡だ。前述した通り、イルフェスは多神教だ。信仰している神によりその魔術の効果は異なる。また利点を挙げるのなら、前述の元素魔術・特殊魔術に比べて、習得のし易さと術使用時の魔力量が少なめだという点だろう。
利点があれば欠点があるのは世の理。信仰魔術は使いたい魔術の元となる神族を信仰する必要がある。加えて神族同士の派閥や関係制を気にする必要がある。
簡単に言えば、火の神・イーグニスと水の神・アクアの仲は神族でイッチ番仲が悪い。よってイーグニスとアクアの信仰魔術を両方覚えると、魔術が発動しない、もしくは発動してもとても効果が弱くなるなどの問題がある。
次いで応用が効かないのも良く聞かれる。元素魔術を極めし者なら、呪文や儀式などの省略などが可能になるが、信仰魔術には一切それがない。一から十の動作なり呪文なりを正しく行わなければ、発動なんて夢のまた夢。また呪文の効果もその魔術を覚えられる人物なら効果が一律だ。
ザカリーが担当している弟子の位置にあたる生徒はヴィーダーを含めて五人ほどいる。一番ヴィーダーと馬が合う、のんびりとしたヴァルム。口がよく回り、中々目ざとい印象を受けるラウト。座学で一番の物静かなツヴァイフェルン。この中のリーダー的な存在のウンゲヴェーエリヒ。本日から始まる実践のための部屋にザカリーの引率で移動した。
「では神聖魔術の実践をやりましょう」
「はい」
「これから教えるのは、インフェルナ様の神聖術です。ではインフェルナ様何の神様であられるか分かりますか?」
「はいはーい!!」
「はい、ラウト」
「生命の神様でーす!!」
「………それに付け加えるなら、このイルフェスを創造したスペルナ神様の片割れで最高神であらせられる」
「はい、そうです。ラウトもツヴァイフェルンもよく理解しています」
にこにこと笑い生徒たちをザカリーは褒める。ラウトは自慢げに胸を張り、ツヴァイフェルンはこくりとうなずいた。
こういうところは、異世界であろうと変わらないのだなぁと、ヴィーターは内心そう零した。
「これから教えるのは、インフェルナ様の神聖術の基礎の基礎である『細やかなる祝福』です。詠唱は分かりますか?」
「はい」
「では、ウンゲヴェーエリヒ。唱えてみてください」
「双神が一柱インフェルナ神に伏して願い奉る、われらが目の前に命の煌めきを願わん」
「よくできました」
「手本を見せますのでよく見ていてください。≪双神が一柱インフェルナ神に伏して願い奉るわれらが目の前に命の煌めきを願わん≫」
ザカリー神官の詠唱が終わるとともに淡く小さな光が降り注ぐ。それはさながら蛍の光のようにしばし幻想的な明かりを見せた。ほぅ、と誰からともなく、溜め息が零れる。
見蕩れたのはヴィーターも同じだった。前々世は科学が発達した世界。前世は同じ異世界だけど、自身では使う事が出来なかった、”魔法”。
”魔法”に憧れない異世界人がいるだろうか。否!! 使えるのならば使いたいと思うのが当然だ。
期待に満ち満ちた生徒の眼差しを微笑ましそうに笑ったザカリー神官は口を開いた。
「オドを引き出し、術に変換するのは個々の感覚によって違います。それは教える事はできないので、徐々に慣れていきましょう」
「「「「「はい!」」」」」
個人個人が思い思いに教えられた詠唱を紡いでく中、ヴィーターも同じように練習をしていく。生徒を回りながら、ザカリー神官は助言をして回っているようだ。
「双神が一柱インフェルナ神に伏して願い奉る。われらが目の前に命の煌めきを願わん!」
廚二全開でで詠唱してみるも、失敗。これが前々世だったら可哀想な目で見られる事間違いなし。ドン☆マイ☆
(ん~普通に唱えてもダメか~)
普通に唱えてもダメ。な・ら・ば___。
(廚二妄想全力全壊(NOT誤字)ですね!!)
説明しよう。廚二妄想全力全壊___とは、魔法現象を想像もとい妄想でどのような現象なのか明確に思い描くことだ。全力全壊で白い悪魔を思い出した貴方はによによ笑いましょう。
つまりは、この加護の魔術の本質はなんぞや? と、いう話だ。『細やかなる祝福』は生の神・イルフェス神の祝福を願うものだ。よく解らなければ、神社なんかで売られている、家内安全とかのお守りのようなものだと思えばいい。
『祝福を願う』と言っても、その本質は祈りだ。つまりは、怪我をしないで、健やかに過ごせますように。その祈りを込めながら___。
「≪双神が一柱インフェルナ神に伏して願い奉るわれらが目の前に命の煌めきを願わん≫!!」
淡い光が瞬いた。ザカリー神官の術よりもずっと弱く少ない光。その光は温かく、泣きそうなほど、ヴィーターは嬉しかった。
「よくできましたね、ヴィーター」
「はい! ありがとうございます!!」
「すごいね!」
「うん、ありがと」
ザカリー神官に褒められ、ヴァルムがヴィーターを尊敬の眼差しを向ける。それらに照れつつ、自己の研鑽を誓う。前回と違い、自身は魔術を使うことが出来る。それはきっと幸いだろう。
だから、彼が”彼ら”に気付くのはもっと後。格差に唇を噛み、怨嗟の声を聴くのは、今生の終わるその時だった。
◇
「さて、どんなもんかな」
二人部屋のやや手狭な自室に一人横になってヴィーターは徐に自身のステータスを閲覧した。
手慣れた様子で見遣る。
___________
Name1 胡浩蓮
Metempsychosis 2
Name2 ヴィーダー(エリオ・ヴィーダー・グラーフ・グリム・ヘルムス)
Sex M
Age 18
Country ブリッランテ王国
Level 16
Attribute 火・風
HitPoint 160/160
MagicPoint 113/113
Conditions __
Occupation 双子神の准神官
Title __
Providence 【観測者】の偏愛+
Histry 1件+
Ability 輪廻転生+
Skill 火耐性:大+
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___________
Ability 輪廻転生
魔法適性
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言語習得能力
自己ステータス確認能力
アイテム収納能力
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Providence 【観測者】の偏愛……運-30
インフェルナ神の同情……運+3
スペルナ神の憐れみ……運+3
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Skill 火属性耐性:大
水属性耐性:大
風属性耐性:中
土属性耐性:小
毒耐性:大
麻痺耐性:大
痛覚麻痺
細やかなる祝福
祝福
愛し子の祝福
回復:小*中
解毒:小*中
麻痺解除:小*中
気配を殺す
口なしの呪い:零*壱
目なしの呪い:零*壱
耳なしの呪い:零*壱
足なしの呪い:零*壱
解呪:壱*弐
___________
ステータスのレベルは前世と比べれば上がったものの、ゲーム的に考えるならばまだまだビギナーと言っても良い。レベルの割に高い魔力とスキルの数が内心ちょっとして自慢だった。
双神の加護(と呼ぶには『同情』と『憐れみ』で抵抗がある)があるからか、他の神官よりも低コストで魔術を行使できるし、スキルの習得も早い部類に入る。理論とかは相変わらずいまいちだが、実践は同期よりも圧倒しているといえるだろう。
将来的にはもっと出世をするとかなんとかという、自分の噂話を耳にした事がヴィーターにはあった。ヴィーター個人にはあまり興味のない事柄だったが。
(権力って、マジ面倒くね?)
責任ある立場とか、リーダーシップをとってグイグイ引っ張るとか、自分のキャラじゃないよねー、が本音だったりする。良くも悪くも異世界の現代っ子だった。興味のある分野である魔術を頑張っているだけという感覚だ。
(俺には関係ないな)
ウィンドウを手早く閉じて、白く裾の長い神官の衣服を整える。こういう見栄えが信者には大切らしく、皺がよってたり汚れていたりした服を気にしないでおくと、ヴィーターはよく神官長に嫌みをもらっていたものだ。
異世界では古墳なんかでみるような、金属板を磨いた鏡に姿を写し、確認してから部屋を出た。ヴィーター達を含めた神官の住居部は特に奥まったところにあり、本日の仕事場である小聖堂___通称・治療場___からはやや遠い。遅番とはいえそろそろ向かわねばならない。
「今日も頑張りますか」
回廊から少しばかり覘く青空を見上げながら、そう呟いた。
◇
この神殿は双子神である生の神インフェルナと死の神スペルナな奉っている神殿であることは以前にも語ったことだろう。前者の神は病や怪我の治療や長寿などの祈願を主に信者に対して行っている。後者の神であるスペルナ神は死後の世界の神であり死後の安寧を祈り、現世での呪いを行ったり、また解いたりするのが主立った仕事だ。
二神を祀っているこの神殿ですら基本一神にしか仕えないのが常識である。その常識を打ち破った存在___それがヴィーターだ。両神からの加護は神殿に残された記録を紐解いても、三人程しか記されていない。本人がどのように思おうが、周囲の考えは違う。神子として祭り上げることも、また次期教皇になることさえ可能であるのだ。
敵対派閥としてこれほど厄介な存在は中々いない。これでヴィーター自身に術の才がなければ良かったのだが、たった六年の歳月で町村にある小さな神殿の神官よりも多くの術を修めている。それがどういう風に他者に映るのか気にもかけないまま、やがて陰に呑まれることになるをまだヴィーターは知らなかった。
十歳で信仰の道に進み、十六で准神官へとなり、二十一という若さでヴィーターは神官の位を得ることとなった。若くして神官の位を得たのには訳があった。
半年程前ブリッランテ王国の末の姫が原因不明の病で倒れた時、ヴィーターの師事しているグラーティア第二神官長がその調査及び治療を成功させたのだ。姫の病が治らなければグラーティア第二神官長の派閥に所属する神官准神官は皆殺しだったのは想像に容易い。
ヴィーターの【愛し子の祝福】を掛け続けることで、状態を何とか安定させ、原因の探索にグラーティア第二神官長やその派閥内の指折りの神官長でそれが呪い【吸魔の呪い】であることが解析された。【吸魔の呪い】とはその名の通り、呪いを受けた者の体内魔力を体外に放出あるいは術者に対してオドを送るものだ。
生き物は多かれ少なかれ体内にオドを有し、オドの影響を受け、生きている。オドの枯渇はそのまま生命の枯渇に繋がる。簡単に言えばオドが無くなってしまうと、死んでしまうのだ。何とか解除し、末姫の命は助かった。
末姫の助命によってグラーティア第二神官長は王族の覚え目出度く、次のリッランテ王国内の最大権力者にして世界に十数名しかいない大神殿長に任命される可能性が高くなった。これにより神殿内の派閥の均衡とはいとも容易く崩れさる。
それに苛立ったのはムーツィオ第一神官長に他ならない。次期大神殿長確実と言われ、幅を利かせていたのだから、権力の失墜を許せる筈がなかった。最初の志が月日の果てに朽ちるのは良くある話で、権力の味を覚えてしまえばそれを手放せなくなるのもありふれた話だ。
ムーツィオ第一神官長の失墜は何が原因だっただろうか。末姫を彼の派閥が助命しなかったこと? 王に覚えが悪かったこと?それとも___ヴィーターがグラーティア第二神官長の派閥に入ったことだろうか。老齢の男の瞳に狂気が宿る。
◇
(いたい……いたい……!!!なんでどうして___!!!!)
男___ヴィーターが独り人気の少ない裏庭に呻いていた。声を出そうにも上手く言葉が紡げない。
腹部から血が溢れて衣服を赤黒く染めていく。怨まれることなんて、何一つ心当たりがなかったのに、なぜ自分は命が脅かされているのだろう。何で死ななくてならないのだろう。心の内にて怨嗟の叫びをあげる。
(なんで、いっしょに学んだりしたのに)
人目に触れぬ様な小さな紙切れがヴィーターの来訪を願う文章で、署名も見知った人の物だった。かつてヴィーターと共に学び、同級を導いていた彼___ウンゲヴェーエリヒに呼び出されて、彼は月夜の裏庭にいたのだ。
日中神官としてあちこち動き回り、信者の相手をし、患者の傷を直し、後進を育てる等の業務は多く、時間を取れるのは夜になってしまう。ましてはヴィーター自身その能力の高さを買われて引っ張りだこだから、夜の呼び出しも気にならなかった。
ウンゲヴェーエリヒは何かと熱心に信仰術を勉強していて、度々ヴィーターからアドバイスなり成果を見てもらったりしてるのでなおさらだった。
特に気にもせずにヴィーターは彼に近付いた。そして、振り翳される凶器。短刀が深々と腹に突き刺さった。
「はは……!! はははは!!! これで、俺も!!!」
ウンゲヴェーエリヒは嗤笑と共に闇へと消える。ヴィーターは動くこともままならぬまま、その場に崩れ落ちた。刃に毒が塗られていたのだろう、指先が崩れ、舌が回らない。
徐々に抜けていく血に、冷えていく身体。流れゆく命の足音を感じない訳がなかった。
(人間なんて、ホント糞だ)
前回は親の都合で売られ、研究者の都合で実験材料としてその命が奪われた。今回は正妻の欲望の為に命の危険にさらされ、誰かの都合の為にこの命が奪われる。その全てが人間によって行われた。
(次は、にんげんじゃなくて……べ…つ……の……………)
ヴィーターの死体は翌朝、彼を探していた友人によって発見されることとなる。真しやかに犯人像は囁かれたものの、決定的な証拠もなく、あやふやなまま彼の葬儀が執り行われた。しめやかな式にとある青年の影がなかったことだけは記しておこう。
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