零周目 冒険はこれからだ!
飽き飽きだ。
繰り返ししかないような日常に息が詰まる。
笑っているのだろうか。
笑えているのだろうか。
なんで此処にいるのだろうか。
此処は何処なんだろうか。
飽きた。
もう、飽きた。
気が狂いそうな程の純白の空間。雪のような自然なものではなく、また真っ白な壁紙で覆われた部屋に閉じ込められたでもない。もしそれを形容するならば、白の油絵の具だけで塗りつぶされたキャンパスの絵の中に入り込まれたと言った方が近しい。変容も変化もない、ただ白い空間が永遠の広がりをみせている。そんな場所だ。
そして気付いたらそんな地面らしい地面があるのか分からない空間に立っている事に思わず、青年は現実逃避する。青年の名は胡浩蓮。極々一般的な大学生だ。大学全入時代を迎えた今日、特に夢も希望もないが、一先ず大学へ行くかなぁ、と行ったクチである。友人も程々いるし、大学の授業も概ね落とさずにやれるくらいに要領が良い。そんなどこにでもいる、大学生だった。
「ここは、どこだ?」
そう尋ねても、返事を返す者はいない。蓮自身もそう期待していた訳ではないので別にいいのだろう。そこそこサブカルチャーに通じている蓮にしてみれば、某竜球漫画の修行部屋や某錬金漫画の扉がある空間に似ているなぁ、が正直な感想だ。現実逃避をするしかない。そこまで考えに至り、蓮はハッとなった。
(これはよくある……トリップものの神様遭遇で転生イベント!?)
……青年はオタクでもあったようだ。あんまりに呑気なその考えは、平和ボケの象徴なのだろう。蓮の妄想は止まらず、アクセルがさらに踏み込まれる。二次小説やライトノベルや小説家になろうなどでは確かによくある物語冒頭シーンに似通っている。
(これから美幼女や美少女や美女と言う名の神様が現れてチート能力を貰って第二の人生をアウェイしちゃうんでしょうか!!!?)
《それは、ない》
「だ、誰だッ!?」
不思議な響きの返答に、びくりと蓮の肩が撥ねた。自分の欲望駄々漏れ思考にタイミングよく突っ込みが入れば驚くのも仕方が無いのかもしれない。キョロキョロあたりを見渡しても、声の主を捕らえる事は出来なかった。
《上だ、上》
「上?」
見上げれば光の玉が浮いていた。光の玉____と言えば何処か神秘的に聞こえるが、ぶっちゃけて言えば単なる100ワット程の電球にしか見えなかった。何処に行った、ファンタジー。
「え、これが神様?」
拍子抜けも良いとこである。威厳も神秘もない、光の玉。これをへいこら人間は崇めているのかと考えると、ややしょっぱい気持ちになるのは蓮だけだろうか。そもそもこの蓮の目の前に現れている光の玉が神様とは限らないが。
《ここはお約束通り思考筒抜けだからな》
「い、いやん」
《…………》
目は無いけど冷ややかな眼差しでふざけた蓮を見下した。耐えかねて土下座をしたのは実にどうでもいいことである。
「ねぇ、俺ってこのままトリップ?」
《貴様の世界で言う所の転生トリップに該当する》
「え……俺、死んじゃったの?」
《死んで無いのに転生させるのは馬鹿がする事だ》
間違って殺しちゃったYO☆めんご♪か、と残念過ぎる思考が蓮の頭に過った。とういうか、こんなノリの軽い神様はいないだろう。いてたまるか。
疑問に思った事を蓮は訊ねた。
「死因は?」
《覚えていないのか?》
怪訝そうな声色で光球もとい神は言った。生憎蓮の記憶では本日の昼に食べた学食のナポリタンサンドと購買一人気のインドカレーパンを喰った後、友人とくだらない話をした事とぐらいだ。授業は右から左に聞き流していたので、脳味噌に引っかかっていない。本分はどうした、学生。
まぁ、どっちにしろ死んでしまったのは変わらないのだし、と蓮はサクッと割り切る。
病気や心臓発作の原因を持っていないのだから、死因の可能性は他殺や事故だろうとは予測がつく。ぶっちゃけ痛そうな記憶なんかいらない。どうせ過去は変える事はできないんだし。
《で、オマエを転生させる事となった》
(キターーーーーーー!!! OYAKUSOKU!!!)
《一応、特典も付けてやろう》
「トリップ特典ですよね! 分かります!! 分かります!!!」
トリップ特典____よく異世界トリップの物語で見られる主人公たちに送られる特殊能力の総称だ。武勇に優れたり、魔法の追随を許さぬ才能や魔力量だったり、恋愛フラグ建築モテモテ能力だったり、それは千差万別と言って良いだろう。誰しもが憧れる、俺最強伝説の幕開けを考えれば、期待も夢も広がる。
蓮が望みを口にしようとする前に、数十枚のカードが空中に現れた。全てのカードは同じような蔓草に蝶の模様が連なっている。それらは蓮を取り囲むように空中で円の軌道に並んだ。
《選べ》
「え、俺の希望は……?」
《選べ》
「だから、俺の希望……」
《……特典無くてもいいか?》
「いえっさー! 今すぐ選びますッ!!」
光球曰く、三枚は選んでいいとのこと。なんらかのヒントがないかと観察してみるも、まるっきり同じカードが並んでるようにしか見えなかった。
(運か…………)
正直に言おう、胡浩蓮のくじ運は最悪である。懸賞や商店街のくじで残念賞や参加賞は序の口。小学校の席替えのくじでは皆嫌がる教卓の前をいつでもキープ。中学ではフォークダンスのペア決めのくじで男同士かつ女役というしょっぱい配役。高校では役員下っ端のくじを引いてしまった。
閑話休題。そして、蓮は三枚選んだ。カードを覗き見ると___。
「あの、電球」
《言うに事欠き、電球だと?》
「カードに何も書いてないんですけど!!!」
まさかのトリップ特典、ゼロ。お先真っ暗、泥啜って這い上がれ!ってことでしょうか。蓮は内心ゴチた。生憎今時の現代っ子で文科系の自分にそういうのを求められても困ると、皺を寄せた。
《特典は条件が揃った時、開示される》
「???」
《……馬鹿にも分かる様に言うと、恋愛フラグ建築士のチートの場合、年齢が十二歳の時初めて表示されその能力を使用できるようになると言う事だ》
「? ようは二次成長ができて初めて___ってことか」
《一枚目が開示されるぞ》
「え」
二枚目に引いたカードが目映く輝いた。突然の閃光を腕で庇った。光が引いた後には、文字が浮かび上がっていた。
「『輪廻転生』?」
説明は簡潔に『死んだら生まれ変われる能力』と明記されている。微妙過ぎる能力だ。俺TUEEE?夢のまた夢。それとも強くてニュー・ゲーム方式なんだろうか。蓮はぼんやりと考察する。又の名を現実逃避。
《後は『言語習得能力』と『自己ステータス閲覧能力』と『アイテム収納能力』は付けてやる》
ちなみに、『言語習得能力』とは努力すれば必ず言語を習得できる。『自己ステータス閲覧能力』とは自分のステータスを数値・言語化して確認できる。『アイテム収納能力』とは自分の所有物(無機物のみ)を収納できる。モブも良い所だ。落ち込んでいる蓮を歯牙にも掛けぬまま、淡々と光球の話は進むが、右から左に聞き流された。
《と、言う事で逝ってこい》
「え!? あ、何か不穏って、ぎゃーーーーーーーーーーーー!!!!」
やはりお約束通り、蓮の足下に突如真っ黒な出現した落とし穴に落下した。蓮の意識は落下の途中でブラックアウト。次の目覚めは新しい生だ。
かくして、胡浩蓮は転生するにいたったのだ。