事件
三ヶ月後。特に変わりなく働いていた。店が小さい分、動き回るのは楽だ。
前の店の噂を聞いたのか店員達が私を見る目はよそよそしい、というか怖がっている。
ブチ切れて下品な事を言ったから仕方ないか。
どうせ元ヤンだのヤリマンだの陰口叩いているのだろう。
仕事が終わって夕食の食材を買って帰宅する。
母が喪服に着替えていた。近所の葬儀に出る為だ。
午後八時過ぎに母が帰って来た。
「ご飯食べる?」
「いや、いいよ。お風呂入る」
母は部屋から答えた。私は居間でテレビを見ていた。
札幌で殺人事件が起きたニュースが流れた。彼に似た後ろ姿を見つける。思わず笑う。
「馬鹿みたい」
理由はわからないが、何だかおかしい。
週末の夕方。仕事帰りに車に乗ろうとした時、
脇腹に激しい痛み──
その場にうずくまる。
低い視界に走り去る黒い革靴が斜めに映る。息が出来ない苦しみ。変な汗が顔や首から噴き出そう。
助けてと叫ぶよりもういいと思う。黙って死んでもいい。駐車場の冷たいアスファルトに顔をつける。痛い。ぶざまな死に方。笑われて死んでもいい。
意外と冷静。息が止まりそう。
目覚めた場所は病室。霊安室でなくて良かった。変な映画みたいにならなくて良かった。
でも生きていたのがほんの少し残念。
小さく唸って周りを見る。
医者、二人のナース、母、知らない背広姿の男。
「良かった。無事で」
母が充血した目で喜ぶ。
目が覚めたのは次の日の朝だった。脇腹が少し痛い。
知らない男は刑事。彼と違う年老いた白髪頭。
私は誰かに刺された。気を失う前に見た革靴を思い出す。私に恨みを持っている奴ならチビ男か。
私を刺して自首したのは同級生の兄。何でよ。
妹がスーパーで雑用に回されて階段で転んで怪我して辞めた。
転属のきっかけを作った私を恨んで刺した。何よそれ。馬鹿なの? なぜかチビ男のほくそ笑む顔が思い浮かぶ。ムカつく。
「災難だったわね」
母が言う。全くだよ。別に好きで助けた訳ではない。だから余計にムカつく。
「ああ、もう。ムカつく!」
思いっきり叫ぶ。みんな引いた。
イタタタタ。脇腹が痛い。息苦しくなる。もう何なの。
ナースの柔らかい手が私の腕を掴む。色々な人の声が飛び交う。死にたくなる。気を失う。
次に目覚めた時は夕方。誰もいない。怖いから声を出せない。黙って天井を見る。息をしている自覚。耳をすませて聴こえるのは病室の外の物音。
ゆっくり起きてバッグを探す。ベッドの下にあった。泥の着いた紐が気持ち悪い。
スマホを取り出す。個室だからいいか。家に電話。母に心配しないでと言ったのと着替えと部屋のコンセントに差したスマホの充電器を持って来てと頼む。
医師が来て容態を訊く。脇腹の痛さ以外は大丈夫と答える。食事して眠って翌日になる。
母が来て話をする。バイトはしばらく休み。刑事が来て事情聴取。鬱陶しい。
同級生が見舞いに来た。思わず枕をぶん投げる。
彼女の膝に当たる。
彼女は「ごめんなさい」と頭を下げた。
「どういうつもりよ」
低い声で訊く。一瞬黙って身の上話。両親が交通事故で死んで兄妹で二人暮らし。右手が不自由になったのはその事故のせい。不幸な身の上話は興味ない。
「だから何で私が刺されないといけないのよ!」
ブチギレて訊く。
階段で転んで怪我したのは事実。
会社から休むように言われた。
それを兄がクビにされたと勘違い。私の事は前に話していた。
だから私のせいと勝手に勘違い。
「何よそれ。馬鹿なの。そんな事で刺されていたら命が幾つあっても足りないわ! もう、何なのよ!」
怒りが無限に込み上がってたまらない。声が大きくなる。脇腹がヒリヒリした。
「本当にごめんなさい。もう店を辞めるわ」
「それでまた誰かに刺されたらたまらないわ。辞めなくていいわよ」
彼女は「えっ」と見た。
「あんたと馬鹿兄貴は別って事。もういいわ。帰って」
彼女は「本当にごめんなさい」と頭を下げて病室を出た。
「お祓いしようかな……」
思いつきの言葉。力なく呟く相手は白い壁。




