#8
「くしゅんっ!」
誰かが俺のことを噂している。
「そういえば今年は誰がバレンタインの贈り物を作っているのでしょうかねぇ?」
「先ほど有紗お嬢様が帰ってきたところを奥様と見かけたのですが……来栖さんは何かご存知ですか?」
「さ、さぁ……私には……」
旦那様と奥様の専属に話しかけられるが、わざと知らん振りをしていた。
誰がバレンタインの贈り物を作ったかは明日明らかになることだろう。
それなのに、彼らは今から気にしているのかが謎なのだが……
俺はお嬢様が関わっていることは知っているが、彼らには教えないことにした。
◇◆◇
わたくしとメイドはキッチンで調理器具などの後片づけをしているうちにあっという間に一時間経過していた。
「もうそろそろ固まっていると思いますよ」
「持ってきますわね」
わたくしは冷蔵庫からチョコレートを取り出す。
ブラックチョコレートとホワイトチョコレートが混ざって固まっていた。
「さて、チョコを型から外して容器に入れていきましょう! お嬢様、まずは容器を並べてください」
「はい!」
メイドは一旦片づけたまな板と包丁を取り出す。
「わぁ……」
「綺麗にできましたね!」
チョコレートを型とオーブンシートを剥がすと全体にマーブル模様になって固まっていた。
彼女は包丁を温めながら四角形や三角形にカットしてくれて、それをバランスよくケースに入れていくわたくし。(少し試食させていただきました。とても美味でしたわ)
チョコレートを男性陣の人数分に合わせて入れていく。
さて、来栖にあげる分は?
彼のはもちろん、クマのシール付きの容器で一番形がいいものを選んで入れたわ!
「できましたわ!」
「お嬢様、最後までよく頑張りましたね!」
「これでみなさまに喜んでもらうと嬉しいですわ」
「そうですね! 余ったチョコは女性陣の試食というわけで!」
メイドは残ったチョコレートを女性陣の人数分に合わせて袋に入れてくださった。
「男性陣用のチョコレートは?」
「キッチンでも自室の冷蔵庫で管理する感じですが……」
「わたくしの部屋の冷蔵庫でも?」
「ええ。お嬢様はお腹が空いたからと言って食べないでくださいね」
「はーい」
わたくしたちは包丁とまな板を綺麗に洗って片づけ、男性陣用のチョコレートを運ぶためワゴンを借りる。
自室にある冷蔵庫に入れ、冷やしておく。
ワゴンを返却し、キッチンをあとにした。
お母様や他の女性陣に作って残ったものを入れた袋を渡すと「美味しい」と喜んで召し上がっていただいたので、味には自信がありますわ!
明日のバレンタインデーは来栖にチョコレートを渡して日頃の感謝の気持ちを伝えなきゃ!
本日は早く寝ましょうと言っても緊張して眠れないかもしれませんが、明日はきっと成功すると願って――
◆◇◆
そろそろバレンタインの贈り物を作り終わらせなければならないデッドリミットになる時間帯に差しかかっている。
「そろそろ晩餐を作らなければならない時間帯に入るな……」
俺はお嬢様たちにそろそろキッチンから出てほしいと声をかけようと覗いてみたが、そこには誰もいない。
お嬢様に指示していた食器は綺麗に片づけられていた。
ワゴンはメイドに訊いても分からなかったのか邪魔にならない位置に置いてある。
「あれ? 来栖さん、どうしたんですか?」
「あ、ちょっと……お嬢様がきちんと食器を片づけてくれたのかなぁと……」
「心配していたんですね?」
「いえ、そのようなことは……」
「顔に書いてありますよ」
入ってきたのは料理人。
俺は平然を装って答えていたもののバレる時はバレるのだな。
「明日のバレンタイン楽しみだな。誰が準備したんだろう……まだチョコの匂いがしますよ」
「ええ。受け取るまで楽しみですね」
おいっ! お前もバレンタインが楽しみなのか!
たまには同調しておかないとお嬢様の専属執事としては失格ではないかとようやく察した。
「さて、晩餐の準備をしないとな……」
「私はご用が済みましたので、行きますね」
俺は料理人を残し、キッチンから出る。
その扉が閉まった時……
明日、お嬢様からバレンタインの贈り物を受け取るのが怖い。
それは今まで誰にも言えなかった俺の本音――
2026/02/14 本投稿
※ Next 2026/02/14 17時30分頃予約更新にて更新予定。




