#2
二月十三日――
「おはようございます」
俺、来栖 直はキッチンに入ると、料理長が朝食の支度をしているところだった。
本日は珍しく和食の朝食を提供しようとしているのか味噌とほんのり出汁の香りがする。
「あ、来栖さん。おはようございます!」
「料理長。本日の朝食は和食でしょうか?」
「ええ、そうです」
やはりそうらしい。
その香りの正体は鯖の味噌煮だった。
さいの目切りにしたはんぺんを鍋に入れようとしているからすまし汁を作っていたのではないだろうか。
「昨夜、ちょっと気になることが……」
「なんでしょう?」
使用人からそのような会話の切り出し方だと主人(この場合は「お嬢様」だろうか?)である富永 有紗の専属執事としてどうしても気になってしまう。
彼女の身に何かが起きてしまったらかなり大変だからだ。
「お嬢様とメイドが……」
「ええ」
「キッチンで……」
「……あの……キーワードごとで区切るのではなく、文章ではっきりと仰っていただいてもよろしいでしょうか?」
「じ、じゃあ、お嬢様とメイドがキッチンで何かを企てているようなんです!」
はい? 二人で何かを企てているって!?
あっ、もしかしたら、彼女らは……?
「確か……」
俺は燕尾服の胸ポケットから本日の予定を確認を兼ねてスケジュール帳を開く。
ああ、やはりそうだ。
本日はバレンタインデー前日である二月十三日だから。
「本日はバレンタインデーの前日ですので、彼女らはその準備しようとしているのでは?」
「そうだといいんですけど。来栖さんは信じます? 二人のこと」
「私は疑いますね。様々な意味で」
「来栖さーん……朝から怖い顔をしないでくださいよー。もう十分怖い思いしてるのに……」
おい、料理長!
例え、冗談でも本人の前で「怖い」と言うな!
俺は真顔で話していただけなのに、もともと目つきが悪いところは気にしている。
好き好んでこういう顔になったわけではない!
「ならば、探偵を依頼しましょうか? 私の知り合いに探偵がいますので」
「そ、そこまでしなくても……」
「ふふっ。冗談ですよ」
「だから、その顔が怖いんだって……」
はぁ……決してふざけていたわけではないのだが、俺がこんなところで苦笑しながら冗談を言うとは思っていなかった。
「では、私が二人を追うとしましょう。貴方は昨夜、泊まり番でしたので、自室で休んでいても差し支えはございませんよ」
「本当ですか?」
「はい。少しでも英気を養っていただかないと。あと、メイドの件に関してはご報告感謝いたします」
先ほどまであんなことを思っていたが、実はなんだかんだ言って料理長には感謝している。
さて、そのメイドにはあとで時間が取れたら説教をしなければならないな……
「いえいえ。そのことは来栖さんに伝えておくべきだと思ったので。ところで、他にいましたっけ?」
「ええ。こちらには私以外に数人いますよ。旦那様や奥様のところにも何人かいらっしゃると思いますし」
「なるほど」
「なるべく屋敷にいる人数で如何に上手く回せるかが大切ですので」
俺から本音を言わせていただくと、この屋敷の執事やメイド、使用人はよく気づく方だと勝手に思っている。
まぁ、自分自身が鈍感なだけではあるのだが……
この屋敷の中で一番バレンタインには無縁で興味がなさそうなイメージを持たれそうだ。
それもそのはず……
実は裏では暗殺者なものでして……
その日はこの屋敷内の女性陣の誰かがバレンタインの贈り物を準備してくれる。
俺を含めた男性陣は毎年、いったい誰が準備するのかがひそかに楽しみにしているのだ。
ちなみに去年は奥様のメイドからガトーショコラをいただいた記憶がある。(とても美味だった)
今年のバレンタインはお嬢様ではないことを願うしかないのだが……
2026/02/04 本投稿




