#1
二月十二日――
「――では、お嬢様や屋敷のことはお願いいたします」
「「はい!」」
「私はこれで。お先に失礼いたします」
「「お疲れさまでした」」
何かの伝言かしら?
わたくし、富永 有紗は専属の執事の来栖 直(彼のフルネームはじめて書いた……)と数人の使用人が廊下で話しているところを目撃した。
彼はわたくしの無茶な要望にも関わらず、涼しい顔で食事の手配を行ったり、スケジュールを管理してくださる有能な人物――
もうすぐバレンタインデーが近づいているため、日頃の感謝の気持ちを込めて来栖のために何かをプレゼントしたいと考え始めていた。
彼は何が好きなのかしら……?
うーん……ちょっと分かりませんわね。
「男性って何が好みなんでしょう?」
「お嬢様、どうなされたのですか?」
わたくしは柱に隠れるように逃げ、こう呟いた。
しかし、残念なことにメイドに捕まってしまったので、彼女に訊いてみる。
「お嬢様、もしかしてバレンタインデーの時に渡すもので迷っていらっしゃるのですか?」
「え、ええ。まあ……」
「男性に渡すならチョコレート系ですよ!」
「チ、チョコレート系ですか?」
「ええ、チョコレート! わたしは学生時代のバレンタインの時、マーブル模様のチョコを作って友人に渡していましたし、本命でもチョコレートは定番です!」
うーん……やはりメイドもこの時期だとチョコレートをあげていらしたのね……
でも、せっかくだからチョコレートを作って渡すのはアリかもしれない。
「へぇー。わたくしも作ってみたいですわ!」
「ならば、お嬢様も一緒に作ってみませんか? たくさん作ってこの屋敷の男性陣にあげるのは如何でしょう?」
「はい!」
わたくしたちは早速、準備に取りかかろうとしたいところだけれど、外はもうすでに真っ暗。
流石に今から買い出しには行けないので、必要な道具を確認するだけにした。
「ここがキッチンです」
「キッチンは、はじめて入りましたわ……」
「普段は調理人たちや来栖さんが使っていることが多いので、わたしはたまにしか入ったことがないんです」
この屋敷のキッチンは男性が出入りしていることが多いのは知っていた。
その割には綺麗に片づけられているが、メイドはたまにしか入ったことがなかったのか……
「もし、そこに来栖がいたら「二人で何をしにきたのですか?」とか言われそうですわ」
「お、お嬢様? い、今のは来栖さんのマネですか?」
「ち、ちょっと、やってみたかっただけよ……」
わたくしは似ていないであろう来栖のモノマネをしてみたら、彼女は「全然、似ていませんね」と笑いながら答えた。
普段だったらそのようなことはしない。
本人の前でモノマネするなんて問題外ですわ!
「そのことは来栖には言わないでいただきたいわ……」
「わたしたちの秘密にしておきましょうか。来栖さんなら確実に場の空気を凍らせるような顔と声で言いそうですよね……はじめてお会いした時は怖かった印象が強かったので、わたしから話しかけることができなかったのですが……」
「彼は目つきが悪いから怖いと思われたのかしらね?」
「そうですね。今はすっかり慣れてしまいましたけど」
「ところで、わたくしたちはキッチンに何をしにきたのかしら?」
「調理器具の確認ですよ!」
「そうでしたわね! 忘れていました」
同性なら普段は話せないことや本音もなんでも話せる。
そういう時間ってほとんどないに等しいからとても楽しい。
「はかりはあるし、あっ、オーブンシートもある! 温度計はないと思ったのですが、意外とこの屋敷には調理器具がありますね……」
「ほとんど揃っているということかしら?」
「ええ。その通りです。材料は板チョコが二種類とココアの三つだけです」
「それだけでできますの?」
「はい、それだけで作れます。作り方は覚えていますので大丈夫ですよ」
キッチンがきちんと片づけられているせいか、使用する調理器具はすぐに見つけることができた。
あとは材料を購入して、作って、ラッピングを施す。
実際に作るのは難しくて大変だと思うけれど、わたくしがすべての工程を一人で行うわけではなく、数少ない同性のメイドがいるから心強い。
「おい、二人で何やっているんだ?」
料理長がキッチンにやってきた。
さっきまでのわたくしたちのやり取りが彼に聞かれてしまったかもしれません。
「いいえ」
「料理長、なんでもないですよー」
「そうか。お嬢様を連れてきているんだから責任持てよー」
「はい、すみません。今、ここから出ますので」
わたくしたちはキッチンから出た。
いくらメイドでもわたくしと一緒だと責任が問われる。
何故ならば、わたくしの身に何かが起きたら大変だからだ。
「お嬢様、明日の午前中に材料の買い出しに行きましょう」
「はい」
わたくしたちは明日の午前中に材料の買い出しに出かけることになるが、料理長から来栖に変に伝わってしまわないかが心配だった。
2026/02/02 本投稿




